folder 1982年リリース、オリジナルとしては5枚目、そしてアナログ2枚組の大作。とは言っても、ほとんどの曲が5分以上のロングサイズのため、収録曲は全11曲、曲数だけ見ればシングル・アルバムと大差ない。なので、のちの『Sign of the Times』と比べればカワイイものだし、そのまたあとに『Crystal Ball』や『Emancipation』が控えてることを思えば、怖いものなんて何もない。
 LPと比べて収録時間に余裕があるはずなのに、なぜだか初期の CDでは「D.M.S.R.」だけカットするという、なんだか意味不明の編集が行なわれていたけど、今はオリジナルに準じた形で収録されている。「何でこれだけ削ったんだ」「アーティストの意向を無視したワーナーの横暴だ」など、いまだにファンの間では議論されている。まぁ、思いっきり「SEX!」って連呼してる曲なので、ラジオではかけづらい、っていうのが、ひとつの結論なのかな。

 重くてかさばるし、価格に二の足を踏む2枚組であるにもかかわらず、USでは最高9位まで上昇、なぜかニュージーランドでも6位にチャートインしている。ただ、目立った成績はこれくらいで、他の国だと、それほどの存在感はない。
 『Purple Rain』以降のセールス・アクションと比べると、地味な売り上げである。でも、当時の殿下の知名度はまだ全国区ではなかったため、これでも十分営業予測は超えていたと思われる。たまに総合チャート100位以内に入ることはあったけど、基本はR&B/ソウル・チャートの人という認識だったし。
 殿下ファン御用達のバイブルprincevaultのデータを見てみると、『1999』リリースまでは、アメリカとカナダでしかツアーを行なっていない。81年に入ってから、イギリスやフランスでショウを行なっているけど、いずれも単発の顔見せ興行的なもので、欧州ではまだ無名だったことがわかる。
 なので、当時のPrinceというアーティストの認知度は、ほぼ国内限定、それもソウル/ディスコ方面に明るいユーザー間での人気だった。多少名前が知られていたとしても、それは「すぐ裸になる奴」だとか「エロキモい歌手」といった、音楽的には直接関係ない、スキャンダラス面でのクローズアップだった。

Prince_1999

 で、この『1999』がR&Bチャートの枠を超えて、総合チャートでも好成績をマークしたことによって、ここから音楽的にきちんと認知されるようになる。なるのだけれど、逆説的に言えば、それまではスキャンダラス面ばかりが先行して、音楽面で注目されることは、あんまりなかった、ということでもある。
 すべての楽器演奏とプロデュース、作詞作曲を1人でこなすマルチプレイヤーとしてデビューした殿下だったけど、当時はその才能は発展途上、まだ十分開花しているとは言えず、売り上げとしてはそこそこの成績だった。「みんながおれのれこーどをかう」という、小学生のノートの落書きのようなサクセス・ストーリーは、見事に思惑がはずれてしまう。
 なので殿下、注目を集めるためにビジュアルと歌詞を軌道修正、競争率の少ないエロ路線へ向かう。このジャンルの先駆者であるRick Jamesの手法にならい、殿下もハイレグビキニ姿でシャワーを浴びたり、全裸でペガサスもどきに跨ったり、あれこれいろいろやってみた。いや待てよ、エロい女性との絡みが多かったRickに対し、殿下のアートワークってほぼ自分中心だよな。なんだ、単なる自分の趣味か。
 確かにこの路線によって、Princeというアーティストの存在証明は叶ったけど、そのインパクトはちょっと極端すぎた。殿下が打ち出した「猥雑なナルシシズム」は、ごく一部の熱狂的な信者を生みはしたけれど、多くの一般人にとっては、生理的な拒否感を抱くだけだった。
 タブロイド紙が興味本位で取り上げることはあったけれど、夕食後の一家団欒のテレビで映せるようなキャラではなかったため、幅広い層へのアピールには至らなかった。

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 ワーナーとの確執に端を発する破天荒伝説、契約消化を早めるための矢継ぎ早なリリース攻勢など、絶対権力を振りかざす独裁者的なイメージの強い殿下だけど、そういったのはすべて『Purple Rain』以降のエピソードである。彼のオーラが強くなったのは『1999』以降であって、それまでは「イロモノ枠だけど、ジョークが通じないのでいじりづらいファンク・ミュージシャン」に過ぎなかった。
 時代の趨勢として、それまで主流だったファンキー・ディスコから、ソフトなブラコン系バラードに嗜好が移り、殿下のような生々しいファンクは、傍流となっていた。これは殿下に限らず、ファンク・ミュージシャン全般に言えることで、George Clinton もJBも、この時期は不遇を囲っていた。
 正攻法のファンクで勝負しても相手にされないし、かと言って、「アフロでキメてディスコでフィーバー」っていうほど、開き直れるタイプでもない。Marvin Gayeほどのセックス・アピールがあれば、ムーディーなR&B路線もアリだったかもしれないけど、あいにく殿下、「セクシー」の定義が人とちょっと違ってるし。

 殿下が描くサクセス・ストーリーとは裏腹に、ワーナーとしては、第二のRick James的ポジションに導いていこうとしていた節がある。実際、当時は格上だったRickのライブのオープニング・アクトに殿下が起用されたこともあったし、それを彼も好意的に受け入れている。周囲のお膳立てによって、「イロモノ枠」というキャラ付けは定着し、エロ路線によるシングル/アルバムは、R&Bチャートでも好成績を残すようになる。
 ただそれは同時に、総合チャート進出への断念、「みんながおれのれこーどをかう」夢の諦めを意味していた。
 アメリカという国は、我々日本人が思ってる以上に、実は清廉潔白を理想とする国家であり、特にポルノを始めとした猥褻物の取り扱いについては厳格である。エロをメインとした雑誌や映像などが表舞台に出ることはなく、健全な市民の目には入らないよう、巧妙に隔離されている。
 2004年に行なわれたスーパーボウルのハーフタイム・ショウに出演したJanet Jackson は、パフォーマンスに熱が入り過ぎてしまって衣装がズレ、カメラの前で乳首を露出してしまう。世界有数の視聴率を誇るコンテンツで、そのハプニングは大きな波紋を呼び、国をひっくり返すような大騒動に発展した。
 ザックリ言っちゃえば「乳首ポロリ」、昔のアイドル水泳大会だったら「あるある」だけど、時代も違えば視聴者数のスケールも段違い。昔ならPTAがざわつく程度の騒動が、分別ある大人たちを振り回した。それくらい、表向きは取り繕わなければならないのだ。
 その抑圧もあってか、水面下で出回るコンテンツは、ここには書けないドギツイものがあることも、また事実。興味があれば、それは各自勝手に調べてね。
 そんなお国柄もあって、殿下やRick のような、猥褻が服を着て歩いてるような(いやよく脱いでるか)、見た目も歌の中身もエロ全開のアーティストが、お茶の間のテレビに出られるはずもない。MTVだって積極的に流したがらないし。
 なので、一般大衆との乖離は進む一方。そこそこの知名度はあったけど、別枠的な扱いが続いていた。

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 そんなイロモノ枠からの脱却、「みんながおれのれこーどをかう」総合チャートへのステップアップとして、ロック・サウンドへの傾倒は必然だった。
 前述のファンクの衰退によって、ブラック・ミュージックの進化は、足踏みしている状態が続いていた。工業製品のようなディスコやラブ・バラードが切れ目なく量産され、またそれが需要もあったのだけど、どれも70年代からの使い回しであり、目新しいものではなかった。
 80年代に入るとSugarhill GangやGrandmaster Flashらがデビューしており、ヒップホップ・ムーヴメントの萌芽が出てきた頃だけど、この頃はまだサブカル扱い、大きな勢力となるには、Run-DMCの登場を待たなければならなかった。ニューヨークを中心としたローカル・ジャンルの音楽は、殿下の住むミネアポリスまでは届いていなかった。
 いや、多分知ってはいたんだろうけど、まだ主流になるとは思っていなかっただろうし、自分には合わないと思ったんだろうな。真摯なミュージシャンほど、サンプリングやDJプレイには抵抗があった時代だし。後年のラップを聴いても、うまいとは思えないもの。

 ロックやポップのエッセンスを加えたことによって、これまでより間口は広くなり、ここからシングルも総合チャートの上位に入るようになった。エロさはあんまり変わっていないけど、チープなシンセと、ドラム・マシンの軽いビートでコーティングされたファンク・サウンドは、コンテンポラリーな世界への門戸を開いた。
 ここから殿下の快進撃が始まるわけだけど、実はまだ助走に過ぎない。ポップ要素を取り入れたファンクは、それでもまだ胃もたれする程度に重く、グローバルな支持を得るには味が濃すぎた。
 ファンクのマナーでリズムに凝りすぎた分、曲はどうしても長くなる。万人向けにするには、もっとポップやロックのように、単調なリズムにしなければならない。
 『1999』で得た白人音楽のスキルを咀嚼・吸収し、ファンク<ポップというパワー・バランスにシフトしたのが、『Purple Rain』である。



1999
1999
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PRINCE
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1. 1999
 チープなシンセによるリフからスタートの、Jill Jones、Lisa Coleman、Dez Dickersonらとのリレー形式のコール&レスポンスが印象的。バンドとの一体感によるグルーヴ、と言いたいところだけど、当然バックトラックはほぼ殿下によるもの。ヴォーカルが同録なのか別録りなのかは不明だけど、まぁ多分個別にやってるんだろうな、それでいろいろ編集したりして。
 アルバム・リリース後、すぐにシングルカットされ、US総合44位・ダンスチャートでは堂々の1位。世紀末を悲観的に迎えるのではなく、「最後だからパーティやって盛り上がろうぜ」と煽りながら、「でもいつかはみんな死んじゃうのさ」と醒めた視点を入れてくるのは、ちょっとひねてる殿下といったところ。
 ほんとの世紀末になってニューマスター版が作られたけど、あんまり評判は良くなかった。発売当時、アルバム丸ごとニューヴァージョンとアナウンスされて、いわば予告編的な形でシングル・リリースされたけど、その後音沙汰なく、中途半端に終わってしまう。
 「全トラック作ってるはずなのに、勿体ぶってお蔵入りさせた」「大風呂敷広げて1999だけ手をつけたけど、気が変わって計画自体が頓挫した」「いやいや単にワーナーへの当てつけで作っただけだから、これだけで目的は果たしてる」など、様々な風評が流れたけど、真相は不明。どの説も真実と思えてしまうのが、殿下の懐の深さと言える。
 俺的には、6分以降のインチキ・オリエンタルな展開が結構好きだけど。



2. Little Red Corvette
 US総合6位、UKでも最高2位をマークした、殿下の実質的なブレイク曲。ファンク要素はほとんどなく、MTV仕様のポップ・ロックといったサウンドでまとめられており、普通に「1982年のヒット曲」という括りにおいても高いクオリティ。サビをなぞったシンセのリフと、1.でもヴォーカルを披露したDez Dickersonによるギターとのアンサンブルは、耳に残るポップ性。
 殿下が一歩引いて、別のギタリストにソロを弾かせるのはかなり珍しい。よっぽど機嫌が良かったか、うまくハマったんだろうな。Dezによるブルース要素は、その後の殿下のギター・スタイルにも大きく影響を及ぼすことになる。



3. Delirious
 3枚目のシングルカットとして、こちらもUS総合8位にチャートイン。シンセがチープであればあるほど、ファンキーさを増す殿下、ここではその安っぽさがピークを飛び越え、8ビートとワルツのハイブリッド・リズムを発明している。クセになるんだよな、音もリズムも。
 エロい暗喩を巧みに混ぜた、車を舞台装置としたチープなラブソングは、使い捨てヒットには相応しい主題。あまりに出来が良すぎて、代表曲のひとつになっちゃうんだけどね。

4. Let's Pretend We're Married
 シンプルな8ビートが延々続き、シンセ・ベースやシモンズがサウンドを彩る、こちらもポップでキャッチーなサビが耳に残るナンバー。こうして聴いてみると、ファルセットの入れ方がうまいよなぁ、と改めて思う。同時に、ベースが入ってることでドラムが単調になっちゃうんだな、この後、しばらくベースを抜いちゃうのは正解だな、とも。
 こちらもシングルカットされており、US総合52位。ダンスフロア仕様としては、このサイズがいいんだろうけど、シングル/アルバムとしては7分はちょっと長い。ダンス・ミックスでもないし、普通のポップ・ナンバーなんだから、もうちょっと短くしても良かったんじゃないかと思う。まぁ今さらだけど。

5. D.M.S.R. 
 「Dance, Music, Sex, Romance」。本文でもちょっと触れたけど、「CDから外された」というエピソードでかなり損をしている、かなりディープなシンセ・ファンク。シンプルなコール&レスポンスとシンセ、時々カッティング・ギター。余計なものを削ぎ落とした、ワンコードのファンク・ジャムは、殿下の最も得意とするところ。逆にこれこそ、8分では物足りない。レコード片面を埋め尽くすくらいのポテンシャルを秘めた演奏、そして殿下のヴォーカル。

Prince

6. Automatic
 前曲同様、シンセをメインとしたテクノ・ファンク。単純な「Automatic」ではなく、「A・U・T・Omatic」と読ませるところが、殿下独自の言語感覚。こういったのはやっぱり、ファンクの人ならではだよね。4.同様、エクステンデッド・ヴァージョンのように間奏が引き伸ばされてる印象があるので、もうちょっとまとめたエディット・ヴァージョンが欲しいところ。

7. Something in the Water (Does Not Compute) 
 新しいシンセを購入して、いろいろいじってみたらできちゃいました的な、シーケンサーのプリセット・リズムをベースに、あれこれ足してみたナンバー。せっつくようなリズムをバックに、メランコリックなエフェクト、独白するようなヴォーカルの殿下。
 「あいつらが飲んでる水には、何か入ってるに違いない」。
 極端な被害妄想の末、絶叫、感情の爆発。
 4分台にまとめて正解。英語ネイティヴなら、こじれたニートの独白に聴こえるのかね。

8. Free
 ここで直球勝負のファルセット・バラード。元来ロマンチストの殿下、ここではクサさを通り越して崇高ささえ漂わせて自由を謳う。ロックっぽいギターの音色も、ナルシシズムをいい意味で助長する。コーラスのクサさも、ここでは気にならない。
 この感性が、次作タイトル・ナンバーとして結実する。

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9. Lady Cab Driver
 ほぼリズムとギターだけのスカスカしたバッキングは、『Parade』が好きな人ならがっつりハマってしまう。凝ったドラム・ワークとシンプルなギター・カッティング。スパイスとしてのチープなシンセ・エフェクト。Jill Jonesとの醒めた感じのデュエット。
 「女タクシー・ドライバー」というワードから、ここまでエロい妄想を広げて具現化してしまう、殿下の才能がもっとも全開しているナンバー。間奏の寸劇はまぁいいとして、リズム・ソロ両面のギター・プレイを堪能できる楽曲としても秀逸。

10. All the Critics Love U in New York
 リズム・マシンを回しっぱなしに、終始低いテンションのヴォーカルが続くナンバー。ファンクというよりはテクノ・ポップだよな、これって。『BGM』『テクノデリック』期のYMOっぽい。一緒にやってたらおもしろそうだよな、と一瞬思ったけど、多分ムリだったよな。教授が見下しそうだし、殿下もコミュ症だし。

11. International Lover
 ラストは、ナルシシズム全開ファルセット・バラード。タイトルこそアレだけど、どうしても色眼鏡で見られがちだった殿下のピュアなエモーションが、見事に表現されている。グラミーで最優秀R&Bボーカル・パフォーマンスにノミネートされたのも納得。モノローグはちょっとウザいと思われたんだろうけど、真っ当なブラコン・ナンバーだって、書こうと思えば書けるのだ。






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