idoyoudo 80年代のソニー・グループといえば、レベッカやハウンド・ドッグ、尾崎豊からTMネットワークに至るまで、来たるバンド・ブーム前夜の日本のロック/ポップス・シーンを一手に引き受けていたイメージが強いけど、70年代は女性アイドルがメインのレコード会社だった。
 総合レコード・メーカーとしては最後発だった、CBSソニーの70年代所属アーティストのラインナップを見てみると、ロック/ニューミュージックの看板アーティストと言えるのは、吉田拓郎や矢沢永吉くらい。いずれも他社から移籍してきた者ばかりで、生え抜きアーティストの存在感はわずかなものだった。
 五輪真弓は「恋人よ」がヒットするまでは通好みのポジションだったし、ふきのとうは、さらに限られたフォーク村での人気にとどまっていた。試行錯誤の途中にあった浜田省吾がブレイクするのは80年代に入ってからだし、シティ・ポップの先駆けだった南佳孝は、もともと大衆的ヒットとは無縁の音楽性だった。

 70年代のCBSソニーを支えていたのは、彼らアーティストではなく、もっと芸能寄りの女性アイドルたちだった。同じ70年代ラインナップを見ると、キラ星のようなメンツが並んでいる。
 創業時は浅田美代子や天地真理に始まり、その後も南沙織やキャンディーズ、山口百恵など、それぞれ一時代を築き上げた旬のアイドルたちが、切れ目なく輩出されている。年を追うに従って、アイドル育成のノウハウが蓄積され、他社とはひと味違ったコンセプト、例えば雑誌グラビアやジャケット撮影ひとつにおいても、アイドル定番の貼り付けたような営業スマイルではなく、篠山紀信によるアーティスティックな写真を起用するなど、従来のセオリーをはずすことで、他社との差別化を図っていた。80年代から始まったとされるソニーのビジュアル戦略は、実は早い段階から試行されていた。
 フォーク/ニューミュージック系のアーティストは、すでに他社の青田買いによって、有望な新人には大抵手がつけられていた。新参者だったソニーが他社との優位性を図るには、育成期間もそれほどかからず、メディア露出によって即効果の出やすいアイドル系に力を入れざるを得なかった、といった事情もある。

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 もともとナベプロ主宰のスクールメイツで、後にキャンディーズとしてデビューする面々と同期だった太田裕美は、ソニー通常の育成ラインに沿えば、オーソドックスなアイドルとしてデビューするはずだった。だったのだけど、ナベプロ的にはキャンディーズをプッシュして行きたい、という意向もあって、また、初期のディレクター白川隆三が主に洋楽を手がけていたこともあって、シンガー・ソングライターとアイドル、そのハイブリッド・スタイルでのデビューとなった。
 その白川のインタビューによると、ちょうど小坂明子が「あなた」で鮮烈なデビューを飾っていたことから、「ピアノによる弾き語り女性シンガー」という世間の新たなニーズに応えた、とのこと。ちょうど近くにいた太田裕美がピアノが弾けたから、という偶然の出逢いは、単なる偶然というより時代の要請でもあった。
 アイドルで通用するルックスを持ち、しかも自作自演もできるとなれば、まだどこも手をつけていない分野だった。戦略的に言って、その選択は的を射ていた。

 そんな隙間を狙った戦略が実を結んだのが、代表曲の「木綿のハンカチーフ」で、その後も基本は松本隆と白川によるアーティスト戦略に沿って、スマッシュ・ヒットを重ねていった。
 この分野においては、竹内まりやが出てくるまで、彼女の独壇場だった。アーティストとアイドル、両面バランス良く対処できる女性歌手は、なかなか現れなかったのだ。
 ただ、そのバランス感覚は、のちのち仇となる。悪く言っちゃえば、どっちつかずの状態ゆえ大きな爆発力を生むことはなく、ポジション的には終始、トップグループの2番手か3番手という位置にあった。
 たまにバラエティに出たりはするけど、イメージ戦略の都合上、当時のアイドルの定番であるグラビアやコント出演は、極力抑えられた。アーティストというポジションでは、「隣りのお姉さん」的な親しみやすさは薄かったため、当時の青少年から見れば敷居が高すぎ、妄想を掻き立てずらかった。
 とはいえ、「アーティスト」と名乗っているわりには、ほとんどの楽曲は外部委託、アルバムでも自作曲はほんの1〜2曲といった具合だった。今でこそ、「アーティストは作詞作曲ができてこそ一人前」という空気でもなくなったけど、ニューミュージック全盛時は、最低でも作詞は自分で行なうのが当たり前とされ、単に歌うだけなのは、歌謡曲の人間とカテゴライズされていた。
 そんなわけで、当時の太田のポジションは、「自称アーティストを名乗るアイドル」といった具合である。双方のおいしいとこ取りを狙ったにもかかわらず、どっちのカテゴリでも着地点が見出せなかったのは、時代を先取りしすぎた不幸でもある。
 アイドルの解釈の多様性が広がって、森高千里が登場できるようになるまでには、もう少し待たなければならなかった。

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 今も昔も変わらないけど、女性アイドルの賞味期限はとても短い。どれだけトップグループを維持しようと、歳を取ればバトンタッチしなければならない。代わりの新人はいくらでも出てくるし、そりゃ新しい方が鮮度も違ってくるので、次第にかわい子ちゃん路線は通用しなくなる。
 個人差はあるけど、一般的にその賞味期限は3〜5年、それを過ぎると、路線変更を余儀なくされる。そりゃやってる方だって、いくつになってもミニスカ・ドレスやビキニ・スタイルで営業スマイルばっかりだと、ウンザリしてくるだろうし。
 大抵は芸能界引退、ごく少数は女優へ転身する者もいたけど、トップグループ組で最も多かったのが、大人の歌手への転向だった。処女性を前面に出したマスコット的存在から、もう少し年齢に即した「大人びた恋愛」をテーマにすることによって、コンテンポラリーな歌謡曲へとスライドしていくのが、セオリーとされていた。

 で、デビュー以来の松本隆-筒美京平コンビによる青春路線から、イメージ・チェンジを試みていた太田裕美が巡り合ったのが、大滝詠一だった。
 まだロンバケのヒット前だった彼から「さらばシベリア鉄道」を譲り受け、それが小ヒットにつながった。アイドル的には賞味期限が切れ、アーティストとしては迷走中、セールスも低迷していた彼女にとって、それは大きな転機となった。
 歌詞を書いたのは松本隆だったけど、シンガー大滝詠一を想定して書かれた言葉は力強く、アイドル的な世界観とは一線を画していた。
 続いて松本-大滝コンビによって制作された「恋のハーフ・ムーン」は、太田裕美のイメージを保ちつつ、彼の特性であるオールディーズ風味を交えた、キャッチーなポップ・チューンだった。こちらも大きなヒットにはならなかったけど、おおむね評判は良く、アーティスティック路線へのスムーズな移行は、これで問題ないはずだった。
 実際、それはうまく行きかけていたのだけど。

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 1982年、太田裕美は活動休止を宣言し、単身ニューヨークへと留学してしまう。徐々に仕事はフェード・アウトしていたのだろうけど、ファンや世間からすれば、それは突然のできごとだった。年齢的にアイドル仕事は無くなっていたので、旧来の清純派イメージを保持したまま、アーティスト活動へシフトして行くのが、自然な流れのはずだったのだけど。
 帰国後にリリースされた復帰第一弾『Far East』は、レコードA面をニューヨーク・サイド、B面を日本サイドに分けて制作された。ニューヨーク在住のソングライター・コンビによる、コンテンポラリー寄りのロック・サウンドは、従来の歌謡フォーク的なウェット感を一掃した。
 また日本サイドでは、まだ知る人ぞ知る存在だったテクノ・ポップ・バンド「チャクラ」のリーダー板倉文を大々的に起用、まだお茶の間には浸透していなかったニューウェイヴ・テイストの楽曲は、古参ファンの度肝を抜いた。
 とはいえ、従来イメージの面影を残すかのように、従来の歌謡フォーク的楽曲も収録されていたため、大きな混乱には至らなかった。少なくとも『Far East』では、アーティスト路線へのソフト・ランディングは成功したように思われた。
 問題はその次だ。
 ここから太田裕美は覚醒する。

 わずか半年のインターバルでリリースされた『I do, You do あなたらしく、わたしらしく』は、前作の日本サイドで展開されたテクノ・ポップ・サウンドがフル稼動している。『Far East』はいわば、試運転と世間の動向をリサーチするためのアルバムであり、ほんとにやりたかったのは、こういったサウンドだったのだ。
 当時、聖子プロジェクトで頭角を現し、ライト・ポップなシンセ使いとして脂の乗っていた大村雅朗が全面参加、ここではラテンやレゲエなど、多彩なリズム・アプローチを駆使しつつ、最新MIDI機材のスペックを最大限まで引き出したテクノ・サウンドで遊びまくっている。
 「しっとり落ち着いた大人の歌手」然としていた大滝作品とは一転して、これまで築き上げたキャリアをチャラにしてしまった、一周回って大人可愛いアイドル唱法は、オモチャ箱をひっくり返したようにとっ散らかったサウンドとマッチしている。いわば、のちのガールズ・ポップの原点と言える。
 徹底的にフィクショナブルな空間構築のため、重要なファクターとなったのが、初めて起用された作詞家山本みき子が持ち込んだ世界観だった。書き出してみると、捉えどころのない無意味なフレーズの羅列だけど、死角から突拍子もなく飛び込んでくるその言葉たちは、発語の快感に基づいた言語感覚に紐付けされ、未曽有のイマジネーションを喚起させる。のちに作家に転身して「銀色夏生」と名乗ることになる山本の、どこから飛んでくるかわからない千本ノックのような言葉の礫は、作曲家太田裕美の能力を覚醒させる。
 『Far East』同様、『I do, You do』でも、従来ファン取り込みのための印象派バラードも収録されているのだけど、それはもはや付け足しでしかない。太田-銀色によるコラボが残した最高傑作「満月の夜 君んちへ行ったよ」の前では、無難なバラードは霞んでしまう。
 強烈な無意味、強力なオリジナリティは、いま聴いてもインパクト十分。何かよくわかんないけど、聴いてて楽しい。踊りたくなってくる。
 これだけで、もう成功だ。

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 「大人になる」とは「丸くなる」こと、「フォーマルを装う」というのは、今も昔もあんまり変わらない。「成長する」ということは、「窮屈さを甘んじて受け入れる」ことと、ある意味では同義である。
 でも、単に世間に流されて、上記の感じで大人になっても、いいことなんて何もない。どうせ大人になるのなら、違う道だってあるはずだし、それならそれで自分で選びたい。
 そんな風に思ったか思わなかったか、とにかく世間の思惑の斜め上を行った彼女のイメチェンは、かすかではあるけれど、確実に衝撃を残した。現役アイドルも霞んでしまう、ファニーでポップな甘いヴォーカルは、それまでかしこまっていた太田裕美像のアンチテーゼとして、また無理にフォーマルに収まろうとする大人の歌手への痛烈な批評となった。

 その後も太田裕美の覚醒は治まらず、『I do, You do』で手応えをつかんだテクノ・ポップ路線をさらに深化、ご乱心時代の総決算となる快作『Tamatebako』 をリリースする。ただ残念なことに、イメージ・チェンジに着いていけなかった従来ファンは離れたことによって、セールスは低迷する。
 シンセ機材のスペックを丁寧にアップデートすれば、今の時代にも通用する極上のポップ・アルバムなのだけど、主力ユーザーになるはずの「TECHII」や「POP IND'S」読者が彼女の動向をつかんでいなかったこと、また、本来なら買い支えるはずの従来ファンが離れてしまったことが、彼女にとっての不幸だった。
 考えてみれば、中島みゆきの「ご乱心」だって相当なものだったけど、ファン離れはそれほど起きず、熱心に買い支えていたのだ。そう考えると、薄情なもんだよな太田裕美ファンって。
 この路線が志半ばで終わってしまったのか、それとも十分やり切った結果なのかはわかりかねるけど、イメージ定着にはもう1、2作は続けて欲しかった、とは今になって思う。もうちょっと続けていれば、「TECHII」読者も気づいてくれただろうし、「PATi PATi」創刊にも滑り込めて、ビジュアル展開が面白かったんじゃないかと。



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1. 満月の夜 君んちへ行ったよ
 チョッパー・ベースとシモンズによるベーシック・リズムをバックに、エスニック・ドラムによる怪しげなムードを醸し出しながら、銀色によるシュール・ネタのような無意味性の凝縮は、太田裕美のヴォーカルすら別世界へ導く。

 満月の夜 君んちへ行ったよ
 満月の夜 君んちへ行ったよ
 なのに 君んちは 丸い丸い月の中に
 君んちは ぷかりぷかり 浮いてしまってて

 清純派アイドルが書いた、アルバム用の自作詞よりもぶっ飛んだ言葉たちは、メロディやアレンジの可能性を開放する。ほぼタイトル連呼のサビとAメロだけで構成されたメロディを包むアレンジには、Human LeagueやOMDらUKダンス/ニューウェイヴの影響が色濃く反映されている。
 自身で書いたメロディだから、いわば当たり前ではあるけど、注目すべきなのは歌のうまさ。単なるピッチの合わせだけじゃなく、リズム・パートとメロディ・パートでの歌い分けは、やはりベテランならではの表現力の豊かさ。



2. 葉桜のハイウェイ
 チャクラ板倉によるミディアム・ポップ。タイトルからしてメロディからして、従来タイプの楽曲だけど、ほぼDX7によるシーケンス・リズムやテクノポップ風エフェクトは、やっぱりソニーだけあってレベルが高い仕上がり。
 やっぱり注目してしまうのは、銀色による、日本のロック/ポップスでは、まず使われることがなかった、独特の言語感覚。「早く帰って お風呂に入ろう」「今日も世界は みかん晴れ」なんて、普通思いつかないよな。皮膚感覚に基づいた言葉を書く女性アーティストの出現は、ドリカム吉田美和まで待たなければならない。あ、そういえば彼女もソニーか。
 その銀色の言葉を自分の言葉として吸収し、こんな大人カワイイ楽曲として歌いこなしてしまう太田裕美の底力といったらもう。ヴォーカル録りしててテンションが上がったのか、アイドル顔負けのフェイクも入れている。

3. お墓通りあたり
 いきなり木魚の音からスタート。そこから導かれるように、オリエンタルなピアノの調べ。なんだこれ。チャイナ風メロディから紡ぎだされる、印象的なフレーズ。
 「たばこ屋はいつも 角にあるね」「三叉路はいつも 風が来るね」。思わせぶりでいて実は無意味な空間はシュールで、どことなくつげ義春の世界を思わせる。

 そんな風に 誰かときっと すれ違ってしまうんだね

 突然、こんなフレーズを滑り込ませちゃうのだから、油断がならない。アレンジと言葉、そして歌とが絶妙のバランスで拮抗している。



4. ガラスの週末
 普通に80年代アイドルに提供できそうな、完成度の高いポップ・ソング。完成度が高いというのは「うまくまとまっている」ということで、冒頭3曲のインパクトと比べると、ちょっと霞んでしまう。でも考えてみれば、このくらいテクノ度を薄めてやった方が、一般性はあったのかな。このままバックトラック使い回して南野陽子が歌っても、違和感なさそうだし。
 あ、彼女もソニーか、そういえば。

5. こ・こ・に・い・る・よ
 複雑な変拍子と転調が交互にやって来る、大陸的な雄大さを思わせる正攻法のバラード。ニューミュージック時代とは違って一皮むけた、品格の高さを思わせる。でもね、これだけ録音レベルが低く、こもったような音がクオリティを損なっているのだけど、これって俺のCDだけ?

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6. 移り気なマイ・ボーイ
 コケティッシュな大人の女性じゃないと歌いこなせない、一周回ってアイドルを演じてみました的な、はじけたアイドル・ポップ。キョンキョンより早かったんだな、批評性を感じさせるアイドル・ソングって。ファズ・ギターをフィーチャーしたバンド・サウンドと、チャイナ・テイストのエフェクト。確かにキョンキョンが歌ってても違和感ないよな。
 キョンキョンはビクターだった。ちょっと惜しい。じゃあ渡辺美奈代だな。

7. パスしな!
 シンセ奏者として全面参加している川島裕二作曲による、レゲエ風味のテクノ・ポップ。ダブっぽいリズムとコンプをかけたヴォーカル、ラテンっぽいエフェクトは南国テイスト満載。
 アイドル・テイスト全開のファニー・ヴォイスで歌われるのは、シュールでキュートで実は無意味で刹那的な銀色ワールド。意味なんてあるもんか、ノリがイイからそれでいいでしょ。

8. ロンリィ・ピーポーIII
 名前だけは聞いたことがあった、シンガー・ソングライター下田逸郎による、大人の恋愛模様を描いたトレンディな空間。前作『Far East』からの連作で、アイドルを卒業した女性シンガーにはぴったりの世界観だけど、銀色夏生のシュールリアリスティックな文体と比べると、あまりにオーソドックスで分が悪い。
 歌詞の平凡さとは対照的に、板倉アレンジによるサウンドは凝りに凝りまくっている。琴の音色をエフェクト的に使ったオリエンタル・サウンドは、東洋音階に凝っていたと思われる太田のメロディ・ラインとの相性も良い。アウトロはちょっとカオスだけど。

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9. ロンリィ・ピーポーII
 なぜかIIIの後のII。8.のプロローグ的なモノかと思ったけど、歌詞には特別関連性はなさそう。多分、あんまり深い意味はないんだろうな。「福生ストラット」みたいなもんか。
 シングルとしても発売されており、多少はそれ向けにかしこまったのか、作曲は岡本一生・亀井登志夫の歌謡曲畑によるもの。なので、8.ほどの破壊力は薄い。

10. 33回転のパーティー
 ラストは正攻法。アーティストとしての顔を強く押し出してきたけど、アイドルとして活動してきたことは、誇らしい過去でもある。大人のアイドルとして何を歌って行くのか、その理想形のひとつが、この珠玉バラード。






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