100_UPC00600406772572 1986年にリリースされた、甲斐バンドとしては最後のオリジナル・アルバム。オリジナルと名うってはいるけど、実際のところはメンバー全員がそろってレコーディングしたものはなく、4人それぞれ個別のプロジェクトで制作した、4枚の12インチ・シングルを集めたものなので、一般的なオリジナルとはカウントしづらい。シブがき隊やELPでもあったよな、このスタイルって。
 全編オーソドックスなバンド・スタイルで製作されたのは、前作『Love Minus Zero』が最後である。Beatles で例えれば、『Abbey Road』的な完成度を極めた後、残務処理的な『Let It Be』を出した、と考えれば、ちょっとはわかりやすくなる。厳密な順番はちょっと違ってるけど、ざっくり言えばそんな感じ。
 まぁ、『Let It Be』ほどやっつけ仕事じゃないけど。

 メンバー全員の英知を結集して、ひとつのベクトルに沿って作られたアルバムではないので、いまだに位置づけがはっきりしない。正直、企画盤的な扱いとなっている、微妙なスタンスのアルバムである。
 当時の甲斐バンドのサウンド・メイキング力は、国内でもトップ・クラスだったため、収録されている内容・サウンドのクオリティはかなり高レベルではある。それなのに鬼っ子扱いされているのは、パッケージングも含め、イレギュラーなスタイルによる部分が大きい。
 東芝サイドも、そして甲斐バンドとしても、世間のそんな微妙な反応を無視できなかったのか、リリースからから1年半ほど経ってから、全曲甲斐よしひろヴォーカルに差し替えたコンプリート盤をリリースし直している。なんだコンプリートって、じゃあ未完成品を見切り発車で出したのかよっ、と突っ込みたくなってしまう。
 時期的に、解散プロジェクト終了の余韻が残っていた頃だったため、営業サイドからの要請もあったのだろう、と思ったのは、もうずっと大人になってから。当時の俺はまだ若かったため、「こんなに早く出し直すんだったら、もっと練り直してから出せよ」と思うばかりだった。業界の内情なんて知らなかったものね、当時は。

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 膨大なレコーディング期間をかけて制作された『Love Minus Zero』のプロモーション・ツアーを終え、甲斐よしひろはソロ・アルバムの制作に入る。ニューヨーク3部作を経て、ソングライター甲斐の成長が著しかったこと、それと同時に、バンドという枠組みに窮屈さを感じ始めていたことも、ソロ活動へ向かった動機のひとつである。
 甲斐バンドとしては発表しづらい楽曲、もっと言ってしまえば、これまで暗黙の了解で合わせてきた、大森・松藤の演奏レベルを想定した楽曲やアレンジに、もどかしさを感じていたと思われる。それはアーティストの成長過程として、避けられない事態だった。
 すでに『Gold』制作時点で、バンド内の衝突は燻りの段階を超えており、一触即発の状態が続いていた。理想とするサウンド構築のため、演奏レベルの要求が高くなる甲斐と、高邁な理想論に辟易する他メンバーたち。
 そもそも、ソングライターとミュージシャンとでは立ち位置が違うのだから、そのギャップは広がる一方。甲斐と甲斐以外、1対2の対立構造になっちゃうのは避けられない。

 そんな緊張状態を長く放置しておくわけにもいかず、甲斐が打開策として行なったのが、新たなメンバーの補充だった。従来メンバー間の緩衝材として、旧知の仲である田中一郎がARBから移籍してきたのだけど、まぁ根本的な解決にはならない。
 甲斐としては、バンド内で孤立してしまった自分の理解者として、彼を招聘したはずだったのだけど、考えてみりゃ、そんな状況下に急に放り込まれたって、やれる事は限られるよな。あくまでミュージシャンとして加入したのであって、調整役はメインの仕事ではない。Ron Woodの役割は、誰にでもこなせるわけではないのだ。

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 甲斐とは幼なじみであり、松藤とはアマチュア時代にバンドを組んでいたこともあって、決して知らぬ仲ではなかった、甲斐バンドと田中一郎。ARBと並行して、断続的にサポート・ギタリストとしてバンド・アンサンブルにも深く介入していたため、彼の加入は比較的スムーズに行なわれた。
 ただ疑問としてひとつ。彼の加入について、異論はまったくなかったのかどうか。
 普通に考えて、甲斐バンドのリード・ギターの多くは大森さんが弾いていたため、この時点でツイン・リードにする必然性は感じられない。そこまでギター・オリエンテッドな音楽性ではなかったし、第一、バンド・アンサンブル的に補充すべきなのは、長らく不在だったベース、それかキーボード系でしょ普通。
 この時点での甲斐の音楽性は、初期にリスペクトしていたStonesタイプのロックンロールではなく、もっと円熟味を増したAORテイストのコンテンポラリー・サウンドに移行していた。その過程で、相対的に薄くなったロック的初期衝動・ダイナミズムの補填として、古き良きギター・キッズ的なキャラの田中一郎が抜擢された、と考えれば、丸く収まる。甲斐側から見て。
 俺的には、田中一郎に対してそんなに強い思い入れはないし、また彼の存在が甲斐バンドに不可欠だったとも思えない。悪く言うつもりはないけど、でもタイミングが悪かったよな。音楽的に大きな貢献があったとは言い難いし、また、そこまでエゴを出せるほどの時間は残されていなかったし。
 田中一郎にとっても大森さんにとっても、得策とは言えなかったのが、この不可解な経緯をたどったメンバー補充である。

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 そんな大森さんが耳の不調を訴えたことによって、甲斐バンドの解散が決定する。
 事実上、レコーディングにおいても外部ミュージシャンの起用が多くなっており、極端な話、甲斐独りで甲斐バンドを名乗って継続することも可能だったのだろうけど、そうはならなかった。甲斐自身、バンドが修復不可能であることは薄々感じていたはずだったし、無理やり延命させる気力も失っていた。
 バンドの終焉、寿命を迎えつつあったことは、誰もが周知の上だった。大森さんの訴えはきっかけに過ぎず、遅かれ早かれ何らかの理由で、甲斐バンドのリタイアは必然だった。
 当時は、バンド内の衝突や不仲は公表されていなかったため、解散プロジェクトはあくまで前向きな姿勢で行なわなければならなかった。
 -どうやれば、キレイに終わることができるか。風呂敷のたたみ具合で、印象はガラリと変わってしまう。
 最終アルバムをどんな方向性にするのか、バンド内でも論議が重ねられた。

 とはいえ、ニューヨーク3部作終了時点で、甲斐バンドのサウンドは完成の域に達しており、現状のバンドのポテンシャルでは、それ以上のキャリア・アップは望めなかった。だからこそ、甲斐もソロの方向性を模索していたわけで、クール・ダウンしないと先に進めなかったのだ。
 バンドの結束力がおぼつかない状態では、スタジオに入ったとしても、ロクな仕上がりにならないことは明白だった。特に後期に顕著だった、甲斐よしひろ+バック・バンドというスタイルは、もう使えない。そのスタイルで押し切っちゃうと、コンポーザー甲斐のジャッジによって、スタジオ・ミュージシャンの演奏と差し替え、メンバーの痕跡はほとんど残らない結果となる。
 それじゃ、今までと何も変わらない。フェアウェル・アルバムとしては、あまりにも遺恨が残るし、第一ショボい。

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 様々な角度からの折衷案としての結果が、日本のバンドとしては前代未聞、個別プロジェクトによる幕の内弁当方式のアルバムだった。
 無理やりスタジオに入って顔を合わせたって、どうせ最大公約数的な無難な仕上がりになっちゃうんだから、それなら各自が責任を持って、それぞれ「俺が思うところの甲斐バンド」をやろうじゃないか―。誰が言い出しっぺだったのかは不明だけど、まぁこういったこと言い出すのは、だいたい甲斐だ。
 それぞれが4曲を持ち分として、甲斐バンドとして発表できるクオリティのものを作る。あとはすべて自由。
 4人もいれば、1人くらいはアバンギャルドを拗らせたり、変にスカしたモノを作っちゃったりするものだけど、全員、商業ベースに乗せられる作品に仕上げられたのは、さすがキャリアの長いミュージシャンたちである。まぁ自分名義で出すわけだから、そんなマニアックなモノは誰も作らないだろうけど。
 わざわざ言わずとも、ちゃんと甲斐バンド的なサウンドになるのは、長年培われた信頼関係によるものだろう。

 甲斐との緊張関係が最もシビアだったのが大森さんで、それは完成した作品にも如実に表れている。
 できるだけ、既存の甲斐よしひろサウンドとは距離を置きたかったのか、ほぼ全編ギター・インストでまとめている。もともとメイン・ヴォーカルを取ったことがない大森さんゆえ、下手にヴォーカル・トラックを入れると、甲斐との比較で分が悪いことは察していたのだろう。愛憎半ばとはいえ、彼のヴォーカルにはリスペクトしていたんだろうし。
 結果、フュージョン・テイストをベースとしながら歌心もある、ロックな高中正義的なサウンドを軸としている。シンセの使い方もうまいしね。

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 ヤンチャなロック小僧だった頃の甲斐よしひろをなぞる役割を担っていた、また担おうとしていたのが田中一郎だったのだけど、まだバンドに馴染む前に終焉を迎えてしまったのだから、持ち味を発揮するも何もない。AORに移行してからは、ちょっと落ち着き過ぎた感もあった後期甲斐バンドの起爆剤として、ここでは期待に応えるようなギター・キッズ的サウンドを展開しているのだけど、ロックとしては整理整頓され過ぎかな。
 ヴォーカリストとしては絶対的な存在である、甲斐が同じバンドにいるわけだから、同じ方向性を狙ったら見劣りしてしまうのは、これはもうしょうがない。どちらかといえばこの人、バンド・アンサンブルから誘発されるグルーヴ感が持ち味の人なので、きっちりまとめられたレコーディングには向かない人なのだ。
 もっと荒々しいライブ・テイクだったら、面白かったのに。

 で、その後期甲斐バンドに象徴される、非ロック的なAORサウンドとの相性が良かったのが、松藤の書くメロディである。この人のコード進行はルーティンから外れたところで鳴っており、カラオケでも歌いこなすのが難しい。ドラマーゆえの独特のリズム感覚なのか、シンコペーション多用による妙な譜割りが、アクセントとなって強い印象を残す。
 場合によっては、甲斐よりも引き出しの多いメロディ・メーカーなのかもしれない。

 で、甲斐。なんとここでは書き下ろし曲なし。過去のリメイクや提供曲のセルフ・カバーで構成されている。ラストとしては、なかなかの冒険だよな。穿った見方をすれば、将来リリース予定のソロ曲は温存しておいた、という風にも取れるけど、まぁそこまでゲスい真似はしなかったと思いたい。
 ―甲斐バンドというのは、甲斐よしひろのワンマン・バンドではない。メンバーそれぞれの英知を結集した、それぞれ切磋琢磨してきた集団である。
 フロントマンではあるけれど、独裁ではない。
 後期は勇み足が過ぎて、独断専行で動くことも多かったけれど、ここでは甲斐、各メンバーのショーケース的アルバムの狂言回しとして、敢えて一歩引いた役割を演じた。そういう意味でいえば、ここでの甲斐のポジションは正解だったと思う。

 だからこそ、余韻も醒めぬうちのコンプリート版リリースは、ちょっと失敗だった、としつこく思ってしまう俺。
 まぁ、オトナの事情なんだろうな。



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甲斐バンド
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-PROJECTⅠ(N.OMORI)
1. 25時の追跡(instrumental)
 ロック・バンドのアルバムのオープニングをインストで飾るのは、当時でもあまり例がないことだった。大森さんはこのプロジェクトにあたり久石譲をアレンジャーに起用、全編フェアライトCMIをフィーチャーしたシーケンス・サウンドをバックにギターを弾きまくっている。ある意味、『Repeat & Fade』のメイン・テーマとなったこの曲、後期甲斐バンドに象徴されるハードボイルド・タッチの硬質なサウンドが展開されている。
 曲間のSEが、当時流行っていたPaul Hardcastle 「19」を連想させ、時代を感じさせる。

2. エコーズ・オブ・ラヴ
 大森さんの特性であるSantana的情緒あふれるソロが大きくフィーチャーされている。この辺はちょっと高中っぽいかな。あそこまで軽くはないけど。
 大森さん楽曲での甲斐ヴォーカルは1.が選曲されているけど、正直、こっちに歌詞を載せてもらった方がはまったんじゃないかと思われる。

3. JOUJOUKA(ジョジョカ)
 当時はあまり知られていなかったけど、27歳の若さで夭折した、Rolling Stonesの元リーダー、Brian Jonesが生前、唯一残したソロ・アルバム『Joujouka』へのリスペクトして制作されたナンバー。
 とは言ってもStones風味もモロッコ風味もそれほど感じられず、どちらかといえばロックな喜太郎的なニューエイジな仕上がり。ちょっと刺激的なBGMとしては全然アリ。

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4. ロマン・ホリデー
 唯一アコースティック・ギターで全編押し通した、こちらも抒情的なナンバー。ギタリストのアルバムとしては、超絶プレイや早弾きをひけらかさず、あくまでトータル・サウンド+メロディというオーソドックスなスタイルを貫いている。
 ヴォーカルに自信があれば、Claptonくらいはイケたんじゃないかと思われるけど、まぁJeff Beck止まりだったんだろうな、きっと。

-PROJECTⅡ(H.MATSUFUJI)
5. O'l Night Long Cruising
 ここから松藤サイド。松藤のアプローチは、作曲はすべて自分、楽曲に応じた作詞家とそれぞれコラボしている。で、改めてクレジットを見ると、なんと作詞辻仁成。エコーズとしてはまだデビューしたてで、一般的にはほとんど知られていない頃。
 尾崎豊と同じカテゴリーで「若者の代弁者」的ポジションだったエコーズ=辻だったにもかかわらず、ここではやたら歌謡曲的なライト・ポップな無難な歌詞になっている。まぁ松藤がこんなサウンドでやりたかったんだろうけど、別に辻仁成じゃなくても、当時だったら売れっ子の康珍化あたりにオファーした方がよかったんじゃね?と余計な助言をしたくなってしまう。

6. サタニック・ウーマン
 ちょっとチャイナ・テイストの入ったエスニック風アレンジは、YMOでの客演でも有名なギタリスト大村憲司によるもの。ファンキーなカッティングにその片鱗が見られ、アンサンブルに勢いをつけるカンフル剤的役割の人だったんだな、と改めて思う。
 こうして聴いてみると、後期甲斐バンドのAORサウンドと親和性が深いのが松藤だったんだな、と改めて思う。甲斐のキャラクターが強すぎたため、どうしても目立たないけど、この時期にもう少し作品を残していれば、後年のシティ・ポップ・ブームにも乗ずることができたんじゃないかと思われる。

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7. レイニー・ドライヴ
 そんな松藤のシティ・ポップ性が最も発揮されたのが、このトラック。前曲に続き、松尾清憲作詞のナンバーで、俺的には松尾にとっての最高傑作だと思っている。とはいってもこれと「愛しのロージー」くらいしか聴いたことがないけど、歌詞のクオリティ、ここで描かれる世界観がたまらない。

 スピード上げ すべって行く 僕らの車 ハイウェイ
 煙る雨を 突き抜けたら 君は 自由になる
 僕にくれた やわらかな どんな優しさも
 アスファルトに こぼれてゆく みんな嘘になる

 最後のレイニー・ドライブ
 青ざめた過去の イルミネーション
 抱きしめた夜に もう 引き戻せない

 何げなく気だるい夜のドライブ・デート。別れる前のカップルなのか、それとも誰かと別れようとしている女とドライブしているのか、どちらとも取れる歌詞。危うげなバランスを平易な言葉で表すのは、相当なテクニックを要する。
 ちなみにシングルでは甲斐がヴォーカルを取っているのだけど、正直この曲については、甲斐の表現力の方が勝っている。松藤には悪いけど、ちょっと声質が甘いかな。



8. メガロポリス・ノクターン
 なぜか作詞は松山猛。業界フィクサー的な立場の人とどんなコネがあったのかは不明だけど、まぁプロの作詞家っぽい仕上がり。当時の稲垣潤一や安部恭弘辺りを連想させるシティ・ポップ的なアプローチは、今だからこそ再評価されてもいいくらい、古びていない。
 これもシングルでは甲斐ヴォーカルに差し替えられているけど、この曲は松藤ヴァージョンの方がいいかな。程よいサウンドの軽さとうまくマッチしている。

-PROJECTⅢ(I.TANAKA)
9. Funky New Year
 近年、一連の松田聖子ワークスと渡辺美里「My Revolution」でのアレンジで再評価の機運が高まっている、大村雅朗アレンジによるナンバー。シンセ・エフェクトの音色によって、大村アレンジということがわかる。でもこの人、やっぱり女性アーティストの方が合ってるのかな。ギターのハードさとシーケンスとの相性って、ちょっとミスマッチだな。

10. ジェシー(摩天楼パッション)
 ということで、ここで甲斐がヴォーカルとして参加。何か安心してしまう。ちゃんとした甲斐バンドだよな、やっぱり。
 作詞を担当したちあき哲也は当時、矢沢永吉との仕事で評価されており、男っぽい硬派な世界は甲斐のヴォーカルとも相性が良かった。他の人の言葉でもうまく咀嚼して、自分の歌にしてしまうところは、この人の得難い才能である。

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11. Run To Zero
 前曲と同じチト河内によるアレンジだけど、まさに静と動。この人も引き出しが多い。ロック・サウンドの経験値が多い分だけあって、ここでは無理なく自然にドライブ感あふれる演奏とヴォーカル。やっぱり田中一郎、バンド・スタイルが合ってるな。シーケンスとの相性はあんまり良くないことがわかる。

12. 悪魔と踊れ
 サックスもフィーチャーしたパワー・ポップ。あんまり相性の良くない大村雅朗アレンジながら、ドラムの音圧が強くなっている分、ギターに頼らずともバランスの取れたサウンドになっている。こんな方向性もアリだったかもしれないな、田中一郎。

-PROJECTⅣ(Y.KAI)
13. ハート
 もともとは1983年、女優高樹澪に楽曲提供したシングル曲のカバー。一応、初出ヴァージョンがYouTubeにあったので聴いてみたのだけど、まぁ歌謡曲的な仕上がり。考えてみれば彼女、その前年に「ダンスはうまく踊れない」が大ヒットしており、その勢いでリリースされたのがこの曲なのだけど、みんな知らないよね。俺も初めて聴いたし。
 ここでのヴァージョンはほぼオリジナル通り、肩の力を抜いたヴォーカルでまとめている。松藤同様、シティ・ポップ的な仕上がりを指向しているのだろうけど、やっぱり甲斐のヴォーカルは記名性が強く、ていうかアクが強い。無難なサウンドじゃキャラクターに太刀打ちできない。

14. オクトーバー・ムーン
 こちらも高樹澪提供曲のセルフ・カバー。基本アレンジはどちらも一緒だけど、リズムを強調したサウンドになると、やっぱりヴォーカル力の強い甲斐が勝る。そりゃ当たり前か。
 後期甲斐バンドを彷彿させるハードボイルドな世界感の歌詞と、歌謡曲を思わせるメロディ・ラインは、ニューヨーク3部作に入ってても違和感ないクオリティ。久石譲によるアレンジも抑制が効いており、ストイックかつポップな仕上がりになっている。ちょうどプロデュースを手掛けていた、中島みゆき『36.5℃』ともリンクしている。



15. 天使(エンジェル)
 オリジナルは1980年、「漂泊者(アウトロー)」の後にリリースされたアルバム未収録シングル。当時のテイクはなんか気の抜けた懐メロ調アレンジだったのだけど、ここでは力強くビルドアップされたロック・アレンジに補強されている。
 歌詞自体はほのぼのしたフォーク・ロック的な抒情さが漂っており、確かにオリジナル・ヴァージョンとの相性は良いのだけど、いややっぱりショボイな、オリジナル。ニュー・アレンジにして正解だった好例。

16. ALL DOWN THE LINE-25時の追跡
 ラストは一巡して、1.の大森さんギターを甲斐ヴォーカルに差し替えたヴァージョン。サウンドに基づいたハードボイルド・タッチの歌詞は、サウンドとの親和性が良い、とほんとは言いたいのだけど、いやミスマッチだな、これって。ヴォーカルが変に力入り過ぎ。最後を飾る曲ということは事前に決まっていたのだろうから、それを見据えたレコーディングだったのだろうけど、変にヴォーカル入れない方が良かったんじゃないかと思われる。
 ある意味、大森さんとしては「してやったり」って思っていたりして。どうだ、歌いこなせねぇだろ、って。






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