folder 1985年リリース、 2枚目のオリジナルアルバム。初のUK1位獲得とともに、EU各国でも新進気鋭のバンドとして頭角を現したけど、アメリカでは最高110位といまひとつ。 Paul Weller同様、英国を中心としたドメスティックなスタンスはその後も変わらず、解散するまで頑としてジョンブルな姿勢を崩さなかった。
 でもMorrissey、ソロになってからはアメリカでバカ売れするんだよな。やっと時代が彼に追いついたというところか。

 とはいえイギリスとアメリカ、単純な人口比で言えば4~ 5倍の差があるため、売り上げ枚数だけ見れば、アメリカの方が倍以上も上回っている。大味なアメリカン・ロックやヘビメタに馴染めない、引っ込み思案な大学生がカレッジ・チャートに流れ込み、R.E.M. やReplacementsの延長線上でUK インディーズを求めた層が、それだけいたということである。構成比としてはごくわずかだけど、裾野が広い分だけ、本国の売り上げを軽く凌駕している。
 当時の日本でだって、セールス自体は決して大きいものではなかったけれど、ロキノン界隈に収束された熱気は、局地的な盛り上がりを見せていた。なので、今でも80年代 UKロックを語る際、避けては通れないアーティストのひとつとなっている。

 このバンドにおけるMorrissey(ていうかスペルがややこしいので、これ以降は「モリ」)、の立ち位置は、これまでさんざん語られているので置いといて、取り上げたいのはもう 1人のフロントマンJohnny Marr、略して「マー」
 バンドのポリシーやアルバム・コンセプトはモリの独壇場だけど、実務面での作業はほぼこの人が担っていたと言っていい。特に末期なんかは、サウンド・プロデュースだけじゃなく、マネジメント業務も並行して行なっており、そんな雑務を押し付けられることに嫌気が指したことも、解散の要因として囁かれているくらい。
 普通、彼らクラスのバンドだったら、バンド運営の付帯作業を自分らで行なうことなど、そうはないはず。ライブ後のCD手売りレベルのバンドならともかく、12インチ・シングルまでマメに日本発売しているバンドだ。普通ならやってられんわ。
 とはいえ、何しろ相手がモリである。何かと手間ヒマかけて拵えた段取りを、冷笑と嘲笑を交えてちゃぶ台返ししちゃう人だ。英国人以上に英国的、性格の悪さがMAX全開だった当時、誰もなり手がいなかったのだろう。そうなると、割を食っちゃう人が必ずいるわけで。

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 ド派手なギター・ソロやビッグマウスな発言とは無縁のマーは、基本、裏方気質の人である。自分がフロントに立つことにはあんまり興味がなく、モリという強烈なキャラクターを引き立てることに快感を覚える、縁の下の力持ち的存在である。ほぼ外部ミュージシャンを起用せず、あんな緻密なバンド・アンサンブルを独りで作っちゃうのも、偏執狂とも称されるサウンド職人ならではの偉業である。
 それでいて、ひけらかすこともない。こう書いちゃうと、まるで聖人だよな。あ、でもモリの隣りにいたから、そう見えるだけかも。とにかく、有象無象のエゴが渦巻く音楽業界において、長く活動し続けられているのが不思議なくらい、自己顕示欲の薄い人ではある。
 1985年のUK音楽シーンは、Tears for Fearsや Depeche Modeらがアメリカ市場をブイブイ言わせていたように、シンセを主体としたシーケンス・サウンドが、トレンドの主流だった。その対極として、いわゆるゴシック/オルタナ系、Jesus and Mary Chain やSisters of Mercyら、陰鬱とした風貌とディストーションとが、インディ・チャートを席巻していた。
 大ざっぱに分けるとこんな感じだけど、Smithsの場合、当時のメジャー/インディーどちらの潮流にも属しない。過剰にマスに寄り添ったエンタメ路線でもなければ、セオリー無視の破綻したアバンギャルドでもない。むしろ、ベースのサウンドはオーソドックスなギター・ロックである。
 良識派の神経を逆なでする言動やメッセージを発信する、モリ独自の世界観ゆえ、いまだSmithsといえば「オルタナ」のイメージが強いけど、決して内輪のマニアの間でだけ流通していたわけではない。シングル・チャートでは無敵の強さを誇った彼ら、セールス的には十分メジャーと肩を並べていた。
 多くのインディー・バンドがシングル2、3枚程度で息切れして解散してしまう中、コンスタントにヒット・シングルを量産していたSmiths。コンセプトの揺るがなさと、引き出しの多いサウンドは、同年代アーティストの群を抜いていた。

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 そんなブランド・イメージの主軸となっているのが、モリの強烈なパーソナリティなのだけど、彼の放つ毒は、一般大衆にはちょっと刺激が強すぎる。毒を希釈するわけではないけど、もう少し拒否反応を和らげるため、そこでマーが必要になってくる。
 英国ポスト・パンク以後のアーティストは大ざっぱに、「現状に対する不満」「自分は他人と違う(誰も理解してくれない)」に分類される。John Lyndon だって Mark E. Smithだって、音楽を通してそれを始終訴えてきた。でも2人とも、Smithsほどポピュラリティを得られていないのは、そのメッセージをスムーズに伝達するためのサウンド・プロダクションの弱さ、これに尽きる。PILだって、結局のところは息切れしちゃったし。
 ゲートエコーやらシンクラヴィアやらシモンズやらが幅を利かせていた80年代ポピュラー・シーンにおいて、マーはテクノロジー機材をほぼ使わず、むしろ時代と逆行して、ロックの原点であるギター・オリエンテッドのバンド・アンサンブルを構築した。決して卓越したヴォーカリストではないモリをフロントとしながら、歌詞の世界観を巧みに表現した、焦燥感あふれるギター・ロックは、初期衝動の具現化とも言える。
 「ギター・ロックの理想形」とも称される、緻密に構築されたサウンドは、バンドを組む友達もいない孤独な若者だけじゃなく、最初の一歩を踏み出すことのできない10代 20代にも広くアピールした。

 で、そんなマーの尽力によって、Smithsはその短命さも手伝って伝説として昇華した。モリとマーそれぞれ、その後のキャリアを築くにあたって、確実な踏み台となったわけだけど、今のところ、その着地点はまるで違っている。
 過剰なエゴイズムの権化として、モリはその後、着実にソロ・キャリアを積み上げていった。どのムーヴメントともシンクロしない、強烈な「俺」路線は、世界中に多くの信奉者を産み出し、Smiths時代以上の成功を収めた。アメリカでライブ動員上位に入ったり、南米でも根強い人気を保っていることは、日本ではあまり伝えられていないけど、その唯我独尊傍若無人ぶりは、確実にニーズを捉えているわけで。もう何が何だか。
 対するマーだけど、今も地道な活動を続けてはいるけれど、なんだか消化不良気味、どうもイマイチ盛り上がらない。なぜなのか。

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 音楽は好きで、バンドも好きだ。ギターを弾くのは、もっと好き。
 だからといって、超絶ギター・ソロでアッと言わせたいわけではない。あくまで自分はバンドの一部サウンドの一部、モリが歌いやすくて、彼の世界観を余すところなく表現できていればそれでOK、と思う男である。
 だけどしかし。
 モリ向けに作ることはできるけど、果たして自分を中心に置いたとしたら。
 オファー通りのモノは作れる。商品として芸術作品として、きちんとまとまっている。でも、何かモワッとしている。引っかかりがない。右から左へ聴きながしてしまいそうなサウンドになってしまう。
 そりゃそうだよな、これまでコンセプトはモリが全部考えてくれてたから。
 で、いざ独りで作るとなると、つかみどころがない仕上がりになってしまう。
 言いたいことや訴えたいこと、メッセージなんて別にないんだもの。込み上げてくるもの・誰かに伝えたくてたまらない衝動というのが、まるでないのだ。
 なので、マーは思う。
 -強烈な磁場を持つ、エゴの塊が欲しい。

 音楽でメシを食っていく、と決めて、その初っぱなからモリという怪物に出逢ってしまったのは、彼にとって幸か不幸、どっちだったのか。ゲームのスタートからラスボス登場というイベントにぶち当たってしまったため、その後に出逢うパートナーに対し、どれも物足りなさを感じてしまうのは、当たり前である。
 そんな中、TheTheのMatt Johnsonはモリに匹敵する、なかなかの強者だった。だったのだけれど、モリの怒りの対象が女王や食肉主義者、ディスコDJなど具体的だったのに対し、Mattの世界憎悪はちょっと観念的すぎる部分が拭えなかった。あんまり熟考しないマーにとって、それは容易に理解できる代物ではなかった。多分、Matt以外はあんまり理解してなかったんだろうな。
 沈思黙考すると長くなってしまうMattゆえ、TheTheの活動は断続的だった。ヒマを持て余したマーはその後、ギターを抱いた渡り鳥的に、様々なバンドやユニットを転々とすることになる。
 Bernard Sumnerと組んだエレクトロポップ・ユニットElectronicは、これまで歩んできたキャリアから一転してアッパーなダンス・サウンドを指向、セールス的にも大きな成功を収めた。ただ、これもNew Orderの合い間に手掛けた泡沫的なユニットであって、永続的なものではなかった。
 その後はさらに迷走、若手バンドModest Mouseに無理やり加入したりもしたけど、世代が違うせいもあって、こちらもごく短期で脱退してしまう。そりゃそうだよな、変に気も使うし扱いづらそうだし。

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 まぁ何やかや、それなりに苦労もしてきて、50歳になってやっとアイデンティティが確立されたのか、自分名義のソロ作を出したのが、つい最近のこと。ずっと前向きにひた走ってきて、立ち止まって振り返る余裕、何かしら痕跡を残しておきたい、と感じたのだろう。いずれにせよ、自分の言葉で語ろうと思い始めたのだから、これはこれでひとつの成長である。
 デビュー作とはいえ、すでに芸歴30年のベテランだけあって、きちんとした大人のロックになっている。
 でも、なんか足りない。ロックっぽさはあるけど、ロックと呼ぶにはアクが足りない。
 まぁ、やっと自分の言葉を見つけたんだ。これまで30年待ったんだから、もうちょっとは長い目で見てあげたい。

 そんなマーのサウンド・メイキングが初めて成果を結んだのが、お待たせしました『Meat is Murder』。トータル・コンセプトも曖昧な、ほんとむき出しの初期衝動を吐き出しただけのデビュー・アルバムに対し、ここではスタジオ・レコーディングのメソッドにも慣れたマーの実験性や工夫が発揮されている。
 今だと直截的すぎて前面に出しにくい、「食肉は殺人だ」というタイトル・ナンバーを主軸として、ギター・ポップだけに収まらない多彩なサウンドを展開している。つかみはOK的に過激なインパクトでありながら、それをハードコア・タッチに仕上げるのではなく、ちゃんと真っ当なギター・ポップに仕上げることに成功している。一歩間違えれば、くどくてめんどくさいモリの主張を、コンテンポラリーなスタイルに加工して、広く世に知らしめたのは、マーの功績が大きい。この辺は、もっと評価されてもいいはずなんだけど。



Meat Is Murder
Meat Is Murder
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Smiths
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1. The Headmaster Ritual
 アコギをアクセント効果に使った、ネオアコ寄りのギターだけど、リズムが走り気味なので、そこがうまく疾走感を演出している。相変わらず朗々と歌い継ぐモリ。
 我が物顔でのさばるスクール・カーストのトップ連中と規律規律とうるさい教師らに抑圧されて、毎日学校へ行くのが憂鬱だったモリの原体験が綴られている。こんなネガティヴなテーマをトップに持ってきちゃうところに、Smithsの特異性があらわれている。
 Radioheadによるカバーが、ファン心理まる出しの完コピで微笑ましい。こっちもなかなか。



2. Rusholme Ruffians
 ちょっとカントリーっぽさを交えた、古き良きロカビリーの香りを彷彿とさせるナンバー。直情的なロック/パンクに収まらない、多彩なバリエーションのサウンドは、他のバンドとは群を抜いていた。

3. I Want the One I Can't Have
 ザックリ言っちゃえば「ないものねだり」。散文的ではあるけれど、ピカレスク・ロマンの香りが漂う寓話的な歌詞は、モリの真骨頂。アッパーミドルへの痛烈な怒りと並行して、ディケンズなど前世紀の小説をこよなく愛する男の独白を、軽やかなリズムでコーティングしている。

4. What She Said
 ロック・バンドとしてのSmithsの側面がうまく表現されたナンバー。ヨーデルとも演歌とも取れるモリの独唱と、やたらテンションの高いリズム・セクションとのコントラスト。この熱気が後日、『Queen is Dead』の一連のアップテンポ・ナンバーへと結実する。

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5. That Joke Isn't Funny Anymore
 だいぶ遅くになってからシングル・カットされたため、UK最高49位、彼らのシングルの中では最も低い実績となった。ドラムに深いエフェクトが入れられ、高いキーのアコギなど、Smithsのルーティンからはちょっとはずれた実験的なサウンドになっている。LPの最後を締めるにはいいんだろうけど、シングルって感じじゃないよな。

6. How Soon Is Now? 
 『Meat is Murder』リリース寸前にシングルとして世に出たのに、当初、アルバムには収録されなかった、初期Smithsの代名詞的ナンバー。その後、再発・リマスターを経ていつの間にか組み込まれるようになった、という経緯がある。
 フィードバックを効果的に使うのは、この時代のインディー・バンドの「あるある」だけど、他のバンドが「空虚であること」「無為であること」ばかりを語るだけだったのに対し、モリは精神的弱者のトラウマや社会不適合性から誘発される心理爆発を言葉の礫にすることによって、第一線に躍り出た。



7. Nowhere Fast
 「そしてベッドに横たわり、ぼくは生について考える。ぼくは死について考える。どちらも、特におもしろくない」。
 これに尽きる。「女王に尻を向けたい」など、直接的な行動を思いあぐねるうちは、まだい。ベッドから出られず、何も考えられなくなってしまった瞬間、人は生きる意欲を失ってしまう。それをロックの歌詞として、サウンドに乗せてしまったのが、モリの大きな功績である。

8. Well I Wonder
 シングル・カットされるわけでもなく、曲順としても地味な位置にありながら、隠れ名曲として評価の高いバラード・チューン。シンプルなバンド・セット、弱々しいモリのヴォーカル、そして雨音と12弦ギターで切なさを表現するマーのサウンド・プロダクション。

 「思うんだけどさ
 ぼくの声は聴こえているのかな きみの眠りのなか
 しわがれた声で、ぼくは泣いている
 思うんだけどさ
 きみにはぼくが視えるのかな ぼくらともに逝くときに
 ぼくの半分は死にかけているけど」。

9. Barbarism Begins at Home
 「野蛮さは家庭から始まる」。タイトル・トラックと韻を踏むような、これまた扇動的な主張である。いわゆる幼児虐待を嘆く曲なのだけど、俺的にはこの曲、モリは添え物、主役はむしろ、終始縁の下的存在のリズム・セクション、Andy Rourke (b)とMike Joyce (D)の2人。この曲は7分にも及ぶ長尺なのだけど、モリの出番は前半4分弱くらいまで、その後は延々とインスト・トラックが続く。方々で絶賛されているけど、特にAndyのファンキー・ベースはかなり高レベル。この時代の若手バンドで、しかもギター・ポップ/ネオアコ界隈でここまで弾ける者はいなかった。この路線をもっとクローズアップさせていれば、バンドの方向性ももうちょっと変わっていたかもしれない。
 でも、それじゃSmithsじゃなくなっちゃうか。やっぱり主役はモリ、時々マーなのだ。



10. Meat Is Murder
 ラストはちょっと気合い入れ過ぎたのか、仰々しいオープニング。Led Zeppelinが80年代まで生き抜いていたら、多分こんな感じになったんじゃないか、と思うのは俺だけかな。
 「これといった理由もなしに,命を奪われるとしたら,それって虐殺だろ?」
 まぁ、確かにその通り。だからといってモリ、特別動物愛護がどうした、とか言ってるわけではない。彼が憎むのは、美味そうに七面鳥や仔牛を食べる者たち、パーティや会合で寄り集まって、楽しく舌鼓を打つ連中のことだ。
 そんな内輪に決して呼ばれることのない、若き日のモリ。
 彼は憎む。食肉主義者を、パリピな生活を享受するカースト上位者を、そしてうなだれたままベッドから出ようとしない、過去の自分を。






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