7591 80年代コロンビア・ジャズ部門の一端をリードしていたのが、新伝承派のWynton Marsalis一派であり、その対極でアブストラクトなキャラクターを放っていたのがHerbie だった、というところまで前回書いた。今回はその続きから。

 70年代末からストリート・レベルで盛り上がってきたヒップホップは、80年代に入ってからしばらくはカウンター・カルチャーのポジションであり、当時はまだ知る人ぞ知る未知の音楽だった。「11PM」や「ポパイ」などで独自のファッションやライフスタイルは紹介されてはいたけど、まだ物珍しい時事風俗レベルの発信のされ方であって、肝心のサウンドが届けられることは少なかった。当時はまだ刹那的な流行りモノとして、あまり重要なムーヴメントと捉えられていなかったのだ。
 そんな怪しげな音楽にいち早く目をつけ、すでにこの時点でNYアングラ・シーンの中枢に鎮座していたBill Laswellとの出逢いが、Herbieの、そしてヒップホップの成功を決定づけた。当時、彼が率いていたMaterialのコネクションを総動員し、そこにHerbieが乗っかることによって、『Future Shock』、ていうか「Rockit」は大ヒットに至った。
 ここで重要なのは、すでに大御所であったはずのHerbieが、Billのサウンド・コーディネートにほとんど口を出さず、彼が集めてきた有象無象の新進アーティストに好き放題にプレイさせた点である。同じ頃、Miles DavisもHerbie同様、バックトラックを当時青二才のMarcus Millerに丸投げ発注している。ただ、Milesの場合は前回書いたように、あくまで信頼関係に基づくもの、「ジャズ」という共通言語をお互い理解していたからこそ可能だったわけで、Herbieの場合とはちょっと事情が違っている。『Future Shock』で奏でられたサウンドは、これまでのジャズの文脈とはひとつも当てはまらない、まったく異なるジャンルとのコラボである。
 普通なら「保険」として、ベーシックなジャズ・サウンドはそのままに、「何となく新味を盛り込みました」的に、スクラッチやシーケンス・ビートも申し訳程度しか使わないものだけど、Herbieの場合、その辺は徹底している。「エッセンスを取り込む」なんてレベルじゃなく、ベテラン自らが体を張って、別のジャンルに飛び込んじゃうんだからもう。
 ベテランのリアクション芸人が率先して体を張って笑いを取り、若手が中途半端なガヤ扱いで盛り上がりに欠けるシーンがバラエティでよくあるけど、あんな空気と同じものを感じる。
 前に出すぎるベテランは、扱いに困ってしまう。でも力技で笑い取っちゃうんだよな。

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 「Rockit」の成功は、数字で表せるセールス実績だけでなく、ひとつの「現象」、音楽の「世代交代」として、ヒップホップという新たなジャンルを広く世の中に知らしめる結果となった。Godley & Crèmeによる、マネキンやジャンク小道具を効果的に使ったPVもレトロ・フューチャー感を演出、お茶の間のテレビで何度もリピートされるほどの知名度を得た。ジャズ界ではすでに大物だったHerbieもまた、MTVでのヘビロテからポップ・チャートでのチャートインに結びつき、その後のボーダーレスな活動を行なう上で強力な後ろ盾となった。この後も同コンセプトでのアルバムを2枚リリース、そしてほぼ10年周期でテクノ~エレクトロニカ系の作品を手掛けるようになる。
 年功序列的にいえば、ジャズ界においては文句なしのレジェンド級、Milesを始めとしてあらゆる有名セッションをこなし、ソロ名義でだって数々の名盤をリリースしてきているのにでも、そんなHerbie、いわゆるオーソドックスなモード・ジャズのプレイは極めて少ない、珍しいキャラクターでもある。
 デビュー作の「Watermelon Man」然り、ヒップホップ以降、方々でサンプリングされまくった「Cantaloupe Island」然り、よく聴いてみると、セオリー通りの4ビートではプレイしない人である。本人のルーツとして、カリプソやラテンがバックボーンにあることは想像できるけど、フォーマットに沿った「ジャズ」とは無縁なのは昔からである。

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 Milesクインテット以降は、フェンダー・ローズを思いっきりフィーチャーした『Head Hunters』を発表、ジャズ・ファンク~フュージョンのオピニオン・リーダーとなった。なったのだけど、総合チャートにランクインするほど売れまくった『Head Hunters』のイメージで固定されることを嫌ったのか、はたまたポップ・チャートの魔力に取りつかれたのか、次第にヴォーカル・パートの割合が激増、ディスコ~ブラコンに手を染めるようになる。
 「ヒットチャートに魂を売った」的な声も内輪から上がったこの時期の作品は、今でこそ90年代以降のクラブ・シーンからのリスペクトもあって、一定の評価もされてるけど、チャラ路線と思われていたことも確かである。どうひいき目に見たって、メインストリームのジャズからは大きく逸脱しているし、Herbieのクレジットがなければ、単なるソフトR&Bである。
 ただHerbie側に立って考えてみると、ディスコ/ファンク一色に塗りつぶされた70年代後半のミュージック・シーンにおいて、新しモノ好きな彼がそこに食いつくのは、ある意味必然だった。前回のBranford Marsalis のレビューでも書いてるけど、ジャズの発祥並びに成長過程において、「ダンスビート」という要素を切り離して考えることはできない。特にHerbieのような、時代の趨勢に目ざといアーティストならなおさらである。
 まぁ当時「愛のコリーダ」でブイブイ言わせてたQuincy Jonesへの嫉妬というか、対抗心もあったんだろうけど。

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 ポップスターのポジション獲得のため、手段を選ばなかったHerbie、挙げ句の果てにはQuincy のプロダクションを丸ごと引き抜いてアルバムを作る(『Lite Me Up』)など、結構エグい手を使ったりもしている。ただ、そこまでしても『Head Hunters』を超える鵜セールスを上げることができなかった。
 才気走った感情の赴くままに作った作品が、思いのほか大ヒットして、いざ体制を整えて本腰を入れた途端、「売れ線に走った」と酷評される始末。なかなか難しいものだ。
 とは言ってもHerbie、その辺の空気を読む力は健在であり、ディスコ路線ばかりやっていたわけではない。あくまで本業あってこそのHerbie Hancockであることを自覚していたのか、メインストリーム路線もちゃんと押さえており、この時期はMilesバンドの同窓会的プロジェクトVSOPと並行して活動している。本妻と愛人宅とを行き来するかのように、どちらの家庭にも目配りを怠らないのは、マメな男の証左である。当然、ジャズ村界隈ではこっちの路線の方が高く評価されており、しかもセールスもそこそこ高かった。
 やっぱり本妻は、それだけ強いのか。

 そんな事情もあって、「愛人宅でのお戯れ」「羽を伸ばして趣味に走った」時期の作品として位置づけられているのが、この『Magic Windows』。しつこく、とにかく執拗に続けてきたポピュラー路線は、思うような結果を出せず、何をどうやっても空振りが続いた。もうこの辺になると方向性がグダグダで、はっきり言って迷走状態である。Herbie Hancockというエクスキューズがなければ、キッチリ作り込んだブラコン・サウンドとして、もうちょっと売れたかもしれないくらい、ちょっとかわいそうな作品である。
 ただ逆に考えれば、外部でのお戯れによってストレス発散ができ、それが功を奏して、本業において会心の出来のモダン・ジャズがプレイできた、という見方もできる。ブラコンあってのVSOPか。なんか微妙な持ち上げ方だな。
 もともと器用な人ではあるけれどしかし、「好きこそ物の上手なれ」という風にいかないのは、何も音楽に限った話ではない。「下手の横好き」って言葉もあるしね。
 そんな空振り状態解消のためのテコ入れなのか、『Magic Windows』は後にも先にもないくらい、ゲスト・ミュージシャンが豪華である。多分、一気にレコーディングしたんじゃなくて、断続的なセッションをひとまとめにしているのだろう。それにしてもこれだけ幅広いメンツを集められるのは、さすがレジェンドである。これだけミュージシャン・クレジットが豪華なのは、あとはSteely Danくらいしかいないんじゃないかと思われる
 Ray Parker Jr.とAdrian BelewとWah-Wah Watsonのプレイを、一枚でまとめて聴けるアルバムなんてまずないので、そういった幕の内弁当的オールスター・メンツを一度に堪能できると考えれば、十分お得、コスパ的にも優秀なアルバムである。何かスーパーのまとめ買いみたいな言い回しだな。
 ちなみにリリース当時のチャート・アクションだけど、ビルボード最高では140位。R&Bチャートでは40位、ジャズ・チャートでは13位にランクインしている。なんだかんだ酷評してたはずなのに、さすがは保守的なジャズ・ユーザー、きちんと買い支えてる。
 やっぱ彼らにとってHerbieって、何やってもジャズ扱いなんだな。


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1. Magic Number
 有名どころとして、Ray Parker Jr.がギターで参加。アラフィフの俺でさえ、彼の印象と言えばゴーストバスターズだけど、もともとはファンク・バンドRaydio出身、ソロに転じてからもStevie WonderやBoz Scaggsのバックを務めていた職人肌の人である。それがどうしてあんな色モノに転じてしまったのやら。
 この頃はまだいわゆるセッション・ミュージシャンとしてのカラーが強く、オーソドックスなカッティング・プレイに徹している。ネームバリューに頼らない堅実なリズムの上で、ディスコやらカリプソやら技を繰り出すHerbie。まぁジャズには聴こえないな。

2. Tonight's the Night
 初っぱながインパクト勝負過ぎたバランスなのか、2曲目はオーソドックスなブラコンでまとめている。ヴォーカルのVicki Randleは当時のフュージョンでは引っ張りだこの人気だった人で、すごく上手いのにソロ作がないのがむしろ不思議。Randy Crawfordほど下世話だったら、もっとフィーチャーされてもおかしくなかったほど、惜しいヴォーカリストである。引っかかりが少ないのかな。
 ここでのスペシャル・ゲストはMichael Brecker、正直、あまり見せ場の少ない無難なプレイである。時期的に脂の乗り切ったプレイを見せてもおかしくないのに、何で弾けきらないのかと思ってクレジットを見たら、なぜかドラムがRay Parker Jr.、ベースはHerbieというリズム・セクション。何だそりゃ。

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3. Everybody's Broke
 「Money」をパクったようなキャッシャーのエフェクトから始まる、ボトムの効いたどファンク・チューン。ヴォーカルのGavin ChristopherはかつてRufus周辺で活動していた人で、いい意味で下品な泥臭さがファンクネス指数を爆上げしている。ブイブイ響くベースを奏でるLouis Johnsonも、もともとはBrothers Johnsonで弾いていた人で、後にMichael Jacksonに引き抜かれて『Off the Wall』~『Dangerous』で名を上げることになる。
 なので、ほぼディスコ・ファンクがベースで、Herbieはほとんどエフェクト的扱い、変な音担当としてシンセを操っている。リーダー・アルバムなのに存在感が薄い、寛容の心の持ち主ではある。

4. Help Yourself
 カッティングのリズム感がガラッと変わったと思ったら、Al McKayだった。ご存じEarth,Wind & Fireの中心メンバーである。Alが加わったことによって、サウンドは一気に洗練され、さっきまでベッタベタなファンクっぽさを前面に出していたLouisも、ここではオーソドックスなソウル・ヴォーカルである。それとも、これが本質なのかな。
 Herbieのプレイはすでに『Future Shock』以降の音になっており、やはりヒップホップというエッセンスは重要だったんだな、と確認できる。しかし再登場のMichael Brecker、もうちょっと顔出せよ。それとも、吹きまくったけどカットされちゃったのかな。



5. Satisfied with Love
 もっとエコーが強ければ、まんま80年代のブラコンそのものだけど、エフェクト系は抑え気味なので、今だったら逆にこの程度の響き具合の方が馴染むかもしれない。なので、歌もサウンドの一部として溶け込んでおり、いい感じのフュージョンにしあがっている。ドラムのAlphonse Mouzonは70年代Herbieのアルバムでも出席率が高く、いわゆる「あ・うん」の呼吸のアンサンブルである。この辺の曲は、もうちょっとまとめて聴きたかったな。



6. The Twilight Clone
 最後は飛び道具的なキャスティングのAdrian Belewとの共作。時期的にはまだKing Crimsonとの合流前であり、多分にTalking Head 『Remain in Light』にインスパイアされて作られたものと思われる。しかしリスペクトするのに必ずキーパーソンを引っ張ってくるというのは、相変わらずの荒業である。
 ほぼパーカッションで構成された曲であり、Herbieは何となく「らしい」コードを押さえるくらいで、特別目立ったプレイを見せているわけではない。70年代ジャズ・ファンクの進化形とアフロ・アンビエントとでも形容すべき楽曲は、やはりHerbie独自の視点である。
 思えば5.と6.でそれぞれ1枚ずつアルバム作っていたら、後世の評価もまた変わっていたかもしれない。そこを素直にやらず、「とにかくポップスターになりたいんだ」というあさってのベクトルが、さらに泥沼にはまるきっかけとなる。




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