folder 前回取り上げたGainsbourgが、「晩年のレコーディングはほぼ若手に投げっぱなしだった」と書いたけど、ジャズの場合はそれどころじゃないくらい、もっとアバウトだった。簡単なコード進行とアドリブの順番、テーマのフレーズを決めてチョコッと音合わせすると、もうとっとと本番である。何テイクか録ってしまえばハイ終了、その場でギャラを受け取って解散である。
 場合によっては、レギュラー・バンドに匿名のゲストが参加する場合がある。お呼ばれしたはいいけど、契約の関係で大っぴらに名前が出せず、適当なニックネームにしたりなんかして。実質、リーダーシップを奮ったレコーディングにもかかわらず、これまた契約のしがらみでメイン・クレジットにすると何かと面倒なため、苦肉の策で他メンバー名義のリーダー・アルバムとしてリリースしたりなんかして。そんな経緯を経て世に出してみたところ、思いのほか好評だった挙句、遂には稀代の名盤として後世に伝わってしまったのが『Somethin' Else』。

 60年代半ばくらいまでのジャズ/ポピュラーのレコーディングといえば、大部分が一発録り、個別パートごとのレコーディングは技術的に難しかった。ほんの少しのミス・トーン/ミス・タッチですべてがオジャン、最初からやり直しになってしまうため、現場の緊張感はハンパないものだった。
 今のように安易にリテイクできる環境ではなかったため、当時のミュージシャンは「失敗しない」高い演奏レベルが求められた。当然、そんな迫真のプレイを記録するエンジニアも、下手こいたら袋叩きに合っても文句が言えず、自然と技術スキルが向上していった。マイクの立て方や位置、針飛び寸前まで上げるピーク・レベルの調整具合など、ちょっとした加減ひとつで仕上がりが変わってしまうため、こちらもシビアにならざるを得なかった。
 60年代後半から、マルチ・トラックによるレコーディングが大きな革命をもたらし、パートごとのリテイクやダビング、ベスト・テイクの切り貼りといった新技術が出てくるようになる。楽器や機材の進歩によって、ミュージシャンの表現力の幅も広がってゆくのと同様、エンジニア側も録音機材の技術革新によって、単なるオペレーターにとどまらず、アーティスティックな視点によるレコーディングを志すようになる。

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 作詞作曲を行なうコンポーザーがイニシアチブを執るロックやポップスと違って、ジャズの場合、プレイヤーが楽曲の出来を大きく左右する。楽譜で細かく指定された他のポピュラー音楽と比べて、アドリブやインタープレイなどの不確定要素がかなりの割合を占めているため、テイクごとに演奏内容が全然違ってしまう場合も多々ある。ただ違っているだけではなく、没テイクと判断されたモノでさえ、のちに発掘されて名プレイ扱いされてしまうケースが多いのも、ジャズというジャンル固有の特徴である。
 そんな未使用テイクの需要が多いのもジャズ・ファンの大きな特徴で、やたら詳細な演奏データや未発表テイクの発掘リリースなど、何かとマニアックに掘り下げるユーザーが多い。John ColtraneやCharlie Parker なんて、未だにオフィシャルでもブートでも新音源が発掘されているし。
 マニア以外からすれば、ほとんど見分けもつかないフレーズの違いを「歴史的大発見」と称して悦に入るなど、ちょっと着いていけない感覚はカルト宗教的でさえある。
 書いてて気づいたけど、これって近年の鉄道マニアとロジックが似ているのかな。

 で、同じく発掘音源やブートのリリースが未だ尽きないのがMiles。キャリアの長さも手伝って、彼もまた大量のテープ素材を残している。前述2名の音源が、主にライブやメディア出演をソースとしているのに対し、マルチ・レコーディング時代にも精力的に活動していたMilesの場合、未発表スタジオ・セッションの音源も多数残されている。
 どうせ編集で何とかなるんだから、とにかくテープを回して片っ端から録音し、後はプロデューサーTheo Macero に丸投げ、というパターンがめちゃめちゃ多い。逆に言えば彼の場合、頭からケツまで通して演奏された楽曲が、そのまま商品化されることは極めて少ない。エフェクトやらカットアップやら、何かしらスタジオ・ブースでの加工が施されているのが、60年代以降のMiles Musicの特徴である。

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 ただこういった特徴も、「Miles Davis」という多面体を構成するひとつの側面に過ぎない。違う見地で言えば、レコードに記録されたテイクとはあくまでかりそめのものであり、いわば発展途上における中間報告に過ぎない。商品化テイクをベースにライブを重ねることによって完成に近づいてゆく、というのもまた、Milesに限らずジャズという音楽の真理のひとつ。
 ライブにおける偶然性やハプニングが、ジャズの先鋭性を後押ししていたことは歴史が証明しているけど、50年代ハード・バップによって一応のフォーマットが完成してからは、そのラジカリズムに翳りが生じ始める。
 安定した4ビートと順次持ち回りのアドリブ・プレイは、次第にステレオタイプとしてルーティン化してゆく。何となく先読みできる展開を内包した様式美は、マス・イメージとしてのジャズを伝えるには有効ではあったけれど、未知なる刺激を求めるすれっからしのユーザーにとっては、満足できるものではなかった。目ざとくヒップな若者がロックへ流れてしまうのは、自然の摂理である。

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 そんな自家中毒にはまり込んだジャズに見切りをつけ、「俺は次に行っちまうぞ」と言い放ったのが、この『Miles in the Sky』。特に声高く宣言したわけじゃないけど、旧態依然としたジャズにしがみついているプレイヤーやファンを置き去りにした、ターニング・ポイントとなった作品である。
 モードやシーツ・オブ・サウンド以降、方向性で足踏みしていたモダン・ジャズ、60年代に入ってからは、ロックやポップスにポピュラー・ミュージックの王座を追われて久しかった。黒人音楽というカテゴリーに限定しても、モータウンに代表されるライトなポップ・ソウル、クリエイティヴ面においてもJBやSlyらによるファンク勢への対抗策を打ち出せずにいた。
 それでも、クリエイティビティに前向きな若手アーティストによる、ソウル・ジャズやフリー・ジャズなどの新たな潮流が芽生えてもいたのだけど、その流れは極めて限定的なものだった。その嵐の勢いは、「ジャズ」というちっぽけな器の中で収まってしまうものでしかなかった。シーン全体を巻き込む、大きな流れには育たなかった。
 そんな小手先の変化がまた、Milesの不遜さに拍車をかけた。申し訳程度にソウルのリズムを取り入れたって急ごしらえでは底が浅く、いかにも借り物的なまがい物感が拭えなかった。
 過去のジャズを壊すプレイ?とっくの昔にくたびれたジャンルを壊すって、一体どうやって?ちょっと押せば崩れ落ちるようなものだよ、ちっとも前向きじゃないじゃん。
 もっと強力に、シーン全体を揺らがすほどのインパクトがないとダメなんだって。

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 60年代Milesサウンドのパーマネント・メンバーだったのが、Wayne Shorter (ts) 、Herbie Hancock (p) 、Ron Carter (b) 、Tonny Williams (d) らによる、通称「黄金のクインテット」。当時はほとんど無名だった彼らが中心となって、ていうか帝王のスパルタ・トレーニングについて来れた、選ばれし精鋭である。
 当初は従来のモダン・ジャズの枠内で、アンサンブルの完成度を高めていったMilesバンド。時代を経るにつれて、前述のポピュラー・ミュージック環境の変化に刺激され、遂にはアコースティックからエレクトリック楽器へのコンバートを指向するようになる。まメンバーは全員いい顔をしなかったため、最終的にはMilesの力技が勝つのだけれど。
 ただ最初からMiles自身、エレクトリック化への移行に関して明確なビジョンがあったわけではない。変化は段階を経て緩やかに、そして機を見て唐突に実行された。
 「電気を使って何が悪い?俺が演奏すりゃ、ぜんぶMiles Musicだ」。

 電化Miles第一のピークとされている『Bitches Brew』において使用機材のコンバートが完了し、それ以降のサウンドは、リズムの解体とスピリチュアリズムとが同時進行していくことになる。最終到達点である『アガ=パン』においては、不可知論が支配するカオスな状況が自己崩壊を引き起こすのだけど、それに比べてここでのプレイは、「楽器変えてみました」程度の素朴な実験にとどまっている。
 アコースティックに片足を突っ込んだまま、試行錯誤の跡が克明に記録されているのでまだ帝王としてのスタンスを確立していなかったMilesの葛藤が窺える。まぁ本人に聴いても、悩んでるだなんて、絶対口にしないだろうけどさ。
 「俺の最高傑作?それは次回作さ」。
 この言葉に込められているように、完成された作品なんて、ひとつもない。
 彼にとって、過去のアルバムはすべて、そんな過渡期の記録である。

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1. Stuff
 ほんの少しのフィル・イン以外は踏み外すこともない、単調な8ビートを刻むTony。ただ当然だけど、これまでより手数が多くなった分、曲全体のスピード感は旧来ジャズにはなかったもの。6分近くなってから繰り出されるMilesのソロは、ジャズ・マナーに沿った力強いブロウ。Ronのベースは…、アップライトから持ち替えて間もない分、まだ慣れてないんだろうな。音も小さいし、あまり目立ってない。
 力強いMilesのプレイは時空を超えてエモーショナルなプレイ。これ以降はここまでオーソドックスな力強さは見せなくなってしまう。続くWayneのソロは一聴するとColtraneの影響下から抜け出てなさそうだけど、後半に行くにつれてリズムが変調、そこにうまく合わせるテクニックの妙が楽しめる。
 Herbieのソロは正直面白くないのだけど、サイドに回ってる時のアクセント・フレーズにスケール感の大きさがにじみ出ている。やっぱりジャズだけに収まる人じゃないんだよな。
 エレクトリックといってもまだ手探りの状態だったため、従来ジャズと比べてそこまでの差別化ができているとは言い難い。後半のTonyのハイハット・プレイなんて、電化とはまったく関係ないし。むしろ、その後のリズム解体に向けてのプロローグとして受け止めた方がわかりやすい。



2. Paraphernalia
 『Miles in the Sky』のレコーディングは、主に1968年5月15~17日に行なわれたセッションを素材としているのだけれど、この曲のみ同年1月の録音となっている。
 OKテイクではGeorge Benson (g)が参加しているのだけれど、ほんとはJoe Beckを起用したかったらしい。実際、スタジオにも姿を見せたとか見せなかったとか、証言はいろいろあるけれど、なぜかしらこの時はBensonをフィーチャーしたかった理由でもあったのか。
 作曲したのがWayneのため、必然的に彼のパートが多い。俺的にはソロイストとしてのWayneはあまりピンと来ないので、引き付けられるのはどうしても他のプレイヤーになってしまう。とは言ってもBensonの影が薄すぎて、正直存在意義がちょっとわかりかねる。特別大きくフィーチャーされてるわけでもなし、目立ったフレーズを弾いてるわけでもない。一体、彼に何を求めていたのか、それともこういった起用法が意図だったのか。
 どちらにせよこれ以降、彼はMilesセッションにはお呼びがかからなかったのだから、深入りする前じゃなくて良かったと思われる。

3. Black Comedy
 なので、変に新機軸を求めるのではなく、従来のフィールドできっちりまとめたこの曲を聴いてしまうと、なんか安心してしまう。1.と違って決して進歩的ではないけれど、4ビート・ジャズの規定フォーマットの中で存分に発揮されるクリエイティヴィティは、安定したクオリティである。
 ここまで探り探りなフレージングだったWayneも、生き生きとしたプレイを見せている。不慣れなエレピからアコースティックにチェンジしたHerbieも、オーソドックスにピアノの限界を引き出すようなプレイを見せている。
 実験的な試みを敢行する反面、従来ジャズの深化という点において、つい熱くなってしまう佳曲。

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4. Country Son
 デキシー・ジャズみたいな音色はトランペットではなく、コルネットによるもの。激しい4ビート~静寂なワルツ~ロッケンな8ビートとリズムが目ぐるましく変化する、ある意味Tonyが主導権を握ったナンバー。
 こういった曲を聴いてると、やはりジャズとはリズムがすべてを支配するのだな、と改めて思い知らされる。どれだけ流麗かつキャッチーなフレーズをつま弾こうとも、繊細かつ大胆なハイハット・ワーク、強烈なバスドラの響きの前では無力だ。自在のリズム感覚を操るTonyが、長らくMilesの参謀として鎮座していたのも頷ける。
 ここではまだ手探りではあったけれど、自身の音楽を先に進めるためには、未知のリズム・パターンが必要であることを、本能的に見抜いていたのだろう。


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