folder 1981年リリース、前作『Zenyatta Mondatta』 からきっちり1年のブランクで制作された、4枚目のオリジナル・アルバム。この時期になると、世界的にもパンク~ニューウェイヴバンドのオピニオン・リーダーとしてのポジションが確立されており、UK1位US2位は指定席みたいなものだけど、日本ではオリコン最高29位と。
 これだけ見ると、洋楽アーティストとしてはまぁ健闘したかな?といった感じだけど、前作が16位、これの次の『Synchronicity』が17位となっているため、このアルバムで失速してしまった感が強い。なので、日本ではちょっと影の薄く、習作的扱いとなっている論調が強い。「『Synchronicity』において完成されたPoliceサウンド」に至るまでの過渡期の作品、てな感じで。

 世界中で売れに売れた『Zenyatta Mondatta』を引っ提げて行なわれた世界ツアーは、1年強で全86回ものショウに及んでおり、その間に『Ghost in the Machine』制作に向けてのプリプロや曲作りも行なっているのだから、彼らが質量ともにハンパないレベルのハードワークをこなしていたか。それにつけ加えて、各メディアからの取材やらTV・ラジオ出演やらも行なっているので、とにかく休まるヒマがなかったはずである。彼らだけに限らず、この時代のアーティストらのワーカホリックぶりが窺える。

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 今ではアーティスト・サイド主導による余裕を持った活動ペースが主流となっているけれど、90年代くらいまではレコード会社コーディネートによる「アルバム・リリース → プロモーション・ツアー → アルバム・リリース」という無限ループが当然とされていたため、楽曲制作に多くの時間をかけられないケースが多々あった。ツアーの合間を見ながらレコーディングしたり、またはレコーディング最中に楽曲制作に追われたりなど、クオリティの追求とは相反する状態こそが、むしろ通常でさえあった。当然、ライブ会場とツアー先のホテルとの往復ばかりの毎日では、アーティストとしての耐用年数は加速度的に減じてゆく。作品の出来はムラが多く、同じ曲ばかりリクエストされるライブでは、心身ともに消耗が激しくなる。
 何やかやのストレスの捌け口、爆発手前のガス抜きとして、大抵のアーティストなら一度は過剰な酒やセックスに走ったりする。もともと清廉潔白な者の方が少ない業界なので、多少のおいたは致し方ないところ。ある程度遊び慣れてる者ならそれで済んじゃうんだろうけど、変に真面目というか依怙地な人だったら、その辺の切り替えがうまくできなくて、終いには怪しげな宗教やドラッグに走っちゃったり、あげくの果てには自ら死を選択したり。何ごとも根を詰めすぎるのは良くないよね。
 Policeの場合だと、そこそこ分別はあった人たちっぽいので、大きくハメを外したエピソードは聞かない。まぁ世界各国を回ってるうち、ちょっと過剰サービスの接待や乱痴気騒ぎはあったんじゃないかと思われる。そういった情報統制やメンバーのメンタル面のケアなど、世界的にメジャーなアーティストになると、きちんとした管理が重要となる。その辺はStewart Copeland の実兄Milesのマネジメント力によるものが大きい。

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 新人パンク・バンドとしてデビューしたPoliceだけど、新人というわりには3人ともとうが立っており、素人に毛が生えた程度の他のバンドとは明らかに毛色が違っていた。パブ・ロック上がりのようにパンク以前からの下積みが長かったわけではない。別のジャンルで相応のキャリアを積んでいた熟練プレイヤー達が、パンク・ムーヴメントの追い風に乗って戦略的に結成されたバンドである。「売れる」ことが大前提にあったため、そもそもの成り立ちが違っていたのだ。
 プログレやジャズ、60年代ロックをバックボーンに持つ卓越したプレイヤー達が、敢えてそのテクニックを封印し、単調な8ビートとルート音のベース、シンプルな3コードでデビューしたのも、戦略のうちだった。変拍子や速弾きプレイが前時代的なものとして受け入れられなくなった70年代中葉、注目を集めるためには熟練の職人技はむしろジャマでしかなかった。
 後方伸身宙返りもマスターした優秀な体操選手が、近所の体操教室のレベルに合わせてでんぐり返しばっかりやっていると、フラストレーションは溜まるし技術レベルも低下する。朱に交れば何とやらで、自らミッションを課しないと思考レベルまで周囲に引き寄せられてしまうのだ。そんな事態を憂慮したのか、他のチンピラバンドとの差別化としてレゲエを取り入れたり、暗喩や隠喩を絡めた歌詞世界など、自分たちで飽きが来ないように手を尽くしていたわけで。

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 今でこそ、wikiやらファン・サイトやらで、彼らの詳細なバイオも簡単に調べることができるけど、活動当時は前述のバックボーンや音楽性のルーツなど、よほどのマニアでもない限り、広く知られていなかった。Curved Airや後期Animalsのファンと、パンク〜ニューウェイヴのファン層とがほぼ被らなかったおかげもあって、彼らの前歴がばれることもなかった。その辺はマネジメントの方も、巧妙に隠していたわけで。
 なので、前歴を知っていたPoliceファンというのはほぼいなかったため、3ピース・パンク色が払底された『Ghost in the Machine』の登場は、青天の霹靂だった。これまではあくまでパンク~ロックンロールの文脈で組み立てられていたサウンドが、80年代を代表するプロデューサーHugh Padghamの手によってコンテンポラリー色が一気に増した。前作とは大きく色合いを変えたサウンドは、ほんの少しだけ物議を醸した。
 シンプルな3ピース・パンクこそ至上のサウンドである、とするPolice原理主義者らはその路線変更を良しとしなかったけれど、そこまでガチガチだったのはごく少数で、彼らの声は論議にもならずフェードアウトした。

 破壊と創造の連鎖だった70年代が終わり、虚無と享楽の80年代が始まっていた。「何でもアリ」のニューウェイヴ・ムーブメントの最中に提示された「プロフェッショナルにカスタマイズ」されたサウンドは、新たなファン層の拡大に貢献した。
 シンプルなサウンドも3枚続けば、さすがに新味も薄くなってしまう。わずか3つの楽器だけでは、バリエーションといったって限界がある。あとは自己の無限コピーか拡大再生産、または思いっきりアバンギャルドに向かうしかなくなってしまう。「売れる」ことは一先ず達成したけど、「売れ続ける」には臨機応変な判断が必要となる。3ピースで構成されるサウンドの臨界点が『Zenyatta Mondatta』だとすれば、次回作は新たな切り口が必要となる。
 路線の軌道修正には、ちょうどいい頃合いだった。周囲に右ならえのでんぐり返しから、いきなり2回転半宙ひねりを繰り出した瞬間である。
 彼らが本気で世界レベルでのスターダムに向けて動き始めた。

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 デビューからの3作がプラモデルでいう、色もデカールもつけていない素組みだったとすれば、その後の2作はカラーリングや陰影をつけた立体感のある完成品である。ただ、半ば活動休止を前提として制作された『Synchronicity』を総決算として捉えるとすれば、この『Ghost in the Machine』こそがPoliceサウンドの完成形ということになる。今後の3人それぞれの方向性を示唆する作品の集合体『Synchronicity』以前、ソングライターStingの覚醒を素材として、他2人が対等の立場で料理していった結果が、『Ghost in the Machine』という近未来テイストの濃い作品として結実している。
 彼らの演奏スキルを持ってすれば、そのStingの成長より以前、もっと早い段階から完成形のビジョンは見えていたはずである。ここまで哲学的にならなくとも、楽曲テーマの深化、またサウンドのゴージャス感アップは可能だったんじゃないかと思われる。
 ただ、彼らはここに至るまではそこに手をつけなかった。
 「機が熟すのを待っていた」という見方もあるけど、彼らのアイディアの具現化に、レコーディング技術やマシン・スペックがやっと追いついた、というのが真相に近いだろう。これがもう1、2年早かったら、リズムにメリハリの効いたプログレ程度で終わってたんじゃないかと予想される。

 デビュー当時からほぼエンドレスで続けてきた、足かけ3年に及ぶ世界ツアーを終え、彼らはカリブ海に浮かぶ孤島モンセラートへ向かう。そこにはGeorge Martin所有のエアー・スタジオがあり、当時は数々の著名アーティストらがレコーディングで訪れていた。人里離れたリゾート地も兼ねていたため、まぁ長期休暇には格好の立地だったとも言える。実際、どのアーティストもレコーディングよりビーチでくつろぐ時間の方が多かったらしいし。
 Policeの場合も例外ではなく、バカンスを兼ねてだったけれど、そこは前述のCopeland兄の仕切りによってレコーディングの方に比重が置かれていた。バカンスのくせに作業工程表はタイトに組まれており、しかも凝り性ばかりの3人がゆえ、結局はスタジオ内にいることが多かったというのは何とも皮肉。
 デビュー当時から、3人顔を突き合わせると殴り合いのケンカになるのは日常茶飯事で、この時も何かあるたびに衝突が絶えなかったらしいけど、Hugh Padghamの采配によって、どうにかレコーディングは工程通り進められた。バンドとして一丸となってサウンド・メイキングに注力した最後の作品が、この『Ghost in the Machine』である。個の集合体としての結果報告が『Synchronicity』なら、バンド総体の相乗効果の最終形は『Ghost in the Machine』ということになる。
 マルチ・レコーディングの功罪として、メンバー個別でブースに入ることが多くなるのが、この時期からである。この後は、バンド・サウンドとしてのPoliceを第一として考えていたCopelandから、バンドの主軸がSting に移り、ソングライター視点でのパーソナルな色彩の楽曲が多くなってゆく。次第にバンドとしての存在意義が薄くなってゆくのだ。


Ghost in the Machine (Dig)
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Police
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1. Spirits in the Material World
 コード弾きシンセのリズムはレゲエというより、もはや優美なワルツの如く。のっけから「僕たちは物質文明社会の魂なんだ」という、ポップ・ミュージックの語彙にはないサビを無機的にリピートするSting。ゴシック・ロック調のミニマル・フレーズは淡々と、それでいて既存のPoliceのイメージを次第に浸食してゆく。明らかに手触りが違っている。よく初っ端からこんな重い曲持ってきたよな。

2. Every Little Thing She Does Is Magic
 入口をダークなテイストで彩ることによって「これまでと違う」感を演出したのだけど、営業政策的なのか打って変わってポップなロック・チューン。彼らにしては歌詞もお手軽なラブ・ストーリー仕立てとなっており、シングルとして選出されたのも頷ける。シングルでUK1位US3位は、彼らの歴史の中でも大きく売れた部類に入る。



3. Invisible Sun
 『Ghost in the Machine』が彼らの作品の中でもダークな部類に入ることはファンなら周知の事実であり、大抵の楽曲なら好意的に受け取るものだけど、しかしこの曲をリード・シングルとしたことに違和感を覚えたユーザーは多かったんじゃないかと思われる。あまりに違うもの、以前とまったく別のバンドだし。
 当時、社会問題として英国では深刻化していた北アイルランド紛争をテーマとした楽曲は、必然的に陰鬱なテイストで彩られることになった。そういったメッセージ性・告発を行なうことはアーティストとしての義務である、と目覚めたのがStingだけど、他2名はあまり気乗りしなかったことは、後のインタビューでも明らかになっている。そういった視点を持つことが後のロック・セレブ化に繋がるわけだけど、いまにして思えば胡散臭さの方を強く感じてしまう。

4. Hungry for You 
 なので、極端にメッセージ性を露出させていない、旧来Policeサウンドに最も近いこの曲は、重苦しいムード漂う中においてはひと休みできるポイントであり、ごく普通に楽しめる。そうだよな、初めてこのアルバム聴いた時、何回か聴いただけで投げ出しちゃったけど、この曲だけはよくリピートして聴いてたもんな。



5. Demolition Man
 後にSylvester Stallone主演の同名映画に発展した、ソリッドなロック・ナンバー。ここではAndy Summersが大きくフィーチャーされて、印象的なリフとオブリガードを数多く披露している。ちょっと不協和音気味のホーンもアンバランスな状況を示唆しており、ダークではあるけれど当時から好んで聴いていたナンバー。もともとはGrace Jonesのために書かれた曲らしいけど、そっちはまだ未聴。ちなみにこの曲、彼らの中では6分と、最も長尺の曲。内容的にはプログレ的なテイストであるので、そういったテーマをたった6分で収めてしまうところに、彼らの気前の良さと構成力の妙が発揮されている。

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6. Too Much Information
 ここからアルバムではB面。ちょっと軽快なホーンとフリーキーなAndyのギター・ソロ、威勢のいいStingの掛け声。何となくこの辺にリゾートっぽさを感じてしまうけれど、リズムの重さはダークな世界観を支配する。たった3分にまとめられた勢い一発のナンバー。

7. Rehumanize Yourself
 B面曲のくせにやたらとポップで性急なスカ・ビートが印象的なナンバー。以前だったらこういった曲を軸にアルバムが制作されていたのだけれど、この配置だとまるでオマケの曲、アウトテイクから引っ張り出してきたかのような場違い感を醸し出している。いや俺はこういったPoliceが好きなんだけど。間奏の消防車のサイレンのようなホーンは特に印象的。

8. One World (Not Three)
 前曲に続き、リゾートっぽさが出たポップ・レゲエ。リズムの組み立ては完全にダブで、ほぼワン・コードでサビのフレーズのみで構成されている。灼熱の太陽の下、ジンライムでも飲みながら延々と聴き続けていたい曲である。

9. Ωmegaman
 多分、2枚目か3枚目に収録されていれば、アルバムの核として人気を博したナンバーになったのだろうけど、ここではいまいち場違い。程よいロック・テイストとちょっぴりの狂気。シンプルな8ビートは疾走感に支配され、リズム・アレンジも絶品。だからこそ惜しいのだ、こんな扱いで。

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10. Secret Journey
 アメリカでなぜかシングル・カットされ、46位にチャートインしたロック・ナンバー。ちょっと骨太なニューウェイヴ・バンドのシングルB面的な扱いの曲で、構造的にはシンプルでありながらエフェクトなんかで遊んでる感じ。曲はいいと思う。想うのだけれど。要するに、俺はこの曲、それほど興味がないのだ。


11. Darkness
 ここまでいわゆる「ロック」の文脈で構成されてきたこのアルバムだけど、Stewart作のこの曲だけ、ちょっとテイストが違っている。落ち着いたテイストでありながら、地を這うように鳴り響いているのは複雑に細かく刻まれたリズムの洪水。Andyも滅多に使うことのない逆回転ギターで存在感をアピールしている、。よく聴くとかなりアバンギャルドな実験が飛び交う曲でもある。
 そんな中でただ一人、朗々とペースを崩さず歌い、リズム・キープに徹したベースを奏でるSting。みんながみんな、あっちこっちへ行ってしまっては収拾がつかなくなる。それぞれのポジションを窺いながら振る舞うことが、バンド維持の秘訣でもある。



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