folder 今年3月に突如YouTubeに新曲「America」をアップ、そのタイミングに合わせたのか、いや制作の噂はずいぶん前から流れていた詳細な評伝『プリファブ・スプラウトの音楽 永遠のポップ・ミュージックを求めて』が出版されたり、何かと周辺が騒がしくなってきたPrefab SproutのPaddy McAloon。
 昨年は映画監督Spike Leeを含む3ショット・フォトがインスタグラムにアップされたことで、両者の関連性の薄さから世界中のファンがちょっとだけ騒然となった。ほとんど生き仙人のような人なので、このような気まぐれ的なエピソードでも「活動再開か?!」とネット上では盛り上がっていたけど、まぁあんまり期待しない方がよい。もともと腰の重い人だし、第一、前作『Crimson/Red』リリースから「まだ」4年しか経っていない。下手に期待すると失望もデカいので、優しく動向を見守ってやった方が精神安定上よろしい、というのが俺の個人的見解。



 トランプ政権の移民締め出し政策に対する抗議声明を織り込んだ歌詞は、簡素なアコギのストロークで彩られている。メロディはシンプルで歌声もソフトで穏やかなので、英語を解しない者にとって、「America」は我々が良く知っているPrefabサウンドに加工される前の原石として映ることだろう。
 少年期をニューキャッスルで過ごしてきたPaddyが長らく憧憬を抱いていた、はるか大西洋の向こうのアメリカ。彼にとってアメリカとは、Elvis PresleyやGershwinらを始めとする、多数のポップ・イコンを産出した「自由と繁栄」の象徴だった。それが時代を経るにつれて動脈硬化を患い、本来トリック・スターであるはずの男を大統領に祭り上げてしまってから、急激に制御不能の迷走状態に陥ってしまう。
 Paddyが政治的な発言・行動を起こしたことは、これまでにない。労働者階級にえらく評判の悪かったサッチャー政権の80年代UKでは、ほぼどのアーティストもサッチャリズムへの不快感をあらわにした楽曲を書き、インタビューで毒づいたりすることが一種のトレンドだったのだけど、Paddyについてはあまりそういった発言があった話は聞かない。もともと頻繁にインタビューを受ける人ではなかったこと、また「King of Rock’n’ Roll」「Cars & Girls」など一部のポップ・ヒットを除き、キャリアの早いうちから時代風俗に左右されない、純音楽主義的なスタンスを貫いてきた点も、彼の浮世離れ化に拍車をかけた。

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 よっぽど腹に据えかねたのか、たまたまひらめきとタイミングとがマッチしちゃったのか、それはともかくとして、Paddyが今の時勢とのコミットを図ろうとしたこと、また前世紀から使い倒していた古臭いマックから、スマホ・ユーザーにランクアップしていたことを、全世界のファンは慶ぶべきことである。ここまでが賞賛。
 ただ、純粋に楽曲レベルで判断すると、「America」はやはりデモ段階のトラックであって、正直、新曲以上の付加価値を云々語れるレベルではないことは確か。映像での余興的なパフォーマンスから窺えるように、このレベルの楽曲なら彼にとっては鼻歌程度、さして産みの苦しみを煩わすこともなく書いてしまう人である。今回はたまたまアップされているけれど、構成がまだ不十分な楽曲・断片的なフレーズは山ほどあることは、昔から結構知られている事実である。何年かに一度、どこがしかで流出音源がネット上で拡散され、各フォーラムは喧々諤々の大騒ぎになるのは恒例行事となっている。
 そういった未整理のマテリアルは多々あって、熱心なファン・フォーラムや非公式サイトでも詳細な未発表アルバム・楽曲のデータ・資料がまとめられている。とにかく思いつきは壮大で、それに見合うほどの材料はたっぷり準備されているはずなのに。

 それなのにPaddy、大風呂敷を広げて畳めないというか、広げた後にまた別の風呂敷に目移りしてしまうというか、まとまった形に仕上げることが大の苦手である。単なる佳曲の寄せ集めではなく、一本筋の通った堅牢なコンセプトを設定してしまうので、何かと自分で縛りを多くしてしまって収拾がつかなくなってしまうパターン。夏休みの計画表作りに全エネルギー使っちゃう、典型的なタイプだよな、この人。
 そんな人なので、今回のように衝動的な単曲アップロードという行動は極めて珍しいことなのだけど、時代は変わってスマホ・ユーザーになったPaddy、思いついたらすぐ世界中に発信できるシステムの存在を知り、様々なタイミングが合っての結果なのだろう。
 アルバムという単位が形骸化しつつあるご時勢、これを機に「思いついたら録って出し」の形でどんどんネットにアップ、最終的にオムニバス的な小品集にまとめてしまうのもアリなんじゃね?と外野は思ってしまうのだけど、まぁ多分しねぇよな。その辺は古い価値観で固まってそうなので、「やはりアルバムとは、云々カンヌン…」といったこだわりがありそうな気がする。
 めんどくさい奴って思っちゃいけないよ。アーティストなんて、大抵めんどくさい人種なんだから。

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 現役のソングライターとしては、前世代に属するBrian WilsonやPaul Simonらとも引けを取らないポップ職人のPaddy McAloon だけど、最初から今のようなコンテンポラリー・ポップ路線を志していたわけではない。むしろデビュー前後はそういったコンテンポラリー路線とは真逆のベクトル、若輩ゆえの荒削りなんてものではなく、もっととんがって屈折したサウンドを奏でていた。
 当時彼らがカテゴライズされていたネオ・アコースティック、略してネオアコというジャンルは、代表的アーティストとされているEverything But the GirlやAztec Camera のサウンドから窺えるように、今の耳で聴けばアコースティック・ポップ、シャレオツな午後のカフェにフィットするソフトな癒し系を思わせる。事実、そんな使われ方は今も変わらない。アップテンポなナンバーも基本、どれもトゲがないように聴こえるし。

 発売から30年以上経過、現代のフラットな視点ではナチュラル志向の強いサウンドとして受け止められているけれど、ムーヴメントの隆盛である80年代初頭にフォーカスを置くと、リアルタイムでしかわかりえない別の側面が表れてくる。
 パンク/ニューウェイヴの波がひと段落し、ポスト・パンクとして「何でもアリ」の爛熟状態だった1978年、Prefab Sproutは結成された。最初期の自主制作シングル「Lions In My Own Garden」はブルースっぽさの薄いハーモニカと単調なギター・ストロークで構成されたフォーク・ロック調ナンバーとなっている。やたらアタックの強いスネアと吐き出すようなPaddyのヴォーカルは、パンクの余波を引きずった、それでいて性急で単調な8ビートを拒否しているかのように映る。そのビートは粗野な響きではなく、あくまで主役になっているのは歌だ。
 ナチュラル・トーンのギターとルート音にこだわらない自由奔放なベース・ライン。ハードコアやシンセ・ポップとも違う、既存ロックの破壊を主目的としたパンクの「その後」であり、建設的なアンチ・スタイルでもある。

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 で、『Swoon』。実は今に至るまで、きちんと馴染めずにいる。いくら聴きこんでも掴みどころのない、それでいて数年に一度、たまに聴いてみたくなる類のアルバムでもある。ジャンルは違うけど、俺的にはTom Waits 『Rain Dogs』と同じ座標上にある、そんなアルバムである。
 若気の至りとか習作的な扱いをされる反面、二度と作れない/誰にも模倣できない、という意味では、80年代UKのロック/ポップ・アルバムの中でも孤高の位置にある。Paddy的にとってもデビュー作ということで、他のアルバムと比べて感慨めいた想いがある反面、どれだけ時間を費やしても到達できない、初期衝動のみによって組み立てられた不器用な完成品が、ここには詰まっている。
 ジャンルは全然違うけれど、King Crimsonが「21st Century Schizoid Man」を、若き日の桑田佳祐が「勝手にシンドバッド」を、もっと若い人にもわかりやすい例でゆずが「夏色」を作ったように、デビュー前の蓄積をベースとした突発的な思いつきが、突然変異的な名作を産み出すことが、ポピュラー史の中ではままある。
 どのアーティストもキャリアを重ねることによって、技巧に長けて数々の名曲を産み出したけれど、逆に最初期の正体不明なエモーショナルは失われてゆく。どれだけ卓越した技術を持ってしても、鮮烈なデビュー曲の前ではすべてが霞んでしまうのだ。

 だからといって『Swoon』がそれらの曲同様、強烈なインパクトを放っているわけではない。UK最高22位はデビューとしては充分アベレージを超えてはいるけれど、当時の80年代音楽シーンに鮮烈な一石を投じた、というほどではない。彼らのキャリアの中では異質なサウンドであり、その後のPaddyの志向はもっとスタンダードに寄り添ったソフト・サウンドへ向いていった。なので、ここで奏でられるサウンドはその後の彼らとは一線を画しており、習作と言えるものではない。あくまで異質の手触りだ。
 今さらPaddyが『Swoon』的なサウンドを作ろうはずもないし、そんな需要もないだろう。ここでのサウンドはあくまで刹那的な、ほんの一瞬のものだ。あくまで蒼い青年時代の初期衝動の産物でしかない。
 ただ、ここからすべてが始まった。こういったわかりやすい「怒り」をラウドなサウンドを使わずに表現することが、Paddyの表現者としてのスタートだったのだ。それだけは言える。

Swoon
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1. Don't Sing
 性急なビートに載せて、今ではほぼ聴くことのできない27歳のPaddyのシャウト。簡素なバッキングは歌と突っかかったようなギターのフレーズを引き立たせる。アクセントで使われるフェンダー・ローズまがいのシンセと調子っぱずれのハーモニカ。どのパートもメチャメチャな方向を向いているが、奇跡的にひとつの楽曲として成立している。



2. Cue Fanfare
 なので、これもベクトルはバラバラ。ポップ・ソングとして捉えるなら完全に破綻しているのだけど、破綻こそ美であるニューウェイヴの潮流で考えるとわかりやすい。セオリーを外しまくることに重点を置いたがため、楽曲としての整合性を無視したメロディとコード進行は、唯一無二の輝きを放つ。

3. Green Isaac
 ここで少しメロディとしてのまとまりが出てくる。ニューウェイヴ界の天使的存在だったWendy Smithのコーラスが印象的だけど、常にフラットしまくる彼女の歌声はこの頃から。転調を境として前半と後半とでは、色合いがまったく違っている。よくひとつにまとめたよな。

4. Here on the Eerie
 彼らにしては珍しく、ていうかほとんど唯一といってよいファンキー・チューン。正直、イントロだけずっと聴いていたいほどだけど、歌が入ると相変わらず奔放なPrefab節。シャッフルするリズムは性急にPaddyの歌を追い立てる。レアグルーヴ系のコンピに入れたら、案外しっくり来るんじゃないかと思われる。

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5. Cruel
 初期の代表作とされる、ジャジー・テイストを強調した「これぞネオアコ」といった代名詞的なナンバー。スタンダード・ナンバーにも匹敵する構成力は、若干27歳の若者の手によって紡がれたとは思えない完成度を誇る。Costelloがカバーしちゃったのも納得してしまう出来である。でもCostelloが歌っちゃうと、完全に彼の色で染まっちゃうんだよね。それに比べてPaddyのキャラクターってそれほど強いエゴが出てるわけじゃないし。この辺がやはりグローバル展開できるかできないかの違いなのだろう。



6. Couldn't Bear to Be Special
 コーラスのかぶせ方が『Steve McQueen』以降を思わせる、よってこのアルバムの中ではちょっと異質なメロディアスなナンバー。Paddyの青臭いシャウトが『Swoon』的世界観につなぎとめているけど、流暢なメロディはやはり隠しきれない。その後の方向性を暗示させる曲である。

7. I Never Play Basketball Now
 果てしない階段を降りてゆくような不穏なイントロが明けて始まるのは、案外爽やかなポップ・チューンで拍子抜け。このアルバムの中では比較的わかりやすい形にまとめられているので、むしろこれをシングルで切ってもよかったんじゃないかというのは俺の個人的感想。青白い文化系少年Paddyを彷彿とさせる、タイトルがあらわすように帰宅部への憐憫と皮肉が入り混じったナンバー。

8. Ghost Town Blues
 ラグタイムっぽいイントロで始まるヴォードヴィル・ナンバー。タイトル通り歌詞は救いのないくらい内容。だってブルースだもん、と言わんばかりに。でも曲調はどう聴いたってブルースじゃない。もともとPaddy、ブラック・ミュージックの要素は皆無だし。彼なりのブルースなのかしら。

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9. Elegance
 ネオアコ成分の強い、このアルバムの中では比較的聴きやすいナンバー。コード的にはちょっと不安定なところはあるけど、例えばビギナーに『Swoon』のオススメは?と問われて真っ先に浮かぶのはこの曲なんじゃないかと思われる。ただ、長らく聴き込んだファンにとっては平坦なポップ過ぎて、ちょっと物足りなくも感じてしまうのだ。

10. Technique
 なので、すれっからしのPrefabユーザーはこういった曲をむしろ好んでしまう傾向にある。ミニマリズムなカウントの後、吐き捨てるようなPaddyのヴォーカル。1分ほどして転調、その後のファズ・ギター、そしてゆったりしたワルツにつながる展開は先が読めず、ニューウェイヴにおけるセオリーすら軽々と飛び越えてしまう。何でもアリというのがニューウェイヴ以降である、ということを改めて知らされる一曲。

11. Green Isaac II
 3.の続編となるエピローグ。Wendyとの荘厳なデュエットは美しく透徹として、そして唐突に終わる。途切れた音の先はどこへ向かったのか。


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