folder 1983年にリリースされた『Star People』は、Bill EvansやMike Sternなど、80年代以降の現代ジャズ・ファンク・シーンを担う若手の積極的な起用によって、先祖返り的な新伝承派への対抗意欲を表明した意欲作だった。帝王と称されて以降の彼は、休養以前ほどの先鋭さはなくなったけど、かつて自らが築いたスタイルをなぞってお茶を濁すことは頑なに拒否していた。少なくとも、時代に乗り遅れることだけは逃れていた。

 どの時代においてもMilesが志向していたのは、その時代においての最先端、最もヒップな音楽だった。ビバップを起点としたモダン・ジャズからスタートして、既成のリズムやコードを分解・再構築、それまで邪道とされていたエレクトリック楽器の導入、それらの集大成としてジャズ・ファンク路線へ向かったのも、「俺がジャズ・シーンをリードしているんだ」という自負があったからこそ。
 そりゃ時々、ちょっと残念な作品や退屈なアルバムも中にはあったけど、アバタもエクボとはよく言ったもので、『Miles Davis』という壮大な超大作の中のワンカットと捉えれば、ちょっとは納得がゆく。いつもいつもヤマ場ばっかりじゃ、演る方も聴く方も疲れちゃうしね。

 で、この『Star People』と同年にリリースされた1枚のアルバムが、ジャズ・シーンを大きく変化させることになる。
 それまでジャズ・フュージョン~ジャズ・ファンクなど、Milesが創り上げてきたメソッドに則って、またはパクった廉価版を流通させて凌いできたジャズ・シーンだったけど、Milesの文法にはない言語・話法で価値観を一変させてしまった。
 『Futurer Shock』、または「Rockit」。
 そのアーティストとは、Herbie Hancock。かつてのMilesスクールの卒業生である。

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 以前もレビューで書いたけど、これがジャズなのかどうかと言われれば、ギリギリのラインでジャズではあるけれど、一般的な解釈としてはヒップホップ・カルチャーのメジャー化に大きく寄与した、俺が言うところの「お茶の間ヒップホップ」作品である。ジャズである根拠はリーダー名義がHerbieだから、というだけで、旧来のジャズっぽさはまるでない。
 ただこのHerbieという人、そのMilesスクール在籍時から「ジャズの基本フォーマット」にはあまり興味がなく、むしろそういった既成概念へのアンチを訴える性向が強い。いわゆるタカ派的なミュージシャンではあるのだけれど、性格の良さなのか人心掌握に長けているのか、保守派のミュージシャンからの覚えも良く、それなりの距離を保ってセッションやコラボレートを行なっている。
 穿った見方で言えば、八方美人的な器用な人なのだけれど、ミュージシャンとしての基礎体力、センスやスキルは同年代においても抜きん出ているので、あまり不評も出ない。この辺はMilesのバンド運営を反面教師として捉えてきた経験則に基づくのだろうか。

 これまでジャズ界の方向性を決定づけるのは、主にMilesだった。彼のレイテスト・アルバムこそが次世代ジャズのフォーマットとして注目され、そしてリスペクトされオマージュされまくった。と言えば聞こえは良いけど、要は表層だけ真似て聴きやすくしただけ、または一般ウケしやすいよう思いっきり希釈されることで、特に70年代以降の斜陽ジャズ界は命脈をつないでいた。
 自ら望んでなったわけではないだろうけど、結果的にジャズ界の水先案内人としてシーンをけん引していたMilesだったけど、『On the Corner』リリース以降から、その勘が鈍り始める。
 オーバーダヴを極力使用せず、リズム・リード一斉演奏による複合アンサンブルという手法はフリー・ジャズのメソッドと方向性は似ている。ただ調性を重要視しないフリーとは違って、Milesの場合、ポリリズムをベースとした複合リズムの一斉演奏から発生するピッチのずれ、古代民族の祝祭的ムードをモダンに展開させたことがMilesの功績である。ただそのメソッドはあまりに不定形であったがゆえ、万人の理解はおろか、演者自身さえもカオスに陥ってしまうほどの破壊力を持っていた。
 ジャズ・ミュージシャンMilesのキャパを大きく超えるフォーマットは、製作者自身をも浸食する。その後はアルバム制作ごと、またライブを重ねるごとに、その怪物は自らの意思を持ち、そして力を増す。日を追うにつれ、もはやMilesの手では制御不能になっていった。
 怪物を抑え込むために消費される、大量の酒やドラッグ。気が大きくなることもあって、一時は気が紛れるかもしれないけど、根本的な解決にはなっていやしない。むしろ怪物のパワーゲージは増大しているのだ。
 自分の許容量を超えるドーピングは体と精神を蝕み、遂にはMiles、シーンからの撤退を決意する。『Agharta』『Pangaea』という、評価不能(または評価されること自体を拒否した)大作を残して。

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 長い長い休息を経てシーンに復帰したMiles。以前のドロドロした怪物とは縁を切り、もっとコンテンポラリーな方向性を持つ、ビビッドなフォームのサウンドを志向するようになる。ほとんど暴君として主導権を握っていたレコーディング・セッションも、任せられるところは若手に仕切らせるようになる。
 復帰後のMilesは、もはや自らの力だけではヒップな存在にはなれないことを自覚していた。先鋭的なジャズ・ミュージシャンとしては、『Agharta』『Pangaea』のその先を探求することが真っ当なのだろうけど、彼の関心はもはやそこにはなかった。彼が求めていたのは、もっと確実な形の名声、ポップ・チャートの上位へ狙えるセールスだった。

 リーディング・ランナーのポジションから自ら降り、時代のトレンドに乗っかることを選択したMiles。最先端のサウンドを提示することはなくなったけど、これまでの功績からジャズ界の帝王としてのポジションは確立されていた。彼が復帰することで、CBSはおろかジャズ界挙げての大きなキャンペーンが盛り上がったのも、そんな事情があったわけで。
 ただ、これらもあくまでジャズ界の中での出来事である。さすがに第1弾の『The Man with the Horn』こそビルボード最高53位のヒットになったけど、『Star People』は最高153位と、まぁジャズ・アルバムにしては上等といった程度の成績だった。ただ、彼が望むところのポップ・チャートへのランクイン、例えばMichael JacksonやLionel Richieと比べれば、お話にもならなかった。

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 そんな中での「Rockit」ブームである。ビルボード最高71位はもちろん、ダンス・シングル・チャートで1位を獲得したことによって、Milesの対抗意識はハンパなかったはず。総合チャートだけでなく、もっとも現場感覚が反映されるクラブ・シーンにおいて明確な支持を得たHerbieに対し、嫉妬とも羨望とも、どちらも入り混じるような複雑な心情であったことは想像に難くない。
 暴君Milesだからして、よくある子弟物語のような、弟子の成長を素直に喜ぶようなタマではない。むしろ対等なミュージシャンとして、ヒップホップの導入によるポップスターへの仲間入りへの羨望、またこれまでのMilesメソッドの延長線上ではなく、まったく違ったアプローチによるポピュラリティの獲得への嫉妬が強かっただろう。
 後に『Doo-Bop』という最後っ屁をかますMilesだからして、ヒップホップへのアレルギーや嫌悪があったとは思えない。彼にとっては新しい音楽、旧来のジャズとはかけ離れたものを求めているだけであって、逆にHerbieの目の付け所には「してやられた」感が強かったんじゃないかと思われる。

 正直、『Future Shock』はあまりにヒットし過ぎたがため、もはやHerbieでは制御が効かず、彼にとっての「怪物」的存在となってしまった。おかげで勢いで二番煎じ三番煎じのアルバムを作ってしまい、結局は時代に消費されてしまった。使用機材の影響もあるけど、いま聴くとすごく古臭く感じてしまう点は否めない。
 対してタイミングを待って制作された『Doo-Bop』は、時代を乗り切るオーラを保っている。制作途中だったトラックを効果的にまとめたEasy Mo Beeの力量ももちろんだけど、トレンドの先読み力においてはまだ眼力を保っていたMiles、2匹目のドジョウを狙っても叩かれるだけなのはわかっていたのだろう。
 まだ手を付けるべきじゃない。時期が早い。

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 ジャズ・ファンク路線でもうちょっとやってみたかった、またはCBSの要請があったのかどうか、取り敢えずほぼ同じスタッフで制作したのが、この『Decoy』。『Star People』では10分超の曲が3曲あったけど、ここでは1曲のみ、ほとんどの曲が4~5分程度にまとめられている。この辺はラジオ・オンエアを意識したものと思われる。とは言っても、ジャズ専門ラジオでしかかからなかったんだけどね。
 『Decoy』においての最大の新機軸というのが、盟友Teo Maceroとのパートナーシップ解消である。
 正直、この時期になるとレコーディング・スタイルそのものがシステマティック化され、以前のようにテープを長回ししてダラダラ時間をかけたセッションは少なくなっていた。これまでバンド・アンサンブルに細かな指示を与えていたMilesだったけど、スタジオにいる時間が短くなり、結果的にバンド自身でバック・トラックをしっかり作り込むことが可能となった。なので、デモ段階でほぼ完パケ状態となっているため、Teoお得意のテープ編集テクニックは無用の長物となる。実際、Miles復帰後のTeoの仕事量は相対的に減っていった。

 Milesがすぐにヒップホップに飛びつかず、ジャズ・ファンク・スタイルの追及を継続したのは、若手による現状バンド・アンサンブルへの信頼もあったけど、かつてのMilesスクールよろしく若手スター・プレイヤーの育成並びに恩恵に預かる下心が、多少なりともあったんじゃないかと思われる。特にここで3曲参加しているBranford Marsalisには目をかけていたらしく、ゲストではなくレギュラー・メンバーとしての加入も打診している。結局、Stingに取られちゃうんだけどね。

 Herbieとは別のベクトルでポップスターを狙っていたMiles、『Star People』よりコンパクトかつソリッドにまとめられた楽曲群はクオリティが高く、彼が目指すところのジャズ・ファンクとしては、ほぼ完成形である。あくまでジャズ村の中での評価としては、高いものだった。
 でも、ヒップじゃない。
 すでにMilesは別の方向を向いていたのだから。


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1. Decoy
 「On the Corner」の雑多なリズム・パートを丁寧に取り除き、バンド・メンバーを絞って各パートのインプロをクローズアップすると、こんな感じになる。70年代ジャズ・ファンクの落とし前といったところか。若手ミュージシャンらの屈託のなさによって、かつてあれほど苦しめられた怪物は、しっかり手綱を握られている。
 ここから初登場のDarryl Jones(b)の俺様っぷりも、Stingと組もうかどうか天秤にかけていたBranford Marsalis (sax)の歌いっぷりも、きちんとコントロールされている。だからこそ、Milesのペットもここ最近にはないほど鳴りまくっているのだ。
 Teoとの友好的決別が良い方向へと向かった、新世代ジャズ・ファンクの完成形となった1曲。



2. Robot 415
 1分程度のブリッジ的小品。Miles自身による拙いコード弾きシンセが聴ける、それこそ『Future Shock』とYMOをモチーフとしたテクノ・ファンク。実験的なお遊びだったのか、中途半端なフェード・アウトが惜しい。もうちょっと広げられたら面白かったんだけどね。

3. Code M.D. 
 やっぱり80年代というのはヤマハDX-7の時代だったんだな、というのを思い出させてしまう1曲。あのMilesでさえ、他の80年代アーティストのサウンドと同じ音色使ってるんだもの。特にこの曲はバンマスRobertのイニシアチブが強いため、シンセのブロック・コードが曲のコアとなっている。リズムのメインは当然Al Foster(dr)だけど、結構な割り合いでドラム・プログラミングもミックスされており、結果的にテープ編集という職人技は不要となる。Teoのやることがなくなるわけだ、確かに。
 『Star People』ではあまりオイシイ場面が回って来なかったJohn Scofield(g)、ここではシンセとのユニゾンも多いけど、インパクトのあるファンキーなソロを利かせている。タイトルにもかかわらず、Milesの出番が少ないナンバーでもある。3分過ぎ辺りから「御大登場」とでも言いたげに、悠然と登場してサラッとかますソロ。吹きまくるのではなく、吹かずして空間を支配するMiles。やはり効果的な見せ方をわかってらっしゃる。

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4. Freaky Deaky
 Darylのアルペジオ・ベースと、再びMilesのシンセが主体となったアンビエント調ファンク。あぁホーンで聴きたかったな、これ。まるで「クロスオーバー・イレブン」じゃん、これじゃ。プログレッシヴで果敢なチャレンジとしては良いのだけれど、求められてるのはそれじゃないんだけど。
 『Decoy』の欠点、レコーディング時期がバラバラなため、散漫な印象が拭えないことが如実に表れている。通常なら正式リリースするレベルじゃないんだけど、曲数たりなかったんだろうな。

5. What It Is
 1983年4月に行なわれたモントリオール・ジャズ・フェスティバルからのライブ音源。ちょっとかったるい感もあった4.と比べると、アンサンブル、楽曲としての出来がまるで違っている。
 火を噴くようなDarylのスラップ・ベースから幕を開け、すでにレギュラー・メンバーとなっていたBill Evans (sax)との相性も程よい緊張感で通じ合っている。ライブということもあってシンセの使い方も控えめ、ファンキーなリズム・アプローチを中心にバンドがまとまっている。
 Scofieldのギターもアルバムでは一番のキレっぷり。この感じでスタジオ収録に向かえればよかったものの、そううまくは行かないのがバンド・マジックである。その時の空気感はその時じゃないと、なかなか再現できないのだ。

6. That's Right
 このアルバム最長の11分という大作。と言っても11分程度じゃジャズの中ではまだ中ジョッキ程度。この時期のMilesにしては長い方だけどね。
 ここではファンク成分をグッと抑え、久しぶりにストレートな4ビートに挑戦。もう一人のジャズの御大Gil Evansが総合アレンジを務めているせいもあって、オーソドックスなスタイルとなっている。とは言っても80年代Milesなので過去の焼き直しではなく、特にScofieldのブルース・フィーリングあふれるインプロビゼーションは飽きが来ないフレーズで彩られている。
 この時期のBranfordはちょうど自信をつけ始めた頃にあたり、天才の名を欲しいままにしていた弟Wyntonさえ凌駕していたと個人的には思っている。まぁこの時期のBranfordの仕事はどれも新伝承派Wyntonへの当てつけ、裏返せばコンプレックスからの発露という見方もできるのだけれど。

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7. That's What Happened
 ラストは再びライブ音源、5.と同じくモントリオール公演から。レコードで言うところのB面全3曲はMilesとScofieldとの共作となっており、彼とDarylのファンクネスとBranfordのオーセンティックなホーン・フレーズが交差しまくって、「ジャズ」という冠を外しても十分ファンク・ミュージックとして機能している。もはやジャズなんて言葉もいらないくらい、それだけジャズ・ファンク最終形としての理想像がここにはある。
 疾風怒濤という言葉がぴったりはまる、鬼のようなミュージシャン・エゴがぶつかり合い炸裂する、あっという間の3分半である。




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