folder 前回のMilesの続き。
 組織論としてのバンドの実例として、ColtraneとMiles両名で検証してみたのだけど、結局、どちらのやり方でも後進への影響やセールス実績を残しているため、優劣をつけることはできない。方向性の違いだけである。なんだそりゃ。

 もともと正統派モダン・ジャズの係累を歩んできた両名、スタイルの違いはあれど、本質的なところではそんなに変化はない。強烈なミュージシャン・エゴに基づくリーダーシップを振りかざし、いち早くツバをつけた若手の尻を叩いてセッションを進行させてゆく、というプロセスは変わりない。
 バンド運営的にも、実績の弱い成長過程の若手はスケジュール的にもギャラ的にも何かとムリが効く。何しろ相手はジャズ界の大ベテランで、むしろ手弁当でもいいくらいの気概で参加している者も多い。
 「ギャラの取り分?まぁ勉強させてもらってるんで、イイっすよ言い値で」。
 なので、コスパ的にも何かと都合が良い。ある程度在籍して発言権を得てきたあたりで独り立ちさせてやりゃいいんだし。

 Coltraneの後期の作品のほとんどが、メイン・ソロイスト(要はColtrane)プラスαというアンバランスな構成になっている。末期はPharoah Sandersとの双頭体制も多かったけど、基本、Coltraneのコンセプトに従ってのプレイなので、突出したオリジナリティを表現する余地はほとんどない。彼が本性をあらわしてくるのは、Coltraneが亡くなってからである。
 対しMiles、リーダー・アルバムであるにもかかわらず、もともと彼の場合、メインのソロの割合はColtraneほど多くない。以前どこかで書いたと思うけど、Milesというアーティストはプレイヤーというよりはむしろサウンド・コーディネーターであり、コンセプト・メーカーである。具体的な意図を提示するわけではないけど、「こんな風にやれ」と彼が指示するだけで、いつの間にかMilesのサウンドになってしまっている。引退直前の一連のアルバムを聴いてみればわかるけど、どのプレイヤーも好き勝手に演奏しているように思われるけど、最終的にはきちんと「Miles Davis」印のサウンドとして成立してしまっている。誰もがみな、Milesの掌の上で踊らされているに過ぎないのだ。
 そんな塩梅なので、何もMiles自らが無理に出張ってソロを吹きまくる必要もない。要所を押さえておけばよいのであって、それをより効果的に演出するため、むしろソロ比率は他のアーティストと比較しても圧倒的に少ない。でも、ちゃんとMilesのサウンドになっちゃってるのだ。

Coltrane-770

 で、Coltraneの場合。彼の場合、音楽をプレイするという行為に意味を見出そうとするがため、どうしても曲の構成が理屈っぽくならざるを得ない。ちょっと息苦しささえ感じてしまうのは、何もフリー性が強くなったからだけではない。主に頭の中だけで構築されたサウンドは、敷居を高くする。
 イデオロギーに基づいて頭の中でこねくり回された音楽的なアイディアは、収拾がつかなくなっちゃってるのだけど、とにかく思いついた音はすべて出し切らないと気が済まない。膨大すぎて整理がつかなくなっちゃった末、演奏するたびにテンションが上がりまくって、全部自分でやってしまうパターンが多い。演奏に入る前はそれなりにアンサンブルも構成も考えていたはずなのに、全部チャラ。シーツ・オブ・サウンドの暴走である。
 Pharoahもそうだけど、他にもRashied Aliなど有能なミュージシャンをバックに従えているのだから、彼らを単なる伴奏者として使おうだなんて思っていなかったはず。一応はバンマスとしてのColtraneが取りまとめているのだけど、彼らはバンド・メンバーであると同時にイデオロギーを共にした同志であり、基本、上下関係というのはない。
 なので、Coltraneとしてはみな平等に見せ場を作ろうと開演前には思うのだけど、いざステージに立って演奏が始まってしまうと、すべての目論見はぶっ飛んでしまう。いつもの独演会の始まりである。

 プレイヤーとしてまっとうな感覚を持つミュージシャンなら、そんなバンマスの独善ぶりに嫌気が差しても不思議はない。実際、日に日に肥大化する彼のインプロビゼーションについていけなくなったのか、黄金のカルテットと称されたMcCoy TynerとElvin Jonesもバンドを去っている。
 最後まで残ったのは、前述の2人に加え、Coltrane夫人のAlice。こちらも恋愛関係が昂じて一緒になった夫婦というよりは、イデオロギーに共鳴した同志としての関係であり、世間一般のカップルとはニュアンスが違っている。一般的に考えて、同じ職場に奥さんが在籍しているというのは、あまり気持ちの良いものではなく、むしろ不自然。家内制手工業や3ちゃん農業でもあるまいし、気疲れしなかったのかな。
 そういえば、Paul McCartneyもWingsで妻Lindaを引き入れていたし、Fleetwood Macなんて元夫婦や元カップルやらW不倫やらその他もろもろで、バンドが成立していたのが不思議なくらいである。ミュージシャンって、そういうのあんまり気にしないのかな。

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 これはジャズ全般に言えることだけど、ポップスのようにイントロ→Aメロ→サビ→間奏→Bメロ→大サビ→アウトロという定型化した構造がなく、基本となるフレーズとコード進行、何となくソロの割り振りさえ決めてしまえば、どうにでもなっちゃうジャンルである。同じ曲名なのに、全然違った曲になってしまうことも珍しくはない。その日の気分次第コンディション次第で、アドリブ・パートのフレーズがまったく変わってしまうこともしょっちゅうである。
 なのでColtraneの場合、特にシーツ・オブ・サウンドが一応の完成を見てからのアトランティック後期からは、毎ステージごとが新曲のようなものである。ジャケットや風貌にスピリチュアルな要素が入ってくるのと前後して、彼らの演奏は常に新規巻き直しの真剣勝負の様相を呈している。彼らにとってジャズを演奏するということは、カタルシスを得るためではなく、もっと先にあるなにかに辿り着くための修練、Disciplineなのだ。
 全キャリアを網羅するが如く、Coltraneの未発表セッションの発掘作業は続いている。正規・ブートに限らず、毎月のように世界各国のメディア音源、蔵出し音源がリリースされている。俺自身はそこまでのColtraneマニアではないので、たまに正規音源をつまんでみる程度だけど、すべての録音物をかき集めたとしたら、とんでもない物量になってしまうだろう。そうすると一生を棒に振りかねないので、ライトなユーザーに甘んじている次第。インパルス期はあんまり聴いてない。
 多分、末期にも俺が気に入る音源はあるのだろうけど、いつもyoutubeの視聴程度で断念してしまう。特に俺が大好きな「My Favorite Things」、日本公演のそれはまるまるCD1枚分の物量に肥大化している。あの軽やかに口ずさめるフレーズはほんのちょっぴり、あとは難解かつ混迷とした解釈によって、原形を留めていない。フリー・ジャズをわかってる人間にとっては良いのだろうけど、ライトなユーザーの俺からみれば、迷宮にはまり込んでこじらせちゃった感が強い。
 もうちょっとコンパクトにまとめるとか、誰か進言しなかったのか?

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 そう考えると、Teo Maceroの偉大さが実感できる。後年になってからだけど、めったに人を褒めることのないMilesでさえ、彼の編集技術を高く評価していたし、どれだけとっ散らかったとしても、最後はTeoが何とかしてくれる、という信頼関係によって、セッションが進行していたことも解明されている。
 Stonesのジャム・セッションにも比肩する冗長なセッションによって生み出された膨大なテープの山を前に、躊躇せずバシバシハサミを入れ、そしてシステマティックに繋いでゆくTeo。当時は決して表に出ることのなかった、地道で神経を磨り減らす作業を、彼は黙々と、それでいて誠実にクリアしていった。
 Milesのコンダクトによって続々生産される未編集テープの山を、Teoが商品として適切な形にブラッシュアップ、体裁を整えてリリースされる。その完成ヴァージョンをもとにライブでプレイ、そこからまた新たな着想を得てレコーディングに入る。その好循環は、MilesがCBSと袂を分かつまで続いた。

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 そんなTeo的ポジションの不在が、特に後期Coltraneへの生理的拒否感を助長させたんじゃないかと思われる。双方とも、フリー・ジャズ&インプロビゼーション主体の音楽性であることに変わりはないのだけど、アラスカの奥地へも配給ルートを持つ大メジャーCBSと、アーティストの意向を最大限尊重するジャズ専門レーベルのインパルスとでは、そもそもの販売戦略が違っている。
 どれだけMilesが奔放なプレイをしようと、マス・ユーザーを想定して編集ブースにこもるTeoによって、そのテープは時に原形を留めぬほど切り刻まれた。どれだけ良いアドリブやアンサンブルがあったとしても、冗長で意味がないと判断すれば、彼は容赦なくその部分をカットした。ほんとはもっと短く編集してもよいくらいだけど、2枚組になってしまうのは、Milesに対する敬意を表したものだろう。もし彼がその気になれば、テープをいくらでも短く、または長く編集できたはずである。

 対してインパルス、前述したように極力テープ編集を抑え、アーティストへのリスペクト最大限に表したアルバムが多勢を占めている。要は「録って出し」である。余計なスタジオ経費もかからないし。
 純血主義のジャズ・ユーザーにとっては、もちろんインパルスのメソッドが王道であるはず。それはわかっているんだけど、そういった戦略はあまり大きな広がりを見せない。アトランティック期はともかくとして、このインパルス期はライト・ユーザーへの敷居を高くしてしまい、新参者にとっては足を踏み入れることすら躊躇してしまう。もうちょっと、親しみやすい芸風はなかったのか?と問い詰めたくなってしまう。

John Coltrane & Rashied Ali

 ほとんど完成の域に達していたシーツ・オブ・サウンドに見切りをつけ、集団即興をメインとしたフリー・スタイルへ大きく舵を切ったのが、いまでも問題作の『Ascension』。リリースから50年近く経った今になって聴いてみれば、リード楽器の乱立によってあちこちで不協和音が発生しているのがわかる。セッションいよるマジックは生まれているのだろうけど、あまりに散発過ぎてとっ散らかってちゃってる、というのが俺の印象。Teoに頼めば、もうちょっと聴きやすくしてくれるのだろうけど、まぁそういったコンセプトじゃないし。
 じゃあフリーに入る前、オーソドックスなモダン・ジャズ、シーツ・オブ・サウンドの完成系がどれなのかと言えば、いわゆる過渡期にレコーディングされたこの『Transition』になる。録音されたのは1965年なのだけど、リリースされたのは1970年、いわゆる追悼盤に分類される。生前リリースされなかったのは彼の意志によるもので、妻Aliceにも「俺が生きているうちはリリースするな」と言い残したのはわりと有名。なにかと曰くつきのアルバムとして、裏名盤と呼ばれている所以でもある。
 Coltraneとしては一応レコーディングはしたものの、あくまで旧来ジャズの範疇に収まっている今作に満足できず、心はすでにフリーの方向性に移っていた頃である。シーツ・オブ・サウンドにある程度の完成形を見据えてしまった今となっては、古臭く映ってしまったのだろう。
 徹底的な創造の後に来るのは、もはや自己解体しか残ってない。そう考えるとColtraneの方向性は間違っていない。純粋に自身の音楽を極めるとするならば、当然の帰結でもある。

 ただ、「進化すること=善」というのは短絡的。人はそんな簡単に割り切れない。
 Coltraneが見せる最後の「ジャズ」のアルバムとして、ネット界隈でも人気は高い。そんなこと知らずに聴いていたので、正直意外だった俺。俺を含め、ライトなColtraneファンの分水嶺がここにある。
 ここから先のColtraneの作品は、Coltrane’sジャズを完成させた後、緻密かつ暴力的にジャズを解体してゆく経過報告である。その作業は粛々と、それでいてロジカルに行なわれた。
 それは「徒労」とも言える作業だ。


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1. Transition
 アトランティック期にも通ずる、比較的オーソドックスなテナー・ソロから始まる。流麗に感じるのはホント序盤だけ、次第にColtraneがトランス状態に入り、『Ascension』以降に通ずる超絶冗長ソロに変貌してゆく。それを力づくで押さえつけるようなElvinのシンバル連打。この掛け合いを聴いてるだけでも面白い。この程度の脱線ぶりなら、まだ着いて行ける。

2. Welcome
 オリジナルはここに「Dear Lord」が入るはずなのだけど、俺が持ってるのは違う曲に差し替えられている。調べてみるとリマスター以前と以後とでは収録曲自体が違っており、その辺も混乱を招いて紹介されずらい要因となっている。
 5分程度の小品バラードなので、さすがにここで超絶ブロウを入れる余地はない。時に一本調子に聴こえるテナーにも磨きがかかり、普通にマッタリ聴いていられる。こういった曲調でのMcCoy Tynerは、ほんといい仕事だよなぁ、と思ってしまう。

JohnColtraneWiki

3. Suite (Prayer and Meditation: Day, Peace and After, Prayer and Meditation: Evening, Affirmation, Prayer and Meditation: 4 A.M.) 
 LP時代はB面全部を埋め尽くした21分の大作。堂々5部作になっているのは大風呂敷を広げる傾向にあった彼の趣味。
 これだけ長尺で各パートのソロも割り振ると、あまり脱線することもなく至極全うなシーツ・オブ・サウンドに徹している。時々聴こえてくるカン高いハイノートがうざく感じられてしまうけど、バンド・アンサンブルを楽しむのなら良曲。

4. Vigil
 出だしから一触即発状態だったElvinとのタイマン勝負が収録されている、強い熱量を感じさせるナンバー。ルーティンからはずれようと小技を繰り返すColtrane、そしてチャラチャラした現代ジャズには屈しないという意思表明なのか、普段より手数も存在感も多いElvinのプレイ。すさまじい緊張感の中で録音されたことが窺える良作。
 でも、食い合わせ次第では音の壁にやられてしまいそうになるので、体調を整えたあとに聴くことが望ましい。



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