folder 「プリンス、急逝。ペイズリーパーク スタジオの自宅で」
 プリンスが急逝した。享年57歳。

 彼の広報担当者によると、現地時間の4月21日午前、プリンス(Prince Rogers Nelson)が、ミネソタ州チャンハッセン郊外にあるペイズリーパーク スタジオの自宅で亡くなっていることを確認したという。

 また現地での報道によると、保安官事務所からの話として、同日9時半過ぎにペイズリーパーク スタジオから緊急通報を受け、エレベーターの中で意識不明の状態のプリンスを発見したという。

 プリンスはインフルエンザにかかり、4月7日の公演をキャンセル。また、4月15日にはアトランタでパフォーマンス後、プライベートジェットで移動中に体調が悪化。イリノイ州モリーンの空港に緊急着陸し、病院へ搬送されていた。
(BARKS記事より)

 俺の朝の日課のひとつが、このブログのアクセス数チェックなのだけど、いつもと変わらない午前7時、いつものペースより異常に伸びてることに驚いた。うちのような個人弱小ブログにしては、とんでもない量のPV数がカウントされている。どこかでリツイートされまくったのかなぁ、と思ってTwitterを覗いてみて、この記事がヒットしてきた。なるほど、そういうことか。
 まだ寝ぼけてたせいもあって、最初は何のことかよくわからなかった。Princeが、彼が死んだという事実が、どうにも上手く飲み込めなかった。徐々に頭が覚めてきて、「あ、Princeも死ぬんだな」という想いがあらわれた。そうだよな、彼も人間だもんな。

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 俺がPrinceの存在を知ったのは、大方の日本のファン同様、『Purple Rain』からだった。最初はMichaelの対抗馬として、「やたらエロくて淫靡な香りの漂う怪しげな黒人」という印象が拭えずにいた。ファンクというにはポップだったしね。俺が彼に強く惹かれるようになったのは、むしろ次作の『Around the World in a Day』から。前作で見せたポップ・ロックの部分をほとんど捨て去って、サイケデリックな世界観とサウンド、そして強まったファンクネスは洋楽を聴きかじったばかりの田舎の高校生を夢中にさせた。
 その後の『Parade』『Sign O the Times』『Lovesexy』の一連の作品もまた、どれも違う音楽性ながらもクオリティは高かった。ヒット・チャートに一切迎合しない音楽性ながら、その完成度の高さゆえ、特別ユーザーに媚びなくとも高いセールスを維持できるそのスタンスは、80年代の音楽シーンをただ独り邁進していた、と形容しても足りないくらい。

 今年初めのDavid Bowieの訃報は声を上げて驚いてしまった俺だけど、今回は声が出なかった。驚いて声が出ない、ということがこういったことなのか、と初めて知った瞬間でもある。
 俺がBowieというアーティストを知ったのは『Let’s Dance』からなのだけど、一般的にBowieのアーティストのピークは70年代と言われている。晩年も旺盛な創作力だったらしいけど、世間に与えたインパクトという点においては、やはり『Ziggy Stardust』やベルリン3部作など、あの時代に集中している。
 当然、その時期を俺はリアルタイムで知らない。アーティストの最大のピークを後追いではなく、当時の空気感も含めて体験することは、思い入れの深さと比例する。
 なので、そういった80年代の問答無用のアーティスト・オーラを感じ取ってきた身としては、思い入れは当然深くなる。
 深い分だけ、まだ混乱している。
 多分、もう少し引きずることだろう。

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 数日前に倒れてプライベート・ジェットで緊急搬送されたことは知っていた。インフルエンザと報道されたけど、そんな大ごととは思っていなかった。あぁ57歳にもなると、そろそろ体のあちこちにガタが来るんだなぁ。俺もそろそろ他人事とは言ってられないよなぁ、と思う程度に他人事だった。
 若い頃のムチャが後になって出てくるのは、誰にだって当てはまることだ。特にPrinceの場合、JBのステージングをモチーフとして完璧に構築されたソウル・ショウを世界中で行ない、アフターショウで目星をつけたグルーピーらをホテルに引っ張りこんで夜のアフター・ステージを延々と繰り返していた。それ以外の時間はほぼすべて、24時間体制でレコーディングを続けていた男だ。
 彼が長期バカンスを取ったとか、リゾート地で乱痴気騒ぎを繰り広げたとか、そういったロック・スター特有のエピソードは聞いたことがない。女とチュッパチャップス以外には目もくれぬ、激動の80年代を疾走していたのだ。昔のような無理が効かなくなるのもしょうがないことである。
 そんな風に思っていた矢先の出来事だった。

 昔から大のマスコミ嫌いだったため、インタビューに応じることは少なかったし、テレビ出演だってそんなに多くない。もともと饒舌な人柄ではない。
 どちらかと言えば引っ込み思案でシャイ、人見知りの激しい性質である。人種や身長など、あらゆるコンプレックスの裏返しとして、ただひとつ他人より秀でていた音楽へ向かわざるを得なかったのが、Prince Rogers Nelsonというひとりの男の生きざまである。
 その対極として、大手ワーナーとの契約にも臆することなく、デビュー当時から異例の自己プロデュース権を手に入れるほどの謀略家、周辺スタッフには絶対服従を誓わせる傍若無人な面もまた、彼の持つ側面のひとつである。
 どちらもほんとのPrinceだ。
 そういった二極性、陰陽を自らコントロールすることによって、Prince Rogers Nelsonという一個人が「Prince」というアーティストをプロデュースしてきた。
 ワーナーとの最初の決別まで、その絶妙なバランス・コントロールは続く。

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 で、ワーナーと対立し、メディアと対立し、遂には自分自身とも対立して「Prince」の名前も捨ててしまった頃。自らをSlave(奴隷)と自嘲してやさぐれていた頃である。ピーク・ハイだった80年代には相手にならなかったヒップホップ・ムーヴメントが先鋭性と大衆性とを併せ持ち、さらにテクノ/ハウス・ビートの席巻によって、最先端だったPrinceに陰りが見え始めた頃である。
 独立するとかしないとか、純粋な作品クオリティとは離れたところでの話題が多かった彼だったけど、その風向きが変わったのが新しい家族の誕生。バックダンサーMayteとの結婚、そして新しい生命の誕生だった。
 ワーナーとも解放されて自由な音楽活動が可能となった。それがよほど嬉しかったのか、いきなり3枚組のオリジナル・アルバム『Emancipation』をリリースしてしまうくらいだった。ビジネスの問題もクリアになり、プライベートも充実、さて、これからという時に。
 先天性の病により、息子の命は長くもたなかった。当然、Mayteとの仲もこじれ、2000年には離婚という結末となった。その後再婚したらしいけど、やはりうまく行かなかった。
 それからはずっと独り。

 このプライベートな事情を契機として、彼の音楽の新規アップデートは歩みを止めてしまう。この後はアーカイブの焼き直し的作品や、既存サウンド・フォーマットを流用した作品が多くなる。
 これまでは、そのフォーマット自体をどんどん作り替え、「Prince」というオンリーワンの音楽ジャンルの自己増殖を行なっていたのだけど、そういった行為に関心が薄れてきている。
 音楽自体に興味がなくなったのではない。だって、それを取り上げられちゃったら、存在理由がなくなってしまうから。
 あいにく彼の才能は尽きていなかった。リリース・ペースは落ちたけど、レコーディング自体は順調に継続していた。発表する手段を講じるのに時間がかかっていたのと、昔のように夜通しスタジオにこもるような無茶を控えるようになったためだ。
 オールド・ファンなら手放しでで大喜びする、80年代的フォーマットのサウンドやワン・コード・ファンクなら、ほんと1日でアルバム1枚分作ることはできたけど、世に出すことはなかった。
 やろうと思えば、ヒット・ナンバーの量産だって可能だった。「Prince」というブランドを最大限活用して、リスペクトしてくれる若手ラッパーとコラボすれば、それは難しいことではなかった。
 でも、それをすることはなかった。もう、そういったことに関心がなかったのだろう。あとは自分の好きな音楽を、自分のペースで創ってゆくだけだった。
 無理に新しいものを追おうとはせず、ただその時その時に、自分の興味が強いモノを少しずつ。
 それがたとえベタなモノでも構いやしない。
 今やりたいことは、「これ」なのだから。


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1. Baltimore 
 2015年に発表されたロック調ナンバー。Soundcloudを通して公開されたため、発売されたものではない。こういった自由な発表形態、インスピレーションを得てすぐに世界中に配信できるシステムの多様化は、既存メディアへの不信感の塊だったPrinceにとっては良い時代だったんじゃないかと思われる。
80年代全盛期のメロディを持ち、ポップな女性コーラス、マッタリしたリズムとギター・ソロで彩られているけど、内実は結構シリアスなプロテスト・ソング。
 銃刀法違反の疑いで拘束された黒人Freddie Gray。彼が護送車の中で過剰ともいえる尋問(暴行?)により死に至ったことによって、それまで市民の間で溜まっていた不信感と欝憤が大規模デモに発展する。
 そんな彼らの運動への支援表明として発表された経緯があるので、普通に歌っただけなら、重苦しいサウンドになってしまうはず。ただ、曲がりなりにもメジャー・アーティストのPrince、人に想いを届けるために、シリアスなメッセージをシリアスに語ってしまうと、拒絶が多いことを知っている。万人に抵抗なく真意を伝えるため、耳障りの良いポップなサウンドでコーティングしている。さすがプロの仕事だ。
 甘いチョコレートのコーティングの下は、ビターな味わい。そこが彼の狙いだ。

2. RocknRoll Love Affair 
 こちらもアルバム・リリース前、2014年に発表されたシングル。発表当時はなんか陳腐なロックだよなと思ってたけど、このアルバムの流れに入ってしまうと、それが逆に心地よくなってしまう不思議。最初からこうすりゃ良かったのに。
 囁きかけるようなヴォーカルといい、ブギ・スタイルのギター・リフといい、まんまT.Rex。このユルさは貴重だよな、今の時代には。
 ロックンロールという音楽の本質がラウドなものではなく、シンプルな8ビートであることを教えてくれる、貴重なナンバー。

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3. 2 Y. 2 D. 
 今回のPrinceのスタイルは、ホーン・セクションの大幅な導入。16ビートもほとんどなく、レアグルーヴとも形容できる古めのサウンドに乗せて、ロック寄りのメロディ&ヴォーカルを被せている。
 なので、正直どの曲も、独特のPrince臭さが薄いのは共通している。ただ、あくまで「これまでの」Princeではないだけで、これが今のPrinceの新たな方向性と受け止めるのが正しい。まぁ新しさはないけど。
 方向性も何もないけどさ、もう。

4. Look at Me, Look at U 
 ジャズ・ファンク風味が強め、ジャジーなコード進行ながら、明らかに楽曲の進化が窺える。確かに新機軸はない。ローズ・ピアノだって使い古された音だ。ただ、その音色に相応しい楽曲は明らかに、小手先のアレンジでは崩せない可能性を秘めている。
 この快適な心地よさ、確実にPrinceは「進化」している。

5. Stare 
 こちらはアルバム・リリース前、Spotifyで先行公開されたミディアム・テンポのファンク・ナンバー。曲中で”Kiss”のギター・カッティングがサンプリングされているのが話題になった。
 基本、ワンコードなので、起伏の乏しい展開ではあるけれど、それを飽きずに聴かせてしまう力技は相変わらず。自分ではうまく吹けないため、あまりフィーチャーされて来なかったブラスを前面に出しているのは心境の変化か。

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6. Xtraloveable 
 シングルとして2011年にリリースされたのが初出だけど、もともとは1982年頃のアウトテイクのリライト版。確かに『Contronersy』~『1999』期の音が聴こえる。もちろんリリースするにあたって新しい音もいろいろ被せているのだろうけど、ちょうどポップに移行しかけていた頃のギラギラ感と軽みとが同居した、親しみやすいナンバー。
 でも、これが当時未発表だったとは。Princeの才気煥発振りが窺える。

7. Groovy Potential 
 2013年リリース、当時結成された3rdEyeGirl公式サイトを通して発売された、ロック成分の強い長尺曲。ちゃんと聴いてみると、”Purple Rain”と同じ構成だった。『Sign O the Times』期のサウンドが好きな人ならはまるんじゃないかと思われる。つまり俺世代、アラフィフにはヒットするかな。
 
8. When She Comes 
 このアルバムでは唯一、ファルセットを使用したバラード・ナンバー。テンポの遅いフィリー・ソウルといった趣きのメロウなテイスト。
 こういったソウル・ナンバーになると、年期を積んできたベテランに勝てる要素はとても少ない。なので、こういったバラードを歌う際、若手は大抵打ち込みサウンドを使うことによってヴォーカルの力強さを引き立てるのだけれど、ここではPrince、正攻法で押し通している。もうあいつかどうだとか、そんなのはどうでもよくなっちゃったんだろうな、きっと。だって、歌いたいなだもん、こういうので。

Prince

9. Screwdriver 
 7.同様、こちらも公式サイトで先行発売されたナンバー。2.と同じコンセプトなのか、ロックンロール・スタイルで、しかもブギになっている。マイブームだったのかな、きっと。
 コーラスの"I'm your driver and you're my screw."をやる気なさそうに歌っているところが、一筋縄ではいかないロック・イディオムを体現している。

10. Black Muse 
 80年代のヒット・チャートを彷彿させるメロディ・ラインだけど、テンポがモッサリしているため、どこかもどかしさを感じてしまうのは俺だけじゃないはず。もう少しテンポを上げていけば、もっとポップな雰囲気になると思うのだけれど、どこか遠慮がち。ずっと7割5分程度のパワーで走り続けている印象。

11. Revelation 
 再びファルセット・バラード。ここではギターも多めに弾いてるけど、やっぱり寸止め感覚でちょっと物足りない。ラストのサビで大きなカタルシスを演出するため、大きく盛り上がるのがPrinceのバラードの特徴なのだけど、ここでは大きな起伏はなく、淡々と終わってしまう。もうちょっと捻ればドラマティックになったのに。

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12. Big City
 このアルバムの中では比較的アップ・テンポなファンク・ナンバー。複雑なリズムを使うのではなく、Tower of Towerのようにオーソドックスな集団プレイの集積によってグルーヴ感を編み出してゆく方向性で挑んでいる。
とは言ってもPrinceはソロ・アーティスト、しかも大抵の楽器は独りでこなせるマルチ・プレイヤーでもある。集団演奏によるグルーヴ感は生みだすことは困難なので、頭の中で鳴ってる音を忠実に再現するしかないのだけど、そのヴァーチャル感を違和感なく再現できるのは、やはり熟練の業に尽きる。




 何しろ今日のことなので、レーベルやエージェント側も混乱の極みの状態。今後の動向はもう少し落ち着いてからだろうけど、徐々にトリビュート盤やライブの企画も進行するんじゃないかと思われる。これはあくまで希望的観測だけど、以前から噂レベルだった『Purple Rain』のアニバーサリー企画、ワーナー時代のアーカイブのリマスター作業も、スムーズに行なわれるんじゃないかと思われる。
 管財人が誰なのか、この時点ではまだはっきりしないけど、それなりに彼の遺志を継ぐ者によって、きちんとした形での整理は行なわれるだろう。何しろうるさ型のファンが多いから。それに合わせて、膨大な未発表音源も少しずつお蔵出しされるかもしれない。それはもうちょっと先になるだろうけど。
 近年の彼は自伝の執筆に執心しており、かなり本格的に準備も整えていた、とのこと。
 何か言葉で残したいことがあったのか、それとも音楽では伝えることはもうない、と悟ったのか。
 それは誰にもわからない。



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