folder 1985年リリース、もう何枚目になるかはちょっと不明だけど、復活後としては4枚目のスタジオ・アルバム。発売2,3週間で10万枚以上売れたらしく、当時のMilesとしてまたジャズのカテゴリーの中では断トツの売り上げではあったけど、ポピュラー総合で見るとUS111位UK80位という、決して高いとは言えないチャート・アクションで終わっている。逆に言えば、これはMilesだからここまで善戦したのであって、他のジャズ・アーティストなどはもっと散々たる成績である。ちなみに日本ではオリコン最高45位。まだまだ威光が衰えてなかった証拠である。
 フュージョン/クロスオーバーという最後の足掻きを70年代で見せた時点でジャズのポピュラリティは終焉となっており、セールス的な面だけで見れば、80年代というのはオーソドックスなジャズにとって苦難の時代の始まりでもある。ただ、ジャズ本体はいまだ瀕死の状態が続いたままではあるけれど、そのジャズのエッセンスを巧みに活用して作られた音楽というのは連綿と息づいている。世界的にもジャズ・フェスティバルというのは地域に根差した恒例のイベントとなっているし、意識高い系御用達の音楽と言えば、大抵がジャズっぽいムードのものばかりで、ジャズ全体が衰退しているわけではない。そのフォーマットは確実にエンタメ界に、そして日々の生活にもしっかり根を下ろしている。

 この時期のMilesにとっての大きな変化が、長年連れ添ったプロデューサー兼エンジニアだったTeo Maceroとの別れ。60年代末~70年代にかけての一連のアルバムにおいて、単なるエンジニアの領域を超えて創造的なテープ編集を強行し、Milesの思惑以上のクオリティのアルバムをバンバン仕上げていったTeo。そんな彼に対し、決して口にはしなかったけど、全幅の信頼を置いてテープの切り貼りを一任、やみくもに録り溜めたマテリアルを丸投げして、自分は酒に女にドラッグに酔いしれていたMiles。
 30年物長きにわたるコラボレートにいかなる亀裂が生じたのか、最終的には彼ら2人にしかわかり得ない事情、まぁそれも「あうん」の呼吸で言葉少なだったとは思われるけど、特にMilesの方向性が大きく変化していたこと、その流れにTeoが対応しきれなかったことは大いに考えられる。
 じゃあMilesの目指すところが何だったのかと言えば、はっきり言ってしまえば金、そしてヒット曲である。
 復活以降にサウンドの柱となっていたジャズ・ファンクは、70年代のダウナーな狂気に満ちたサウンドとは一変して、もっと明快なリズムを持ったためにダンサブルに、そしてラジオのエアプレイを意識したかのように、コンパクトな尺になっていた。
 ヒット・チャートへの渇望があからさまになったのは楽曲だけではなく、ジャケットもスタイリッシュなMilesのポートレートが使用されている。もともと60年代からジャズ界においてはファッション・リーダー的な存在であって、70年代はサイケ色が強くなってどこか勘違い感も否めなかったけど、ここではデザイナーズ・ブランドに身を包んだMilesがアーティスト然とした表情でポーズを決めている。決めてはいるのだけれど、メジャーのアルバムでマシンガンを持つことはないだろ、とは俺の私見。

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 60年代末のエレクトリック期から始まった、アルバム片面をまるごと使う長尺曲を何曲か収めただけのダブル・アルバムというリリース形態は、MTVが主流となった80年代中盤ではすっかり時代遅れのものと化していた。ある意味、ロックンロール創世記の3分間ポップ・ソングへの回帰というレイドバックが主流となり、その流れに順応できないアーティストは自然にスポイルされていった。
 ジャズもそうだったけど、このトレンドとは正反対のベクトルを持つプログレ勢の被害は大きく、メインストリームに見切りをつけてニューエイジの方向へ行ったり、または中途半端にAOR路線に手を出してファンの顰蹙を買うバンドまで様々だった。ま、後者はELPなのだけど。その中で負のスパイラルをうまく回避したのがYesやAsiaで、超絶インタープレイは残しつつも楽曲はコンパクトに、外部のライターや気鋭の若手まで動員してシングル・ヒットを連発、その強引な蘇生術が功を奏したこともあって、今日の地道な活動継続につながっている。
 で、ジャズ・シーンはこの80年代をどう乗り越えたのかといえば、正直乗り越えようとする気力さえ失っていた、というのが正直なところ。前述したように、多ジャンルからのジャジー・テイストの導入が盛んになったこともあって、ジャズというジャンルが完全に崩壊したわけではなかった。ただし内実は過去の焼き直しにとどまっており、革新的なサウンドが発明されたのかと言えば、それはちょっと口ごもってしまうくらいである。
 もちろん80年代ジャズがまったく不毛だったというわけではなく、Wynton Marsalisのような新世代のスターも生まれてはいる。いるのだけれど、よく知られてるようにWyntonはガッチガチの保守派、過去の伝統を忠実になぞった新・伝承派として頭角を現したのが世に出るきっかけだったほどで、正直伝統を守ってゆく決意はあるのだろうけど、多ジャンルへの冒険心が薄く、どうにも小さくまとまったまま、というのが現状である。

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 そういった小ぶりな若手の不遜な態度に噛みつくように、ひたすら本流とははずれたジャズ・ファンクを追求していたMiles。未整理のグルーヴを追求していた70年代よりスッキリしたアンサンブルにはなったけど、黒人固有の正体不明なリズムのキレは相変わらず優れたものだった。休業前は自らバンマスとしてスタジオ内やステージ上を縦横無尽に動き回り、絶対君主としての振る舞いを見せていたのだけど、80年代の復活後は執拗なまでのサウンドの追及もトーン・ダウンしてゆく。
 あれだけメンバーに睨みをきかせていたレコーディングにもあまり顔を出さなくなり、バック・トラックはもっぱらプロデューサーに任せっぱなしとなる。アンサンブルも含めたヘッド・アレンジもGil Evansに丸投げで、自身は最後にチョロッとソロを吹き込むだけ。まるで大御所演歌歌手のようなポジションになってしまっている。
 Milesの場合、自ら発掘してきたミュージシャンもそうだけど、帝王というネーム・バリューのおかげもあって、常に優秀なブレーンが周りを取り囲んでいたため、極端にミスマッチなサウンドに仕上がっているわけではない。一応、モダン・サウンドに準じた見栄えの良い音に仕上がってはいる。でも、ただそれだけだ。そこにMilesの音楽的な主張はない。付け焼刃的にヒップホップのエッセンスを導入してはいるけど、それもどこかちぐはぐだし、はっきり言っちゃえばMilesじゃなくてもいい音ばかりである。取り敢えず今風のサウンドに引けを取らぬよう、マネしてみました、といった体なので、音に思い入れが薄い。

 本来ジャズという音楽は、「何でもあり」が許されるジャンルだった。その時その時のトレンドを巧みに吸収し、うまく加工して自分たちのレパートリーとして発表するのが当たり前だった。ボサノヴァだってラテンだって、ジャズというフィルターがなければ、ここまで世界中に広まることはなかったはず。
 なので、当時のポピュラーのヒット・ソングを矢継ぎ早にカバーするのも、至極当たり前のことだった。Milesもまた、キャリアの初期に「枯葉」や「My Funny Valentine」をカバーしている。今ではすっかりColtraneで有名になった”My Favorite Things”だって、もとは映画『Sound of Music』の挿入歌だった。「イパネマの娘」やら「Summertime」など、多ジャンルにおいてジャズの影響力でヒットにつながったスタンダードは数多い。キャリアの長いミュージシャンなら、誰でも一度や二度は手を付けている行為である。
 ただ、長らくオリジナル曲ばかり演奏していたMilesがカバーをプレイするのは久しぶりだったことと、ヒットしてまだ日が浅いナンバーを選んだことで「売れ線狙い」として決めつけられてしまったこと、そしてこれが結構大きいと思うのだけど、2曲とも同じCBS所属のアーティストの手によるものだったため、「Milesのくせに」安易にタイアップに飛びついてしまったのか、と受け取られてしまった。復活から数年経って、そろそろアーティスト・パワーも落ちかけていたため、ますます格落ち感が漂っていたのも事実。

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 体調は相変わらず思わしくなく、ソロ・プレイもヘロヘロで力少なく、当然、全盛期の面影はない。ただ、それが逆に周囲の奮起に繋がったのか、すっかり生きた化石となったMilesをフォローし、みんなで盛り上げてゆくんだ、という思いがこのアルバムからは漂ってくる。ちょっと例えは古いけど、メインのジャイアント馬場の試合を盛り上げるため、前座の全日若手レスラーらが力を合わせて会場をヒート・アップさせているような、どこか優しいムードが基調としてある。
 「帝王、ちょっとこれやってみましょうよ」「よっしゃよっしゃ」という若手との掛け合いにも素直に応ずるMiles。若手の登竜門として、大きく門戸を開き続けているMiles。その姿勢は昔となんら変わらない。ただ、以前よりも目くじらを立てず、取り敢えず若いモンの言う通りやってみっか、的な腰の軽ささえ感じられる。
 そんな中で収められているのが、MichaelとCyndi Lauperの2曲。若手に勧められた曲が気に入ったのと、もしかしたら売れちゃうんじゃね?的な山師的な判断がこの2曲に集約されている。
 生臭くはあるけれど、決して不快ではない。やるからには徹底して、一吹入魂とでも例えられるような、印象的なフレーズを奏でるMiles。そこら辺がレジェンドと称される所以である。


You're Under Arrest
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1. One Phone Call / Street Scenes
 現代風ジャズ・オペラとでも形容できる、「ポリスとこそ泥」的な寸劇を軸に、愛想のないリズムが全編を支配する。今ではすっかり大御所のJohn Scofieldのオブリガードもここでは無難にまとめている。
 Stingがフランス人警官の役どころで出演しているのだけど、当初、ベースのDarryl Jonesの口利きでスタジオ見学だけの予定だったのが、急きょレコーディングに参加することになった、という逸話がある。この後、Stingは制作中だった自身のソロ・アルバムのためにDarrylを引き抜き。しかもSting参加によってギャラが発生してしまい、その支払いでCBSとひと悶着、レーベル移籍の引き金になったという、いろいろといわくつきのナンバー。
 ちなみにMilesの出番は少なく、存在感も薄い。オープニングなのに、これでいいの?

2. Human Nature
 とはいっても、ここで思いっきり存在感を出す帝王。オリジナルはご存知Michael Jackson、1983年ビルボード最高7位のヒット・チューン。7位とはずいぶん低いと思われそうだけど、大ヒット・アルバム『Thriller』からは多数のシングル・カットがされており、この曲は5枚目。そりゃインパクトも薄くなるよね。
 ほぼ独自性もないシンプルでストレートなバッキング、時代を感じさせるシンセの音色、Scofieldもひたすらリズムを刻むだけ。
 なので、Milesのソロが光っている。この時期にしては珍しく饒舌に、しかも時にウェットなプレイを見せている。晩年のセット・リストではほぼ定番のナンバーとなっていたため、それだけ楽曲が気に入ったということなのだろう。決して売れ線狙いで、と言ってはいけない。
 実は俺が最初に聴いたのはライブ・ヴァージョン。ミックス・テープのサイトで見つけたのが、1989年モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのChaka Khanとの共演テイク。Youtubeでも見ることができるけど、ここでの2人は神々しささえ感じられる。ほんと、音楽の神が降りてきた、というのはこういったことを指すんだな、と思えた瞬間。



3. Intro: MD 1 / Something's On Your Mind / MD 2
 シンセの古臭さが気になってしまうけど、2.に続いてMilesのプレイも調子がいい。しかしそれより気になってしまうのが、Milesの甥っ子Vince Wilburnのドラム・プレイ。オリジナリティもなく、無難で味もないプレイが曲を壊してしまっている。これじゃ安手のフュージョンだ。ジョン・スコも引っ込み過ぎ。もうちょっと頑張れよ。
 
4. Ms. Morrisine
 Darrylの8ビート・ダウン・ストロークによってロック・テイストを感じさせる、ブルース・テイストのナンバー。こういったシンプルな曲でこそ、Milesのソロは光る。終盤のJohn McLaughlinのソロがまた哀愁を掻き立てる。

5. Katia Prelude

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6. Katia
 そのMacLaughlinの当時の夫人、フランス人ピアニストKatia Labèqueの名前からインスパイアされた、かどうかは知らないけど、たまたまスタジオにいたんじゃないかと思われる。旧知の仲だけあって、ついついイジりたくなってしまうのだろう。
 やっぱりこれはMilesとMcLaughlinのアルバムなんだな、と思える瞬間が多々みられる。2人のインタープレイの掛け合いは気心の知れたセッションという生易しいものではなく、まさしく真剣勝負。『Jack Johnson』から14年、機は熟し、再度のつばぜり合いは引き分けとなった。

7. Time After Time
 こちらも超有名、永遠のスタンダードとなったCyndi Lauper一世一代の名曲のカバー。オリジナルは1984年、ビルボード首位の栄冠にも輝いた。
 そこまでベタに有名な曲であるはずなのに、そしてほんと素直にメロディをなぞっているだけなのに、このピュアさはなんだ。 ヴォーカルが入ってない分、メロディの美しさがすごく引き立っている。そしてMilesもまた、この旋律に自ら酔いしれている風もある。あまりに完璧に組み立てられたメロディは、生半かな気持ちで吹くわけにはいかない。
 余計なアドリブも入れずただ素直に、それだけでいい。
 Milesによって新たな視点で注目され、使い捨てのヒット曲に終わらずに済んだ奇跡のナンバー。



8. You're Under Arrest
 16ビート高速ファンクのタイトル・ナンバー。なんかリズムが違う、と思ったらやっぱりAl Fosterだった。熟練の技がすべて良いとは言わないけど、親類のコネで入ってきた男はやっぱり評価されづらい。こうやって比較して聴いてみると、悲しいくらいテクニックの差が歴然としているのがわかる。だってジョン・スコだってプレイが全然違うもの。

9. Medley: Jean Pierre / You're Under Arrest / Then There Were None




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