folder 1994年リリース、12枚目のオリジナル・アルバム。イギリスの弦楽四重奏集団Brodsky Quartetとのコラボレートとなった前作『Juliet Letters』が、セールス的には残念な成績で終わってしまったので、UK2位US34位は通常ペースに戻したと考えてよい。
 ほぼポップ性とは無縁な弦楽四重奏とタッグを組んだコンセプト・アルバムなんて、この時代でもすっかりオールド・ウェイブ扱いだったというのに、思いつきとノリでやってしまうのが、良く言えばフットワークの軽いところ。そんな退屈なアダルト路線から一転、泣く子も黙る現役ロッカーとしてステージに復帰したのだから、90年代Costelloでは人気の高い作品である。

 今も現役アーティストとして、大御所にしては珍しく、ほぼ1、2年間隔と短いスパンで新作をリリースするCostello。他アーティストとのコラボやトリビュート盤参加なども含め、リリース・アイテムがめちゃくちゃ多い人なので、決定的なアーティスト・イメージというのを絞り切れないことが、日本でいまいちブレイクできない要因でもある。
 日本の多くのライト・ユーザーが持つイメージに限定すると、「とくダネ」のオープニングの人か”She”の人、といったところなんじゃないかと思う。この2曲に特化すると、”Veronica”のオールディーズ調パワー・ポップと、”She”のようなベッタベタに情緒溢れまくりラブ・バラードの両面を併せ持ったアーティストという、どうにも両極端な印象になってしまう。全然違うよな、確かに。
 じゃあ他はどんな曲をやってるのか、ともう少し深く掘り込んでいくと、これまた印象が変わってくる。ちょっとロック好きな音楽ファンなら、「70年代パンクを起点としたベテラン・ロッカー」という視点になってくる。ミスチルの”シーソーゲーム”のPVの元ネタの人、と言ったらわかりやすい。
 以前紹介した『My Aim is True』も『This Year’s Model』もUKニュー・ウェイブの名盤として広く知られており、ディスク・ガイドでも紹介率が高い。ちなみにアメリカの雑誌『Rolling Stone』が発表した「500 Greatest Album」では、『This Year’s Model』が98位、『My Aim is True』が 168位にランクインしている。他のアルバムでは『Imperial Bedroom 』が166位、『Armed Forces』 が475位。こうして見ると、世界的にも初期の作品の需要が高いことがよくわかる。『King of America』も『Spike』も入ってないのかよ欧米人ってセンス古いよな、と思ってしまうけど、最大公約数で考えるとこんな風になってしまうのかな。
 
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 で、代表的な初期のアルバムをひと巡りした後、もうちょっといろいろ聴いてみようとなると、その音楽性はさらに混迷を増してくる。以前にも書いたけど、ひとつの音楽性をとことん突き詰めるタイプのアーティストではない。むしろ手当たり次第、その時自分に最も興味があるジャンルを、合う・合わないを考えず、ひとまずやってみる、といった人である。ロジックで動かないのは、一流のアーティストたる所以である。
 正直、純粋なロック・サウンドでアルバム1枚丸ごと作られているモノは少なく、カントリーもあればポップ・ソウルもあり、あからさまにヒット狙いの80年代シンセ・サウンド、前述した『Juliet Letters』などなど。このアルバム・リリース後も、Burt Bacharachと王道カクテル・ポップスをやったり、London Symphony Orchestraと組んで本格的なバレエ音楽に挑戦したりしている。ついこの前はヒップホップ・ユニットThe Rootsとコラボしたりなど、まぁ節操がない。 
 キャリアを重ねてきたミュージシャンがマンネリ防止のため、別ジャンルのテイストを取り入れるのはよくあることだけど、この人の場合はその振れ幅がハンパない。ワーナー移籍後あたりからはギャラの高騰もあって、Paul McCartneyやAllen Toussaintなどのビッグ・ネームと組むことが多くなったけど、昔はもっと気軽に、同世代のSpecialsのアルバム・プロデュースを引き受けたり、新人バンドだったPoguesの面倒を見たりなど、フットワークが軽かった。結果は様々だけど、それだけオファーのやり取りが続いているのだから、やはり同業者にとってCostelloと組むメリットは大きいのだろう。
 様々なジャンルを手当たり次第、縦横無尽に行き来するその姿は、一見根無し草のように思われることが多いけど、ミュージシャンである前に無類の音楽マニアだったCostello、これまで世に出してきた作品はすべて、過去に影響を受けた楽曲への熱いオマージュの賜物である。一見畑違いのような作品も見受けられるけど、彼の中では常に一貫している。興味のない音楽に手をつけた事はない。ないはずだ。そう信じたい。

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 で、こうした大きく揺れる振り子の中心にあったのが、デビュー以来、長らく行動を共にした盟友Attractionsの面々である。運動エネルギーのバランスが崩れると、振り子は乱舞した末、その動きを止めてしまう。Attractionsという確固たる中心があったからこそ、Costelloの音楽的冒険は成立していたんじゃないかと思う。もし彼らの存在がなかったのなら、Costello同様、あらゆるジャンルに手をつけまくって迷走したあげく、一時期業界からフェードアウトしてしまったJoe Jacksonみたいになってしまったのかもしれない。復帰後のJoe、マイペースで俺は好きだけどね。
 そういった絶妙のパワー・バランスに変化が生じたのが『King of America』で、ここでのConfederatesとの共演がCostelloの心境に変化を及ぼすことになるのだけれど、実際はそれ以前から食い違いが生じていたのは事実である。
 後期Beatlesのエンジニアも務めていたGeoff Emerickプロデュースによって制作された『Imperial Bedroom』。前述の「500 Greatest Album」でもランクインしてるように、初期のガレージ・パンクのスピリットを残しつつ、スタジオ・テクニックを駆使した洗練されたサウンドを展開した名作である。『Abbey Road』B面的なメドレー形式を導入することによって、これまでのどのアルバムよりもトータル・コンセプトがしっかりして完成度が高まった。なので、Attractionsとしてのバンド・サウンドは一旦、ここで完成を見ている。4ピース・バンドとしてのサウンドは円熟の極みに達したので、次に彼らが向かったのが実利面、トップ40に常に顔を出すヒットメーカーとしてのミッションである。クオリティ面での充実を図った末、幅広い外部評価を求めるのは自然の理ではある。あるのだけれど。
 『Punch the Clock』『Goodbye Cruel World』という、これまでのバンドのポテンシャルを維持しつつ、思いっきり世間に迎合したアルバムをリリースしたのだけれど、これまでのセールスと大して変わり映えしない成績に終わってしまい、なんとも微妙な心持ちになったCostello。「ヒットの方程式通り作ってみたのに大して変わらないんじゃ、作るんじゃなかった」と意気消沈して向かったのが、彼のバックボーンのひとつである、古き良きアメリカン・カントリーの世界だった。『King of America』自体、もともとAttractionsとConfederates半々でレコーディングするつもりだったのが、案外アメリカ・セッションがノってしまい、結局Attractionsの出番は1曲のみ。新たな可能性を見出したのが契機となった。
 次の『Blood & Chocolate』で仕切り直し、再度Attractionsとのセッションを行なうけど、そりゃあもう険悪なムード満載、演奏にも露骨に出ちゃってる。仲介役として取り成すはずだったNick Loweは相変わらず卓の前で酔っ払ってるし。

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 そんなケンカ別れ的なセッションから数年経って、久し振りに顔を合わせて制作されたのが、この『Brutal Youth』。一旦距離を置いてクールダウンしたおかげもあって、前回ほどの険悪なムードは薄い。ベテラン・バンドとしての円熟味あるバッキングと、全盛期さながらにロック・スタイルのヴォーカルをがなり立てるCostelloとのアンサンブルは、やはり親和性が高い。初期のガムシャラさも前回のヤケクソ感も一緒くたになって、きちんとバンドが一体となったサウンドが生み出されている。
 テクニックの上手い下手ではなく、誰か一人が特別目立っているわけでもない。これまでいろいろあったけど、久し振りに顔を合わせてせーので音を出してみたら、ブランクを感じさせない昔のサウンドができちゃいました、といった感じ。「変わんねぇよなぁお前」「お前もな」とか言いながら。でも、確実にレベルは上がっている。


Brutal Youth
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1. Pony St.
 初っ端からなんだけど、Attractionsではなく、ベースがNick Lowe。難しいフレーズは俺苦手だから、あとはBruce呼べばいいじゃん、という経緯があったのだけど、いやいや充分カッコいいでしょ。ただ単にめんどくさかったんだろうな、全曲やるの。
 オープニングからテンションMAXのストレートなロック・ナンバー。



2. Kinder Murder
 ちょっと時期がずれて、92年のPeteと2人だけのセッション。ベースもCostelloが別録り。さすがに2人だけなので、テンポはミディアムだけど疾走感は充分表現されている。ギターのオブリなんか楽しそうに弾いてるんだろうな、という様子が窺える。あまり評価されてないけど、歌モノのバッキングでのCostelloのギター・プレイはイイ感じでツボを押さえている。引き出しは少ないんだけど、その辺がPrinceと通ずるものがある。

3. 13 Steps Lead Down
 その歌モノと初期パッションとのミクスチュアの結晶がこれ。ここでBruce登場となり、Attractionsが成立する。
 バンドというのは生き物だとよく例えられるけど、そのわかりやすいケース。みんなギアが一段上がったようなプレイが展開されている。それでいて互いの音をきちんと聴いていて、アンサンブルがしっかりしている。
 何度もテイクを重ねたのではない、ちょっとした音合わせだけで完成させてしまう、円熟に達したバンドのポテンシャルが克明に記録されている。
 UK最高59位だけど、まぁそんなもんだよな。



4. This Is Hell
 Attractions、今度はシットリしたバラード。ループ音っぽいドラムの音は、当時Tchad Blakeとのタッグで一風変わった音像を創り出していたMitchell Froomのエンジニアリングによるもの。
 甘いメロディとヴォーカライズで「こりゃ地獄」とささやくCostello、こういった皮肉の効かせ方はやはり英国人なんだなということを再認識させてくれる。

5. Clown Strike
 珍しく4ビートでジャジーな演奏とシカゴ・ブルースっぽいソウルっぽい・テイストの入った、Attractionsではあまりなかったタイプのナンバー。と思ったらNick Loweが入ってた。

6. You Tripped At Every Step
 なんだかすごく安心して聴けてしまうミディアム・スロー。Attractionsによるシンプルな演奏、取り立てて目立つフレーズもない。Costelloも一音一音大切に、しっとり優しいヴォーカライズ。でも、バンドのアンサンブルの妙によって、グイグイ引き込まれてしまう。
 一応、シングルとしてリリースされてはいるけど、ランクインはせず。俺的に、そして年季の入ったファンにとっては、このアルバムの中でも結構上位に位置するのだけれど、まぁ地味だよな、確かに。

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7. Still Too Soon To Know
 またNick Loweかよ。ほとんどソロと言ってもいいような2分程度の小品バラード。アルバム構成的には幕間として、こういった曲も必要だとは思う。もうちょっと長くして『North』あたりに入れてれば…、いやそれでも地味か。

8. 20% Amnesia
 その7.の後なので、こういったパンキッシュなナンバーが映えてくる。なんだこの勢い一発みたいなナンバー。しかもトリオ編成、20%記憶喪失?ギターの音も重い。ドラムはハネまくり、思いつきのような後入れベース。
 でも、ちゃんと楽曲として成立している。これだけメチャクチャな構成なのに、残るのは意味不明な爽快感。「細けぇこたぁいいんだよっ‼」とギター抱えて吠えまくる、汗だくのCostelloの佇まいよ。

9. Sulky Girl
 打ち込みも交えた静かなオープニングから、一体感を増したバンド・サウンドが徐々に展開されてゆく。昔ならもっとアッパー系のポップ・ロックになっていたところを、ここはアダルトなロックで抑え気味。よく聴くと、妙に変な転調があったり構造的にはいびつなのだけど、やはりここがバンドの実力発揮なのか、きちんとドラマティックな変遷を表現している。
 リード・シングルとしてUK22位。

10. London's Brilliant Parade
 こちらもファンの間では人気の高い、この時期にしてはメロウさを強く出したバラード。Costelloもここではヴォーカルに力を入れており、多彩な表現力を披露しているので、ソロと勘違いしそうだけど、やはりAttractionsの鉄壁のリズム・セクションがしっかり土台を支えている。Bruceの歌うようなベース・プレイはビターなテイストがあり、甘くなりがりなところに苦みを効かせている。



11. My Science Fiction Twin
 なので、ここでNick Loweにベース・チェンジしてしまうと、その単調さが目立ってしまう。ストレートなガレージ・ロックなので、あまり小技は必要なさそうなナンバーなのだけど、Pete Thomasが迫真のプレイを見せているだけに、どうにも惜しい。

12. Rocking Horse Road
 Mitchell Froomが切り開いたオルタナ・カントリーのテイストが詰まったバラード。生音を人工的な響きに加工するリズム・セクションは彼の発明ではないけど、それを土着的なアメリカ音楽に導入したのは、彼の功績。
 Costelloのギターも歪みまくって奥に引っ込んだ音像なので、もうちょっと前に出てきてほしいところ。でも、これならNick Loweでもいいな。

13. Just About Glad
 ここでは凡庸なアメリカン・ロック的なアレンジになっているのだけど、この曲に限っては後のライブ・ヴァージョン、バラード・アレンジの方が良い。ていうかCostello、これに限らず自作曲の新解釈として様々なアレンジを試すことが多く、今ではこれもバラードの方が定番となっている。
 ライブで完成形に近づけてゆくのはDylanが行なってる手法であり、シンガー・ソングライターにとって楽曲というのは熟成されてゆくもの。なので、その時点においての完成度というのは、あまり意味を成さない。

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14. All The Rage
 こういったカントリー・タッチになると、まぁNick Loweでいいか、という感じになってくる。彼への要望としては、もっとコーラスに積極的になって、Costelloとのユニゾンを聴かせてほしいところ。”Baby It’s You”聴きたくなっちゃったな。終盤のギャロップ・ギター・ソロがレア。

15. Favourite Hour
 ここまで直球のバラードで締めくくることはないのだけど、何か思うところがあったのだろうか。ほぼSteveのピアノのみ、シンプルなソロ・ヴォーカル。
 懐古的な歌詞は振り返るためじゃなく、前を向くためのものだったはず。はずだったけど、かつての粗暴な若者たちは分別を持ち、相容れぬ一人はバンドを去った。あの時にはもう戻れないのだ。




 ほんとはここでCostello 自身、そしてAttractionsもまた、ここが起点であることを再確認し、互いのソロ・ワークも優先しながら、何年かに一度再結集してアルバム制作に挑むはずだったんじゃないかと思われる。Neil YoungとCrazy Horseのように、長いスパンでの運命共同体的な。
 でも、そううまくはいかないもの。今もInposterとして行動を共にする、キーボードのSteve Nieve、ドラムのPete Thomasとの関係は修復されたものの、ベースのBruce Thomasとの関係は拗れたまま、元に戻ることはなかった。そんなこんなでAttractionsは空中分解、これ以降、彼ら名義での作品はリリースされなくなった。一人欠けてもAttractionsではなくなってしまう-。メンバーみな、そう思ったのだろう。
 なのでCostello 、これ以降、しばらくはロック・スタイルのアルバムをリリースしなくなってしまう。だって、演奏してくれる人がいないんだもん。
 ここではないどこか、帰る場所を求めて再び、Costelloの音楽的冒険が始まることになる。



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