folder 1990年リリース、Princeにとっては12枚目のスタジオ・アルバム。同名タイトルの主演映画3作目のサウンドトラックとして製作されたのだけど、一応ファンの間では好意的に迎えられた前作『Under the Cherry Moon』よりも、興行的にも作品レベル的にも大きく下回った。かつての盟友The Timeの復活を祝い、Prince自身によって彼らのための映画を企画、大ヒット映画『Purple Rain』の続編というフレコミで、ファミリー総動員で挑んだのだけど、日本では公開はおろかビデオ発売さえ叶わず。
 よって、Princeの映画事業への関与はこれは最後になった。多分、よっぽど懲りたんだろうな、この後はサントラひとつ製作してないし。ていうか俺も当然見てないし。

 で、メインである音楽の方だけど、セールス的にチョイコケした『Lovesexy』→開き直りが福に転じた前作『Batman』という流れから、今度はサウンドもビジュアルも俺様プロデュースでウハウハだ!と思ってたかどうかは不明。「この音楽を理解できないのはお前らが悪い」と平然とした顔で言ってしまう人なので、US6位・UK1位は彼にとっては消化不良的な実績である。大ヒット作『Batman』を抜きにして考えればそこそこなんだろうけど、今回の『Graffiti Bridge』がUS・UK共にゴールド・ディスク止まりだったのに対し、『Lovesexy』はUKでプラチナを獲得している。好き放題マニアックに作り込んでのプラチナ・ディスク、豪華ゲストを迎え入れて販促予算もかけたのにゴールド止まり…。こう書いてしまうと随分贅沢な悩みっぽく思えてしまうけど、周辺スタッフのアワワアワワ具合が、殿下の不機嫌具合にさらに拍車をかけたんじゃないかと思われる。

 前代未聞の衝撃的なジャケットを飾った『Lovesexy』は、曲間の切れ目をなくしたアルバム全1曲という型破りな仕様によって、ライトなファン層をドン引きさせてしまった。そういった反省もあって、ワーナーの要請によるサントラ『Batman』では思いっきりわかりやすく大衆向けに舵を切り、キャッチーで明快なポップ・チューンを多めに入れることによって、Prince顕在をアピールした。この路線を続ければよかったのだ。
 それなのにどこをどう間違えてしまったのか、George Clintonなど、明らかに自分より「濃い」キャラクターのゲストを入れ過ぎてしまった。おかげでメインであるはずのPrinceの存在感が霞んでしまい、サウンド・コンセプトのフォーカスがボケてしまっている。
 本格的なCD時代に対応して、収録時間も70分弱と大幅にスケール・アップしているのだけど、同等のボリュームであるはずの『1999』や『Sign “o” the Times』と比べて冗長な感じがしてしまうのは、多分俺だけではないはず。ゲストのトラックは映画オンリーに止め、アルバムは純粋にPrinceのトラックだけでまとめてしまった方が、聴きやすくソリッドな作品に仕上がったはずなのに、映画のコンセプトとの親和性など、余計なことを考えちゃったのが、このアルバムの弱点である。

thieves

 ちなみにこのアルバムがリリースされた1990年後半のビルボード・アルバム・チャートを見てみると…、ひでぇなこれ。
 前半をMC Hammer、後半をVanilla Iceが独占している。この年はSinéad O'ConnorがPrince作”Nothing Compares 2 U”でUS1位を獲得、変態ファンクばかりフィーチャーされてきたPrinceのソング・ライティング能力に注目が集まった年でもある。そう、このくらいのことはやればできる人なのだ。Bangles “Manic Monday”だって書いてるんだし。
 その前年にはJanet Jacksonが『Rhythm Nation』で才能が開花、Jackson ファミリーの末娘というキャラクターからの脱皮を図っていた。もう少し経つと、NirvanaやPearl Jam、Nine Inch Nailsなどのオルタナ/グランジ系バンドがメジャー・デビューするようになる。いわゆるロキノン系アーティストの勢力が拡大しており、ダンス・シーンでも先鋭的なグラウンド・ビートが席巻し始めていた。
 なのに、セールス的には「こんな奴ら」にすら歯が立たなかったのだ。New Kids on the Blockやあのインチキ・ユニットMilli Vanilliがチャート・トップに立っていた時代である。このメンツだと、Phil Collinsさえひどくマジメなアーティストに見えてしまう。
 時代の徒花として刹那的な流行りモノが上位にランクインするのは、今も変わらず見られる傾向である。あるのだけれど、でもね。
 選りにも選ってMC Hammerに通算21週もトップを取らせるだなんて、なに考えてんだアメリカ人。

 よく言われていることだけど、Princeのサウンド傾向の節目と言えば、やはり『Lovesexy』以前と以後という形になる。この『Lovesexy』まではPrince無双、彼の革新的なサウンドが音楽シーン全体をリードしている空気感が確実にあった。もっと特定してしまうと『Purple Rain』から『Lovesexy』まで、ニュー・アルバムが出るたび注目が集まっていたのがこの時代である。言ってしまえば「モテキ」である。やる事なす事絶賛の嵐、すっかり舞い上がってジャイアン状態が助長されている。映画出演や製作についてはちょっとアレだったけど、当時はそんな躓きも殿下のオアソビ的扱いで、さしてシリアスな批判も湧かなかった。
 革新的なリズム・アプローチ、予測不能でありながらキッチリ計算し尽くされたステージ・パフォーマンス、滅多にインタビューを受けない事によって神秘のヴェールに包まれたプライベート。何から何まで思うがまま、リアル・ジャイアニズムが通用していたのがPrinceの80年代である。

prince_npg615x462

 あらゆる方面から天才と崇め奉られたPrinceだったけど、一から十まですべてを独力で創り上げたわけではない。良質な音楽は良質な体験のもとに育まれるものであって、Princeもまた例外ではない。
 このアルバムではPrinceのオファーによって実現したGeorge Clintonとのコラボが収録されているのだけど、「ファンクと言えばJB、JBと言えばP-Funk」といったように、大いなる過去の遺産へのリスペクトに基づいたものである。もちろんJB周辺人脈だけではなく、のちにコラボすることになるLarry GrahamやSlyなど、他のファンク・レジェンドからの影響も色濃いけど、彼の場合はそこにプラスしてSantanaやジミヘン、Joni Mitchellなどのロック/シンガー・ソングライター的要素も自身のオリジナリティにミックスしたため、他のソウル/ファンク系アーティストとの差別化を図れたんじゃないかと思う。
 彼の先鋭性が通用した80年代中盤というのは、他ジャンルとのミクスチュアが充分浸透していなかったせいもあって、ひどく目新しく映っていた。ブラック・ロックと称されたFishboneも目立った存在ではなかったし、レッチリも当時はアングラ・シーンでの活動だった。
 その風向きが変わり始めたのが80年代後半くらいから、ソウル・シーンにおいての絶対王者Princeとは別のラインで台頭し始めたのが、ヒップホップ/ラップ・ムーヴメントのメジャー展開。
 「楽器が弾けない/歌えないのなら、レコードからいいフレーズを抜き出して繋げりゃいいじゃん」というコペルニクス的転回からスタートしたヒップホップは、レコード・スクラッチや低予算ゆえのチープ機材使用など、さらなる発想の転換によって80年代に大きく飛躍していった。
 メジャーで最初に大きく売れ出したのがRun D.M.C. “Walk This Way”なのだけど、当時ロートル・バンドのレッテルを貼られていたAerosmithをフィーチャーして作られたトラックは衝撃的で、MCバトルの原型とも言えるPVもお茶の間では案外好意的に迎えられた。ただ、30年ほど経った今になって聴いてみると、Aerosmithのオリジナルが秀逸だったのであって、Run D.M.C.のライムやトラック処理などは稚拙なものである。
 彼らだけじゃなく、当時のヒップホップのアルバムと言えば、JB周辺のシングルのフレーズを無造作につなぐだけ、そのつなぎとなるライムもまだきちんと確立されておらず、クオリティとしてはお粗末な状況だった。Beastie Boysだって最初は”Smoke on the Water”のリフに合わせてウェーイ的にガナるだけだったし。
 それがうまく回り始めたのがDe La Soulが出てきた辺りなんじゃないか、というのはいまだヒップホップに興味のない俺の私見。それまではむき出しの素材を無造作にくっつけていただけだったのが、バトルと言うよりリア充の会話っぽい脱力系のライムや、Steely Danまでネタに使ってしまう卓越したセンスによって、一般のロック・リスナーの関心も惹きつけてしまったのは、彼らの功績なんじゃないかと思う。彼ら以前までは、ロックのリスナーはロックしか聴かず、その逆もまた然りだったのだけど、彼らやA Tribe Called Questの登場によってボーダーレス化が一気に進んだ。

Immagine1-11

 他ジャンル・アーティストとの交流やコラボが活性化することによって、ミクスチュア・ミュージックの裾野は大きく広がっていった。Rage Against the Machine が登場するのはもうちょっと後だけど、Public Enemyの先駆性はその下地を整えつつあった。かつてPrinceが行なったミクスチュアはエッセンス程度のささやかなものだったけど、彼らはもっと大胆に、しかも彼が切り開いてきたニュー・ファンク・スタイルを踏み台として、未開の領域を次々と邁進していった。
 かつてはPrinceも、JBの発見した未開の地を疾走する1人だった。歴史は繰り返す。

 そういった行程を辿ってきたこともあって、自分の音楽がオールド・スタイルになりつつあることは、Prince自身理解はしてたんじゃないかと思われる。いくら俺様とはいえ、世間の趨勢には勝てないのだ。ただ、理解はしているけど即納得できるかといえば、それはまた別問題。
 ワーナーとの契約上、これまでの路線から逸脱し過ぎたアルバムを作るわけにもいかない。『Black Album』は自分のジャッジで販売中止にしたけど、あの頃とは状況が違っている。今のダンス・シーンに寄り添い過ぎたアルバムを作ってもワーナーに拒否されそうだし、第一それは自分のプライドが許さない。
 といった経緯があったのかどうかは想像でしかないけど、こう考えると、のちの一連の改名騒動にも説明がつく。別人格・別プロジェクトで違う音楽をやってみたいと思うのは、真摯なアーティストの抑えきれない表現欲求の発露である。Princeのブランドを維持しながら、現代のコンテンポラリー・サウンドにおもねってゆくのは限界がある。バランス次第ではチャートに媚びたように映り、商品価値は大幅に目減りする。安易にブランドを安売りするわけにはいかないのだ。
 世界を股にかけてきたジャイアンに、迷いが見えてきた頃である。


Graffiti Bridge
Graffiti Bridge
posted with amazlet at 16.03.11

Warner Bros / Wea (1994-10-26)
売り上げランキング: 30,085





1. Can't Stop This Feeling I Got
 軽快なポップ・ロック。難しいことを考えなければ、普通にノリも良くて好きなタイプ。4分ちょっとの間にコロコロ曲調も変わり、あれこれいろいろ詰め込んでいるのに、コンパクトにわかりやすくまとめられている。Princeイコール独創性と捉えるのは短絡的。こういったのもアリ。

2. New Power Generation
 次作から使用されるバンド名義を冠したポップ調のファンク・チューン。呪術的なサビのコーラス、映画のワン・シーンから流用されたエフェクトも臨場感がある。中毒性のあるリフレイン。
 第2弾シングル・カットとして、US64位UK26位という成績。もっと上に行ってほしかったな。

3. Release It
 ここでのアーティスト・クレジットはThe Time。ま、バック・トラックはほとんどPrinceなんだけど。なぜかサックスにCandy Dulferが参加。確かにいつものホーン・セクションと比べるとファンキー成分がちょっと薄め。なんで彼女だったの?
 Morris Dayのラップのうまい下手はともかくとして、エッセンス的にラップを導入するのではなく、ここまでガッツリ取り組んだのは、多分このトラックが初。まずはMorrisで試してみたんじゃないかと思われる。

tumblr_lprmebsCpz1qfrtwfo1_500

4. The Question Of U
 『Parade』期のサウンドと直結したスロー・ナンバー。得意のSantana風ギター・ソロも健在。深いルーム・エコーを使ったハンド・クラッピングは、わかっちゃいるのにいつもドキッとさせられる。やっぱこれでいいんだよ、この人は。変にラップに色目を使うより、手癖の多いギターを弾いてる方がしっくり来る。

5. Elephants & Flowers
 象と花。歌詞を読んでないのでわからないけど、多分何かのメタファー。曲調的に1.と近いけど、コンセプト的に繋がってるのかな?
 相変わらずギター・プレイはかっこいい。そこに合わせたのか、ヴォーカルもワイルドになっている。

6. Round & Round
 若干15歳の天才ヴォーカリストTevin Campbellとのデュエット・ナンバー。ていうかここはほぼTevinが主役、Princeはコーラス程度の働きしかしていない。よっぽどTevinを売り出したかったのか、ほとんどドラム・マシーンのみのシンプルなバッキングで、彼の歌を活かした作りになっている。
 Princeのファルセット仕様人格Camille的なものを狙ったのかもしれないけど、声質的にPrinceのメロディとの親和性は薄い印象。Soul II Soul的なサウンドを志向したのかもしれないけど、合わねぇなやっぱ。

250_tevin_campbell

7. We Can Funk
 P-Funkの総帥であり、ファンクの御大George Clintonとのデュエット・ナンバー。単なるアッパー系ファンクが多かったPrinceだけど、ここでの彼は「タメ」のファンク。こういったサウンドのとっ散らかりようこそがP-Funkなのだな、というのが理解できる。当時の御大はP-Funk休止中で本調子じゃなかったのだけど、ねっとりまとわりつくオーラは健在。無言の圧力に押されたPrince、ここでは持てる手の内をすべてさらしている。

George-Clintony-at--011

8. Joy In Repetition
 メドレー形式に続くロッカバラード。”When Doves Cry”と似た曲調なので、ビギナーも馴染めるはず。いや無理かな?俺的には全然アリだけど。
 デカダン的な終盤のギター・ソロはドラマティック。相変わらずいつもの手癖なギターだけど、こういったのは定番が一番。しかしPrinceのギター・フレーズって、先読みしやすいよね。リズムは神出鬼没なのに。

9. Love Machine
 メイン・クレジットはThe Timeだけど、ほとんどのリードはElisa Fiorilloという女性シンガー。今までずっとCamillと思っていたのだけど、ほんとの女性が歌っていることに驚いてしまったという、なんとも複雑ないきさつ。
 まぁ正直取るに足らないナンバーなのだけど、多分当時のお気に入りだったのか、それともワーナーのねじ込みだったのか。

10. Tick, Tick, Bang
 『Parade』のアウトテイクのレストア版と思われる、ワンコードで押し通すシンプルなファンク・チューン。変に凝ったサウンドより、こういったごまかしの効かない構造は、古株のファンにほど人気が高い。3分間という短さに詰め込まれたファンクネスは強烈な個性の塊。

princegroot2b_600

11. Shake!
 再びThe Time。なんていうかファニーな、ポップなだけの曲。でもそれがいい。Prince本人がやっちゃうと、もっと攻撃的などファンク・ナンバーになっちゃうところを、Morrisの程よいチャラさが軽くしている。続けてファンク・ナンバーになるとクドくなってしまうのを避けたのかもしれないな。

12. Thieves In The Temple
 先行シングルとしてリリースされた、ソリッドなロック・ナンバー。US6位UK7位は順当なところ。実際、日本でもFMでかかりまくってた。この時期のPrince、セールス的にはピークを過ぎていたけど、FMリスナーや輸入盤専門店ユーザーの間ではまだ絶大な人気を誇っていた。
 最初からシングル向けとして考えていたのか、非常にコンテンポラリーな構造の曲なのだけど、いま聴くと大衆性は薄い。サビも弱いのだけど、Princeのへヴィー・リスナーからすればベタ過ぎなくて人気は高い。

13. The Latest Fashion
 PrinceプラスThe Time名義での疾走感あふれるファンク・ロック・チューン。わかりやすいリズム・アレンジがダンス・チューンとしても機能しており、ノリも良い。『Parade』『Lovesexy』のコンテンポラリー・アレンジといった感じで、この路線でアルバム1枚作ってくれれば、ダンス・シーンへのニーズも満たしてくれたんじゃないか、とは俺の勝手な希望。

14. Melody Cool
 Mavis Staplesヴォーカルによるクールなファンク・バラード。この時点ですでにレジェンド枠だったため、押しの強さは絶品。ていうか存在感がありまくりなので、Princeがすっかり霞んじゃってる。バック・トラックのギミックっぽいエフェクトも、この音圧の前ではすっかりかき消されている。
 アシッド・ジャズ的なムードが漂っているため、俺的にはベスト・トラックのひとつ。

mavis-staples-ftr-1

15. Still Would Stand All Time
 深い闇夜を想起させる静かなバラード・ナンバー。地味だけどきれいなメロディ。こういったナンバーをアルバムに必ず1曲は入れるのが、この人の特色。中盤からのゴスペル・コーラスが神々しさを添えている。

16. Graffiti Bridge
 そのゴスペルに呼応されたように、ドラマティックに盛り上がりを見せるテーマ曲。Mavis、Tevinもコーラスに参加。大団円といった雰囲気は決して嫌いじゃない。全然Princeっぽくないといった意見もあるけど、こういった面もあるということは認めてあげてもいいと思う。ゴスペル・マナーに則った曲である反面、サイド・ヴォーカル2人の力量に頼りすぎる気もするけど。

17. New Power Generation (Pt II)
 2.のバック・トラックを流用したリミックス的エピローグ。ここでの主役はラッパーT.C. Ellis。まぁこんなもんじゃね?的なプレイ。正直ラップは俺、優劣はわからない。トラックの力が強すぎる気がして存在感が薄いような気もするのだけど、これはPrinceのアルバムなので、それで良いのかもしれない。




プリンス/グラフィティ・ブリッジ 特別版 [DVD]
ワーナー・ホーム・ビデオ (2008-07-09)
売り上げランキング: 330,803
The Very Best of Prince
The Very Best of Prince
posted with amazlet at 16.03.11
Prince
Rhino / Wea (2001-07-30)
売り上げランキング: 21,562