folder 1973年リリース、それぞれモータウンを代表する大物シンガー2人によるデュエット・アルバム。日本で例えると、山下達郎と竹内まりやが揃ったようなものである、と思ったのだけど、夫婦や恋人関係じゃないんだよな、この2人。
 一説には2人揃ってレコーディングされたものではなく、お互いバラバラにヴォーカル録りしたというエピソードも残ってるくらいなので、親密な間柄からは程遠い関係性が窺える。会社で言えば、第1・第2営業部の部長同士の共同プロジェクトといった方が正解かもしれない。そこは2人とも大人だから、親密さをアピールしてはいるけど。

 当時の2人のアーティスト・パワーからして、US26位UK6位という成績は、はっきり言っちゃえば大コケしたという印象。1+1のそれぞれ1は大きいため、相乗効果を狙ってはいたはずだったのだけど、単純な足し算効果も得られなかったのは、いま見ても不思議。6組ものプロデューサーを起用した贅沢なプロダクションで臨んだ結果、ジャケット・イメージ通りのトロけそうなメロウ・チューンを揃えているのね。
 Wiki を調べてみて驚いたのが、なんとこのアルバム、オリコン1位を獲得している。確かに名曲が詰まったアルバムではあるけど、そこまで当時の日本人に希求するほどの内容ではない。さすがに信憑性に欠けるので他のデータでも調べてみると、こっちではチャート・インすらしていない。一体、どれが正しいんだか。この時代は情報が錯綜している。

 1973年のモータウンがどんな顔ぶれだったのかというと、MarvinとStevie Wonderを中心とした革新派と、旧来のモータウン・ポップ・ソウルを遵守した保守派との2つに大別される。この他にもサブ・レーベルとして、Mo-westがSyreetaなど、保守・革新どちらにも分類されないオルタナ・ソウルを展開していたのだけど、大きな潮流には育たなかった。もう少し経てばCommodoresの登場によって、一気にディスコ・シーンへすり寄った音作りも導入されるようになるのだけど、それはもう少し後の話。
 革新派で前面に出ていたのがMarvinとStevieなのだけど、この2人ともそれぞれ独自の活動を展開していたため、派閥とは言えないゆるい結びつきだった。そもそもこの2人がコラボしてるところなんて見たことがない。オンリーワンの音楽性を持つニュー・ソウル勢が結束することはなかった。
 で、保守派の筆頭がDianaだったと言いたいところだけど、彼女は当時、モータウンの象徴的存在であって実績的にはそこそこ恥ずかしくない成績程度、実際のヒット・メーカーはJackson 5勢だった。Michael も本格的にソロ活動を始めたこともあって、この年だけでもライブを含めてアルバム4枚・シングル10枚をリリースしている。アメリカ公式だけでこれだけの物量なのだから、各国独断でリリースしたアイテムも含めると相当なものになる。実際の彼らの人気のピークはもうちょっと前に頂点に達しており、1973年は緩やかな下降カーブを描いていた頃なので、在庫総ざらえ感が否めない。

Diana & Marvin -  Inside 2
 

 これまでのモータウンのヒット必勝パターンが通用しづくなってきたのがこの1973年であり、そのヒット製造ラインにおんぶに抱っこだった保守派もまた、生き残りを賭けて各自模索していたため、強固な一枚岩とは言えなくなってきている。
 保守派の代名詞的存在とも言えるTemptations も意外に早くポップ・ソウル路線からの離脱を果たし、60年代末から隠れ革新派Norman Whitfieldプロデュースによる一連のプログレッシブ・ソウルへの傾倒具合を強めている。とは言っても彼ら、内実までエキセントリックなキャラクターになったわけではなく、ステージでは相変わらず気持ち良さそうに”My Girl”も歌っていたし、オーソドックスなコーラス・グループというスタイルを変えることはなかった。たまたまオルタナティヴな若手プロデューサーNormanが担当についたため、「まぁ好きにやってみろや」といった鷹揚な態度でサウンドを作らせていたらしい。「懐の深いベテラン上司をバックにつけた、若手社員主導による社内ベンチャー」と言えばわかりやすいかもしれない。リーダー格だったEddie Kendricksあたりが「ケツ持ちはやるから好きにやってみろ」とか言ってたのかな。
 日本で例えると、中田ヤスタカがダークダックスをプロデュースするようなものである。いや、ちょっと違うかな。

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 60年代をSupremesのメイン・ヴォーカルとしてスターダムの階段を駆け上がったDianaだったけど、次第にグループの勢いも落ち着いてきたため、70年代に入ると共にSupremesを卒業している。それを機に、モータウン定番のポップ・ソウルから音楽性を一新、アダルト・オリエンテッドなバラード・シンガーを志すようになる。
 US1位を獲得した”Touch Me in the Morning”を始めとして、ネスカフェのCMソングで有名になった”マホガニーのテーマ”(Theme from Mahogany ) など、日本のお茶の間レベルでも一定の認知はあった。カテゴリー的にはソウルではあるけれど、彼女が発する透明感のあるウィスパー・ヴォイスには黒人ヴォーカル特有のダイナミズムが希薄で、逆にオーソドックスにジャジー・テイストなサウンドとの親和性が高い。なので、彼女にとって この方向性は間違っていなかった。
 この時期のDianaはモータウン、ていうかオーナーBerry Gordyの方針として、単なるシンガーの枠に収まらないオールマイティなエンターテイナーを志向していた。その一環としての新たな試みが映画界への進出、それも結構真剣に女優としてのキャリアを歩んでいた。アカデミー主演女優賞にもノミネートされた「ビリー・ホリディ物語 (Lady Sings the Blues)」や、そこそこのヒットになった「マホガニー物語 (Mahogany) 」など、まぁカネに物を言わせた部分もあるだろうけど、とにかくハリウッド・セオリーに基づいた映画に次々と出演している。 多分DianaもGordyも理想像として描いていたのがBarbara Streisandのライフスタイルだったのだろうけど、あいにくDiana、彼女ほどのカリスマ性も足りなければ、真性のエンターテイナーに求められる『品格』が足りなかったのが決定的だったんじゃないかと思われる。
 こういった活動方針は先に述べたGordyの意向もあったけど、Diana自身の野心の目覚めも大きかったんじゃないかと思われる。単なるいちシンガーというだけでなく、ハリウッドへの進出を足がかりとして、行く末はセレブリティの仲間入りを目論んでいた節もある。実際はスタッフの尽力であったにもかかわらず「デビュー前の Jackson 5を発掘した」と喧伝してフィクサー気取りになったり、いい意味でも悪い意味でも、モータウンの中では別格扱いになっていた。

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 そういったDianaのお姫様気取りを面白く思わなかったのがMarvinである、と言いたいところだけど、そう単純な構図でもなかったんじゃないかと思われる。1970年代のMarvinはモータウンの枠組みにとどまらず、もっと広いフィールドで活動していた。ニュー・ソウル・ムーヴメントの最高傑作である『What's Going On』 をリリース、ここで「シリアスな社会派メッセージを訴える孤高のシンガー」というスタイルを確立すると、その次はまったく逆のベクトル、思いっきり個人的な「ただただ女の子とエッチしたいだけの精力みなぎる男」を描いた『Let's Get it On』によって、聖俗併せ持った奇妙なスタンスを獲得した。当時のMarvinの動向はソウル・シーンに限らず最重要項目であり、ミュージシャンなら誰もが彼の次のアルバムを心待ちにしていた。
 そんな状況だったので、Marvin的には自身の音楽活動と夜のクラブ活動で精いっぱいであり、モータウン内の勢力争いからは一歩身を引き、「俺関係ねぇし」といった態度を貫いていた。いたのだけれど、それもまた単純には行かない。当時のMarvinはオーナーGordyの姉と結婚していたのだけど、この頃から夫婦関係がこじれ始め、後に離婚をめぐる泥沼にはまり込むことになる。のちにMarvin、「妻Annaへの慰謝料稼ぎのために作られた」と揶揄されることになるアルバム『Hear My Dear』(邦題『離婚伝説』っ)において、延々未練がましい愛を歌うことになる。
 オーナーの身内と結婚しちゃってるのだから、一応Marvin自身もオーナー一族のひとり、完全に知らんぷりするわけにもいかない。業務命令で嫌々Dianaと組まされても、それなりにやる気をアピールしなくてはならない。いわゆる入り婿状態だったから、微妙に肩身も狭いだろうし、発言権も少なそうだしね。まぁ、黎明期から互いに屋台骨を支えてきたいわゆる戦友でもあるし、最近の女王さま的態度はちょっと鼻につくけど、別に俺メインじゃないからいっか、という感じで引き受けたんじゃないかと思われる。
 もともとモータウンでもドラマーとして入社して、「いつかNat King Coleみたいになれればなぁ」と思ってた人なので、強烈なスポットライトは好まず、むしろ裏方気質の人である。なのでこのアルバムでのMarvin、「そういった華やかな部分はDianaに任せとけばいいんじゃね?」的に開き直ったのか、悠然とした態度でサポート役に徹している。メインじゃない分だけプレッシャーも少ないので、ここではめっちゃロマンティックな歌声を披露している。
 このくらいはやればできる人なのだ。


Diana & Marvin
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1. You Are Everything 
 今回はじめて知ったのだけど、これって、アメリカではシングル・カットされていないのだった。これだけ有名な曲なのに、なに考えてんだモータウン。
 UK6位なぜかオランダ6位という、なんとも微妙な成績を残している。チャート以上のインパクトがある、「70年代ソウル・バラードの一番搾り」と言っちゃってもよいキラー・チューン。もともとオリジナルは当時のフィリー・ソウルのトップ・グループStylistics 1971年のヒットだけど、今じゃすっかりこっちのヴァージョンの方が有名。線の細いヴォーカルのDianaに比べて、ここぞとばかりにエロさ全開のMarvinの印象が強い。
 だからシングルにしなかったんだな、Gordy。



2. Love Twins 
 心地よい流麗なストリングスと、金属的な響きのウーリッツァーとのコントラストが印象的なミディアム・ナンバー。ストリングス・オンリーだったら甘くなりがちなところを、ノイジーなエフェクト的エレピとの対比によってサウンドが引き締まり、ただユルいだけじゃない、ひと味違うスロー・ファンクに仕上げている。

3. Don't Knock My Love 
 言わずと知れた「ドリフの早口言葉」のテーマ・ソング。ある年代以上の日本人にとっては、確実にDNAに刷り込まれてしまっているナンバーである。
 もともとはソウル・シンガーWilson Pickett作曲による泥臭いファンキー・チューンなのだけど、ここでは強烈なブラス・セクションによるリフレインによって、メロディアスなダンス・チューンに仕上げている。
 ここで特筆すべきなのは、やはり志村けん。当時の日本人のどれだけが、サザン・ソウルにまで目配りしていただろうか。しかも、このイントロをコントのテーマに使おうだなんて、並みのセンスではない。彼監修による『Free Soul』コンピレーションなんてのも聴いてみたい気がするけど、きっと照れちゃってダメなんだろうな、そういうのって。

4. You're A Special Part Of Me 
 USポップ・チャート12位を記録したシングル・カット第1弾、メロウなフィリー・ソウル・ナンバー。ここでのDianaとMarvinの力関係はほぼ互角、Marvinもユニセックスなファルセットからマニッシュなシャウトまで多彩な技を披露しているけど、ここではもう少しDianaががんばっている。ていうか、ヴォーカル・ミックスそのものがDiana 寄りになっているのに気づく。気づいてからクレジットを見ると、プロデューサーに「Berry Gordy」の名。
 なんだ、そういうことか。

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5. Pledging My Love 
 オリジナルが1954年ということなので、ロックンロール創世記にリリースされたソウル・バラードのカバー。こうして歌い上げるナンバーはMarvin の専売特許、スタンダード・ナンバー特有のバタ臭さも少なく、しかもエモーショナルにキメてしまうのは、やはり持って生まれた才能である。
 こういったソウル色の薄いナンバーはDianaとも相性が良い。キャッチーさは少ないけど、2人の声質には最もフィットしたナンバー。

6. Just Say, Just Say
 これを最後にモータウン所属のお抱えソングライターから卒業、後に自らアーティストとしてヒットを連発することになるAshford & Simpson、彼ら夫妻による珠玉のミディアム・バラード。なんと、これもシングルじゃなかったんだ。
 ここはさすが夫婦デュオによる製作だったためか、最も自然にデュエットっぽい仕上がりになっている。きれいに絡み合うユニゾン、互いの見せ場となるソロ・パート、どれをとってもきちんと計算されている。

7. Stop, Look, Listen (To Your Heart) 
 イントロが1.と似てるよなぁ、といつも思ってたのだけど、同じStylisticsのカバーだった。こういった世界観は当時のフィリー・ソウルが最強だった。
 Marvinにとってはメロウ過ぎるけど、Dianaには最も居心地の良い世界。ただ単にメロディアスなだけではなく、サビの「Stop」「Love」「Listen to Your Heart」、この流れが最高に心地よい。

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8. I'm Falling In Love With You
 ソフト・サウンディングながらも不思議なグルーヴを感じさせるミディアム・スロウ。Marvinのエモーションに煽られたのか、それとも「静」と「動」の対比を意識したのか、ここでのDianaのヴォーカルは熱い感情を秘めながらも、クレヴァーなスタイル。感情をむき出しにできるMarvinとはそもそもスタイルが違いすぎるので、敢えて引きずられないような抑え加減が絶妙。そうか、こういった歌い方もできるんだ。
 作曲クレジットのMargaret Gordyって誰だっけ?と思って調べてみると、Berry Gordieの当時の愛人Margaret Johnsonのペンネーム。他ではDianaのソロ・アルバムくらいでしかクレジットされていないので、実力のほどは測りかねるけど、少なくともこの曲はなかなかのもの。もしほんとに書いてたらね。
 ちなみに豆知識、このBerryとMargaretの間に生まれたのが、後にモータウンよりデビューすることになるRockwell。一発屋とも言えぬくらい微妙なセールスで終わってしまったけど、今ごろ何してるんだか。

9. My Mistake (Was To Love You)
 US19位にチャート・インした、ちょっとメロウながら8.同様ファンキーなサビを持つポップ・チューン。こういった曲調の時のMarvinは最強。ていうかDianaじゃなくってTammi Terrellとやって欲しかったと思ってるのは俺だけじゃないはず。
 作曲に携わっているGloria Jones、聴いたことあるよなぁと思って何気に調べてみると、やっぱりMarc Bolanの奥さんだった。さらについでに調べてみると、パソコンの中に彼女のソロ・アルバムが入っていた。レアグルーヴの流れで聴いてたんだな、確か。一曲目の”Share My Love”はなかなか奇妙なプログレッシヴ・ソウルでオススメ。



10. Include Me In Your Life
 ラストはポップでジャジーなテイスト。コール&レスポンスで2人のシンプルな掛け合いが絶品。地味だけど曲順的にはしつこくならず、最適な位置。モノローグの掛け合いも収録されているので、せめてこれくらいは一緒にレコーディングしたものだと信じたい。




 かなりメロウな作り、AOR的・フィリー・ソウル調など、従来のモータウン・スタイルとはまた性質の違ったサウンドになっている。もちろんMarvin的要素は薄く、かなりDianaのフィールドに寄せたサウンド構成になっているにもかかわらず、でもMarvinが全然負けてる気がしないのは、Marvinファンのひいき目だけじゃないと思われる。だってDianaって、聴いてても面白くないんだもん。俺的にはMarvinのヴォーカルの強さばかりに耳が行ってしまう。Dianaファンだったら「Marvinうぜぇ」って思うのかな。

 1973年のモータウンについてはもうちょっと語っておきたいので、次回のStevie Wonderに続く。



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