MI0001537701 1970年にリリースされたデビュー・アルバム。デビュー前はCurtis Mayfieldのところで下積みを経験、その時代にミュージシャン仲間とのコネを作り、このアルバムでもギターで参加しているKing Curtisの引きによってメジャー・デビューという流れ。
 ちなみにビルボードでは最高73位、R&Bチャートで最高33位というまことに地味なスタートだった。当時の反応がどうだったのかはわかりかねるけど、正直大ヒットするような作風ではない。

 1970年のソウル・ヒット・チャートで目立ったのが断然Slyの”Thank You”で、その後にCurtisが続いており、ニュー・ソウルの流れがチャートにも影響を及ぼし始めているのがわかる。この年は70年代ポップ・ソウルの頂点であるJackson 5がデビューしているし、スタックス/ヴォルト系の泥臭いサザン・ソウル勢ら、いわゆる保守層が上位にチャート・インしているのだけど、Edwin Starの”War”やTemtationsの”Ball of Confusion”など、保守層の代名詞ともいうべきモータウンでさえ、従来のよう伝統的なソウルに捉われないサウンドを続々送り出している。
 そんな玉石混交なチャートにおいて、Donny も”The Ghetto” を10位に チャート・インさせている。これまでのヒット・パターンやフォーマットに基づいた商品ではなく、作り込んだサウンドやコンセプトを前面に出して、表現手段としてのステップ・アップが、この時期のソウル・ミュージックの大きな特徴である。

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 当時のソウル系のアルバム・ジャケットといえば、大抵はきちんとしたスタジオでニカッと歯を見せながら笑う、アップのポートレートが多かった。アングルやシチュエーションは違えど、真っ白な歯を強調するような満面の笑み、それはソウル・アーティスト共通の表情である。
 考えてみると、これってポピュラー系だけの現象で、ジャズのジャケットにはあまり見られない。管楽器系は口元がふさがってるので仕方ないとして、鍵盤や弦楽器、打楽器系のミュージシャンにも笑顔はなく、大抵は深刻な悩みを抱えたシリアスな表情でフレームに収まっている。確かに演ってる音楽の性質上、天真爛漫な笑顔は似合わない気はする。もっと昔のビッグ・バンド系ならともかく、モダン・ジャズに笑顔はあまり似合わない。

 で、ここでのDonny 、その例に漏れず、確かに満面の笑みである。ダウンタウンの壁際で子供たちと手をつなぎ、日本で言うところの「かごめかごめ」っぽい遊びに興じている。その表情には一点の曇りもなく、誠実なクリスチャンとしての人柄が垣間見える。
 ただ、そのショットは引きで撮られており、デビュー・アルバムのジャケットとしてはいささか控えめ、自身も引きの立場に甘んじているようである。この後もリリースされたアルバムのどれもが引きのショットで、エゴを前面に出す様子がない。歴史的名作の『Live』は横顔のアップだけど、スタジオでポーズを取ってるのではなく、ライブ・プレイ中のワン・ショットである。
 さすがに宣材用のポートレートではキチンとしたポーズを取っているのだけど、心なしかその笑顔からは覇気が感じられず、畏まってはにかんだ程度の微笑みが多い。悲劇的な末路を知ってしまってるせいもあるのだろうけど、アーティストにしては押しが弱く、あまりグイグイ前に出るようなキャラクターではないことが窺える。

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 そのポートレートやアルバム・ジャケットを見ると、ほとんどの場面で帽子をかぶっていることに気づく。大きめの白いハンチングがお気に入りだったらしく、紹介される際に使われる写真では、大体これをかぶっている。
 たまに被ってない写真もあるのだけど、別に頭髪が薄いわけでもない。単にオシャレで被っていたということになるのだけど、ここまで徹底してるとなると、どうやらそれだけではなさそうである。いやもちろん、似合ってはいるんだけどね。

 心理学のフィールドでは「帽子と仮面の違いによる精神分析」というのがあるらしく、「仮面」は劣等感を隠すためのもの、変身願望 を表す象徴である、とのこと。自我の隠蔽によって、別の人格を演じてカタルシスを得る、というのは何となくわかる。仮面とはちょっと違うけど、ロックにおける過剰なメイクの歴史を紐解いてみると、納得できる部分が多い。
 あれだけヒットを連発したKissも素顔でやってた時はセールスがガタ落ちしたし、70年代のDavid Bowieもアルバムごとに、キャラクターからコンセプトからまるっきり変えてパラノイア気味だったし。デーモン閣下は‥、まぁあれは「素顔」か。
 
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 で、「帽子」という意匠はそのまったく逆であって、被ることによって自我の強調を表しているとのこと。隠すべき自我ではなく、自我そのものの顕示、剥き出しのエゴを象徴しているらしい。
 帽子をかぶってるアーティストといえば、と記憶を探ってみたのだけど、手塚治虫か藤子不二雄Fなど、漫画家ばかりしか思い浮かばなかった。アーティストのパーソナルとはプライベートのそれとは別人格なので、よほどの天才でもない限り、多かれ少なかれ演じるという部分はついて回るのだろう。

 ミュージシャンで誰かいないものか、と記憶を辿っていった結果、やっと思い出したのがThelonious Monk。
 彼もDonny 同様、残されてるポートレートでは帽子をかぶっていることが多い。Monkの場合、その帽子がすっかりトレード・マークとなってしまったため、外すに外せなくなってしまった事情もあったらしい。ただそこまで行っちゃうと逆に開き直って色々なデザインを試すようになり、中国帽・コサック帽・山高帽など、多種多様なファッションで聴衆を楽しませている。

 「リハーサルを一切行なわない」「いきなりステージ上で踊り出す」など、その奇行振りが大きく取り沙汰されたMonkだけど、音楽的な評価、特に同業ミュージシャンからは羨望の的とされ、独特のリズムやコード展開、エキセントリックな演奏スタイルは多くの後続ミュージシャンらの指針となった。
 多くのモダン・ジャズ・レジェンド同様、Monkもまたキャリアのピークは50〜60年代にかけてである。その間に歴史的なアルバムを数々残し、多くのミュージシャンと共演した。
 そんなMonkも70年代に入ると急激に活動ペースが落ちる。以前からその気配はあったのだけど、長年押さえ込んでいた躁鬱病が深刻になり、ステージはおろか人前に出ることも困難になった。ほとんどすべての演奏活動から手を引き、あとはひたすら内向きの世界に隠遁してしまった。その後、ステージに上がったのはほんの数回程度、いずれの時も往年のMonk’s Magicが訪れることはなく、脳溢血で亡くなるまで引き篭もり、失意の晩年 を過ごした。

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 終生唯我独尊な態度を貫いたMonkと、敬虔なクリスチャンだったDonnyとを単なる帽子つながりで比較してしまうのは、俺的にもちょっと強引過ぎるんじゃないかと思ったのだけど、どちらも強烈なオリジナリティを有していたのは確かである。
 なので、正確に言えば「帽子をかぶることがライナスの毛布となって、自我の発散を促していた」ということなんじゃないかと思う。

 このアルバムからは、従来のソウル・ミュージックでは収まらない才能のほとばしりが感じ取れる。使い古されたパターンではなく、ゴスペルやジャズ、ファンクの要素も一緒くたにされているにもかかわらず、すべての構成要素がギリギリのところでハーモナイズされているため、統一感がある。新人のデビューとしてはかなりの完成度ではある。
 ただ、そのサウンドは熟成された「静」のグルーヴが流れており、勢いは感じられない。ソウルというよりはシンガー・ソングライター的、内省的なムードが漂っている。ニュー・ソウル・ムーヴメントのカテゴリーに入れられたのも納得できる音作りである。
 彼の作り上げたその繊細なサウンドは、70年代初頭という時代に受け入れられたのだけど、そのあまりの完成度は「ここ」が到達点であることも同時に意味しており、その後の展開に彼は苦しめられることになる。

 晩年のMonkはそのトレード・マークであるはずの帽子を脱ぎ捨てていた。自己顕示とはまた別の、他人には理解しがたい世界で彼はメロディを奏でていたのだろう。
 Donnyが命を絶った時、帽子を被っていたのか。
 それはわからない。


Everything Is Everything
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1. Voices Inside (Everything Is Everything)
 ジャズのフレーズを奏でるベース、次に飛び込んでくるのはゴスペル・コーラス、ホーン・セクションもピアノも基本はジャズなのだけど、どこかソウルの香りも漂ってくる。ソフトな響きの音を出すPhil Upchurch(b)のプレイも影響してるのだろう。
 ちなみにこの曲を捧げられているHerb Kentとは、シカゴのAMラジオWVON(The Voice of A Nation)のDJ。



2. Je Vous Aime (I Love You)
 オーソドックスなスウィート・ソウル。この曲はDonnyの妻Eulaulahに捧げられており、これは終盤のPhilが弾くギター・ソロが聴きどころ。

3. I Believe to My Soul
 初出は1959年Ray Charlesがオリジナル。ブルースを基本としながら、歌心にあふれた曲をこの時点で書いていたことに、辛気臭いブルースが全盛だったこの時代においては異色だったことが窺える。
 もちろんRayほどパワフルではなく、どこか線の細さが見え隠れするDonnyのヴォーカルは、まぁ好き好き。俺はこういった情けなさの漂うソウルは好きだけどね。Marvinだって似たようなものだし。

4. Misty
 もともとはジャズ・ピアニストErroll Garnerが1954年にリリースしたのが初出だけど、実際にヒットして知れわたるようになったのはJohnny Mathisのヴァージョン。その後もElla FitzgeraldやSarah Vaughanなど大物ジャズ・ヴォーカリストによるカバーが続くのだけど、ポピュラー畑でこれをカバーしたのは比較的早い方。
 スタンダードのニュー・ソウル的解釈で、これまでこういったスタイルを理想形としてMarvinが何度も挑戦してそのたび玉砕したのを、ここでDonnyは軽々とアベレージをクリアしている。

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5. Sugar Lee
 スロー・テンポで紡がれる、和気あいあいと言った雰囲気のジャム・セッション。なので、それほど厳密な構成ではないのだけど、Donnyとシノプシスを共作したRic Powellの鳴り物プレイは必聴。彼がこのセッションをリードしているといっても良い。そんなサウンドの中で縦横無尽に自由に駆け巡るDonnyのピアノ、ヴォーカライズ。

6. Tryin' Times
 レコードで言えば、これがA面ラスト。最後はシンプルなピアノ・ブルース。大学時代の盟友Leroy Hutsonとの共作であり、同じく同窓だったRoberta Flackに大きくインスパイアされている。まぁシンプルなブルースなので、習作といった趣き。

7. Thank You Master (For My Soul)
 ここからB面スタート。このアルバムでは唯一Donny単独の作曲クレジットとなっている。シンガー・ソングライター的な印象が強い彼だけど、実際キャリアを通して単独での曲は少なく、大抵はLeroyや後にはRobertaなど、または知る人ぞ知るといった感じのマイナー曲のカバーが多い。自己主張がもっと強くてもいいはずなのに、どこか他人に助けを必要としてしまうところが、終生断ち切れなかった線の細さともつながるのだろう。
 この曲も単純なソウル・ナンバーではなく、ジャズ的展開のコードやテンションが散りばめられて、エモーショナルでありながらどこかクレバーな側面が垣間見える。
 最後のフレンチ・ホルンの響きにいつもドキッとさせられる。

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8. The Ghetto
 Donny自らつま弾くウーリツァーに導かれて、この頃はまだ珍しいアフロ・ビートが展開する、大きなヒットとなったこのアルバムの中のキラー・チューン。オルガン・ソロとスキャット、野太いコーラス、もともとはジャム・セッションのワン・シーンを切り取ったようなサウンドなので、どこから聴いても良く、そして何時か続いても心地よい安息の空間。
 ライブではもう少しテンポ・アップするのだけど、俺的には最初に聴いたこのヴァージョンが一番落ち着いてすき。グルーヴィーだけど、どこか客観的に冷めた頭脳のDonnyには、この冷静さが似合っている。



9. To Be Young, Gifted and Black
 このアルバムと同年にリリースされたNina Simoneのナンバー。共作者にはあのWeldon Irvineが共作者として名を連ねている。タイトルから察せられるように、この時期のNinaは黒人社会の地位向上・意識改革に燃えていた頃。それに煽られた形でWeldonなどの周囲のミュージシャンらも意欲作を制作することになるのだけど、その熱さに煽られた一人がDonnyであり、その後もAretha Franklinが続いてカバーすることになる。ずっと後にElton Johnがカバーしてるらしいけど、何かの冗談か?
 そういったメッセージ性は抜きにして、ひどく素晴らしい曲である。基本、こちらもブルース・ベースの曲なのだけど、黒人への迫害を歌にしていながら、きちんとしたエンタテインメントとして成立しているのは、やはりNinaのスターたる所以だろう。
 正直、Donny1が歌わなくても全然曲の良さは変わらないのだけど、デビュー作でありながら、きちんと自分なりに解釈でもってこの曲を料理しているのは、やはり才能のなせる力か。



10. A Dream
 初リリース時には収録されていなかったけど、後にCDの時代になってからは、ボーナス・トラックとして定番になっている。こちらもエモーショナルあふれるバラードで、なぜ当時収録されなかったのか不明なくらいの良い出来。
 コーラスは入ってないけど、ゴスペル的な響きに聴こえるのは、主題が神だから。敬虔なクリスチャンでもあるDonnyだからこそ歌える内容であり、その歌声には一点の曇りもない。




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