folder 自信作であったはずの1976年リリース『Sinbad』のセールスが端にも棒にもかからなかったため、RCAとの契約を解除されたWeldon Irvine。このアルバムは一応Weldon名義になっているけど、事実上は『Sinbad』にも1曲ヴォーカルで参加していたDon Blackmanのソロ・デビュー・アルバムに伴うリハーサル・テイクを基に作成されたもの。なので、今回Donは3曲参加、他の曲も大体同時期にレコーディングされたものである。

 Donのアルバム自体、今ではあのアクの強いジャケットによって、レア・グルーヴ界隈ではいまだ人気のアイテムとなっているけど、残念ながら当時はそれほどヒットしなかった。当時トレンドだったメロウ・グルーヴの線を狙って制作され、レーベルからの期待値も高かったはず。目論見通りヒットすれば、ついでにWeldonもウハウハ状態、ヒットすること前提で、次作に向けてのマテリアルもよういしていたのだけど、その肝心のセールスが悪ければどうしようもない。
 結局このアルバムの大半は陽の目を見ることもなく、Donもこれ以降ソロ・アルバムを作ることはなかった。

 そんな行き場のなくなったマテリアルに少し手を入れて完成させ、他のセッションと組み合わせて、アルバム1枚分の尺に合わせたのが、この作品。基本、時期はそれほど離れていないので、セッション毎の違和感は少ない。言ってしまえばDonが歌ってるか歌ってないかなので、普通にWeldon主導のアルバムと思ってもらえればよい。
 ただ、せっかくまとめてはみたものの、当時のWeldon、『Sinbad』のセールス不振もあって、次のレーベル契約が難航したため、これを流通させる手段がなかった。なので、ほんとプレスして周囲に配っただけ、インディーズというよりはむしろテスト・プレス、私家盤としての形態でしか発表できなかった。なので、ファースト・プレスは事実上ほとんど流通しておらず、オリジナルを所持する者は、身内を除いてほとんどいない状態。オリジナルミントの状態なら、今でも結構な高値で取り引きされている。
 Weldon本人としては、皮肉な結果である。

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 後年傾倒してゆくヒップホップへの流れから、「生まれるのがちょっと早過ぎたアーティスト」と形容されることが多い人だけど、70年代ジャズ・シーンの潮流として、4つ打ちリズムの導入は、Quincy JonesやRamsey Lewisあたりのビッグ・ネームも行なっていたことなので、方向性としては間違っていない。
 どちらかといえば、純粋な音楽面よりもむしろ、マネジメントやプロモーション体制など、ビジネス面でのブレーンの不在が大きい。ファンキー・ジャズに理解の薄いRCAではなく、それこそジャズ系レーベルの枠を飛び越えて、CasablancaやTKなどのディスコ/ファンク系、または何でもアリのA&Mあたりにオファーをかけてみれば、また違った方向性があったのかもしれないのだけど。

 なので、彼が志向していた「ストリート・シーンに根ざした次の世代に向けてのジャズ・ファンク」という路線は間違っていなかった。ただ、セールス的にブレイクした他のジャズ・プレイヤーが、あくまでジャズをベースに置いて、フュージョンの流れからメロウ・サウンドを展開していたのに対し、Weldonの場合、そのメロウ路線を選択することなく、しかもジャズのフォーマットを古いと切り捨てて、ファンク路線に比重を置くようになったのが、つまずきの始まりだった。

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 もともと内向的、沈思黙考型の人であり、あまりアクティブな性格ではない。ロジックで行動する人なので、ダンス・ミュージックに必要な明快さや大衆性とは無縁な人である。今なら独りパソコンに向かってDTMという選択肢もあるのだけれど、やっぱ生まれる時代がちょっと早過ぎたのかもしれない。
 ジャズのフィールドで活動していた人なので、ファンクやディスコとの親和性は高いはずなのだけど、口ずさみやすいメロディ・ラインや、自然と体が動いてしまうリズム・パターンからは遠い所で鳴っている音である。そこら辺がQuincyやHerbie Hancockらとの大きな違いである。

 関係者のインタビュー記事なんかを読んでみると、生前はなかなかめんどくさい人だったらしく、しかも年を経るごとに偏屈になってゆき、バンド内での衝突も茶飯事だったとのこと。なので、新バンドやプロジェクトを作っては壊しの繰り返しで、次第に業界からスポイルされていったのは、まぁ自分で蒔いた種であるからして、仕方のないことではある。
 もし彼に現在のスペックのパソコンを与えたとしたら―。
 ずっと孤独なDTM作業を行なっているだろうか?
 最初は物珍しさもあって始終家にこもってトラックを作っているだろうけど、すぐに行き詰まって旧知のプレイヤーを呼んじゃうんじゃないかと思う。そしてまた、あれこれ口出しダメ出しを連発し、次第に仲間は離れてゆく。そしてまた、独り―。

 ヤマアラシのジレンマ。
 他者との関わりを望んではいるのだけれど、身体中から伸びるその針先は鋭く、近づこうとしても、充分に接することはできない。どれだけコミュニケーションを渇望しても、その願いが叶うことはない。互いが傷つけあうことになるだけだ。
 新世代のアーティストQ-Tipや Mos Defに再発見されるまで、Weldonの葛藤は続く。


アンド・ザ・キャッツ
Weldon Irvine ウェルドン・アーヴィン
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1. The Sisters
 Marcus Millerのグルーヴィング・ベースがカッコいい、かなりボトムの強いファンク・ナンバー。Tom Browneの高らかに鳴り響くトランペットが印象的。ほんの2分足らずなのが、何とも惜しい。もっと広げたら、いい感じのグルーヴ感が出たのに。
 ここでのWeldonはプレイヤーというより、コンポーザー的なポジション。なので、特筆するようなプレイはなし。やはりここは、当時はまだ無名だった2人のインタープレイが聴きどころ。



2. Nursery Rhyme Song
 かなりパワフルなレディ・ダイナマイトToni Smithと、器用に様々なスタイルのヴォーカルをこなすDonとのデュエット・ナンバー。この曲は5分程度と、このアルバムの中では長尺な方だけど、何しろ曲調がコロコロ変わる。スウィート・ソウルもあればラップもあり、マイアミ・ソウルっぽいコーラスやブギウギ・ピアノまで飛び出す、あらゆるアイディアを思いつきでぶち込みまくったのが、この曲。
 贅沢な作りと言えばそうだけど、もうちょっと整理して3曲ぐらいにアイディアを散りばめた方がよかったんじゃないかと思う。いやスゴクいいんだけど、ちょっともったいない。

3. Think I’ll Stay A While
 次はToniのソロ・ヴォーカル。キャッチーなシカゴ・ソウルといった趣きで、まぁこのアルバム全体に言えることだけど、録音さえ良ければもっと聴きやすくなったはず。予算もなかったので仕方ないか。
 その後、ソロでの音源はあまりリリースされていないけど、あのT.M. Stevensのアルバムに参加したりなど、結構幅広い活動を行なっている人である。かなりアクの強いキャラクターのため、プレイヤーの方もエゴが強くないとバランス的に合わず、どうしてもフィールドが限られてしまうけど、地道に頑張ってほしい。



4. Misty Dawn
 
5. Morning Sunrise
 レア・グルーヴ界隈では有名で、俺もWeldonに出会う前から、ミックス・テープで聴いた覚えがある。再びDonのヴォーカルで、メロウでありながら、不思議なコード進行のナンバー。その辺がジャズ的なのかどうかは、よく知らない。



6. Shopping

7. It’s Funky
 人力ヒップホップにゴーゴーをミックスした、多分Weldonが一番やりたかった音だったんじゃないかと思われる。まぁ真面目な人なので、そのまんまファンキーなナンバー。
 真面目にファンキーを考察しているため、リズムがすごくカッチリしている。ユレとかタメなど、不確定要素をできるだけ排除している、ある意味DTMの先駆けとも言えるトラック。

8. Sexy Eyes
 これまでのテイストと急変し、バッキバキのスラップ・ベースがサウンドにメリハリをつける。これまで大味なシャウター型のヴォーカルを披露していたToniだけど、ここはタイトル通り、セクシーさを強調、むしろこういった路線の方があってるんじゃないかと思う。Weldon自身の鍵盤系もファンキーさを増しており、俺的にはこのアルバムの中ではベスト・トラック。後年のアシッド・ジャズにも通ずるセンスの良さ。



9. Egypt

10. Heard It All Before
 同時代のフュージョンを意識した、このアルバムの中ではオーソドックスなインスト・ナンバー。これまで歌伴的ポジションが多かったWeldon、ここでは結構出ずっぱりでピアノを叩いている。この辺はプレイヤビリティを前面に出しており、当時はまだ若手のだったドラマーOmar Hakimをグイグイリードしている。こうしたスタンダードに近い曲もやれることが、Weldonのアーティストとしての幅である。

11. Blue In Green
 ファンキーなリズムに合わせ、メロウなリードを奏でるホーン・セクション。こういったスタイルはアシッド・ジャズの基本フォーマットであり、リズム・セクションだけ聴いてるとIncognitoに通ずるものが多い。
 ジャズ/フュージョン・スタイルの演奏フォーマットに則って、サックス、トランペットとソロを展開させており、この辺のスタイルでアルバム1枚分まとめて作っておけば、アプローチ的にもわかりやすかったのだけど。まぁこれじゃ満足しなかったんだろうな。
 4分過ぎから始まるWeldonのソロ・プレイ。ベタなフレーズが炸裂してるのだけど、この辺が俺は好き。頭デッカチだけじゃないところも、人間らしくてよい。




 ちなみにこのアルバム、現在日本では流通しておらず、同時期リリースの『And The Kats』との抱き合わせでのみ入手可能。近年出たばかりなので、入手しやすくなってはいるのだけど、不満としてはひとつ、キラー・チューンともなり得た8.が収録時間の関係上、オミットされている。多分、この『And The Kats』が好評だったら、単独発売プラス紙ジャケの流れになると思うのだけど。
 あり得ない話ではない。こうしたジャンルにおいて、日本はかなり最先端である。まぁ流通枚数は少ないだろうけどね。


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