folder 1985年にリリースされた2枚目のアルバム。UK最高21位は、22位を記録したデビュー作『Swoon』とあまり変わらないけど、最高25位のスマッシュ・ヒットのシング”When Love Breaks Down”が話題となってロング・セラーになった。
 それほど愛想もないインディー出身のバンドとしては、なかなかのセールスになったため、ほんとは間髪入れずリリースする予定だったアルバム『Protest Songs』がオクラ入りしてしまったのは、うれしい悲鳴であり、ちょっと不本意なアクシデントではあったけど。

 ほぼ同世代のバンドAztec Cameraと同じネオ・アコ・シーンから出てきた人たちだけど、接点があった話は聞いたことがない。ていうかAztecに限らず、他のバンドとの交流はほとんどないバンドである。
 孤高の存在といえば聞こえはいいけど、いま思えばコミュ障をこじらせてる人間ばかり。今じゃすっかり達観した仙人のような風貌のPaddyを始めとして、ベースのMartinは実の弟だし、恋人だか単なるメンバーだか、ずっと微妙な立場に甘んじていたWendy Smithも、結局は煮え切らないPaddyとのパートナーシップ解消と共にバンドを去り、今ではすっかり業界から足を洗っている。唯一のバンドマンであるNeil Contiが早々に見切りをつけてバンドを去ったのは、正しい判断だったと言える。

 Aztec Cameraとの直接的な関係はなかったけど、彼ら同様、Prefabもまた、このメジャー2作目でガラリと作風を変えてきた。『Swoon』がインディー時代の集大成として、粗削りでどこか未完成の可能性を秘めた習作だったのに対し、ここではメジャー販売網を意識したポップ・サウンドになっている。普通の感性ならまず使おうとしないコード進行や不安定なメロディはそのままに、不愛想な4ピースのシンプルなサウンドだった『Swoon』 と比較して、ここではメジャー・ヒット作と遜色ないものに仕上がっている。

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 この変化はPaddy独自のものではなく、その後長らくコラボすることになる盟友Thomas Dolbyの影響が大きい。
 今もミュージシャンとしての活動は行なっているけど、ネット関連のビジネスマン的側面が強いThomas、この頃は最新機材を駆使したシンセ・サウンドが好評を得て、David BowieやJoni Mitchellなど、大物ミュージシャンからも引く手あまたの活躍だったのだけど、それがどうしてバジェットも小さい新人バンドのプロデュースを引き受けたのか。
 多分双方とも、「ぜひ彼とタッグを組みたい」と指名したわけでもなさそうなので、エージェントからの要請がきっかけだと思う。その後も何かと共同作業を行なっているというのは、目指す方向性が同じだったのだろう。

 『Steve McQueen』は今をもっても彼らの代表作と言われており、実際、Paddy自身にとっても大きなターニング・ポイントとなっている作品である。もしThomasに出会えてなかったら、『Swwon』だけの泡沫バンドで終わっていた可能性もあるし、時代の徒花として片づけられていたかもしれない。
 そんなアルバムが、レコード会社の要請によって、レガシー・エディションが発売されることになる。本来は発売20周年に合わせて2005年にリリースされる予定だったのだけど、大幅に制作が遅れに遅れ、実際リリースされたのは2007年、さらに2年が経過してからだった。

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 普通、こうしたデラックス・エディション形式のアルバム制作の場合、アーティスト本人が関与してくることは、ほとんどない。中心となる作業が、収録トラックのリマスタリングやリミックス、または当時のデモ・テープやライブ・トラックの発掘が主たるもので、実作業はディレクターやエンジニア主体である。せいぜい、形ばかりの監修くらい、名義貸しくらいしかやることはないのだけれど、なぜかPaddy、どこで本気を使ってるのか、新緑アコースティック・ヴァージョン8曲を新たにレコーディングしている。しかも、単なるアコギの弾き語りではなく、時間をかけて熟成され、緻密なオーヴァー・ダヴによって新たな命を吹き込まれている。
 80年代を象徴するDX7サウンドのヴェールを剥ぎ取った中から現れたのは、Paddyのピュアで透徹としたヴォーカルと、丁寧に重ねられた明瞭な響きのギター・サウンドだった。その繊細さからは、20年という時間すら忘れてしまう、エヴァーグリーンなテイストが漂っている。


Steve Mcqueen
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1. Faron Young
 トップに相応しい軽快なロックンロール・ナンバー。『Swoon』の延長線上で購入したネオ・アコ・ファンなら、きっとその変化に驚いたんじゃないかと思う。オールド・ロックンロールをリスペクトしたギターの音色、DX7のエフェクト、またバンジョーやブルース・ハープを入れる発想は、やはりThomasの貢献が大きい。ていうか新人バンドをテスト・ケースとした、彼の壮大な実験。
 シングルとしてもリリースされ、UK最高74位。2007年ヴァージョンはギターに薄くシンセを被せており、弦の擦る音までクリアに生々しく録音されている。



2. Bonny
 ここからしばらく続く、Prefab人名シリーズの第1弾。彼女であるBonnyと破局、家を出てゆく様をポップ・サウンドにコーティングして、他の曲とのバランスを取っている。2007年ヴァージョンはシンプルなサウンドをバッキングに、朗々と切なさを表現している。
 Paddyの意図としては、詞のストレートな解釈として、悲壮感漂うニュー・ヴァージョンのサウンドにしたのだろうけど、俺的にはオリジナルの方が逆にドライな質感で好み。

3. Appetite
 単純に"Appetite"という語感が好きだったのだけど、後になって「食欲」の意味だと知り、ちょっと拍子抜けしてしまった想い出。まぁそこをラブ・ソングと絡めて世界観を作ってしまうソング・ライティング能力は、同世代ソングライターと比べても段違い。
 こちらもシングル・カットされており、UK最高92位。でもなぜかオーストラリアでは45位にチャート・インしている。メロディ・ライン的には、このアルバムの中ではわかりやすい方なので、もっと売れてもよかったんじゃないかと思うけど。
 


4. When Love Breaks Down
 でも、この曲に比べると、ヒット・ナンバーとしてのキラキラ感が違っていることに気づかされる。ちなみにこのアルバム、総合プロデューサーはThomasなのだけど、この曲だけPhil Thomallyという人が制作を手掛けている。
 あまり聞いたことがない人なので、ちょっと調べてみると、もともとCureに在籍しており、ちょうどこの頃はプロデューサーやソングライターとして活躍していた頃。Bryan AdamsやThompson Twinsらを手掛けていた、いわゆるヒット請負人。Thomasの音作りだと、時にマニアックになり過ぎるところを、ヒット・チャート狙いで作り込みを減らし、ムーディさを強調することで、高級AORっぽいサウンドに仕上げている。
 なので、俺だけじゃないと思うけど、この曲の「これじゃない感」を持つPrefanファンが結構多いはず。

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5. Goodbye Lucille #1
 すでに『Jordan:The Comeback』への萌芽が垣間見える、このアルバムの中でもちょっと異質な、それでいて親しみやすいメロディを持つナンバー。若手バンドらしく、若き日のPaddyのシャウトするヴォーカルも聴くことができる。
 これもシングル・カットされており、UKでは64位なのだけど、アイルランドではその熱さが好評だったのか、最高28位、4.と同じくらいのチャート・アクションを見せている。

6. Hallelujah
 ギターで参加してるKevin Armstrongは、Thomasのお抱えギタリストとも言うべき、今をもって行動を共にしてる人。ちょっとブルースっぽい響きはあるけど、Thomasの創り出すテクノロジー・サウンドとのミスマッチ感が、逆に相性良く聴こえる。
 この曲もメロディのはっきりしない曲なのだけど、Prefabのファンはあまりキャッチーなメロディを求めていないので、逆にこれも人気は高い。『Swoon』サウンドをビルドアップさせたような、モダンなバンド・サウンドは完成形。なので、レガシー・エディションでもこの曲は再演されていない。ていうか、うまく行かなかったのかな?

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7. Moving The River
 LPでいえばB面は浮遊するメロディ、ちょっと凝ったコード進行の曲が多く収録されている。なので、今もってこのアルバムが多くの人を惹きつけるのは、このミステリアスさ他ならない。一聴して虜になってからも、どこかヴェールに包まれた核心の部分はひっそり残されているのだ。
 レガシー・エディションではオーヴァーダヴもなく、ほんとギター一本のみで歌っており、曲の構造が剥き出しになっているのだけど、クリアに明快になったわけではない。

8. Horsin' Around
 『Swoon』のアウトテイク的な、起伏の少ないメロディを持つナンバー。変則的なワルツは後半、ジャジーなテイストに変化する。Prefabの作品の中でも独特な、ちょっと実験色が濃いナンバーなのだけど、実はシングルB面だと、こういった曲はゴロゴロある。ほんと趣味的な色彩が濃いので、よくこれを収録したものだと思う。

9. Desire As
 ここでのゲスト・ミュージシャンは、前述のKevinとMark Lockhartというサックス・プレイヤー。ほぼ雰囲気づくり的なKenny G.テイストの音色なので、それほど目立った感じではない。
 ブリティッシュ・ジャズ系統のミュージシャンで、今もコンスタントに活動しており、特別代表作みたいなものはないのだけど、なぜかRadiohead 『Kid A』にクレジットされている。ちゃんと聴いてなかったけど、ちょっと意外。
 レガシー・エディションでも再演されているけど、まぁテイストはそんなに変わらない。

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10. Blueberry Pies
 こちらも『Swoon』の延長線上的ナンバーで、最小限のエフェクトによって、やや聴きやすくマイルドに仕上げている。2分程度の小品なので、まぁタイトル同様、お手軽で肩慣らし的な曲。

11. When The Angels
 最後を飾るのは、キリスト教原理主義に則ったナンバー。そこへは神への敬意と共に、どこか皮肉も入り混じった複雑な感情が入るのは、生粋の英国人。
 これもメロディ的には、それほどキャッチーなナンバーではないはずなのだけど、Thomas渾身のアレンジメントによって、ラストに相応しい華やかなサウンドに仕上げている。




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