1200x1200-75 1982年にリリースされたナイアガラ・トライアングル・シリーズの第2弾。と言っても、第1弾リリース時、時代は大滝詠一にとっては逆風の頃、山下達郎も伊藤銀次も無名の若手ミュージシャンだったため、それほど大きな盛り上がりも見せず、速攻廃盤となった。なので、世間的にはこれが実質的な初お目見えとなった。
 大滝以外は常に若手ミュージシャン2人を起用する、というコンセプトのもと、今回のメンツは佐野元春と杉真理。どちらも音楽業界ではそこそこキャリアは積んでいたけど、一般的な認知はvol.1と大して変わらない程度だった。

 一応3人とも、当時はソニー系列のレーベル所属だったため、レコード会社の違いによる調整は比較的スムーズに行ったと思っていたのだけど、逆にグループ内から生ずる微妙な上下関係がこじれたため、企画自体がアウトになりかけたらしい。そこを大滝が、2人が出演するライブ・イベントにサプライズ登場、観客の前で大々的に告知して既成事実を作り、そこから話を進めていった、とのこと。
 まぁどうにか結果オーライで良かったけど、今の時代なら契約が複雑過ぎて、絶対まとまらない案件である。まだルーズな70年代を引きずっていた80年代初頭の音楽業界だからできた力業である。こうしたフィクサー的な役割、楽しんでやってたんだろうな、この人。

 前年リリースのロンバケの勢いもあってか、オリコン最高2位、年間チャートでも10位とかなりの売れ行きだった。前年末のシングル『A面で恋をして』のスマッシュ・ヒットが前評判を煽る形となり、話題性はあったのだろうけど、この時点では大滝以外、ほとんど知名度がなかったにもかかわらず、である。

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 ちなみに、ロンバケ・リリース後のナイアガラ・レーベルは怒涛のリリース・ラッシュを展開している。
 3/21にロンバケ・リリース後、4/1には過去のアーカイブ7枚を一挙再発、そして7/21にはロンバケのインスト版アルバム『Sing a Long Vacation』、そして年末には過去アーカイブをひとまとめにして、さらにコンピレーション2枚プラス新規ユーザー向けにナイアガラ第1期の詳細解説書とも言うべき『All About Niagara』を同梱したボックス・セット『Niagara Vox』をリリースしている。
 もちろんすべてはロンバケの大ヒットによって派生した企画であるのだけれど、ちょっと考えてみればわかるように、これだけの物量をいきなり短期間で用意できるわけがない。当然、それなりの準備期間は必要だったのだけど、ここでちょっと疑問が生じてしまう。
 ロンバケ以前は、はっきり言って収益性のかけらもなく、むしろ負債が原因で閉鎖の憂き目に遭った第1期目ナイアガラ・レーベル。なので、ロンバケがヒットする確率はかなり低い、と誰もが予想していたはず。こういった企画は通常、ヒットの兆しが見えてきて、ある程度期間を置いてからスタートするのが常である。なのに、このリリース・スケジュールだと、ロンバケが「ほぼ高確率でヒットすること」前提で進められたとしか思えない。
 それかまたは、フィクサーとして暗躍した大滝とソニーとの密約説など、考えればキリがない。

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 Miles Davis『Star People』のレビューでも書いたのだけど、このアルバム・リリース時の俺は中学生、やっとFMに興味が出始めた頃である。何となく名前だけでも聴いたことのあるアーティストが特集されたら、とにかく片っぱしからエア・チェックしており、彼らもまたその中のひとつだった。
 なので、特別狙って聴いたわけでもなく、新聞のラジオ欄をチェックして、たまたま聴いたのが、NHK-FMの「ニュー・サウンズ・スペシャル」だった。内容はほとんど覚えていないのだけど、やたらハイ・テンションで饒舌な杉、今と変わらずスクエアな口調でロジックな語りの元春、時々ボソッとオヤジ・ジョークを挟みながら、マイペースな語りぐちの大滝というのが、当時の印象。
 いわゆるプロモーション出演なので、アルバムの曲を間に挟みながらの軽快なトークで番組は進行したのだけど、いかにもギョーカイ人っぽい言葉のやり取り、そしてこれまでの歌謡曲やニュー・ミュージックとも質感の違う世界に、田舎の中学生は魅了され、番組終了時にはすっかり虜になっていた。
 どこか懐かしくありながら、分厚い音の壁をぶち立てる大滝、元春のはっちゃけたロックンローラー振りは、田舎の中学生にとっては、これまでとはまるで別世界の洗練された音楽として映ったのだ。杉は…、あんまり印象に残ってない。Gilbert O'SullivanやBeatles直系のポップ・センス、今は好きだけどね。

 前から思っていたのだけど、ここでの大滝のスタンスについて。
 佐野が「ちょっとやんちゃな末っ子のロックンローラー」、杉が「やや浮世離れして楽天家のポップな次男」と考えると、長男としての大滝の役回りは何だったのか、ということ。総合プロデュースという役割ではなく、彼がここで担った音楽性は何だったのか。
 
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 大滝詠一というアーティストは、ほんと日本のロックの黎明期から活動していた人だけど、そのキャリアの半分以上は裏方作業とご隠居状態で占められており、純粋にミュージシャンとして活動していたのは、10年強程度である。さらに脚光を浴びて活動していた時期というのは、ほんの4〜5年程度に絞られる。多分本人の中ではプロデューサー、またはレーベル・オーナーが本職なのであり、裏方意識の強い人である。
 なので、このアルバムもミュージシャンとしてのエゴよりもむしろ、アルバム全体トータルとしての完成度を優先している。ナイアガラ・トライアングルの初期コンセプトとして、若手ミュージシャンのショー・ケース的な意味合いを持っているので、プロデューサー的判断としては、あくまで狂言回し、大滝自身はそれほど目立たなくても良く、よって2人よりもインパクトの少ない楽曲を提供している。

 ほんとは一言で、ナイアガラ・サウンドとはこういうものなんだ、と言ってしまえば話は終わるし、無理やりカテゴライズする必要もないのだけど、敢えてジャンル分けするのなら…。
 あ、要するに歌謡曲なんだよな、と考えればスッキリする。
 ロンバケに引き続き、作詞を引き受けた松本隆。かつての盟友であり、また当時、歌謡界でブイブイ言わせていた売れっ子作詞家である。『Each Time』のレビューでも書いたのだけど、彼のウェットな感性が、ベタになるギリギリのラインを回避した、日本的情緒を想起させるサウンドとメロディを求めることによって、大滝のサウンドも変化していった。
 リズムにこだわるサウンド・メイキングのあまり、第1期ナイアガラ終焉時には音頭にまで到達してしまった大滝が次に向かったのは、メロディの追求だった。正確には日本人の琴線に直接響くメロディを引き立たせる、参加ミュージシャンが一斉に合奏することによって生じるナチュラルな音圧の構築だった。
 ゴージャスなサウンドは、小細工のないストレートなメロディを生み出し、芸術性と大衆性の両立によって、より大きな支持を得ることになった。その王道サウンドに言い訳はなく、新しい形のスタンダードなフォーマットとなり、松本によって創造された新感覚の歌謡曲となった。


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1. A面で恋をして
 オリコン最高14位。資生堂化粧品秋のキャンペーン・ソングとして、それなりに売れたのだけど、CMに出演していたモデルのスキャンダルによって、放映して1週間で自粛、当時放映されていたTBS「ザ・ベストテン」においても、「もうすぐベストテン」コーナーで出演か?!とも噂されていたのだけれど、結局噂で終わってしまった因縁の曲。
 サウンドはど直球のスペクター・サウンドであしらわれており、本人はそうは言ってないけど、どう見ても売る気マンマンのテクニックを披露している。まぁ単独名義じゃないし、若手にミソつけるわけにもいかないものね。



2. 彼女はデリケート
 
  “出発間際にベジタリアンの彼女は
         東京に残した恋人の事を思うわけだ
    そう、空港ロビーのサンドウィッチ・スタンドで。
    でも彼女はデリケートな女だから、
         コーヒーミルの湯気のせいで、
    サンフランシスコに行くのをやめるかもしれないね“
 
 シングル・ヴァージョンにはない、印象的なモノローグからスタート。ちょうど同時代の村上春樹と同じ匂いを感じるのだけど、俺的に双方のスノッヴな世界観は、当時の憧れでもあった。同世代でそういう人は、結構多いはず。
 元春の曲の中でも1,2を争う疾走感、あっという間の3分間。Buddy Hollyの現代版とも言うべきロックンロール・サウンドは、他のアーティストの追随を許さぬパワーにあふれていた。
 ちなみに、もともとは沢田研二に書き下ろされた曲で、そちらも軽快なロックンロールに仕上げている。

3. Bye Bye C-Boy
 もともとはデビュー前に作られていた、元春のポップ寄りナンバー。多分、ナイアガラ的なものを入れた方が良い、という元春の判断によって、ストックから引っ張り出してきたんじゃないかと思われる。ちょっとフォーク・テイストも入って、当時としても古臭く聴こえたのだけれど、まぁこういった一面もアリっちゃアリ。
 
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4. マンハッタンブリッヂにたたずんで
 歌詞にはマンハッタンもNYも出てこないのだけど、スノッヴなキーワードが自然に溶け込んでおり、どこか永遠の旅行者的な佇まいさえ感ぜられる、元春初期の傑作。
 基本はフォーク・ロックなのだけど、敢えてギターを前面に出さず、ベーシックなリズムと鍵盤系を多用、珍しく女性ヴォーカルをバックに従えることによって、これまでと、そしてこの後もあまり類を見ないサウンドになっている。

 「ストレートに誰かに愛を告げて
 その愛がまた 別の愛を生む世界」

 なのに、ここでの元春はその後すぐ、「そんな夢を見てた君はクレイジー」と言い放ってしまうのだ。歌詞中にあるように、どこかでシニカルで、それでいてどこか地に足のついていない、不思議な感触の曲。



5. Nobody
 John Lennonをテーマに書いたということで、思いっきり初期Beatlesのオマージュとして、精巧に仕上がっている。パロディやパクリという次元ではない、古くなることのない永遠のポップ・ソング。

6. ガールフレンド
 ついさっき知ったのだけど、もともとは旧友竹内まりやに書いた”目覚め"の歌詞をリライトしたセルフ・カバー。ベッタベタなポップ・バラードで、ちょっと甘さがキツイのだけれど、まぁ当時のまりや向けだから、ファニー過ぎるメロディは致し方ない。

7. 夢みる渚
 シングル・カットもされた、杉のナンバーの中でも歴代トップ3に確実に入ってくる、人気の高い曲。ホント優等生的なポップ・ナンバーなのだけど、ここまでBeatles、特にPaulのサウンドを消化してた人は、日本ではほとんどいなかった。歌詞中の「Long Vacation」というキーワードを使ってても、嫌味が見られないのは、やはりこの人の人徳。
 
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8. Love Her
 もしかすると、このアルバムの中では最も完成されたポップスかもしれない。すぐ口ずさめてしまう歌詞、過剰でない程度のBeatlesへのサウンド・オマージュ、特に70年代までのPaulが憑依したようなポップ・センス、ラストのコーダで徐々に熱が入る杉のヴォーカルも、完璧。

9. 週末の恋人たち
 Elton Johnのポップ加減がBilly Joelのロックンローラー振りを抑えつけてしまったようなサウンド。この時期としては珍しく分厚いストリングスを導入、かなりポップス寄りの老成したポップスを演じている。この頃の元春は、今で言う「意識高い系」なオーラが漂っており、現実の生活と遊離したライフスタイルを歌にすることが多かった。ある意味、今も浮世離れしたようなキャラクターだけど、それを貫いていってるのは、この世代の特徴。

10. オリーブの午后
 本人曰く、松田聖子”風立ちぬ”のアンサー・ソング的スタンスの楽曲である、とのこと。まぁ確かにテイストは似てるだろうけど、この人の場合、後付けのこじつけも結構多いため、話半分に聴いておいた方がいい。結果的に似ちゃったんだろうけど。
 歌詞はもう、なんてこともないリゾート・ソング。改めて歌詞に目を通してみたけど、イメージ先行で中身はない、と言っていい。これでいいのだ、だってリゾート向けの歌だもの。

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11.  白い港
 こちらも改めて聴いてみると、ヴォーカルが一番熱が入ってるのは、この曲だと気がついた。なんかすごく朗々と歌ってたようなイメージがあったのだけど、全編に流れるストリングスが錯覚させただけで、かなりフレーズごとに丁寧に歌っているのがわかる。
 レコーディング自体も、多分ストリングスは別録りだろうけど、基本サウンドはロンバケで確立したオール・キャスト一発取り。後半の鍵盤系のダイナミズムは、今じゃ再現できない。

12. Water Color
 最初に聴いた中学生の頃、一番好きなナンバーがこれだった。当時の北海道の夏は今と違い、もっと曇り空も多くて肌寒い日も多かったけど、この曲から想起させる、本州の長い夏休み、突然の夕立の情景に憧れたものだった。

「斜めの 雨の糸 破れた 胸を縫って」

 こういった詩的な情景、宮沢賢治を思わせる描写こそ、中学生の心を鷲づかみするものだった。



13. ハートじかけのオレンジ
 『Each Time』収録”魔法の瞳”に直結する、シンセを中心としたエフェクトをメインにサウンドを構成したらどうなるか?という実験のもとに作られたような曲。ポップでファニーでメロディアスでいて、そして可能な限り歌詞から意味を取り去った、完璧なポップ・ソング。具体的なキーワードばかりながら、散文詩のような言葉の羅列は、メッセージや主張を読み取ることを拒否している。
 メロディはいろいろなオールディーズからのオマージュにあふれているので、親しみやすく口ずさみやすい。ナイアガラーの人なら、「このフレーズは1958年にマイナー・ヒットした何とかからの~」と分析しているのだろうけど、俺的にはそこにあまり意味を見いだせないし、そこまで深く掘り下げるよりは他の音楽を聴いていた方がいいので、そういったのはパスで。




 杉はパブリック・イメージ通りの中期Beatlesサウンドを演じきったのだけど、ここでの元春は、あらかじめ想定された枠内でのロックンローラー、いわゆるナイアガラ・ユーザー向けのロックンロールで収まってしまっている。それが大滝からの無言のプレッシャーだったのか、それとも自らの思い込みで枠組みを作ってしまったのか。
 どちらにせよ、元春の一面でしかないポップ・サイドの強調は、ここでは不完全燃焼に終わっている。なので、そのポップ性とバンド・サウンドの融合を実現した次のシングル『Someday』で勝負をかけることになる。



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