1280x1280 21世紀に入ってからのHerbieはGershwin、Joni Mitchellとすっかりカバー三昧、メインストリーム・ジャズの方は時たまやる程度になってしまっている。ゴリゴリのジャズ・ファンからみれば、そのあまりにマルチなジャンルへの越境振りに難色を示す評も多いのだけど、過去の埋もれつつある音楽遺産を、ジャズ以外のリスナーに受け入れられやすい形で後世に残すその意義は、もっと認められてもいいんじゃないかと思う。

 彼がピックアップする音楽は、そのどれもが発表当時、大きなポピュラリティを獲得した音楽であるし、次世代に遺してゆく価値は充分あるものばかり。それを考古学的に、当時のままをストレートに再現するのではなく、現代のサウンドに昇華させて、今の世代へきちんとした形で伝えてゆくベテランといえば、今のところHerbieクラスじゃないと説得力がない。
 若い連中が同じことをやったとしても、商売の臭いが強すぎるか、奇をてらったアレンジになってしまい、本来の意義を見失ってしまう。

 多分Bob Dylanあたりから端を発すると思うのだけど、すでに功なり名も遂げてしまったベテラン・アーティストが、かつて影響を受けた音楽へのリスペクトを込めた作品をリリースすることに積極的になってきている。
 いまだ現役でステージに立つPaul McCartneyだって、必ず古いロックンロール・ナンバーをレパートリーに入れているし、日本だと最近、井上陽水が往年の名曲カバー集の2作目をリリースした。
 今さら中途半端なオリジナル・ナンバーを作ったとしても、どうしても過去の焼き直しになってしまうことは避けられない。所詮1人の人間のメッセージやオリジナリティなど限られているのだから。それなら開き直って、他人の曲の別解釈や自身のアーカイブの整理に走るのは、当然の帰結でもある。
 
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 そもそもHerbieがジャズ一辺倒の人間だったのかといえば、そんなことはなく、それこそ年季の入ったジャズ・ファンほど、その辺は詳しいはず。
 ベースとして「スタンダード・ジャズ」という柱はあるのだけど、何がなんでもジャズの伝統を守るという姿勢ではなく、ジャズをスタート地点としたジャンルレスな活動を展開しているのが、純粋な音楽探求者としてのHerbieである。
 なので、膨大なディスコグラフィの中でも、純然たるモダン・ジャズというのはおそらく半分くらい、残りは他ジャンルとのミクスチュアで占められている。

 今回紹介する『Lite Me Up』は、その経歴の中でもジャンルレスが突出した時代、70年代のジャズ・ファンク〜ソウル・ジャズから、アドリブ・プレイなどの不確定要素を排除して、ヴォーカルを中心に据えたサウンドを展開している。
 はっきり言ってしまうと、もはやジャズの要素はほとんどなく、ステレオタイプのブラック・コンテンポラリーなサウンドである。あまりに同時代のソウル・ヴォーカル・サウンドとも拮抗する仕上がりになっているため、一聴してHerbieのアルバムだと気づく人はほとんどいないはず。ソウル/ファンク・アルバムとしてあまりに出来が良いので、逆にHerbieの存在感はほとんどない。いくつかの曲で自らヴォーカルも取るくらいの気合いの入れようだけど、どうせならHerbie名義じゃない方がよっぽど売れたんじゃないか、とまで思ってしまう。

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 で、このアルバムで大々的に導入された、ソウル/ファンク系ヴォーカルをフィーチャリングした、ダンス・シーンへの強力なアプローチを表明したサウンドだけど、ジャズ界からポピュラー・シーンへの進出は、何もHerbieが初めてではない。
 当時の疲弊しきったモダン・ジャズに見切りをつけ、もっとファンキーなリズムに寄ったダンス・シーンを意識して、Marlena Shawなどブルー・ノート発信のシンガーが台頭してきたのが60年代末からの傾向だけど、70年台中盤からのディスコ・ブームの勃興と共に、そこをもっとコンテンポラリーに展開していったのが、Quincy Jonesである。

 スタンダード・ジャズをメインで活動していた頃はパッとせず、どちらかといえばB級映画のサントラ職人的な立場に甘んじていたQuincyだったのだけど、日本でも大ヒットした”愛のコリーダ”でポップ・チャートに華々しく登場し、次に組んだMichael Jackson との『Off the Wall』がさらに世界的な大ヒット、敏腕プロデューサーとしての地位を確立した。
 と、ここでアーティストとしてのQuincyを語ろうとすると、ちょっとした疑問が出てくる。
 Herbieとほぼ同時期にリリースした自身のソロ・アルバム『Dude』、ほとんどの作曲をRod Tempertonに任せ、ヴォーカルもPatti AustinやJames Ingramがメインで歌ってるし、当然演奏もQuincy自身がそれほど大きく関与しているわけでもない。
 じゃあ結局、お前何やってたの?という疑問が真っ先に浮かぶのは、俺だけじゃないはず。クラシックで言うところのオーケストラ指揮者、または演劇における総合演出といったスタンスが最も近く、プレイヤーというよりはコンポーザー的な立場のアーティストである。当然コンセプト立案はQuincyだろうし、PattiやJames名義でリリースしたとしてもセールス的にはちょっと弱かったはず。すでに名門CTIからデビューしていたPattiはともかくとして、Quincyとのコラボによって注目を浴びたJamesにおいては、ソロ・デビューがもう少し遅くなっていたかもしれない。
 なので、その辺はいわゆるギブ・アンド・テイクなのだろうけど、自らは直接的な作業には関与せず、いわゆる類型的なプロデューサー像、録音ブースでふんぞり返って、あぁだこうだとボヤきまくるQuincyの姿を想像してしまうのだ。
 自らは実質プレイはしないのに、アーティスト然としているその姿は、Bryan Enoを連想してしまいがちだけど、Quincyの場合、そこまでひどくはない。だって一応トランペット吹けるし。

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 で、そのQuincyのブレーンだったRodを抱き込み、同じ手法に沿ってHerbieが作ったのが、このアルバム。考えようによっては、Enoよりアコギかもしれない。リリース時期もそれほど離れておらず、あまりに露骨過ぎてマズイと思ったのか、一応それなりの新機軸は打ち出している。
 Quincyサウンドでは定番の四つ打ちディスコ・ビートはあまり使用せず、これまで培ったジャズ・ファンクのフォーマットを主体とすることによって、16ビートのハイ・リズムのナンバーが多い。なので、Quincyより甘さやメロウな感じが薄れ、時にかなりロック・サウンドに接近している曲もある。

 前にも書いたのだけど、Herbieのバイオリズムはほぼ10年周期でポップシーンへの興味が強くなり、この『Lite Me Up』のように、極端に大きく針が振れる時がある。特にこの時期はBill Laswellとのコラボ3部作があとに続き、10年くらいレッド・ゾーンに振り切れっぱなしという状態が続く。
 ただ前述したように、Herbieのキャリアのほぼ半数は、そうした純正ジャズ以外のジャンルとのコラボレーションが占めている。
 遡ればデビュー間もないBlue Note時代に発表した”Watermelon Man”や”Cantaloop”が、ヒップホップ・クラシックのアンセムとして広く認知されているように、ピアニストにしてはリズムへのアプローチに独自性のある、ヒップな感性が持ち味の人である。スタンダード・ジャズをベースとした活動が中心ではあるけれど、最も彼が興味があったのが、時代ごとの最先端のサウンドであり、初期はそれがたまたまファンキー・ジャズだった、というわけである。
 既存のジャズ・サウンドに捉われないスタイルがMilesに見込まれてジャズ・ファンクの世界に進んだのだろうし、またその後のR&B、ヒップホップ・サウンドへ向かったに過ぎない。長い目でみれば、彼の姿勢は一貫しているのだ。

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 で、近年の彼の強い関心が、過去の音楽遺産の継承であって、それはある意味自らの音楽キャリアの総決算的なものも含んでいると思われる。新しいサウンドよりむしろ、これまでの足跡をまとめて次世代へ繋げる、ある種の使命感のようなものもあるのだろう。
 それともうひとつ、近年の音楽状況の行き詰まり感によって、彼が強く感心を寄せるほど、革新的なサウンドが見当たらないというのは、ひとつの寂寥感さえ感じられる。


Lite Me Up
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1. Lite Me Up
 80年代産業ロックを思わせるオープニングのギターはSteve Lukatherによるもの。当時のスタジアム・ロックを思わせるエフェクト具合は、まぁ時代が時代なので。冒頭を飾るには最適のノリの良いナンバーだけど、ジャズらしさのカケラもないこのサウンドに、当時のファンは絶句したことだろう。だって「Herbieの新譜だ!!」と思って買ったLP、楽しみにして家に帰り、いざ針を落としてみたら、まぎれもないディスコ・ビートの嵐。「これ中身違うじゃねぇか!」とレコード店に怒鳴り込んだ人も少なからずいたんじゃないかと思う。
 なので、ジャズというフィルターを外して聴いてみると、極上のブラコン・サウンドである。サビもフックが効いているし、バラードのイメージが強いPatti Austinのバック・ヴォーカルも力が入ってる。Herbieのヴォーカルも味のある声質で、これもなかなか。



2. The Bomb
 テンポが上がり、さらにファンキー指数の増したダンス・ナンバー。なので、Herbieの出番は中盤ブレイクのシンセ手弾きくらいで、あとはたまにヴォコーダーで遊ぶくらい。
 どんな面持ちで弾いてたんだろうか、やっぱノリノリでステップ踏んだりしながらプレイしていたんだろうか。

3. Gettin' To The Good Part
 少しアフロっぽいムードのリズム、どこかで聴いたと思ってたら、Sade『Smooth Operator』だった。ミディアム・テンポのまったり加減が心地よいのだけど、時折現われるHerbieのヴォコーダー・ヴォイスが台無しにする。それこそPattiに歌わせればよかったのに。
 中盤からはホーン・セクションが入り、Steely Danっぽく変化するのも、俺的にはツボ。

4. Paradise
 ほとんどAORか、それともEarth, Wind & Fireあたりを狙ったのか。アースならもっと下世話だけど、ここは無難なポップ・バラードに仕上げている。
 この曲のみパーソナルが違い、別のセッション・メンバーが起用されているのだけれど、コンポーザーとしてHerbieと併記されているのが、Bill Champlin(B.Vo)、David Foster(P)、 Jay Graydon(G)という、錚々たる面々。Herbieは演奏を彼らに任せ、これまで使っていたヴォコーダーをはずして、生の肉声を聴かせている。いるのだけれど、ほんとオーソドックスな曲なので、わざわざここで気合を入れたメンツでやるほどのものではない。さすがにヴォーカルもちょっと自身なさげだし。
 特別自分から歌う気などなかったのだけど、思わせぶりな態度を取っていたがため、いつの間にか流れでやる事になってしまい。引っ込みがつかなくなって仕方なく歌ってみた、ていう感じ。



5. Can't Hide Your Love
 この曲も制作メインはNarada Michael Waldenで、Herbieはほぼ歌に専念。前曲同様、覇気が少なくハリも少ない声質のため、このようなリズムの強い曲では埋もれてしまっている。
 俺的にNarada Michael Waldenといえば、James Mason『Rhythm of Life』での一連のプレイ。アタック音が強すぎず、正確無比なタムやスネアの跳ね具合はここでも華麗に披露されている。
 なのにHerbie、気持ちよさそうに歌ってるのだけど、なにぶん声質が細く、サウンドに負けてしまっている。誰か何も言わなかったのか、と思ったら、この曲のプロデュースはHerbie自身。まぁ何も言えないわな。

6. The Fun Tracks
 これもEarth、またはIsley Brothersを彷彿させるリズムとギター・シンセからスタート。ヴォーカルがHerbieからWayne Anthonyに交代したためか、ノリがまるで違ってる。やっぱ本職が歌うとグルーヴ感が違ってくる。Herbieのシンセもエフェクト的に使いまくられて、良い意味でバッキングに徹している。

7. Motor Mouth
 この辺はモロQuincyを意識したような、同時代的なディスコ・サウンド。Herbieはまたまたヴォコーダーを使ってカウンター的に絡んでくるのだけど、この程度の使い方なら、テクニックの稚拙さが目立たない。まぁやりたかったんだろうね。俺的にこの曲、Pattiのバック・ヴォーカルが好み。



8. Give It All Your Heart
 ラストはメロウ・グルーヴな80年代Isleyっぽいサウンドに乗せて、またまたHerbieがヴォコーダーで登場。それはもう慣れたのだけど、せっかくPatrice Rushenが参加してくれているのに、彼女にまでヴォコーダーをかけるのは、ちょっとどうかと思ってしまう。
 でも終盤のHerbieのソロはやはり聴き入ってしまう。最後はうまく締めるんだな、やっぱ。




 このアルバムは8曲中6曲がRod中心の制作になっているのだけど、どれもHerbieの強烈なオリジナリティに染まることなく、この曲もきちんと類型的なR&Bバラードに仕上げている。ヴォコーダーを使うアイディアがRodから出たのかHerbieから出たのかは不明だけど、どうにか違和感が少なくなるようにミックスされているので、それほど気にはならない。
 この方法論をもう少し推し進めて、Zapp的なヴォコーダーの使い方を習得したら、もっとファンキーなサウンドが展開されたと思う。まぁでもHerbieはQuincyみたいになりたかったわけだし、そっちの方面にはいかないよな、きっと。



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