www 洋楽を聴き始めたのは中学生になってからで、30年以上いろいろ追いかけてきて、今でも進行中なのだけど、世界はあまりにも広い。入り口として80年代ヒット・チャートから始まり、そのうちソウル/ファンク系に興味を持つようになると、次第にディープな方へマニアックな方へと興味が向いてゆき、50年代のラウンジ・ミュージックやワールド・ミュージック系など、とにかく人があまり聴かないジャンルを求めるようになった。前にどこかで書いたと思うけど、大して興味がないのに落語のCDにまで手を出しちゃった時は、さすがにこりゃマズいと思い直して、急に90年代Jポップにのめり込むようになった。
 そんなこんなを経て、今も好きなジャンルにはとことんのめり込み、ちょっと飽きるとまた別へ、並行して昔聴いてたジャンルを振り返っての繰り返し。一生続くんだろうな、こういうのって。
 というわけで、前回の続き、今回は洋楽編。前回同様、順不同。



Gabin 『Into My Soul (feat. Dee Dee Bridgewater)』
 イタリアを中心に活躍するアシッド・ジャズ・ユニットGabin。とは言ってもジャンルに捉われない活動を展開しており、フィーチャリングを活用した歌モノからマカロニ・ウエスタンのサントラっぽいものまで、実に多種多様。
 で今回は、もともとジャズ畑を中心に活動していたけど、なかなか芽が出ずミュージカルを中心に長く活動していた、大器晩成の本格派シンガーDee Deeを招聘して作られたコラボ・シングル。
 大方のジャズ・ファンク・バンド同様、自前のヴォーカリストを持たないユニットの場合、このようにゲスト・ヴォーカルをフィーチャーするパターンは非常に多いのだけど、大抵は演奏に負けないパワー・タイプを起用しているので、ダンス・チューンとしては、まずハズレがない。また、初顔合わせのセッション特有の緊張感も伴って、バンド側もいつも以上に張り切って会心のプレイができるため、往々にして傑作になることが多い。
 DJセットと生演奏をうまくミックスしたトラックに乗せて、Dee Deeが吠えまくる。特にPVで見ると、その構図がよくわかる。
 一般的にアシッド・ジャズといえば、JamiroquaiやIncognitoが思い浮かぶけど、そういったメジャー・アーティストとはまた違ったベクトルで活動しているため、クラブ系以外のメディアでは紹介される機会が少ない。少ないのだけど、ムード音楽だけに終わらないその迫力は、誰もが心を鷲づかみにされる。
 それまでアシッド・ジャズ/ジャズ・ファンクの世界に興味のなかった俺が一気に引き込まれた、超ド級のキラー・チューン。



Minnie Reperton 『Reasons』
 名前は知らないかもしれないけど、曲なら誰でも知っている、あの”Lovin’ You”を歌った人。ただムーディなバラード・シンガーだけの人じゃないことを強く訴えたくて、ここで紹介。
 『5オクターブ以上の声域を持つ天才シンガー』というのが、Minnieを紹介する際に用いられる決まり文句なのだけど、大ヒットした”Lovin’  You”において、そのポテンシャルが充分発揮されているかといえば、100%とは言い切れない。人は誰でも「静」と「動」の二面性を併せ持っており、ここでフィーチャーされているのは「静」の部分だけ、ファンキー・ディーヴァとしてのMinnieの一面は出ていないのだ。このナンバーを聴いてもらえれば、リミッターを外してフル稼働するMinnieのパフォーマンスを存分に堪能できるはず。
 このトラックを作ったのは、これまた有名なStevie Wonder。この曲が収録されたアルバム『Perfect Angel』がリリースされた1974年のStevie、ちょうど『Innnervisions』を含む3部作を制作していた頃であり、創作インスピレーションについては絶好調だった。この頃の彼の参加というだけで、クオリティは保証されたようなものである。
 粘っこいリズムはどファンクだけど、そこにまたねちっこくカラむMichael Sembelloのギターはロック色が強い。そんなクドいバック・トラックながら、爽やかかつファンキーなMinnieのヴォーカルが軽やかに跳ねる。ここまできれいなソプラノ・ヴォイスでファンクを感じさせるシンガーは、前にも後にも彼女くらいしかいない。
 この後のMinnieはバラード系を軸として、ソフト・タッチのディスコやAORに色目を使いつつ、迷走した挙句に短い生涯を閉じてしまうのだけど、時代に即したファンキー・ディスコの路線を進んでいたのなら、またちょっと違う展開があったかもしれない。
 でも“Lovin’  You”は歴史に残らなかっただろうな。



Randy Crawford 『Street Life』
 もともとはCrusadersの同名アルバムに収録された曲なのだけど、そのあまりに圧倒的なヴォーカルと表現力によって、すっかり本歌取りになってしまったことで有名な曲。
 Randyと言えば、日本では90年代にヒットしたドラマ挿入歌”スウィート ラブ”のイメージが強くなってしまい、俺の中では凡庸なバラード・シンガー以上の域を出ない人である。Crusadarsも同様、俺の中では凡庸なフュージョン・グループといったイメージが拭いきれないのだけど、この曲だけは別格。
 Crusadersとしては数少ない歌モノとして、そしてまたヒット・シングルとして知られるこのナンバー、メロディからアレンジ、また構成からヴォーカルまで、すべてが完璧。シンプルに徹するがゆえRandyの歌を最大限に引き立たせるWilton Felderのベース・ライン、ソロ・パート以外はリズム・キープに徹し、地味ながら堅実なサポートをするJoe Sampleのピアノ・プレイ。
 正直、この2組のアーティストの他の曲はどれもきちんと聴いていないのだけど、この曲ではすべてのピースがうまく噛み合って、荘厳とも言える世界観が流れている。



The The 『The Beat(en) Generation』
 Matt Johnsonという人は見た目通り、クソ真面目で理屈っぽくてめんどくさい人である。思念やコンセプトが先行し過ぎているせいもあるのか、それらをきちんと具現化して完成されたサウンドは説得力がハンパないのだけれど、どこか息苦しくって退屈で、アルバム1枚聴き通すといつもグッタリ疲れてしまう。音楽でメッセージを訴えるのは結構だけど、そっちに重心をかけ過ぎてしまうと頭でっかちなプログレみたいなサウンドになってしまう。その辺のバランスをうまく取ってエンタテインメントとして成功しているのがU2なのだけど、あいにくMattにBonoほどの下世話さは期待できそうにない。
 で、この曲はJohnny MarrがThe Smithを脱退して正式加入した初のアルバム『Mind Bomb』の先行シングル。理屈というよりは、屁理屈と被害者意識の塊であったMorrisseyと別れ、わざわざ偏屈の帝王と組んだこのアルバム、まぁほとんどはMatt主導の陰鬱とした曲が多いのだけど、これだけ他と毛色の違ったポップ・ソングに仕上がっている。
 Smithsとも従来のThe Theともまったく違う、ジャジー・テイストの4ビートに乗せて歌うMatt。肩の力の入ったヴォーカルは相変わらずだけど、そのサウンドの質感は軽やかで、ラジオから流れてきても普通に口ずさんでしまうほど。シングル・カットされてUK最高18位まで上昇し、The Theとしては最大のヒット・シングルになった。
 こういった曲がもう2つ3つあれば、The The全体のセールスにも貢献できたはずなのだけど、まだ自分探しに揺れ動いていたMarr、そしてバンド・コンセプトの構築に執心していたMattとでは、その蜜月が長く続くはずもなかった。結局このプロジェクトは単発に終わり、その後、Marrは長い迷走状態に突入することになる。



Sade 『Paradise』
 Sadeの作り出す音楽のクオリティが高いことは、わざわざここで書かなくても誰だって知ってるはず。恐ろしく長いインターバルで何年かに一度、完璧に統制された音楽を届けてくれる。単にコントロールされただけの音楽なら息が詰まりそうだけど、リリースすれば確実に上位にチャート・インするように、きちんと大衆性も兼ねたポップ要素も内包されている。そして一番肝心なのが、Sade自身の揺るぎない自信とパッション。作られた音楽だけでは、人の心は動かせない。そこには強靭なソウルが必要なのだ。
 わかってはいるのだけど、昔からその世界観についていけない俺。一曲一曲のクオリティは理解できるのだけど、いまだアルバム1枚を通して聴けないアーティストの1人である。なぜかは自分でも不明。Joni Mitchelなら通して聴けるんだけど、これも不思議。
 で、この曲は俺にとって、Sadeの曲の中では最もお気に入りの曲。絶妙なリズム・セクション、複雑な構成を苦ともせず、凛とした佇まいのまま、難なく歌いこなすその姿は、真摯に音楽に身を捧げたアーティストそのもの。優等生とも言うべき、アーティストの鏡とも言えるだろう。
 今回もベストを通して聴こうとしたのだけど、やっぱり途中で挫折した。
 俺がまともにSadeを聴けるようになるのは、一体いつの日になるだろう。





Tears for Fears 『Sowing the Seeds of Love』
 心理学用語である原初療法がバンド名の由来である、80~90年代を代表するエレポップ・デュオの代表作。
 この曲リリース以前にも、日本を含む世界中で『Shout』『Everybody Wants To Rule The World』がヒットしており、以前から知名度はあったのだけど、ヒットに伴うワールド・ツアー、次回作へのプレッシャーがストレスとなったため、長期休養に突入、新人バンドにもかかわらず、4年もの歳月が経過していた。
 それまではグループ名の由来から来るように、どこか神経質で被害妄想の裏返しのような密室ポップを展開、歌詞も後ろ向きでネガティヴなワードばかりが頻発していたのだけど、この復活作では肯定的表現である”Love”を多用している。何かの暗喩や否定の裏返し的な使い方ではなく、正真正銘いつわりなしの”Love”。
 デビュー当時からサウンドの作り込み具合は変わらず高レベルなのだけど、今回は密室ポップのルーツと言える中期Beatlesのフォーマットをそのまま使用、ていうか『I'm The Walrus』そのまんま、シンプルなコード進行と素直なメロディ、一音一音凝りに凝った精巧なサウンドを、何の衒いもなくポンとそのまま提示している。以前の彼らなら、Beatlesからインスパイアされたサウンドを捏ねくり回し捻じ曲げて、結局最後はまったく原型を留めないネガティヴ・ポップに仕上げていたのが、ここではストレートに前向きなポップ・サウンドを展開している。一旦屈折してからの素直なポップは総じてレベルが高い。



Suzanne Vega 『Luka』
 ほぼ前時代的なフォーク・サウンドでデビューしたSuzanne、その純朴そうな文学少女的な佇まいは、当初からロキノン周辺では好意的に受け取られていたのだけれど、セカンド・アルバム『Solitude Standing』収録のこの曲は、ビルボード最高3位と大ヒットを記録、アルバム同時収録の『Tom’s Dinner』と共に代表曲となった。
 アコースティックな響きを基調として、80年代テイストのポリフォニック・シンセを薄く乗せたそのサウンドは、無理に力強く享楽的な80年代パワー・ポップが隆盛だった当時においては、一種の清涼剤的に心地よい感触だった。
 有名な話だけど、歌詞の内容は幼児虐待という、強く社会に訴えかけるメッセージが内包されている。いるのだけれど、Suzannneはそれを決して熱く語らず、淡々と物語を紡ぐ。
 
 「もし夜中、悲鳴や怒声が響いたとしても、気に留めないでね。
 どうしたの?なんて、決して聞かないでね」

 
 当時Suzanneは28歳。多分この曲はフィクションだろうけど、今でも十分通用する内容である。これがフィクションなのか、それともノン・フィクションなのか、いまだSuzannneから語られることはない。



Matthew Sweet 『Girlfriend』
 暴力と憎悪が飛び交い、殺伐とした90年代アメリカのオルタナ・シーンにおいて、抜群のメロディ・センス、そしてその親しみやすいキャラクターによって、一時は日本でもそれなりの人気を博したけれど、その後この曲に匹敵するほどのキラー・チューンを作り出すことができず、どうにもパッとしなかったMatthew。
 多分今でもマイペースな活動を続けているのだろうけど、普通に口ずさめるポップ・センスとオルタナ・サウンドの爆発力とを併せ持つこの曲があまりにも素晴らしすぎて、どれもみな霞んでしまう。大昔にアルバムも持っていたのだけど、今ではこの曲しか印象に残っていない。
 社会的影響や現象としてのグランジ/オルタナ・シーンのインパクトが強すぎて、NirvanaやNine Inch Nailsなどの陰に埋もれがちな人だけど、退廃とバイオレンスのイメージが先行したシーンにおいて、ビルボードのロック・チャートで堂々の4位ランク・インはかなりの健闘だったと思う。
 ちなみに90年代リリースのアルバム中、ベスト・デザイン賞獲得は間違いなしのこのジャケット、モデルはなんと1960年代に活躍したアメリカの女優Tuesday Weld。Matthew自身が所持していた1957年撮影のピンナップを使用した、とのこと。今回初めて知った。



Aretha Franklin 『I Say a Little Prayer』
 Alice Clarkのレビューでも書いているのだけど、今もArethaはちょっと苦手な俺。いや、レジェンド級にスゴイ人だというのはわかるんですよ、そりゃ。圧倒的なヴォーカル、表現力といい、まさしくソウル・クイーンの名に恥じない人だというのは重々承知の上なのだけど。映画『Blues Brothers』での『Think』、その圧倒的なパフォーマンスは何回もリプレイしたくらいなのだけど、Sade同様、アルバム1枚通して聴くには、いつもお腹いっぱいになってしまう人である。
 そんな俺がArethaの数あるレパートリーの中では、数少ないお気に入りナンバー。作曲Burt Bacharach、オリジナル・ヴァージョンは、こちらも有名なDionne Warwick。でも俺的にはArethaヴァージョンを先に知ってしまったため、断然こちらの方が馴染みが良い。
 ゴスペル出身の彼女にとって、こういったコーラス隊をバックにしたアレンジはまさしくホームグラウンドであり、臨場感あふれるパフォーマンスを展開している。
 「ささやかな祈り」とは、誰のためなのか、身近な異性なのか、それとも崇高な神への祈りなのか。



James Brown 『I Got You (I Feel Good)』
 最後にこれを忘れてた。もちろん俺のハンドル・ネームの基になった曲である。
 JBの曲は普段から習慣的に聴いているわけではない。これも冒頭に書いたパターンと同じで、突然JBが聴きたくなって集中的に聴き漁り、十分堪能してしまうとまたしばらく離れ、また忘れかけた頃に突然JBエキスを体が欲するようになり、また集中的に…、という無限ループ。
 この曲を最初に聴いたのはTVの番組、多分60年代のロックやソウルの歴史を辿る内容だったと思う。こういった企画の場合、どうしてもロックがメインとして取り上げられることになるので、Rolling StonesやBeatlesばかりに比重が置かれ、ソウル系は刺身のツマ的扱いである。当時はロック系の方に気持ちが向いていたので、ソウルのコーナーはダラッと流し見していた。
 ほんの10秒前後だったと思う。しかも画面はかなり粗いモノクロ映像、クローズ・アップされているのはJB本人、それとゴーゴー系っぽいコーラス・ガールが2人、JBのバックで踊っていた。
 ほんと、ほんの短い時間だった。なので当然、あの有名なサビのみだったのだけど、そのパワーに釘づけになった。
 ―なんだ、このムダに熱いパワーは?
 このムダこそが、ファンクの精神そのものである、と気づかされたのは、もっと後のことである。
 “Ifeel Good!””So NICE!”くらいしか言ってないのだけど、すでにこの時点において、JBオリジナルのファンク・ミュージックが完成の域に達している。シンプルなワン・コード・ファンク、あのMichael Jacksonさえも手本としたステージング、ほぼシャウトのみのヴォーカル。
 すべて、JBが始まりだった。みんながJBに憧れ、彼を目指した。また勝ち目がないと悟って、敢えて違う途を辿る者もいた。
 しかし、JBを凌駕した者は、いまだいない。