folder ここ日本においては、とんねるず石橋貴明によって、かなり高いレベルにまで作り込まれた"Batdance"のフェイクPVが最も知られている、Prince3枚目のサントラ・アルバム。前2作『Purple Rain』『Under the Cherry Moon』は、いずれも本人主演・監督・音楽担当だったけど、今回はアメリカ人なら誰でも知ってる国民的コミックの実写映画、Princeの担当は音楽のみである。

 日本のキャラクターで例えれば、月光仮面やエイトマンが実写化されたものと思えばわかりやすい、と書いたけど、全然わかりやすくねぇな、この例え。ステレオタイプの勧善懲悪正義のヒーローって、今どきあんまりいないので、うまく伝えづらい。
 キッズ向けのTVドラマ版「怪鳥人間バットマン」がシリーズ化されており、日本でもかつては夕方や深夜の再放送の定番ラインナップだったため、いかにもアメコミ感の強いマンガ版より、こちらの方が馴染みがあると思う。「ピンチに合いながらも、正義は必ず勝つ」という単純明快ストーリー、TVドラマ創生期のチャチなセットなどにより、現在の基準で評価するのは、ちょっと辛いものがある。高度経済成長期のアメリカによる、まだ夢と希望があふれていた時代のお子様向けドラマなので、そこはまぁ、しゃあないとして。

 これまでもTVシリーズをベースにしての映画化はあったのだけど、1989年ワーナー・ブラザーズが総力を挙げて製作したニュー・ヴァージョンの『Batman』は、これまでののどかな勧善懲悪モノとは一線を画したものだった。
 まず監督に抜擢されたのが、今では誰もが知ってる巨匠のTim Burton、当時は『Beetlejuice』のスマッシュ・ヒットによって脚光を浴びていた頃、のちにJohnny Deppと組んで、耽美的で自己愛に満ちた映像、過去のトラウマを思いっきり抱えたキャラクターによる、ねじれてこじれて屈折したエンタテインメント作品を連発した人である。これまでの単純明快な巨悪を撃退する痛快ストーリーとは、最も離れた人のはず。

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 そんな彼が、主役Batmanとしてキャスティングしたのが、『Beetlejuice』から続投のMichael Keaton。この人も出自は純粋な映画俳優ではなく、もともとはスタンダップ・コメディアン。日本で言えば漫談なのだけど、それよりもっと社会風刺やセックス・ジョークがキツく、ほんと話術や演技力が求められるジャンルである。現場から這い上がってきた人なので、臨機応変なアドリブ対応と状況把握力は、特に秀でている。
 ものすごく強引に例えれば、岩井俊二と明石家さんまがエイトマンのリメイクに参加したものと言えば、わかっていただけるだろうか。ワカンねぇよなきっと。

 それと特筆すべきは、敵役のJokerとしてご指名を受けたのが、既にこの時点で大御所アカデミー賞常連俳優だったJack Nicholson。もともとエキセントリックな役柄の多い人だったけど、ここでは水を得た魚のように、あの特殊メイクも完璧に行ない、おどろおどろしいキャラクターに完全に感情移入、狂気じみて、しかもちょっとコミカルな悪役を演じきっている。いるのだけれど、これまでそれなりのキャリアを築いてきたはずなのに、こんなにハッチャけちゃって大丈夫なの?と、見てる方が心配になってしまう。

 これだけクセの強いメンツが勢ぞろいした結果、完成したのは、従来のBatmanのイメージは微塵もない、かなりシリアスでダークな味わいの作品。TVシリーズやオリジナル・コミックでは、狂言回し的ポジションでコミカルさを添えていたRobinの姿もここにはなく、Burton特有の陰鬱でおどろおどろしい映像が続く。
 映画公開当初こそ、従来のBatmanファンの間では賛否両論だったらしいけど、敢えて従来のイメージにこだわらなかったことが幸いしたのか、世界的には大ヒット、おかげで続編も何本も作られて、今ではBatmanと言えば、すっかりBurton版の世界観が定着している。

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 でPrince、世代的にもTVシリーズをリアルタイムで視聴していた世代であるにもかかわらず、Burtonの映像世界・世界観にシンパシーを覚えたのか、シノプシスに合わせたダークなイメージ、それでいてPrinceとしてのパーソナリティもきちんと主張した音作りをしている。で、それが押しつけがましいものではなく、「これがお前らの望んでるPrinceサウンドなんだろ?」とでも言いたげに、近作よりもっとポップで、わかりやすい作品になっていることが、今回の大きな特徴。

 作ってみたはいいけど、ドロドロ・ファンク全開のサウンドがあまりに攻撃的過ぎたため、リリース寸前にオクラ入りさせてしまった『Black Album』、その代わりに制作した、Prince濃厚エキスを120パーセント煮詰めて注入した『Lovesexy』の2作が、本国アメリカでちょっとコケてしまったため、セールス面でややナーバスになっていた部分もあったのだろう。いくら天才と崇められていたとはいえ、Princeだって人の子である。特にこの手のタイプ、世評や他人の反応を過剰に気にするものである。
 実験的サウンドや要素を抑え、ユーザーが望むサウンドをストレートに提示できたのは、「これはサントラだから…」「しかも自分の映画じゃなくって、頼まれたものだし…」というエクスキューズもあったからこそ。
 逆に言えば、そういった言い訳を自分でこしらえないと、ここまでポップにできないのであって、なかなかめんどくさい男である。

 と、ここまで書いてきてだけど、実はこのアルバム、厳密に言うとワーナーが正式に認めたサウンドトラックではない。実際に映画で使用されているのはほんの一部であり、公式サントラは別にある。
 製作配給のワーナー・ブラザーズがサントラ制作にあたって、系列会社ワーナー・ミュージックのアーティストの中から適任者を見つくろったところ、ネーム・バリューも考慮してPrinceに白羽の矢が立った。もちろんPrinceはこのオファーを快諾、ラッシュ映像を見たところ、インスピレーションがボコボコ湧いてきて、あっという間にこのアルバムを完パケしたのだけれど、その仕上がりはワーナーの望む形とは微妙にずれたものだった。
 前述したように、ポップ・ミュージックとしてはかなりのクオリティなのだけど、サウンドトラックという性質上、あくまでメインは映像であり、音楽は添え物でなければならない。Princeとしては、自分なりのBatmanをシミュレートして忠実に仕上げたつもりだったけど、ワーナーとしては、あまりにPrinceメインのそのサウンドを映像とリンクさせることは、全体のバランスを崩してしまうと危惧し、これを拒否した。
 Princeにへそを曲げられるとめんどくさい事になることも考慮して、ワーナーはBurton旧知の仲であるDanny Elfmanに公式のサウンドトラックを依頼、Princeの方は正式に認めるでもなく、かといってまったく拒否するでもない、なんとも大人の対応でウヤムヤにして、この問題を収束させた。

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 こうして見ると、何だか複雑な経緯が絡んだ作品ではあるけれど、考えてみればワーナーだって、Princeにオファーする時点で、こうなることはなんとなくわかっていたはずである。誰も天才の暴走は止められないのだ。
 音楽的なことはほとんどわからないビジネスマンだらけの親会社の気まぐれによって、子会社のコンテンツから、客寄せになりそうなビッグ・ネームを押さえて制作を依頼、一応映画のテーマに沿ってはいるけれど、サントラとしては微妙な仕上がり。「だから言ったのに」と担当者が言ったかどうかは知らないけど、まぁそんなこんなで。

 大人の事情で二転三転させられたけど、結果、Prince自身はこの作品によって、大きなメリットを得ている。ここ数作、右肩下がりだったセールスが急回復したのもそうだけど、サウンドトラックと言う縛りがあったからこそ、逆にそれがオリジナル・アルバムとは違うアプローチによって、ポップ性の強い作品を生み出すことができた。「これは人からの頼まれごとだから…」という言い訳が逆に、ユーザーのニーズを明確に捉えた結果である。

 『Lovesexy』以降の作品の評価は、それまでの「ほぼ諸手を挙げて絶賛」とは打って変わって、賛否両論が明確になってきている。特に『Batman』を契機として、80年代ミュージックのトップランナーPrinceの先鋭性は急速にブレーキがかかる。コンテンポラリーな要素が強くなった、と言う評もあるけど、俺的にはこれ以降も含め、ワーナー時代の作品は言われるほど悪くないと思っている。
 誰だってずっと、先頭ランナーでいられるわけではない。少しくらいは周りのペースに合わせることも必要だ。
 まぁその後は、アレでアレだけど。


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1. The Future
 映画のサウンドトラックっぽく、引用SEから始まる、シンプルなスロー・ファンク。『Lovesexy』同様、音数は少ないのだけど、やはりメジャーを意識しているのか、空間を大きく取った、広がりのある音像になっている。やはり聴きどころは、Princeのリズム・ギター。ほんとスパイス程度の使い方だけど、一聴して個人特定できるサウンドを持つアーティストは強い。

2. Electric Chair
 珍しくギターを弾きまくってるPrince。ファンク・ミュージシャンが好んでプレイする、ロックっぽいナンバーの典型なのだけど、やはりそこは一筋縄では終わらせず、ほぼ同じコード進行で押し通すのは、1コード・ファンクの伝統。
 やっぱソロ、カッコイイな。

3. The Arms Of Orion
 『Sign of the Times』からの続投で、Sheena Eastonとのデュエット。うん、まんま『愛と青春の旅立ち』だな。まぁ映画のラブシーンを想定して、またはラッシュを見てこのサウンドが思い浮かんだのだろうけど、誰もあんたにそんなの、求めてないって。
 それでもアルバムより3枚目のシングル・カット、US36位UK27位まで上がったのは、やはりアーティスト・パワー、映画の勢いによるものだろう。

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4. Partyman
 で、こちらはセカンド・シングル。US18位UK14位の中ヒット。
 ここでやっと、通常フォーマットのPrinceのファンクが登場。基本リズムは完全にロックなのだけど、この人の手にかかると、すぐさま変態ファンクに染まってしまう。疾走感もあるので、「健康的な変態」とでも言えばいいのか。

5. Vicki Waiting
 Vickiとは、ヒロインを演じたKim Basinger。このプロジェクトがきっかけとなって、PrinceとKimは急接近、まぁそういった仲になって共同作業に着手する。Prince全曲プロデュースによるアルバム製作、後に発表される映画『Grafitti Bridge』へのアイディア提供など、互いにビジネス・パートナーとしても貢献し合うに至るのだけど、まぁこれも男女の仲が冷めてしまうとウヤムヤになってしまい、Kimは映画を降板、せっかく完成したソロ・アルバムもオクラ入りしてしまう有様。
 ちょっと軽めのポップ・ファンクなので、非常に聴きやすい。『聴きやすいPrince』とは、かつては反語的表現だったけど、このアルバムから間口の広いPrinceが頻出するようになる。
 
6. Trust
 俺的には”Kiss”をメジャー・コードにした印象の曲。あれよりもうちょっとサウンド的に華があり、疾走感がある。バンド的なサウンドだけど、もちろんオケはほとんどPrinceによるもの。サックスだけはいつものEric Leedsが担当している。
 楽器なら何でもできるはずなのに、ホーン系だけは頑なに手を付けないPrince。そういえば、ハープなんかも絶対やんないよな。
 
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7. Lemon Crush
 多分、これまでのPrinceファンにとっては、このアルバムでのベスト・トラック。俺もそうだけど、これまで長くPrinceを聴いてきた者にとっては、こういった無愛想なファンクの方が馴染みがある。あるのだけれど、「お前らが欲しいのはこれなんだろ?」とPrinceに見透かされてる気がしないでもない。
 他の曲は比較的キャッチーなものばかりで、うるさ型のファンなら欲求不満になるものばかりなのだけど、この曲だけアルバムの中では浮いている。しかし、これまでのディスコグラフィーの中には、逆にスッポリ収まるのだ。
 本人的にも、多分そんな事はわかってるはず。わかった上で1曲だけ入れてくるところが、さすが天才、性格の悪さである。

8. Scandalous
 俺の中では、岡村ちゃんが”Peach X’mas”でまんまバック・トラックを使っていたことで有名。Prince的には典型的な、エモーション溢れるファルセットバリバリ使用のスタンダードなバラードである。
 後にこれをシングル・カットするのだけれど、ただのトラック流用には終わらせず、Crime(罪)Passion(激情)、Rapture(恍惚)Sex(性愛)と4つのテーマを混ぜ込んでぶち込んで、トータル18分の組曲に仕上げている。こういった複雑なテーマを、いとも簡単に形にしてしまうところが、この頃のPrinceの才気煥発な所以である。

9. Batdance
 US1位UK2位と、堂々の大ヒット・ナンバー。『Batman』と言えば、映画でも音楽でもコレ、というくらい、イメージが定着した。
 はっきり言って、音楽的な面で言えば目新しいことはなく、劇中のセリフや断片をうまく繋げた、リミックス的な成果の強い作品である。天才だからして、その編集能力は言わずもがなだけれど、後年にまとめられた自選ベストにも入ってないことから、Prince自身、ほんの余技としか思ってないんじゃないかと思われる。
 冒頭で書いたように、俺的に最もインパクトが強かったのが、とんねるず『みなさんのおかげです』(まだ『でした』じゃない頃)で公開された、石橋貴明によるパロディPV。本物のPVがワイプで隅っこで流れており、それと同時進行で映像が進むのだけど、まぁそのクオリティの高いこと。
 センスはもちろんだけど、やはり金と時間をかけないと、ここまでのモノはできないはず。TVの世界においても充分金が回っていた頃であり、クリエイター達にも熱意が溢れていた、時代が産んだ傑作である。
 最近ではTVの世界も予算削減が叫ばれてるし、また、ちょっとパクってみたいと思わせるほど、パワーのある洋楽アーティストも、少なくなってしまった。






 US・UKアルバム・チャートで共に1位を獲得したことによって、再び自信を得たPrince、今の自分のサウンドがヒット・チャートでも充分通用する確信を得て、再びやる気になり、3度目の主演映画に取り組むことになる。
 …って、また映画かよっ。
 懲りない人である。
 ていうかワーナー、もうちょっとなんか言えよ。



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