folder メイン・ソング・ライターでありヴォーカリストでありギタリストでもある、もはやソロ・プロジェクトと化したPrefab SproutのリーダーPaddy McAloon、彼の創作力の原点である、旧き良きアメリカへの憧憬をストレートにサウンドに反映させた『Gunman and  Other Stories』リリース後、再び長い沈黙に入ることになる。
 もちろん、ただ単にバカンスを満喫していたわけではない。だってそこはイギリス人、何週間も何か月も、能天気に仕事を忘れてのんびりする人種ではない。突き抜けるように高い青空よりも、くすみ淀んだ低い雨雲を好むのが、彼ら英国気質なのだ。

 ほんの身近な休息後、彼は再びレコーディング作業を再開するはずだったのだけど、大幅に体調を崩してしまったこともあって、その後のスケジュールに大幅な修正が講じられるることになる。
 長時間のスタジオ・ワークに加えて、趣味である大量の読書は、デリケートな視神経をじわじわ痛めつけ、遂には網膜剥離の診断が下され、休養を余儀なくされる。ロックン・ロール・ライフに憧れながら、私生活では清廉潔白に過ごしていたPaddyのことなので、それほど不摂生な生活を送っていたとは思えないけど、積年のストレスが溜まったのだろう。
 更なるトラブルとして、突発性難聴も加わることによって、状況は困難を極めることになる。それほどラウドなサウンドを作る人ではないのだけれど、やはりこれも長時間のレコーディングが祟ったのだろう。

Prefab-Sprout-circa-2009

 この間も断続的ではあるけれど、様々なコンセプトを掲げて大量の楽曲を制作しており、優にアルバム10枚分くらいのデモは溜まっていた。ただ、どの楽曲も完全なものではなく、中途半端な曲の断片や、壮大な組曲のほんの一曲だけなど、未完成品ばかりがどんどん出来上がり、この期間、まともな形のアルバムとして纏められることはなかった。
 そのあまりに長い沈黙の中、時々無名の有志によって未発表テイクがネット上に流出し、その度世界中のファンたちはフォーラム上で一喜一憂していた。それがハプニングによるものなのか、それとも意図的なものだったのかは不明だけれど、こんなところばかりがAndy Partridgeに似てしまって、何となく複雑な気分になってしまうのも、ファン特有の心理である。

 で、Prefabとしての新作が袋小路に嵌まってしまい、気分転換に着手したアンビエント系のサウンドが意外にすんなりとまとまってしまい、ほとんど成り行きで初のソロ・アルバムとして2003年にリリースされたのが、『I Trawl the Megahertz』。これまでのPrefabとは似ても似つかない、まったりした環境音楽的サウンドに無機的なモノローグが延々と被さり、純粋なヴォーカル曲は一曲のみという、何ていうかリハビリのために出したんじゃないかと思われる、これで金取る気なの?とまで思ってしまうアルバムである。
 多分俺だけじゃないと思うのだけれど、よっぽど熱心なPaddy信者でもない限り、これをフェイバリットとは言えないはず。だって、Paddyにこんなサウンドは求めてないもの。
 一応Paddyの新作音源としてリリースされたので、通して一回か二回くらいは聴いたと思うけど、ほんとただそれだけ。流して聴いていつの間にか終わってた、という程度の印象しかない。
 ただ困ったことに、2015年現在、PaddyまたはPrefab名義で公式に発表されたオリジナル作品はこれが最後であり、これから紹介する『Let's Change The World With Music』も含めて、その後は過去のアーカイブを引っ張り出してきて、手を加えたものでしかない。
 
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 この作品も『Earth: The Story So Far』『Devil Came A-Calling』など、数々の未完のプロジェクトから派生した作品集であるため、一つの明確なコンセプトでまとめられているわけではない。壮大なプロジェクトが頓挫して、その残滓の中からいくつか拾い上げ、磨けば光る物に少し手を加え、どうにか形にしたものばかりである。しかも、ほぼゲスト・ミュージシャンは入れず、純粋にPaddyのソロ・ワーク、機材も一昔前のモノばかりのため、出来の良いデモ・テープ並みの音質である。
 かつての盟友Thomas Dolbyでもいれば、もうちょっとなんとかしてくれたんじゃないかとも思えるけど、当時はちょうどネット関連の事業の立ち上げに関わっていた最中のため、スケジュールが合わなかった、とのこと。まぁどちらにしろ、もう2人が組むこともないのだろう。彼らが仲睦まじくスタジオの中で起こした数々のマジックは、あの時かぎりのものであり、再現できる類のものではないこと、それは2人とも承知の上なのだ。

 これ以降もPaddy、『Steve McQueen』のリマスター作業など、断続的にアーカイブのリリースを行なっているのだけど、純粋な新作の話はとんと聞こえてこない。もちろん全盛期と違って体力的な不安はあるので、以前のようなペースでの作曲・レコーディング活動は難しいのだろうけど。
 
 でも、我々ファンは待つのだよ。いつかきっと、を信じて。
 


Let's Change the World With Music
Prefab Sprout
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1. Let There Be Music
 いきなりリズムの立ったバック・トラックに乗せて、ちょっぴり黒っぽいナレーションが始まり、違うCDかと勘違いしてしまいそうだけど、Paddyの声が聴こえてくると、そこはもういつものPrefab Sprout。新機軸として、1990年当時流行だったハウス・ビートを見よう見まねで使用しているのだけれど、これが意外にはまっている。器用なんだよな、こういうとこが。
 


2. Ride
 こちらもリズムを強調したトラック。懸案だったMichael Jacksonをモチーフとしているためか、「リズムとメロディの融合」がテーマとしてあった模様。ソウル系の影響はほぼ皆無のPaddyだけれど、この打ち込みリズムは最新型ではない分だけ、妙に人力っぽさが漂っている。ただ、もうバンドの意味はないよね、これだと。
 


3. I Love Music
 ワルツを基調とした、リズム・パターンにこだわったトラック。間奏のプリセット丸出しのストリングスが時代を感じさせるけど、それ以外はいつものPaddy。普通のポップスのメロディ・ラインではなく、ジャズ・テイストを交えながら、一聴してPaddy’s Musicと分からせてしまうところが、強烈な個性でもある。

4. God Watch Over You
 重厚なエレピのリフレインが格調の高さを演出している、タイトル通り「神の視点」をテーマにした、シリアスな曲。朗々としたヴォーカルながら、重くなり過ぎないのはやはりメロディの美麗さ、敢えてチープなシンセの響きだろう。

5. Music Is a Princess
 直訳するとすごく気恥ずかしい、英語だからまだ堂々と歌うことのできる、非常に前向きで若々しさの残るナンバー。『Steve McQueen』あたりのアルバムに入っててもおかしくない、キラキラしたサウンドがバンド・サウンドを彷彿とさせる。こういった曲の割合がもう少し多ければ、もっとキャッチーになってセールス的にも健闘したのだけれど(UK最高39位)。

6. Earth, The Story So Far
 有名な未発表アルバムのタイトル・トラック。ここで初めて日の目を見ることになった、ということは、プロジェクト自体は完全お蔵入り?天地創造からPresleyまで、壮大な世界の歴史を語り尽くす予定が、サワリだけで終わってしまったってこと?タイトルとコンセプトばかりが独り歩きして、詳細は判明していないのだけれど、寸止めみたいな感覚がもどかしい。
 基本、『Jordan the Comeback』後に制作されたトラックが大半を占めるので、美麗なメロディを究めた後のテーマとして、リズムの工夫が目立つ曲が多い。アウトロのソプラノ・サックスも以前とは響きが違う。単品だけでも十分な味わいだが、これがフル・コースなら、一体どのような全体像になったのか。興味は尽きないが、すべてはPaddyの脳内にしまい込まれている。
 


7. Last of the Great Romantics
 『Jordan~』期を飛び越して、『Andromeda Heights』的サウンド、要するにAORを志向したトラック。もちろん極上のAORなのだけれど。ただ惜しいことに、急にこの曲だけ音質の劣化が見受けられる。全トラック、デモ・テープのリマスター版的サウンドなのだけれど、音の広がりが失われ、ダイナミック・レンジも妙に狭い。特に打楽器での響きが潰れた感じ。曲調はロマンティックなだけに、惜しい。

8. Falling in Love
 Paddy自身による打ち込みサウンドが多勢を占める中、比較的生音率の高いトラック。この曲のみ、地味な扱いではあるが生ギターが投入されており、ややカントリー・テイストのサウンドにオーガニックな彩りを添えている。

9. Sweet Gospel Music
 タイトルとは裏腹に、ちっともゴスペルっぽく聴こえないのだけれど、Paddyの中では立派にゴスペル・ミュージックなのだろう。黒人的なコーラスが入れば良いのではなく、要は神に捧げる音楽としては、ポップでありながら、そしてシリアスでもある。『Jordan~』的サウンドは荘厳としているため、テーマとの親和性は高い。

10. Meet the New Mozart
 ユニゾンではない多重コーラスを使うPaddyは意外に珍しい。コーラス・アレンジは『Jordan~』で、他のサウンドはエレクトロ・ベースのテクノ、時々ジャズも混入している。こういったリアルタイムの音楽にも目配りを行ない、「やってみた」はいいけれどイマイチしっくり来ず、結局いつものサウンドに落ち着いてしまうところが、これまたいつものPaddyである。
 案外保守的でなく、まずは恐れずに「やってみる」というのが、この人の妙に前向きなところである。自らの拡大再生産だけに終わらないところが、僅かではあるけれど新たなファンを獲得し続けている所以でもある。

11. Angel of Love
 ほぼヴォーカル・ラインだけで作ったサウンドに、グロッケンなどをエフェクト的に使用、Paddy率100%のトラック。ラストを飾る曲としてはドラマティックで良いと思うが、単品で聴いてみると、ちょっとお腹いっぱい。やはり壮大な組曲の一部として聴いた方が良さがわかる。

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 直訳すれば、「音楽で世界を変えてみよう」。
 当たり前の話だけれど、Paddyは音楽で革命を起こしたり、世界征服を目論んだりする人間ではない。また、音楽で人の心を掌握したり、世界平和を訴えたりなど、そういった大それた人間でもない。
 彼の本意はそういった大げさなものではない。もっと小ぢんまりとした、もっとパーソナルなものだ。
「良い音楽に出会うことは、心を豊かにすること、変わり映えしない日常に別の彩りを添えることなんだ」ということ。
 たったそれだけのことである。



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