e0267928_1117519 1971年に発表された、Marvin初のセルフ・プロデュース・アルバム。発表当時はビルボード最高6位という、今にしてみれば中途半端なセールス・アクションだったけど、その影響力は実際の販売枚数以上の威力があり、記録よりも記憶に残る名盤として、今でもソウル史の中でも重要な立ち位置にいる。同名シングルは全米2位(R&Bチャートでは1位)まで上昇しているので、ヒット・ソングとしては上々の成績だったので、モータウン的にも面目がついたんじゃないかと思う。
 ちなみにアメリカの雑誌「ローリング・ストーン」による「All Time Beat Album 500」でも、堂々の6位。Beatles、Beach Boys、 Bob Dylanと続く中でのランク・インなので、アメリカでもなかなかの知名度があることがわかる。ちなみに、いきなりスケールは小さくなるけど、ここ最近では、「レココレ」の「ソウル/ファンクの名曲ベスト100」にて、タイトル曲がNo.1を獲得した。 

 発表当時から名盤扱いされ、40年以上経ってもその地位が揺らぐことのない、永遠のマスター・ピース、ほんと優等生のようなアルバムである。ほぼ10年おきぐらいのペースで、最新鋭のリマスターが行なわれており、デラックス・エディションや高品質アナログ盤など、節目節目に出されるアイテムも多岐に渡る。それだけ根強いファンが多いこと、そして、このアルバム単体の求心力が、とてつもなく強いということなのだろう。 

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 モータウンのヒット曲製造システムのフォーマットに則って作られた、60年代初期のポップ・ソウルには、当時まだ大国としての威厳が残っていた、享楽的なアメリカの夢が詰まっている。
 最初はそのとっつき易さが良かったのだけれど、人工甘味料や着色料でゴテゴテ装飾された、ジャンク・フード的楽曲ばかりでは、あまりに他のシンガーと大差なく、飽きが来てしまう。
 大量生産(全盛期のモータウンでは、流れ作業的に次々とバック・トラックのレコーディングが行なわれており、入れ代わり立ち代わり次々とシンガーらが歌を吹き込んでいた)された音楽のレーンに乗ることを自ら拒否し、そして作り上げたのが、このアルバム『What’s Going On』である。

 ファルセットを多用したソフト・ヴォイシング、破裂音の少ないパーカッションやコンガによる柔らかいリズム、Marvin自身による、幾重にも重ねられた、薄く柔らかく奏でられる多重コーラス。 パワフルなホーンとバスドラでデコレートされていた、モータウン特有の、「前に出る」サウンドから一転して、音の感触としては、派手な部分はそぎ落とし、ヴォーカル、コーラス、バッキングそれぞれが前に出過ぎることなく、それぞれのパートの絶妙なハーモニーによって、サウンド総体を作り上げている。
 当たり前の話だけど、オーソドックスなサウンドでも、手間暇とコストをかけることによって、複合的な厚みが生じ、そこに普遍性が誕生する。そのため、どの時代においても音のテイストは古びることなく、確実に一定のアベレージを維持できる、ほんと不思議なアルバムである。

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 「名盤」と呼ばれる定義はいろいろあるだろうけど、俺が勝手に思ってる定義として、「数年に一度,何となく聴きたくなって、つい最初から最後まで聴き通してしまう」アルバムこそが「名盤」だと、勝手に思っている。
 コアとなる曲が数曲あり、誤解を恐れず言えば、多少クオリティの落ちる曲がいくつかあったとしても、トータルのサウンド・メイキング、またはコンセプトの妙によって、それらはアルバムの一構成要素として組み込まれることになる。ヒット曲やタイアップ曲、馴染みのあるカバー曲ばかりを寄せ集めれば良いというわけではない。そんなのは、トータルなテーマを無理やりこじつけただけの、ただのベスト・アルバムに過ぎない。

 このアルバムについては、発表当時から、既に多くのことが語り尽くされている。
 「ベトナム戦争を背景にした曲」、「ソウルとしては初めて社会問題に言及しているため、モータウンが発売に難色を示した」、など、様々なエピソード、逸話などが、まぁ出てくる出てくる。
 そのような時代背景、当時荒んでいたMarvinの私生活事情を念頭に入れながら聴くのも一興だろうけど、あまり肩ひじ張らず、心地よいサウンドに身を委ねるだけで良い。
 我々は、批評をするために音楽を聴いているのではないのだ。


What's Going on
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1. What's Going On
 夕映えの場末のバーの喧騒の間を縫って、高らかに響くソプラノ・サックス、Marvinのソフト・タッチのヴォーカル、Marvin自身の多重バック・コーラスがレスポンスしながら、終始入れ代わり立ち代わり鳴り響く、珠玉のナンバー。
 泥沼化したベトナム戦争などの社会的な状況、ロックの本格的な台頭、それに伴う商業主義による音楽ビジネスの肥大化にも呼応し、ダイレクトなメッセージ性を強め、ヴォーカルもリズムも等価に並んだサウンドが心地よい。
 まずはとにかく、サウンドを聴いてほしい。メッセージはその次だ。



2. What's Happening Brother
 ベトナム戦争に従軍した弟から聴いた逸話をもとに作られた、シリアスな歌詞。前曲から続く、軽いソフト・タッチのヴォーカルは、そんな重さを見事に中和させ、英語がネイティヴでなければ、普通に美しい一曲。

3. Flyin' High (In the Friendly Sky)
 妖しげなファンキー・ソウル。冒頭のドラっぽい打楽器の音色が、B級カンフー映画テイストを醸し出している。無国籍なサウンドを狙ったのかと思われるけど、そこは狙い通り。
 ベトナム帰還兵の事を歌っているのだけれど、今で言うPTSDによりドラッグ依存が強く、タイトルは底の中毒症状とかけている。

4. Save the Children
 冒頭から、Marvinの不穏さを予感させる語りから始まる、こちらもメッセージ性の強い一曲。レスポンスするのは、抑え気味ながらもソウルフルなMarvinのヴォーカル。
 あまり語られることはないけど、この曲に限らず、このアルバムはベースが聴きどころ。手数が多い割にはうるさくなく、きちんと曲を引っ張るベース・ラインというのは、こういったプレイを言うのだろう。全盛期モータウンの屋台骨を支えた、職人James Jamersonの技が堪能できる。

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5. God Is Love
 6.のInterrude的な小品。セッションの肩慣らしというか、あまり力を入れずにサラッとしたメイン・ヴォーカルが、歌詞の重苦しさを和らげている。短めだけど、コンパクトにポイントをまとめており、次の曲へ繋ぐブリッジで終わらせるには、ちょっともったいなかったかもしれない。

6. Mercy Mercy Me (The Ecology)
 最近CMでも起用されていたため、知らずに耳にしていた人も多い、Marvin初心者でも馴染みやすい曲。実際、カバーも多い。
 ピアノとギター・カッテイングが軽いタッチでリズムを引っ張り、ノン・リバーヴのマルチ・ヴォーカルが軽く、心地よいサウンドに乗せられている。  
 LPでいうところの、ここまでがA面となっており、ほぼ同じサウンドがシームレスにつながっており、一つの組曲として聴くことができる。このソフト・サウンディングの中に、深刻な社会問題やシリアスなメッセージを内包したことが、当時のソウル・ミュージックの中では画期的だったのだろう。
 時事問題も含めたメッセージは、現代人には通じにくい部分も多いが、サウンドだけはずっと普遍的なものだ。



7. Right On
 このアルバムの中では一番長尺の、ちょっとジャズ・テイストの入った、妖しげなコード進行のナンバー。全編に流れるグィロの響きがまたラテンの暗黒面を象徴するかのよう。比較的緩やかなセッション風のナンバーなので、演奏が進むにつれ、曲調が次第に変化してゆく。5分くらいから怪しげさが薄れ、このアルバムのカラーに戻ってくる。どちらかと言えば演奏主体のナンバーなので、Marvinのヴォーカルも構成楽器の一つとして捉えればわかりやすい。だけど聴いてる方にとっては、インパクトはちょっと薄い。

8. Wholy Holy
 タイトル通り、神を讃え、神に捧げる曲。欧米の人なら、神に対して無防備に惜しみない愛情を表明できるのだろうけど、やはり日本人にはわかりづらい世界。広い意味で捉えればゴスペルなのだけど、そこを超越した讃美歌の世界。荘厳としたストリングスに彩られたバックグラウンドは、実はスタンダード・ナンバーをこよなく愛するMarvinならでは。

9. Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)
 ブルースというよりはジャズ・ヴォーカルっぽく聞こえる曲。他の曲にも共通するのだけど、スキャットの多用、ほとんどリード楽器と思われるくらい前面に出た、コンガとベースによるリズム・ライン。最後はオープニングとループするかのように、“Mother, Mother“で終わる。





 本編はここまでだけど、最近発表された 『40th Anniversary Edition』では、この後、延々と未発表テイクが続くのだけれど、やはりオリジナル・ヴァージョンと聴き比べると、完成度のレベルの差が大きいため、「だから当時は未発表だったんだな」と納得してしまうテイクが多い。タイトル曲のシングル・ヴァージョンなんて、あまりにもサウンドが素っ気なくて、よくこれで当時売れたものだと、逆に感心さえしてしまう。
 いやもちろん、掘り出し物もあるんですよ。ま、俺もめったに追加テイクは聴くタイプじゃないけど。

 アーティスト、サウンド・コンポーザーとしての名声を今作で得たMarvinだったけど、その後も自分の適性と理想とのギャップに、遂に最後まで折り合いをつけることができなかった。ジャズ・シンガーの夢潰えて落ち込んだかと思えば、今度はプロ・フットボール・プレイヤーに憧れる、という中二病を患うなど、さらに迷走。
 この後、離婚を挟んだり、親族との不和に疲れ果て、スイスに雲隠れした挙句、一世一代のソウルのマスターピース的名作『Midnight Love』を、ほんと最後の最後に生み出すのだけど、そこまで一気に書こうとしたら、とても体力と根気が続かない。。
 Marvinについては、また次回。




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