folder 1985年にリリースされた、ソロとしては12枚目のアルバム。他にもアメリカン・プログレッシヴ・ハード・ポップ・バンド(長い!!)Utopiaとして9枚のアルバムを制作しているので、彼の70~80年代は膨大な仕事量に明け暮れている。その他にもソロ・グループ両方のツアーを行ない、また長らく所属していたBearsvilleレーベル・スタジオのハウス・エンジニアとして、数多のアーティストのプロデュースを行なっているので、一体いつ寝てるのか、こっちが気になってしまうくらい。
 それに付け加えて、巡り巡った縁により女優Liv Tyler(ご存じ父親はAerosmithのSteven Tyler)の育ての親として奮闘している。ま、これは単なる豆知識。
 
 当時のToddは古巣Bearsvilleを離れ、大メジャー・レーベルのワーナーに移籍して間もない頃。それまで特別大きなセールスを上げることもなく、そしてまたこれからもビッグ・セールスは期待されていないはずなのに、どういった経緯でワーナーとの契約に至ったのか。
 
 前回のToddでも述べたように、この人はアメリカでも日本でも、そして全世界の音楽業界関係者からの受けが良く、ミュージシャンズ・ミュージシャンとしての評価がとても高い。絶対数は少ないけど、世界中に満遍なくマニアックなファンが点在しているため、すべてかき集めればそこそこのセールスは見込めるし、またレコード会社から見ても、「別にいなきゃいないでいいけど、特別拒む理由もないから取りあえずうちにいてもいいよ」的な扱いのアーティストだったせいもある。

a cappella 2

 まだ音楽配信なんて技術もなく、CD・レコードなど物理メディア以外に音楽流通の手段がなかった頃、まだ業界全体に余裕があり、音楽出版というのは文化事業的な側面を担っていた。
 例えば日本でも、あまりセールスの見込めない童謡や純邦楽、落語・朗読などのセクションは、規模こそ縮小されているけど、カタログのラインナップにはほぼ必ず残っている。当然、社内的には窓際ポジションなのだけど、企業としてのアイデンティティ、儲け一辺倒な活動だけではないことをアピールしていくためには、必要不可欠なものである。新陳代謝が少なく、もはや先細りの文化を保護してゆくことは、社会的責任を担う企業の社会貢献として、当然のことと受け止められていた。ま、経営的観点から見れば、税金対策でもあるのだけれど。

 稼ぎ頭であるポピュラー部門も例外でなく、少しアバンギャルドでちょっぴりプログレッシブな音楽もまた、いますぐ収益を生み出すものではないけれど、将来への投資を兼ねて、また未来の成長分野として育成してゆくため、ビッグ・セールスで得た儲けを、そういったマイナー部門へ注ぎ込んでいた。当時のElton JohnやCarpenters、ABBAらに救われたアーティストらは無数にいたはずだ。
 物理メディアによる流通が崩壊しつつある現代において、アーティスト契約自体がシビアになりつつあるけど、1985年当時はまだ、Toddのように大きな収益を生まないアーティストでも、どうにかメジャー・レーベルの隅っこで息をつけるくらいの余裕はあった。
 
 で、この『A Cappella』、サウンド的にはかなり凝っていて、ていうか、もうなんていうかこう…、目の付けどころが変態である。あ、もちろん褒め言葉です。
 いわゆる一般的なドゥー・ワップ、山下達郎やゴスペラーズ的なロマンティックなものを想像すると、ひどくバカを見る形になる。アカペラといっても、一般的な和声コーラスを重ねたものではなく、ごく普通のバンド・サウンド、例えばギターやドラム、ベースといった楽器の音色を、すべてToddの肉声を加工して、ピッチや音程を整えて貼り付けた代物である。思いつきにしては膨大な手間のかかる、普通に演奏するか普通にアカペラにするかのどちらかにすればいいのに、わざわざこんなしちめんどくさい所業を行なうのは、とても悪趣味な行為である。

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 で、肝心の出来栄えだけど、これが案外良い。ていうか、サウンドの奇抜さに埋もれて分かりづいけど、何回か聴き込めばいつものToddだということに気づかされる。メロディは従来のTodd、DNAに刷り込まれたアメリカン・ポップスと敬愛するノーザン系ソウルとのいいとこ取りとなっており、さすがメジャー移籍第一弾として、気合の入ったところを見せてくれている。
 それなのにリリース当時から、そして現在でも、トリッキーな変態サウンドのことばかり先行しているおかげで、肝心の中身についての評価はとても少ない。
 今だからこそ、ぜひ再評価してほしいアルバムである。


A Cappella
A Cappella
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Todd Rundgren
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1. Blue Orpheus
 インドネシアの伝統的な男性コーラス唱法「ケチャ」を取り入れている、だからスゴイ!!という論調ばかりで語られる曲だけど、まぁ確かにその通り。まだワールド・ミュージックという概念自体が語られることも少ない時代。ポピュラー界で目をつけていたのは、せいぜいPeter Gabrielくらいだったはず。Toddがどういった成り行きでこのジャンルに出会ったのかは定かではないけど、アルバム一曲目のつかみとしてはベストだったんじゃないかと思う。
 ただこの曲、サウンドのエフェクト的な部分だけでなく、純粋にメロディが絶品。あくまでケチャ云々は装飾の部分であり、メインのメロディ、そしてややメジャー感を意識したToddのヴォーカルを堪能してほしい。
 
2. Johnee Jingo
 ちょっぴりゴスペル調。コーラスがアフロっぽいので、黒人霊歌という単語を思い出してしまった。
 ここで今さらToddの特徴だけど、この曲に限らず、正確なピッチというものにあまりこだわりのない、ベテラン・ミュージシャンとしては珍しいタイプの人である。口ベースのリズムの揺れは、気になる人は気になるのだろうけど、Todd自身としてはトータルの出来栄えが重要であって、ニュアンス的な部分は結構雑である。
 この曲もTodd自身によるドゥー・ワップ調多重コーラスが大きなうねりを作り出しており、そこかしこに詰めの甘さは見られるのだけれど、トータルで見れば結果オーライ。
 ま、「作り込んだってしょうがねぇやどうせ売れねぇんだし」という気持ちもあるのだろう。
 
3. Pretending To Care
 このアルバムにおいてのベスト・トラック。流麗なア・カペラ・コーラスが全体の曲調を支配しているのだけれど、コーラスを抜きにしても、きれいなメロディである。そうだよ、こういうことが普通にできるんだよ、この人は。
 それにしてもTodd、ゴスペルに代表される黒人コーラスを意識しているのだろうけど、やはりそこはもともとの声質の細さ、ダイナミズムを感じさせるには迫力が足りない。それでもイコライザーやサンプラーを駆使して精いっぱい肉声グルーヴを作り出している。何が何でもDIY、というのがこの人、Todd Rundgrenなのである。

 
 
4. Hodja
 スタンダードなドゥー・ワップから始まる、3.同様、こちらも正当なア・カペラ。昔から変なコード進行が取沙汰される人だが、この曲についてはまとも。もしかすると素人目にはわからないくらい巧妙な構成なのかもしれないけど、メロディの終わりが中途半端ではないので、安心して聴ける。
 なんだ、やっぱやりゃできるじゃん。
 
5. Lost Horizon
 1.同様、Toddヴォイスを加工したリズム・トラックを使用している。普通にやればとってもきれいな曲なのに、そうはせずに一回転も二回転もよじれ捻るところが、やっぱりTodd。
 直訳すれば「失われた地平線」、コーラスがとても幻想的で、濃密な夜の密林、怪しげなジャングルを連想させる。
 
6. Something To Fall Back On
 またまた変態リズム・トラック使用。今度はToddお得意の60年代フィリー・ソウルをベースにしたポップ・ソング。楽しんで作ったのか、リズムのオカズも弾んだ声になっている。
 しっかし、これも普通にやればハッピーになれる曲なのに、やはりエフェクトの部分だけでしか語られないのが惜しい。いやほんと、この頃のToddは極上のメロディ・メイカーだったと思う。

 
 
7. Miracle In The Bazaar
 Utopiaのアルバムに入っててもおかしくない、まるでYesのように荘厳としたコーラスが宇宙的な広がりを見せるプログレッシヴ・ポップ。これをUtopiaでやったとすれば、恐らくアルバム片面をまるまる使った組曲になりそうなところだけど、ここでは4分程度に凝縮している。プログレッシヴという本来の意味に沿った、Toddしかできない(やりそうにない)野心作。
 
8. Lockjaw
 ちょっぴりガレージ・ロック風味の、メイン・ヴォーカルにもコンプをかけてニュー・ウェイヴっぽく仕上げている。
 もともとバンドでデビューしただけあって、ロック・サウンドへの憧憬が深い人なのだけど、元来の声質の細さ、ロック・ミュージックにしては変則的なメロディ、コード進行によって、ロックになり切れない自分に気づいてる節がある、それがTodd Rundgren。どちらかといえば重厚なパワー・ポップに仕上がっているのだけど、Toddの声質ではここまでが限界。
 
9. Honest Work
 加工していない素の声を使い、ちょっとしっとりした導入部。ソングライターとしての側面を良い方向で表現した佳曲。2分足らずの曲だけど、白人としてのアイデンティティ、黒人サウンドへの憧れとが同居した、Toddならではの持ち味が発揮されている。
 
ToddRundgrenA
 
10. Mighty Love
 60年代ソウル・グループSpinnersのカバー。シンプルなドゥー・ワップに仕上げている。
 少年時代の憧れのサウンドをそのまんま、ほとんど加工していない多重コーラス、シンプルなフィンガー・スナップとハンド・クラッピング、そして熱くソウルフルに近づけたヴォーカルで構成されている。ほんとに好きやってみたかったのだろう。
 これ一曲だけならヴァリエーションとしてありだが、コーラス・テクニックだけを取り上げるのなら、本家の方が秀逸だし、またゴスペラーズの方が上手い。
 ただ、そういった問題ではない。重要なのは、その曲、そのアーティストへの愛情、リスペクトの具合だ。それがなければ、ただのテクニック品評会に終わってしまう。




 というわけで、どうにかこうにかアルバムを完成させたTodd、次は外注仕事、プロデュースの依頼が舞い込み、しばらくそちらに専念することになる。専念するも何も、ほんとはそんなつもりはなかったはずなのだけど、専念せざるを得ない事情が出てくる。
 何しろ相手はXTC、あの『Skylarking』のレコーディングに駆り出されることになる。


The Complete Bearsville Album
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