1984年リリース、佐野元春2年ぶり4枚目のオリジナル・アルバム。この間にセレクション・アルバム『No Damage』のリリースがあったため、ファン的にはそれほど長いブランクとは感じなかったけど、あまりの音楽性の変化に戸惑うファンは多く、ここをターニング・ポイントとして、新旧ファンの交代が著しく進んだ、キャリア最大の問題作でもある。
 最近になって30周年記念エディションがリリース、NHK-BSでは制作にまつわるドキュメンタリーまで放送された。20周年の時もそれなりにファンの間では話題になったけど、ここまで大げさに取り上げられるとは思わなかった、というのが正直なところ。
 
 10、20年前と比べて音楽業界は激変&衰退の一途を辿っている。かつて音楽のメイン購買層であったはずの10~20代の若者は、もうそれほど音楽に興味がなくなっている。今のメイン・ユーザーは団塊ジュニア以降、音楽を比較的シリアスに捉えていたアラフォー世代をターゲットにしないと、成り立ってゆかないのだ。
 そういった状況の中、佐野元春は潜在的な認知度も固定ファンも多く、確実な収益プランを立てられる、優良コンテンツの一つである。先細りしつつある音楽業界がこぞって盛り立てるのも無理はない。
 
 初期の総決算としてまとめられた『No Damage』を置き土産として、元春は単身NYへ飛び立つことになる。当時は1年間限定で、と言っていたような気もするが、最近明らかになった事実では、どうやら無期限、特別に期間も決めず、自分が納得ゆくまで滞在することを決心していたらしい。
 長い不在とはいえ、決して音信不通だったわけではなく、週に一度のモトハル・レイディオ・ショウ、月曜夜10時からのNHK-FM『サウンド・ストリート』は律儀に継続していた。また、ラジオ収録やレコーディング準備の合い間を縫って、責任編集として名を連ねたストリート・カルチャー雑誌のハシリ『This』を創刊、NY滞在中に4冊刊行している。ちなみに当時、俺自身も1冊買った覚えがあるのだけど、北海道の片田舎の中学2年には到底理解しがたい、ハイ・センスでシャレオツな、斜め上のスカしたコンセプトのビジュアル中心の雑誌だった。元春の名前がなかったら絶対手に取ることもない、どうにも「意識高い系」の好きそうな内容だった。
 なので、具体的にどんな内容だったのか、さっぱり覚えてない。

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 リリース当時から名盤と称され、それと同時かなりの異端作と評されていたのを覚えている。
 あれだけポップな"Someday"や"ガラスのジェネレーション"を作った人が、どうしてこんなサウンドになったのか?従来スタイルのポップ・チューンは"Tonight"くらいで、あとは当時最先端だったNYヒップホップ・カルチャーをメインとしたサウンド・コンセプトで制作されており、保守的なファンの間では微妙な反応が多かった、と記憶している。
 ナイアガラ・トライアングル経由で興味を持った俺的にも、そのあまりの変質振りには当初戸惑いもあったけど、最先端やらトレンディやらは別として、とにかくこの尖りまくったサウンドに魅了された。これまでのように、気軽に口ずさめるようなサウンドじゃないけど、どこか引っかかりが強く、確実に傷跡を残す質感は、長く心に残っている。
 
 ちょっと長くなったけど、ここまでが前置き。ここからが本題である。
 『Visitors』リリースの1984年、元春はツアーに明け暮れる。年明けには、初のオリコン上位にチャート・インしたシングル"Young Bloods"をリリース。元旦の代々木公園でのゲリラ・ライブを敢行したPVがメッチャかっこよかった。
 この後、少しブランクを置いて、こちらも名作『Cafe Bohemia』をリリースするのだけど、ここで元春、なぜか再びポップ路線に回帰してしまうのだ。

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 『Cafe Bohemia』もまた、当時のジャジー・ポップ・カルチャー、Style CouncilやStingなど、ジャズのエッセンスを盛り込んだサウンドに倣った名盤なのだけど、ある意味このアルバム、初期のティーンエイジ・ポップ・サウンドをベースとした、アダルト・コンテンポラリーな進化形である。なので、決して新機軸ではない。その後の元春のソングライティングの変遷の流れで見れば、ごくごく自然な経緯ではある。
 だけどしかし。
 この『Visitors』だけが、どうにも異色なのだ。

 どこにも当てはまらない、どこから湧き出て来たのか、そして、どこかへ辿りつくかも知れない、元春の足跡の中でのミッシング・リンクとなっている。
 これ以上発展するわけでもなく、そしてどこへも行き場のない、ある意味元春が創り出した、純粋にオリジナルと言える唯一の作品かもしれない。一応は日本のヒップホップ/ラップ・カルチャーのルーツとも言われているけど、そんなカテゴリー分類さえ拒否してしまう、そんな強力なエゴイズムを、この作品は内包している。
 そんな癖の強い、そんな規格外の音楽が、俺は愛おしくてならない。


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1. COMPLICATION SHAKEDOWN
 言葉とリズムの嵐。これでもかというくらいの情報の洪水である。
 並みのアーティストならもっとアイディアを薄めて、軽くアルバム1枚分くらいのマテリアルを作れるほどの情報量を、惜しげもなく一曲に詰め込んでしまったのが、当時の元春の潔いところ。クリエイターとして、そして時代のイノベイターとして、1980年代初期のNYヒップホップ・カルチャーの空気感を凝縮したサウンドを薄めることは、プライドが許さなかったのだろう。誇り高い人である。
 ちなみに、リリース当時にPVも同時制作されたのだけど、当時としてはあまりに先鋭的過ぎて公開を見送られた(発禁だったかな?)。近年、解禁されたので見たところでは…、まぁ当時の普通のMTVクリップである。このフィルムのどこに誰がケチをつけたのか。あっきり言って普通じゃん、こんなの。
 むしろ80年代という気恥ずかしい時代に寄り添いすぎたビジュアルが、黒歴史的でもある。

 
 
2. TONIGHT
 アルバム先行シングル。アルバム全体に流れる、生傷に沁みるようなヒリヒリした刺激的サウンドの中で唯一、ポップ性の強い曲。
 とは言っても、前作までバッキングを務めていたHeartlandのサウンド・テクスチュアではなく、NYチームでの演奏のため、質感はまるで違う。
 実際、アルバムの中ではこの曲だけ妙に浮いており、「1曲ぐらいは一般ウケするような曲も入れとかなきゃ」と思い立ったもか、それとも大人の事情なのかと勘繰ったりもしたけど、30年経って聴いてみると、それほどアルバム中異彩を放っているわけでもなく、ちゃんと流れの中に納まっていることに、軽い驚き。
 Mixの違い?それとも俺が年を取ったせい?
 ま、どっちでもいいか。

3. WILD ON THE STREET
 ワシントン発祥、ゴーゴーのリズムが時代を感じさせるけど、80年代初期はこれが最先端だったのだ。
 端を発するとルーツはすべてJames Brownという結果になってしまうのだけれど、当時はそんな経緯は思いつきもしなかった。今にしてみれば、有名なソウル・ショウのサウンドを発展させたものと分類できるけど、当時落ち目だったJBはゲロッパだけの一発屋という認識しかなく、復活は『ロッキー4』まで待たなければならなかった。
 
"君に壊してほしい
 バラバラになるまで
 オレを壊してほしい
 バラバラになるまで"
 
 破壊衝動に満ちあふれた歌詞を強いアタックのダンス・ビートに乗せる、というのが、それまでの日本のアーティストにはなかった発想である。破壊的な歌詞を破壊的衝動そのまんまのサウンド(例えばハードコア・パンクや前衛的な現代音楽など)に乗せるのではなく、享楽的なサウンドの使用を提示する―、元春の功績のひとつである。

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4. SUNDAY MORNING BLUE
 衝撃的なサウンドで日本の音楽業界を席巻した、と後に語り継がれた『Visitors』、当時日本のヒップホップ・カルチャーはまだ創生期すら迎えておらず、それをシリアスに分析・批評できる者もほとんどいない状況だった。もし深く理解できた者がいたとしても、彼らは現場で皿を回してたり踊ってたりする方が性に合い、評論するなんて考えはなかったことだろう。
 『Visitors』収録のバラードは2曲、特にこの曲はヒップホップ色が薄く、メロディ、ヴォーカルともシンプルに仕上げられている。ただし従来の甘いバラードではなく、NYの若手ミュージシャンらによる太い質感のサウンドに彩られているのが、これまでよりちょっぴり進化。
 
"世界はこのまま何も変わらない
 君がいなければ"
 
 殺伐としたドライなサウンドの最後、元春はこう歌を締めくくる。その声は感情を抑えてはいるが、力強い。ギターのリフとサックスとが絡むエンディングが美しく、また気持ちいい。

5. VISITORS
 急に音が分厚くなる。
 初めて聴いた時、すごく未来的なサウンドに感じたのが、これ。少なくとも、それまで聴いてきた中で、こんなサウンドを出していた日本人アーティストは他にいなかった。アンダーグラウンド・シーンには少しはいたかもしれないけど、まぁ少なくとも俺はその辺はよく知らない。元春ほどのメジャーなアーティストが、ここまでストリート・カルチャーに根差したサウンドを創り
上げたことは、すでにこの時点で衝撃的だった。
 この曲もまた、アルバム1枚分くらいのアイディアが惜しげもなく詰め込まれている。どうして、この路線を続けられなかったのか、それとも、あの時代、あのNY、あの年代の元春でなければ創れなかったのか?
 危うく絶妙なバランスの基に成り立っている、奇跡的な楽曲。

 

6. SHAME - 君を汚したのは誰
 元春がNYから吸収してきたのは、その先鋭的なサウンドだけではなかった。その空気感は人種や世代を超えた「言葉」に形を変え、特にこの曲に強く封じ込められている。
 
"偽り 策略 謀略 競争 偏見 強圧 略奪 追放 悪意 支配"
 
 『Visitors』収録曲は、中途半端な歯の浮いた比喩を極力使わず、サウンドに負けない直接的な言い回しが多い。特にこの曲においては、とにかく言葉の力が強い。
 ほんとは気に入ってるフレーズを書いてゆきたいところだけど、そうなるとあれもこれもと、結局は全文書くことになっちゃうので、結局、全部聴いてくれ、ということになってしまうので、これだけに止めておく。
 人間のプライドや自尊心をテーマとした、普遍的な内容の歌詞である。
 何年経っても考えさせられる、単純だがどの世代にも通ずる、これだけは聴いてほしい曲。

 
 
7. COME SHINING
 1.と同じ方向性を持つ、やはりNYの空気感満載の曲。
 こうして聴いてみると、元春が先鞭をつけたはずの日本のラップ/ヒップホップ・シーンが、現状どうしてこんなことになっているのか、80年代のサブカル周辺や90年代末のDragon Ashの台頭などによって、何度か独自文化の形成のチャンスはあったはずなのに、今では見る影もない。あったとしてもアンダーグラウンドに潜ってしまい、メジャー・シーンでは痕跡すら見当たらなくなってしまった。ファンモン?いや、あれはないっしょ。
 元春もこの路線はこの時限り、ヒップホップ・カルチャーへの大幅な接近はその後行なっていない。
 やはり日本で根付かせるのは無理なのだろうか?
 
8.NEW AGE
 これも3.同様、ゴーゴー系のリズムのバリエーションなのだけど、そこに重心の低いバンド・サウンドを融合することによって、やはり近未来的なサウンドを演出している。パーツそれぞれは従来品なのだけど、ミックス加減やちょっとした小技のエッセンス具合によって、どのカテゴリーにも属さない無国籍サウンドに仕上がっている。
 ステージでは再現が難しかったのか、長らくライブでは別仕様のヴァージョンで演奏されていたけど、やはり時代を感じさせないオリジナル・ヴァージョンの方が俺は好き。
 



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 あの時代/あの場所で、あのメンバーでなければ創れなかった音楽を、佐野元春はほぼ独自の感性で創りあげた。クリエイターとして一歩進むために、元春的にはどうしても創っておかなければならない作品だった。ただ、それがもろ手を挙げての歓迎だったかといえば、そこは微妙なところ。当時の日本に、このサウンドを受け止められるほどの土壌は、まだなかった。
 
 大きな好評を得ることはできなかったけど、確実に日本の音楽シーンに爪痕は残した。
 そして歌詞も大きく変容を遂げ、むき出しの言葉はもっと直接的な方向へ-。ポエトリー・リーディングという、言葉の力を信じ、強靭な散文を選択することになる。
 そして、その戦いは今もまだ続いている。



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