folder で、しつこくJoe Jackson の続き。
 大ヒット作『Night & Day』には及ばなかったけど、前作『Body & Soul』もそこそこのヒットを記録し、いわゆるヒット・メーカーの仲間入りを果たしたJoe、でも純粋な作品クオリティの面においては満たされぬままだった。
 いくらヒット・チャートの常連になったとはいえ、すべてはポップ・フィールドでの出来事、前述したようにRoyal Academy of Musicで学んできた音楽的素養を十全に活用しているとは言えず、実際、ヒット・ソングとは対極の世界である現代音楽界においては、ほとんど評価は与えられていなかった。

 ちょっとその気になれば、フル・オーケストラのスコアを書くことくらい何でもない事なのに、来るオファーはポップ・ソングの依頼ばかり。ちょっとした片手間仕事でサウンドトラック(『Mike’s Muerder』)を手掛けてみたはいいけど、セールス的にも作品クオリティ的にも、評価はほとんど無に等しかった。
 現代音楽の世界においては、セールスはさほど重要な事柄ではない。そこは非常に内部完結した仲間うちの狭い世界であり、ごくごく少数の愛好家や評論家に一目置かれることが何よりも重要なのだ。
 
 セールスが膨れ上がれば膨れ上がるほど、その手のコンプレックスが増大してゆくのは、アーティストの常である。どこかでガス抜きをしなければならない。
 
JOE JACKSON_1986_11_16

 そういった事情もあったのか、アルバム・リリースの狭間の仕事として、ちょうどこの頃開催されたつくば万博で上映された映画『詩人の家』のサウンドトラック制作で来日、東京交響楽団とのリハーサル・レコーディングを5週間かけて行なっている。
 『Mike’s Murder』での実績はあったものの、映画畑においてはほぼ無名のJoeにどうしてお声がかかったのか、その経緯はいまいち不明だけど、当時の日本はちょうどバブル突入目前、プラザ合意によって好景気の波が押し寄せつつあった頃で、要するに金があったのだろう。まとまった時間を取れるアーティストがたまたまJoeだけだった、とも考えられるけど。
 
 当然、かなり限定された環境での公開ゆえ、反響はほぼ皆無に近かったのだけど、久しぶりのオーケストラとの作業によって、アーティスト・エゴを満たすことができたのだろう、Joeはここで一旦現代音楽モードをリセットし、再度ポップのフィールドに帰還することになる。
 とは言っても生粋の英国人、そんなにストレートな物を作るはずもなく、ちょっとひねったアルバム・コンセプトに着手する。
 
 前述しているけどこの『Big World』、正確にはニューヨークのRoundabout Theatreという古めかしいホールでの「実況録音盤」である。何故わざわざ「実況録音盤」という古めかしい物言いかといえば、ライブ特有の歓声や拍手など、その他諸々の客席の状況が一切排除された、ライブ感がまったくないライブ・アルバムとなっているからである。
「ライブ会場を使っての一発録り、間違えたら最初からやり直し、観客は静かに見ているだけで、声援禁止」
 以上、このようにかなり屈折したコンセプトで制作されたアルバムとなっている。
 要するにコンサート・ホールを巨大なレコーディング・スタジオとして使用しているのだけど、だったらわざわざ観客入れる必要ないんじゃね?とツッコミたくもなる。
 
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 もう一つ変わっている点として、LPレコードでリリースされたこのアルバム、リリース当初は2枚組だったのだけど、すべての面を使っているわけではなく、溝が刻まれているのは2枚目A面まで、B面に当たる箇所には溝が刻まれておらず、ツルツルの平面になっている。
①当初シングル・アルバムの予定だったのが、思ったより曲があふれ出てこのような結果になったのか、
②それとも最初から3面のみ使用の予定だったのか、
③はたまた4面すべて埋めるつもりだったのが、曲が足りなくなったためこのような結果に落ち着いたのか。
 それについてJoeのコメントはないのだけれど、俺的には多分②だと思う。こういったコンセプトが、現代音楽経由のアーティストにとっては、とても重要なのだ。


Big World
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Joe Jackson
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1. "Wild West" 
 ここ2作では封印していたアコースティック・ギターのストロークからスタート。Joeのリコーダーがどことなく西部劇っぽい趣き。『Body & Soul』から参加しているVinnie Zummoが大活躍。敢えてシンセを使わず、生演奏での真っ向勝負を選んだJoeがリード・プレイヤーとして選んだだけあって、テクニック・表現力ともずば抜けている。

 
 
2. "Right and Wrong" 
 日本ではシングル・カットされているのだけれど、海外ではどうだったのだろう、データが見つからなかった。
 ”Stop, Everything”後のブレイクが絶品。これが大人のロックなのか、と思った18の頃。ソリッドなロックン・ロールである。
 初参加のRick Fordの、リード・ベースと言ってもよいリフも、かなり黒い。

 

3. "(It's A) Big World" 
 香港の妖しげな夜会を思わせるオープニング。しかし引き出しの多いバンド・メンバーが、よくもこれだけ揃えられたものだ。
 中国雑技団のようなハイハットが、無国籍な淫靡さを演出。
 
4. "Precious Time" 
 このアルバムの中では、ややハードめのギター・リフが演奏を引っ張っている。ここでコーラスが前に出てきており、ゴージャスなサウンドとなっている。
 『Beat Crazy』辺りに入ってても違和感のない、ストレートなロックン・ロール。
 
5. "Tonight and Forever" 
 同じくデビュー間もない頃のテイストのサウンドが続く。ただし編成は同じだとしても、ミュージシャンの力量がまるで違う。
 考えても見てほしい、これらはすべてワン・テイク、一発録りなのだ。疾走感がハンパないので、曲自体もものの2分程度で終わる、勢い勝負の曲。
 でもこれこそが、ロックン・ロール。
 
6. "Shanghai Sky" 
 ちょっぴり落ち着いて、ピアノ・ソロを聴かせるJoe、サスティンを聴かせまくったVinnieのアルペジオが幕間のようにまったりと流れる。たっぷり2分半の長い長い前奏に続き、感傷的なJoeのヴォーカルが朗々と続く。
 でも、どの辺が上海?

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7. "Fifty Dollar Love Affair" 
 哀しげに響くバンドネオンが、善からぬ男と女の情事を掻き立てる。
 
8. "We Can't Live Together" 
 今度はベースがスパイ映画のようなサウンドを奏でる。次第に演奏は情熱的に、しかし冷や汗交じりにヒート・アップする。
 モノクロ映画のぎらつく太陽のように、それ自体に色はないけれど、内にこもる熱は周囲を焼き尽くす。
 
9. "Forty Years" 
 タイトル通り、リリースから40年前、第二次世界大戦前後のヨーロッパを歌った曲。
 辛辣ながら諦念さえ感じさせる、あまり前向きではないメッセージを、それでもピアノ一本でがなり立てるJoe。
 まるで孤軍奮闘するかのように。
 ここまでが、レコードでは1枚目。

10. "Survival"
 ライブで完全生演奏という縛りのため、サウンド的には『Night & Day』『Body & Soul』と比べて、小編成で再現しやすい曲が多い。
 この曲も例外にもれず、シンセやホーンも使っていないので、シンプルなサウンドがこのアルバムの特徴。
 ただし演奏スキルは過去最高レベル、現在においても、ここまでのバンド・アンサンブルには至っていない。
 
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11. "Soul Kiss" 
 ソウルというよりは、ブギウギ・ピアノが楽しげ。緊張感で張りつめることの多かったセット・リスト中、比較的自由度が高くラフな感じの曲。
 Joeのヴォーカルもいい意味で力が抜けて、ラフ気味に歌っている。
 
12. "The Jet Set"
 日本語ではジェット族、ジェット機で遊び回る金持ち連中とwikiにあったので、要するにセレブの方々と言えば分かりやすい。
 アメリカやヨーロッパなどの有閑階級、由緒正しき生い立ちの方々の事を皮肉っている。日本ではあまりリアルではないと思う。
 
13. "Tango Atlantico" 
 タイトル通りタンゴの曲だが、いまいちバンドの消化能力が足りない。そりゃそうだ、だって一発録音だもの、完奏することで精一杯なので、踏み込みが足りなくなるのは仕方ない。
 音楽による世界一周というコンセプトのため、あらゆるジャンルの音楽を入れたかったのだろうけど、普段やり慣れてないものは、やっぱり付け焼刃っぽくなってしまう。まぁ、あれこれ詰め込みすぎだったのだろう。
 
14. "Home Town" 
 このアルバムの中では、最もポップと言える曲。テンポも軽やか、ギター・リフも余計なエフェクトはごく最小限、ナチュラル・トーンのため、初心者でもとっつき易いサウンド。
 相変わらずJoeは肩に力の入った歌い方をしているが、逆にこれがクルーナーのように甘い囁きだったら拍子抜けだろう。たまにライブでも演奏しており、お気に入りだと思われる曲。

 
 
15. "Man in the Street" 
 この曲だけ本編ではなく、前日のリハーサル音源より。ややインドっぽいオープニングから、次第に演奏が熱を帯び、最期は大団円。
 コーラスもJoe同様、思いっきり前のめりになっている。



 この後、Joeは古巣A&Mと契約終了、これまでの集大成『Live 1980-85』、またまた現代音楽『Will Power』、懲りずにサントラ仕事『Tucker』リリース後、当時飛ぶ鳥を追い落とす勢いだったVirginと契約、2枚のポップ・アルバムをリリースすることになる。
 Virginの持つ巨大な販売網を足掛かりとして、さらにワールド・ワイドな活動を展開しようと目論んでいたのだろうけど、この『Big World』をピークにセールスは下降の一途を辿り、そのおかげでJoeは鬱病を発症、しばらく表舞台から遠ざかるようになる。
 俺的にも今でも良く聴くのはこの時代まで、Virgin以降はそれほど熱心に聴いていない。
 
 最近は3ピース・バンド編成でコンパクトなツアーをヨーロッパ界隈で行なっているようだけど、全盛期をリアルタイムで追っかけてきた者としては、一応活動はしているけれど、その地味さ具合は寂しささえ感じる。できることなら、もっと大編成のバンドでハデな音を鳴らしてほしいのだが、まぁ予算もあまりないのだろう。
 
 どうせなら手練れの職人的バンドより、もっと威勢の良いサウンドを聴きたいと思っているのは、多分俺だけではないはず。どうせなら固定メンバーでツアーを廻るのではなく、現地の若手バンド、特にブラス・セクションの入ってる連中と組むのはいかがだろうか。
 日本にもSOIL&"PIMP"SESSIONSやPe’Zなど、イキの良いバンドはたくさんいるし、ヨーロッパにも、ジャズ・ファンク系のソリッドなバンドが腐るほどいる。そういった世代間交流を行なっていった方が、互いの創作意欲も湧くんじゃないだろうか。
 取りあえず日本のイベンターの方、これを読んでいたら、一度ご一考くださいませ。



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