folder   ヨーロッパ界隈ではスマッシュ・ヒットを記録した『Andromeda Heights』から4年後の2001年、いつの間にか古巣Epic/SONYから移籍、EMI系列の新興レーベルからリリースされた、Prefab Sprout8枚目のオリジナル・アルバム。

 この間に集大成的2枚組ベスト『38 Carat Collection』をリリース、それを置き土産としてSONYとの契約を解消している。
 大ブレイクとまではいかないまでも、そこそこのセールスは記録しており、確かにレコーディング経費のかかる、会社的にはめんどくさいアーティストだったかもしれないけど、まぁセールス的な伸びしろは少なかっただろうし、当時のSONY取締役Muff Winwood (あのSteve Winwoodの実兄)と折り合いが悪かったらしいので、お互い潮時だったのだろう。
 当時のSONYはMariah CareyやCeline Dionなど、確実に資本回収しやすいアーティストに力を入れていたので、手間のかかるロートルを少しずつリストラしており、企業体質の強化に努めていた。冷静に見て、今後も大きなセールスが見込めそうもないPrefabが、そういった企業論理に巻き込まれるのは、資本主義の流れとしては自然の摂理でもあった。
 結果的に、SONY時代を最後にアルバム・セールスはだんだん縮小、そういった状況に比例して、ますます密室系ポップの閉じた迷宮にはまり込んでゆくPrefabだけど、日本の人口の半分足らずのUKだけの売り上げだけではたかが知れているので、レコード会社としてはどうしても、同じ英語圏であるアメリカでのブレイクを期待する。というか、今も昔もそのような戦略なのだけど。

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 UKのバンドは、なぜアメリカでブレイクしづらいのか?
 また、アメリカでブレイクするために必要な要素とは何なのだろうか?
 古くはBeatlesやRolling Stonesあたりが第一次ブリティッシュ・インベイジョンで大きなセールスを記録して、そこから少しおいてLed Zeppelinが同じくアルバム・セールスで成功を手中にしている、で、その後は…。
 Duran Duranなど、80年代MTV系が単発でヒットしたりはしているけど、継続的なムーヴメントまでには至っていない。それくらい、UKアーティストがアメリカで活動してゆくのは難しいのだ。

 じゃあ、ブレイクした彼らに共通するモノとは何か?ということになると、もちろんアーティストの個性や時代状況も加味されるのだけど、結局のところ「ブルースの有無」に収束するんじゃないかと思う。
 幼少時からクラシックの伝統が根づいているUKでは、ブルース的要素に憧れるミュージシャンは多いのだけど、それ以外にも、クラシック教育を受けてきたミュージシャンも案外多い。アメリカでブレイクするためには、まず国内の支持を得なければならない、しかしきちんと曲をまとめたりアレンジ構成能力が上なのは、やはり音楽的素養の高い方である。
 UKチャートで上位に上がるのは、商品としてコンパクトにまとめられた楽曲たちが優位となる、ただし大きな市場であるアメリカでは、それほどアピールできるものではない。

 故に、QueenもDeep Purpleもアメリカでのセールスは中ヒット程度、逆にUK色をバッサリ切り捨てることによって、アメリカでメタルの帝王となったBlack Sabbathは、今も帝国勢力の拡大中である。一応UK(正式にはアイルランドだけど)の括りで語られるU2もまた、名盤『The Josua Tree』でブレイクした後、本格的にアメリカ市場を意識、「R&B再発見の旅」的な『Rattle & Hum』をリリースすることによって、世界的なマーケットを手に入れた(入れたはいいけど、最近になってitunesの件で世界中からド顰蹙を買っているけど)。

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 Paddy McAloonもまた、昔からアメリカへの憧憬が深い人である。
 Bruce Springsteenを当てこすった"Cars & Girls"のジャケットやPV、Steve McQueenやManhattan、Memphisなど、アルバムごとにアメリカへの思いを歌に散りばめている。ただ、彼もまた生粋のUK気質のため、ブルース的要素はほぼ1%もない。彼が見ているアメリカとは、WASP的要素、Elvis Presley以前のアメリカなのだろう。
 今回もガンマンやカウボーイなど、どちらかといえば50年代TVドラマの中のアメリカをモチーフとして作られている。そういったフェイク的なところも狙っているのだろう。
 
 ちなみにプロデューサーが、あのTony Visconti。グラム・ロック期に頭角をあらわした名プロデューサーであり、有名どころではT.RexやDavid Bowieを手掛けた人である。そのツテなのか、参加ミュージシャンの一人として、これまた有名なセッション・ギタリストのCarlos Alomarの名前がある。
 わざわざアメリカにまで出向いてレコーディングしているのに、どうしてブリティッシュ風味の強いスタッフを同行させたかというと、Paddyの狙いとしては、David Bowie『Young Americans』のようなアルバムを目指したらしい。
 ブリティッシュの視線を通して描く架空のアメリカ、古き良き時代のアメリカを想起させるかのようなアルバムを作りたかった、と本アルバムのライナーノーツで述べている。そう考えると、Bowie人脈のCarlosの参加は納得がゆく。
 出来上がった作品は『Young Americans』とは全然違うテイストだけど、目指す方向は一緒だということなのだろう。


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1. Cowboy Dreams
 冒頭から抒情的なバンジョーの音色とスチール・ギターで始まる、カントリー風味満載のポップ・ソング。もともとはPaddyと同郷の俳優兼シンガーJimmy Nailのソロ・アルバム用に書き下ろされた曲で、いわゆるセルフ・カバー。Jimmyのアルバムは未聴だけど、タイトルそのまんま往年の西部劇のワンシーンと思える情景が描かれている。
 プロデューサーとして参加しているVisconti、演奏面においても多くの貢献をしており、この曲でもベースを弾いているのだけど、リズム重視ではなく、時々リード楽器的なプレイを見せてくれる。

 
 
2. Wild Card In The Pack
 こちらは書き下ろしの新曲で、1.とほぼ同じテイストのカントリー・タッチ。前作『Andromeda Heights』同様、ブロウするSaxがフィーチャーされているのだけれど、もう少し音色が泥臭くなっているのが、やはりいい意味でのアメリカ・ナイズ。ホント美メロ満載の曲なので、アルバム中オススメの曲。
 
3. I'm A Troubled Man
 1.同様、Jimmy用に書かれた曲。JimmyとPaddyの相性は良かったらしく、実はアルバム2枚分のコラボレイトを行なっており、こちらは2枚目の方。あくまでUK内に限られるけど、セールス的にも好評だったのだろう。
 こちらは少しアメリカン・ロックに寄り添ったスロー・バラード。Troubled Man=悩める男、正しくPaddy自身を投影した歌である。
 
4. Streets Of Laredo/Not Long For This World
 カントリー・ソングとしては大御所らが歌い継いできた有名曲を、自作" Not Long For This World"でサンドイッチした、なかなかに野心的な曲。元曲を知らないので、曲の切れ目が何となくしかわからないのだけど、それほど違和感なくつなげている。
 不穏さが特徴的なストリングスの音色は、やはりViscontiならではのもの。このサウンドが欲しくて、Paddyは彼と組んだのだろう。
 
5. Love Will Find Someone For You
 またまたJimmyへ書いた曲。カントリー成分の薄い、どちらかといえば従来タイプのメロディ・ラインのPrefabソング。その分、これまでのファンにも受け入れられやすい曲である。
 シンプルなミドル・テンポのバラードなので、一般受けも良い。こういった曲を若手の誰かにカバーしてもらえれば、もう少し認知度も高まるのだろうけれど、まぁ無理だな、地味だしな。

 
 
6. Cornfield Ablaze
 題材がトウモロコシ畑、メロディはカントリーなのだけど、やや生音成分が薄まり、シンセやバンド・サウンドが前面に出ているため、こちらも従来型に近いタイプの曲。
 アレンジはAOR、歌詞はモロ中南部っぽい情景のミスマッチが、逆にメロディの良さを際立たせている。
 
7. When You Get To Know Me Better
 終盤に近付くにつれ、サウンドとしてのカントリー成分は薄くなってゆく。
 こちらも『Jordan The Comeback』辺りに入っていてもおかしくない、正統派のPrefabソング。
 Thomas Dolbyならもっとシンセ成分を多くしているところだけど、そこは熟練プロデューサーViscontiの判断によって、アルバム全体の整合性を保つため、泥臭いスチール・ギターを柔らかく鳴らしている。
 
8. The Gunman
 このアルバムのメインとなる曲。といっても、これもCherのために書き下ろされた曲なのだけど、この曲がガイドラインとなって、アルバム制作がスタートしたことは間違いないだろう。曲の本編が始まるまでのイントロがたっぷり2分以上あるのだけど、まるで極上の短編映画のサウンドトラックのような構成である。
 これまでPaddyは『Jordan The Comeback』に代表されるように、どちらかといえば3分前後の小曲を20個程度組み合わせて、一つの壮大なシンフォニーを作ることを得意としていたのだけど、これまでのアメリカへの愛憎混じった思い、それにこれまでの作曲能力を可能な限り投入した結果、このような9分弱の大作となったのだろう。
 Prefabとしては異質な、Carlosの泣きまくるギターが、感傷的な曲とマッチしている。

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9. Blue Roses
 壮大なシンフォニーの後、少し肩の力を抜いた、こちらも美メロ満載の小曲。俺的に、このアルバムの中ではベスト・トラック。意外とベタなアコースティック編成のバラードなのだけど、変なコード進行に頼らず、素直なメロディを大げさなテクニックを使うことなく、朗々と歌うPaddyが良い。なんか一皮むけたみたいで。
 
10. Farmyard Cat
 農家の猫。ただそれだけ。農家の庭で軽快なフィドルの調べに合わせながら、使用人の男女が楽しげな歌い踊る休日の風景が目に浮かぶよう。ラッキーなおまけのような曲なので、あまり深く追及することは野暮。




 このアルバムのリリース前後、PaddyはPrefab SproutとしてUK国内限定の短いツアーを行ない、そのツアー終了後、スタジオにこもって初のソロ・アルバム『I Trawl The Megahertz』をリリースするのだけど、何と形容していいかわからないが、「どうしてこんなのリリースしちゃったの?」と言ってしまうくらい、ほんと趣味的なアルバムになっている。エレクトロニカに興味を持った、と言えば聴こえは良いが、はっきり言ってスタジオでの遊びをそのままパッケージしたようなものである。確か俺も1回しか聴いていないはず。
 
 ただ、思えばこの『I Trawl The Megahertz』までが、Paddyの表立った創作活動の終焉となり、続く『Let's Change the World with Music』と『Crimson/Red』は、いわゆるアーカイヴ的な作品なので、純粋な新作とは言い難い。
 
 Paddyの視力障害も、今は結構落ち着いてきているらしいけど、いろいろと体にボロの出始める年代である。
 できれば生きてるうちにもう一度、純粋な新作を聴くことができれば―。
 それが、全世界のPrefab Sproutファンの、たった一つの願いである。


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