1983年にリリースされた、佐野元春4枚目のアルバム。当時、中学生だった俺の周りでは佐野元春の存在自体、知ってる者は誰もいなかったので、今回改めて調べてみて、4週連No.1を獲得していたことは、ちょっとビックリ。まさかそんなに売れてたとは思わなかった。ちなみに、年間チャートでも17位にランク・イン、トータル売り上げは36.5万枚に達している。
 ちなみにその年の年間チャート1位は『Flash Dance』のサントラ。ほぼ100万枚に迫る、ダントツのトップである。そういえばヒットしてたよな。
 
 前年の"Someday"やナイアガラ・トライアングルへの参加によって、先物買いの音楽ファンには多少の知名度はあったものの、当時、佐野元春は決してメジャーな存在ではなかった。北海道の片田舎の中学二年の周囲で流行っていたのは、オフコースかユーミンであり、あとは地元つながりの松山千春、ちゃんと聴いたことはないけど名前だけは辛うじて知ってる山下達郎くらいであり、元春の名前を知る者は誰もいなかった。少なくとも俺の周りでは、テレビの露出もなく、メジャーなヒット曲もない元春は、まだ知る人ぞ知る存在だった。
 
 現在の達観した表情というか、飄々とした物腰からは想像しづらいけど、デビューするまではいろいろ紆余曲折があった人である。バンドとしてポプコンに出場、独特のポップ・センスが評価されて、一応それなりの評価は得たけど、デビューするまでには至らず、バンドは空中分解、その後たまたま知り合った佐藤奈々子の制作ブレーンとして、音楽業界に足を踏み入れる。ブレーンといえば聴こえは良いが、要は何でも屋であり、デモ・テープ制作からマネジメントなど、ほとんどすべての付帯業務を一手に担い、その甲斐あってどうにかデビューにこぎ着けるけど、ほぼ同期デビューだった竹内まりやや杏里、尾崎亜美ほどのスター性・大衆性はなかったので、セールス的には苦戦、仕事でプライベートでこじれにこじれた挙句、男女の関係の破局と共にコンビは解消。ごく短期間、広告代理店のサラリーマンとして勤務、それと並行して作ってたデモ・テープが認められて、念願のソロ・デビュー、といった流れ。

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 Bruce SpringsteenやJackson Browne張りの熱いライブ・スタイルが口コミで好評を得、徐々に評判は上がって行ったが、大きなヒットを生み出すまでには至らなかった。
 当時の元春の歌詞の最大の特徴として、シーン設定のNowhwre性と英単語の多用が挙げられる。当時の日本人にとって、元春の歌詞世界は感情移入しにくく(現実に"NYから流れてきた寂しげなAngel"と接点のある日本人がどれだけいるのか?多分今もあまり変わらないけど)、まだまだ歌謡曲が元気だった時代において、そのバタ臭さを受け入れる余地は、あまりに少なかった。

 空気が変わったのは、大滝詠一との出会いである。ナイアガラ・トライアングルへのユニット参加を経て、飛躍的に世間の注目度が高まった。
 その絶好のタイミングでシングル『Someday』をリリース、同名アルバム共にスマッシュ・ヒットを記録し、ようやく一定のステイタスを築こうとした頃だった。
 
 そうした追い風の状況だというのにもかかわらず、元春は敢えて活動休止を宣言、単身NYに渡ることになる。
 前から考えていたのか、それとも周囲の急激な変化に戸惑いを覚えていたのか、ほんとのところは本人にしかわかりえないけど、このタイミングで日本に踏みとどまり、国内をベースに活動を続けていれば、日本のロック&ポップスの歴史も少し変わってたんじゃないかと思う。ベストテンの常連アーティストになっていたかもしれないし、バンド・ブーム以前の日本のロックの礎を築いてきたうちの一人であるからして、今頃サザンくらいのポジションにいたかもしれない。
 ただ、NYにて制作された傑作『Visitors』は作られなかっただろう。

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 NYへ発つ直前、ファンへの置き土産として残していったのが、ここまでの総決算としてまとめられたこのアルバム、『No Damage』である。ヒット・シングルが入ってるわけではないので、グレイテスト・ヒッツではない、とは本人の弁。
 
 レコード会社主導のベスト・アルバムとは違って、いわゆる契約消化的なものではなく、本人監修の元、きちんとしたコンセプトにのっとって制作されたアルバムになっている。本人としては認めないと思うけど、その後のキャリアにおいても重要な曲がてんこ盛りなので、ざっくりした初期ベストと考えてもいいんじゃないかと、俺は勝手に思ってる。
 レコード時代のA面/B面が、Boy’s Side/Girl’s Sideに振り分けられているけど、あくまで便宜的なものであって、それほど厳密なコンセプトに縛られているわけではないので、あまり深読みしなくてもよいと思う。もしかすると、元春自身ににしかわからないこだわりがあるのかもしれないけど、少なくとも俺的にはよくわかんない。


No Damage
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佐野元春
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1. スターダスト・キッズ
 Bruce SpringsteenとPhil Spectorの幸せな融合。一発目でこの曲が流れた瞬間、田舎の中学生にとっては結構衝撃だった。
 後年になって、この曲のオリジナル・ヴァージョン(今アルバム収録はリミックス・ヴァージョン。初出はシングル"Downtown Boy"のB面だった)を聴いてみたら…、なんかすっごくショボかった。いくらB面とはいえ、なんでこんなサウンドにしたのか、これが良いと本気で思っていたのか。ちょっとチープなガレージ・サウンドに憧れたのか。
 結果的にリミックスして大正解だった曲。

2. ガラスのジェネレーション
 初期の代表曲。ちょっとモータウンっぽい導入部から始まる、ポップ・ロックのお手本みたいな曲である。「つまらない大人にはなりたくない」というメッセージに、当時何万人ものティーンエイジャーが耳を傾けただろう。かつてPete Townshendが歌った「年取る前に死んじまいたい」というより、ずっと前向きな言葉だ。
 他にも「見せかけの恋ならいらない」「君はどうにもかわらない 悲しいけれど」など、必殺フレーズがボコボコ飛び出してくる、ほんと油断ならない曲である。

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3. SOMEDAY 
 ここまでほぼ曲間がなく、メドレー形式で曲が続く。アルバム本来のコンセプトである「パーティー・シーンでのBGM」として、このように疾走感のある構成は正解だと思うけど、当時の日本において、果たして実際にパーティー・シーンで使用した者がいただろうか?元春的には多分、アメリカン・グラフィティ的なシーン設定で制作したんじゃないかと思われるけど、そもそもそういったパーティー・シーンが存在したのか?という疑問も残るが、まぁそれはそれで。
 これもロック史にとどまらず、日本の歌謡史にも残る傑作。のちに元春自身述懐しているように、大滝詠一との出会いが大きかったと思われる。Phil Spectorサウンドを大々的に導入した、奥行きと厚みのあるサウンドは、当時の日本のロック・シーンでは結構画期的だった。テクノ・ポップに代表されるシンセ中心の音作りと逆行した、バンド全員でせーので音を出して構築してゆく手法は、すでにこの頃から時代遅れになりつつあったけど、結果的にこのアルバムのサウンドは後年まで残り、逆に当時のトレンドだったテクノ・ポップは時代の徒花として、風化し忘れられていった。
 
 「ステキなことはステキだと無邪気に 
       笑える心が好きさ」

 
 元春の歌詞の中で、一番好きなフレーズだ。今では45歳でヒネクレまくってしまった俺だけど、この言葉は俺の中で長く心に留まっている。


 
4. モリスンは朝、空港で
 地味なサウンドの曲で、こちらはシャッフルなリズムの、ちょっと不思議な感触のナンバー。アウトロ辺りからオフ気味に収録されている、ラウドに弾きまくってるギター・ソロが、ミスマッチ感を演出してるのがなかなか。
5. IT’S ALRIGHT 
 2枚目のアルバム『Heart Beat』に収録。疾走感というか、ほんとノリ一発のロックン・ロール・ナンバー。語呂と気分と思い付きで羅列した歌詞はロックン・ロール・クラシックへのオマージュであるため、まぁそんなに意味はない。意味なんてあるもんか、踊れ踊れ。
 
6. Happy Man 
 ドラムの音がモロ80年代なパーティー・ソング。こちらも何も考えなくてもよい、ほんとハッピーで楽しい曲。シングル・カットされたのも頷ける。売れなかったけどね。
 このアルバムのリリース当時、『ストップ!! ひばりくん!』という、今で言うBL系の先駆けだったマンガがあり、主人公のひばりくんがこの曲の歌詞を口ずさみながら原宿の街を歩いている、というシーンがあった。週刊少年ジャンプ連載だったので、それなりの影響力があった記憶がある。

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7. グッドバイからはじめよう 
 渡米前最後のシングルとなった曲。A面最後を締めくくる、これまでの喧騒とは打って変わって、ストリングスのみで構成された静謐なナンバー。余計な装飾を削ぎ落した、すごくシンプルな歌詞とメロディー、ほんの3分ちょっとの短い曲だけど、この時点での元春の集大成。何のギミックもテクニックも使用せず、ただ純粋に曲のクオリティを追求した結果が、これ。
 元春の曲の中でも、地味にコアなファンの間では人気が高いことで知られている。

8. アンジェリーナ
 パクリ疑惑も多い曰くつきの曲だけど(元曲は忘れた、調べればわかることだけど、どうでもいい)、ある意味オマージュと考えれば納得するくらい、それだけ瞬発力のある曲。ある程度下積みを経てからのデビュー曲だっただけに、それまで培ったすべてが詰め込まれており、元春本人としても特別思い入れの深い曲。
 長年のファンとしても同じ気持ちなのか、ライブ映像を見ていると、この曲のイントロが始まると、会場のテンションが一気に上がることがわかる。セット・リストでも、いくつかあるハイライトの中でも常に大一番的なポジションに配置されており、それだけ本人、そしてファンにとっても大切な曲。


 
9. So Young
 もともとは山下久美子に提供した曲で、後にセルフ・カバーとして、シングル1.のB面に収録された。
 まぁ元気いっぱいノリの良いポップ・ロック・ナンバー。ロックン・ロール・テイストの強い曲の場合、元春の歌詞は大体内容がない。これも前述したように、偉大なるロックンローラーへの敬意を表したものなのだろう。
 
10. Sugartime 
 3枚目のアルバム『Someday』の先行シングル・カットとしてリリース。ポップ・ロックの中でもややロック・テイストが強いので、系譜としては2.の流れにある。当時ナイアガラ・トライアングルで交流のあった杉真理がコーラス参加しており、一聴して彼とわかるスウィート・ヴォイスを披露しているのだけど、まぁセールス・ポイントとしてはちょっと弱め。俺は好きだけどね。
 
11. 彼女はデリケート
 オリジナルは『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』に収録。アルバム・リリースと同時にシングル・カットされた。オリジナルはイントロ前に、空港の公衆電話での友人との会話が収録されていたけど、このヴァージョンではカットされている。
 こちらも8.同様、かなりの勢いで突っ走る、疾走感バリバリのロックン・ロール。ロックンローラー佐野元春としての一面が、かなり強調されている。
 ナイアガラ・トライアングル参加時、どちらかといえばポップス寄りだった大滝・杉とのサウンド・カラーに合わせるため、元春はこの曲を、一旦候補から外したのだけど、大滝のイチ押しによって収録に至った、というエピソードがある。敢えて自分とのミスマッチを選択することによって、逆にアルバムのトータル性に広がりを演出した、プロデューサー大滝のベスト・ワーク。

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12. こんな素敵な日には(On The Special Day)
 シングル・カットされた11.のB面としてリリース。ラウンジ・ジャズ・テイストの濃いナンバーで、初期はこういったあらゆるサウンドを実験的にプレイしていた感が強い。まぁ今としてはこういったのもアリだと思うけど、リリース当時は眠たくなる曲として、いつも飛ばしてしまうのが定番だった。
 
13. 情けない週末 
 
「もう他人同士じゃないぜ」

 田舎の中二にとって、それはすごく大人の言葉に響いた。響きはしたがしかし、だからといって実感が湧くはずもなく、アウトロのフリューゲル・ホーンの切ない咽びの方が、まだリアルに響いた。
 「生活という うすのろがいなければ」という歌詞も、当時はなんとなくカッコよく聴こえたが、アラフォーを過ぎた今にしてみれば、ちょっとう~んという気もしないでもない。純粋な恋愛だけじゃ、男と女の関係は続かない。そんなカッコいいものじゃないのだ。長く続けてゆくには、所帯じみてはいても、「生活感」というのも必要なのだ。
 
14. Bye Bye Handy Love
 パーティーももう終わり。みんなを家路へ送り出すためのエンド・ロール。でも最後は湿っぽくならず、楽しく別れよう、そんな歌。意味はあまり考えなくてもいい、ストレートなロックン・ロール。




 リリース30周年を経て、デラックス・エディションも発売されている。限定生産なので、もうかなり入手が難しいと思うけど、当時の貴重なライブ音源と映像が追加収録されているので、できればこちらも見て聴いてほしい。
 ライブCDとDVDには、これも初期元春の代表作なのだけれど、『No Damage』のコンセプトに合わなかったため収録が見送られた、"R&R Night"と"Heartbeat"が収められている。どちらも7~8分超の長い曲で、アーティスト佐野元春の人生観が凝縮されているので、必聴。
 
 バラエティに出てる時、見当違いのことを言って芸人にいじられても、不快な表情ひとつ見せることなく、いつもニコニコ笑っている元春を見ていると、こういった大人になるのも悪くないな、と思う。
 ベタな表現だけど、少年のように無邪気に笑える大人でい続けることは、とても難しいことだと思う。
 そんなことを思う、45歳の初秋の夜長。



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