folder 『アメリカの岡村靖幸』(?)とも評された、Prince1985年のアルバム。ビルボード最高1位、UKチャート5位。
 メガ・ヒット・アルバム『Purple Rain』のすぐ後だけあって、一般的には馴染みの薄いアルバムだけど、"Raspberry Beret" ”Pop Life”など、重量級のポップ・ソングがラインナップされており、話題性を抜きにすれば、前作と充分対抗できる内容になっている。

さすがにモンスター・アルバム『Purple Rain』ほどのセールスは獲得できなかったけど、既にこの頃から売り上げ枚数やらチャート・アクションやら、そういった下々の人間がウジウジ悩んでることからは、興味が薄れていたのだと思う。当時アゲアゲの上り調子だったPrinceにとって、もはや各国ゴールド・ディスクの枚数よりはむしろ、独立レーベル設立の喜びの方が大きかったんじゃないだろうか。
 これで好き放題やりたい放題のことができる、といった思いの方が強かったのだろう。

 とはいえ、いくら天才的なアーティストとはいえ、メジャー・レーベルと契約しているわけだから、それなりのプレッシャーはあったはず。レコーディングにおける、ほぼすべての作業(プロデュース・アレンジ・演奏その他諸々)を自前で行なえるくらいのスキルはあるけれど、やはり先立つものは「お金」ということになってしまう。
 スタジオ使用料、バンドの維持費、プロモーション費用など、こういった大きなお金もそうだけど、もっと細かな出費も相当なものだ。スタッフに出す弁当代や移動費だって、積もればバカにならないのだ。

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 だからこそ大抵のミュージシャンは、予想される出版印税の中から必要経費として、それらのコストをレコード会社に負担してもらう。いわば、分け前の先取りだ。
 当然、ポッと出の新人アーティストなら、そのディールは微々たるもので、逆にレコード会社の持ち出しになる。ただしPrinceクラスの中堅どころになると、そろそろ自分の売り上げから、すべてを捻出しなければならない。金額的な負担は大きいけれど、その方が自分の意に適ったプロモーション展開ができる、といったメリットもある。そのためには分母を大きくしなければならないので、アーティスト、レコード会社とも、色々と策を講じることになる。

 黒いビキニ・パンツの上にコートを羽織っただけという、モロ変質者の風体でアルバム・ジャケットを飾ったり(『Dirty Mind』)、既に大御所だったChaka Khanに曲を書いてスマッシュ・ヒットさせたり(”I Feel For You”)、Rolling Stonesアメリカ・ツアーのオープニング・アクトに抜擢されたはいいけど、古株Stonesファンに猛烈なブーイングを浴びてまともに演奏できず、早々にステージ袖に引っ込んで泣いてしまったり、などなど。

 そんなこんなをしているうちに、『Purple Rain』の大ヒットである。
 これまでは、的のはずれた中途半端なプロモーションや、経費捻出のためレコード会社から無理やり押し付けられた仕事をジッと我慢してこなさなければならなかったけど、おかげで一気に借りを返してしまった。もちろん、当時ポピュラー音楽における絶対的存在だったCBSのMichael Jacksonへの対抗馬として、Warner主導による、映画・音楽双方によるメディア・ミックス戦略が当たった、ということもあるのだけれど。
 レコード会社のバックアップのおかげ、と頭では理解していながら、さすがに調子の乗ってしまったPrince、この勢いのまま、すぐに独自レーベル「Paisly Park」を設立、そして本作がリリース第1弾となる。

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 このアルバムがリリースされた頃はいわゆるライティング・ハイ、創作力のピークにあったPrince、通常2~3年に1枚とされていた、メジャー・アーティストのリリース・ペースのルーティンからはずれ、ほぼ年に1枚のペースでアルバムをリリースしていた。
 レコード会社の言い分としては、「一枚のアルバムをじっくりプロモートしたいので、余裕を持ったリリース・ペースで」というところだけど、まぁまだチャートに残っているのに、すぐ次のアルバムを出されたりしたら、商業政策上、たまったものではないだろう。売る側の言い分としては、当然のことだ。

 ただし、作る側であるPrinceの心情としては、とにかくあふれ出てくる音楽を、片っぱしからリリースしたくてたまらなかったはず。だからという理由もあって、彼は独立レーベルを作り、リリース音源のコントロールを開始した。
 自分名義でリリースするだけでは間に合わないので、グループ名義(Family、Timeなど)、他人名義(Sheila.Eのバック・トラック、ドラム以外ほぼ全部)を使って、とにかく正規音源を大量に世に送り出した。何しろライブと”Make Love”以外は、ほとんどの時間をスタジオで過ごしている男である。このくらいのことは何でもない。
 ありとあらゆる手段を講じても、それでも需要と供給のアンバランスは解消されず、前回にも述べたように、その大量の未発表曲は、すぐにもリリースできる形に整えられながらも、いまだリリースの目途さえ立たないままである。時々一部のマテリアルが流用されている場合もあるけど、それもごく稀なケースであり、ワーナーとの完全な和解がない限り、そしてPrinceが亡くなりでもしない限りは、倉庫に眠ったままなのだろう。


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1. Around The World In A Day
 中近東風のイントロが、アルバム・タイトルである「世界一周」を予兆させる。
 とはいっても、回るのはこの現実世界ではなく、ファンク & サイケデリック・マスター “Prince”によって奏でられる、サイケデリックに彩られた脳内世界。

2. Paisley Park
 新レーベルの名前を冠した、メモリアル的なサイケ・ポップ。タイトルからしてペイズリーだし。
 全世界的に70年代リバイバルが始まった頃で、身近な所ではペイズリー柄のネクタイが流行った記憶がある。
 好評を得つつあった、Princeのギター・ソロも堪能できる。

3. Condition Of The Heart
 たっぷり2分半にも及ぶイントロの後、またシアトリカルとも言えるエモーショナルなヴォーカルを聴かせるPrince。"Purple Rain"ほどベタでなく、普通に女性アーティストにカバーされたら、それなりにドラマティックに聴けてしまう。
 あまりに多作だった時期ゆえに埋もれてしまいがちだけど、こういったストレートなナンバーも作れるほど、当時のPrinceの守備範囲は広かった。

4. Raspberry Beret
 1stシングル全米2位。Princeの曲で人気投票を行なったら、確実にベスト10に入ってくる、良質のポップ・ソング。
 珍しく全般的にストリングスを使用。それほど前面に押し出したミックスではないが、それ故、優雅さが伝わってくる。コーラスのWendy & LisaとPrinceとのヴォーカルが噛み合っていないところが、また良いのだろう。
 完璧な調和は、時として無味乾燥なものとなってしまう。

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5. Tamborine
 この時期では珍しい、正当なファンク・ナンバー。
 変態リズムと1コードで押し通してしまう、2分程度のブリッジ扱いの曲。
 多分Princeにとって、こういったアイディア一発とも言えるこのタイプの曲なら、いくらでも作れるのだろうし、またストックも大量に残っているのだろう。同じような曲の断片なら、ブートでも腐るほど聴いてるし。
 その中でも辛うじて世に出ることができた、ある意味幸せな曲。

6. America
 Bruce Springsteen『Born in the U.S.A.』を意識したのかどうかは不明だけど、最大のポップ・イコン『アメリカ』に正面から取り組み、まんまストレートにタイトルに持ってきたナンバー。
 ストレートな8ビートと、ポップの王道的なコード進行によって構成された曲なので、Prince自身の個性的なヴォーカルを抜けば、比較的正当なパワー・ポップである。
 Bruceは現在(1984年当時)のアメリカを取り巻く現状に嘆き、それを敢えて前向きなサウンドに乗せることによって、皮肉を込めたつもりだったけど、大多数のバカなアメリカ人は、皮肉が理解できず、純粋なアメリカ応援歌として受け取ったため、その後Bruceは世間との乖離に長く苦しむことになる。
 Princeの場合は?世間的に、そこまで熱狂的に支持された曲ではないので、誤解を受けることはなかったけど、Prince的世界をこの一曲に凝縮するつもりだったのか、あらゆる構成要素の坩堝と化している。
 何しろ、アルバムでは3分足らずのこの曲、オリジナル・ヴァージョンは20分を超えるのだから。

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7. Pop Life
 サウンドはタイトル通り、ポップそのもの。こうして聴いてみると、『Purple Rain』よりも、サウンドといいメロディーといい、優れてる面が多い。
 今でこそフラットな視点で見ることができるが、『Purple Rain』は空前のビッグ・セールスによってメジャーになり過ぎてしまい、一般ファンにも「あのキモい風体の」Princeとして広く知られるようになったけど、昔からの頑固な洋楽リスナーにとっては、むしろ『Around The World In A Day』のマニアックなサウンドの方が人気が高かった。
 一部のElvis Costelloファンにとって、この曲は一時期ライブで何度かカバーされていたことで記憶に残っているのだけれど(ほんとに一部だな、この小ネタ)、正式にレコーディングしたい、というCostelloのオファーを無下もなく断った、Princeの了見の狭さに呆れたことでも、ごくごく一部では語り草である。

8. The Ladder
 荘厳としたストリングスから始まる、なんとなく”Purple Rain”を思わせる曲。ドラムの音処理が時代を感じさせるのと、ソウル・レビューっぽい語りとサビの盛り上がりとがクセになる。Eric Leedsの情感あふれるSaxが、時たま粗いAORっぽく聴こえるのはご愛嬌。

9. Temptation
 ディストーションをかなり効かせたPrinceのギター・ソロに、フリー・ジャズっぽいサックスが絡む、よく聴けば変な曲。一応バンド名義になっているだけあって(ほとんどのプレイがPrince自身のものであることは有名)、セッションっぽい響きの録音になっている。
 前半は、「ハード・ロックとハード・バップの融合」とでも形容すればわかりやすいかも(いや逆にわかりづらいか)。何しろこの時代にしては珍しく、8分の長尺曲。
 後半は一転して、フリー・ジャズ・テイストのサウンドにPrinceの陰鬱な語りと、時々叩きつけるようなピアノが絡み、混沌の世界一周が強引に幕を閉じる。




 この後、『Purple Rain』の二番煎じを狙おうとしたのか、Princeは再び映画の撮影に入る。一応ワーナー側のオファーを受け入れた形だけど、前回とパワー・バランスが変わったことによって、今回はPrinceの意向がかなり受け入れられた。よって映画主演第2弾『Under the Cherry Moon』は、幼少時のPrinceが好んで見ていたモノクロ画面のドタバタ・コメディといったコンセプトで製作され、当然歴史的な大コケとなる。
 それと同時に作られたサウンドトラック(いつ作ったんだ?)はセールスこそ目立たなかったものの、音楽的な評価は後年まで語り継がれるほどの代表作になる。
 その『Parade』の話は、また今度。


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