好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

U2

80年代U2の自己否定(いい意味で) - U2 『POP』


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 俺が思い出せる限り、デビューしてからメンバー・チェンジを行わず、不動のメンツで活動し続ける最古のバンドは、おそらくU2である。他にもいるのかもしれないけど、取り敢えず思い浮かばない。多分他にもいると思う、知らんけど。
 長いキャリアを持つバンドにありがちで、例えばストーンズなら「レーベル設立前が一番」「イヤイヤ、ビル・ワイマンが抜けてから尻上がりに良くなってるよ」とか、サザンなら「『Kamakura』前まで」「やっぱデビュー前が一番彼ららしかった」って、レアな意見もあったりする。共通するのは、やはり最初に聴いた作品が思い入れも深く、何回も聴き直したりすることも多い。
 俺にとってのU2もまた同様で、聴き返すのは『The Joshua Tree』周辺の作品が多い。彼らが世界的なブレイクを果たし、日本で紹介されることが増えたのもこのアルバムからなので、俺のようなアラフィフ世代のU2ファンは、日本で大きな割合を占めている。
 「尊大な怖いもの知らずでエモーショナル」なヴォーカルと、「態度は控えめながら、アレンジの引き出しの多い」コンポーザー兼ギター、「態度は控えめ・プレイも控えめ」なリズム・セクションらの勢いは、80年代UKロック・シーンを席巻した。と言いたいところだけど、初期のU2はたんなる「実直なギター・バンド」でしかなく、他のバンドとの優位性がイマイチあやふやだった。
 多彩なギター・サウンドなら、狡猾なキュアー:ロバート・スミスの方がバリエーションもあり、演出力も秀でていた。アイルランドの独立問題や宗教観をリアルに活写したメッセージ性においても、まだ現役だったクラッシュの方が明快でインパクトがあった。
 爛熟期の80年代UKロック・シーンは、ゴシック/ハードコアからネオアコまで、極端に玉石混合なジャンルが乱立していた。まだキャラ確立されていない初期U2サウンドは、まぁ若手としては器用だけど、いわば類型的ギター・ロックの延長線上の域を出ず、UKローカルの域を出なかった。
 彼らが一歩抜きんでるには、もうひと工夫必要だった。

 サウンド・コーディネートの多くを担っていたエッジが、この時点でギタリストとしてのエゴを優先して、あの浮遊感あふれるディレイとリヴァーブにこだわり続けていたら、U2のポジションは全然違ったものになっていたはずである。ギターいじりが昂じて、マイブラ先取りしたシューゲイザーのフロンティアくらいにはなっていたかもしれないけど、まぁ売れないわな。
 トータル・サウンドの完成度を高めるため、彼らはブライアン・イーノとダニエル・ラノワの子弟コンビををサウンド・プロデュースに迎える。何となく想像つくと思うけど、師匠イーノが思いつき担当、忠実な弟子ラノワが実務担当。
 既存のロック・バンドのセオリーである、ギター中心の音作りからの脱却が、『焔』のサウンド・コンセプトだった。複層的にダビングされたギター・サウンドは、トラック数を大幅に絞り、リヴァーブを深め静謐なシンセで隙間を埋めた。
 ひとつひとつの楽器パートのボトムを重視し、際立たせることで、トータル・サウンドに深みが増した。手のうちをすべて明らかにするのではなく、曖昧でミステリアスな部分を敢えて残すことが、イーノの思惑だった。
 ボノの発する声も言葉も、サウンドに倣い、変容していった。直情的な告発や不満を書き連ねていた初期とは違い、『焔』からのボノは、ある種の使命感をまとうことを意識して振る舞い、そして言葉を発した。堅牢なサウンドに裏打ちされたボノのパフォーマンスは、次第にカリスマ性を増してゆく。
 バンドとプロデューサー・チーム双方のアーティスト性、そしてマーケットのニーズとが次第に擦り合わされ、最初の到達点となったのが、『The Joshua Tree』だった。発売当時からすでに最高傑作とされ、日本を含む全世界でブレイクのきっかけとなったのが、このアルバムだった。
 そのスターダムへの過程を、リアルタイムで目の当たりにしていた俺世代のロック・ファンにとって、U2は避けて通れない存在である。もう好きとか嫌いとかを抜きにして、いわば問答無用の存在感を有しているのが、この『The Joshua Tree』というアルバムである。

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 いわば最初の到達点、すべて吐き出しちゃった感があったのか、その後のU2はサウンド・コンセプトのフレキシブル化、言っちゃえば紆余曲折を辿ることになる。ある意味、ここからがリ・スタートと言うべきか。
 UKギター・バンドとしては、自他ともに認める完成度となった『The Joshua Tree』によって、サイケデリック・ファーズともアラームともG.I. オレンジともミッドナイト・オイルにも、大きな差をつけたU2。普通なら調子こいてしまうところだけど、その辺はクソ真面目でストイックな彼ら、次回作のコンセプトで迷走することになる。
 並のロック・バンドなら、無難な売り上げキープとファンのニーズに沿って、『The Joshua Tree』の二番煎じ・三番煎じと行くところだけど、潔いというか意識高いというか、その線は選ばなかった。「ロックは常に成長しなければならない」という使命感の前では、それは不誠実だった。
 別の選択肢として、取り敢えずやみくもに前に進むことをやめ、「一旦立ち止まって原点回帰」というルートもある。バンド結成時の理念に立ち返り、自分たちが影響を受けたクラシック・ロック、さらに遡ってリズム&ブルースをモチーフにするとか。
 で、当時のU2サウンドになかった要素というのが、そのリズム&ブルースを含めたブラック・ミュージック全般。サン・シティ・プロジェクトにて、キース・リチャーズとロン・ウッドとレコーディングすることになって、ブラック系全般ズブの素人だったボノが、ストーンズ組2人から指導を受けて、どうにかこうにか「Silver and Gold」を書き下ろした、っていうのは、わりと有名なエピソード。「パンク以前のレコード・コレクションは持ってない」と豪語していたのが、当時のボノ。いやいやビートルズやストーンズ1枚くらいはあっただろ、世代的に。破天荒だったんだな、ボノ。
 で、そんな出逢いがきっかけだったのか、次作『Rattle and Hum』は、ブルースを主体とした、アメリカン・ルーツ・ミュージック全般へ大きく舵を切ることになる。ある種、殉教者的な佇まいを見せていた『The Joshua Tree』から一転して、泥臭いマッチョイズムと荒々しいライブ感が、新展開のU2だった。
 ただ、もともとブルースにそれほど思い入れのない彼ら、例えばB.B.キングとのコラボ「When Love Comes to Town」に顕著なように、どこか取ってつけた感/無理してる感があったことも、また事実である。「真面目に努力してブルースを学習する」彼らの姿勢は、素の持ち味がにじみ出ており、それはそれでまた面白いのだけれど、でも自分たちでも「これじゃない感」があったんだろうな。
 なので、この路線は単発で終わる。アーティストとしてのポジションは爆上がりしたけど、純粋な音楽的成果としては、やや不首尾だったのが、この時期。ここまでが80年代。

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 ルーツ探しの旅にけりをつけ、再び新規巻き直しとなった90年代U2。無難に収めるなら、ほんとの原点回帰で『焔』〜『The Joshua Tree』の焼き直し、または潔く解散というルートなのだけど、彼らが選んだのは、ベテランとなってしまった「ロック・バンド:U2」の解体だった。
 で、ここからちょっと駆け足になるけど、シーケンス・ビートを多用し、クラブ・ユースを強く意識した『Acthung Baby』、さらにテクノ要素の大幅増によって、ダンス+アンビエント色を強めた実験作『Zooropa』と続く。清廉潔白公明正大質実剛健なイメージだったボノもまた、露悪的な発言や冒涜的なステージ・コスチューム、歌詞の内容も官能的だったり不条理さを際立たせたり、これまで培ったパブリック・イメージの破壊に勤しんでいる。
 フロントマンとして、率先して「80年代U2の自己否定」を実践していたボノ、この時期から過剰なトリックスターとして、悪魔に扮したメイクで「俺がマックフィストだ」とのたまったり、インタビューでも毒を吐きまくったり。ただこれらのパフォーマンス、神格化されて抹香臭くなってしまったU2の軌道修正の一環であることを忘れてはならない。
 彼らのレパートリーの重要曲である「Lemon」や「Numb」、「One」が生まれたのはこの時期であり、80年代のストイシズムな視点からは生まれ得なかった作風である。清濁あわせ飲むことによって、表現力に幅と深みが生まれ、既存曲の解釈=当時のステージ・パフォーマンスにも、それはあらわれている。

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 で、やっと辿り着いたよ『POP』。前2作はまた別の機会に書くとして、今はこっちを書きたかったのだ。
 「80年代U2=ロックバンドのフォーマット」の自己否定を推し進め、ダンス・ビートを追求した彼らが行き着いたのが、ディスコのリズムとサウンドだった。8ビートの対極として位置づけた、フィジカルの強化、そして下世話な世界観は、既存イメージの破壊行為として、かなり振り切れたものだった。
 先行シングルがそのまんま、「Discothèque」。やっちまったな。U2ファンだけじゃなく、世界中のロック・ユーザーが同じ思いだった。そこまでやる?
 前作『Zooropa』までの製作陣は、イーノやラノワなど、多かれ少なかれロックに関わりのあるスタッフで占められていた。どれだけ暴走したとしても、それはロックの範疇で行なわれたものであり、振り回されていたファンやメディアにとっても、何とか着いていこうと思わせるところがあった。
 ただ『POP』では、その常連イーノとラノワの名はなく、ソウルⅡソウルやゴールディを手掛けたハウィー・Bが、共同プロデュースとして初参加している。マッシヴ・アタックからビョークまで、当時はヒット請負人的なポジションだった彼を押さえちゃうくらいだから、金に糸目つけなかったんだろうな、きっと。
 既存ロックからのはみだし加減には拍車がかかり、ハウィーの代名詞でもあるトリップホップを始め、ブレイクビーツやテクノ・ビートの使い方も大胆となり、アルバム冒頭3曲でのロック的要素は激減した。特に「Discothèque」は、ロックはおろか、ボノのヴォーカル以外、U2の要素を探すことが難しい。
 しつこいようだけど、その「Discothèque」の「これじゃない」感、「デジタル世代を意識して最先端に仕上げたつもりだけど、限りなくダサい」アルバム・ジャケットの微妙さは、翻弄されながらもどうにかしがみついていた当時の俺でさえ、遂に振り落とされた。タワレコでほぼ発売日に速攻買ったんだけど、たいして聴かずに速攻売っぱらっちゃったのも、いまは昔。
 U2ファンの間では極めて評判の悪い、まるでなかったことのようにされている『POP』。ただ、リリースからほぼ四半世紀、俺もU2も歳を取った。恥ずかしい過去もまた、それはそれでいまの自分を形作ってきたことは間違いないのだ。
 アラフィフとなり、いろいろと寛容になった俺は、そんな彼らも含めて受け入れることにした。「どんな駄作だって、いいところはあるよきっと」と、上から目線の気持ちで久しぶりに聴いてみたのだった。
 そんな経緯だったので、正直、全然期待してなかったのだけど、当時、乗り越えられずにいた3曲目を過ぎてからは、印象が変わってしまった。「アレ、こんなに良かったっけ?」。
 ディスコだダンス・ビートだトリップホップだグラウンド・ビートだというコンセプトで作られているのは冒頭3曲だけで、それ以降はちゃんとロック・スタイルのU2である。もちろん、先祖返りのUKギター・ロックではなく、シーケンスやエレクトロニカも自分たちなりに消化して、アンサンブルとの親和力を高めている。
 かつてエッジが発明した、繊細に空間を埋めるディレイ・サウンドは少なく、ボディのナチュラルな鳴りを活かしたプレイが中心となり、ボトムの太さが際立った。ディテールよりグルーヴ感を優先したリズム・セクションは、16ビートを通過したこともあって、もったりした重さから解放されている。
 バンド・コンセプトの言い出しっぺであるボノはといえば、これがまったく変わりない。ボノは相変わらず、ボノのまま。尊大な自信はさらに勢いを増し、若き血潮がたぎる使命感は、世界を憂うほどまでになった。

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 なので『POP』、何かと誤解されることの多いアルバムである。俺のように、3曲目の壁を乗り越えることができれば、90年代に対応した進化形U2を堪能できるのだけど、リリース当時は力尽きてしまったのだった。そんなのは多分、俺だけじゃないはずだ。
 もうちょっと要領よく考えたら、冒頭3曲だけ分割して、マキシ・シングルでリリースしたり、それか思いっきりクラブ層にターゲット絞って、12インチ・シングル切っちゃう手もあったはず。部外者で素人の俺がそう思うくらいだから、スタッフもいろいろ案はあったと思うんだけど、バンドとしては、そうはしたくなかったんだろうな。「こういうのもロックだし、U2だし」ってことで。





1. Discothèque
 当時はボロクソに酷評されたというより、「えっ…、こんなんなっちゃってるの?」という戸惑いの方が多かった、U2史上最も暴挙と喧伝された先行シングル。とはいえ、US10位・UK1位と堂々の成績を残しており、市場には一応受け入れられたという形。まぁ話題性は充分だった。
 で、四半世紀経ち、あんまり先入観を入れずに聴いてみたところ、普通にクールなデジ・ロックとして成立している。まぁこれをU2としてやったから、あれだけ騒がれたんであって。
 取り敢えず「ディスコ」をお題を先に決め、「ディスコ」ってワードを入れてプレイしてみたら、案外形になっているっていうか。ベーシックのバンド・サウンドはクレバーで、まぁボノがちょっとテンション高いけど、結局、ちゃんとしたU2ブランドで成立している。



2. Do You Feel Loved
 ドラム・ループを効果的に使った、同じくビート強めのデジ・ロック。この時期、ナイン・インチ・ネイルズやスマッシング・パンプキンズ、P.J.ハーヴェイなど、主にUSオルタナ系との仕事を手掛けていたフラッドをメイン・プロデュースに起用していたことも、『POP』のクオリティの高さにあったんじゃないか、と今ごろになって気づいてしまう。
 もしかしてボノ、彼が同時期に手掛けていたデペッシュ・モードとの仕事を見て、「なんかあんな感じで」とか言ったんじゃないかと思われる。いやいやあんたら、あそこまで振り切ってグルーヴできてないし。

3. Mofo
 『Acthung Baby』以降、ロック・バンドとしてのグルーヴ感は獲得できた彼らだけど、ダンス・チューンの場合となると、使う筋肉も感覚もまた違ってくる。『POP』収録曲の中で、最もハード・テクノ~エレクトロ色が強いチューンで、ボノのヴォーカルもバンド・アンサンブルも、ここではパーツの一部でしかない。
 「Lemon」同様、若くして亡くなったボノの母親について書かれた歌で、抒情的で切ない内容なのだけど、サウンドはその正反対で、かなり自己破壊的。当初、ブルース・ナンバーとして書かれた「Mofo」は、紆余曲折を経て、最も激しさを増したアレンジで彩られた。
 その真意は、誰にも知りえない。

4. If God Will Send His Angels
 EU諸国で4枚目のシングルとしてリリース、UK12位。4枚目のカットとしては、なかなか健闘した方。多少、シンセのエフェクトは入るけど、ほぼバンドでの演奏がメインとなった、いわばここからが通常営業。
 こういった曲調は80年代にもよくあったので、古くからのファンは馴染みやすいけど、もしかして3曲目までが好きなファンだったら、逆に古臭く感じるのかもしれない。まぁ昔よりはもう少しくだけて、地に足の着いた感じはあるけど。

5. Staring at the Sun
 ほぼ出オチみたいなインパクトを持った「Discothèque」以降、エレクトロとバンド・セットとのすり合わせが消化不良だったけど、ここに来て一気にクオリティが上がる。言い訳不在のバラード・メロディに骨太のアンサンブル、それでいてアウト・オブ・デイトに寄り過ぎないスタジオ・ワーク。
 US26位・UK3位はなんか中途半端なチャート・アクションだけど、間違いなくこの時期のベスト・パフォーマンス。カナダとアイスランドでは首位獲得していることから、緯度が高く日の短い国では、共感できるのだろう。なんだそれ。



6. Last Night on Earth
 このアルバムのレコーディング中に「POP Mart」ツアーを行なうことが決定し、タイトなスケジュールとなった末、最後にレコーディングされたのが、『Zooropa』セッション中に書かれたこの曲。要は当時、ボツだったってことなんだけど、よくこんな曲お蔵入りさせたよな。「みんなが思うU2」としては、理想的なサウンドだもの。
 ただ、その出来の良さ、いわば「端正にまとまってる」感が、当時の「U2の自己否定」というコンセプトにはそぐわなかった、ってことなのだろう。時間がなくてアウトテイクを流用したって結果ではあるけれど、逆にこの曲が世に出るきっかけになった、ってことなので、それはそれで結果オーライ。

7. Gone
 ここ数年、やさぐれたヴォーカルが多かったボノ、当時としては珍しく、ストレートにエモーショナルなスタイルで歌っている。細かいシーケンスやサンプリングなどの小技はあるけれど、ここはバンド・セットが主役。
 あんまりソロらしいソロを弾くことのない、エッジのギター・プレイが大きくフィーチャーされている楽曲なので、ライブの定番となっており、ファンの間でも人気は高い。デジ・ロック風味はまるでないけど、あからさまなエレクトロ臭がないこともあって、この辺が90年代U2の到達点だったんじゃないかと、個人的には思う。
 「10知るためには、12調べなければならないし、じゃないと気が済まない」って言ってたのは大瀧詠一だったけど、確かに両極端を知らなければ、真ん中ってつかめない。でもこの時の大滝、確か日本映画か苔の研究についての発言だったかな。
 本業と関係ねぇことばっか張り切ってたよな、あの人。

8. Miami
 ほぼハウィー・Bの仕切りとなる、もうリミックス・ヴァージョンって言っちゃっていいアブストラクトなダンス・チューン。とは言っても、これで踊るのはかなりきつい。もっと密室的な、スタジオ・ワークで作られた音楽。
 ザックリした音色のギター・リフと人力ドラム・ループは、当時のロック・ファンには敬遠されたんだろうけど、USオルタナを通過していれば、そこまで拒否反応を催すものではない。
 まぁ王道ロックからはかなり逸脱した路線なんだけど、でもそこに新たな可能性があったのは確かなんだよな。あのまま『The Joshua Tree』路線だけ続けてたら、単なる懐メロバンドで終わっちゃってたろうし。

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9. The Playboy Mansion
 なんか『Zooropa』っぽい、ゆるいトリップホップ。ほんとにクラブでトリップしながら聴いてたら、多分、この曲が一番ハマるんだろうけど、日本じゃ伝わりづらいよな。
 ブルースを習得したことによって、それをあからさまに出すことはなくなったけど、シーケンスを使いながらも、生のグルーヴ感とマッチングさせられる点が、彼らの強みなんではないか、と。十分なベテランであるはずなんだけど、モダン・レコーディングへの適応力の高さ・貪欲な吸収力こそが、彼らの原動力なのだ。
 そう感じさせるのは、あとはレッチリかな。ほかに誰かいるかな。多分いるだろうな、知らんけど。

10. If You Wear That Velvet Dress
 思わせぶりなバラードっぽい導入部から、徐々に音数も増えてゆくのだけど、間奏のエッジのギター・プレイに心奪われる。繊細に音を重ね、一音・ワンフレーズの残響音までをも計算に入れた、かつてよく聴いた音。
 「まだこんなこともできるんだ」と思わせつつ、「もう、ここではない」とも。彼らはもっと、まだ見ぬ先の音を追い求めているのだ。

11. Please
 ある意味、アルバムのメイン・トラックとも言える、アイルランドで現在進行形で起きていた諸問題を切々と訴えたバラード。「POP Mart」ツアーでは「Sunday Bloody Sunday」とセットで歌われることが多く、ライブのハイライトとなっていた。
 朦朧と虚ろなボノの声は、当初、無常観にあふれているけど、次第にその響きは熱を帯び、遂にはピークに達する。かつてなら、多重ダビングされたエッジのギターがカタルシスを煽るところだけど、ここでのエッジは野太いコーラスにとどめている。その小手先の少なさにこそ、彼らの成長を感じさせる。

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12. Wake Up Dead Man
 「Please」同様、沈鬱としたバラード。ループされる女性コーラスの異様さ、そして抑制されたアンサンブル。ちっとも『POP」でもないし、ディスコでもない。それでも、彼らはラストをこの曲で締めなければならなかった。
 答え?そんなのあるもんか。何でも正解なんて、あると思うな。
 彼らはここで、そう言っている。









ルーツ・ロック路線、一旦終了(終わりとは言ってない)。 - U2 『Ruttle and Hum』

folder 前回からの続き。
 パラダイス文章のリークからも察せられるように、今や資産家となってしまったBono 。もはや労働側の代弁者ではなくなってしまったけど、もっと大きな視点に立って、世界情勢のご意見番という立場に収まったのは、ある意味ブレていない証拠でもある。
 いわゆる同種の成り上がりであるBruce Springsteen が、『Born in the U.S.A』の大ブレイク以降、歌うテーマを失って一時スランプに陥ったことがあったけど、この人には当てはまらない。下手に考え込むより即行動、というバイタリティーは、どこかのやり手社長みたいである。
 思いもよらなかった地位と名声に戸惑うのではなく、そのカリスマ性を活用して、あっちこっちへ首を突っ込む。言ってることは、基本シンプルだ。「人間は平等でなければならない」「戦争はやめよう」。要約すると小学校の標語みたいになっちゃうけど、性善説に基づいた行動と実践である。
 その性善説の実証のためには、資金がいる。良いブレーンを抱えるため、彼らの生活を保証してやらなければならない。時には、清濁併せ呑まなければならないことだってある。資本主義において、金は力になる。これは現実だ。
 そのためには、財テクや資産運用だってやる。そりゃ人間だから、私利私欲がまったくないと言ったら嘘になるけど、何かにつけ金は必要になるし、ジャマにはならない。体制または反体制、その他もろもろと闘い続けるため、彼は世界中で大規模ライブを行ない、多くの音楽を売る。まぁでも、iTunesはちょっと余計だったな。

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 Bono という人は多くの人が抱くイメージ通り、熱く真面目でシリアスな人である。そんなパブリック・イメージへの反抗で、90年代は露悪的なトリックスターを演じている部分があったけど、いまはひと回りして最初に戻っちゃったのか、年齢的余裕をまとった自然体で、炭鉱のカナリア的役割を引き受けている。
 右・左を問わず、世界中のあらゆる団体からオファーが舞い込む。意見やアドバイスを求められ、できるだけ誠実に応える。時にはスポークス・パーソンとして動き、時には資金提供も厭わない。案件をチェックするだけでも大変なんだろうな。
 -でも、それで世界が平和になるんなら、それでいいじゃないか。
 そんな声が聞こえてきそうである。
 そんな具合でBono が忙しいため、U2としての活動割合は、どうしても少なくなる。彼らに限らず、大御所バンドともなると、レコーディング→ツアーでまるまる3年くらい活動、その後は長期バカンスというルーティンが当たり前になっている。
 普通のバンドなら、その長期休暇にソロ活動を行なう、というのもルーティンなのだけど、U2については、そういった外部活動の話もあんまり聞かない。他のバンドとの交流エピソードもあまりなく、Pink Floydにも匹敵する内輪感である。パーティやイベントなんかで顔が広いと思われるBonoもまた、知り合いは結構多いんだろうけど、レコーディングに客演したとか、そんな話もない。彼らが創り出す音楽は、U2内で完結しているのだろう。
 デビューから30年以上もメンバー・チェンジを行なわず、しかも第一線で活動し続けているバンドは、世界中どこを探しても、U2以外にいない。そりゃ長い間にはいざこざもあっただろうけど、彼らは1人の脱退者も出さず、また長期の活動休止も行なわなかった。もはや外野ではわかり知れぬほど、彼らの絆は深く、とても濃いのだ。
 クサい言い方になっちゃうけど、「この4人でしか出せない音」が確実にあるのだ。

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 で、Bono以外のメンバー3名。大抵は、弁の立つBonoがインタビューを受けることが多く、たまにEdgeが付き添うくらい。純粋な音楽活動以外で彼らが表立つことはほとんどない。セレブのたしなみとして、ボランティアや団体支援活動も人並みに行なってはいるけど、Bonoほど精力的に行なっているわけでもない。まぁ奴が極端なんだけど。
 ギター・プレイで一時代を築いたEdgeなんて、ロック界における影響力はBonoに引けを取らないはずなのに、とにかく表舞台に立つことを極端に嫌う。U2でプレイできていれば、それで幸せという人である。10年くらい前、Jimmy PageとJack Whiteの3人でドキュメンタリー映画に出てたけど、あれは異例中の異例、U2以外のエピソードは極端に少ない。
 Adam とLarry も、目立ったソロ活動といえば『Mission : Impossible』のカバーくらいで、他に何をやってるのか、見当がつかない。ストイックなバンド・イメージから、さぞかし修道僧みたいに地味な生活送ってるんだろうな、と思って調べてみたら、Adam がなかなかのやらかし、とのこと。
 若い頃は奔放なロックンロール・ライフを満喫していたらしく、メンバーにも迷惑のかけ通しだったらしい。考えてみれば、Naomi Campbellと噂あったよな、この人。

 3枚目のアルバム『War』がプラチナ認定されるほどのセールスを上げ、U2は本格的なアメリカ進出を果たす。ただ、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの最中でありながら、同世代のアーティストと比べ、気負いが弱かった感は否めない。日本でも大人気だったCulture Club やDuran Duran に負けるのはまぁ仕方ないとして、知名度的には同等だったHuman LeagueやSpandau Balletにも、実際のセールスでは負けていた。
 彼らと違って、強力なシングル・ヒットがなかったため、U2は中途半端なポジションに甘んじていた。アルバムは売れるんだけど、誰も知ってるキャッチーな曲がない、いわゆるロキノン系アルバム・アーティストってやつ。New OrderもStyle Councilも、最後までそのハードルをクリアできなかった。
 アメリカ市場を意識はしてはいるけど、どうにも攻めあぐねる状況が続く。ブリティッシュ・インヴェイジョンの波に乗ったアーティストは、そのほとんどがダンス系だった。アメリカ的なワイルドネスとは対極の、ユニセックスなビジュアルがMTVのコンセプトとうまくはまっていた。要するに、U2とはまったく逆のベクトルだった。
 上記の条件を彼らに求めるのには、ちょっと無理がありすぎた。チャラいラブソングもなければ、ダンス・ミックスなんて器用な真似ができるはずもない。時代背景からいって、彼らはアウトオブデートな存在だったのだ。
 とはいえその10年くらい後、思いっきりディスコ路線に舵を切った怪作『POP』をリリースしちゃうんだけど、それはもう少し後の話。

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 『焰』でアメリカへの強いリスペクトを表明、『Joshua Tree』でブルースを取り込んだサウンドをモノにした彼ら、その研究成果をドキュメントとしてまとめたのが『Rattle and Hum』だった、というのが俺的U2解釈。ザックリしてるけど、おおよそはこんな感じ。
 年を追うごとにブルース色が強くなるU2サウンドの構築には、プロデューサーDaniel Lanoisの影響がもちろん大きいのだけど、さらに拍車をかけることになったのが、Steven Van Zandt提唱による反アパルトヘイト・プロジェクト「Artists United Against Apartheid」への参加。これが転機となった。
 当初、シングルのみの活動で終わるはずだったのが、参加アーティストの機運が高まった末、アルバム制作へと発展する。世代・人種を超えたコラボレーションが企画され、BonoはKeith Richards、Ron Woodとレコーディングを行なうことになる。
 パンクの洗礼を受けてU2を結成したBono にとって、1977年以前の音楽とは旧世代に属するものであり、認めるものではなかった。Stonesなんて旧世代の本丸だってのに、よくオファー受けたよな。
 Keithもまた、そんな彼の鼻っ柱の強さに、かつての自分を投影したのか、案外フランクに接し、意気投合してしまう。その辺はミュージシャン同士、語るよりプレイすることで親交は深まり、その後も良好な関係は継続する。
 で、本チャンのレコーディングが開始される。Stonesといえばブルース。ていうかこの2人だったら、ほぼそれしかできない。あとはせいぜいルーツ・レゲエくらい。
 多分、スタジオで呑んだくれてめんどくさくなったのか、楽曲製作をBonoに丸投げしてしまう。しかも、まともに聴いたことがないのをわかっていながら、ブルース縛りで。エラい無茶振りだ。
 それでも怖いもの知らずの熱血漢だったBono、Keithからありったけのブルースのレコードを借り、一晩かけて聴きまくる。絵に描いたような一夜漬けで学習し、ブルースの真髄の上っつら程度は撫でられる楽曲を、どうにか一晩でモノにする。
 それが「Silver and Gold」。初めてにしては、まぁ悪くない。

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 Keithの思いつきの無茶ぶりを発端として、U2はブルースに開眼する。デビューしてしばらくは、「骨太なバンドが無理してニューウェイブしてる」的な、なんかギクシャクしたビジュアル・イメージだったのだけど、サン・シティ以降は大きく変化した。
 長髪を後ろに引っ詰め、マッチョなタンクトップ姿のBono。このスタイルは各界に大きな影響を与え、当時のハリウッド映画でのアウトローやスナイパーの基本フォーマットになった。引きこもりのギターおたく丸出しだったEdgeも、スタイリストのお仕着せをやめて、無精ひげにカウボーイ・ハットという、寡黙で男臭いファッションに変化した。
 サウンドにもそのテイストは顕著にあらわれ、遂にヨーロッパの枠を超えたU2、ここからアメリカン・ルーツ路線に突入する。と同時に、それはひとつのスタイルの終焉でもあった。
 さらにU2は変化する。






1. Helter Skelter
 ライブとスタジオ録音半々という変則的なスタイルであるとはいえ、オープングをカバー曲にするというのは、あんまり聞いたことがない。言わずと知れたBeatlesのカバー。アレンジはほぼそのまんま。何かと曰くつきの曲を初っ端に持ってくるというのも、ちょっとあざとい。

2. Van Diemen's Land
 なかなかレアなEdgeヴォーカルのナンバー。昔のプロテスト・フォークみたいな曲調だよな、という印象だったので調べてみると、反逆罪で流刑に処されたJohn Boyle O'Reillyという人物にインスパイアされて書いた、とのこと。朗々と切々と歌うヴォーカルは、Bonoほどのバイタリティーは望むべくもないけど、好感の持てる声質ではある。

3. Desire
 UK1位US3位を記録したリード・シングル。原初ロカビリーを吸収し、ロックのカッコよさとワイルドネスを追求すると、こんな風に仕上がる。PVでは、冒頭でBonoがナルシシズム漂う笑みからスタート。88年と言えば、英米でもオルタナ・シーンが盛り上がってきて、世代交代の波が迫っていた頃だけど、「そんなの関係ねぇ」という豪快さがにあふれている。



4. Hawkmoon
 なぜかDylanがオルガンで参加。歌わないDylanに意味があるのかと思ってしまうけど、少なくともセッション時はメンバー、盛り上がったんだろうな。それとも気ぃ遣いまくりだったのか。
 当時の彼らがどれだけDylanにリスペクトしていたのかは不明だけど、「こんな風に弾いてくれ」とか頼みづらいだろうし、やりづらかったんじゃないかと察せられる。前半は静かに、後半から次第に盛り上がり、最後はゴスペル・コーラスで幕、という凝った構成。Bonoも肩に力が入りまくったヴォーカルを披露している。そう考えると、Dylan参加は触媒として正解だったのか。

5. All Along the Watchtower
 で、続くのがDylan作による有名曲のカバー。ライブということもあるしDylanもいないので、逆にこっちの方がアンサンブル的にはまとまっている。俺的にこの曲、Dylanよりもジミヘンよりも先にU2ヴァージョンで初めて知ったため、一番馴染みがある。俺以降の世代は、大抵そんな具合かと思われる。

6. I Still Haven't Found What I'm Looking For
 マジソン・スクエア・ガーデンでのゴスペル・シンガーたちとの競演。オリジナルはもっと大陸的なゆったりしたリズムが基調だったのが、ここではそこにエモーショナルなコーラスが加わり、ロックとゴスペルとの理想的な邂逅が実現している。
 もちろん元の曲のクオリティが高いからなし得たセッションだけど、こうしてシンガー達のオーラによって、全体のグレードが上がってしまうのは、もともとの層の厚さとポテンシャルの高さがモノを言う。アメリカという大国の底力が垣間見えてくる。

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7. Freedom for My People
 ニューオーリンズかどこかのストリート・バンドのセッション。それを通りすがりに眺めるメンバーたち。いわゆる幕間。

8. Silver and Gold
 Edgeのギターにブルースっぽさを求めるのは無理があるけど、Bonoはそれなりにサマになっている。前述したように、努力の結果生まれた曲だけど、ツボをつかんで形にできちゃうのだから、こういうのってやっぱセンスだよな。このまま経験値を稼げば、ホワイト・ブルースを極めることだってできただろうに、途中でやめちゃったのは、まぁ演奏陣があんまり響かなかったんだろうな。U2ファンは彼らにその方向はあんまり求めてなかったろうし。

9. Pride (In the Name of Love) 
 そんな按配なので、こういったU2スタンダードの楽曲が活きてくる。『Josua Tree』を通過して見えてきたもの、そして彼らが獲得してきたものが、強く浮き出ている。ワールドワイドのライブを行なったことによって、ヨーロッパ的な繊細さと線の細さがなくなった。旧い曲に新たな息吹が吹き込まれている。

10. Angel of Harlem
 ここから3曲は、初期のプレスリーがレコーディングで使用していたサン・スタジオでのセッション。昔ながらの狭いブースに、メンバー4名とMemphis Horns4名が所狭しとなってプレイしている。Abbey Roadと並ぶロックの聖地でレコーディングできるとあってか、メンバーの顔もゆるんでリラックス気味。緊張よりうれしさの方が先んじているよう。
 曲調としてはロックンロールというより、昔のスタックス・ソウルをスローにした印象。



11. Love Rescue Me
 Dylanとの共作で、バック・ヴォーカルでも参加。ほんとはDylanがメイン・ヴォーカルの予定だったのだけど、ちょうど彼が参加していたTraveling Wilburysとの兼ね合いがあったため、Bonoが歌うことになった、とのエピソードがある。
 70年代までのDylanっぽく、暗喩と言葉足らずと謎かけが交差する歌詞はともかく、熱いソウル・バラードとして良曲。

12. When Love Comes to Town
 ブルース界のレジェンドB.B. Kingとの共作・デュエット。さすが長い芸歴を誇るだけあって、彼が登場すると圧がすごい。まぁバンドも、まともに立ち向かっても勝てるわけないから、自分たちのできる仕事をしっかりまとめている。
 こうやって改めて聴いてみると、ブルースにしてはかっちりスクエアなU2のリズムって、アメリカ的なルーズさと合わないんだな、というのがわかってくる。グルーヴとは別の、ロジカルな組み合わせでU2のサウンドが成り立っていること、そして、小さくまとまりがちなサウンドを豪快にぶち壊すBonoとのバランスが、トータルとして成立してるんだな、ということを。


 
13. Heartland
 もともと『The Unforgettable Fire』セッションで生まれた曲で、『Josua Tree』の選考に漏れ、そしてやっとここで収録された曲。なので、このアルバムの中ではちょっと異色のUKテイストが強いサウンド。教科書みたいに典型的なEdgeのディレイ・マジックが炸裂している。

14. God Part II
 「僕は聖書を信じない 僕はヒトラーを信じない 僕はBeatlesを信じない…」と延々内情吐露を歌うJohn Lennonの「God」をモチーフに、Bonoが噛みついたのは、Lennonの露悪的な伝記を書いたAlbert Goldman。なんでBonoがそこまでLennonに肩入れしてるのかは不明。あんまり当時のU2っぽくないやさぐれた演奏は、アメリカン路線への行き詰まりを暗示させる。

15. The Star Spangled Banner
 で、ここでジミヘン。アメリカ国歌をインサートしたのは、単なるリスペクトなのか、それとも徒労感からなのか。どちらにしろ、ポジティヴな意味合いとは思えない。

u2


16. Bullet the Blue Sky
 『Joshua Tree』収録。ニカラグア軍事政権へのアメリカ国家介入に怒りを表明した、ひどくシリアスな曲。怒りと共に浮かび上がるのは、強大な力の壁の前で佇むだけの無力感。でも、事実を広く知らしめることで、小さな力を寄せ集めることはできる。

17. All I Want Is You
 殺伐とした楽曲のあと、ラストはストレートなラブソング。パーソナルな視点で書かれているため、普遍的な内容でありながら、古びることはないスタンダード。ストリングス・アレンジはVan Dyke Parks。当時は『Pet Sounds』再評価で、ちょっとだけ話題になった。
 ラストの盛り上がり具合はすごくいい。でも俺、『Song Cycle』聴いたけど、1回聴いて売っちゃったんだよな。



誰も文句のつけようがない音楽。 - U2 『The Joshua Tree』

folder 一気にスターダムを駆け上がる彼らの80年代を見てきた俺世代はともかく、今の若い世代にとって、U2はどんな存在なのだろうか。
 「ボノ」でググってみると、トップに出るのが、昨年話題になった「流出したパラダイス文書の顧客リストに彼の名があった」というニュース。その次に出てくるのが、「Bonoが億万長者リストに載らない理由」、「トランプ大統領を激しく非難」、「アウン・サン・スー・チー氏への辞任要求」などなど、音楽的な話題は全然引っかかってこない。
 もともとデビュー当時から、ポーランドの「連帯」をテーマに書かれた「New Year’s Day」、辛辣なIRA批判を表明した「Sunday Bloody Sunday」を発表するなど、政治的なスタンスを明確にしており、それについては一貫してブレがない。自身でも、そんな「ロックご意見番」的なスタンスを受け入れているのか、政治や人権問題なんかで動きがあれば、コメントを求められることが多く、またきちんと真面目に応えてしまう。
 まだ当選回数の少ない二世議員だったら、100人束になっても敵わないほどの洞察力、そして存在感を持つ男、それがBono である。

 そんな按配なので、彼のことをミュージシャンって知らない人も、結構いるんじゃないんだろうか、と余計な心配までしてしまう。大御所アーティストゆえ、そんなマメに活動しているわけじゃないし、来日したのはもう10年以上前なので、20代以下のライトな音楽ユーザーなら、わざわざ自分から「U2聴こう」って思わないだろうし。
 「なんかよく知らないけどスゴイ人」、または「ロックのレジェンドの人」程度の認識しかないのかもしれない。日本ではAppleのCMソングとして認知の高い「Vertigo」だって、もう15年くらい前だし。調べてみると、オレンジレンジや大塚愛の時代なんだよな。そりゃ若い子たち知らないわ。
 U2としての音楽的な話だと、近年のアルバムでは、イキのいい若手であるDanger Mouse やKendrick Lamarが参加している。話題性は充分あるのだけど、肝心の音がどうかと言えば、なんかイマイチ伝わってこない。他のレビューを読んでみても、絶賛はしていてもなんかゴニョゴニョといった感じで、安易な批判は許されない雰囲気が伝わってくる。

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 そんな圧力団体みたいになってしまった現在のU2だけど、トップギアで突っ走っていた時代を知らない若いユーザーにアピールするため、旬のアーティストとコラボしたり、何かと生き残り策を講じている。Stones同様、もはや単なるバンドではなく、多くのスタッフが関与した複合企業体みたいになっているため、あらゆる方面へ目配り気配りが必要なのだ。
 Stonesの場合、スポークスパーソンであるMick Jaggerもまた、内部活性化なのか、ライブではやたら若手をゲストに呼んだりコラボしたりしているけど、バンマスのKeith Richards があんな感じの人なので、サウンドのコアはあんまり変化がない。
 90年代以降はDust Brothersをプロデューサーにしてみたり、やたらトレンドを意識したサウンド・デザインを指向していたけど、今世紀に入ってからは落ち着いちゃったのか、リリースされた音源はどれもブルース色が濃くなっている。Mickの場合、まだヤマっ気が強いから、「せめてステージでは」と若いヤツとやったりしてるけど。

 U2の場合だと、同じく90年代にはっちゃけたテクノ路線3部作の後、世紀末に突如原点回帰、憑き物が落ちたように、オーソドックスなギター・ロック・アルバム『All That You Can't Leave Behind』をリリースした。ここからStones同様、王道ロック路線を極めてゆくのかと思われたけど、そうはならなかった。それはあくまで前へ進むための足もと確認的なモノだったようで、その後は再び、アルバムごとにサウンドが変化してゆく。
 Stonesが「深化」だとすれば、U2は「進化」することを選んだ、ということなのだろう。ベクトルがちょっと違うだけで、本質を極めてゆくという行為は、どちらも何ら変わりはない。
 ないのだけれど、でも。
 そうは言っても、いまのU2が作る音楽に俺が惹かれているか、といえば話は別である。カタルシスは感じる。でも、共感はできない。そういうことだ。

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 80年代、俺がU2に抱いていたイメージは、「垢抜けない熱血ロック・バンド」というものだった。ロキノンで紹介される彼らのビジュアルは、ニューロマ全盛期においては野暮ったく映り、目を惹くような存在ではなかった。インタビューでは、政治的発言を中心に時事問題を熱く語っていたため、すでに若年寄みたいな雰囲気が紙面からも漂っていた。政治的スタンスを明確にすることを嫌う日本人の特性もあって、U2はいまいちブレイクしきれずにいた。
 ポジション的には、Echo & the BunnymenやPsychedelic Fursなど、若手UKギター・バンドといったカテゴリでひと括りされていた。Edgeのギターは当時から一定の評価を受けてはいたけど、そこから頭ひとつ飛び抜けるには、どの項目もまんべんなくインパクト不足だった。SmithsにおけるMorrissey 、またはCureのRobert Smith のような、アクの強いキャラが不在だったことも要因だった。感覚的には、エコバニの方が評価が高かった。
 ただ彼らは、愚直なほど生真面目で、しかも努力家だった。理想主義を口だけのものにしないがため、あらゆる問題提起と並行して、サウンドでも試行錯誤を繰り返した。トレンドに流されない硬派な楽曲を世に問い、キャリアを重ねるたび、その完成度は高まっていった。
 そんな地道な努力と飽くなき探求、加えて、ファッションからは遠く離れた無骨なダンディズムが爆発したのが、『The Joshua Tree』である。

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 前作『The Unforgettable Fire』から続く「強いアメリカ」への憧憬によって、小さくまとまりがちだった初期のギター・オリエンテッドなサウンドは、徐々に変化していた。プロデューサーBrayan Eno は、緩やかなアンビエント音を通底音として使い、浮遊感漂う音響空間を創り出した。
 80年代ニューウェイヴの影響下で、いわゆるギター・ロック的な音を出していたEdgeのプレイにバイタリティが生まれてきたのが、この頃である。もともとプレイヤビリティをゴリ押しせず、冗長なソロを弾くタイプではなかったけど、トータル・サウンドを意識した引き出しの多さが、サウンドごとに彩りを添えている。
 鉄壁のリズム・セクションによって導き出されたビートは、シンプルで力強い。ヒット・シングルにありがちな、キャッチ―で複雑なリフはない。時に叩きつけるように奏でられるストロークは、楽曲のボトムをがっちり支える。
 基本、演奏陣はクレバーなプレイに徹しており、どれだけBono が熱くなろうとも、サウンドはどこまでも冷静だ。押しても動じないサウンドがあってこそ、Bonoの奔放さは際立ち、そしてギリギリのバランスで見事に成立する。そういったのはやはり、相互信頼がモノを言う。
 「古き良きアメリカ」へのリスペクトを露わにしながら、土着的なバタ臭さが少ないのは、空間コーディネーターEnoの手腕に依るところが大きい。基本この人の場合、突発的な思いつきで動くことが多いんだけど、結果的には的を射ているんだよな。俺個人的に、「口だけ番長」のイメージは拭えないけど、U2との仕事だと貢献度大きいんだよな。なんか悔しい。

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 Anton Corbijn撮影によるアルバム・アートワークは、粒子の粗いモノクロ写真が主体で、求道者的にストイックな佇まいの4人が、うつむき加減で肩を寄せ合っている。埃っぽく乾燥した砂漠の中、何を思っているのか。
 そんなフォト・セッションが象徴するかのように、『The Joshua Tree』のサウンドもまた、解像度が粗く、乾いた埃が舞うテクスチャーで統一されている。「With or Without You」のPVが、その音世界を忠実に映像化している。
 アメリカを視野にれたことによって、有象無象のギター・ロックからいち抜けしたU2。ロックがカッコいいモノである、というのを教えてくれたのが、彼らである。そんな70年代的なメンタリティを貫き、そしていまも彼らは遂行し続けている。
 その行為はある意味、奇跡だ。


 U2について語ると、どうしても長くなる。これでやっと、下書きの半分。続きはまた次回。






1. Where the Streets Have No Name
  海外の音楽誌で「壮大なイントロを持つヒット曲」として選ばれたのも納得できる、そんな曲。延々と性急なリズムを刻むEdgeのカッティング、そして案外ボトムの太いAdamのベース・ライン。
 Beatlesリスペクトのルーフトップ・ギグをドキュメンタリー・タッチで構成したPVは、いま見ても「ロックのカッコよさ」をまんま体現している。自由奔放に屋上を駆け回るBono、そしてクレバーな態度を貫こうとしながら、最後に満足しきった微笑みを見せるくらい興奮しているEdge。明らかに、ロックの世代交代が行なわれた瞬間が鮮明に記録されている。
 3枚目のシングル・カットとして、UK4位US13位を記録。



2. I Still Haven't Found What I'm Looking For
 UK6位US1位を記録した、2枚目のシングル・かっと。ギターの音色はカントリーというかブルーグラスに近く、大河の如き雄大さを思わせるコーラスやメロディは、ゴスペルからインスパイアされている。あんまり泥臭くない、ホワイト・ゴスペルの方ね。
 ラスベガスの大通りを闊歩しながら歌うPVも、アメリカン・テイストにどっぷり浸かっている。



3. With or Without You
 問答無用の代表曲。ていうか、「80年代のロックは何があったのか」と問われれば、これを挙げる同年代は数多いはず。リアルタイムでこのPVを観て、ぶっ飛んだ者は数知れず。日本でも、ここから人気が爆発した。
 楽曲自体から発せられる神々しさをそのまま移植した、演奏シーン主体のシンプルな映像である。余計な装飾をとことんはぎ取った結果、残ったのはロックのカッコよさのエッセンスが凝縮されている。
 アコギを肩に背負ったまま、結局最後まで弾かないBono、デューク更家のようなポーズを決めるBono、アウトロのソロを弾く間際、体でリズムを取るEdge。今だから言えるけど、どれだけマネしたことか。マネをする=一体化したいという感情を喚起させることは、楽曲のパワー、そしてカリスマ性の強さに比例する。
 同時代で洋楽ロックを聴いていながら、この曲に反応しなかった者、それは人生の多くを損している。それか、よほどのひねくれ者だ。



4. Bullet the Blue Sky
 冒頭3曲が神すぎて、その後の曲はどうしてもインパクトが薄れてしまうけど、イントロの演奏の重厚さには圧倒されてしまう。「Whole Lotta Love」に質感が似ている、硬派なチューン。みんなZEPみたな演奏だもの、まぁリスペクトしているnだろうな。
 ニカラグアとエルサルバドルへ旅行で訪れたBonoが、米軍の軍事介入への抗議として書き上げた歌詞は、シリアスでハードボイルド・タッチ。殺伐とした現状をリアルなタッチで歌い上げ、演奏も当然ダークな怒りを発している。全世界で2000万枚も売れたアルバムに入ってるとは思えない、陰鬱とした雰囲気が漂っている。

5. Running to Stand Still
 Robert Johnsonが憑依したような、古典ブルースっぽいギターからスタートする、即興セッションから生まれたバラード。テーマとして取り上げられたヘロイン・ジャンキーは、アイルランドでは深刻な社会問題であり、そんな現状を嘆くだけではなく、冷酷な事実として捉え、淡々と口ずさむBono。彼が取り上げるテーマは、ほんと多岐に渡る。

6. Red Hill Mining Town
 今度のテーマは炭鉱ストライキ。同名タイトルの本にインスパイアされて書き上げられた、とのこと。重いテーマながら、楽曲自体はスケール感あふれる雄大なスタジアム・ロックで、実際、シングル・カットの予定もあった、とのこと。
 発売中止の原因となった、お蔵入りPVが近年発掘されたので見てみると、ちょっとマッチョ色が強いよな。大掛かりな炭鉱のセットの中、タンクトップ姿のメンバー、そしてやたら熱く咆哮するBono。ステレオタイプなアメリカン・ロックみたいになっちゃったのが、お気に召さなかったらし。おいおい、撮る前に言えよ、そんなの

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7. In God's Country
 1.のアウトテイクのようなバッキングで、サビのメロディはちょっと甘め。初期のギターロック路線のアップグレード版と捉えればよいのかな。疾走感のある3分弱の曲だけど、味わいは意外とあっさり。タイトルが大風呂敷っぽいので、曲のインパクトがちょっと弱め。

8. Trip Through Your Wires
 wikiで見ると、Country Rock、Blues Rock両方でカテゴライズされていた。そのまんまの曲。言葉遊びも兼ねて書かれた曲のため、歌詞はこれまでの中では最も軽い。A面で気張り過ぎたのか、ラフなテイストの曲が続く印象。

9. One Tree Hill
 手数の多い変則8ビートで歌われるのは、不慮の事故で若くして亡くなった、オーストラリアのローディGreg Carrol。ちょっと民族音楽っぽさも入ったミニマル・ビートは、先住民族だったGregへの敬意を表している。徐々にテンションが上がり、最後はエモーショナルなシャウトとなるBonoの漢気といったら。

Joshua Tree Band

10. Exit
 レコーディング終盤のジャム・セッションがベースとなった、ラフでありながら緩急のある構成のナンバー。と思ってたらEnoがうまく編集した、とのこと。呪詛的なBonoとAdamのベースから始まる静かなオープニングから、突然トップギアで割り込んでくるEdgeのギターとLarryのドラム。最後は再びAdamのソロ。サイコキラーの深層心理を活写した歌詞の世界観が、剥き出しのリアルで表現されている。
 ライブ映えする曲ではあるのだけれど、リリースされて2年後、悲惨な結末となったストーカー殺人犯の「『Exit』に影響を受けた」というコメントが流布されたため、30周年アニバーサリー・ツアーまで、事実上封印されていた。

11. Mothers of the Disappeared
 前述のニカラグアとエルサルバドルへの旅行から生まれたもうひとつの曲。政権闘争に伴う内紛が多い南米諸国では、子供を誘拐して強制的に傭兵部隊に加入させる組織があり、その母親の目線から描かれた悲劇と諦念。行方知れずとなった子供たちを捜索する団体があり、Bonoもまた彼らに同行して実情を知り、言葉としてしたためた。
 握りこぶしを挙げるだけなら、事は簡単だ。ただ、その拳ひとつひとつはあまりに弱い。その握った拳を一旦下ろし、前を向きながら事実を淡々と述べる。ヒットすることによって、実情が広く知れ渡り、隠蔽されていた事実が晒される。
 曲を聴いて何か感じた者は、拳を握り、声を上げる。それがいくつにも束ねられれば、それでよい。そんな表情で、Bonoは歌い、Edgeは淡々とギターを弾く。





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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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