好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

Temptations

ノーマン・ホイットフィールド、モータウン最期のご乱心 - Temptations 『Masterpiece』

folder この前レビューを書いた未発表曲集『You’re the Man』だ、『What’s Going On』期のライブなど、マーヴィンのアーカイブが続々出ている中、そういえばテンプスっていまどんな感じになってるのか、ちょっと思い出したので調べてみた。
 最近はとんと話題にも上らないので、多分活動休止状態か、はたまた昔の名前で出ています的なドサ回りでもやっているんだろうな、と思っていたら、なんと驚いたことに、2018年に新録アルバム『All the Time』をリリースしていた。
 往年のモータウンのアーティストのほとんどがセミリタイアしている中、21世紀に入ってから6枚もスタジオ録音のアルバムをリリースしている彼ら、そんな環境を維持し続けているだけでも、今どきは大変なことである。ダイアナ・ロスもスティーヴィーでさえ、ここ何年、アルバム制作からは遠ざかっているくらいだし、もしそんな気力があろうとも、リリース契約にありつけない者の方が多いのが、現状である。
 とはいえ、近年のアルバム収録曲の多くはカバーが主体となっており、『All the Time』も書き下ろしオリジナルは3曲のみ、他はサム・スミスやブルーノ・マーズなど、近年のヒット曲で占められている。日本も似たようなもので、ベテラン・アーティストの新曲というのは、ほんとニーズが少ない。売れ行きの見えない書き下ろしをオファーするより、すでに広く知れ渡っている曲の方が、プロモーションもしやすいだろうし。

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 現行のテンプスのラインナップは、全盛期のメンバーはほぼ皆無、モー娘。やAKB48のように、看板はそのまま、中身はそっくり世代交代されている。名前を見ても知らない若手ばかりだけど、テンプスの看板のもと集められたメンバーばかりなので、みな実力は申し分ない。
 レコード・デビューから脱退せずテンプス一筋、屋台骨を支え続けたオーティス・ウィリアムズが、現リーダーとしてグループ運営に携わっている。全盛期を支えたエディ・ケンドリックスもデヴィッド・ラフィンも鬼籍に入った今、テンプスのブランド使用権を握っているのがオーティスである。
 往年の勢いを失って久しいとはいえ、多くのヒット曲を持つテンプスのブランド力は今も強い。テンプスの看板のある・なしで、ステージのギャラは確実に違ってくる。
 元メンバーのデニス・エドワーズが、メイン・ヴォーカルを務めていたことを楯に、「テンプテーションズ・レビュー」と名乗って活動していた時期があった。名義使用権を巡ってのゴタゴタで、一時は本家・分家に分かれてのお家騒動といったこともあったけど、そのデニスも今はもう亡い。
 すっかり代替わりして、様相も一変したモータウンからも離れ、同期グループが続々フェードアウトしてゆく中、新たな血を導入して生き残り続けるテンプスとは、今となっては貴重な存在である。マーヴィンのように伝説として昇華するには、タイミングを逸してしまったけど、地道な企業努力で品質を維持し続ける彼らの生き方もまた、音楽に対して真摯な姿勢のあらわれなのだろう。

 マーヴィンやスティーヴィーと同じモータウン組で、同時多発的に旧来ソウルと一線を画したサウンドを志向していたテンプスだけど、70年代ニュー・ソウルのカテゴリでは括られていない。この時期の彼らは、ポップ・ソウルのセオリーから大きくはずれているのにもかかわらず、クリエイティヴな評価をされることはまずない。
 要因として、グループ内にクリエイターが不在だった点が大きい。基本的に彼らは純粋なヴォーカル・グループであり、各メンバーとも強い自己主張やポリシーを表明することはなかった。
 単なる一シンガーにとどまらず、自ら楽器やスタジオ機材を操り、楽曲制作にも積極的に関与した前者2人に対し、テンプスはクリエイティヴ面には消極的だった。楽曲のコンセプトやメッセージ性にこだわりを持たず、卓越したハーモニーと華麗なステージ・パフォーマンスを身上としていた。
 ソースは忘れてしまったけど、ノーマン・ホイットフィールド・プロデュースによるサイケデリック・ソウル時代を振り返って、「ホントはイヤだったけど、シングル・ヒットが続いていたから、仕方なく従ってた」というのと、「歌の中身になんて全然興味がなかった、だって売れてたし」と、正反対のコメントを読んだ記憶がある。多分、どっちも本当なのだろう。メンバーの見解が常に統一されているわけではないだろうし。

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 シングル・ヒットを最重要視していたモータウンの中で、設立間もない頃から屋台骨を支えていたテンプスは、早いうちからトップ・グループとして君臨していた。安定した実力とスター性を兼ね備えた彼らにかかる期待は大きく、ヒットして当たり前、少しでもチャートに陰りを見せようものなら、制作スタッフの風当たりはハンパなかった。
 モータウンの制作チームはいくつかのセクションに分かれており、そこではチャート成績を基準とした厳密な階級制が敷かれていた。新人スタッフは、まず新人アーティストや中堅のB 面曲からスタートし、コツコツ実績を積み上げながら、次第にトップ・グループを任される、というプロセスを経なければならなかった。
 創設者ベリー・ゴーディの秘蔵っ子として、モータウン本流のトップ・グループだったテンプスは、デビュー当初からスモーキー・ロビンソンがプロデュースを手がけていた。事実上、現場トップである彼が自ら陣頭指揮をとることによって、テンプスはスターダムの階段を一足飛びに駆け上がっていった。
 行ったのだけれど、自身のグループ:ミラクルズに加え、他のアーティストも見なければならなかったスモーキーは、あまりに多忙過ぎた。レーベルの隆盛に伴って、テンプスばかり関わるわけにいかなくなり、多くの作業を有望な若手クリエイターらに割り振るようになる。
 そんな経緯もあって、若手の登龍門的な、テンプスの楽曲コンペが頻繁に行なわれるようになる。そんな中、怪気炎を上げた一人が、若き日のノーマン・ホイットフィールドだった。
 彼が結果を出したのは1966年、シングル「Ain't Too Proud to Beg」のヒットだった。USチャート13位まで上昇したこの曲は、スモーキー作の「Get Ready」(29位)よりチャートで好成績を収めた。
 それを機に、テンプスの制作体制は一新されることになる。

 権限委譲されたとはいえ、ノーマンが最初からサイケデリック・ソウル路線を敷いていたわけではない。この時点ではまだ、新人に毛が生えた程度の若手クリエイターの1人に過ぎなかった。
 モータウンの顔とも言えるテンプスのサウンド・コンセプトを急激に変化させるほど、この時点でのノーマンは、強い発言力を持っていなかった。引き継いで間もなく、ノーマンは「I Wish it Would Rain」をヒットさせている。エモーショナルなポップ・バラードは、あくまでモータウン・セオリーの範疇であり、後年のエキセントリックさはまだ感じられない。
 JBやスライが台頭しつつあった時代の変化と連動するように、テンプスのサイケデリック化は徐々に行なわれた。ポップ・ソウル路線を踏襲したシングル戦略の裏側で、アルバム収録曲に変化が生じてくる。
 その発火点となったのが「Cloud Nine」だった。アグレッシブなストリングス・アレンジやリズム・アプローチ、長大なインスト・パートを特徴としたノーマンのサウンド・メイキングは、経営陣の予想を超える成績を収めた。
 これまでのセオリーから大きく逸れたサウンド・コンセプトは、大きな賭けであった。確かに新しいアプローチではある。ただ、リスクは大きい。ヒットするかどうかは未知数だ。
 よくゴー・サイン出したよな、ゴーディもスモーキーも。

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 この後、数年に渡って、ノーマンの無双状態は続くことになるのだけど、そんな彼のサイケデリック・ソウル路線の頂点と言えるのが、この『Masterpiece』。日本語で言えば「傑作」だもの。自分でここまで言い切っちゃってるくらいだから、ハンパなツッコミもできなくなってしまう。テンプスという極上の素材ゆえ、時間も予算も使い放題、売り上げも良かったこともあって、誰も口出しできない。
 そんなおかげで、強烈なノーマンイズムに支配されたサウンドは、それでもちょっとは遠慮していた長大なインスト・パートが主役となっており、肝心のヴォーカル・パートは刺身のツマ的扱いになっている。
 ジャズ・ファンクのアルバムにゲスト・ヴォーカルがフィーチャリングされているような構成は、コーラス・グループのアルバムとしては、とても歪だ。サイケというか、プログレだよな、これじゃ。
 キレッキレのノーマンのサウンド・プロダクションは好評を得、USチャート最高7位、トップ10シングルを3枚輩出するヒット・アルバムとなった。なったのだけど、さすがにやり過ぎたせいで、遂にテンプスの不満が爆発する。

 これまで以上にノーマンのアーティスト・エゴが炸裂しているため、ただでさえ少なかったヴォーカル・パートが大幅に圧縮されていることで、彼らのプライドを大きく傷つけられた。言ってしまえば、ノーマン名義のアルバムにテンプスがゲスト参加している、そんなアルバムである。
 ―クオリティは高い。でも、テンプスの看板で出すモノではない。
 営業サイドとしては、どんなサウンドであれ、売れてくれればそれでオッケーだったんだろうけど、本人たちからすれば、たまったものではない。「歌ってるのは俺たちなのに、なんでノーマンがデカイ顔してるんだ」と。
 これ以降、両者の溝は埋まらず、深刻な冷戦状態に発展する。社内の立場としては圧倒的にテンプスが強かったため、次作ではノーマンの歩み寄りが求められた。
 次作『1990』は、テンプスの希望に沿って、ノーマルなラブ・バラード中心で構成された。ノーマン的には、不本意なコンセプトを強要された形となったため、前回までのテンションとは一転した無難なアルバムである。いわば妥協の産物である『1990』は前作までのヒットには至らず、テンプスの勢いは失速した。
 テンプスとパートナーシップを解消したノーマンは、間もなくモータウンから独立、幾人かの有志を引き連れて、プライベート・レーベルを立ち上げる。オーソドックスなソウル路線に回帰したテンプスもまた、軌道修正を図るも勢いは回復せず、程なくモータウンを去った。
 単に和気あいあいとした関係では、相乗効果を生み出しづらい。かといって、ぶつかり合う緊張関係は、長く続くものではない。互いの思惑と妥協とが交差して、どうにかギリギリのラインで成立していた臨界点が、この『Masterpiece』だったんじゃないかと。


Masterpiece
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1. Hey Girl (I Like Your Style) 
 リード・トラックはレーベルへ、そしてスモーキーへの義理立てもあったのか、至極まっとうなスウィート・ソウル。3枚目のシングルとして、R&Bチャートでも堂々の3位。まだこういった正統派のニーズは充分にあった。あったのだけど、こういったアプローチは、ノーマン的には後退を意味していた、ということなのだろう。時代的に、良質のフィリー・ソウルと言っても遜色ない仕上がり。今ならこっちの方が好評かもしれない。

2. Masterpiece
 甘くジェントリーなテンプスは終わり、ここからがノーマンの本領発揮。ダルい、冗長だ、と何かと物議をかもしたタイトル・チューン。ファンク・ブラザーズによる延々たるリズム・レコーディングをベースに、多方面で素材として使用されつくされたストリングスをアクセントとして噛ませ、ヴォーカルが入るのが、やっと4分過ぎてから。
 冷静に聴いてみると、やっぱインスト・パートは長い。シンプルなリズムと適宜なエフェクトの反復で、ポリリズミックを意識したダンス・フロア仕様のサウンド、という狙いはわかる。わかるけど、こういうのだったらもうちょっとBPM早くした方がノリも良い。ノーマン的には会心の出来だったんだろうけど、中盤以降のギター・プレイもテンポが遅いので沸点は低い。
 なので、約1/3に圧縮されたシングル・ヴァージョンの方が、ソリッドにまとまって聴きやすい。こちらはイントロも1分程度だし、間奏もざっくりまとまっており、シングルとしてUS総合7位とヒットしたことも納得。



3. Ma
 ここからレコードではB面。ちょっとモッサリしたサザン・ソウル風のナンバー。当時のリード・シンガーの一人、リチャード・ストリートのヴォーカルは力強く、サウンドのインパクトにも充分対抗できているのだけど、どこか泥臭さが漂い、紳士の集まりテンプスにはちょっとミスマッチ。
 なので、逆にノーマンのアレンジがうまいスパイスとして作用している。これくらいコンパクトだったら、逆に良さの方が引き立っている。

4. Law of the Land
 こういった曲を聴くと、実はノーマン、アレンジのセンスはそうでもないことがわかってしまう。適度なシンコペーションとミニマル・ビートが主体のファンク・ブラザーズの演奏は、何も悪くない。部分部分を切り取って、後にサンプリング素材として濫用される理由もわかる。
 問題は、そのまとめ方なのだ。ていうか冗長になり過ぎちゃってフォーカスがぼけてしまう。大サビを目立たせるための演出なのだろうけど、そこ以外が散漫過ぎるんだな。やっと納得した。

5. Plastic Man
 かなりエフェクトされたブラス・ソロは、当時のブラック・ムービーのサントラっぽくて、クール。ノーマンにしてはリズムのメリハリがしっかりしてるし、3分とコンパクトにまとまっているため、アラも目立たない。R&Bチャートで8位をマークしており、俺的にも『Masterpiece』の中ではベスト・トラックでもある。
 ここからいじり過ぎちゃうから、テンプスもいい顔しなかったんだろうけど、ここで完パケにしちゃったのは正解。



6. Hurry Tomorrow
 ラストは怪しげな雰囲気の漂う、サイケともデカダンともドラッギーとも取れるチル・アウトな世界。ベトナム戦争を思わせる爆破音のエフェクトや深いエコー・リヴァーヴが、メッセージ性を誘発している。いるのだけれど、やっぱ浅いんだよな。自分で歌うのではなく、ノンポリのテンプスのヴォーカルを通すわけだから、そりゃ通じないわな。



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1972年、モータウンのお家事情 その2 - Temptations 『All Directions』

folder 1972年リリース、Temptations(テンプス)にとって16枚目のオリジナルアルバム。LPレコードというメディアの容量制限に合わせ、この時期のアルバムは大抵10〜12曲入りというのが定番だけど、このアルバムは8曲のみ。11分にも及ぶ「Papa was a Rolling Stone」が、3曲分は尺を取っているためである。
 ただ、それでもトータルでは35分程度、がんばればもう2、3曲くらい入りそうなものだけど、その辺はプロデューサーNorman Whitfieldの美学なのかな。コンセプトとしては、これで完璧、これ以上、足すモノも引くモノもない、ってな感じで。
 あともうひとつは、テクニカル面での問題。男臭いド迫力のヴォーカル、そこにアタック音の強いリズムが被さると、たちまちピーク・レベルを食ってしまう。なので、カッティングするとレコードの溝はどうしても太くなってしまい、長時間の収録は難しくなる。無理やり詰め込むと針が飛んでしまうし。

 「初期モータウンの男性コーラス・グループ」といって連想するのは、テンプスとFour Tops(トップス)に異論はないと思う。Miraclesは女性が1人いるし、Spinnersもちょっとメジャーになったら、すぐ移籍しちゃったし。
 あんまり詳しくない人だと、メンバーが4人または5人かの違い、または、「マイ・ガールを歌ってる方」と「そうじゃない方」くらいでしか、区別がつかないと思われる。ちょっと知ってる人なら、「サイケデリック・ソウル」と「そうじゃない方」、こんな風にザックリ分けられる。
 「ちょっと乱暴すぎるだろ「リーチアウト」(Reach Out, I’ll be There)があるじゃないか」という声もあるだろうけど、ゴメン、実はFour Topsあんまり聴いたことないんだ。だって地味だし。
 そのうち、ちゃんと聴いてみる。

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 モータウン内ではこの2つのグループ、一見するとあんまり違いはなさそうだけど、それぞれのデビュー当時まで遡ってみると、微妙な違いがあらわれてくる。
 オーディションを受けてモータウンに入社、その後、創業者Berry Gordy が手塩にかけて育て上げたのがテンプスであり、実際、ブレイクしたのは彼らの方が早い。
 対してトップスは、モータウンに移籍してきた時点で、すでに10年近くのキャリアがあった。まだ大きなシングル・ヒットこそなかったけれど、地元デトロイト界隈では知られた存在だった。絶対的なリーダーLevi Stubbs の力強いバリトン・ヴォイスはグループの牽引力となり、熱くダイナミックなステージ・パフォーマンスには定評があった。
 まだ実績の少ないモータウンに箔をつけるため、Gordy はトップスの獲得に奔走、幾度かのアプローチの末、熱意を受け取ったLeviは移籍に同意する。いわゆるヘッド・ハンティング、最初からポテンシャルを見込まれた、即戦力人材である。ある程度、基礎はできあがっているので、社員教育の手間も大幅に減る。

 モータウン以前のトップスのレパートリーは、男くさいゴスペル・ソウルが中心だった。モータウン入社後はコンセプトを一新、H=D=H(Holland – Dozier – Holland)によるポップ・ソウル路線を柔軟に受け入れている。「剛に入れば剛に従え」的な振る舞いは、やっぱり大人だよなトップス。
 ただ基本、トップスが歌う楽曲は正統派のR&Bが多く、極端にはみ出した作風にチャレンジすることは、ほぼなかった。マッチョな無頼漢を前面に出したヴォーカル・スタイルの前では、こざかしいギミックやアレンジでは陰が薄い。
 なので、テンプスのようなサイケデリック・ソウル路線、またはMarvin Gaye やStevie Wonder のようなニュー・ソウル路線にも、まったく見向きもしていない。一応、Norman の楽曲もいくつか歌ってはいるけど、まだサイケ路線に走る前のばかりで、そこまではっちゃけた作風のモノには手をつけていない。多分、上層部からもサイケ路線の要請があったんだろうけど、そこはLevi、全力で拒否したんじゃないかと思われる。

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 対してテンプス、ほぼ見習い社員的ポジションからスタートしたモータウンの申し子、いわゆるプロパー社員である。経営陣の命令は、基本断らない。気の進まないコラボだってやるし、「ちょっと合わねぇな」って曲にも文句は言わない。
 Gordyの大プッシュのおかげで、モータウンの歌姫として君臨していたDiana Ross との共演だって、文句は言わない。どうしたって彼女の引き立て役になるだけだから、みんなあんまりやりたくないはずなのに、彼らはやる。「よろこんで!」と、元気いっぱいに。仕事選ばんのか?

 モータウンのヒット生産システムの優れた点のひとつとして、「楽曲のリサイクル率の高さ」が挙げられる。
 ソングライター・チームが楽曲を書き上げると、スタジオ・ミュージシャンらによって演奏トラックが作られる。次にプロデューサーは、複数のアーティストでヴォーカル録りを行なう。この時点では、まだ誰のヴァージョンが正規リリースされるのか、まったく決まっていない。
 毎週金曜日に行なわれる本社ミーティングで試聴会が行なわれ、Gordyを始めとした幹部たちのお墨付きを得たものが、シングルとしてリリースされる。基準はただひとつ、「ヒットするかしないか」それだけ。数値であらわすものではない。
 そこまで厳選したとしても、ヒットするかしないかは、運次第。で、運良くそれがヒットすると、コンペ落選のストックからデキの良いものを引っ張り出すか、イキの良い新人に歌わせるかして、二番煎じ・三番煎じと繋いでゆく。まるで日本の演歌みたいなシステムだよな。
 演歌とモータウン、どっちが先なんだろうか。

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 トップスもテンプスも、メンバー内にソングライターはいなかったため、基本、社内ソングライターから降りてきたモノか、スタンダード・ナンバーを歌う立場だった。
 最盛期のモータウンは、「ヒット・ファクトリー」という名が表すように、とにかく作っては出し作っては出し、のベルトコンベア状態だった。レコーディング・スタジオは24時間フル稼働、ミュージシャンもずっと常駐していたくらいだから、とにかく体が空いてて声が出る者だったら、どんどんブースに押し込んで歌わせていた。
 そんなしっちゃかめっちゃか状態の中、テンプスは与えられた楽曲に不満を漏らすこともなく、次々にレコーディングしていった。初期のポップ・ソウルと比べ、Norman時代はカオティックな展開の楽曲が多くなっていたけど、声高に不満を表明する者はいなかった。「なんかイレギュラーな方向へ行ってるよなぁ」くらいは思ってたかもしれないけど、そこは会社への忠誠心が強いテンプス、思ってても口に出せるはずがない。
 対してトップス、ていうかLevi、「イヤなものはイヤ」とはっきり言っちゃうタイプである。あんまり知らないけど、多分きっとそうだ。あの強面を前にすると、無茶な要求なんてできないよな。
 そんなパワー・バランスなので、ちょっと面倒な案件、イレギュラーな楽曲はテンプスに回ってくる。やたらハイテンションな居酒屋店員みたいに「よろこんで!」って言っちゃうんだろうな。目は決して笑わず、顔筋だけの満面の笑みで。

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 金遣いの荒さやドラッグ問題など、何かとお騒がせなトラブルメーカーになっていたDavid Ruffinの脱退は、ほんの一瞬だけ、テンプスの人気に影を落とした。軽やかなダンス・ステップと、「官能的」とも形容された歌声は、グループの人気を独占していた。なので、後任で加入したDenis Edwards は、相当荷が重かったんじゃないかと思われる。
 Ruffin カラー払底のため、モータウンは総力を挙げてテンプスのイメチェンを図る。ちょうど上り調子だったNorman の作風の変化ともシンクロしていたため、また頑ななトップスへの当てつけとして、彼らはサイケデリック・ソウル路線へと、大きく舵を切る。
 もともとRuffin 在籍時から、その兆候はあった。従来のポップ・ソウルをベースに、JBを筆頭に台頭しつつあったファンクの要素、破裂音混じりのシャウト・ヴォーカルをフィーチャーしたのが、この路線の初ヒット「Get Ready」だった。
 当初はエッセンス程度だったのが、Ruffin と入れ替わるようにサウンドは激変する。ラジオ・オンエアを想定して、3分前後でまとめられていた楽曲は、ダンスフロア仕様を重視するかのように、10分前後まで引き伸ばされた。
 延々続くリズム・セクションの洪水は、次第にヴォーカル・パートを侵食してゆく。トラックメイカーNormanの才気煥発ぶりは、ポップ・ソングのセオリーからどんどんはずれ、しまいには、ほぼ3分の2くらいがインストになってしまう曲まであらわれた。
 そこまで行っちゃうと、もはやプログレ状態。

 トラックメイカーによる理想のサウンドと、基礎のしっかりした重心の低いヴォーカル&コーラス・ワーク。丹念に磨き上げられた歯車がうまく噛み合い、最良のギア比を叩き出したのが、この『All Directions』だった。
 テンプスのメンバー自身がサウンド・メイキングに関与したわけではないけど、やっぱトップスには頼みづらいサウンドである。だって、ヴォーカル・トラックを抜いても、充分成立しちゃうんだもの。
 トラディショナルなソウルから遠く離れたサウンドは、ヴォーカル・グループとしてのアイデンティを揺るがす。いくら彼らでも不満が募ったのか、これ以降、サイケデリック・ソウル路線は緩やかに沈静化してゆく。



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Motown (1993-09-27)
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1. Funky Music Sho Nuff Turns Me On
 熱狂的なライブのMCパフォーマンスを導入部とした、ソリッドなファンク・チューン。もちろん疑似ライブ。だけど、当時のエキサイト振りを忠実に再現している。
 当時、Normanと多く行動を共にしていたBarrett Strongによってシノプシスが描かれ、いつものようにFunk Brothersに委ねられ、ほとんどリズムしか入ってないトラックのいっちょ上がり。ヴォーカル抜いちゃえば、どれも大差ないもんな。
 この後に「Papa」が控えてることを思えば、何ともコンパクトであっさりした仕上がりと錯覚してしまうけど、イヤイヤちゃんとコッテリした味わいに仕上がっている。

2. Run Charlie Run
 トラディショナル・ソウルなホーン・セクションと、やたらキーの高いベース・ラインが印象的な横ノリ・チューン。ややゆったり目のテンポはボトムが低く、その後の大爆発の予感を孕む。ファンクネスはジリジリと、確実にユーザーの快楽中枢を刺激してゆく。

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3. Papa Was a Rollin' Stone
 彼らにとっては4枚目の全米No.1シングル。当然、各国でも軒並み上位チャートインを果たした、テンプスにとっての代表曲のひとつ。ポップ・ソウルなら「My Girl」、バラードなら「Just My Imagination」など、人それぞれ思い浮かべるテンプスは違うけど、「ファンキーなテンプス」として真っ先に挙げなければならないのが、コレ。他にも良い楽曲はあるし、あまりにベタな曲なんで、もう誰もインスパイアされることもなくなったけど、決定打といえば、やっぱり外せない。
 リズム・トラックのループ、ヴォーカルのカットアップ、エフェクトのダビングなど、あらゆるレコーディング・テクニックが駆使され披露されている。考えてみればこういうのって、特別目新しい技ではなかったはず。それがここでは、クリエィティブ的にもセールス的にも最大限の効果を上げている。なぜか?
 粗野で無骨なソウル・ミュージックは、時にクセが強すぎ拒否反応を示す場合がある。ロックの発展とシンクロしたレコーディング機材の進歩に乗じて、彼らはスピリットはそのままに、ソウルを摂取しやすい形に加工した。白人たちによって作られたテクノロジーを借用して。
 -それの何が悪い?そもそもソウル(魂)を収奪したのは、お前らの方じゃないのか?
 そんな叫びと嘲笑を含みながら、延々と曲は続く。



4. Love Woke Me Up This Morning
 ほぼ「Papa」メインのA面を終え、ここからはテンプスの通常営業、いわゆるソフト&メロウ路線。営業政策的には、こうした折衷案を受け入れることも必要である。全編サイケデリックでやりたいのなら、自分のグループ(Undisputed Truth)でやればいいんだし。
 オリジナルは1969年リリース、Marvin Gaye & Tammi Terrell 。基本アレンジはほとんど変わらないのに、オリジナルの甘酸っぱさがなくなり、力強い朝の目覚めを想起させる。マービンとタミーが夜明けのコーヒーなら、テンプス・ヴァージョンはラジオ体操。そんな印象を与える。

5. I Ain't Got Nothin'
 「メロウの極み」とも言えるフィリー・ソウルの表面をなぞって模倣したかのような、まぁ退屈な曲。これも営業政策的に、チーク・タイム的な楽曲が必要だったんだろうけど、誰もそこら辺をテンプスには求めていないのだった。

6. The First Time Ever (I Saw Your Face)
 Roberta Flackがデビュー・アルバムで取り上げたことで有名になった曲だけど、ほんとのオリジナルは1957年、イギリスのフォーク・シンガー作によるもの。Wikiを見ると、プレスリーからローリン・ヒルまで幅広いアーティストがカバーしてるけど、まぁテンプスがやるにはちょっとフックが弱い曲だよな。前曲同様、つい聴き流してしまうバラード。

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7. Mother Nature
 ユルいフィリー・ソウルが2曲続いたところで、やっとメリハリの効いた絶唱。ここはバッキングも、やたら気合が入っている。多分にA面で燃え尽きちゃって、B面はカバーでなんとか埋め尽くし、バラードの中ではデキの良いコレがあったから、どうにかアルバムの体裁は整っているけど、まぁやる気なかったんだろうな、Norman。B面の適当さが際立っており、だからこそ、このナンバーが一層映えて聴こえる。

8. Do Your Thing
 ラストはIsaac Hayes、当時の流行だったブラックスプロイテーション・ムービーの傑作『Shuft』からのシングル・カットのカバー。まるで最後っ屁のように、ドス黒ファンクがラストを飾る。
 テンプス的には多分、映像とシンクロしたトラックを作るHayesとの方が、相性が良かったんじゃないかと思われ。ドラッグ文化を中心に据えたNormanのサウンドはむしろ抽象的、時に散漫さが先行するので、歌の解釈という面ではHayesのサウンドの方が明快。もしNormanの意図を理解して歌い込んだとしても、どうせテープ編集で切り刻まれちゃうんだろうし。
 ヴォーカルとインストの配分を目分量で行なうと、頭でっかちの仕上がりになってしまう。その配分を超えてしまったのが「Papa」だった。まぁ何度もできるものじゃない。メンバーに怒られても当然だ。








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プロデュース次第で音はこんなに違う - Temptations 『Cloud Nine』

folder 1969年リリース、モータウンでは9枚目のオリジナル・アルバム。セールスとしてはUS最高4位UK最高32位となっているけど、当時のモータウンはまだシングル至上主義の勢力が強く、アルバムについてあぁだこうだと論じるのは、ちょっと難しい。だって、営業的にアルバム・プロモーションは二の次だったし。
 明るく楽しく元気なポップ・ソウルの量産体制によってチャート上位を独占していられた初期と違って、不穏な社会情勢とリンクするかのように、その強固な牙城は次第に綻びを見せてゆく。レコード販売の主力がシングルからアルバムへシフトしつつあったのと、ヒット曲を生み出す嗅覚に長けていたBerry Gordieのカリスマ性が逆に災いしたのも、時代に即応できなかった要因である。なんだ、今でも親族経営のブラック企業ならよくある話じゃん。
 前回のStevieのレビューでもちょっと触れたけど、そんな後期モータウン内の革新勢力の筆頭と言えるのがプロデューサーNorman Whitefieldだった。実際、その後期と称される60年代末から70年代初期、ほぼセルフ・プロデュース体制だったStevieとMarvin Gayeは別として、同時代性とうまくリンクさせたサウンドを構築していたのがNorman、そして彼がプロデュースに関わったアーティストらだった。

 Berry Gordieの右腕的存在として多くの曲を書き、また自らもMiraclesを率いて初期モータウンのプロトタイプを創り上げたのが、マルチ・クリエイターの先駆けSmokey Robinsonである。Bob Dylan をして「アメリカ最高の詩人」と言わしめるほどのソングライティング・スキルは、そのクオリティと量産性によって磨き上げられた。泥臭いブルースかゴスペルくらいしか選択肢がなかった黒人エンタメ業界に、白人ポップスと肩を並べるほどの洗練されたサウンドを創出したことで、モータウンの歴史的功績は大きい。
 で、ほぼSmokeyとGordieで作り上げた土台を基に、そらなるモータウンの飛躍に貢献したのが、Brian & Eddie Holland、Lamont Dozierから成るソングライター・チームH=D=Hである。全盛期のSupremesやFour Topsらの楽曲制作の大半を担い、Smokeyとの双頭体制によってレーベルの発展に貢献した。Beatlesを始めとした第1次ブリティッシュ・インヴェイジョンの攻勢に対抗できる唯一の存在として、Supremesを筆頭としたモータウン勢は当時、アメリカ国内では無敵の存在だった。

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 ただ、そんなのぼり調子もいつまでも続かない。モータウンの象徴とされていたSmokeyの制作ペースの衰えとクオリティのムラが目立ってきた頃と相まって、印税配分のトラブルその他もろもろによってH=D=Hが退社・独立する。制作部門の2トップが一時不在となったことにより、モータウンは深刻な人材不足にあえぐことになる。
 会社の成長に伴って、正当な利益配分を主張するのは当然の権利であり、流れとしては予測できる範囲なのだけど、単純な製造・販売業と違ってモータウンはレコード会社、制作部門においても利潤だけではなく、採算ベースに収まる範囲での芸術性が問われる。
 H=D=H側の主張としては、レーベルの方針通り、JIS規格的に特色のないポップ・ソウルばかりを作ることに辟易していた頃だった。キャリアを重ねるに連れ、判で押したような類似曲ばかりを量産することに飽きてきた彼らは、次第に創作上の自由を欲するようになる。
 ルーティンからの脱却という目的もあったけど、彼らがそんな志向へ至るには外的な要因、政治・社会的に激動しまくっていた60年代末という時代の要請も大きかった。
 「サイケ」「ラブ&ピース」がキーワードのフラワー・ムーヴメントの波が押し寄せてきており、それまでティーンエイジャー限定の通過儀礼と思われていたロックが、またロックに限らず音楽産業全体が成熟しつつあり、強固なイデオロギーを内包したメッセージ性の強いアーティストが台頭し始めていた。「明るくハッピーな60年代」は過ぎ去りつつあり、「不穏な70年代」の予兆がすぐそこまで迫っていることは、特別政治に関心がない者にでも身近な話題となっていた。

 そんな状況なので、その「明るい」象徴であるモータウンのサウンドは、すでに時代に取り残されたものだった。モータウン以外の黒人アーティスト、例えばJBはこの時期、アンチ・ポップとしてのファンキー・チューンを量産、その完成型である「Sex Machine」製作に向けて研鑽を重ねていた。モータウンが白人マーケットへ進出する際、ソフィスティケートするため削ぎ落としていた泥臭い要素、語義通りのリズム&ブルースを純化させたスタックスは、Otis ReddingやSam & Dave、Wilson Pickettらを擁してモータウン一択のダンス・シーンを着々と浸食していった。
 JBやスタックスが支持されたのは、どちらもモータウンと違って、作り物っぽくない生のソウルをあまり加工せず、素材の味を前面に出して市場に送り出したことによる。工場で厳密に品質管理されたポップ・ソウルより、生搾り大吟醸のごとく、未加工で荒削りなソウルが支持されるようになったのは、何も彼らが飽きられただけではない。公民権問題で自分たちの地位向上に意識的になった黒人層の増大が、時代がそう要請したのだ。

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 そんな外部環境の変化と社内でのパワー・バランスの変化、依然家族経営的なアバウトな運営に危機感を覚えたのが、社内では傍流に属していたNormanら若手クリエイターである。
 景気の波にうまく乗っている時はいいけど、一旦経営が不安定になるとかつての成功体験・必勝パターンにしがみつき、フットワークが重くなる。気分次第で作りまくった役職の多さが祟って命令系統がガタガタになり、何をするにも冗長な会議が必要となり、承認が下りた頃には、そのアイディアは時代遅れになっている。どこの会社も一緒だな。
 ヒットのお手本のような前任者2組はおらず、現場は若手ばかりである。上層部は混乱するばかりだ。何しろ制作チームが機能不全となっており、しかもリリース・スケジュールだけは決まっている。何かしらアイテムはリリースしなければならないけど、何しろタマが少ない。とにかく制作陣が物理的に足りないのだ。外部から引っ張ってきたりカバー曲で埋めたとしても、キラー・チューンはやはり自前で押さえておきたい。印税額が全然違うのだ。
 取りあえず、今いるチームで回してゆくしかない。少しでも実務経験がある若手なら、どんどんチャンスを与えてやった方がいい。骨格さえできてしまえば、あとは演奏陣Funk Brothersがどうにか形にしてくれる。ていうか、曲の体裁さえ整っていれば何でもいい。無音のシングルをリリースするわけにもいかない。何でもいいからサウンドが必要なのだ。例えそれが従来モータウンのサウンドっぽくなかったとしても。

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 そんな社内事情を逆手に取ったのか、この時期のNormanのプロデュース/サウンド・デザインはかなりはっちゃけたクオリティに仕上がっている。従来の親しみやすいメロディや軽快なビート、ひたすらポジティヴな歌詞はとことん無視され、ほぼ逆のベクトルを持つ楽曲が採用されることが多くなる。
 ラジオ・オンエアを無視した10分を超える長尺曲、ファンクイズムに基づいたシンコペーション主体のバック・トラック、住所不定のオヤジを嘆く歌詞など、後年のニュー・ソウルに通ずる構成パーツばかりなのだけど、いずれも否モータウンを表明するものばかりだった。従来ならほぼ100%が不採用となる案件ばかりだったけど、この時期は新曲コンペに出品できる作品自体が少なかったため、Normanの楽曲が採用されることも多くなる。それに比例して、彼の社内的ポジションも次第に有利なものとなってゆく。

 で、Temps。
 華麗なステージ・アクションと寸分違わずそろったダンス・ステップ。洗練されたルックスと小ぎれいなスーツの着こなしは、他モータウン・アーティストの範となるものであり、本流を歩んできたグループとしての佇まいは随一の人気を保っていた。しなやかなファルセットで女性ファンを魅了するEddie Kendricks、野太い男性的なテナーで全体を司るDavid Ruffinの2トップ体制は、永遠のスタンダード「My Girl」から始まる連続ヒットを生み出す原動力となった。
 正統派男性コーラス・グループとしてメロウ・チューンをメインとしていた彼らの転機となったのが、Ruffinをメインとしたヴォーカル構成、マッチョイズムを前面に押し出したパワフルなサウンドだった。特に「Ain't Too Proud to Beg」のスマッシュ・ヒットは彼らの脱・モータウン化をさらに助長させた。
 作曲とサウンド・プロデュースを行なったNormanもまた、スタジオ内で起こったマジックに興奮を覚えた一人だった。ハーモナイズを重視したこれまでのコーラス・グループという発想ではなく、5人のソロ・シンガーの集合体として、彼らそれぞれの見せ場を作るためには、既存のモータウン・システムではどうしても収まりきれない。新たなフォーマットが必要となる。ただ順繰りにメインを替えるのではなく、サウンド自体にストーリーを持たせることによって、そのシフト・チェンジはさらに効果的となる。

Temptations

 グループ自体のシフト・チェンジにあたるのが、この時代のTempsであり、モータウン・ファン的には「サイケデリック・ソウル」として位置づけられている。このサイケ・ソウル期終焉後、彼らはほんの一瞬だけディスコに走り、60年代サウンドをMIDI機材によってアップデートしたサウンドを提示した80年代を経、その後は緩やかなスロー・リタイアに至るわけだけど、やはり初期から70年代初頭までのこの時期に人気が集中しており、実際アルバム制作を中心とした音作り、イメージ戦略が行なわれている。

 これって中島みゆきでいうところの80年代、いわゆるご乱心期に当たるのだけど、そのみゆきご乱心期はファン的に「姫のお戯れ」、「夜会へ向かうまでの過渡期」として位置付けられている。サウンド的・コンセプト的にも時代とリンクしようと抗うみゆきの葛藤が色濃く刻まれているのだけれど、どこか傍流として扱われ、正当な評価がきちんと成されていない。
 それに対してTempsの場合、優等生的な初期と並んでサイケ・ソウル期もまたキッチュさが好評を得ており、古参のファンからも同列で支持されている。考えてみれば、これまで無数にリリースされてきた彼らのベスト盤にはどれも、「My Girl」と「Papa was a Rolling Stone」が収録されており、しかも違和感なく受け入れられている。
 冷静に考えればすごいことだよな、これって。ヴォーカリストは同じだけど、サウンド的にはまったく別物だもの。

 で、そんな彼らのサイケ・ソウル期の本格的なスタートとされているのが、この『Cloud Nine』。10分弱もある1曲を除き、他9曲はだいたい2~3分程度のサイズに収まっているけど、タイトル曲を含め、従来モータウンではほぼ使われることのないファズ・ギターや不穏なベース・ソロなど、プレイヤビリティあふれる演奏が収録されている。こういったところ、やはりNormanの持ち味全開である。下手すると、ヴォーカル抜きでも十分成立してしまうくらい、インスト・パートの完成度がハンパない。
 もうひとつの特色として挙げられるのが、David Ruffin の脱退劇。Buddy Holy並みにインパクトの強いセルフレームを着用していたDavid、外部にそそのかされたのか、それともNormanとソリが合わなかったのかどうかは不明だけど、代わりに入ってきたのが、力強いテナー・ヴォイスを持ち味としたDenis Edwards。力強さはあったけれど、どこか品の良さが窺えたRuffinに対し、パワフルさに加えて泥臭さを備えたEdwardsの声質は、原音を変調させた音色を好むNormanのコンセプトにうまく合致していた。
 ここから数年、従来モータウンの内部崩壊をよそに、新生Tempsの果敢なサウンドへの挑戦の日々が続く。いやもっぱらNormanの苦闘だけど。


Cloud Nine
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1. Cloud Nine
 ハイハットが大きめにミックスされたリズム・トラックにファズ・ギターがからむ、これまでのモータウン・サウンドとの違いを明確にした決意表明。よく聴くとギター自体は決して突飛なプレイではなく、あくまでモータウン・マナーに則った範囲のものであり、これはやはりNormanのプロダクションの成せる業と言える。ちなみに弾いてるのは若き日のDennis Coffey。US6位UK15位まで上昇した、サイケ・ソウル期の幕開けを飾るグルーヴィー・ファンク。



2. I Heard It Through the Grapevine
 わかりやすく邦題に直すと「悲しいうわさ」。ちょっぴりアーシーな泥臭い仕上がりは、ファンクとはまた別のベクトル、当時のアトランティック系ソウルへのオマージュとして受け止めればスッキリする。
 もっとも有名なMarvinのヴァージョンはもっと軽やかなポップ・チューンだったけど、作者であるNormanからすれば、これが本来の理想形である、と言わんばかりに別の仕上がり具合になっている。あまりにMarvinヴァージョンが定番となっているので、やっぱりパンチとしては弱い。いい仕上がりなんだけどね。

3. Run Away Child, Running Wild
 約10分に渡る壮大なファンク・シンフォニー。ここまでNormanがおぼろげに描いていたビジョンが一気に具現化された、この時点での彼の到達点。シンプルなリズム・トラックながら複雑なコーラス・アレンジが絡む構成は、到底単一のヴォーカリストで実現できるはずもなく、多彩なキャラクターの集合体であるTempsでなければ実現しなかった。
 長尺のナンバーのため、プログレと比較されることも多いけど、あそこまで理屈やプレイヤビリティが重視されているわけではなく、スタイル的にはあくまでヴォーカル & インストゥルメンタル、不可分のスタンスとなっている。

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4. Love is a Hurtin' Thing
 で、主役Tempsを一素材として扱うといった、贅沢な実験としてのA面が終わり、ここからはアナログB面。後期は実験的ファンク路線をさらに推し進めていったNormanだけど、この頃はまだ社内バランスを考慮しており、オーソドックスな従来モータウン・ナンバーが軒を連ねている。
 甘くゆったりしたバラード。これはこれで良い。同時進行でもう一枚作っちゃえばよかったのに、と思ってしまうほどのクオリティ。

5. Hey Girl
 野太いバリトンを受け持つPaul Williamsがリードを取る、まるで『ジェット・ストリーム』のようなストリングスをバックに力強く歌い上げるミディアム・バラード。メンバーそれぞれがピンを張れる力量を持っているため、これだけバラエティに富んだサウンドが散りばめられている。

6. Why Did She Have to Leave Me (Why Did She Have to Go) 
 しかしA面3曲/B面7曲という構成は、かなりいびつなものである。3.以外のナンバーはほぼ3分弱、これまでとまるで変わらないポップ・ソウルで占められている。
 時代的にどの歌声にもやや泥臭さが窺えるけど、これこそがTempsの得難いパーソナリティでもある。このような凡庸な曲でも最後まで聴かせてしまう、良い意味での力技が存分に発揮されている。

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7. I Need Your Lovin
 Eddieのファルセットが冴える、後のStylisticsにも通ずる軽いメロウ・サウンドが映えるミディアム・チューン。よく聴くと走るベース・ラインが耳を引く。何気ないポップ・サウンドでも小技を利かせているのは、若いながらも目端の利くプロデューサーNormanの力量による。これまでならベタなホーンで埋めてしまうところを、シンプルなバッキングで歌を引き立てている。

8. Don't Let Him Take Your Love From Me
 これまでの初期Tempsを愛するファンにも受けの良い、サザン・ソウルのフェイク的なアレンジが光るナンバー。「~風で」というオーダーに乗ったFunk Brothers勢のグルーヴ感が真空パックされている。
 やっぱすごいグループだよな、Tempsって。ヴォーカリストによってまるっきり別のグループに聴こえてしまうほど、個々のスキルが高すぎる。ここまで別の側面を見せられるグループを、俺はThe ALFEE以外に知らない。ちゃんと聴いたことないけど。

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9. I Gotta Find a Way (To Get You Back) 
 ビート感は完全に従来モータウン。ホーンの配置、シンコペートするリズムといい、この時代ではすでに時代遅れ。ユニゾンするストリングスの使い方もちょっとダサめだし。これなら初期チューンを聴いた方がいいや、とまで思ってしまう。出来はいいんだけどね。

10. Gonna Keep on Tryin' till I Win Your Love
 ランニング・ベースがリードを取る、従来モータウンのホーンとコーラスとを奥に引っ込めたナンバーがラスト。むせ返るほどの男臭さが特徴のEdwardsのヴォーカルは、一聴するとFour Topsの方がしっくり来るんじゃね?と思ってしまいがちだけど、ユニゾン志向のTopsよりは、個性を尊重したハーモニー志向のTempsの方がずっとパーソナリティを活かしきっている。適材適所というのがあるんだな、どの世界にも。



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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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