folder モータウン系が続いたその流れで、70年代のスティーヴィー・ワンダーの未発表曲がどれだけあるのか、ちょっと調べてみた。
 マスターピースとされる3部作『Talking Book』『Innervisions』『Fulfillingness' First Finale』プラス『Songs in the Key of Life』を立て続けにリリースしていた頃のスティーヴィーは、大量の楽曲を書き、そしてレコーディングに励んでいた。あまりの多作ゆえ、すべてを発表しきれず、未発表テイクは膨大な数に上ると言われている。
 これについては諸説あって、その総数は何百〜数千以上とかなり幅広く、要はすっげぇアバウトである。今のところ、本人がコメントしているわけではなく、多くは自称(他称)関係者の曖昧な証言ばかりのため、真相は謎のままである。ちゃんとした完パケ状態だけじゃなく、簡素なリズム・トラックまで律儀にカウントしているのか、その基準は不明だけど、「とにかくメチャメチャある」ということだけしかわかっていない。
 成人になったと同時に、モータウンとは別に、自身の版権管理会社を設立したスティーヴィー、よほど音源管理がしっかりされているのか、この時期の流出音源は、ブート・サイトにもほぼ出回っていない。管理が雑だったせいで記録が残っていないのか、それともテープをケチってどんどん上書きしていたのかもしれない。

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 ごくたまに、何十周年かのタイミングでリリースされるモータウンのコンピで、過去の未発表曲が蔵出しされることがある。ほぼ終夜営業でファンク・ブラザーズをこき使い、四六時中、どこかのスタジオでレコーディングが行なわれていたモータウン、そこは膨大な未発表テイクの宝庫として知られている。
 もちろんスティーヴィーの楽曲も入っていたりはするのだけれど、そのほとんどは未成年時、モータウンのコントロールが強かった頃の音源ばかりで、正直、そこまで驚くようなものはない。ロバート・マーゴレフ & マルコム・セシルと共にスタジオにこもり、ムーグやTONTOを駆使して生み出されたた未曾有のシンセ・サウンドは、いまだその全貌を明らかにしていない。
 きちんとした新規リリースが途絶えているとはいえ、現在も精力的に活動を続けているスティーヴィー、現役であることにこだわっているのか、ベテラン・アーティストのわりに、アーカイブへの興味は薄い。70年代期アルバムのデラックス・エディションなんて、確実に需要があるはずなのに、そんな動きも見られない。
 ていうかスティーヴィー、もはやレコーディングそのものに関心を失っているのか、新曲を作ってもライブで発表する程度、アルバムにまとめる気もなさそうである。今どき新譜のアルバム出しても売れないだろうし、下手に大コケして晩節を汚したくない、という気持ちも働いているのかもしれない。

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 この時期のアウトテイクは、世界中で多くのユーザーの関心を寄せているらしく、ネット上では、様々な情報や憶測が行き交いしている。そのほとんどは、熱心なファンやマニア有志によるもので、関係者やオフィシャルな情報はごくわずか、その真贋を見極めるのも、またひと苦労する。
 ただ、真偽がどうこう言うのも大事だけど、単純に掲示板のやり取りを眺めるのは、これはこれで楽しい。ビートルズなんか、かなり研究が進んでいる方だけど、残されたマルチ・テープのラベルやスタジオ作業の進行表を解析して照合し、推論を立てる作業は、オフィシャル音源を聴き倒したマニアならではの愉悦である。
 同類は同類を呼ぶのか、同じく未発表音源の宝庫である殿下、プリンスの大型ファン・サイト「vault」の掲示板に、スティーヴィーの未発表曲についてのスレッドが立っていたりする。その内容を見ると、音源はないけど未発表曲を羅列したリストや、ジャクソン5時代のマイケルとのセッションを報じた音楽雑誌の記事など、興味を引くモノも多い。
 今年、春になってスティーヴィー、腎臓移植手術を受けることをステージで発表した。予定通りに行っていれば、9月に手術は終わっているはずだけど、今のところ公式なインフォメーションは途絶えたままだ。
 もしかして今この瞬間にも、「終活」と称した版権整理が進んでいるのかもしれない。

 この頃のスティーヴィーは、主にスタジオ・ワークに勤しんでいたとされている。とはいえ、まったくの引きこもりだったわけでもない。
 心身ともにピークを迎えていたスティーヴィー、エネルギーの放出が収まらなかったのか、それとも単なる気分転換か、自身のスタジオを飛び出して、数多くのセッションに顔を出している。単なる楽曲提供やカメオ出演的なコーラス参加もあれば、ガッツリ手間ヒマかけた全面プロデュースまで、その関わり具合は多岐に渡る。
 ソロ2枚目となるシリータのこのアルバムではスティーヴィー、初期のデモ・テープ制作段階から共作者として深く関わっている。時期的に言えば、『Innervisions』と『Fulfillingness' First Finale』との間にレコーディングされたものなので、サウンド・プロダクションは、ほぼその流れで組み立てられている。
 ほとんどのリズム・トラックでは、前述したムーグやTONTOがふんだんに使われており、シリータのヴォーカルをミュートするとあら不思議、スティーヴィーのソロのできあがり。多分に、それまでのデモ・テイクのストックをベースに、またはインスパイアされて書き上げた曲が多いのだろう。

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 当初、コーラス要員としてモータウンに入社したシリータだったけど、下っ端のままで終わるつもりではなく、多くのシンガー候補同様、隙あらば這い上がる野心を持っていた。特徴的なウィスパー・ヴォイスがスタッフの目に留まり、1968年、「リタ・ライト」の名でソロ・デビューを果たしている。
 デビュー曲はヒットには結びつかなかったけど、シュープリームスの新曲の仮歌を担当したことが縁で、グループ加入を勧められる。ダイアナ・ロスがソロ・デビューを機に脱退したため、その後釜に、というプランだったのだけど、メンバーのメアリー・ウィルソンに拒否されたため、その話はおじゃんとなる。
 どちらにせよシュープリームス、ダイアナがメインのグループだったため、その後の人気が下降線をたどるのは目に見えていた。いくらトップ・グループだったとはいえ、加入せずに済んだのは、ある意味幸運だった。
 時を同じくしてシリータ、この時期はスティーヴィーと男女の仲になっていた。無理に落ち目のグループに入るより、伸びしろのある若手クリエイターに取り入った方が得策なことは、女のカンで熟知していた。

 時代を超えて通用する、シャープでスレンダーなルックス、それに加えてクリエイターの創作意欲を刺激する、キャラクターの強いウィスパー・ヴォイスは、確かにスティーヴィーを虜にするに値するものだった。さらにさらに、天はシリータにソング・ライティングの才能まで与えてしまっていた。致せり尽せりだな神様も。
 正確に言えば、彼女単体の才能というより、パートナーの潜在スキルを掻き立てる触媒として、多くのクリエイターのレベル・アップに寄与した。スティーヴィーとの初めての共作となったのが、スピナーズに提供したレア・グルーヴのスタンダード「It’s a Shame」だったことから、ソング・ライティングの相性はすこぶる良かったと思われる。
 ただ、クリエイター同士のキャラとエゴとの衝突は激しく、そこで生じる確執はプライベートの関係にも大きく影響した。2人の蜜月は1年足らずで破局となり、以降は互いのスタジオ・ワークのサポートのみの関係へと移行する。
 何となく構図としては、「都度、新たな男性パートナーを踏み台に生き抜いてきたシリータ」と、「純音楽主義を貫く愛と平和のスティーヴィー」というのを想像してしまいがちだけど、その辺は疑問が残る。実際のところは早熟だったスティーヴィー、その後も切れ目なく女性遍歴を重ね、現時点で3回目の結婚、加えて5人の女性との間に9人の子供を設けている。
 なんだ、どっちも似たもの同士か。

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 『Music on My Mind』と並行して制作されたシリータのデビュー・アルバムは、ファースト・インプレッション間もない2人のセンスと先進性とが、強く打ち出されている。ほとばしるアイディアとスキルを剥き出しのまま、勢いに任せたあげく、強引な力技でまとめられている。
 ほぼすべての楽器をプレイしているスティーヴィーも、この頃はまだシンセ機材を導入したばかりで、スペックのすべてを使いこなしているわけではない。ストレンジなサウンドを創り上げることを優先しているためか、正直エンタメ性は薄い。
 いやクオリティは高いんだよ、でもアクが強い。モータウン特有の万人向けのポップ性より、インスト・パートの自己主張が強すぎる。
 サウンドの構成パーツとして扱われているシリータのヴォーカルは、強いエフェクトがかけられているため、バッキングに取り込まれている。実際に聴いてみると、機械的に変調されたウィスパー・ヴォイスとシンセ・サウンドとの相性は良く、それでいて埋もれてしまわず、きちんと「シリータ・ライト」の記名性はキープしている。
 サウンド・プロデュースとしては正解だったと思うのだけど、まぁちょっとやり過ぎた感も強い。シリータからすれば、「あたし目立ってないじゃないの、あんた誰のアルバムだと思ってんのよ」とボヤいても仕方がない。
 その反省もあったのか、再々デビューとも言えるこの2枚目では、スティーヴィーのアーティスト・エゴはほどほどに薄められている。いやバッキングは『Innervisions』成分が多いのだけど、シリータのヴォーカルにフォーカスしたサウンドになっている。


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1. I'm Goin' Left
 威勢の良いロック・テイストでのオープニング。前作と違ってコンボ・スタイルでのレコーディングのため、シリータのヴォーカル、それをフォローするデニース・ウィリアムスのコーラス、マイケル・センベロのギター・プレイも盛り上げに作用している。



2. Spinnin' and Spinnin'
 ミニー・リパートンっぽさが感じられるのは、レコーディング直前にミニーの『Perfect Angel』を手掛けた余韻が残っていた、との説が。まぁ確かにまんまミニーだな。
 あまり黒っぽさを感じさせない声質が好みだったのかスティーヴィー、ここでも安易なダイナマイト・シャウトに頼らないサウンド・プロデュース。子守歌のようなワルツのリズムは、スティーヴィーとの蜜月の回想を表現しているのか。だとしたら未練たらしいよな。でも、それが男の性だ。

3. Your Kiss Is Sweet
 古いメリーゴーラウンドを想わせるシンセのリフに対し、時に力強いヴォーカルを利かせるシリータ。泥臭いトラディショナルな歌唱とファニーなサウンドとのコントラストこそが、スティーヴィーの狙ったところか。
 フェイクのパートなんてスティーヴィーのパフォーマンスを連想させるけど、もしかしてシリータの方が先取りしてたのかもしれない。

4. Come and Get This Stuff
 もともとはスティーヴィーがチャカ・カーンのために書き下ろしたものだけど、チャカに拒否されたため、こちらに収録される運びとなったいわくつきの曲。確かにシリータにしてはリズムが立った曲で、いにしえのソウル・チューンといったところをチャカが嫌ったのか。ベタなコーラスがらしくないけど、チャカへの当てつけだったのかしら。

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5. Heavy Day
 シンプルなソウル・バラード。ソウル特有のコブシやグルーヴを徹底的に排除すると、こんな感じで流麗なポピュラー・ソングに昇華する。ソウルとしては食い足りないけど、「Lovin’ You」を好きな多くの人にはヒットするナンバー。俺?案外好きだけど。

6. Cause We've Ended as Lovers
 ひと昔前の恋愛映画のサントラを思わせる、ムーディーなバラード。ヴォーカル・パフォーマンスとしては、このアルバムの中でも会心の仕上がり。情感たっぷりながらクドくならないのは、声質だけじゃなく細かなテクニックの賜物。しかしスティーヴィー、こんな技も持ってたのか。あんまり見せないよね、こういうアプローチ。

7. Just a Little Piece of You
 こちらもストリングスを効果的に使ったバラードだけど、ちょっと違うのはスティーヴィーのリズム・アレンジ。やたら鳴り物が多いため、過剰にドラマティックに寄り過ぎないように作っている。本職じゃない人がドラムを叩くと、こんな風に手数が多くなる。ちょっと出しゃばり過ぎだよ、スティーヴィー。

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8. Waitin' for the Postman
 どの辺が郵便配達夫なのかは不明だけど、意味なんかないよ、楽しければそれでイイじゃん、といったムードのジャム・セッションを素材としたインタールード。こういった短い曲をつなぎで入れるのはコンセプト・アルバムの手法だけど、そこまでカッチリ作られているわけではない。スティーヴィー的には一貫したテーマでもあったのかね。

9. When Your Daddy's Not Around
 コンセプト・アルバムとして考えれば、どんな構成であっても不思議はない。ここでヴォーカルを取るのはシリータではなく、デニス・モリソンという男性シンガー。謎でも何でもない。単なるスティーヴィーの変名。契約の関係なのかお遊びなのかは不明だけど、いやあんたの声って、すごくわかりやすいから。

10. I Wanna Be by Your Side
 スティーヴィー臭が強かったこのアルバム、ここでガラっと雰囲気が変わる。エモーショナルなポップ・バラードでデュエットを務めるのは、後にタッグを組むことになるスピナーズのGCキャメロン。「It’s a Shame』でリード・ヴォーカルを務めた男である。正直、テクニック的にはやや粗雑で凡庸なのだけど、アクの強いシリータとのバランスは良い。やっぱあれだな、アクが強い同士のデュエットってとっ散らかった仕上がりになってしまう。
 凡庸なバラードだけど、凡庸にやろうとしてやっているのだから、いいじゃないのそれで。



11. Universal Sound of the World
 多分にこの曲はシリータ主導で書かれたものと思われるけど、セオリー無視のスティーヴィーと比べ、彼女のメロディは破綻の少ない構造であることに気づく。そう考えると、メロディを立たせるためには、サウンドはそこまで凝らなくてもいいんだよな。
 ここで二人が袂を分かったというのも、何となく納得がゆく。
 どっちもアーティストだもの、引かないよな。



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