好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

Stevie Wonder

1973年のモータウン事情 その2 - Stevie Wonder 『Fulfillingness' First Finale』

folder 1974年にリリースされた、通称3部作のラストを飾ったアルバム。これまで短いペースで立て続けに「濃い目」のアルバムをリリースしているにもかかわらず、さらにこの後、大作『Songs in the Key of Life』が控えているのだから、ほんと「音楽の神」が降りてきてどっしり居座った状態である。これだけ短期間にハイ・ペースかつハイ・クオリティの作品を連発しているのだから、何か怪しげなドラッグでもやってたんじゃないかと勘繰ってしまうものけど、Stevieに限ってはそんな話聞いたことがない。そんなモノに頼らなくても脳内ドーパミンが出っぱなし、いつもニコニコしている印象である。
 リリース前年にあたる1973年、前作『Innervisions』をリリースして間もなく、従兄弟の車に同乗していたStevieは事故に遭い、結構シャレにならない状態で生死を彷徨うことになる。もともと欠損していた視力に加え、一時的ではあるけれど味覚と嗅覚を失い、そのせいもあったのか、心境的に転機が訪れることになる。
 革新的なサウンド作りに躍起になっていた前作までと比べ、ここでは悟りを開いた修行僧のごとく、達観した静かなサウンドで満たされている。のちのStevieサウンドの特徴である、大河の流れのごとく壮大で緩やかなバラード・ナンバーが顕著になったのも、ちょうどこの辺りから。アップテンポ・ナンバーが少ない分、耳を惹く派手さも少ないけど、虚ろな時代の流れに揺らぐことのないスタンダード・ナンバーを創り上げることを、Stevieの中の精神的な部分が希求したのだろう。

 そのようなアクシデントによる前評判も手伝って、これだけ地味なアルバムにもかかわらず、US1位UK5位という好成績を収めている。この時期はStevieにとっては確変状態が続いており、グラミー賞においてもベスト男性ポップ・ヴォーカル、最優秀アルバム、ベスト男性R&Bパフォーマンス、3つの部門で授賞している。1個貰えるだけでも大騒ぎだし、ノミネートされるだけでも簡単には行かないはずなのに、この時期のStevieはいとも簡単に複数授賞を果たしており、まさしくグラミー賞とはStevieのためにあった、と言っても過言ではない。あのPaul Simonでさえ、「Stevieのリリースがなかったから、僕が授賞できた」とコメントしたくらいだし。

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 で、前回の続き。メジャーとも引けを取らない巨大企業に成長したモータウンではあったけれど、内実は閉鎖的な同族経営が続いていた。どこの企業でもそうだけど、一代で成り上がった創業者が存命中の場合、他企業では想像もつかない謎理論によって独裁制が敷かれることが多い。
 『What’s Going On』で革新的なソウル・ミュージックの新たな地平を切り開いていたMarvin Gayeでさえも、社内の論理に逆らうことはできなかった。モータウン黎明期から粉骨砕身の思いで会社に貢献、オーナーBerry Gordyの姉Annaとの政略結婚によって、どうにか幹部クラスにまで上り詰めることができた。そういった立場もあって、経営状態や販売計画にも関与せざるを得なかった。音楽的には何のメリットもないDiana Rossとデュエット・アルバムを制作したのも、今後のDianaの販売戦略に基づいた営業政策上、致し方なかったことであって、Marvin個人としては、ビジネスライクに徹しなければならなかった。やるからにはきちんとMarvin Gayeとしての職責を果たしてはいるけど、どうせ手柄はDianaに行くことはわかっているのだから、どこかお仕事的な面は否定できない。それでも十分傑作だけどね。

 こういった比較は正確じゃないかもしれないけど、「すっごく」わかりやすい例えとして、いま現在のジャニーズ事務所内の力関係に例えると、ちょっとスッキリする。レーベルとしてのイチオシであるJackson 5やDianaが嵐で、マッチやヒガシに例えられるのがSmokey Robinson、そしてそのSMAPに値するのがMarvin、その弟分としてのキスマイがStevie、と勝手に想像してみた。
 オーナーGordyと共にレーベルを立ち上げ、初期の稼ぎ頭として大きく貢献したSmokeyはある意味モータウンの象徴、レジェンド枠で扱われる人物である。一応現役でもやってはいるけど往年の勢いは薄れ、でも人格者ゆえの人望は厚い。なので、権力争いからは一歩身を引いた印象。
 で、レーベルの基本路線であるポップ・ソウルとは一線を引き、外部のサウンドやノウハウを貪欲に吸収することによって、独自路線を築き上げたMarvin、それにStevie。モータウン・サウンドの幅を広げ、実際に利益をもたらした功労者ではあるけれど、会社のスタンダードにはなり得ない。新たな収益策を見出したことは本来評価されるべきなのだけど、創業者オーナーの発言力が強い同族企業においては、会社への服従こそが美徳とされ、独断専行は評価の対象にはなり得ない。
 レーベル・カラーを無視したサウンドを展開するMarvinやStevie、時代に応じたバリエーションのひとつとしてはアリかもしれないけど、傍流はあくまで傍流、それよりも、もっと従順で品行方正なJackson 5やDianaを売っていきたいのだ、モータウンとしては。
 とは言ってもStevieの場合はちょっと違っていて、いわゆるモータウンの血族には入ってなかったおかげもあったのと、世代的にもMarvinやDianaとは離れていたため、会社の意向を強要されることは少なかった。
 ていうかStevie、相当なタマの持ち主で、会社の論理に取り込まれるかなり前から手を打っていた。

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 若干12歳でモータウンからデビュー、自分のレコードをリリースさせてもらうだけで満足していた少年時代のStevieだったけど、次第に会社への不満や疑念を抱くようになる。
 「もしかしたら俺、会社からギャラ抜かれすぎじゃね?」
 結構な数のシングルをチャートに送り込んでいたし、時には他アーティストへの楽曲提供も行なっていたので、それ相応の報酬が支払われてもいいはずなのだけど、いつも渡されるのは小遣い程度。
 「未成年に大金を持たせるわけにはいかないから、信託預金にしておいてあげる」という甘言を真に受けていたStevieだったけど、どう計算しても実績に見合った利益を得ていない、と感じるようになる。
 デビュー当時に結んだ契約に穴があった。
 「Stevieの制作した楽曲の著作権は、すべて会社に帰属するものとする」。
 この不当契約に値する一文によって、Stevieの収入はちょっとした子役並みに抑えられていた。
 Stevieに限らず、当時のミュージシャン契約は文字通り子供だましレベルの内容で、隅から隅まで契約書に目を通す者は少なかった。ブルースの世界では、ストリート・ミュージシャンにウイスキー1本買い与えてスタジオに幽閉し、適当に弾き語りさせたレコードが後の歴史的名盤になった、というのはよくある話。60年代に入ってからも、その状況はあまり変わらなかった。
 普通ならボヤキや愚痴程度で終わってしまい、実力行使に訴えることは少ないのだけど、そこは子役時代から傍目で大人の美醜を観察してきたStevie、泣き寝入りで終わらせようとはしなかった。もちろん周囲のブレーンからの入れ知恵もあっただろうけど、ゆっくり時間をかけて外堀固めを行なってゆく。
 アメリカでは21歳が法的に「成人」と認められる。その時点で後見人の保護から解かれることになり、きちんとした義務と権利を主張できるようになる。
 「成人になった時点で、未成年時に締結した契約はすべて無効となる」
 なのでStevie、19歳から21歳までは創作活動のペースがガタンと落ちる。ていうか意識的に落としている。これ以上不当な搾取をされないため、契約履行の最低基準ギリギリまでセーブしたのだ。当然セールスは減少するし、人気にも陰りが出る。周囲は才能の枯渇かと揶揄する者もいたけど、雑音は無視してこっそり曲のストックを溜めていった。人気商売ゆえ、それは一歩間違えれば二度と這い上がることができない恐れもあったけど、不正に搾取する連中がどうしても許せなかった。

 21歳になると同時に、Stevieはモータウンに通告する。
 「これまでのレコーティング契約、著作権契約、マネジメント契約を全て破棄する」
 もちろん弁護士を通しており、その辺は抜かりがない。しかも自前で音楽出版社「タウラス・プロダクション」を設立、今後はそこから配給してゆく手はずを整えた。
 ここまで用意周到に段取りされてしまうと、もはやモータウンとしても手の出しようがない。電光石火の手際の良さが功を奏し、その後はStevieの思い通りに事が進むことになる。自己プロデュース権の獲得、未払い印税の清算、著作権の委譲など、これまでにない好条件でモータウンとの再契約を結ぶことになる。モータウンとしても、下手に独立されたり他のレーベルへ移籍されるよりは、と大幅な譲歩の上、対等のビジネス・パートナーとして手を組んだ次第である。
 周囲の環境がすべて整い、不安材料もすべてクリアとなって、あとは純粋な創作活動へ向かうだけ。
 ここからStevieの快進撃が始まる。


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1. Smile Please
 邦題「やさしく笑って」。"You Are the Sunshine of My Life"に似たゆったりした曲調の、それでいてしっかりグルーヴ感を出したナンバー。『Innnervisions』のオープニング”Too High”がファンキーなアッパー・チューンだったのに対し、ここではしっとりした幕開けになっている。
 David T.Walkerを思わせるトロけるギターは、初参加となるMichael Sembelloによるもの。また、バック・コーラスにはDeniece Williamsが参加。地味なナンバーなのに、豪華メンツを揃えている。



2. Heaven Is 10 Zillion Light Years Away
 邦題『1000億光年の彼方』は言いえて妙。こちらも流れるようなゆったりした曲調にもかかわらず、リズム・パターンが人力ハウスっぽくてレアグルーヴ的にも評価が高い。
 常連だったSyreeta Wright参加は順当として、なぜかPaul Ankaが参加している。1973年当時ですでに懐メロ歌手扱いとなっていたはずなのにどうして?と思って調べてみると、1968年にFrank Sinatraにあの”My Way”の詞を提供したのがきっかけとなって前線復帰、再び現役シンガーとしてバリバリ活動中の頃だった。ていうか”My Way”、そんな新しい曲だったの?もっと古い歌だと思ってた。

3. Too Shy to Say 
 ほぼピアノ・メインで弾き語られる美しいバラード。そっと寄り添う感じで優しく響くスティール・ギターの音色、そしてこれも目立たないけど、James Jamersonによるウッド・ベースの調べ。あくまで歌を引き立たせるための、出しゃばり過ぎないプレイ。

4. Boogie on Reggae Woman
 ほぼStevie単独で創り上げたレゲエ・ナンバー。ムーグ特有のリズム・サウンドでちゃんとグルーブ感を出せるのは、やはりStevieならでは。でもこれってリズム・パターンはレゲエだけど、全然レゲエっぽくないよね。Stevieもダルっぽいニュアンスのヴォーカル・スタイルだけど。なので、タイトルにレゲエと入ってはいるけど、完全にStevieオリジナルのサウンドに仕上がっている。
 US3位UK12位まで上昇。レゲエにこだわらなければ、全然良質のポップ・ファンク・チューン。

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5. Creepin
 おなじみMalcolm CeciltoとRobert Margouleff 3人で創り上げたバック・トラックだけど、あまり技巧を凝らしておらず、この上なくシンプルなサウンド・デザイン。
 Minnie Ripertonとのデュエットというのも目玉なのだろうけど、特筆するのはやはりこのミステリアスなメロディ・ライン。落ち着きどころが定まらず、浮遊しまくるコードに乗せて、普通なら破綻しているはずのメロディが、きちんとまとまっている。なんでこんな曲書けるの?ていうかどうしてこれでまとまっちゃうの?と思ってしまう。



6. You Haven't Done Nothin'
 レコードではここからがB面。クラヴィネットの音色がもろ”Superstation”なので、多分ベーシックは同時期に録られたものと思われる。
 ここでの目玉はやはりJackson 5のコーラス参加。世代的に長兄JackieとStevieはほぼ同世代だけど、モータウンのキャリア的にはStevieが全然先輩、そこはやはり胸を貸していただく立場である。正直、サウンド的にはそれほど大きな貢献はしていないのだけど、まぁ話題性としてはアリだったんじゃないかと思う。ちなみにJackson 5、この頃はすでにキャリアのピークを過ぎており、モータウン的にもそろそろ肩たたきの準備を始めていた。
 邦題”悪夢”。US1位UK30位。いい感じでファンキー・チューンなのに、UKでは反応が薄かったのはちょっと不思議。

7. It Ain't No Use 
 邦題“愛あるうちにさよならを”。このサウンドをうまく表現したタイトルである。先ほど登場した2代歌姫DenieceとMinnieがコーラスで参加。「Bye Bye」というリフレインはキャッチーであって、そして切なさも感じさせる。Stevieのヴォーカルのノリも良い。なのに、当時シングル・カットしなかったのは失策。いい曲・いいプレイなのになぁ。
 ほんと、何やってんだモータウン。

8. They Won't Go When I Go
 邦題"聖なる男”。ほぼ打ち込みで作られた幽玄さの漂うバラード。前作『Innnervisions』では積極的に社会問題とコミットしたナンバーを歌っていたけど、ここではStevie、もっとシリアスに踏み込んで、人間の内面に鋭く切り込んだ歌詞を書いている。

 人間の欲望から 僕は遠ざかろう
 そして 僕の魂は自由になる
 そして彼らは 僕に従うことはない
 僕が信じることを 魂が理解したその時から
 僕は王国を見るだろう

 死の淵を垣間見てきた者の叫び。それはどこへ届くのだろう。

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9. Bird of Beauty
 レゲエの次はラテン風味のボサノヴァ・チューン。デュエットのDenieceの硬質なヴォーカルがサウンドに心地よい緊張感を与えている。サンバのリズムはもっと享楽的であるはずなのだけど、ここでのStevieは汗をかいていない。どこかクールな印象が終始付きまとっている。
 なんでだろう、と思っていたら、エコー成分がほとんどないことに気づかされる。解放感よりはむしろ閉塞感、密室で行われたセッションは現実味が薄い。でも、そのヴァーチャル感こそがStevieの狙いだったのか。

10. Please Don't Go 
 ラストは大団円、ゴスペル・タッチのコーラスがセッションを盛り上げている。今アルバムのMVPであるDenieceもそうだけど、ア・カペラ・グループPersuasionsもまたキャリア最高のコーラスを披露している。どこかシリアスで閉塞感が漂っていたアルバムだけど、ここではグルーヴィーなStevieが堪能できる。あまり披露してなかったハープも吹きまくってるし。





 これは余談だけど、このアルバム・リリースの翌年、Jackson 5はいろいろと制約の多いモータウンとの契約を解消、CBSに移籍することになる。しかし、3男Jermaineは当時、Gordyの娘と結婚していたため身動きが取れず、彼だけはモータウンに残留することになった。当然、Jackson 5の商標はモータウンが持っていたため継続使用することができず、彼らはJacksonsに改名して再スタートを切ることになる。Michaelと人気を二分していたJermaine脱退のマイナス・イメージを薄めるため、彼らは末弟Randyを加入させることでイメージ回復に努めた。
 Jermaineが取り残されたのか、それとも自らここに残ると断言したのか、今もまだ諸説飛び交う状態だけど、Marvin同様、ファミリーに取り込まれたのなら抜け出すのは難しい。いくら同じ釜の飯を食ってきた兄弟とはいえ、大人になってしまうと自分たちの意向だけではどうにもならない部分もあるのだ。
 どっかで聞いたような話だな、ここ最近。



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Stevie Wonder 第2章のスタート - Stevie Wonder 『Hotter Than July』

folder 1980年にリリースされた、なんと通算19枚目のオリジナル・アルバム。
 当時Stevieは30歳、デビューが12歳前後だったため、単純に考えれば、ほぼ年1枚のペースでフル・アルバムをリリースしていたという計算になる。早熟の天才に恥じぬ多作ぶり、と言いたいのだけど、案外これも眉唾ものである。
 Stevieがデビューした当時のモータウンは、もっぱらシングル主体のリリース戦略を取っていた。45回転の8インチの塩ビ盤に、どれだけのクリエイティビティを盛り込めるかを、メーカーが競っていた時代である。ユーザーの購買力やラジオでのエアプレイを考慮すると、何よりもシングルをいかに売っていくか、そのためにはどのようなプロモート戦略が必要かを、各スタッフが知恵を絞り技術を向上させていた。

 なので、アルバム制作とはほんとついで、ついでと言ったら言い過ぎかもしれないけど、その姿勢はシングルに向ける労力と比べれば、ほんの僅かでしかなかった。
 そもそも、アルバム用に新たに楽曲を制作する姿勢が薄い。適当なシングルのリリース枚数が溜まったら、B面曲はもちろんのこと、これまた適当なカバー曲やら没テイクやらを一緒くたに詰め込んで、取り敢えずアルバムとしての体裁を整えることが常態化していた。なので、曲順なんかも適当で、全体の流れを考えた構成?何それ?といった感じである。
 これは別にモータウンだけの話ではなく、当時のメーカーならどこでも事情は似たようなものである。なので、モータウンに限らず、60年台中盤までのアルバムリリース事情というのはアバウトだったため、通算アルバム枚数というのはあまり意味を成さない。

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 Stevieに話を戻すと、未公開映画のサウンドトラックという変則的な形態だった前作『Journey Through the Secret Life of Plants』からは1年ぶりなのだけど、そのまた前作である大作 『Songs in the Key of Life』からは、さらに3年のブランクがある。

 70年代に一世を風靡し、セールスだけでなく、グラミーを含む数々の栄冠に輝いた三部作の後、さらに新奇な才能とアイディアに満ち溢れた大作『Key of Life』をリリースしたStevie、その後はまるで憑き物が落ちてしまったかのように、ごくノーマルな作風に変わってしまったことは、よく言われている。

 Robert MargouleffとMalcom Cecilとのコラボによって、当時の最新機器ムーグをとことん使い倒し、未完成作も含めて1000曲にも及ぶ楽曲を制作したのが、Stevieの70年代前半である。この時期はとにかくレコーディングに明け暮れていたらしく、ライブ・パフォーマンスに関しては控えめである。オフィシャルのライブ音源は、まとまった形ではほぼ皆無だし、ブートでもそんなに数は出ていない。それだけ頭の中に溢れ出すアイディアを具現化するだけで精いっぱいだったことが窺える。
 なので、そのプロジェクトが一段落してしまった後のStevieは結構シリアスな虚脱状態に陥ってしまっている。あまりに濃密な時間を短期間で過ごしたため、長いインターバルをおく必要があったのだろう。

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 再び創作活動に復帰するまでには長い年月を要することになってしまったのだけど、そのStevieが鳴りを潜めていた1975年から78年というのは、同じくニュー・ソウル・ムーヴメントを牽引していたアーティストらの栄枯盛衰が如実に表れている。
 Marvin Gayeは自身の離婚騒動にまつわる壮大な独り語り『Here My Dear』をリリース後、行き詰まりの末、なぜかアメフト選手を目指していたし、Curtis Mayfieldも名作『There's No Place Like America Today』リリース後は迷走状態に入り、出来のよくないディスコまがいのアルバムを連発していた。Donny Hathawayに至っては、長年苦しんでいた鬱状態がこじれて、遂には自ら命を絶ってしまう結末となってしまう。

 なので、そう考えるとこの時期、Stevieが表舞台に出なかったのは正解だったのだろう。もしかしてレコーディング自体は続けていたのかもしれないけど、変に時流に合わせたディスコまがいの作品を出して酷評されるよりは、むしろ沈黙を守っていた方が、精神衛生上も良い。

 そう考えると、一応復帰作としてリリースされた『Secret Life』が地味な作品だったのは、その後の流れを考えると、ある意味正解だったんじゃないかと思う。Curtisのように中途半端に世間におもねった作品を作ったら、それまでのキャリアが台無しになってしまうし、かといって『Key of Life』のような作品を作るには、もうあそこまでのテンションに自分を追い込むほどの意欲はなくなってしまっている。いや、意欲はあるのだけど、同じものではダメなのだ。
 あくまでポピュラー音楽のフィールドではなく、学術的要素の濃い、未公開映画のサウンドトラックという体裁をを取ったアルバムを助走としてはさみ込むことによって、Stevieはディスコ・ブームに沸いた70年代後半を乗り切ることができた。ちょっとめんどくさい経緯だけど、そうせざるを得なかったのだ。

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 そんなこんなを経て、本格的な復帰作となったこのアルバム、『Secret Life』の次という順序を踏まえれば、決して悪いアルバムではないけど、俺のように後追いでStevieを聴く者にとっては、どうしても型落ち感は否めない。何しろ 3部作や『Key of Life』からランダムに手をつけているので、比較してしまうのは致し方ない。あそこまでの先鋭性がなくなってるのは事実。事実なのだけど、俺的にはそれほど嫌いになれないアルバムでもある。

 全体的な印象として、ロック・サウンドのフォーマットを使用した曲が多い。ギターの音色やリズム・パターンは従来のコンテンポラリーなロックそのものだし、バラード系もそれほど凝ったサウンドではなく、シンプルなバッキングでヴォーカルを聞かせるサウンドになっている。いま現在、「Stevie Wonder」というアーティストの一般的なイメージの元となった、オーソドックスなMOR的な展開になっている。

 それまでのサウンドはかなり作り込んだものが多く、聴いていると新しい発見が多く革新性もあったのだけど、実のところ聴き続けていると疲れてしまうのも事実である。『Key of Life』なんて通常の2枚組プラスアルファの大盤振る舞いのボリュームで、才能とアイディアの濃縮エキスが詰まっているのだけれど、Stevieのエゴが強く出過ぎていたり、曲によっては冗長に感じる部分もある。
 これもよく言われているのだけど、ダブル・アルバムにこだわらず、1枚に収まるように絞り込んでゆけば、そりゃもうとんでもない傑作になったんじゃないかと思われる。

 なので、このアルバムはもっとユーザー目線で、長いスパンで聴き続けられる配慮なのか、サウンド的にはオーソドックスに、分量も程よく仕上げられている。 ただ汎用のポップ・サウンドを使用したとしても、そこはやはりStevie、他のアーティストでは作り得ないメロディ・ライン、特に白玉主体の旋律は相変わらずである。ベースがしっかりしてるから聴けるけど、こんな曲、普通は作れない。


Hotter Than July
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1. Did I Hear You Say You Love Me
 Stevie流に解釈したディスコ・サウンド。単純な四つ打ちじゃなくて、ちゃんと考えられた構成になっている。こういったニュー・ウェイヴを通過したギターの音色は、休養前はなかった。新境地も開拓している、アルバム・リードとしては最適。
 邦題は「愛と嘘」。なんで?3枚目のシングルとして、ビルボード・ソウル・チャート最高74位。



2. All I Do
 1.から切れ目なしに続く、Paul McCartneyとやった”Say Say Say”と同じイントロのミドル・テンポ・ナンバー。コーラスにMichael Jacksonが参加しているのだけど、あまりキャラは濃くない。

3. Rocket Love
 これまであまり取り上げてなかった、メロディ主体のシンプルなバラード。3部作の中ではちょっと甘めの『First Finale』に入ってても違和感がなさそう。後半のストリングス導入部あたりから、ちょっとコード進行が不安定になるのだけど、そこをきちんと曲として成立させているのが、やはりStevieの力技。俺的にはこれ、結構好きなのだけど。

4. I Ain't Gonna Stand For It
 Eric Claptonがカバーしてから再評価が進んだ曲だけど、まぁそのまんま。Claptonって、多分オリジナルへのリスペクトが強いのか、この曲に限らず、ストレートなカバーが多い。
 ドラムの音処理が80年代っぽく軽いのと、もっとリズムを強調してファンキーなシンセの音色にすれば、俺的にはもっと満足なのだけど、時代的にこのくらいマイルドにしてやらないと、他のヒット曲から浮きまくっちゃったのかもしれない。それほど、Stevieというのは異質な存在なのだ。
 セカンド・シングルとして、US最高4位、UKでも10位まで上昇。



5. As If You Read My Mind
 サンバのリズムを応用した、俺的にはこのアルバムの中では一番好き。『Innnervisions』のモダン進化系といった感じのサウンドは、もっと評価されてもいいはず。重くないリズムながらもファンキーで、しかもクールさを忘れないヴォーカルのStevie。時々興が乗ってシャウトする様がカッコいい。

6. Master Blaster (Jammin')
 ファースト・シングルとして、US最高5位UK2位。言わずと知れた、Stevieが本格的にレゲエに取り組んだナンバー。これまでのような「レゲエ・テイストを取り込んだ」のではなく、「まんまレゲエ」。
 はっきり言ってBob Marleyそのまんまなのだけど、StevieがMarleyを敢えて模倣したのか、それともレゲエというリズム/ビートというのが、Stevieをしてもねじ伏せることのできない、それほど強烈な音楽なのか-。
 アルバム・ジャケットを象徴するような、ホットなナンバー。しかし、その汗は氷のように冷たい。

7. Do Like You
 ゴーゴーのリズムも取り込んだ、80年代以降のStevieのプロトタイプ的なナンバー。ノリが良くってちょっぴりファンキーなシャウトで、という「一般的に想像されるStevie Wonder」がここにいる。ポップな曲調なので、軽快なドラム・パターンもちょうどフィットしている。でもStevie、全体的に言えるけど、アタック音が強いよね。そこが味なのだけど。

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8. Cash In Your Face
 ちょっぴりレゲエ・ビートで、ゆったりしたリズムのミディアム・ナンバー。あまりコード感のないナンバーで、こういったのはStevieの独壇場。
 この人の凄いところは、「ただ漫然とプレイしながら、きちんと曲として成立させてしまう」点なのだけど、そこら辺はあまり取り上げられていない。逆に言えば、この曲を他の人がカバーしても、きっとうまく行かないはず。だって、通常ルーティンからは大きく外れているのだから。

9. Lately
 で、このアルバムのハイライトで、王道バラード。7.がStevieの「動」とすれば、この曲が「静」を表す、誰もが文句のつけようのないナンバー。US最高4位UK最高3位は妥当。



10. Happy Birthday
 ある意味、『Hotter Than July』は9.で完結しており、俺的にはこれ、ボーナス・トラック的扱い。Stevieということは意識してなくても、TVのサウンド・クリップとしても頻繁に使用されているため、「ポップなStevie」といえば、これを連想する人も多い。
 もともとはMartin Luther Kingに捧げた曲で、彼の誕生日を国民の祝日にする運動を後押しするために作られた曲なのだけど、そういった背景を抜きにして、優秀なポップ・ソングとして仕上げている。
 サウンドといいメロディといい、しかもきちんと織り込まれたメッセージ。啓蒙という意味でいえば、完璧なポップ・ソング。




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モータウンのお家事情1972 - Stevie Wonder 『Music on My Mind』

_SL1060_ モータウンとの契約切り替えのバタついた時期にレコーディングされたため、クオリティ的には例の3部作と何ら引けを取らない出来なのに、習作的ポジションに位置付けされているのが、このアルバム。タイミング的にもStevie自身のバイオリズム的にも、この後からが本格的なピーク・ハイの時期に当たるため、あくまでウォーミング・アップ的な立ち位置のスタンスのまま、なかなかまともな再評価に繋がっていない状況が続いている。

 若干12歳で本格デビューした Stevie、当時はモータウンの戦略上、名前に「Little」をつけることによって天才少年ぶりをアピールしていたのだけど、そんな彼も20歳、思春期を通過し声変わりすることによって、もはや「Little」が似合わない年代になっていた。音楽的にも人間的にも著しく成長し、アーティストとしての自我の目覚めも始まっていた頃である。いろいろやりたい事だって出てくるだろう。大抵の楽器演奏は自分でできたし、作詞作曲だって、ほぼ自分で賄うことも可能だった。それでもしかし、ヒット・ファクトリーであるモータウンの締め付けはシビアなもので、はやく制作上の束縛から抜け出したかったのが、本音である。

 このアルバムがリリースされた1972年頃のモータウンの稼ぎ頭の筆頭は、まずは何と言っても文句なしにJackson 5とMichael Jacksonである。デビュー・シングルから4曲連続でビルボード1位というのは、未だ持って破られていない記録だし、その勢いに乗ってソロ・デビューを果たしたMichaelもまた、モータウンの生産ラインに忠実に乗って、”Ben”をヒットさせている。次に売れていたのが、Supremesを脱退したばかりのDiana Ross。”Touch Me in the Morning”は大ヒットしていたし、女優業にも進出、Billie Holidayの伝記映画で主演を務め、すっかりセレブと化していた。こうして見ると、この頃のモータウンはポピュラー路線に迎合したMORが中心のように見えるけど、当時の猫も杓子もサイケ・ムーヴメントの波を無視することはできず、鬼才Norman Whitfieldの手によって、Temptationsはあのサイケ・ファンクのひとつの到達点である”Papa Was a Rollin' Stone”を、Edwin Starrはかなり力の入ったプロテスト・ソング”War”をヒットさせたりなど、ヒップな若者の取り込みも怠っていなかった。そのサイケ路線と並行して、巷で勃興しつつあったニュー・ソウル路線の波に乗ったMarvin Gayeは、『What's Going On』の大ヒットによって、レーベル内で独自のスタンスを築きつつあった。
 こうした別々の流れがそれぞれ、決して大所帯とは言えない独立レーベルの中で、ほぼ同時進行で行なわれていたのだから、そりゃもうしっちゃかめっちゃかである。ましてやこの頃のモータウン、本拠地をデトロイトからロサンゼルスへ移転するかしないかの頃、ある程度VIP級のミュージシャンらはともかくとして、その他の有象無象のアーティストらの細かなマネジメントまでは、とてもとても手が回らなかったのが実情である。
 なので、独立だ製作権だとわめき散らすStevieとは、スタッフ側から見れば、相当めんどくさい存在であり、いちいち手をかけていられなかった、という見方もある。
ていうかこの時期、Stevieのレーベル内においての立場は、結構微妙な位置にあった。
 
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 この時点で芸歴10年強、キャリアの節目ごとにヒット・シングルは出ていたものの、何ていうかStevieのチャート・アクションはムラが多かった。”Uptight”、”A Place in the Sun”、"For Once in My Life”、” My Cherie Amour”など、今でも充分に代表曲と言える作品がリリースされているのだけれど、そのヒットも大抵はワン・ショット、次のシングルでは大きくセールスを落としてしまい、次の勢いに続かない、という状態がループし続けていた。ここらでもう一つ、二番煎じでもいいから、似たテイストの曲をリリースしていれば、アーティスト・イメージも固まって、ヒットも出やすくなるというのに、そうはしなかった、またはできなかったのが、Stevieの60年代のプロダクションである。

 そのプロダクションの思惑と、Stevieのアーティスティックな方針との間に大きな溝があって、そこがなかなか埋めきれずにいたことが、この時期の乱高下の激しさの要因でもある。
 モータウンのレーベル・ポリシーでもある「明快なポップ・ソウル」、デビュー当初は会社の意のままに動いていたStevieだけれど、だんだんポップ・テイストのサウンドから徐々にジャズ的要素もミックスされた複雑なコード進行に基づくスタンダード・ポップが彼の持ち味となり、レーベル定番のサウンドとはかけ離れたものになりつつあった、というのがこの時代の流れである。
 モータウン的には、やはり子供らしい曲、シンプルなダンス・ナンバー中心でプロモートしていきたかったのだろうけど、まぁそんなうまくは行かないものである。

 モータウン創業者の一人であるSmoky Robinson率いるMiraclesを礎としてできあがったのが、2拍目にアタックの強いビートを入れた独特のリズム、黒人特有の泥臭いブルース臭を極力廃除したメロディ・ラインという、ヒット・ソングの黄金パターンは60年代初頭に既に完成されていた。
「Funk Brothers」と命名された名うてのスタジオ・ミュージシャンらによって、日々大量生産される分業制のバック・トラックは一定のルールに則って制作され、所属アーティストの誰が歌ってもサマになるように調整されていた。とにかく毎週のようにヒット・シングルを量産しなければならないため、James Jamersonを筆頭にしたFunk Brothersの面々は、連日膨大な量のトラックをレコーディングした。ヴォーカルは抜き、大体のコード進行とテーマを決めると、ほぼ流れ作業的にプレイをこなしていった。この時点では、誰が歌うのかは大きな問題ではない。会社の経営戦略に則ったアーティストをブースに突っ込み、そしれ歌入れさせる。これもまたレコーディング即発売決定というわけではない。毎週行なわれる営業会議において遡上に上げられなければ、そこで倉庫行き。なので、全盛期のモータウンには膨大な量の未発表音源が眠っており、その発掘作業は今でも続けられている。
 
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 どうにか法的な問題もクリアして、創作上の自由を獲得したStevie、前作『Where I’m Coming From』では、その解放感から来る勢いが先走りすぎたのか、アイディア先行でサウンドや曲がうまくまとまっていない印象もあったけど、ここではもう少し冷静になったアルバム作りを行なっている。もちろんFunk Brothersらを始めとする外部ミュージシャンにも多少は手伝ってもらっているのだけれど、ほとんどはStevie自身、そしてここから顔を出してきたのが、シンセ・オペレーターとしてクレジットされている、Robert MargouleffとMalcolm Cecilの二人によって練り上げられたもの。なので、これまでのポップ・ソウルと比べて、音の存在感・重厚感がまるで違っている。

  モータウンの場合、あくまでシングル・ヒットが最重要課題であったため、基本的な販売戦略としては、当時としてはなかなか先駆けだったマス・メディアの有効活用、特にAMラジオでのオンエアを重視していた。そのためには、ファースト・インパクトが大事なので、わかりやすく明快な、タイトル連呼のサビはもちろんだけど、パワー的には貧弱なポータブル・ラジオでの響きを重視した音作り、モノラル・サウンド特有のドンシャリ感、オーディオ的な見地では決してありえない定位のサウンドを奨励していた。多少ダンゴになったとしても、音圧の強いモータウン・サウンドは、多くのリスナーの耳に残り、無数のヒット曲を輩出した。
 で、このアルバムでのStevieだけど、もともとそうなのだけど、それほどキャッチーな音作りをするアーティストではない。テンション・コード多発の不安定な、楽理的な意味合いで言えば、かなり破綻した曲作りなのだけれど、でもStevieが歌うと、それらのバラけたピースがそれぞれピッタリはまってしまう不思議。
 このようにキャッチーさからはちょっと離れたアルバムをリリースするに当たっては、独立問題も含め、色々なダンジョンをクリアしなければならなかった事は、想像に難くない。
 それでもやらなければならなかったStevieの覚悟が赤裸々に刻まれたアルバムである。


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1. Love Having You Around
 いきなり始まるファンキーなナンバー。Ray Charlesを髣髴させるグルーヴはほぼ独りで作り上げたモノ。スクエアながら手数も多くノリの強いドラム、どこか脱力系なコーラスはもちろんだけど、やはりここでインパクトが強いのはZappより数年先駆けたトーク・ボックスの使い方。StevieとRogerのおかげか、ファンク・ミュージック以外ではほとんど使われない楽器になってしまった。
 なぜかこの曲だけSyreeta Wrightとの共作。どの辺まで関与しているのかは、前回『Where I’m Coming From』でも書いたように怪しいものだけど、この頃はまだ二人ともラブラブだったので、まぁそういうことと思ってもらえれば。



2. Superwoman (Where Were You When I Needed You)
 “You’re the Sunshine of My Life”と同じ構造の、ミドル・テンポのバラード。この辺はちょっとジャズ的なコードも使用しているため、『Innnervisions』とテイストが似ており、俺的にはこのアルバムではもっとも好きな曲。US最高33位まで上がった曲なので、この時期の曲としては有名な方。
 ここで有名なシンセサイザーT.O.N.T.O.が登場。といっても、それほどエキセントリックにこれ見よがしな使われ方ではなく、むしろ生楽器にできるだけ近づけた音色を奏でている。ちなみに正式名称は"The Original New Timbral Orchestra"、直訳すれば「独創的な新しい音色のオーケストラ」。うん、よくわからん。



3. I Love Every Little Thing About You
 リズム・トラックがかなり凝っており、こちらも俺の好きな曲。すごくハッピーなミドル・テンポのナンバーなのだけど、裏で鳴ってるFender Rhodesが恐ろしくファンキー。この時期のStevieはT.O.N.T.O.使用による面白い音色からインスパイアされた曲が多いのだけれど、こうして聴いてみると、あまりサウンドには凝らず、従来の楽器を使用してアンサンブルに凝った曲にむしろ、良い曲が多い。少なくとも、当時の流行りのサウンドよりも、こういった曲の方が風化せず、今でも普通に聴くことができる。

4. Sweet Little Girl
 ここで初めてハーモニカが登場。やっぱり、Stevieと言えばハーモニカがないと始まらない。その音にも少しエフェクトを加えているのか、ファンキー成分が増えている。思えばStevie、案外ブルース要素が少ない人でもある。ブルースの場合、もうちょっと演奏に隙というのか、感情移入ができないと、なかなか入り込めないものである。Stevieの場合、あまりにオンリーワン、完成し尽くされたトラックのため、ブルース的な憐憫の余地がないのだ。
 ほんのちょっぴりだけど、後半でSyreetaのコーラスが薄く被さっている。こうしたエッセンス的な使い方こそが、Stevieの天才たる所以である。

5. Happier Than the Morning Sun
 ここからがB面。クラビネットを効果的に使用した、朝もやに紛れたテラスを思わせる、さわやかな清涼感あふれるナンバー。すごく美しい曲なのだけど、やっぱこれって、ラジオ向きの曲じゃないよね。もうそういった俗世間の浮き沈みを超越してしまったサウンドである。若いうちなら、俺も多分飛ばして聴いてただろうけど、今の年齢になると、こういった癒し系の曲も、まぁいいんじゃない?という心境になってしまう。
 でもちょっと長いよな、この曲。5分強、ほぼずっと一本調子で曲が続くため、ちょっと飽きてしまう場合もある。3分くらいにまとめてしまえば、もう少し印象も違ったかもしれない。
 
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6. Girl Blue
 わかりやすいマイナー・コードを、これまた転調しまくって作り上げたナンバー。ちなみに共作のYvonne Wrightは、何となく想像つくように、Syreetaの姉。どちらかと言えば、自分で歌うより、裏方として作曲活動の方が多く、妹の七光りだけでなく、きちんと実績を残している。

7. Seems So Long
 後年の”Overjoyed”を想起させる、シンプルなバラード・ナンバー。曲自体はあまり趣向を凝らしているわけでもなく、ごく普通の構造だけど、ここでもやはりT.O.N.T.O.が幅を利かせている。
 エフェクトの使い方が宇宙空間を連想させ、この辺もStevieのスケールの大きさが実感できる。

8. Keep on Running
 ビルボード36位まで上昇、というわけで、当時のStevieにしては、チャート・アクションが地味だった曲。ほんとオカズが多いよね、Stevieって。ファンキー感よりむしろ、疾走感にあふれる曲が多く、当時のまったりしたフィリー・ソウルなんかを聴いてた連中の度肝を抜いた。
 後半からゴスペルっぽいコーラスがあることからわかるように、当時の彼らのアイデンティティの源である、Ray Charkesなどのミュージシャンらによって作りだされたこのグルーブ。Stevieの才能と最新鋭機材を持ち込んだ彼らとのベクトルがうまく一致した、シングルで切っても動じることのない、こちらもついつい踊りたくなってしまう曲である。



9. Evil
 『Key of Life』の’Saturn”を連想させる。ここまで5、6分強の尺の曲がズラリと並んでいるのだけれど、このラスト曲は3分少々短め。エモーショナルなヴォーカルの前では、T.O.N.T.O.の前衛性も無意味である。この辺のバラード系は、後年になっていくらでも聴けるので、俺的にはいまだ飛ばして聴いてしまう曲。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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