好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

Stevie Wonder

問答無用。とやかく言わせない音楽。 - Stevie Wonder 『Songs in the Key of Life』

folder 1976年リリース、2枚組にもかかわらず、アメリカだけで1000万枚以上を売り上げた、問答無用のモンスター・アルバム。当時の日本でもオリコン40位にチャートインしているくらいだから、その勢いがなかなかのものだったことは想像できる。
 それくらいメジャー過ぎるアルバムなので、ほんとは最初、この次にリリースされた『Journey through the Secret Life of Plants』を取り上げようと思っていたのだけど、やっぱりやめてこっちにした。なぜかといえば…、単純につまんねぇ。
 「最終的に未公開となったドキュメンタリー映画のサウンドトラック」というインフォーメーションから、すごく期待値を下げて聴いてみたのだけど、いやいやこれはちょっと。同じインスト主体なら、変名でリリースした『Alfie』の方が数段マシに思えてしまう。
 Stevieの死生観と人生賛歌が反映された、ニューエイジの先駆け的に、ゆったりマッタリな音世界は、クオリティは高いんだろうけど、楽しめるものではない。一応最後まで聴いてみたけど、正直2度目はないな。
 で、この『Secret Life』、『Key of Life』から3年ぶり、満を持してのニューアルバムということで、モータウン社内は一段と盛り上がった。何しろ前作が未曽有の大ヒットだったものだから、営業サイドも初回プレスを高めに設定、イケイケモード全開でプロモーションを展開しようとした。
 そんな浮かれモードの中でただ1人、完成テイクを聴いた社長Berry Gordyだけは、危険な兆候を感じ取る。即座に営業を呼び出し、プレス枚数を大幅に減らすことを指示した。社長の気まぐれだ何だ、現場サイドはブーブー不満を漏らしたけど、フタを開けてみれば何とやら。アーティスティック寄り過ぎるサウンドはヒット要素に欠けており、メディアのほとんどは微妙な反応、当然、セールスも伸びなかった。
 何しろ2枚組だもの、単純に考えて返品在庫だって倍になるわけだから、販売計画だって慎重にならざるを得ない。リスクを最小限に抑えたという意味で、やっぱりBerry Gordyは辣腕経営者だった、と言える。まぁレコード会社経営なんて、バクチみたいなもんだし。

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 Stevie Wonder といえば、「音楽の天才だ」「すごい人だ」というのは、普通の音楽好きの間ではなんとなく通じると思う。じゃあ、「どうゆう風にすごいのか」と聞かれると、帰ってくる答えは千差万別になるはず。
 「幼少の頃から作詞・作曲をこなすマルチプレイヤー」という声もあれば、「70年代ニュー・ソウル・ムーヴメントのオピニオン・リーダーとして、大量のマテリアルを残した」という意見もある。80年代で確立された「愛と平和の人」というイメージもあるし。多分、世間一般ではこの印象が一番強いのかな。
 ただそれって、見た目のアーティスト・イメージであって、アーティスティック面・創作面とは、あんまり関係ない。芸歴も長いから、「何となくすごい人」というのは伝わっているんだけど、「名曲をいっぱい作った人」という認識がほとんどじゃないだろうか。

 テクニカル面でよく語られるのは、ジャズや古いブルースなど、ソウル以外の幅広い音楽的素養、それらを自在に組み合わせた独特のコード進行、そこから派生する天性のリズム感。音楽雑誌でStevieが形容される際の常套句である。間違ってはいない。いないのだけど、曖昧な表現だ。小難しそうに書いちゃうから、本質が伝わってこないのだ。
 もっと砕いて言っちゃえば、要するにこの人の才能とは、「何をどうやっても音楽になってしまう」ということ。
 何の準備も構想もなく、ただピアノの前に座り、適当にコードを押さえてスキャットしても、それがちゃんと形になってしまう。もっとラフなやり方で、手拍子に合わせてフフンとハミング、これでまた一曲。ドレミファソラシドだって、彼の手にかかれば、全然違う色合いになってしまう。チビッ子が書き殴った適当なアルファベットをコード表に見立て、即興でメロディつけちゃうことだって、お手のものだろうし。
 彼が動けばリズムが生まれ、唇が動けばメロディになってしまう。「生きてること即ち音楽」を無意識に体現できてしまうのが、Stevie Wonderのほんとの凄さだ。
 とは言ってもこのメロディ、Stevieが奏でる旋律は彼独自のものであり、簡単に歌いこなせるものではない。行き先不明・自由奔放なメロディラインは、ピッチを合わせることだけで精いっぱい、並のシンガーだったら実力不足が露呈してしまう。そりゃそうだ、作った本人が、整合性なんて考えてないんだから。
 よほど自信のあるシンガーじゃないと手をつけられない、それもまたStevie の生み出す楽曲の凄みである。

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 なので、特別本人が意識していなくても、アイディアはどんどん溜まってゆく。スタジオに入っちゃえば、沈思黙考する必要もない。何しろ音さえ出しちゃえば、ほぼそれでいっちょ上がり、ってな具合だし。
 そんな膨大なマテリアルの中から厳選されたいくつが世に出ているわけだけど、当然、1枚のアルバムを仕上げるためには、その何倍にも及ぶ没テイクが存在する。どれを完成品に仕上げてどれをボツにするのか、そのジャッジは当然Stevieが握っているのだけど、その基準は、彼のみぞ知る領域である。
 発表されれば大ヒット間違いなしと思われる名曲だって、アルバム・コンセプトに合わなかったり、はたまたその日の気分次第で、ボツになっている可能性もある。肩慣らし程度のセッションで閃いた魅力的なフレーズだって、「なんか違う」の一言でボツになってるかもしれないし。天才の基準とは、我々庶民とは全然違うモノサシなのだ。
 よほど著作権管理がしっかりしているのか、これまで未発表テイクの流出もほとんどないし、過去のアーカイブのデラックス・エディションも、興味がないみたいである。『Key of Life』のアニバーサリー企画の一環で、欧米で再現ライブが行なわれたけど、お蔵出しを追加した音源リリースはなかったし。
 新曲を作っても、ライブで発表して終わり、アルバムにまとめる気力もなさそうなのが、近年のStevieの状況である。まぁこのご時勢、新曲作ったって売れないしね。

 そんなStevieも、ライティング・ハイのピークにあった70年代は、取り憑かれたようにレコーディングを繰り返していた。閃いたアイディアを、思いついた先から、録って出し録って出し。録音が追いつかないほどの勢いを持ったアイディアの洪水は、『Key of Life』でピークに達する。
 ただここで全部出し切っちゃったのかそろそろ休みたかったのか、プロモーションを終えたStevieは、表舞台から姿を消してしまう。3年のブランクを置いて発表された『Secret Life』は、悟りを開いてしまったかのように禁欲的なサウンドでまとめられていた。確かにクオリティは高いんだろうけど、まぁあとは前述したような具合。その後は「愛と平和」の一直線、強い記名性はキープしながら、幅広い客層に愛されるコンテンポラリーな作風に移行して行く。
 まるでクリエイティヴィティの枯渇を予見していたような、そんな追い立てられる危機感を持ち、先陣を切って音楽シーンを疾走していたのが、70年代のStevie である。

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 1973年、『Innervisions』 完成後、Stevie を乗せて運転していた従兄弟の車が交通事故に遭う。重傷を負った彼の容態はかなり深刻で、4日間,生死の境を彷徨うことになる。意識が回復してからも、しばらくは味覚・嗅覚を失い、復帰するまでにはかなりの期間を要した。
 そんな状況の中、次回作『Fulfillingness' First Finale』のリリース・スケジュールは決まっていたため、万全な体調ではなかったにもかかわらず、Stevieは無理を押してスタジオ入りした。幸い、ほんとんどのベーシック・トラックは事故前に完成済みだったので、Stevie の負担は最小限で済んだ。
 3部作の最後を飾った『First Finale』は、前2作『Talking Book』『Innervisions』で顕著だった才気煥発さは薄れ、「Creepin」を代表とした穏やかなバラード中心に構成されている。精神・肉体とも癒しを求めていた、当時の彼の心境が強く反映されている。

 十分な休息を取った後、Stevieは再びレコーディングの現場に復帰する。ライティング・ハイの状態は変わらない。曲はいくらでも湧き出てくる。ただ、生死を彷徨う4日間を境として、彼は明らかに別人となっていた。
 一時的とはいえ、5感のうち3つを失ったことによる喪失感、それに伴う人生観と死生観の変化は、創作スタイルにも大きな変化を及ぼした。
 これまで強力な技術ブレーンとして、3部作の制作に大きく関与したMalcolm CecilとRobert Margouleffとは、契約がらみの問題でパートナーシップを解消していた。どちらにしろ、これまでの濃密なレコーディング作業を経て、Stevie 自身の技術スキルも向上、ほぼエンジニアの助けも借りずに、アナログ・シンセの操作は独りでできるようになっていた。それに加えて、ごく少人数で行なっていた3部作のレコーディングと違って、『Key of Life』に集約された音楽性は、明らかにベクトルが違っていた。

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 当時の最先端シンセTONTOを中心に構成された3部作でのサウンドは、公民権問題やベトナム戦争など、時代のイノベーターとしての代弁者的役割、社会的弱者への強烈なエールを含んでいた。ほとんど宅録に近いセルフ・レコーディングで生み出された音は、隅々までコントロールされ、入念に研ぎ澄まされていた。
 でもその音は、他人の介在を拒む。自己完結を目指して構築された空間は、それ以上の広がりを見せない。ここで展開されているStevie Wonder ワールドは、突き詰めて考えてゆくと、Stevie個人のエゴに収れんするのだ。
 『Key of Life』レコーディングには、総勢130名以上のミュージシャンが参加している。他者との関わり・多様な解釈を強く求めるため、ほとんどの曲はバンド・スタイルや大人数のコーラスで録音されている。
 モザイク様にからみ合った有機的アンサンブルは、強力なマン・パワーとなってサウンドをブーストする。それをバックに歌うStevie、ヴォーカルからにじみ出てくるのは、神への感謝と未来への希望。そのメッセージはあまりにストレートで力強く、中途半端な揶揄を寄せつけない。

 アーティストがいきなり「生への感謝/神へのリスペクト」なんかを語り始めたら、スピリチュアルにかぶれたか、はたまた日本語ラップにかぶれちゃったんじゃないかと思われがちだけど、ここでのStevie からは、そんな胡散臭さは感じられない。そりゃそうだよな、実際、そんな状況に出くわしちゃったんだから。
 実体験による言葉や行動は、重い説得力を増す。『Key of Life』で奏でられる音から放出されているのは、圧倒的なポジティブ・強い信頼感だ。斜め上から放たれる「すれっからしの皮肉」なんて吹き飛ばしてしまう、強靭な音楽の力、そしてそれを形成するマン・パワー。
 問答無用、とやかく言わせない音楽の誕生である。



Songs in the Key of Life
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Stevie Wonder
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1. Love's in Need of Love Today 
 邦題「ある愛の伝説」。バックコーラスを含め、演奏はほぼStevieの宅録状態。当時の最先端機材ヤマハGX-1を駆使して創り上げられたサウンドは、無機的な感触はほとんどない。
 2001年に勃発した米国同時多発テロから10日後に行なわれたベネフィット・ショウ『America : A Tribute to Heroes』に出演したStevieは、Take 6をバックコーラスに従えて、この曲をプレイした。普遍性を持つ楽曲は、時代状況を軽く飛び越えて、どの世代にもダイレクトに響く。



2. Have a Talk with God 
 邦題「神とお話」。スピリチュアルというよりはむしろ哲学的対話と言った印象の歌詞。1.に続いて宅録によるスロウ・ファンクは、もはやStevieの十八番といったところで、冷静ながら熱いパッションが込められている。
 リリースされてから30年後、Snoop Doggとのコラボで再注目された。こちらも時代を超えた普遍性を持つ。

3. Village Ghetto Land
 『Innervisions』に入ってても違和感ない、荒廃したゲットーの現状を静かに熱く歌い上げるStevie。シンセ音源によるストリングスの調べが、静かな怒りの序曲として、また鎮める力として作用する。

4. Contusion 
 夕方のFMの天気・交通情報のBGMでよく使われていた、案外耳馴染みの深いインスト・チューン。ギターを弾くのは、前作から参加のMichael Sembello。アルファベットで綴るより、カタカナで「マイケル・センベロ」と書いた方が、通りは良い。
 1983年、映画『Flashdance』挿入曲としてシングルカットされた「マニアック」は、日本でもスマッシュ・ヒットした。なので、アラフィフ世代にとってマイケル・センベロといえば、ギタリストといったイメージがあんまりない。

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5. Sir Duke
 3枚目のシングルカットながら、US1位・UK2位と大ヒットを記録した、数多いStevieの代表曲の中のひとつ。タイトルにあるように、Duke Ellingtonに捧げられたものだけど、その他にもCount BasieやGlenn Miller、サッチモやElla Fitzgeraldなど、スウィング時代のジャズ・レジェンド達にも敬意を表している。
 4人編成のホーン・セクションをバックに、高らかに謳われるジャズや音楽への憧憬は、Steveの原点であり、バンド・スタイルで演じたのが正解だった。スタジオ内で黙々打ち込みするような楽曲じゃないしね。

6. I Wish
 邦題が「回想」だというのを、実はいまさっき知った。邦題、あったんだ。別に「アイ・ウィッシュ」でいいんじゃね?
 大抵、プログレ界隈でフェンダー・ローズはリード楽器として使用され、幻想的なメロディを奏でたりするムード装置的な役割が強いのだけど、ここではほぼリズム楽器限定で使用されており、その分、冗長さがカットされてソリッドさが強く浮き出ている。
 大人数によって演奏されるStevieのファンクは、汗臭さが感じられないのが特徴。熱さはあるんだけど、どこか覚めている。そこが二流ファンクとの決定的な差でもある。

7. Knocks Me Off My Feet
 再び宅録による、静謐かつエモーショナルなヴォーカルが印象的なバラード。Luther VandrossやJeffrey Osborneなど、いわゆるブラコン系シンガーによってカバーされているけど、仏作って魂入れずっていうのか、雰囲気カバーで終わってしまっている。なので、開き直ってStevieクリソツに仕上げたGeorge Michaelヴァージョンが一番デキが良かったりする。

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8. Pastime Paradise
 Coolioによる「Gangsta's Paradise」の方が有名になってしまった、こちらもGX-1によるストリングスが強いインパクトを残すゴスペル・バラード。サンプリングし甲斐のあるトラックは、時代を経ても風化なんて関係ない。
 しかしここまでカバーについて書いてきたけど、変な正攻法バラードよりも、ヒップホップ勢による分解・再構築したトラックの方が出来がいいな。変に深読み・咀嚼して完コピするよりも、ノリの良さ優先で勢いで作っちゃった方が、結果的にStevieの本質に近づいている、って感じ。
 ただ、そんな正攻法も変化球も関係なく、我流を突き通して自分のモノにしちゃってるのが、Patti Smith。このオバちゃんでは、Stevieも恐らく歯が立たない。

9. Summer Soft
 序盤は地味なピアノ・バラードだけど、徐々に楽器が増えてバンドのテンションも上がり、カノン進行によるメロディに引っ張られてヴォーカルも力強くなってゆく。Ronnie Fosterによるオルガン・プレイは、多分彼の一世一代の名プレイ。メンバー全員が持てる力を出し切って、Stevieのテンションに必死に追いついている。俺的に、『Key of Life』主要曲以外では、もっとも好きな曲。
『Key of Life』セッションでは終盤でレコーディングされた曲で、ほんとはアルバム収録の予定はなかったのだけど、ギリギリの段階で収録が決まった、というエピソードがある。神様のいたずらによってお蔵入りを免れた、奇跡の楽曲。



10. Ordinary Pain
 LPで言えば1枚目ラスト、前半はStevieヴォーカルによるゆったりしたバラード、後半はなんとMinnie Riperton,、Deniece Williams、Syreeta Wrightら豪華メンツをコーラスに従えて、Shirley Brewerによるゴスペル・タッチのコール&レスポンス。豪華な舞台装置ながら、歌われている内容は痴話喧嘩の罵詈雑言。まぁ何でもアリだよな。

11. Isn't She Lovely
 殺気立った前曲から一転して、愛娘Aishaの声からスタートする、ほんとにラブリーなポップ・チューン。Stevieという人の守備範囲の広さがあらわれている。
 Stevieの強い意向により、なぜかアメリカではシングルカットされておらず、よって目立ったチャート・アクションは残していないのだけど、間奏のハーモニカ、フェンダー・ローズによる柔らかなリズム、そしてAishaを囲んだ家族の笑い声。「愛と平和の人」Stevieといえば、この曲を挙げる人も多い。午後ティーのCMソングとしてもお馴染み。


12. Joy Inside My Tears
 ほぼ独りでレコーディングしたバラードだけど、何か1.と曲調が似てるので、あんまり印象に残らない。膨大な没テイクを押しのけてこの曲が残ったのだろうけど、もっと残すべき曲、あったんじゃない?

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13. Black Man
 タイトル通り、長い間、迫害され続けてきた黒人の地位向上と、人種を超えた融和を訴えた、攻撃的なファンク・チューン。アクティヴな時は、フェンダー・ローズを使うことが多いStevie。メロディ主体はGX-1と使い分けてるんだな。
 この曲でよく論議されてるのが、8分超という長さ。Stevieのヴォーカル・パートは5分程度までで、その後、舞台は学校(?)へ移り、女性教師が「世界で初めて信号機とガス・マスクを発明したのは?」、生徒の子供たちが大きな声で「Garret Morgan!黒人!」とコール&レスポンス・スタイルで応える、というのが延々と続く。取り上げられるのは黒人に限らず、白人やネイティヴ・アメリカン、日本人も含まれており、人種の垣根をぶち壊したいStevieの主張が色濃く反映されている。
 長いっちゃ長いんだけど、前半のファンキー・スタイル/後半のラップ・パート、というスタイルは、同じ手法を繰り返すことを潔しとしない、イノベイターStevieとしての矜持が刻まれている。

14. Ngiculela - Es Una Historia - I Am Singing 
 使用楽器に「Koto synthesizer」と表記されている、オリエンタル調のバラード。日本人からすると、とても琴には聴こえない「なんちゃって琴」的音色なのだけど、当時の日本に抱くイメージってこんなもんだったろうし、充分通じたのかな。他にもアフリカン・タッチのパーカッションも入っており、クレジットを見ると大勢のミュージシャンが参加しているのだけど、あんまり目立っていない。もっとミックスのバランス考えればいいのに、と余計な心配までしてしまう。別な見方だと、贅沢な使い方とも言える。

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15. If It's Magic
 ハープをフィーチャーした、ほぼStevie独りによるバラード。何となくハープの音色から着想を得たような曲で、それ以上の面白さはあんまりない。この程度のバラードなら、いくらでも作れそう。

16. As
 前曲の凡庸さから一転して、ここから怒涛の名曲連チャンモードに突入。スペシャル・ゲストのHerbie Hancockによるフェンダー・ローズは、要所を抑えたファンキーなプレイ。厚みのあるゴスペル・コーラスは、どっしりサウンドを支える。後半になってフィーチャーされるDean Parksによるギター・プレイもスパイス的な効果で曲を締める。
 マザー・アース的な主張が色濃い歌詞は、深読みすれば果てしない。終盤に近づくほどハイテンションになるヴォーカルと対照的に、支えるバッキングはクレバーなリズムを刻む。そのコントラストがメッセージを浮き立たせる。
 またGeorge Michaelだけど、Mary J Bligeと組んで秀逸なカバーを残している。「またGeorgeかよ」って言わないで。だってうまいし、味もあるんだもの。



17. Another Star 
 アルバム本編ラストを飾る、8分に及ぶトラック。サンバのリズムを基調としながら、ヒヤリとした感触があるのはなぜなのか。大規模なホーンセクションとコーラス、アフリカン・リズムによるアクセントは、ダンス・チューンとしてはすごく秀逸であるはずなのに。これも深堀りしてゆくと、底に見えるのは孤高の天才の諦念だ。
 レアグルーヴではお馴染み、Bobbi Humphreyによるフルート・プレイが少しだけ聴ける。

18. Saturn 
 スペーシーなシンセの音色は、ちょっぴりプログレ風味。あんまりソウルっぽさは感じられない、ちょっと実験的なトラックとも言える。だから番外編なのかな。「僕は土星へ帰るのさ」というメランコリックな歌詞がスピリチュアルだけど、そこはあまり深く突っ込まず、「ちょっとプログレしてみました」的に生温かな目で見てあげた方がいいと思う。

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19. Ebony Eyes 
 ラグタイム風の気軽なセッション、と言いたいところだけど、これもドラム後録りなんだな。このアルバム、そんな疑似セッション的な曲がとても多い。これも多分、トークボックスで遊んでみたかったのか、ほぼワンコード・ワンアイディアで作っている。
 まぁ番外編だから、ということで入れたんだろうけど、これよりもっといい曲がボツになったことを思うと、何だか悲しくなる。

20. All Day Sucker 
 ちょっと「Superstition」の続編っぽさも感じられる、凝った構成のファンク・チューン。こういったワンコードの曲だったら、そりゃいくらでも作れるんだろうけど、どうしても似通っちゃうんで、没になる確率も高いんだろうな。Princeだってそうだもの、アウトテイクにコッテコテのファンク・チューンが腐るほどあるんだけど、オフィシャルではなかなか出てこなかったし。

21. Easy Goin' Evening
 エピローグ的なインスト・バラード。ハーモニカの調べは眠気を誘い、そして静かな終幕の時へ。






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「心の愛」だけじゃないんだよ - Stevie Wonder 『Woman in Red』

folder 1984年リリース、Stevieにとって5年振り、『The Secret Life of Plants』に続く、2枚目のサウンドトラック。前作が学術的ドキュメンタリーという特殊性から、一般公開されなかったため、市場としても微妙な反応だったことから、本格的なサウンドトラックとしては、こっちの方が馴染みやすいと思われる。2枚組だった前作と比べて、こちらはシングル・アルバムですっきりしてるし。
 もっと言っちゃえば、80年代Stevieの新たなスタンダードとなった「心の愛」が入ってるアルバムである。一番のウリがそれ。ていうかこれくらいしか話題がない。そんななので、リアルタイムで聴いていたはずの俺でさえ、このアルバムはスルーしていた。当時のStevieは、この曲のおかげで「愛と平和の人」というイメージが定着しており、ロキノン信者だった俺にとって、最も遠い存在だった。いま思えば、とんでもない誤解だったけど。バカバカ十代の俺のバカッ。

 というわけで、まともに見たこともなければ、内容すら興味のなかった映画である。正直、今だって積極的に観ようと思わないし。
 あまりに知らなさ過ぎで書き進めるのもアレなので、一応、wikiで調べてみると、

 『ウーマン・イン・レッド』(原題:The Woman in Red)は、 1984年制作のアメリカ合衆国の ロマンティック・コメディ映画。ジーン・ワイルダー監督・主演。

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 「80年代のロマンティック・コメディ」という時点で、もう見る気は失せる。しかも監督が、名前だけは聞いたことがあるジーン・ワイルダー。代表作は知らない。メル・ブルックスとタッグ組んでたんだな。それなら一回くらい見てるかもしれない。『俺たちに明日はない』に出てたんだな。へぇ、知らなかった。-その程度の印象である。
 さらに内容を調べてみると、

 -サンフランシスコ市の職員で超真面目なテディはある朝、出勤途中に見かけた赤いドレスの美女に心を奪われてしまう。テディはその美女シャーロットに近づくべく、あの手この手でアプローチを試みるが、思わぬアクシデントでことごとく失敗に終わる。それでも、親友バディの協力で何とかシャーロットへのアプローチに成功し、天にも昇る気持ちのテディであったが…。

 きっちりした映画文法で書かれた往年のドタバタコメディ。多分、プロットもしっかりしてて評論家筋には絶賛されるんだろうけど、一般ウケはしそうにないことが伝わってくる。多分、レビュー書いた人も思い入れ薄いんだろうな。少なくとも、この映画の熱烈なファンってあんまりいなさそうだし。

 さらに言えばこのアルバム、ジャケットにデカデカとStevie プロデュースと謳われているけど、メインで歌ってるのは半分だけ、もう半分は友人Dionne Warwickがヴォーカルを取っている。まぁ全曲彼の作詞作曲なので、看板に偽りはないのだけれど、やっぱり何かダマされた気がしても不思議ではない。「心の愛」でファンになったビギナーの「これじゃない」感が沸き起こること必至である。
 Dionneで俺が連想するのが、Burt Bacharach作による「I Say a Little Prayer」を歌った人、またWhitney Houstonの従姉妹(叔母という説もアリ)。それくらいである。とは言っても俺、「小さな願い」はAretha Franklinヴァージョンの方が好きなんだけど。まぁそれは別件。

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 もともと映画の主題歌を制作するにあたり、ジーン・ワイルダーは旧知の中であったDionneをシンガーとして指名、快諾したDionneは、知名度もあって何かと頼みやすいStevieに制作を依頼する。考えてみれば、視機能にハンデのある彼に映像作品がらみのオファーをするのも変な話だけど、まぁ大御所Dionneの頼みだからと快く引き受ける。ちょうど入手したばかりのシンクラヴィアの慣らし運転的に、何曲かチャチャッと作って送ってみたところ、これが制作サイドにも好評、なし崩しに「どうせなら全部使っちゃってもいい?」という流れになってしまった、という次第。すっげぇアバウトだけど、だいたいこんな感じになる。
 いわば成り行きでできあがっちゃったアルバムだし、映画もそこまでヒットしなかったので、ディスコグラフィ的にも微妙なポジションになっているけれど、当時の最先端機材だったシンクラヴィアのスペックモニターとして、結構変な音を使った実験的な要素も含まれているし、こちらも当時の主流だった打ち込みブラコン・サウンドのフォーマットを結構なぞっているため、時に強すぎてしまうキャラクターのアクも抑えられている。
 ちょっと閉じたサウンドに傾いてしまった『Secret Life』の反省を踏まえてなのか、アーティスト・エゴを前面に出さず、オーソドックスな80年代サウンドの意匠に染めたことが、アルバム・セールスの成功の要因となった。当時は『Top Gun』や『Footloose』を始め、ポップ・ナンバーを散りばめたオムニバス形式のサントラ盤がバカ売れしていた時代である。まぁたまたまだったんだろうけど。

 80年代に入った時点で、すでにレジェンド枠に入っていたStevieなので、その交友範囲は音楽関係だけに収まるものではない。世界中のエンタメ業界全般に、誰かしら友人知人はいるだろうし、また直接は知らなくても、緩やかなつながりはそこら中にある。ちょうどこの辺から国連関係のオファーも受けるようになっているので、下手な一国の首脳よりも知名度は高い。すでに我々の及びもつかない、隠然たる力だってもっているかもしれない。なんか陰謀論みたいになってきたな。
 そんなポジションだからして、常に世界中からオファーが絶えることがない。Stevieに届く前に却下されているプロジェクトも数知れずなんだろうけど、そんなフィルターをかいくぐって手元にきた案件だって、全部が全部、引き受けられるわけではない。
 一般的なStevieのイメージ、よく使われる宣材写真がちょうどこの時期、「心の愛」のジャケットのショットである。今に続く「愛と平和の人」という形容はここから始まったのだけど、実際のStevieはもっと狡猾でロジカルな人間である。じゃないと、音楽出版社から弁護士から会計士から個人事務所やらを水面下でキッチリ揃え、二十歳になったと同時にモータウンからの独立と未払い印税の請求、リリース契約の優位な改定を突きつける芸当はできないわけだし。SMAP独立組よりずっと先に、そんなことをやっていたわけで。
 そんなシニカルな部分も併せ持ったStevieなので、ちょっとやそっとの付き合いやしがらみで彼を動かすことは不可能である。でも日本の缶コーヒーのCMに書き下ろし楽曲で出演しちゃったりなど、その基準は不明である。

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 ただこの時期は、『Hotter Than July』リリース後、オリジナルのアルバム制作からちょっと距離を置いていた頃である。ベストアルバム『Musiquarium』向けに4曲書き下ろした程度で、あとはもっぱら課外活動、他アーティストの客演や楽曲提供に勤しんでいる。なので、自身のリリースはなくても、この時期の話題には事欠かない。
 有名どころで言えばPaul McCartneyやChaka Khan、Manhattan Transferなど、ジャンルも多岐に渡る。モータウン25周年セレモニーなど華やかな表舞台もあれば、晩年のDizzy Gillespieでひっそりハーモニカを吹いていたり、よくわからない基準である。興味とタイミングがうまくかみ合えば、何かと引き受けていたのだろう。スタジオワークばっかりじゃ、さすがに煮詰まっちゃうしね。

 ちょうどこの時期、長らく経営不振が囁かれていたモータウンが、シャレにならないレベルで企業価値を下落させていた。モータウン25周年セレモニーは大盛況だったけど、そこに出演したMarvin GayeもDiana RossもMichael Jacksonも、すでにモータウンを去っており、前を向いて支えてゆく立場ではなかった。過去の財産を食い潰すことでしか延命できなかったモータウンは弱体化していった。DeBargeやLionel Richieらが懸命に再興に奮起していたけど、過去の放漫経営による負の遺産を清算するまでには至らなかった。
 そんな中、全盛時を知るアーティストとして唯一、モータウンを去らずに留まっていたStevieだったけれど、まぁ何かと思うところもあったんじゃないかと思われる。「心の愛」の大ヒットはモータウンにとっても刺激になったのだろうけど、それでもStevieはアルバム制作にはなかなか着手しなかった。
 1988年、どうにか持ちこたえていたモータウンも、結局は大手MCAに売却される形になるのだけど、創業者社長Berry Gordyが売却条件のひとつに掲げていたのが、「Stevieの同意を得ること」。Gordyにとって、そしてStevieにとってもモータウンという場所が特別のものだったことを象徴するエピソードである。

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 それとは別に音楽的な話。Malcolm Cecil & Robert Margouleffと組んだ3部作をスタートとして、シンセ/デジタル機材の進化と連動するように、Stevieのサウンド・デザインも変化してゆく。当初は打ち込みトラックをベースとした生演奏(バンドor自演)をミックスする手法だったのが、フェアライト/シンクラヴィアの登場によってほぼ独りでの作業が可能となり、次第に打ち込み率が増えてゆく。
 シンセの登場以前から、もともとマルチ・プレイヤーだったStevie、マルチトラック・レコーディングによってほぼ独りで演奏したインスト作『Alfie』をリリースしているくらいである。ファンク・ブラザーズを始めとしたバンド・セッションによるレコーディングは楽しいだろうけど、自分のビジョンを十全に理解してプレイしてもらうには、どうしても限界がある。ただでさえ突拍子もないコード進行も多いし、一般的な楽理からははずれているので、どれだけ優秀なミュージシャンでも難易度は高いのだ。なので、独りで操作できるインターフェイスは、Stevieにとっては願ったりだった
 楽器メーカーもまた、Stevie Wonderというアーティストによるモニター使用は、絶好のサンプルだった。多様かつ高度な音楽性・高音質の追求だけではなく、Stevieが使いやすいインターフェイスを追求することは、それ即ち一般向けグローバル・デザインの構築でもあった。当初はタンス状の発信機的な役割でしかなかったシーケンサーが、鍵盤をつけリボン・コントローラーをくっつけサンプラーを足すことによって、Stevieライクなデザインへ進化していった。弱電の知識がないと扱いづらかったデジタル機材は、そんな使い勝手の改善によって、ビギナーにとっても敷居が低くなった。もしStevieがいなかったら、今ほど普及してなかったかもしれないし、サウンドだってここまで進歩していなかったかもしれない。
 独りの天才が、その後のサウンドの歴史を変えた、といったら大げさかもしれないけど、いや大げさじゃないな。

 あまりにも大衆的に広がり過ぎた「心の愛」のインパクトが強いのと、しかもB級映画のサントラ、本人は半分しか歌っていないため、地味な扱いの作品ではあるけれど、逆にそんなポジションだから、オリジナル・アルバムほど気合いの入っていない請け負い仕事だからこそ、Stevie本来の実験性が反映された作品だよな、と思ったのが、つい最近。ちゃんと聴いてみないと、わからないことはいっぱいある。
 DX7やジュピター8の可能性を限界まで引き出したデジタル・ファンクは、その後の80年代ダンス・カルチャーの礎となる会心の出来になっている。Dionneのヴォーカルを引き立たせる、ブラコン的な甘めの楽曲もあるけど、これもStevie特有の変幻自在なコード・ワークによって、引っかかりの残る仕上がりになっている。映像とのマッチングも考慮したのか、ストーリー進行やセリフをジャマしないMIDI機材の響きは、コメディ映画というシチュエーションにも違和感なく溶け込んでいる。てか見てないけど、多分そう。
 逆に言っちゃえば、その音の軽さに物足りなさを感じてしまうのも事実。70年代のアナログシンセと比べて、サウンドのバリエーションは飛躍的に増えたけど、使用電力の違いから生じる音の太さ、アナログ特有のボトムの強さはカットされてしまっている。その辺が、80年代のStevieが軽んじられている一因でもある。
 ただ、ここでの機材の使い倒し、マシン・スペックの実験を繰り返したことによって、アナログでは出せないデジタルの質感、そこら辺をうまく表現した『In Square Circle』『Characters』という全盛期を迎えることになるのだけど、その伏線として考えれば、このアルバムもはずすことはできない。



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1. The Woman in Red
 軽いシンセ・パッドとシンクラヴィア・メインのオール打ち込みで構成された、案外アクの強いデジタル・ファンク。限定された条件でマシンのスペックを最大限に引き出し、無機的に感じさせないところは、さすが昔からのシンセ・マスターとしての見せどころ。転調しまくるサビがメロディにメリハリをつけていることも、平板に見せないテクニックのひとつ。まぁやってることは昔から変わんないんだけどね。なので、変に肉感的なコーラスだけ妙に浮いており、そこだけダサい。

2. It's You
 サントラという名目なので、こういったベタなバラードも時に必要になる。まぁ印象としては、まんま「Endless Love」。まぁデュエットなので、ここはDionneの引き立て役といったところ。間奏のハープがStevieっぽいけど、まぁちょっとだけ。飛びぬけた仕上がりではないけれど、「Endless Love」的なムードを求めるのなら、普通に良曲。

3. It's More Than You
 同じくハープをフィーチャーしたインスト。サウンドトラックだもん、こういったのも必要。作曲はBen Bridgesという人で、これ以外、特に作品を残しているわけではなさそう。プレイしているのはStevieなので、グロッケンのメロディなんかで存在感を現わしている。かわいそうだよな、Ben。

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4. I Just Called to Say I Love You
 各国のシングル・チャート1位を総なめにした、Stevieだけじゃなく、80年代ロック/ポップスを代表するモンスター・ソング。すごく知られている曲なので、大して言うことはないけど、ブレッド&バターがカバーしてたよな、と思い出したので調べてみると、実は逆だった。
 以前から親交があったらしく、久々に活動再開する彼らを祝して楽曲提供したのが、この曲だった。ユーミン作詞・細野さんアレンジで完パケしたのだけど、発売寸前のところで思わぬ事態が起こる。「映画のサントラに収録したいので、発売はキャンセルしてほしい」と、Stevie側から申し出が入る。それがこの『Woman in Red』だった。思わぬ大ヒットによって権利関係がややこしくなり、Stevie提供曲じゃなくてStevieオリジナルのカバーという体裁なら発売してもいいよ、という許諾が下りたことで発売にこぎつけたのが、「特別な気持ちで」。当時は中学生だったから知らなかったけど、こんな内情だったとは。

5. Love Light in Flight
 4.のインパクトの強さですっかり目立たないけど、この曲もシングルカットされていた。US最高17位まで上がっているので、売れなかったわけではない。打ち込み主体のスロウ・ファンクはあか抜けた仕上がりで、1.でダサダサだったコーラスも厚みがあり、うまくサウンドに馴染んでいる。サビだっていつものStevie節だし。当時は陰にかくれちゃってたけど、その後のサウンド・メイキングの伏線としては秀逸の仕上がり。いま聴いてもカッコいいもの。



6. Moments Aren't Moments
 Dionneによるソロ。同じ路線ならDiana Rossの方がもうちょっと色気がある。まぁ世代的にあんまりピンと来ないのかな。ソウルというよりポピュラー・シンガーという印象の方が、俺的には強いし。

7. Weakness
 「Endless Love」的なバラード・デュエット再び。時代的に男女デュエットといえば、こういったソフト・タッチのブラコン・バラードが定番だった時代の話である。アーバン・ミュージックとして需要高かったんだよ、こういうのが。
 時代が変わって「ダサい」とう烙印を押されて、さらに時計がひと回りしてAORが再評価される無限ループ。骨格はしっかりしてるから、また何十年か後にはピックアップされたりして。

8. Don't Drive Drunk
 ラストはちょっと軽めのポップ・ソウル。『Hotter Than July』のアウトテイクっぽい仕上がり。リズムだけで作られたような楽曲で、Stevie特有のフックのメロディが薄い。まるで「リズム・マシーンを流しっぱなしにして適当に歌ってみました」的な。Stevieほどのアーティストなので、この程度の曲ならいくらでも作れるだろうし、まぁアウトテイクの中でもマシな方なんだろうけど、でもオフィシャルで発表するほどのレベルじゃない。これなら「心の愛」の方がよほどしっかり練り上げられている。






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1972年、モータウンのお家事情その1 - Stevie Wonder 『Talking Book』

folder 1972年リリース、長いこと拗れにこじれたモータウンの呪縛から解き放たれ、自他ともに成人として認められたStevie Wonder、やりたい放題3部作のスタートを切ったソロ15作目。
 俺が物心ついた頃には、すでにソウル/ファンクの名盤として位置づけられていたので、さぞかし売れまくったのだろうと思っていたのだけど、実際のチャート・アクションはUS3位UK16位。UKとカナダではゴールド認定されているけど、本国アメリカではそこまでのセールスを挙げていない。もちろんレジェンド級のアルバムのなので、これまでの累計で量るとプラチナ何枚分のセールスになってはいるのだろうけど、瞬間最大風速的にはそこそこの成績で収まっている。モータウンだけに限らず、当時のソウル系アーティストのウェイトがシングルに重きを置いていた証でもある。この辺から徐々に変わってくんだけどね。

 Diana RossがSupremesを卒業したあたりから、モータウンのクリーンナップも世代交代、60年代前半までの「豊かなアメリカ」を象徴した、キラキラしたポップ・ソウルのマーケットは縮小してゆく。
 この時期のモータウンの筆頭といえばDianaだったけど、Berry Gordieがやたらとハリウッドに入れ込んでいたせいもあって、すっかりLiza Minnelliになりきっていた。Marvin Gayeは『What’s Going On』の大ヒットのおかげで我が道を行くみたいになってるし、Four Topsは相変わらずの男臭さ満載だったけど、レーベル全体を引っ張るほどのカリスマ性はなかった。由緒正しきモータウンのレーベル・カラーを遵守しているのはJackson 5くらいで、それもこの頃にはメンバーの成長も相まって方向性が微妙にずれつつあった。

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 なので、1972年モータウンの最大勢力は正統派ではなく、60年代後半から勃興したサイケ/ロックのテイストを保守派ソウルに持ち込んだプロデューサーNorman Whitfield一連の仕業だった。エフェクトをバリバリ効かせたギターの音色に始まり、ラジオ・オンエアを無視した10分超の大曲志向、これまでポップ・ソングでは取り上げられなかった反戦や貧困、人種差別をテーマとした歌詞など、従来モータウンのセオリーからはことごとく外れたファクターを積極的に取り込み、時代性も相まって収益の柱となってしまう。
 もともとモータウン本流のアーティストだったTemptationsもEdwin Starrも、好き放題にトラックをいじりまくったNormanに感化されて、この時期はメッセージ性の強い楽曲を歌っている。子飼い的存在だったUndisputed Truthには特にNormanも入れ込んでおり、ほぼメンバー的な立場で好き放題やっている。ていうかNormanのワンマン・バンドだもんな、末期は。

 そんなお家事情だったので、Stevieもまた好き放題やれる環境が整っていた。経営陣はDianaを最上のエンターテイナーとしての売り出しに奔走していたし、ブランド・イメージはまだ辛うじてJackson 5一派が守っていた。社内的な不満は頻出しているけど、Normanは稼ぎ頭としての一角を担っていた。若い跳ねっ返りの居場所を確保することも、企業としては時に必要な場合だってあるのだ。それが反旗を翻さない限りは。

 とにかく歌って稼げてたらそれでオッケー的なデビュー当時ならともかく、次第に青年としての自我が芽生えてきて、押し付けのポップ・ソウルばかりじゃ物足りなくなってきたStevie。世間じゃロックだサイケだ反戦だラブ&ピースだと言ってるのに、享楽的で無内容のモータウン・ソングは、彼にとっては時代錯誤のように思えてきた。とは言っても当時のStevieは大抵がスマッシュ・ヒット止まり、他のモータウン・レジェンドのような大ヒットには恵まれていなかったため、未成年ということもあって発言権は微々たるものだった。ただささやかな抵抗として、DylanやBeatlesを我流にアレンジしてカバーして、ちょっとは話題になった。なったのだけど、それらは結局、他人の言葉、他人の旋律だった。自分の言葉、自分のメロディで表現したい、という欲求は日々募っていった。

STW-NiceTBook

 後見人の呪縛から外れてからが、アーティストStevie Wonderとして真のスタートとなる。それまでの彼が演じていた「陽気なポップ・ソウルを歌う無邪気なティーンエイジャー」から一転、時代に即したシリアスなメッセージを内包した辛口のサウンドが、彼のトレードマークとなった。モータウン・スタジオのハウス・バンドであるFunk Brothersらの手を借りず、シンセ・オペレーターRobert MargouleffとMalcolm Cecilとスタジオに篭って何百曲にも相当するマテリアルを量産、その中から厳選されたのが、70年代一連の作品群である。
 従来のモータウン・サウンドが時代の趨勢に押し潰される中、Stevieの転身はある意味、当然の流れだったのだろうけど、これまでのStevieファンにとってはすぐには受け入れられなかったんじゃないかと思われる。実際、アメリカでのチャート・アクションはシングルほどの勢いではなかったし。この時点でもまだ、Stevieはシングル中心のアーティストとしてしか認知されていなかったのだ。それが覆されるにはもう少し、『Innervisions』『Fulfillingness' First Finale』『Songs in the Key of Life』と畳みかける名作のリリース攻勢を待たねばならない。

 長い長いキャリアの中において、この70年代初期の一連のアルバムを一気呵成に制作した頃がStevieのいわゆるピーク・ハイの時期にあたり、今もライブ・レパートリーに入ってる楽曲も多い。ここ2,3年は『Key of Life』全曲再現ライブなんてのも断続的に開催してるし、本人的にも思い入れは強いのだろうし、ファンのニーズも高い。
 その後のStevieは、憑きものが落ちたかのようにコンテンポラリーな方向性に転じ、音楽シーンを引っ張ってゆく牽引力は薄れたけど、巧妙に組み立てられたサウンドの奥に潜むメロディとコードは、年を経るごとに磨きがかかっている。
 ちょっと口ずさんでみたらわかるけど、歌いづらいよどれも。転調に次ぐ転調はジャズの素養から由来するものだけど、メロディを追ってゆくだけで至難の業。だからといって、ピッチさえ合わせてしまえばオッケーというものでもなく、ここにStevie特有の跳ねるリズムが加わって、さらに再現不能。
 親しみ深いメロディとキャラクターの陰には、難攻不落の関門が待ち受けているのだ。

Stevie Wonder late60s

 ソウル/ファンクというジャンルにロックのテイストを持ち込み、それが一般的な人気を得るスタイルを確立したのは、俺が知る限りではSly Stoneが最初だったと思う。他にもいるかもしれないけど、ヒットして大衆性を得た、という意味合いで。フラワー・ムーヴメントの聖地LAに育ったSlyにとって、多様な人種との交流も作用して多ジャンルの音楽的要素を取り入れてオリジナリティを形成してゆく、というプロセスはごく自然なものだったと思われる。実際、その中のロック的要素を導入した初期のヒット曲は、ボーダーレスで間口の広いサウンドに仕上がっている。
 ただ、人種混在のグループFamily Stoneは、後に様々な歴史的セッションに携わることになるLarry Graham、Andy Newmarkという名プレイヤーを排出したのだけど、基本的な音楽的バンド的コンセプトにおいてはSly の独裁制に左右されており、ロックのテイストというのも構成パーツのひとつに過ぎなかった、というのが正直なところ。
 フラワー・ムーヴメントに湧いた60年代末という時節柄、ロック的イディオムの意匠を借りて独自のファンキー・リズムを乗せ、人種の壁を越えたハッピーなサウンド、という方向性は間違ってなかったと思う。ただ、その音楽性は刹那的なものであり、時代が変われば飽きられてしまう。彼の本質はそこじゃなかったのだ。

 『Stand!』で一躍時代の寵児となったSlyだったけど、そのピークの最中にすべての予定をキャンセル、初期Family Stoneも解体してスタジオに引き篭ることになる。時節柄、ドラッグ癖が悪化しただの、人種混合のユニットゆえブラック・パンサーに目をつけられて逃亡しただの、様々な説が流布しているけど、まぁどれも当たってはいると思う。
 ただひとつ付け加えると、キャリアを重ねるにつれ、自身の黒人としてのアイデンティティに目覚めたことが、ロックのエッセンスを捨てて根源的なリズムの追及、密室ファンクのマイルストーン『暴動』を産むに至った、ということになる。

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 もともと黒人ブルースからの発展形として成熟していったロックは、他ジャンルのエッセンスの導入については門戸が広く、ファンキー・リズムの導入も早くから行われていた。そういった試みがうまくハマって広く知られるようになったのが、David Bowieの『Young Americans』あたりじゃないかと思われる。もしかしたらもっと早くから誰かやってたかもしれないけど、その辺はスルーで。
 で、逆に黒人サイドがロックを取り入れる、といった試みは案外少ない。これも俺の私見だけど、70年代では目立った動きは見当たらない。当時のソウル/ファンク・シーンはほぼディスコ一色だったので、P-Funk一派以外はほぼ8ビートなんかには見向きもしていなかった。80年代に入ってからFishboneがデビュー、ミクスチャー・ロックの時代が到来したけど、排出されるのはRage Against the MachineやRed Hot Chili Peppersなど白人側のリアクションばかり、黒人側はほぼヒップホップ方面へ流れてしまった。
 ソウル/ファンク・アーティストがロックをプレイするというのは、割合的には少数派と言える。ディスコ・ブームもひと段落し、ロックのサウンドを取り入れる試みが始まったかと思えば、先鋭的なアーティストはヒップホップに走ってしまう。
 すでに耐用年数に不安が生じていたロックには、見向きもしなかったわけで。

 本来なら、ロックだソウルだ、とジャンル分けしてしまうのは乱暴極まりないことであるのだけれど、まぁある程度の目安があった方が、ビギナーには探しやすい。細分化し過ぎるのも逆に混乱を招いてしまうけど、だからと言ってピコ太郎と高橋竹山とを同じ「音楽」というくくりに入れてしまうのは、もっと乱暴になってしまう。
 で、Stevie。彼の場合、もともとソウルだファンクだというより、すでにStevie Wonderとしての独自の音楽性を確立してしまっているため、エッセンスのアクが多少強くとも揺るぎはしない。逆に取り込まれた方に影響を与えてしまうくらいである。

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 そういうわけで話は「Superstition」なのだけど、もともとプレゼントされたはずのJeff Beckヴァージョンと聴き比べてみれば、その相互の影響力の強さがわかる。Stevie同様、Beckだってギターにおいては異端の天才とされている。アクの強さは天下一品で、どんな楽曲も自分の変態ギター・プレイでねじ伏せてしまう。
 これもよく言われていることだけど、Jeffの特徴として、あんまり器用な方ではないことは知られている。必ず制作にあたるパートナー、それはバンド・メンバーや共作者、プロデューサーでもいいけど、誰かしら第三者がいた方が高クオリティで仕上がる率が高い。誰かが全体を俯瞰しつつ、その下で感情の赴くまま、好き勝手にプレイした結果が、彼の傑作アルバム群となっているのだ。
 この曲でのJeffのプレイは、ちょっと趣が違っている。もちろん、当時最高のリズム・セクションTim BogertとCarmine Appiceを従えてのトリオ編成はロック界最強とされており、どの曲も最高のハード・ロックとして完成されている。いるのだけれど、諸事情で結果的に後出しとなってしまった「Superstition」だけはオリジナリティが薄く、Stevieヴァージョンをなぞっただけのような仕上がりで落ち着いてしまっている。
 Beckとしては彼から渡されたデモ・テープを聴いて、あれこれ試してみたものの、結局はこのアレンジに落ち着いてしまったと考えられる。それくらい独自解釈の余地がなく、普通にプレイするだけでも難しい曲なのだ。通常営業のJeffなら考えづらい仕上がりである。「クセのない天才」と俺が勝手に呼んでいるPaul McCartney の楽曲なんかではJeff、ここでは通常営業で独自の解釈で弾きまくっている。なので、Stevieとの相性が悪かったと考えられる。諸事情って言っても金がらみなのか、何かともめたらしいし。

 なので、ジャンルは違うけどStevieの楽曲をモダンにアレンジメントしたincognito は侮れないんだな、という結論


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1. You Are the Sunshine of My Life
 US1位UK7位を記録した、アルバムから2枚目のシングルカット。古くはLiza MinelliやFrank Sinatra、日本でも平井堅がカバーしてるので、誰でも一回くらいは何らかの形で耳にしたことはあるソウル・スタンダード。
 最初聴いた時は、いつものStevieのヴォーカルとは全然違う声質のシンガーが歌っていたので、イコライザーか何かでいじったのかと思ってたけど、Jim Gilstrap、Lani Grovesというシンガーが歌っていたことを知ったのは、ずっと後のこと。アルバムのリード・ナンバーで、しかも出だしから別シンガーに歌わせるというのは聞いたことがない。何をしたかったんだろうか。
 Jimは当時、Stevieのバック・コーラスを担当しており、ボスの薦めで裏方が表舞台に押し出された形だが、そのせいかどこか所在なさげ、居心地悪そう。



2. Maybe Your Baby
 Stevieお得意のミディアム・テンポのファンクだけど、これまでよりねちっこさが上回ってる印象を持っていたのだけど、パーソナルを調べてみると、ギターを弾いてるのが若き日のRay Parker Jr.。コーラスを含め、その他のバック・トラックはすべてStevieによるもの。この2人だけのパフォーマンスで組み立てられた楽曲だけど、セッション臭が強い。密室ファンクのような自己完結性が薄いのだ。
 この後、RayはCommodores風味のディスコ・バンドRaydioを結成、数曲の全米ヒットを送り出した後にソロ活動へ移行、80年代からはすっかり「Ghostbusters」の人となってしまう。あまりに色が付きすぎてしまって活動は低迷、つい最近まで「あの人は今」的な扱いとなっていた。一発屋じゃないはずなのに、大ヒット曲のおかげでそれまでの栄光が霞んでしまった、考えてみればかわいそうな人である。

3. You and I (We Can Conquer the World) 
 ほぼStevie自身によるソロ・ピアノだけをバックに紡がれる、『Key of Life』以降に頻出する極上バラード。これだけアクの強い楽曲の中では特徴が薄く、実際影も薄い。3曲目じゃないでしょ、この曲だったら。A面でもB面でも、もっと後ろに持って行くべき楽曲である。
 オーソドックスなバラードに聴こえるけど、もはや自由律と呼んでも差し支えない、小技の効いた転調の嵐。やはりあなどれない。

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4. Tuesday Heartbreak
 ほぼギターのような響きのクラヴィネットを操りながら、オフ気味のヴォーカルを聴かせるStevie、これもお得意のミディアム・ファンク。ゲストはDavid Sanborn (sax)と、コーラスにDeniece Williams。この辺からDenieceはStevieのお気に入りとして、たびたびアルバムにもライブにも参加している。この時期はStevie、前妻Syreeta Wrightと袂を分かっており、その辺の事情もあってDenieceがフィーチャーされ始めた、という見方もできる。ゲスい視点だよな、これって。
 当時は新進気鋭のスタジオ・ミュージシャンとして幅を利かせていたDavidのプレイは、この頃から特定できちゃうくらいに記名性が高い。1曲だけじゃなく、もっと聴いてみたくなるセッション。

5. You've Got It Bad Girl
 で、そのSyreetaの妹Yvonneとの共作がA面ラスト。てっきり姉の七光りかと思っていたのだけど、Discogsで調べてみると、Stevieだけじゃなく、Quincy JonesやArt Garfunkelなど、結構な大物とも仕事をしていた。あなどれないな。
 終始マイナーで押し通したスロー・バラードは、従来のバラードとはテイストが違っている。ジャズ7:ソウル3といった配合の、ハイブリット・ファンク。クセになる曲だ。

6. Superstition
 US1位UK11位を記録した、言わずと知れたStevieの代表曲。本文であらかた書いてしまったけど、単体では軽い響きのムーグの低音が、ここではボトムをしっかり支え、P-Funk一派にも引けを取らない極上ファンクに仕上がっている。
 Jeff Beckがリリースしなかったから、先に自分でやっちゃった、という逸話は有名だけど、ここまでやられちゃうと、後出しジャンケンの立場はとってもきつい。やりすぎだよ、Stevie。



7. Big Brother
 6.のアウトロに被さるように始まる、再びStevie完全単独演奏によるミディアム・バラード。タイトルから連想してしまうのはGeorge Orwellの小説『1984年』だけど、あながち間違ってはいないみたい。それぞれ解釈は違えど、政治家を糾弾するようなメッセージ・ソングであり、当時のニュー・ソウルの勢いが窺い知れる。

8. Blame It on the Sun
 こちらは元妻Syreetaとの共作とされているストレートなバラード。これまでとは趣が違って、ヴォーカルに憂いがあり、もの悲しげな様相が漂っている。ちょっとウェット感が強いかな。Stevieはパーソナルなテーマを歌うより、むしろ壮大な事象を扱う方が合っている。珍しいアーティストだよな、それって。

9. Lookin' for Another Pure Love
 で、このアルバムでJeff Beckが参加しているのは、実はこの曲だけである。6.には参加していない。もしかしてアウトテイクがあるのかもしれないけど、Stevieの流出音源は案外少なく、ガードが固いことで有名である。それだけスタッフの結束が固いのか、それとも監視が強いのか。多分両方だろう。
 ここでのJeffのプレイは歌メロをなぞるようなストレートなプレイ。頻繁にオブリガードを入れてはいるけど、特筆するほどではない。
 あるかどうかは不明だけど、やっぱり聴いてみたいよな、「Superstition」をセッションする2人の攻防。

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10. I Believe (When I Fall in Love It Will Be Forever)
 ラストは再びYvonneとの共作によるバラード。スロー・テンポではあるけれど、これまでのバラードのような甘さはなく、むしろドライな仕上がり。次作『Innervisions』に入れてもおかしくない、ややジャジーな香りのする楽曲。これも完全単独演奏でまとめられており、彼の意気込みが伝わってくる。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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