folder 1987年にリリースされた17枚目、オリジナルとしては最後のアルバム。御年59歳だったにもかかわらず、母国フランスでは最高2位にチャートイン、プラチナ・ディスクを獲得している。
 フランスのプラチナ・ディスク基準は10万枚以上なので、数字だけ見ると「えっ、そんなもん?」と思ってしまいがちだけど、そもそもフランスのCD/レコードのマーケット規模は意外に小さく、日本と比較するとほぼ4分の1程度。人口が日本のほぼ半分という条件にしても、あまりに少なすぎる購入率ではある。
 ただこのようなデータがあるからといって、単純に「フランス人って音楽を聴かないの?」という状況ではない。記録メディアの購入は少ないけど、オペラやミュゼットの勃興からわかるように、劇場やカフェなどの生演奏でのリスニング・スタイルが、伝統的に続いている。「街に音楽があふれている」とはよく言ったもので、某団体にガッチガチに縛られた日本と違い、音楽との接し方に違いが表れている。

 単純計算で日本に置き換えると、プラチナ・クラスで40〜50万枚程度の売り上げということになる。ポツポツとミリオンが出ていた80年代日本だと、いわゆる中堅どころといった成績である。
 でも考えてみれば、すでに還暦に近いベテラン・アーティストが、現役バリバリの若手と競り合うほどのセールスを売り上げていたのだから、それがやはりアーティストの地力なのか、それとも当時の若手の不甲斐なさだったのか。
 セールス・ポジションとキャリアを基準として、今の日本で例えれば小田和正や山下達郎あたりなのだろうけど、作風や素行でいえば…、かつての遠藤ミチロウやパンタあたりだろうか。そのくらいこの親父、パンクよりパンクイズムが突き抜けている。

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 つい最近まで、音自体まったく縁がなかったのだけど、Serge Gainsbourgというアーティストがいるのは、一応知っていた。ただ、今も昔もラジオでオンエアされることはほとんどなかったので、聴く機会がなかった。もしかして、NHK-FMのディープな番組を漁れば見つけられたかもしれないけど、どちらにしろ北海道の中途半端な田舎の高校生が進んで聴く音楽ではなかった。

 「女優Jane Birkinの内縁の夫。ちなみに、どんな女優なのか、何の映画に出てるのかは知らない」
 「同じく女優であり歌手Charlotte の親父。一時、Lenny Kravitz と付き合ってて、一度2人でロキノンの表紙を飾った」
 「無数の女性と浮き名を流した、めちゃめちゃプレイボーイ」
 「エロい歌詞や言動で、何かと物議を醸した人」

 彼についてパッと思いついたことを、ほぼそのまんま書き出してみると、こんな感じになる。ほぼ雑誌の斜め読み程度の情報だけど、多分あながち間違ってないはず。
 こんな俺に限らず、大抵の日本人が持っている彼についてのトリビアは、せいぜいこの程度と思われる。音楽活動がメインのアーティストであるはずなのに、肝心の音楽がほぼ伝わっていないことが、Gainsbourgの低い知名度と直結している。

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 今でこそDaft Punkを筆頭に、世界でも有数のテクノDJを輩出しているフランスだけど、アメリカ/イギリスが中心だった80年代洋楽シーンでは、ほぼ黙殺された状況だった。70年代を駆け抜けたMichel Polnareff の全盛期はとうに過ぎ、フランスで活動するアーティストの情報が入ってくるのは、ほんと稀だった。
 「フランスといえばシャンソン、シャンソンといえばアダモ」といった具合に、21世紀に入るまでは、まともなインフォメーションが成されない状態が続くことになる。一応、「フランス 音楽 アーティスト」でググってみると、90年代ロキノンでちょっとだけレコメンドされていたTahiti 80や、「えっ、この人たちもフランス出身?」とちょっとビックリしたGipsy Kingsなどが検索でヒットする。でも、マニアックな支持に終わった前者もそうだけど、後者なんてフレンチっぽさ全くねぇし。

 で、改めてレビューするにあたり、俺の浅い先入観の真偽を確かめようと、前述のトリビアを改めて調べ直してみたところ、まぁ大体間違っていなかった。上っ面の知識だったけど、案外覚えてるもんだな。当時は大して興味なかったはずなのに、ゴシップ的な記事って忘れないものだ。
 さらにも少し深く突っ込んで、wikiやら個人ブログなんかで調べてみると、まぁ出てくること出てくること。世に出た作品よりGainsbourg本人の方が面白いんじゃないかと思ってしまうくらい、何かとネタの宝庫である。

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 「エロいことはほとんど知らない(という設定の)18歳の少女アイドルFrance Gallに、フェラチオを想起させるエロい暗喩を含めた歌「Les Sucettes」(邦題「アニーとボンボン」)を提供、後になって歌詞の内容を知ったGall、あまりの恥ずかしさと怒りのあまり、数ヶ月に渡って引きこもるほどのショックを受ける」
 「フランス革命を讃えた国歌「La Marseillaise」を、革命をイデオロギーとして含む音楽であるレゲエ・ヴァージョンにアレンジして発表、当然各方面からブーイング。特に某退役軍人からは、コンサート会場に爆弾を仕掛けた旨の脅迫電話があったが、「俺は屈しないぞ!」とステージで名言、男を上げる。ちなみに後日、その退役軍人とは飲み仲間になる」。何だそりゃ。
 「高額な重税への抗議行動として、生放送のテレビ出演時、「どうせ税金で取られちまうんだから」と、500フラン札(日本の1万円札に相当)にライターで火をつけて燃してしまう。ある意味、強烈なパンクイズムだけど、大多数の庶民からは「金持ちのお遊び」としてしか見られず、逆に顰蹙を買う」

 反骨精神あふれる50代を経て、円熟の60代へ移行したGainsbourg。
 名実ともに国民的スター/大御所となって、少しは丸くなったのかと思いきや、今度は当時13歳だったCharlotte を引っ張り出し、結構エグい内容の近親相姦ソング「Lemon Incest」をレコーディング、併せて、何かと誤解を誘発するエロいPVまで発表しちゃったものだから、またまた良識派を含め多方面から非難を浴びることになる。ブレない人だよな。
 その後も丸くなる気配を見せず、大衆にも良識派にも右にも左にも迎合しない「俺流」を貫いたGainsbourg。ジゴロ的な振る舞いで一世を風靡した青年期を経て、無精ヒゲまじりで毒舌を吐きまくるその風貌は、日本で言えば晩年の勝新太郎とその姿がダブる。
 そういえば彼もずっと「俺流」だったよな。自我を貫くとみな、あんな風貌になるのだろうか。

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 実際のところは不明だけど、その風貌や生き方から察するに、恐ろしく孤独な人だったんじゃないかと思われる。それでいて、退屈なのをひどく嫌って。そんなやり切れない想いが、晩年は露骨に態度や言動に出て。勝新にも通ずるよな、これって。
 自己愛が強い、猛烈な構ってちゃん。ほんとは独りでいるのが好きなのに、それでいて無視されるとヘソを曲げ、歩み寄られるとソッポを向いてしまう。
 そんな人間にとって、すべての事柄は刹那的なものでしかない。奇抜な言動で世間を騒がせても、また逆に、どれだけ賞賛を浴びる作品を産み出したとしても、満足することはなかったのだろう。すべては自分の上っつらを通り過ぎてゆくものでしかないのだ。
 どうにもならないことをわかっていながら、黙って何もしないでいると、それはそれで退屈で、抑え切れない衝動が悪意に形を変えて、口から飛び出す。
 あぁめんどくさい人。

 そんな偏屈オヤジとして人生を折り返したGainsbourg。80年代に入るといろいろ悟ったのか、音楽的オピニオン・リーダーとしてのポジションから自ら身を引くようになる。
 「自分でいろいろ仕切っても不満が出てくるし、エネルギー消費だってハンパない。どうせ何をしたって不満が残るんだから、だったらいっそ、周りにお膳立てしてもらった方が楽なんじゃね?」
 ほんとにそう言ったのかどうかは不明だけど、晩年に差し掛かった80年代の2作品は、どちらもアメリカでレコーディングされている。
 ここでの彼はちょっぴりピアノを叩いているだけで、バック・トラックはほぼプロデューサー任せ、ヴォーカルに専念している。ヴォーカルといったって、メロディを奏でることはほとんどなく、しゃがれた声でボソボソ聞き取りづらい独白を連ねるだけ。
 クレジットに目を通すと、名の通ったミュージシャンは参加していない。ていうか、ほぼ無名のプレイヤーばかり。多分、プロデューサーBilly Rushの人脈でかき集められた、「取り敢えず間に合わせ」臭が隠せない。ただ唯一、Jeff BeckやJohn McLaughlin らのレコーディングに参加していたTony "Thunder" Smith というプロのドラマーが全面参加しているおかげもあって、演奏全体はメリハリがあってボトムもしっかりしている。
 まぁシーケンス・ビートを基盤としているので、どうやったって、そこそこのクオリティは保てるのだけど。

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 二日酔いの余韻を引きずりながら、朦朧とした状態でマイクの前に立つGainsbourg。無機的なビートをバックに、殴り書きした自筆のメモ紙を見ながら、覇気もなくボソボソ物語を紡ぐ。
 無名のナレーターとジャンキーの黒人少女サマンサを中心に展開するコンセプト・アルバムということだけど、当然フランス語が主体なので、訳詞が必要になる。英語と違って、何となく知ってる単語をピックアップして大よそを理解する、という手法が使えない。俺が入手した盤は輸入モノなので、当然意味はほとんどわからない。ググってどうにか概要を掴むことで精いっぱい。でも、それでいいんだよな。意味なんて、わからなくてもいいんだよ。

 誰が聴こうが聴くまいが、もうそんなことはどうでもいいのだろう。彼ほどのアーティストになると、人に聴かせるというより、むしろ自身の内なる声との対話がメインとなる。我々にできることは、ただその呟きに耳を傾けるだけだ。
 歌声とも言えない言葉の礫は、フランス語を介さない者さえ、強引に振り向かせる。もちろん、BGMには適さない音楽だ。

 ― あぁ退屈だ。
 サウンドにかき消された声なき声は、そう呟いている。

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1. You're Under Arrest
 60近くになって、こんなヒップなトラックを作ってしまうとは。てかプロダクション任せだったんだろうな。ステレオタイプにファンキーなベーシック・トラック、そして無愛想なモノローグ。そう思い出した、スネークマン・ショーだ。ジングルでこんな感じだったよな。もちろんGainsbourgが後出しだけど、サックスのブロウが本家と比べてクール。



2. Five Easy Pisseuses
 1.のベーシック・トラックをまんま流用して、タイトル・コーラスを入れたような曲。要は彼が紡ぎ出す物語が重要であって、サウンドなんてどうでもいいのだろう。それでいて、やたらクオリティの高いデジタル・ファンクに仕上がっているのだけど。「Pisseuses」はもちろん英語「Pieces」のフランス語なのだけど、少女性愛「Pissy」とかけているらしい。やっぱりエロだった。

3. Baille Baille Samantha
 邦題「悲しみのサマンサ」。「バイバイ」に聴こえるから単純に「悲しみ」という言葉をあてたのだろうけど、「Baille」とはどうやら「桶」のことらしい。Gainsbourgのことだから、エロい隠喩だと思ってしまうのは深読みしすぎなのか?

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4. Suck Baby Suck
 Chuck BerryやBill Haleyなど、往年のロックンローラーへのリスペクトを歌い上げてるっぽいのだけど、基本はエロ。「ベイビー」を「吸う」んだから、結構直接的にエロいことを呟いている。これが許されるんだから、芸風って大事だな。勝新もある意味、何したって許されたもの。

5. Gloomy Sunday
 邦題「暗い日曜日」。国民的シャンソン・シンガーDamiaが初出の、知ってる人は知ってるはずの「自殺ソング」。「暗い日曜日に女性が亡くなった恋人を想い嘆くというもので、最後は自殺を決意する」といった救いのない曲は、何百人もの自殺者を産み出した(諸説あり)。日本も含め各国で放送禁止・発禁を食らったにもかかわらず、カバーをする者が絶えないという、何かとお騒がせなこの楽曲。その不吉さゆえ、優秀なアーティストを引き付ける魔力があるのだろう。
 モダン・サウンドのシャンソン、といった趣きで、俺的には結構気に入っているのだけど、訳詞を読んだらドン引きなんだろうな。なので、訳詞も読んでないし、自分で訳す気もない。



6. Aux enfants de la chance
 「Come Together」みたいなイントロから始まる、しっとりAOR的なスロー・ファンク。もうサウンドだけで俺好みの世界なのだけど、これがカラオケだけだと気が抜けた感じになるんだろうな。やはり頑固オヤジのモノローグがあってこそ、曲全体が締まる。

7. Shotgun
 大味なアメリカン・ロックっぽいイントロが安っぽく感じられ、タイトル・コーラスも陳腐なアレンジだけど、やはりGainsbourgの肉声が入ることによって、どうにか聴くことができる。しかしコードや旋律とは無関係のところで淡々と告白するGainsbourg。レコーディング・ブースという空間でうなだれながら、無造作に言葉を繰り出すその様は、ある意味王者の風格である。ただ、家来のいない王者だけれど。

8. Glass Securit
 これだけメロディを想起させるようなサウンドなのに、頑なに旋律を奏でることを拒むクソ親父。爽やかなギターの調べもシルキー・ヴォイスのコーラスも関係ない。彼の心は彼らの前にはいない。その居場所は孤独な暗所、深く寒い海の底だ。

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9. Dispatch Box
 タイトルは「アタッシュ・ケース」の意。手クセの多いカッティングもだいぶ慣れてきて、ライトなファンク・サウンドはヒットチャートにフィットする。3分弱ながらヒットの要素は可能な限り詰め込まれている。ヴォーカルは抜きにして。シンセポップ/ファンク路線はもう何枚か続けて欲しかったな。

10. Mon legionnaire
 ラストはÉdith Piafも歌ったシャンソンの古典のカバー。チープなDX7サウンドと軽いギター・カッティング、エコーの効いたバスドラの3点セットは、俺を含む80年代サウンド愛好家にとって、手放しで絶賛してしまうサウンド・メイキングである。逆に言えば、多少楽曲やヴォーカルに難があっても、これさえ揃っていればそこそこ聴けてしまうというのが、俺の悪いクセでもある。しかも間奏で、なかなかエモーショナルなサックス・ソロまで入った日には、もう垂涎もの。
 ちなみにストーリーのラスト。ナレーターはサマンサと一夜を共にした後、彼女を置き去りにして、フランス外人部隊に参加する。

 陳腐なストーリーだな。でもいいんだよな、これで。


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