殿下35枚目のスタジオ・アルバム。正規にショップ店頭に並んだわけではなく、当初はEU諸国の新聞のオマケとして、実質タダで配布された。なので、大多数の国ではリリースされなかったため、チャートも売り上げもない。
これ以前にも、フリー・ペーパーのおまけにしたり、はたまたライブ会場で無料配布したりの前科があったため、殿下ファンからすれば、「あーまた始まった」程度の反応だったけど、マスメディアは面白がって取り上げるよな。それがまた、ライブの宣伝になるわけで、結局殿下の思うツボ。
ちょっと遅れて日本でもタワレコで扱われていたけど、ハーフ・オフィシャルみたいな感じなのかね、いつの間にか、店頭からも消えていた記憶がある。
何もそんなイレギュラーな手段じゃなくて、普通にレコード会社の流通ルートを使う方が、ずっと効率はいい。さすがに制作実費くらいは負担してもらってるだろうけど、もろもろ経費を計上すると、完全に赤字のはず。
ここに至るまで殿下、契約してきた歴々のレコード会社とは多かれ少なかれ、確実に揉めてきた経緯がある。長年所属してきたワーナー以降、どのメジャーともワンナイト・ラブの関係で、2枚以上の契約はない。
長く関係を続けるほど、互いに不満も出て揉めるのは明白なので、無理に関係修復するより、さっぱりビジネスライクに割り切った方が、無駄なエネルギーを使わなくて済む。
何の話だ、こりゃ。
トップ・ギアのターボ全開で80年代をぶっちぎり、その余力で90年代を乗り切った殿下、21世紀に入ってからは、グッと創作ペースを落としている。別に才能が枯渇したわけではなく、メジャーで活動すること以前に、ツアー → レコーディング → ツアーのルーティンに嫌気がさしていたのだった。
そんな偏屈さに拍車がかかり、開設当初は更新もマメだったNPGの配信サービスも、いつの間にやらフェードアウト、早いうちからオファーがあったはずのiTunesも、鼻で笑って相手にしない始末。殿下のことだから、圧縮音源のクオリティに不満があるとかではなく、単に自分以外の他者に利益をかすめ取られる、それがガマンならなかったのだろう。
ニール・ヤングのように、音声フォーマットから自前のサーバー設置まで、自身で一元管理できるシステムを持ってたらアリだったのかもしれないけど、まぁまずないな。そんな時間あったら、一曲でも多くレコーディングしてた方がいい、って考える人だし。
ただ、いくらひねくれて頑固になったとしても(これは昔からか)、アーティストとしてリタイアしていたわけではない。90年代後半以降の殿下は、活動のメインをレコーディングからライブへ軸足を移している。
それ以前も、新作リリース → 大規模ツアーという流れはあったけど、21世紀に入ってからは、そのルーティンに変化が生じている。新作なしで短期ツアー → ちょっと休んでまたツアー → またツアー、といった具合。リリース・ペースはそこまで長くはないけど、毎回変則的な流通経路、しかもサプライズなタイミングでのアルバム発表だったため、周辺スタッフもファンも翻弄されていたのが、末期の殿下だった。
秒単位で構築された完璧なフォーメーション・ダンス、バンド・アンサンブルの応酬だったソウル・ショーは、殿下によるJBリスペクトの忠実な再現といってよい。軍隊並みに統率されたバンドとダンサー、そして殿下とのコラボレーションは、多くのアーティストのステージ演出の模範となった。
ただ、さすがに四十を過ぎると体力的な問題もあってか、後年はダンス・パフォーマンスもほどほど、ギター・プレイが中心となった。最期のツアーなんて、ピアノ弾き語りだもの。しなやかだった肉体も、徐々に体にガタが生じていたのだろう。
「常にイノベイティブでなければならない」「世間をアッと言わせるサウンドを提示しなければならない」という強迫観念に追われていたのが、殿下が駆け抜けた20世紀だった。時代に愛された幸福な80年代、殿下オリジナルのリズム・アプローチやメロディは、多くのアーティストに影響を及ぼし、世界中に多くの信奉者を生み出した。
ただ、時代が常に殿下の後塵を拝しているはずがない。ぶっちぎりのトップ・ランナーも、どこかの潮目でひと息ついてしまう。足踏みしている間に、新しい世代が彼の横を駆け抜けてゆく。
ファンク・ミュージックでは追随を許さなかった殿下も、ラップやハウス、EDMには相当手を焼いた。新たなジャンルの進化スピードは想像以上に早く、殿下が手がけたモノはどれも古臭く、付け焼き刃感が否めなかった。
いや、二流のアーティストと比べると、出来は段違いだよ。でも殿下が手掛けたモノだから、どうしてもハードルは上がっちゃうわけで。
常に新機軸を求められる音源リリース主体の活動は、プレッシャーとの戦いである。いくら殿下とはいえ、そのストレスはハンパなかったはずだ。ギリギリまで自分を追い詰める作業の反動は、前述の偏執狂的なライブ・パフォーマンスや、夜のベッド・パフォーマンスとして昇華していった。
以前より作り込みをユルくしたライブを活動の中心に据えることにとって、ストレスの一部は軽減された。そりゃスタジオにこもって音源制作するより、好き勝手に歌って好き勝手にギター弾きまくる方が、そりゃ楽しいに決まってる。
今さら世間を震撼させるようなサウンドを作る気もないし、多分そこまで求められてもいないけど、これまでのファンに対して、ちょっとくらいサービスしたっていい。たまたま気分がいいので、ニュー・アルバムを出すのも悪くない。
新たにメジャーと契約するのも面倒だし、そんなに儲ける必要もないから、もういっそタダで配っちまえ。ホントなら、適当にCDどっかに積み上げて、勝手に持ってってもらえばいいんだけど、場所も取るから現実的じゃないし。
で、あれこれ検討した結果、最も配布効率が良かったのが、新聞のルートだった、といったいきさつ。
だいたいそんな成り行きで作られたアルバムなので、まとまったコンセプトはない。リリース時にもささやかれていたように、過去のアウトテイクの再構成、または初期の楽曲をアップデートしたような、70〜80年代テイストが漂う楽曲が多い。
なので、決して前向きなモノではないけど、そこを突っ込むのは、お門違い。殿下的には、あくまでファン・サービスのようなもの、イノベイティブを追求したものではない。言ってしまえば、ノベルティ・グッズのようなものだし。
往年のどファンク成分は少なく、ほどほどのグルーヴ感、ソフトなファンク・サウンドが展開されている。メジャー・リリースしても違和感ないくらい、そんなコンテンポラリー殿下が、コンセプトと言えばコンセプトなのかね。
番外編的な77曲目のトラックだけは、向こう見ずな若き日の殿下の面影が垣間見えるけど、そこでも無鉄砲さはマイルドに制御されている。昔なら、「ここからもういっちょ」といったところで寸止めされてしまう、そんな感じ。
考えてみれば、いくら無料のオマケとはいえ、新聞本体の評判を損なうアルバムに許可が下りるはずもない。例えば『N·E·W·S』のような、どっぷりインストのジャズ・ファンクだったら、さすがのデイリー・ミラーも拒否するだろうし。
Prince
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1. Compassion
2006年にレコーディングされた、80年代初期を彷彿させるポップ・ファンク。女性コーラスとの掛け合いが60年代ガールズ・グループのリバイバルっぽく、単なるファンクだけではなく、あらゆるジャンルをバックボーンとした殿下の多彩さが光る。
終盤でスパイスのように挿入されるギターのオブリガードが心地よい。この辺のほどほど感、当時、メジャーで出さなかったのはやっぱり当てつけだな。
2. Beginning Endlessly
ほぼメドレーのように続く、テンポを落としたロッカバラード風ファンク。ベタっとしたレトロな音色のシンセを基調に、案外リズムは複雑怪奇、フレーズごとに趣向を凝らした作りになっている。それでいて、ヴォーカル・スタイルは抑揚も少なく、至極冷静。そのコントラストが『Black Album』っぽい。
3. Future Soul Song
ここに来て、甘くビターなテイストの極上バラード。構成としては完璧だな、これ。シングルになりそうなキャッチ―な曲はないけど、すべての曲が『20ten』というひとつのアルバムのパーツとして、然るべき個所に収まっている。コンセプトも何もないけど、この一体感はさすが殿下。
昔だったら間奏で奇声を発したり、どんなにスローでもファンクネスの痕跡を残していたはずなのだけど、ここでは女性コーラスとの熟成したコンビネーションを披露している。殿下のギター、こういったベタなバラードでは最も映える。もともとがロマンチストだしね。
4. Sticky Like Glue
そう言ってたら、ここでどファンクの登場。無駄をそぎ落とし、リズム以外のバッキングをほぼ取り払った、骨格だけのディープ・ファンク。ファルセットで通していた初期を彷彿させる、唯一無二の世界観は紫の迷宮の中で完結している。終盤に差し掛かるにつれ、ファルセットが地声に戻り、テンションも徐々に上がってゆくところは、殿下の真骨頂。これだけで丼3杯は余裕でイケる。
でもね、中盤に一瞬だけ披露されるラップ・パート、これだけがちょっと余計かな。無理して時流に合わせることないのに。
5. Act of God
ブルース・テイストの入った、疾走感あふれるロッカバラード。リズムこそファンクだけど、ソウルっぽいコール&レスポンスも入っているため、ビギナーにとってはマイルドな殿下サウンド。どれだけマイルドにしたって、声がアレだから、殿下のパーソナリティは失われていない。ロックを通過してきた耳だと、案外心地よいサウンド。
6. Lavaux
80年代っぽいシンセの使い方、シンプルなリズム・パターンが『1999』頃のアウトテイクっぽい。ちょっと神経質っぽい抑えたヴォーカルも、往年のパターン。この時期のファンが最も多いはずだから、『20ten』自体の好評にもつながったんじゃないかと思われる。安心して聴けるんだよな、ホント。下手にトレンド追わなくたって、これだけのことができるんだから。
7. Walk in Sand
ブラコンっぽいオープニング、ムーディーなファルセット。殿下お気に入りのパターンである。一聴してシンプルなアンサンブルだけど、ピアノやらホーンやらエフェクト的な音色がさりげなくぶち込まれており、一筋縄では行かないようになっている。
一聴してシンプル、でも作りは複雑。聴き流しちゃうとわかりづらくもある。
8. Sea of Everything
多分、殿下的にはレコードで言えば、5.あたりからB面突入、ここまでずっとメドレー形式でブランクを入れず、曲がつながっている。
フィリー・ソウルっぽいバラードは、なんと殿下にしては珍しく正攻法、対して仕掛けもない。なので、7.と違ってスルッと聴き流してしまう。こういったホントにシンプルなのも、たまにはいい。昔だったら即ボツだったんだろうけど。
9. Everybody Loves Me
本編ラストはちょっと能天気なエレポップ。ポップが主流で、ファンクっぽさはほぼない。これを聴くといつも、Cars「You Might Think」を連想してしまう。要はそんな曲調。
10. Laydown
「The Artist Formerly Known as Prince」を名乗っていた時期、時流に乗らなきゃ、とやっつけ仕事のヒップホップをやってた頃のサウンドに近い、ハードなサウンド。ここまでの流れをひっくり返すような、ネガティブでダークな殿下の側面があらわれている。リズムが単調なのと、3分程度でまとめられているため、後味はそれほどしつこくない。
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