folder 70年代初頭のStevie Wonder が未発表も含め、何百何千に及ぶ膨大なマテリアルを残したことは、このブログでも散々書いてきた。とは言っても、断片的なフレーズや複数回のリテイクなんかも含めての数字なので、まともな一曲になっているのは、多分そんなに多くはないと思われる。もしテープをまとめたとしても、Beatles の『Get Back』セッションみたいな感じになるんじゃなかと思う。

 そんなレコーディング・マニア的な日々を送っていたStevie だけど、じゃあ彼が終日スタジオに篭りっきりだったのかといえば、案外そうでもない。ワールドツアーも行なっているし、テレビ出演だって頻繁に行なっている。調べてみると、いろんなフェスにも顔を出していて、本格ブレイク前のBob Marleyと共演している音源も残っている。
 Stones全米ツアーのオープニング・アクトも務めたりしているので、1回くらいセッションしててもおかしくないよな、という妄想さえ広がってしまう。いちいち全部記録してないけど、有名無名問わず、様々なミュージシャンとセッションしたりしているんだろうし。ほぼ根城としていたスタジオ「レコード・プラント」だったら、人の出入りも多かったはずだし。
 成人になってから、自前の著作権管理会社やらマネジメント会社設立によって、モータウンからイニシアチブを取り返したStevie。止める者がいないおかげもあって、興味のある案件には、積極的に首を突っ込んでいた。好奇心が先立つおかげで、何かと安請け合いしちゃったり、頼まれたら断れなかったりして。

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 楽曲提供やゲスト・ヴォーカル的な仕事とは別に、自分の作品と同じくらいの熱量をもって挑む、他アーティストのプロデュースなんて仕事も、この時期には手がけている。一体、いつ休んでたんだStevie。
 代表的なところが、当時の奥さん&速攻1年弱で離婚したSyreeta のアルバム2枚。全面プロデュースとアレンジに加え、ほとんどの楽曲を共作する、といった力の入れよう。これじゃほとんど、自分のアルバムと変わんねぇじゃん。
 彼女のソロデビュー時点で、すでに夫婦としては破綻していたはずなのに、惚れた弱みなんだろうな、作品のクオリティはやたら高いときてる。そんな心情を知ってか、Syreetaも彼に頼んだんだろうし。しかもその後もStevie、コーラスやゲストヴォーカルで彼女を起用したりしているし、何だかよくわからん関係。
 Stevieとのパートナシップ解消後、SyreetaはLeon WareやG.C. Cameronと、次々パートナーを取っかえ引かえしてゆく。しまいには、あんまり接点のなかったBilly Prestonにまで声をかけるのだから、もう節操なんてない。
 なので俺、先入観だけで「才能ある男に擦り寄る「自称」アーティスト」と思っていたのだけど、それら一連のコラボ作をひと通り聴いてみると、また印象が違ってくる。

 Syreeta 自身の才能がStevieに及ばないのは、まぁ当然という前提で考えると、いわゆる触媒的な役割、彼女だけじゃなくStevieにおいても、絶妙な相互作用が働いたのが、このコンビだったんじゃないかと思われる。同じモータウンであるLeonはまだギリギリ許せるとして、これまで関連性のないPreston とのコラボが消化不良だったのは、才能云々というより、むしろ相性の問題である。それまでの流れとはPreston、まったく違う音楽性だもの。なので、魅力的な化学反応は起こらなかった。
 Stevieもまた、Syreeta以降、ここまでまとまった数の共作を他人とは行なっていない。やってるのかもしれないけど、それが世に出ていないのは、Syreeta ほどの成果が上がらなかった、ということだし。
 何しろ2人で共作した最初の曲が、Spinners に提供した、あの「It’s a Shame」。レアグルーヴ・クラシックとして、今も燦然と輝く名曲である。これがスタートなんだから、そりゃ誰とやっても物足りないよな。Paul McCartneyとでも、「Say Say Say」がせいぜいだし。

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 で、本題のMinnie。その美声を耳にしたStevieが、たちまち虜になったシンガーである。
 14歳で加入した、スタジオセッション用のコーラスグループGEMSをスタートに、その後、早すぎたミクスチャー・バンドRotary Connectionと並行して活動する。ソロ・シングルをリリースしたこともあったけど、当時は特別、注目されることはなかった。
 モータウンに代表されるポップソウルや、はたまた対局の泥くさいサザンソウルが主流だった60年代では、彼女の5オクターブの天使の歌声を生かせる環境が整っていなかったのだ。そんな環境の問題としてもうひとつ、Dionne Warwickに対するBurt Bacharachのような、優秀なブレーンに恵まれなかったことも、当時の彼女の不幸だった。

 ポップソングのフォーマットで彼女の持ち味を活かすには、従来のアクティブなR&Bの文脈ではなく、洗練されたジャジー・スタイルのサウンドの方が相性が良いはずだった。ただ、ジャズ方面のコネクションがなかったのか、この時代はポップ・フィールドでの活動が主になっている。
 キャリアの転機となったのが、ジャズ・ヴォーカル系に強いレーベルGRTとの契約だった。その後の彼女の基本路線は、ここからスタートする。
 Minnie Ripertonとしてのデビューアルバム『Come to My Garden』は、1970年にリリースされた。バックアップしたのが、まだディスコへ移行する前、プログレッシブなジャズ・ファンクをやっていた頃のEarth, Wind & FireのMaurice Whiteで、彼女のヴォーカル特性を最大限に活かした秀作だった。豪華なストリングスと分厚いコーラスをベースとした荘厳なサウンドは、かなりフォーマルなプロダクションでまとめられている。ジャズヴォーカル・アルバムとしてなら、充分アベレージはクリアしている。

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 作品としてのクオリティは申し分ないものだったけど、セールス的には苦戦を強いられた。ハイソサエティを指向するがあまり、ある意味、選民的なお上品さが漂うレーベルカラーのGRTは、プロモーションには消極的だった。あの周辺の奴らって、「売れること=悪」みたいなスタンスだもんな。まぁ言いがかりかもしれないけど。
 そんなイデオロギーにかぶれていた頃のMaurice だからして、売れ線要素なんて入れる気もなかったろうし、全体的に地味な仕上がりである。色気も何もありゃしねぇ。
 Minnieとしては、そんな結果も想い出作りの一部として、冷静に受け止めたのだろう。ソロでのメジャーデビューという目標を達成したことにより、彼女は表舞台からの引退を決意する。終生の伴侶となるプロデューサーRichard Rudolphとの結婚を経て出産、二児の母親として家庭に入ることになる。
 商業的には失敗した『Come to My Garden』だったけど、稀代のシンガーMinnie を世に知らしめた功績は否定できない。少なくとも、業界内では彼女の存在が話題となり、ぜひ一緒に仕事をしたい、と思う人物も少なからず現われた。
 その1人がStevieである。

 彼のバックバンドWonderlove のコーラスを経て、エピックとメジャー契約したMinnie、実質再デビュー作となる『Perfect Angel』の制作に着手する。ここでStevie、自分のレコーディングも放り出して、Syreeta 以上の入れ込みようで、彼女のバックアップを行なうことになる。
 旦那Richard との共同プロデュース、楽曲提供、アレンジから楽器演奏まで、ありとあらゆる場面で惜しまぬ助力を注いでいる。去年発売されたデラックス・エディションに収録されたアウトテイク集では、「Take a Little Trip」のデュエット・ヴァージョンや、Wonderlove演奏による「Lovin’ You」など、当時のStevieのはっちゃけ振りといったら、そりゃあもう。

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 Minnieのレパートリーの中で最もよく知られているのが「Lovin’ You」であり、いまだ『Perfect Angel』が支持されている理由もそこにあるのだけれど。しかし。
 ここまで書いてきて言いたいのは、決して「Lovin’ You」だけのアルバムじゃないんだよ、ということ。単なるラブバラード歌手には収まらない、熱いファンキーな一面も収録されていることは、声を大にして言っておきたいし、また評価されてもいい。
 俺的には、「Reasons」のような方向性もアリだったんじゃないかと思うのだけど、とは言ってもやっぱ強いな「Lovin’ You」。その大ヒットの煽りを受けて、これ以降は、アーバンでフォーマルなブラコン路線に落ち着いてゆくのは、まぁ自然の摂理。市場がそれを求めちゃうんだもの、仕方ない流れだな。
 もうアルバム1枚くらい、Stevie とがっつりタッグを組んでいれば、また流れも変わってたのかもしれないな。まぁRichard に遠慮してた部分もあったんだろうけど。



Perfect Angel
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1. Reasons
 グルーヴィーなレアグルーブ・クラシックスとしても名高い、ファンキーといえばコレ!と思わず断言してしまうトラック。当時、Stevieの右腕として数々の名演を残してきたMichael Sembello (G)の、ネチッこいオブリガードの嵐・嵐・嵐。ここではStevie、ドラムで参加しており、敢えてドタバタたたみかけるようなプレイが、アンサンブルのテンションを上げている。
 オリジナルではフェードアウトで終わってるのだけど、デラックス・エディション(D.E.)収録の別テイクは、セッションの最後まで収録されており、あぁベースソロで終わったんだとうのがわかって感慨深い。



2. It's So Nice (To See Old Friends) 
 カントリー調のスロウなバラード。Diana Rossあたりが歌いたそうな、そんなポピュラー色が強い。効果的な舞台装置としてペダル・スティールも要所でフィーチャーされており、まさしくコンテンポラリー。オリジナルは4分だけど、D.E.収録別テイクは、なんと倍の8分超。長いけど、時間を気にせずまったり聴くことができる。でも長いよな、レコードだったら収まりきらないし。

3. Take a Little Trip
 Stevie提供による、『Innervisions』~『First Finale』カラーが強く反映された、こちらも人気の高いグルーヴィー・チューン。同じく参加のSembelloのプレイもジャズ色が強く、それでいて全体は奇妙な感触のStevie Wonder’s Music。自ら弾くエレピの音色が、摩訶不思議な浮遊感を生んでいる。
 D.E.には、そのStevieとのデュエット・ヴァージョンを収録。ミステリアスなヴォーカルのStevieは、まんま『Innervisons』。これはオリジナルに匹敵する出来栄え。



4. Seeing You This Way
 ミドル・テンポのバラードと思いきや、主体となるリズムはラテン。手数の多いエレピと、やたらハイハットを使うドラム・プレイは多分Stevie。ほんとどこにでも出てくるな。ずっと一緒にいたかったのか、やたらと出番が多い。D.E.収録のアコースティック・ヴァージョンは、どちらかといえばカントリー・タッチ。俺的には、こっちの方が好き。

5. The Edge of a Dream
 かつてのガールズ・コーラス時代を彷彿とさせる、静かなサウンド・デザインながら、Minnieの情感あふれるヴォーカルが堪能できる。シンガーとしてのMinnieがうまく表現されているのは、この曲が一番だと思う。まぁ「Lovin’ You」を抜いてだけど。ピアノで参加のStevieも、ここではちょっと大人しい。意外と引き際は心得ているのだ。

6. Perfect Angel
 再びStevie提供による、こちらも『Innervisions』またはSyreeta色の濃い、メランコリックさ漂うナンバー。またエレピの絡み具合が絶妙。まだWonderloveの一員だったDeniece Williamsがコーラスで参加しており、ささやかな存在感を現わしている。これもずっとエンドレスで聴いていられる心地よさ。



7. Every Time He Comes Around
 やたらブルース色濃いエフェクトとネチッこいギター・プレイは、WonderloveのMarlo Henderson。Minnieの声質はあまりブルースっぽさを感じさせないのだけど、なぜだか彼との相性が良かったのか、その後もレコーディングに参加したり共作したり、密接な関係を続けた。
 あまりに純粋な正弦波ゆえ、時に一本調子になってしまうMinnieのヴォーカルを補うように、過剰なほどエモーショナルなギタープレイが補完してる。

8. Lovin' You
 US1位・UK2位を始めとして、世界各国で上位にチャートイン、そして永遠のスタンダードとなった代表曲。カーステのバラード・コレクションでは外すことのできない必須アイテムであり、ムード発生装置としても作用した。あまりにベタな曲なので、お腹いっぱいになっちゃってる人も多いと思う。コンピレーションや単体で聴くと、記名性や目的性が強く浮き出てしまうのだ。なので、ある意味まともな評価がされづらい曲でもある。
 それが『Perfect Angel』の中の1曲、アルバムを頭から通して聴いてみると、特別突出もせず、すっぽり見事にコンセプトに馴染んでいることに気づかされる。たおやかというのはこういうことなのだな、と改めて思ってしまう天使の歌声、そしてMinnieを引き立たせるシンプルなバッキング。朝まだきの小鳥のさえずり。すべてが完璧に構築されている。
 ちなみにD.E.、Wonderloveによるバンド演奏ヴァージョンが収録されているのだけど、これはちょっと…、といった仕上がりになっている。テンポもちょっと速めで、手数の多いベース・ラインやインプロは、ちょっとウザい。
 余計な音はいらない。変にドラマティックにすると、逆に安くなってしまう好例。

9. Our Lives
 ラストも「Lovin’ You」に劣らぬ傑作バラード。同じ曲調が続くのも構成的によろしくないと思ったのか、Stevieによるバンド・アレンジが控えめに施されている。コンガの柔らかなリズムを基調に、アクセントをつけるスネア、そしてStevieによるハーモニカのカウンター・メロディ。幅広い美声を披露するシーンもあるけれど、あまり情緒に流されず、あっさり瀟洒に締めるところが、Minnieの上品さをあらわしている。






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