jpeg ミュージシャンとは基本、つぶしの効かない職業である。専業一本で食っていけるのはほんのひと握り、ほとんどはそのレベルにたどり着く前にあきらめてしまう。才能や適性だけじゃなく、さらに運とタイミングがうまくかみ合わないと、チャンスにさえ恵まれないのだ。
 もしうまく行ってそのチャンスをつかんだとしても、そこで安心できるわけでもない。そのステージを狙って這い上がって来る者は、いくらだっている。常に引きずり下ろされないよう踏ん張り、そして走り続ける。それがトップランナーの条件だ。
 そんな自分だって、かつては他人を蹴倒して今のポジション獲得に至ったわけで。 

 厳密に言えば、どのレベルからがプロの基準なのか、まぁケースバイケースなんだろうけど、事務所所属やメジャー・リリース契約までには至らなくても、地道なライブ活動や自主制作リリースで食っていける者も、いるにはいる。
 ネットを利用しての自力販促が容易になった今では、メジャーに所属するメリットが少なくなってきているため、セルフ・マネジメントという選択肢もアリっちゃアリだけど、すべてがすべて良いことばかりではない。
 中間搾取が少なくなることによって、昔より多少実入りは良くなったかもしれないけど、逆に言えば大きな販促費をかけられない分、大きくひと山当てることは難しくなった。無名のアーティストのサクセス・ストーリーだって、昔よりスケールが小さくなった。もうハナッからミリオン超えなんて狙っちゃいないだろうし。
 何だか夢のない話ばっかりだな。

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 なので、先行きのよろしくない日本をマーケットにするのではなく、世界に視野を広げると、もうちょっと過ごしやすくなる。
 レコーディング契約とは縁遠くても、国土も広けりゃ人種も多様なアメリカになると、多少ニッチなジャンルでもどうにかなる。決してヒット・チャートに上がってくることはないけど、延々終わりのないネバー・エンディング・ツアーを繰り返しているジャム・バンドは山ほどいる。本気ですみずみ回ろうとしたら、2~3年は覚悟しなくちゃならないので、結局、年中ライブばっかりというスタイルになってしまう。逆に言えば、それだけニーズがあるということで。
 アメリカに限らず、最先端を追い求めているのはほんのごく少数、多くのリスナーは昔から馴染んだジャンルを聴き続けていることが多い。Taylor Swiftだって、カントリーがベースだったから、あれだけ売れてるわけだし。
 なので、とっくの昔に忘れられたバンドだって、小まめにロードを繰り返していれば、それなりに食っていける。例えば、日本じゃすっかり話題に上がることもなくなったREO Speedwagonだって、現役でライブを続けている。ライブ音源のアーカイブ・サイト「etree.org」のラインナップを見ると、同様に懐かしい名前がゴロゴロ出てくる。Cowboy Junkiesなんて、まだやってたんだな。

 キャパの広いアメリカだからできることであって、これと同じスタイルを日本に持ち込むのは、ちょっと難しい。
 まず、ハコ自体が少ない。さらに地方になると、絶望的に少ない。需要がないから供給が少ないのか、それとも逆なのか、どっちにしろ、今後もあんまり増えていくことはなさそうだ。昔と比べると、野外フェスの件数は増えているけど、バンド側から見れば、それだけで食っていけるはずがない。
 なので、音源販売とライブハウスでの活動が、バンド運営の柱になる。ある程度、知名度が上がらないことには、グッズ制作だって経費がかさむだけだし、在庫を持つというのは結構なリスクである。
 じゃあ、「ライブで評判を呼んで、知名度アップだ!」と意気込んではみても、これもなかなか。固定ファンの少ないバンドにとって、チケットノルマの負担が深刻な問題となっている昨今、よほど交友関係が広いか、それともメンバーに金持ちのボンボンがいないと、活動継続は難しい。
 あ、でもそれって昔からか。グループ・サウンズだって、楽器を買ってもらえる金持ちの息子が多かったっていうし。

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 なので、どの辺で音楽に見切りをつけて足を洗うのか、切り替えのタイミングを見据えることも、必要になってくる。夢と想いだけじゃ、どうにもならないことだってある。それを理解することだって、ひとつの成長だ。
 デビュー前なら、学業に専念やら結婚やら実家を継ぐやら、何かしらひと区切りしやすいけど、変にうまいことデビューできちゃって、多少なりとも脚光を浴びたりしちゃうと、なかなか抜け出せなくなる。これがまったく鳴かず飛ばずで、あんまり深みにはまるうちならまだいいけど、中途半端に一回売れてしまって、「夢よもう一度」とズルズル続けちゃったりすると、引き際が難しくなる。
 どの業界でもそうだけど、まったく畑違いの職種にくら替えするのは、リスクが大きい。それまで積み上げてきたスキルをチャラにして、新たな道を選ぶのは、とても勇気のいることだ。
 個人的な話だけど、俺だって昔、別の業界に転職したけど、結局同業種に戻っちゃったしね。人間、そうそう違う水には馴染めない。

 で、やっと本題。
 Milton Wrightが、以前レビューしたBetty Wrightの兄であることは、あまり知られていない。俺もつい最近、知ったばかりだ。
 音楽の神に愛されたBettyの大ヒットを受けて、どちらかと言えば裏方気質だったMiltonも、2匹目のドジョウ的に表舞台に引っぱり出された。出されたのだけど、発表した2枚のアルバムは大して売れることもなく、また彼もそこで踏ん張ることなく、静かに活動をフェードアウトしていった。
 もともとIQも高く、何かと高スペックだったMilton、ミュージシャン引退後は大学へ戻り、司法試験にも難なくパスしている。ちなみに、妹BettyもIQ190クラスらしい。知能指数がすべてとは言わないけど、地頭がいいというのは、その後の選択肢にも何かと都合が良い。
 ボストン裁判所の地方判事という正業に就いたMilton、音楽とは何の接点もない職業ではあるけれど、家族兄弟の絆が切れたというわけではなく、その後も目立たない範囲でBetty のバックアップは続けている。定年を迎えた現在はセカンドライフに入ったため、自身の音楽活動も再開しているらしい。
 以前レビューしたJames Masonも、最初の引退後は大学に入り直してまったく別のキャリアを歩み、生活基盤が安定してから、地道に活動再開を目指している。一旦リタイアしても、セカンドキャリアの選択肢が幅広く用意されていることも、大国アメリカの良い点である。

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 せっかくなので、Milton の他に、法曹関係に転職したミュージシャンがいるのかどうか、ちょっと調べてみた。何がせっかく?ただの興味だよ。
 裁判官だけに絞るといなさそうだったので、弁護士や会計士も含めて検索してみたのだけど、全然ヒットしなかった。まともに1日中勉強していても、3浪以上は当たり前の業界なので、転職先としては、めちゃめちゃハードルが高い。世界的にもこの事情は変わらない。

 さらにせっかくなので、同じく畑違い、政治家になったミュージシャンはいないものか調べてみた。「人前に出て熱い想いを訴える」というプロセスは似通ってるので、もうちょっといるかと思ったけど、これも案外少ない。知ってる範囲では山本コータローと内田裕也。でもこの2人、落選してるんだよな。なので、除外。
 世界に目を向けてみても、そんなにいるわけではない。シェールの元相方Sonny Bonoがアメリカ上院議員になっている程度。世代的にかなり上の人なので、正直ピンと来ない。
 もう少し俺世代でも「おぉっ」と思える人物がいないものか、欧米以外にも範囲を広げて調べてみると、あらいたわ、Midnight Oil。
 環境問題を含めた政治的メッセージを強く打ち出していた、80年代オーストラリアを代表するバンドのリーダーPeter Garrettは、バンド解散と前後して政治家に転身、2010年には学校教育・幼児・青年問題担当大臣に就任している。Garrett 同様、政治的な発言が多かった同世代として、R.E.M.やU2のBonoあたりが思いつくけど、キャリアを捨ててまで、そっち方面へ行く気配はなさそうである。
 そういえば、いま何やってんだMichael Stipe。

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 話は戻ってMilton Wright 。あり余るエモーションが爆発したパフォーマンスを見せたBettyとは対照的に、落ち着いたジャズ・ファンク系のサウンドと脱力系のヴォーカルは、ディスコ黎明期だった1975年のニーズとは、噛み合わせが悪かった。
 今でこそ、レアグルーヴの定番として持てはやされ、すっかり定番化しているけど、リリース当時は、ジャズなのかファンクなのかソウルなのか、どこにもカテゴライズしづらい音楽性が、一般ウケしなかったんじゃないかと思われる。多分「Bettyの兄」というキャッチフレーズでもって売り出されたんだろうし、彼女と同じ傾向を求めるユーザーからすれば、ちょっと肩透かしを食らったことだろう。
 シンプルなファンク・ビートをベースに、声を張り上げない朗々としたヴォーカル、ペンタトニックを主体としたセオリーはずしのコード進行など、21世紀になって聴くには「こういったのもアリ」なのだけど、まぁわかりづらいわな。ちょっと早すぎだった。



Friends & Buddies
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Milton Wright
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1. Friends And Buddies
 スペーシーなシンセとハイハットから始まるグルーヴィー・ソウル。Stevie Wonderをもっとジャズに寄りにしたサウンドは、泥くさく騒々しいマイアミ・ソウルからは遠いところで鳴っている。サウンド自体はベースもブリブリ、Bettyを中心としたコーラス隊もソウルフルなのだけど、Miltonの声が入るとAORになってしまう。



2. Brothers & Sisters
 強烈なアープの歪みが印象的なオープニングで、同じく女性コーラスによるサビもインパクトがあっていいのだけど、地味だよなやっぱり。シンガー次第ではもっとアゲアゲのディスコ・チューンになりそうなところを、淡白なヴォーカルが全体の温度の上昇を抑えている。でも、そんな平熱を保つ態度だったからこそ、同時代に消費されず真空パックされ、後年の再評価につながったのかなと思えば、結果的には良かったのかな。

3. Get No Lovin’ Tonight
 ちょっと調子のはずれたフルートの音色が印象的な、フリーソウル系でも評価の高いミドル・テンポのファンク。ベースのブリブリ加減と、時々挿入されるネチッこいギター・ソロがベースになっているのだけど、まぁクドいファンクネス。Isleyあたりが歌ってたら売れたかもしれないけど、今になって聴いてみると、このホドホド加減がちょうどいい感じでまとまっている。



4. Po’Man
 シタールっぽいエフェクトをかけたギター・ソロが好きだったのか、ここでもイントロから使われている。そこにユニゾンさせるような、スペーシーなシンセのコード弾き。誰だったかすぐ出てこないけど、こういった使い方ってロックの話法だよな。単純にソウル一筋でやってきた人の発想ではない。

5. Keep It Up
 再発見のきっかけとなった、ジャジーかつスペイシーというしか形容のしようがない、シンセとアコギとのハイブリット・サウンドは、多くの人に開かれている。さらに知的になったBill Withersといったイメージで売り出せば、もうちょっと売れたのかもしれないけど、やっぱマイアミ系で売り出したのがいけなかったのかな。当時のBettyとは、まったく相反する音楽性だもの。

6. My Ol’Lady
 とはいえ、まったくソウル・エッセンスがないわけではない。比較的オーソドックスな構造を持つ親しみやすいメロディ、キャッチーなコール&レスポンス。ちょっと斜に構え気味だったMiltonのヴォーカルも、ここでは少し熱が入っている。わかりやすいアップテンポのニュー・ソウルは、もうちょっと多くの人に聴いてほしい。

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7. Black Man
 高らかに歌い上げるAORソウル・チューン。やっぱBill Withers路線が良かったんだろうな。Milton的にはどう思ってたのかは知らないけど、既存のカテゴリに無理やりはめ込まない、多様な音楽性が当時のニーズとは合わなかったのが惜しいところ。いっそ匿名で出しちゃった方が良かったのかもね。

8. The Silence That You Keep
 80年代の山下達郎と似たテイストを感じる「閉じたソウル」。リズム・ギターのカッティングなんて『For You』時代を彷彿とさせる。
 そうか、だから俺のツボにはまってるのか。今ごろ気がついた。





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