好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

Miles Davis

「ゴチャゴチャ言わんと聴かんかい」という音楽 - Miles Davis 『Get Up With It』

folder 1974年リリース、引退前最後のMilesバンド、1970年から74年にかけてレコーディングされた未発表曲のコンピレーション。後年になって評価が高まった電化マイルス期のスタジオ録音というのは、1972年の『On the Corner』までであり、それ以降の作品はすべてライブ録音である。そういえばそうだよな、改めて気づいた。
 多分、この時期のMilesはアルコールとドラッグによる慢性的な体調不良を抱えていたため、支払いが遅く時間の取られるスタジオ作業より、チャチャっと短時間で日銭の入るライブに重点を置いていたんじゃないかと思われる。野放図な当時の生活を維持するため、コロンビアのバンスもバカにならない金額になっていただろうし。
 とはいえ、まったくスタジオに入らなかったわけではない。この時期のセッションを収録したコンピレーションは、以前レビューした『Big Fun』もあるし、裏も表も含めて発掘された音源は、そこそこある。
 この時期のMilesセッションは、「長時間テープを回しっぱなしにして、後でスタジオ編集」というスタイルが確立していたため、マテリアルだけは膨大にあるのだ。それがまとまった形にならなかっただけであって。

 実際、収録されているのは、そのとっ散らかった72年から74年のセッションが中心となっており、70年のものは1曲だけ。その1曲が「Honky Tonk」なのだけど、メンツがまぁ豪華。John McLaughlin、Keith Jarrett、Herbie Hancockと、当時でも十分重量級だった面々が名を連ねており、これだけ聴きたくて買った人も相当いたんじゃないかと思われる。
 リリース当時は、酷評か黙殺かご乱心扱いだった『On the Corner』の布陣では、プロモーション的にちょっと引きが弱いので、無理やり突っ込んだんだろうな。Miles もコロンビアも、そのくらいは考えていそうだもの。

Miles Davis LA 1973 - Urve Kuusik

 前述したように、この時期のMilesのレコーディングは、1曲通しで演奏したテイクが完パケとなることが、ほぼなかった。『On the Corner』も『Jack Johnson』も『Bitches Brew』も、プロデューサーTeo Macero による神編集が施されて、どうにか商品として出荷できる形に仕上げられている。
 「テーマとアドリブ・パートの順繰りをざっくり決めて、チャチャっと何テイクかセッション、デキの良いモノを本テイクとする」、そんなジャズ・レコーディングのセオリーとは明らかに違う手法を確立したのがMilesであり、彼が生み出した功罪のひとつである。プレスティッジ時代に敢行した、超スパルタのマラソン・セッションを経て、既存の手法ではジャズの枠を超えられないことを悟ったMilesがたどり着いたのが、レコーディング設備をも楽器のひとつとして捉えるメソッドだった。当時のポピュラー・シーン全般においてもあまり見られなかった、偏執狂的なテープ編集やカットアップは、電化に移行しつつあったMilesとの相性が格別良かったと言える。

 メロディやテーマもコードも埋もれてしまう『On the Corner』で確立されたリズムの洪水は、セッションを重ねるごとにインフレ化し、次第にポリリズミカルなビートが主旋律となる。メインだったはずのトランペットの音色も、電化によって変調し増幅され、音の洪水に埋没してゆく。制御不能となったリズムに身を委ね、自ら構成パーツのひとつとなることを望むかのように。
 『On the Corner』までは、バンマスとしての役割を辛うじて果たしてはいたけど、これ以降のMilesは、自ら生み出したリズムの怪物に振り回され、侵食されてゆく過程を赤裸々に描いたと言ってもよい。
 「混沌をコントロールする」というのも妙な話だけれど、『On the Corner』期のセッションでは、そのヒントが得られたはずだった。JBやSlyによって発明されたリズムからインスパイアされ、メンバーにもファンクのレコードを繰り返し聴かせた、というエピソードが残っているように、新たな方向性を見出して邁進するMilesの昂揚感が刻まれている。

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 「じゃあ、さらにリズムのインフレを人為的に起こしたら、一体どうなるのか?」というフィールド・ワークが、いわばこの時期のライブであり、スタジオ・セッションである。エンドレスに続くリズム・アンサンブルから誘発されるグルーヴ感に対し、無調のメロディをカウンターとしてぶつける、というのが、当時のMilesのビジョンだったんじゃないかと思われる。
 大勢による複合リズムに対抗するわけだから、単純に音がデカい、またはインパクトの強い音色でなければならない。なので、Milesがエフェクターを多用するようになったのも腑に落ちる。もはや「'Round About Midnight」のような繊細なプレイでは、太刀打ちできないのだ。
 「俺のソロの時だけ、一旦ブレイクしろ」と命令も無意味で、それをやっちゃうと、サウンドのコンセプトがブレる。リーダーの一声で制御できるリズムなんて、Milesは求めていないのだ。
 強いアタック音を追求した結果、ギターのウェイトが大きくなるのも、これまた自然の流れである。ただ、Milesが求めるギター・サウンドは、一般的なプレイ・スタイルではなかった。かつてはあれだけお気に入りだったMcLaughlinの音でさえ、リズムの洪水の中では大人しすぎた。
 カッティングなんて、気の利いたものではない。弦を引っ掻き叩く、まるで古代の祝祭のごとく、暴力的な音の塊、そして礫。流麗さや優雅さとはまるで対極の、感情のうねりと咆哮-。

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 そんな流れの中では、どうしても分が悪くなるのが、ピアノを筆頭とした鍵盤系。アンプやエフェクトをかませてブーストできるドラムやギターの前では、エレピやオルガンは立場が薄くなりがちである。
 もう少しパワーのあるシンセだって、当時はモノフォニック中心で、スペック的には今とは段違い、ガラケーの着メロ程度のものだったため、あまりに分が悪すぎる。メロディ・パートの表現力において、ピアノは圧倒的な優位性を有してはいるけど、でも当時のMilesが求めていたのは、そういうものじゃなかったわけで。
 リズム志向とは別枠で、電化マイルスが並行して模索していたのが、Stockhausenにインスパイアされた現代音楽の方向性。メロディ楽器というより、一種の音源モジュールとしてオルガンを使用、自ら演奏しているのが、収録曲「Rated X」。ゾロアスターの教会音楽や二流ホラー映画のサントラとも形容できる、既存ジャズの範疇ではくくれない実験的な作品である。
 ただこういった使い方だと、いわゆるちゃんとしたピアニスト、KeithやHerbie、またChick Coreaだって使いづらい。言っちゃえば、単なるロング・トーンのコード弾きだし、いくらMilesの指示とはいえ、やりたがらないわな。

 「ジャズに名曲なし、名演あるのみ」という言葉があるように、ジャズの歴史は主に、プレイヤビリティ主導で形作られていった。すごく乱暴に言っちゃえば、オリジナル曲もスタンダード・ナンバーも、あくまでセッション進行の目安に過ぎず、プレイヤーのオリジナルな解釈やテクニック、またはアンサンブルが重視される、そんなジャンルである。
 スウィングの時代なら、口ずさみやすいメロディや、ダンスに適したノリ重視のサウンドで充分だったけど、モード・ジャズ辺りから芸術性が求められるようになる。「ミュージシャン」が「アーティスト」と呼ばれるようになり、単純なビートや旋律は、アップ・トゥ・デイトな音楽と見なされなくなっていった。
 時代を追うに従って、ジャズの芸術性は次第に高まっていった。そんな中でも先陣を切っていたのがMilesである。若手の積極的な起用によって、バッサバッサと道なき道を開拓していった。

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 ただ、ジャズという枠組みの中だけでは、新規開拓も限界がある。60年代に入ったあたりから、モダン・ジャズの伸びしろは頭打ちを迎えることとなる。
 プレイヤーの表現力や独創的な解釈に多くを頼っていたモダン・ジャズは、次第にテクニック重視と様式美に支配されるようになる。ロックやポップスが台頭する中、冗長なインタープレイと腕自慢がメインとなってしまったジャズは、すでに伝統芸能の領域に片足を突っ込んでいた。
 ヒップな存在であったはずのMilesが、そんなジャズの窮状に明確な危機感を感じたのが、ファンクの誕生だった。「-今までやってきた音楽では太刀打ちできない」、そう悟ったのだろう。
 いわば電化マイルスとは、既存ジャズへの自己否定とも言える。好き嫌いは別として、モード以降のジャズを作ったのがMilesであることは明確だし。

 これまでのジャズの人脈とはちょっと外れたミュージシャンを集め、冗長なアドリブ・パートを廃し、ひたすら反復リズムを刻むプレイに専念させる。そこにスター・プレイヤーや名演は必要ない。集団演奏によって誘発される、邪悪でデモーニッシュなグルーヴ。それが電化マイルスの基本ビジョンだったと言える。
 これまでジャズのフィールドにはなかった現代音楽やファンク、エスニックの要素を取り入れた、複合的なごった煮のリズムとビートの無限ループ。その音の洪水と同化しつつ、クールな頭脳を保ちながら最適なソロを挿し込む作業。その成果のひとつ、電化マイルスの第一の到達点が『On the Corner』だった。

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 じゃあ、その次は?
 Milesが隙間なく組み上げたサウンドとリズムの壁は、盤石なものだった。なので、あとはもう壊してゆくしかない。
 ただ、完璧に壊すためには、完璧に創り上げなければならない。もっとリズムを・もっと激しく。リズムのインフレの始まりである。
 こうなっちゃうと、もう何が何だか。どこが到達点なのかわからなくなる。
 -完璧なサウンドなんて、一体誰が決める?
 そりゃもちろんMilesだけど、そのジャッジはとても曖昧だ。ただでさえ、酒やドラッグで精神も脳もやられているため、朝令暮改が日常茶飯事になる。昨日言ったこと?ありゃナシだ。もう一回。
 未編集のまま放り出された録音テープが溜まりに溜まり、いつものTeoに丸投げするけど、もはや彼の手にも追えない。だって、あまりに脈絡が無さすぎるんだもの。どう繋いだり引き伸ばしたりしても、ひとつにまとめるのは無理ゲー過ぎ。

 なので、『On the Corner』以降の作品が、このようなコンピレーションかライブ編集モノばかりなのは、致し方ない面もある。逆に言えば『Get Up With It』、無理にコンセプチュアルにまとめることを放棄し、多彩な実験を無造作に詰め合わせたことによって、当時のMilesの苦悩ぶりが生々しく表現されている、といった見方もできる。
 誰もMilesに「ハイ、それまでよ」とは言えなかった。自ら崩壊の過程を線引きし、その線をなぞるように坂道を転げ落ち、最期のアガ・パンにおいて、志半ばで前のめりにぶっ倒れた。
 後ろ向きには倒れなかった。これが重要なところだ。試験に出るよ。





1. He Loved Him Madly
 1974年、ニューヨークで行われたセッション。レコーディング中、Duke Ellingtonの訃報の知らせを聞き、追悼の意を込めてプレイされた。そんな事情なので、ミステリアスな沼の底のような、地を這うようなサウンド。呪術的なMtumeのパーカッションと交差するように、ジャズと呼ぶにはオルタナティヴ過ぎなPete Coseyら3本のギター。ジャズとして受け止めるのではなく、かなりイっちゃったプログレとして捉えことも可能。あんまり抑揚のないプレイだけど、Pink Floydがジャズをやったらこんな感じ、と思えば、案外スッと入ってこれるんじゃないかと思われる。
 ちなみにMiles、前半はほぼオルガンに専念、後半になって浮遊感に満ちたワウワウ・ソロを披露している。

2. Maiysha
 一昨年話題となった、Robert Glasper & Erykah Baduコラボ曲の元ネタ。1.とほぼ同時期に行われた、カリプソ風味のセッション。またオルガンを弾いてるMiles。この頃、マイブームだったんだろうな。
 カバーだオリジナルだと区別する気はないけど、この曲においては、Glasperのアイディア勝ち。Erykah Baduもこういったコラボにお呼びがかかることが多いけど、シンガーに徹したことによって、変なエゴが抑えられて程よい感触。
 Milesが土台を作ってGlasperがコーディネート、彼女によって完成された、と言ってもいいくらい、渾身のクオリティ。漆黒の重さを求めるならオリジナルだけど、ポップな歌モノを求めるなら断然こっち。多分Miles、Betty Davisにこんな風に歌って欲しかったんじゃないか、と勝手に妄想。



3. Honky Tonk
 ジャズ・ミュージシャンがロックをやってみたら、こうなっちゃました的な、McLaughlinのためのトラック。一瞬だけスタメンだったAirto Moreiraのパーカッションが泥臭い風味で、単調になりがちなサウンドにアクセントをつけている。まだ電化の発展途上だった70年のレコーディングなので、Milesもオーソドックスなプレイ。彼が思うところの「ロック」はブルースに大きく寄っており、ジミヘンの出すサウンドに傾倒していたことが窺える。
 そんな感じなので、KeithとHerbieの影はとてつもなく薄い。どこにいる?

4. Rated X
 「人力ドラムン・ベース」と俺が勝手に評している、キャリアきっての問題作。要はそういうことなんだよな。ジャズというジャンルからとことん離れようとすると、ここまで行き着いちゃうってことで。テクノと教会音楽が正面衝突して癒着してしまったような、唯一無二の音楽。無限リズムの中を徘徊し、気の赴くままオルガンをプレイするMiles。本職なら選びそうもないコードやフレーズを放り込みまくっている。



5. Calypso Frelimo
 カリプソとネーミングされてるため、享楽的なトラックと思ってしまうけど、実際に出てくる音は重量級のファンク。『On the Corner』リリース後間もなくのセッションのため、余韻がハンパない。なので、ワウワウを効かせまくったMilesのプレイも至極真っ当。このタッチを深く掘り下げる途もあったはずなのだけど、サウンドの追及の末、ペットの音色さえ余計に思うようになってしまう。

6. Red China Blues
 1972年録音、珍しい名前でCornell Dupree (G)が参加、ドロドロのブルース・ナンバー。ハーモニカはうなってるし、ホーン・セクションもR&B風。「へぇ、よくできまんなぁ」と絶賛したいところだけど、誰もMilesにオーソドックスなブルースは求めていないのだった。ギターで弾くフレーズをトランペットで鳴らしているあたり、こういった方向性も模索していたんだろうけど、まぁそんなに面白くはない。自分でもそう思って、ボツにしちゃったんだろうな。

7. Mtume
 レコードで言うD面は人名シリーズ。タイトル通り、パーカッションをフィーチャーしたアフロチックなナンバー。もはやまともなソロ・パートはなく、引っかかるリフを刻むギター、そしてパーカッションの連打連打連打。
で、Milesは?存在感は薄いけど、最後の3分間、ビートを切り裂くようなオルガンの悲鳴。さすがフレーズの入れどころがわかってらっしゃる。

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8. Billy Preston
 あのBilly Preston。Beatles 『Let it Be』で一躍脚光を浴びた、あのBilly Prestonである。ソウル好きの人なら、「Syreetaとコラボした人」と思ってるかもしれない。でもこのセッションBlly Prestonは参加してないという不思議。どこいった?Bille Preston。
 曲自体はミドル・テンポの軽めのファンク。このアルバムの中では比較的リズムも安定しており、Milesも真っ当なプレイ。あ、こんな言い方じゃダメだな、電化が真っ当じゃないみたいだし。





 

「俺の欲しい音わかるよな?」と脅して作らせた音楽 - Miles Davis 『Tutu』

_SX355_ Milesが辿ってきた音楽的変遷というのは、要は「どれだけジャズというジャンルから逃がれられるか」の軌跡である。既存の枠にカテゴライズされることを忌み嫌い、「俺自身がジャンルだ」と気を吐くのは昔からのことで。やっぱJBとかぶるよな、こういうとこって。
 とはいえ、本人がどう思おうが、Milesはどこまでもジャズの人である。ビバップ以降のジャズの可能性を広げたのは、どうしたってこの人だし。

 30年もの間、所属していたコロンビアは基本、彼をジャズのカテゴリで売り出し続け、5年のブランクを置いての復帰後も、これまで通り、快く迎え入れた。何の問題もない。彼はすでに生きる伝説だった。
 80年代のコロンビア・ジャズは、20代の若手主導による新伝承派と、70年代残党によるフュージョン/クロスオーバーとが主力で、それらのオピニオン・リーダーとなっていたのがWynton Marsalis とHerbie Hancock だった。
 ポピュラー界全体でも、まだ一般的ではなかったスクラッチと無限変速のダンス・ビートによって、大きなインパクトを与えた「Rockit」の成功は、商業的にも大きな成功をもたらした。その基本は、70年代からのジャズ・ファンク〜R&B路線をアップデートさせたものだが、市場のニーズと彼の嗜好とがうまくシンクロした結果である。
 Herbieの優れた点は、そういった大衆路線と並行して、VSOPでスタンダード路線もしっかり押さえていたところ。『Future Shock』だけなら単なるご乱心だけど、「伝統的な4ビートだって忘れてないんだぜ」的な二面性を保つことによって、保守派ジャズ・ファンからも一目置かれるポジションをキープしていた。
 対して、先祖返りのモード・ジャズの再発掘とされる新伝承派もまた、保守派ジャズ・ファンの間では安定した人気を誇っていた。Wyntonに並ぶスター・プレイヤーの不在によって、フュージョン一派ほどポピュラーな存在ではなかったけど、成長株として評価はされていたし、特に日本での人気は高かった。

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 で、そんな状況下でMilesに求められていたこと。コロンビアとしては、どっしり構えたレジェンドとして、悠然たるモード・ジャズをやってもらいたかった、というのが正直なところ。若手の総元締めとして、新伝承派のルーツを演じてもらいたかったのだ。
 完全にドラッグから足を洗ったわけではなく、体だってボロボロだったから、今さら新しい音楽なんてできるわけないし。言ってしまえば、金のために復帰したんだし、それならそれで、過去の遺産でお茶を濁したって、誰も責めやしない。それだけのことをやってきた人だし、二流のミュージシャンの新作よりは、ずっと出来だっていいはず。
 でも、そうじゃなかった。
 帝王は常に「その次」を見続けていた。

 モード・ジャズもフュージョンも、すべてはMilesが最初に始めたものであり、主義として過去を振り返らない彼が、今さら手をつけるものではなかった。帝王にとって最高傑作とは、常に次回作だ。
 -なんで俺が、二番煎じの片棒担がなきゃなんねぇんだ?
 きっとそう思っていたことだろう。
 混沌を未整理の状態で表現した最高峰が『アガ・パン』だとして、果たしてそれが多くの聴き手に理解できたかといえば、正直難しいところ。『On the Corner』は好きな俺も、『アガ・パン』は最後まで通して聴けたことがない。
 その混沌としたジャズ・ファンクの素材を整理・加工し、コンテンポラリーな商品としてマーケットに流通させることが、80年代Milesのコンセプトだったと言える。

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 セッション中、テープを回しっぱなしにして、不協和音スレスレのハーモニーや変速リズムが録音された素材を編集、どうにか商品の形にまとめていたのが、プロデューサーTeo Maceroだった。特に電化以降のMilesがコンスタントにアルバムをリリースできたのは、彼の巧みなテープ編集技に依るものが大きい。
 ただ復帰後のMilesは、よりコンテンポラリーな方向性を求め、職人肌のTeoとは次第に距離を置くようになる。自らの仕切りによる漫然としたセッションに見切りをつけ、バックトラックの外注化を推し進めたのが80年代である。70年代のジャズ・ファンク路線を踏襲しながら、まとめきれなくなった音の洪水を整理し純化する作業を、まだ20代のMarcus Millerに委ねることとなる。

 もともとフュージョンのGRPを入り口としてこの世界に入ったMarcus が、すでに過去の偉人扱いだったMilesのバック・カタログをどれだけ聴き込んでいたかは疑問だけど、MIDI機材を駆使したアップ・トゥ・デイトなサウンドを具現化できる彼のスキルは、得がたいものだった。
 Miles思うところのモダンなサウンドを作らせ、最後に朗々としたミュート・ソロを入れたらできあがり。『Star People』も『You're Under Arrest』も『Decoy』も、Miles自身はサウンド・メイキングに何ら関与していない。多少は口出ししたかもしれないけど、ほぼ「Marcus 思うところのMiles的サウンド」で構成されている。「Time After Time」も「Human Nature」も「Perfect Way」も、Milesが「これやりてぇ」とつぶやいたら、「かしこまりっ」てな具合で、きっちりパッケージングしてくれる。
 何かと使い勝手の良い男である。

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 でもしかし。
 Milesのそんな先進性は、コロンビア的には歓迎すべきものではなかった。
 何も新しいものなんか期待していない。ただ普通に、「Round About Midnight」や「Birth of Cool」だけやってもらえれば、営業戦略的にはよかったのだ。
 伝統芸能としての古典ジャズがあり、その頂点に位置するMiles。大御所たるもの、安易に目先の流行に惑わされものではない。静かなる水面のごとく、数年に一度、悠然かつ堂々とした正攻法の4ビートを奏でてくれればよい。営業サイドも、内心そう思っていたはずで。
 なのに、何だあの野郎、毎年毎年アルバム作りやがって、そんなんじゃレア感出ないじゃないの。時代に合わせたサウンドなんて、もっと若手に任せときゃいいものを、帝王がそんなチャラい音楽やってどうすんの?
 コロンビアとしては、そこまでフットワークの軽い活動は望んでなかったはずだ。だって、バック・カタログのリイッシューやボックス・セットで十分ペイできるんだし。

 当時のMilesへのインタビューを読めばわかるけど、ベルリン・フィルとの共演企画に始まる、とにかく権威づけして神棚に祀っておきたいコロンビアの思惑が、帝王との方向性のズレを示唆している。
 復帰以降では、最も突出してプログレッシブな内容の『Aura』のリリースに難色を示したコロンビアに憤慨したMilesは、ワーナーに移籍してMiles的オリジナルの探求、そして存命中には叶わなかったポップ・スターとしてのポジションを追い求めることになる。
 コロンビアの立場に立って考えると、まぁ別に気張らなくたって安定したセールスは見込めるんだし、何もそんなシャカリキにならなくてもいいんじゃね?と思っていても不思議はない。時々アニバーサリー的な作品を出して、あとはベストかアーカイブで凌いでくれた方が、レコーディング経費もかからないわけだし。
 なまじ覚醒しちゃったベテランの手綱を操るのは、容易ではない。ジャズから離れようとしながら、同時にジャズ界のイノベーターでもあろうとするMilesの、そこがめんどくさいところで。

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 で、再度Marcus を呼びつけて、「俺の言ってることわかるよな?」的に恫喝、バックトラックを全部丸投げして一気に作らせたのが、この『Tutu』。方法論としては、『Star People』 以降と大きな変化はない。
 コンセプトメイカーとしてのMilesの感性は、時代の変遷で風化するものではないけど、サウンドメイカーとして見るのなら、ちょっと評価は違ってくる。その辺はやっぱ年の功もあって、時代に即したサウンドを単独で作るには、ちょっとムリがある。
 Cyndi LauperやScritti Polittiなど、ポピュラー・ヒットへの着眼点は眼を見張るものがあるけど、それに比したサウンドを作るとなると、話はまた別になる。だからこそ、Marcus のような存在が必要なわけで。
 ソロイストとしてのスキルを極めるより、集団演奏によるトータル・サウンドの空間演出に力を注いできたのが、コロンビア以降のMilesである。スペシャリストによるアンサンブルも、フェアライトで緻密に組み立てられたシンセ・サウンドも、要はMilesのミュートを引き立たせるための大掛かりな演出なのだ。
 最後の一筆を入れるがごとく、完成されたバックトラックの隙間を縫うように、ペットの音色を吹き込むMiles。トラックの隙間を埋めるのは、単なるペットの音色ではなく、長い余白と余韻の如く、サウンドを切り取るブレスだ。
 綿密に構築された喧騒の中、そっと射し込まれる沈黙。
 行間に「意味」を吹き込むMiles的ジャズ・ファンクの最終形である。


Tutu
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1. Tutu
 まさかジャズの、しかもMilesのアルバムでオーケストラ・ヒットを聴くとは思いもしなかった。でもそこ以外はスロウな大人のジャジーなファンク。

2. Tomaas
 この曲のみ、MilesとMarcusの共作名義となっているけど、本当の主役はOmar Hakim。世代が近いだけあって、Marcusとのコンビネーションも絶妙。どちらも複雑かつバラバラなリズム・アレンジなのに、さらにその上を行ってMilesが俺様状態で引っ掻き回すものだから、結局のところはうまく着地点を見つけているという、何とも変な曲。

3. Portia
 ちょっぴり切なく感傷的な音色を奏でるMilesだけど、やたらリズムのエッジが立っているため、メロウさはあまり感じられない。逆か、ほとんどリズムだけのサウンドにMilesが泣きのフレーズをぶち込んでいるのか。ドラム・マシンの音がデモ段階っぽく粗めに聴こえるけど、その辺はミスマッチ感を誘っているのか。

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4. Splatch
 ややコミカルさもある、打倒Harbie的、リズムライクなファンク・チューン。3.同様、いま聴くとドラムの音がショボいのだけど、変則リズムを際立たせるには、音色は逆にシンプルな方がいいのだろうな、と今になって思う。

5. Backyard Ritual
 この曲のみ、George Dukeのプロダクションによるもの。かなりジャズ臭さが抜けて、フュージョン寄りのバックトラックは、Milesの今後の方向性を示唆することになる。もちろん、正面切ってのフュージョンじゃないけどね。ここでの聴きどころはGeorgeではなく、Marcusのバス・クラリネット。軽いリズム・アレンジの中で地表スレスレを這うかのように重い響きは、わかっていてもちょっとドキッとする。

6. Perfect Way 
 流行りモノの中でもちょっとはマシだと思ってフィーチャーしたのかと思ってたら、なんとこの後、彼らのアルバムにゲスト参加するくらいだから、よほどGreenのプロダクションが気に入っていたのだろう。一応、何年かに一度の再評価はあるけれど、寡作ゆえ80年代と共にフェードアウトしていったScritti Polittiを、色眼鏡抜きで相応の評価をしていたのは、音楽「だけ」を視るMlesらしいエピソードではある。しかし、これをレパートリーに入れちゃうんだから、新しモノ好きでもあったんだろうな。



7. Don't Lose Your Mind
 シモンズの高速フィル・インを交えた、レゲエをベースとしたナンバー。この曲など特にそうだけど、Marcusのサウンド・メイキングの秀逸な点は緩急のつけ方。御大がソロを入れそうな「音の隙間」をきちんと作っている。スッと滑り込ませるようにフィーチャーされるMilesのソロ。でも、それも計算のうちなのだ。

8. Full Nelson
 アパルトヘイトへの批判を訴えたプロジェクト「Sun City」への参加を経て、インスパイアを受けたNelson Mandelaをテーマとしたナンバー。オープニングはギター・カッティングをメインとしたどファンクで、当時、レコーディング参加が噂されていたPrinceからのインスパイアも感じられる。12インチ・シングルとしてリリースされているくらいなので、ごく一部ではダンス・チューンとしての需要もあったと思われる。
 Milesとしては、ダンス・フロアでのリスニング・スタイルを求めていたんだろうな。





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電気を使って何が悪い? - Miles Davis『Miles in the Sky』

folder 前回取り上げたGainsbourgが、「晩年のレコーディングはほぼ若手に投げっぱなしだった」と書いたけど、ジャズの場合はそれどころじゃないくらい、もっとアバウトだった。簡単なコード進行とアドリブの順番、テーマのフレーズを決めてチョコッと音合わせすると、もうとっとと本番である。何テイクか録ってしまえばハイ終了、その場でギャラを受け取って解散である。
 場合によっては、レギュラー・バンドに匿名のゲストが参加する場合がある。お呼ばれしたはいいけど、契約の関係で大っぴらに名前が出せず、適当なニックネームにしたりなんかして。実質、リーダーシップを奮ったレコーディングにもかかわらず、これまた契約のしがらみでメイン・クレジットにすると何かと面倒なため、苦肉の策で他メンバー名義のリーダー・アルバムとしてリリースしたりなんかして。そんな経緯を経て世に出してみたところ、思いのほか好評だった挙句、遂には稀代の名盤として後世に伝わってしまったのが『Somethin' Else』。

 60年代半ばくらいまでのジャズ/ポピュラーのレコーディングといえば、大部分が一発録り、個別パートごとのレコーディングは技術的に難しかった。ほんの少しのミス・トーン/ミス・タッチですべてがオジャン、最初からやり直しになってしまうため、現場の緊張感はハンパないものだった。
 今のように安易にリテイクできる環境ではなかったため、当時のミュージシャンは「失敗しない」高い演奏レベルが求められた。当然、そんな迫真のプレイを記録するエンジニアも、下手こいたら袋叩きに合っても文句が言えず、自然と技術スキルが向上していった。マイクの立て方や位置、針飛び寸前まで上げるピーク・レベルの調整具合など、ちょっとした加減ひとつで仕上がりが変わってしまうため、こちらもシビアにならざるを得なかった。
 60年代後半から、マルチ・トラックによるレコーディングが大きな革命をもたらし、パートごとのリテイクやダビング、ベスト・テイクの切り貼りといった新技術が出てくるようになる。楽器や機材の進歩によって、ミュージシャンの表現力の幅も広がってゆくのと同様、エンジニア側も録音機材の技術革新によって、単なるオペレーターにとどまらず、アーティスティックな視点によるレコーディングを志すようになる。

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 作詞作曲を行なうコンポーザーがイニシアチブを執るロックやポップスと違って、ジャズの場合、プレイヤーが楽曲の出来を大きく左右する。楽譜で細かく指定された他のポピュラー音楽と比べて、アドリブやインタープレイなどの不確定要素がかなりの割合を占めているため、テイクごとに演奏内容が全然違ってしまう場合も多々ある。ただ違っているだけではなく、没テイクと判断されたモノでさえ、のちに発掘されて名プレイ扱いされてしまうケースが多いのも、ジャズというジャンル固有の特徴である。
 そんな未使用テイクの需要が多いのもジャズ・ファンの大きな特徴で、やたら詳細な演奏データや未発表テイクの発掘リリースなど、何かとマニアックに掘り下げるユーザーが多い。John ColtraneやCharlie Parker なんて、未だにオフィシャルでもブートでも新音源が発掘されているし。
 マニア以外からすれば、ほとんど見分けもつかないフレーズの違いを「歴史的大発見」と称して悦に入るなど、ちょっと着いていけない感覚はカルト宗教的でさえある。
 書いてて気づいたけど、これって近年の鉄道マニアとロジックが似ているのかな。

 で、同じく発掘音源やブートのリリースが未だ尽きないのがMiles。キャリアの長さも手伝って、彼もまた大量のテープ素材を残している。前述2名の音源が、主にライブやメディア出演をソースとしているのに対し、マルチ・レコーディング時代にも精力的に活動していたMilesの場合、未発表スタジオ・セッションの音源も多数残されている。
 どうせ編集で何とかなるんだから、とにかくテープを回して片っ端から録音し、後はプロデューサーTheo Macero に丸投げ、というパターンがめちゃめちゃ多い。逆に言えば彼の場合、頭からケツまで通して演奏された楽曲が、そのまま商品化されることは極めて少ない。エフェクトやらカットアップやら、何かしらスタジオ・ブースでの加工が施されているのが、60年代以降のMiles Musicの特徴である。

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 ただこういった特徴も、「Miles Davis」という多面体を構成するひとつの側面に過ぎない。違う見地で言えば、レコードに記録されたテイクとはあくまでかりそめのものであり、いわば発展途上における中間報告に過ぎない。商品化テイクをベースにライブを重ねることによって完成に近づいてゆく、というのもまた、Milesに限らずジャズという音楽の真理のひとつ。
 ライブにおける偶然性やハプニングが、ジャズの先鋭性を後押ししていたことは歴史が証明しているけど、50年代ハード・バップによって一応のフォーマットが完成してからは、そのラジカリズムに翳りが生じ始める。
 安定した4ビートと順次持ち回りのアドリブ・プレイは、次第にステレオタイプとしてルーティン化してゆく。何となく先読みできる展開を内包した様式美は、マス・イメージとしてのジャズを伝えるには有効ではあったけれど、未知なる刺激を求めるすれっからしのユーザーにとっては、満足できるものではなかった。目ざとくヒップな若者がロックへ流れてしまうのは、自然の摂理である。

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 そんな自家中毒にはまり込んだジャズに見切りをつけ、「俺は次に行っちまうぞ」と言い放ったのが、この『Miles in the Sky』。特に声高く宣言したわけじゃないけど、旧態依然としたジャズにしがみついているプレイヤーやファンを置き去りにした、ターニング・ポイントとなった作品である。
 モードやシーツ・オブ・サウンド以降、方向性で足踏みしていたモダン・ジャズ、60年代に入ってからは、ロックやポップスにポピュラー・ミュージックの王座を追われて久しかった。黒人音楽というカテゴリーに限定しても、モータウンに代表されるライトなポップ・ソウル、クリエイティヴ面においてもJBやSlyらによるファンク勢への対抗策を打ち出せずにいた。
 それでも、クリエイティビティに前向きな若手アーティストによる、ソウル・ジャズやフリー・ジャズなどの新たな潮流が芽生えてもいたのだけど、その流れは極めて限定的なものだった。その嵐の勢いは、「ジャズ」というちっぽけな器の中で収まってしまうものでしかなかった。シーン全体を巻き込む、大きな流れには育たなかった。
 そんな小手先の変化がまた、Milesの不遜さに拍車をかけた。申し訳程度にソウルのリズムを取り入れたって急ごしらえでは底が浅く、いかにも借り物的なまがい物感が拭えなかった。
 過去のジャズを壊すプレイ?とっくの昔にくたびれたジャンルを壊すって、一体どうやって?ちょっと押せば崩れ落ちるようなものだよ、ちっとも前向きじゃないじゃん。
 もっと強力に、シーン全体を揺らがすほどのインパクトがないとダメなんだって。

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 60年代Milesサウンドのパーマネント・メンバーだったのが、Wayne Shorter (ts) 、Herbie Hancock (p) 、Ron Carter (b) 、Tonny Williams (d) らによる、通称「黄金のクインテット」。当時はほとんど無名だった彼らが中心となって、ていうか帝王のスパルタ・トレーニングについて来れた、選ばれし精鋭である。
 当初は従来のモダン・ジャズの枠内で、アンサンブルの完成度を高めていったMilesバンド。時代を経るにつれて、前述のポピュラー・ミュージック環境の変化に刺激され、遂にはアコースティックからエレクトリック楽器へのコンバートを指向するようになる。まメンバーは全員いい顔をしなかったため、最終的にはMilesの力技が勝つのだけれど。
 ただ最初からMiles自身、エレクトリック化への移行に関して明確なビジョンがあったわけではない。変化は段階を経て緩やかに、そして機を見て唐突に実行された。
 「電気を使って何が悪い?俺が演奏すりゃ、ぜんぶMiles Musicだ」。

 電化Miles第一のピークとされている『Bitches Brew』において使用機材のコンバートが完了し、それ以降のサウンドは、リズムの解体とスピリチュアリズムとが同時進行していくことになる。最終到達点である『アガ=パン』においては、不可知論が支配するカオスな状況が自己崩壊を引き起こすのだけど、それに比べてここでのプレイは、「楽器変えてみました」程度の素朴な実験にとどまっている。
 アコースティックに片足を突っ込んだまま、試行錯誤の跡が克明に記録されているのでまだ帝王としてのスタンスを確立していなかったMilesの葛藤が窺える。まぁ本人に聴いても、悩んでるだなんて、絶対口にしないだろうけどさ。
 「俺の最高傑作?それは次回作さ」。
 この言葉に込められているように、完成された作品なんて、ひとつもない。
 彼にとって、過去のアルバムはすべて、そんな過渡期の記録である。

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1. Stuff
 ほんの少しのフィル・イン以外は踏み外すこともない、単調な8ビートを刻むTony。ただ当然だけど、これまでより手数が多くなった分、曲全体のスピード感は旧来ジャズにはなかったもの。6分近くなってから繰り出されるMilesのソロは、ジャズ・マナーに沿った力強いブロウ。Ronのベースは…、アップライトから持ち替えて間もない分、まだ慣れてないんだろうな。音も小さいし、あまり目立ってない。
 力強いMilesのプレイは時空を超えてエモーショナルなプレイ。これ以降はここまでオーソドックスな力強さは見せなくなってしまう。続くWayneのソロは一聴するとColtraneの影響下から抜け出てなさそうだけど、後半に行くにつれてリズムが変調、そこにうまく合わせるテクニックの妙が楽しめる。
 Herbieのソロは正直面白くないのだけど、サイドに回ってる時のアクセント・フレーズにスケール感の大きさがにじみ出ている。やっぱりジャズだけに収まる人じゃないんだよな。
 エレクトリックといってもまだ手探りの状態だったため、従来ジャズと比べてそこまでの差別化ができているとは言い難い。後半のTonyのハイハット・プレイなんて、電化とはまったく関係ないし。むしろ、その後のリズム解体に向けてのプロローグとして受け止めた方がわかりやすい。



2. Paraphernalia
 『Miles in the Sky』のレコーディングは、主に1968年5月15~17日に行なわれたセッションを素材としているのだけれど、この曲のみ同年1月の録音となっている。
 OKテイクではGeorge Benson (g)が参加しているのだけれど、ほんとはJoe Beckを起用したかったらしい。実際、スタジオにも姿を見せたとか見せなかったとか、証言はいろいろあるけれど、なぜかしらこの時はBensonをフィーチャーしたかった理由でもあったのか。
 作曲したのがWayneのため、必然的に彼のパートが多い。俺的にはソロイストとしてのWayneはあまりピンと来ないので、引き付けられるのはどうしても他のプレイヤーになってしまう。とは言ってもBensonの影が薄すぎて、正直存在意義がちょっとわかりかねる。特別大きくフィーチャーされてるわけでもなし、目立ったフレーズを弾いてるわけでもない。一体、彼に何を求めていたのか、それともこういった起用法が意図だったのか。
 どちらにせよこれ以降、彼はMilesセッションにはお呼びがかからなかったのだから、深入りする前じゃなくて良かったと思われる。

3. Black Comedy
 なので、変に新機軸を求めるのではなく、従来のフィールドできっちりまとめたこの曲を聴いてしまうと、なんか安心してしまう。1.と違って決して進歩的ではないけれど、4ビート・ジャズの規定フォーマットの中で存分に発揮されるクリエイティヴィティは、安定したクオリティである。
 ここまで探り探りなフレージングだったWayneも、生き生きとしたプレイを見せている。不慣れなエレピからアコースティックにチェンジしたHerbieも、オーソドックスにピアノの限界を引き出すようなプレイを見せている。
 実験的な試みを敢行する反面、従来ジャズの深化という点において、つい熱くなってしまう佳曲。

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4. Country Son
 デキシー・ジャズみたいな音色はトランペットではなく、コルネットによるもの。激しい4ビート~静寂なワルツ~ロッケンな8ビートとリズムが目ぐるましく変化する、ある意味Tonyが主導権を握ったナンバー。
 こういった曲を聴いてると、やはりジャズとはリズムがすべてを支配するのだな、と改めて思い知らされる。どれだけ流麗かつキャッチーなフレーズをつま弾こうとも、繊細かつ大胆なハイハット・ワーク、強烈なバスドラの響きの前では無力だ。自在のリズム感覚を操るTonyが、長らくMilesの参謀として鎮座していたのも頷ける。
 ここではまだ手探りではあったけれど、自身の音楽を先に進めるためには、未知のリズム・パターンが必要であることを、本能的に見抜いていたのだろう。


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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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