folder 1985年リリース12枚目のオリジナル・アルバム。ファンも、そして恐らく本人もあまり気にしていないだろうけど、ビルボード最高63位をマーク。もともとチャートを賑わすようなサービス精神は皆無な人のため、ファンもまたそういった展開は望んでいない節がある。「まぁ次のアルバムが出せるくらいに売れてれば、それでいいんじゃね?」的な認識である。
 なので、これだけ売れてればひと安心だし、まかり間違ってMTVでヘビロテになっちゃったりしたら、それはそれでなんか複雑な心境になってしまう。
 取り敢えずは、アメリカの音楽チャートにまだ良心が残っていた時代の作品である。

 一般的にJoniの代表作と言えば70年代に集中しており、amazonをはじめ、どこのレビューでもその時代の作品が多い。ジャズ/フュージョン時代の総決算となったライブ・アルバム『Shadows and Light』以降のアルバムは触れられる機会も少ない。
 そんな中、80年代洋楽世代の俺としては、リアルタイムで出会った最初のJoniがこれなので、思い入れは強い。もちろん追体験として70年代の作品も聴いたのだけど、ファースト・インパクトが強かった分もあって、どうしてもこの作品が基準となってしまう。50代以下はそういった人が多いはず。

 そのきっかけとなったのが渋谷陽一。NKH-FM金曜の「サウンド・ストリート」で聴いたのが最初だった。当時ロキノン厨だった俺にとって、ベテランから話題の新譜からZEPまで幅広い選曲を誇る彼のラジオは重要な情報源だった。軽妙かつちょっと胡散臭い渋谷のトークと、同じく胡散臭いながらも編集スタッフの熱気が感じられるロキノン・レビューに煽られて、次の日に俺は駅前の貸しレコード屋に向かったのだった。
 当時流行っていたエレポップのサウンド・フォーマットを使いながらも、キャッチーなメロディやフレーズはなく、決して取っつきやすいモノではなかった。ただお金のない十代だったため、「どうにか元を取ろう」という気概を持って何度も聴き続けていると、不思議と馴染んでしまうものである。朗々としたメロディ、ハスキー・ヴォイスと若干ミスマッチなエレポップ・サウンドも次第に気に入ってしまい、その後も何年かに一度は聴いていた。

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 とは言っても、ロキノンや渋谷が万能だったわけではない。金欠だった高校生の予算は当然潤沢ではなく、その限られた条件の中でラジオを聴き、ほんと穴が開くまで記事・レビューを読み漁った上で、購入or貸しレコを選択しなければならなかった。
 当然、吟味に吟味を重ねた末、実際聴いてみるとハズレだったモノも数えきれない。いまだにBauhausを筆頭としたゴシック系は退屈で苦手だし、ポスト・パンクの流れにあるCureもそれほど響かなかった。なので、一回聴いたきりで売っぱらっちゃたレコードやCD、すぐに上書き消去してしまったカセット・テープは数えきれない。
 でも、ほんとに好きな音楽を探すためには、そうやってひとつずつ自分の耳で確かめていかないとダメなのだ。メディアはあくまで目安のひとつであって、盲信するは自分の感性が成熟していない証拠である。

 前作『Wild Things Run Fast』からその傾向はあったのだけど、この『Dog Eat Dog』はこれまでの路線から大きく方向転換、中庸なコンテンポラリー・サウンドに基づいた音作りを志向している。これまでは各プレイヤーのアドリブ/ソロなど、バッキングとの絶妙なコラボレーションによってひとつの音世界を創り出していたわけだけど、主にThomas Dolbyがディレクションした今回のサウンドは、プレイヤーのテクニカルなエゴを引っ込め、Joniのヴォーカルを強調した作りになっている。
 ヴォーカルさえもサウンド構成パーツのひとつという考え方はSteely Danに通ずるものがあるのだけれど、いち早くそこから脱却し、敢えて無機的なシンセの音色を使ってどこまでエモーショナルな響きを演出できるか―、それがJoniの新しい挑戦である。
 新たなサウンド・スタイルの影響は作曲やヴォーカル・スタイルにも影響しており、独得の揺れを醸し出していたメロディは帰結点がまとめられ、シンセ・サウンドとの親和性が高い。下手するとトウの立ったLinda RonstadtのようなソフトAOR 的サウンドになっている。

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 前々作『Shadows and Light』でジャズ/フュージョン路線にひとまず区切りを打ったJoni 、次に打ち出したコンセプトがMOR的大人のロック的サウンドなのだけど、この変節は何だったのか。
 『Court and Spark』のレビューでも書いたように、その時付き合ってる男の音楽性次第でスタイルが変わってしまう人、それがJoni Mitchellである。こうして書いてみると、なんか「彼氏の影響で興味を持ちました♡」的なヤンキー少女と大差ないような気もするけど、根っこは少女性を持ってる人なので、そこら辺は世界共通である。
 もちろんアーティストとしてのコアな部分は不変なのだけど、この変化はそういったメンタル面だけのものではなく、レーベル移籍というビジネス面の変化も大きく影響している。

 80年代のロック好きな人なら大抵「ゲフィン・レコード」というキーワードを聞いたことがあるはず。1980年に設立されたばかりの新興レーベルだったにもかかわらず、今じゃ考えられないくらいの豪華メンツを擁していた。毎週トップ・チャートに誰かしら所属アーティストが入っているのは当たり前、タワレコで石を投げるとゲフィンのアーティストに当たるというくらいの快進撃だった。なにしろレーベル設立初のヒット・アルバムがJohn Lennon 『Double Fantasy』だったということからも、その破竹の勢いぶりは窺える。
 もちろんこんなモンスター・レーベルが一朝一夕にできたわけではなく、もともとは中堅レーベルのアサイラムのオーナーDavid GeffenがDon HenleyやElton Johnら旧知の大物アーティストに声をかけてできたのが基盤となっている。
 こう書いてみると、まるでGeffenが恩知らず的に見えてしまうけど、実はそのアサイラムも親会社アトランティックがGeffenと共同出資してできた会社であり、Laura NyroやCrosby, Stills, Nash & Youngらのマネジメントによって功績を収めたGeffenをどうにか引き留めるために設立されたようなもの。アトランティックの経営介入はそれほどではなかったと思われるけど、心理的にヒモ付きの環境から抜け出そうとするのは、充分独り立ちできる人間としては当たり前のことである。

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 そのようにコンセプトが明快なレーベル・オーナーの勢いに影響されたのか、それよりも移籍のきっかけとなった当時のパートナーLarry Kleinの影響が強かったせいもあって、Joniもこれまでの作風と様変わり、より一層コンテンポラリー路線を強く打ち出している。
 よく言われるようにJoniの場合、変則チューニングによるギター・プレイ/作曲によって、他のポピュラー音楽とは質感の違った旋律・構成が多いのだけど、今回はシンセサイザーでの作曲も多かったせいもあって、比較的オーソドックスなメロディ・ラインになっている。もちろん独特の譜割りによってオリジナリティあふれる響きになっているのだけど、アサイラム時代の作品よりはメロディがくっきり浮き出た作りになっている。
 それともうひとつ、これまでは大まかなコード進行だけを決めてフリー・スタイルのジャム・セッションでベーシック・トラックを作っていたのだけど、ここではJoni、リズム・セクションをレコーディングした後にスタジオ・ワーク中心で作り込んで行くという、近代マルチ・レコーディングの基本セオリーに則って製作したため、ごく一般の80年代サウンドと遜色ない音作りになっている。

 その急激なサウンドの変化は、中島みゆきで言うところの「ご乱心時代」ともリンクすると勝手に思っているのは俺だけだけど、80年代というテクノロジーの劇的な進歩とは、真摯なミュージシャンであるほど切実な問題であり、乗り越えて行かなければならない道程だったのだろうか。
 みゆきの場合もそうだったけど、Joniもまた新たなサウンド・フォーマットを形作ることが目的化してしまって、本来の独自性が充分に打ち出せていないことも事実。不慣れなハイテク機材の使いこなしを飲み込むことで精一杯だったため、ある意味過渡期だったことは後年Joniも認めている。
 ただ、本来の意味でプログレッシヴなアーティストがルーティンに収まることを良しとせず、敢えて違った表現方法に挑む過程を生々しく見せてゆくことは、よほど自信がないとできないことである。もちろん他のアーティストに比べるとアベレージは充分クリアしているのだけど、そもそもその設定ラインがまるで違うのだ。
 芸術とは、すべてが均質な工業製品ではない。いびつな所やデコボコはあれど、それもまた個性であり独自性である。その歪みさえも創作過程としてさらけ出してしまうところが、Joniが孤高のアーティストとして活動してし続けられる所以である。


Dog Eat Dog
Dog Eat Dog
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Joni Mitchell
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1. Good Friends
 ゲート・エコーを使用したクドいドラムの音だけど、きちんとアタック音が聴こえるのは、録音の秀逸さとFrank Zappaのバンドでも叩いていたVincent Colaiutaのテクニックから来るもの。Michael Landauが刻むリズム・ギターは、これまでにはないほどロック寄りのフレーズ。
 デュエットと呼ぶには少し引っ込み過ぎな、時々聴こえる男性ヴォーカルはご存知Michael McDonald。この頃の彼はヒット・メーカーとして第一線を突っ走っていたけど、Joniに指名されると断れない、そういった性格。
 アルバム・リリースとほぼ同時にシングル・カットされ、本国カナダのAORチャートでは12位、アメリカでも総合82位まで上昇した。いい感じでAORになってるオープニング。



2. Fiction 
 アフロビートを思わせるColaiutaのドラムはサンプリングにもかかわらず、どこまでも重い。ドライブ感あふれるロック・ビートは、これまでのジャズ/フュージョン系の軽やかさとは明らかに違っている。中盤のハンマー・ビートは腹に響くほど強烈だけど、まるで語りのように呟くJoniの歌声は、バックの強靭なサウンドにも決して負けてない。音量を絞ったヴォーカルが掻き消されないで聴こえるのは、丁寧に施されたミックスの妙もあるけど、それよりもきちんとしたヴォーカリゼーションであることの証し。

3. The Three Great Stimulants
 「サウンド・ストリート」で最初に聴いたのがこの曲で、俺的にJoniとのファースト・コンタクト。いま聴いてみるとオーソドックスな構成のシンプルなバラードなのだけど、奥行きを感じさせるドラム処理と空間を埋めるシンセ、細かく配置されたエフェクト類が80年代的で、ヒット・チャートに馴染んだ耳には入り込みやすいサウンドだった。
 ただ、普通のヒット曲とはどこか違う―。それが強く心に残った。なので、今でも時おり引っぱり出して聴いてしまうナンバー。シングルで切ってもよかったんじゃないかと思う。



4. Tax Free
 珍しくエモーショナルに歌い上げるようなヴォーカルを聴かせるJoniがいる、と思ってクレジットを見ると、バック・ヴォーカル陣はとんでもない豪華なメンツ。
 1.で参加のMichaelの他に、同じゲフィン仲間のDon Henley、当時Michaelの奥さんだったAmy Hollandは順当としても、とっくの昔に別れたはずのJames Taylorも参加している。この人はずっと後になってCarole Kingともリサイタルを行なっているくらいなので、どうやら昔から都合の良い男扱いされてたらしい。
 メロディ・ラインもJoniにしてはキャッチーで口ずさみやすいので、シングル・カットされなかったことが悔やまれる。話題性を考えれば、全然アリだったのに。

5. Smokin (Empty, Try Another)
 ベーシックな部分は前作『Wild Things Run Fast』のアウトテイクだったらしく、その時にエフェクト素材として録音した旧式のタバコ自販機を操作する音をサンプリング、基本リズムとして使用している。それをバックにJoniの多重コーラス「Try Another」というフレーズが延々ループする、このAOR的アルバムの中では比較的異端なナンバー。アサイラム時代なら、普通に馴染んでたはずだけど。。
 ほぼワン・コードで構成されているけど1分程度のブリッジ的な小品なので、冗長さは感じられない。Steve Lukatherがギターで参加してるそうだけど、正直「どこにいるの?」的な扱い。むしろLarry Kleinのベース・プレイの方が光っている。

6. Dog Eat Dog
 直訳すると「共喰い」。最初このアルバム・ジャケットを見た時は、Joniが野犬に襲われてるように見えていたけど、俺自身年を取ってからは、逆に獰猛な野犬達に崇め奉られ、熱狂のさ中にあるシャーマン的佇まいのJoniが見える。死に至るまで表現を続けなければならない、ディーヴァとしての宿命なのか。
 楽曲的には、ライブでも充分インパクトを与えられそうなスタジアム・ロック仕様。こういったサウンドがJoni思うところのメジャー路線だったのだろうけど、拳を振り上げるJoniはここでしか見られない。Larryにそそのかされちゃった極端な実例がこれ。

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7. Shiny Toys
 でもやるんだったらトコトン突き詰めていかないと気が済まないのが、この世代の特徴。Joniに限らず北米のシンガ・ーソングライターはほぼ誰もがみな、80年代サウンドの象徴である打ち込みサウンドとシーケンス・リズム、不自然な響きのゲート・リバーブに翻弄された。ちょっと真面目なアーティストなら誰しも、DX7系のプリセット・サウンドに身を委ねなければならない、という脅迫観念に囚われていたのだ。
 シングル・カットされたこの曲、Joniにとっては最初で最後の「エクステンデット・ダンス・ミックス」なるものが制作されている。ちなみここでもDonとJamesがコーラス参加。どちらも便利屋的な扱いなのは、Joniには逆らえないから。

8. Ethiopia
 5.同様、この曲もアルバム・コンセプトからはちょっと浮いており、フュージョン・テイストが強い。Thomas Dolbyのプロダクションは強く反映されてはいるけど、もともとの楽曲の骨格がJoniの作風を色濃く反映しており、彼女のイニシアチヴが強い。
 エフェクト的に使われる木管系はなんと尺八、演奏はカズ・マツイという人によるもの。プロフィールを見るとアメリカを中心に活動しており、共演アーティストには錚々たる名前が並んでいるのだけれど、日本においてはピアニスト松居慶子の夫という程度の扱い。ニューエイジ系の人なので、よくわからん。

9. Impossible Dreamer
 サウンドの雰囲気からして、小ぢんまりとしたセッションから生まれたような曲。パーカッション担当のMichael Fisherのソフトな響きはThomasのサウンドとの相性が良い。シンガー・ソングライター的なムードと遠くから聴こえるソプラノ・サックスが気怠い夕暮れ時を思わせ、心地よいAORだよなぁと思ってたらWayne Shorterだった。こちらもJoniとの相性はバツグン。



10. Lucky Girl
 この曲で顕著なように、今回のJoniがこれまでにないくらいリズム・アレンジに執心だったことがわかる。フュージョンの流れから生まれた変拍子と、コンテンポラリーなサウンドとの融合。いびつではあるけれど、調和を求めているわけではない。引っかかりこそが独創性であり、アートである。浮遊感あふれるメロディは宙を舞い、9.に引き続き参加のShorterのむせび泣きと絡まり合い、そして煙のようにいつの間に消える。




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