好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

Godley & Creme

永遠に続く(はずだった)夏休みの自由研究 - Godley & Creme 『Goodbye Blue Sky』

folder 80年代UKのダンス・ポップ・シーンを牽引したプロデューサー Trevor Hornが先日、来日公演を行なった。日本のアイドル9nineに楽曲を提供、その流れでサマソニに出演してステージで共演を果たしちゃうという、何だか80年代バブル期のような展開。荻野目ちゃんや菊池桃子など、アイドルの海外レコーディングがやたら流行っていた時代があったのだ。確か本田美奈子も、Bryan Mayとレコーディングしてたもんな。
 彼のバンドProducersには、盟友Geoff Downesも時々参加しているため、オリジナル楽曲以外にも、BugglesやYesのナンバーもレパートリーに組み込まれている。なので、往年の80年代サウンド・ファンからの支持も厚い。
 で、そんなセットリストに必ず組み込まれているのが、「I'm Not in Love」。
 元10cc、Godley & CremeのLol Cremeが、正式メンバーとして名を連ねていたのだった。

 一応、「元」とつけたけど、実のところは彼ら、正式な解散表明をしているわけではない。正確に言えば、長い長い活動休止状態が続いている状態である。
 MTV創世記から、PoliceやFrankie Goes to Hollywoodらを始め、数々の独創的なMVを製作、映像作家としてカリスマ的な人気を誇るに至った。それと並行して、本業においても、ミリセコンド単位のピッチにこだわったオーバーダビングや、おもちゃ箱をひっくり返したような箱庭ポップ・サウンドが、コアなポップ・マニアから強く支持された。
 地味ではあるけれど、XTC 〜 Todd Rundgrenとシンクロするファン層を持ち、要するにひどくニッチなターゲットをピンポイントでつつく活動を行なっていた。UKだけで10万枚売るのはちょっとキツイけど、5000人のディープなファンを20か国で獲得するのなら、もう少しハードルは低くなる。ワールドワイドな活動というのは、そういったものだ。
 とはいえ、『Goodbye Blue Sky』リリース後の彼らの音楽活動は次第にフェードアウト、同じくMV制作も少なくなってゆく。

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 しばらく音沙汰がないまま90年代に入り、次に彼らの名前を聞いたのは、再結成された10ccだった。
 1987年にリリースされた、10cc & Godley & Creme のベスト・アルバム『Changing Faces』のセールスが好調だったため、主要メンバーのEric Stewart とGraham Gouldmanに、10cc再結成のオファーが舞い込んだ。当時、Gouldmanは自身のバンドWaxで活動していたため、リユニオンは一旦、流れてしまう。ただ、そのWaxがセールス不振によって、1990年に解散してしまう。そのタイミングをレコード会社は逃さなかった。
 Paul McCartneyのサポートをメインとしていたStewartもまた、ちょうど体が空いていたおかげもあって、そこから10ccリユニオンは進められた。
 もともと『Changing Faces』から始まった企画だったため、セールスの裏付けとして、Godley & Cremeにも声がかかるのは、いわば当然の流れ。とはいえ、90年代に入ってからの彼らは活動休止中、いわば看板のみ残された状態だった。ていうかここ数年、互いの顔も見たくないというくらい、関係性は悪化していた。
 クリエイティブな動機ではなく、コンセプトとしては後ろ向きの企画なので、モチベーションが上げらないのもまた、当然の流れである。今さらそんなレトロ・バンドに付き合う義理も未練もない。晩節だって汚しまくりである。
 最終的には「オリジナル10cc組の友情にほだされて」という建前になっているけど、そんなのは後付けで設定されたエピソードであって、実際のところはそんなフワッとした動機ではない。
 実情はもっと生臭い。

 最後のオリジナル・アルバム『Goodbye Blue Sky』の完パケ後、コンビでの作業に限界を感じていた彼らは、徐々に活動を停滞させてゆく。普通に考えれば、ここで区切りをつけるために、解散という流れになるのだけれど、当事者のみの思惑だけで事が運ばないのが、音楽業界の闇である。
 彼らが明確な解散を宣言せず、曖昧な開店休業という途を選んだのは、ひとことで言っちゃえば「契約」に基づくところ。詳細は不明だけど、Godley & Cremeとしてのアルバムリリース制契約が複数枚残っていたため、彼らは建前上では「活動継続中」だった。
 契約が残っていたにもかかわらず、依然として活動再開の意思が見えない彼らに対し、早期の契約満了を促すため、10ccへの参加をオファーした、というのが真相である。

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 純粋なクリエイティヴィティではなく、あくまでビジネスライクな再結成だったため、当然モチベーションが上がるはずもない。10cc時代も含めて、あれだけサウンドに凝りまくった彼らだったけど、ここではほぼ全曲コーラスのみの参加、Godleyが1曲ヴォーカルを取るくらいで、ほとんどお客さん状態である。もともとStewart & Gouldman組のデモをベースとして作業が進められたこともあって、Godley & Creme組の要素はほとんど感じられない。実質的に純10ccのアルバムである。
 ポップ馬鹿好きがメディアで持ち上げたため、日本ではそこそこ売れた『Meanwhile』 だったけど、世界的には思っていたほどの盛り上がりにはならなかった。『Changing Faces』の先を待望していたファンは、その出来に満足しなかった。
 全盛期の10ccは、「ポップ・センス」の要素を担うStewart & Gouldman組と、「密室性 & 毒」の要素を持つGodley & Creme組との有機反応が、独自のオリジナリティを創り上げていたのだけど、ここではほぼ前者がイニシアチヴを握っていたため、いまいちキレの悪い仕上がりとなってしまった。要は「古センスのエレポップ」。
 取り敢えず顔出ししただけ、名前貸しだけの立場で参加したGodley & Creme組にとって、再結成10ccとは、単なる契約履行義務でしかなく、売れる・売れないはどうでもよいことだった。下手に売れちゃうと、活動を継続していかなければならず、それはそれでまためんどくさくなるわけで。
 まぁ何はともあれ、契約は果たした。もう、法的に縛られることもない。
 人間関係的にも、そして法的にも、Godly & Cremeというユニットはこの時点で消滅した。

 『Meanwhile』後、Godley はGouldmanと組んでミニ・アルバムを製作、その後は大人向けの絵本や他のアーティストをプロデュースしたり、もっぱら裏方的なポジションで活動していたようだけど、最近になって、「初のソロ・アルバムをリリース予定」という情報をゲットした。
 オフィシャル・サイトによると、音源はすでに完パケしてるけど、リリースの目途が立たないらしく、クラウド・ファウンディング方式で資金を募っている。アルバム・アートワークもできあがってるんだから、サンプルくらい公開すればいいのに、現時点では見当がつかない。
 サイトで公開されている近年のアーカイブから予想するに、シンプルな打ち込み音源をバックに、黒っぽさのまるでない不安定かつ流麗なメロディ・タイプの楽曲が中心となると思われる。本人コメントいわく、全曲インスト、3~5分サイズの楽曲が収められているらしけど、そこまで情報公開するなら、ちょっとは聴かせろよ、と言いたい。

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 Lol Creme は『Meanwhile』リリース後、旧10ccメンバーとは距離を置いて、なぜだかTravor Hornと合流、その後、現在に至るまで彼の右腕として、レコーディングやライブ・サポートに欠かせない存在となっていく。再結成Art of Noiseにも参加、冒頭のサマソニ出演を果たしただけでなく、つい最近、NHK-BSで放送されたProducersライブによって、動く姿が確認されたことは記憶に新しい。
 もはやアーティスト固有の創作意欲や自己顕示欲なんてのは薄れてしまい、今となってはTravor の横で、申し訳程度に「I'm Not in Love」でフィーチャーされる程度。しかも、もともとメイン・ヴォーカルだったわけではないので、隅っこでキーボードを弾く程度の扱いで。
 なんでここまでぞんざいな扱いをされてまで、Travor に付き合わなければならないのか。大きな弱みでも握られているのか、それとも大きな借金でもあるのかと、こちらが余計な心配までしてしまうくらいである。
 どちらにしろ、2人とも別々の道を歩んでいるため、再び合流することはなさそうである。

 彼らのサウンドの特徴として用いられる常套句として、「マニアックに作り込んだ密室ポップ」という言葉がよく使われるけど、そのサウンドを構成するツールは、最新テクノロジーを駆使したものではなく、むしろ手垢にまみれた旧来の手法を深く掘り下げたものである。
 「ギターで延々と続く連続音を出したい」という発想から製作されたアタッチメント「ギズモ」や、累計ダビング数624に及ぶ多重コーラスの「I'm Not in Love」など、むしろ原始的なメソッドに沿ったサウンド・メイキングが、彼らの持ち味である。一聴してサンプリングに聴こえるのも、ほとんどは人力による鬼テープ編集の賜物だし。

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 小学生の夏休みの自由研究で、時々、大人顔負けのクオリティの作品を出す子供がいる。やたら細分化された昆虫標本や、めちゃめちゃ凝ったピタゴラスイッチとか。
 限られたおこづかいの中で創意工夫を凝らし、ありあまる時間をふんだんに使うことによって、それらの作品は時にとんでもないクオリティに昇華する。時間的効率とは切り離せない大人の作業とは、そもそもプロセスが違っている。
 Godley & Crèmeの作品もまた、そんな小学生らの課題とシンクロする部分が多い。
 彼らにとってレコーディング・スタジオとは、永遠に夏休みの課題を作り続ける場だったのだ。

 これまでとは毛色の違うサウンド構造を持つ『Goodbye Blue Sky』、カントリーやゴスペル、オールド・タイプのロックンロールなど、ここにきてアメリカナイズされたサウンドが主に収録されている。リード楽器として、ハーモニカが多くフィーチャーされているため、一聴すると「なんか違う」感が強いけど、これまでとは構成ツールが違ってるだけで、本質は一貫している。
 周到に重ねられた多重コーラス、妙にクリアに響くハープの音色。こだわりぬいた録音とミックスによって、どのパートもクッキリした音質で、メイン・ヴォーカル以外はすべてフラットなレベルに揃えられている。なので、どこか変。アンサンブルから誘発されるグルーヴ感が、バッサリ切り取られているのだ。
 「アメリカ音楽への憧憬」という既成の意匠を用いながら、ここで鳴っている音から、ノスタルジーや郷愁といった想いは伝わってこない。一聴するとオードソックスなフォーマットだけど、次第に英国人特有の皮肉や屈折が滲み出てくる、どうにも違和感ありまくりのサウンドなのだ。
 屈折したアイディアを屈折した形で表現するのは、むしろ当たり前である。そんなことは彼ら、今まで散々やってきた。
 ここで行なわれているのは、これまでの録音偏執狂のメソッドを存分に発揮しながら、すごく手間ヒマかけてオーソドックスなサウンドを構築するという、壮大な実験だ。

 そういった「縛り」でも設定しないと、レコーディング作業へ向かうことはできなかったのだろう。実際、2人そろってスタジオに入ることも、ほとんどなかったみたいだし。
 コンセプトという観点から見れば、ここまで屈折した密室ポップ・サウンドは存在しない。
 アルバム単体を好きかどうかは別として、Godley & Creme という壮大な作品のラストとして捉えれば、締めくくりとして相応しいアルバムではある。


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1. H.E.A.V.E.N. / A Little Piece of Heaven
 ゲスト・ヴォーカル3名によるスケール感たっぷりなアカペラに続き、躁的に明るく脳天気なカントリー調ポップ。UKではかすりもしなかったけど、なぜかオランダでは最高15位をマーク。彼らのレコーディングを象徴するような、まるで切り貼りのようなPVが印象的だった。「ポッパーズMTV」で見たのを思い出す。



2. Don't Set Fire (To the One I Love) 
 軽快なゴスペル調ポップ。ソウル・レビューへのオマージュなのか、「I Can't Turn You Loose」のフレーズも聴こえてくるけど、ちっともソウルっぽさが感じられないのは、やっぱ英国人だから。でもそのあからさまなフェイクっぽさこそが、彼らの狙いなのだ。

3. Golden Rings
 ハープシコードっぽい響きのギターとカズーがフィーチャーされた、ミドル・テンポのゴスペル・チューン。どの曲もそうだけど、コーラス各パートがクリアにセパレートされているため、団子状に一丸となったグルーヴ感は少ない。そこが違和感なのだけど、彼らのコンセプト的にはそれで正しい。

4. Crime & Punishment
 直訳で「罪と罰」というくらいだから、テーマ的にも重い。このアルバムの中ではもっともダークな色合いとなっている分、逆に既存ファンにとってはなじみ深いサウンドになってしまう、というパラドックス。神、そして自身との内的対話という命題は、プロテスタントとしての業なのだろうか。
 あんまり目立たないけど、やっぱりハーモニカとコーラスはねじ込んでくるんだな。

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5. The Big Bang
 一転して、Little Richardsばりのロックンロール。Godle & Crème という枠を取っ払ってしまえば、しっかり作り込まれながらもドライブ感も真空パックされているロック・チューンだと思う。
 彼らにとっては、これもまたひとつの側面でしかないけれど、「ヴァーチャル」というテーマでもって、往年のオールディーズを再構築する、といった試みもアリだったのでは?まぁ今さら言ってもね。

6. 10,000 Angels
 一応、現役時代のGodley & Crème としては最後のシングル・カットとなっているのだけれど、チャートインはせず。
 開拓時代のアメリカを意識したサウンドとなっており、ハリウッドの西部劇を想起させる掛け声や疾走感などはうまく再現されている。
 もともとこのアルバムの制作自体、彼らが監督する西部劇映画のサウンドトラックという趣向ですすめられていたのだけど、映画の企画は頓挫してアルバムだけが残ったという形だけあって、その名残りが色濃く残っているのが、このナンバーである。

7. Sweet Memory
 かなり歌寄りのメロディによって、既存ファンにも人気の高いミドル・バラード。これまでギズモやドラム・マシンによって飾られたエフェクト類が、ここではハーモニカとゴスペル調コーラスに取って変わられている。本文でも書いたように、構成ツールが違うだけで、本質は変わってない。
 と、理屈ではそうだけど、やっぱ感触は違うよね。

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8. Airforce One
 ここからラストまでは連続したテーマ、組曲として構成されている。密室ポップとしての真骨頂だ。
 タイトルが示すのは、もちろん大統領専用機。そこに積まれているのは核ミサイル。どこへ向かおうとしているのか。

9. The Last Page of History
 ややブルース・テイストの混じったホワイト・ゴスペルで歌われるのは、核ミサイルが落ちた後の混乱。はるか遠くに見えるキノコ雲を目にして思うのは、「テレビの撮影かと思った」という非現実感。その後の湾岸戦争でのテレビ中継を予見するかのように、サウンドはあくまで脳天気なヤンキーっぽさに満ち溢れている。
 やっぱ性格悪いよな、英国人って。

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10. Desperate Times
 「絶望の時」。
 核戦争後の荒廃した世界における一条の光を、これまでになくエモーショナルに歌い上げるGodley。切なくむせび泣くハーモニカも、ここでは熱情的に響く。かすかな希望を讃えるかのように、大団円のコーラスにも熱がこもっている。



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そういえばまだいた、イギリスが産んだポップ馬鹿 - Godley & Creme 『The History Mix Vol.1』

folder いま現在のGodley & Cremeの評価というのはもっぱら先鋭的な音楽性について取り上げられたものが多い。大抵形容詞的に使われているのが、「密室ポップの伝道師」やら「ギター用アタッチメントGizmoの開発者」やら、一風変わったポップ馬鹿的な扱い。
 もともとが変態ポップ・バンド10ccの変態エフェクト担当だったこともあって、オーソドックスなポップ志向だったGraham Gouldman、Eric Stewartと袂を分かったのも、そういった変態性を追求していきたかったから。

 ロック通史においてはそうなのだけど、MTV全盛の80年代を通過してきた俺世代にとって、Godly & Cremeとは断然、先鋭的な映像クリエイターとしての印象が強い。
 一番有名なのはやはりPolice、特に『Synchronicity』以降からStingソロまでの一連の作品群。今回改めてビデオグラフィーを調べてみて、「え、これも作ってたの?」とビックリしちゃったのが、Herbie Hancock “Rock It”とBeatles “Real Love”。言われてみれば、どっちも同じ感じだよな。
 当時の最先端CG技術を駆使して手間ヒマかけたものから、シンプルで飾り気はないけど、それでいて恐ろしくスタイリッシュなものまで、とにかくバリエーションの幅は広い。

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 MTV全盛期に多かったのが、映画並みの予算をかけたことを謳い文句にしたPV。考えてみればこれって、映画本編に対してのコンプレックスの裏返しなのだけど、ただの宣伝用映像が映画のクオリティにまで近づいたのだと言いたげに、やたらとストーリー性を重視したドラマ仕立てになったり、曲本編よりドラマ部分が長尺になった作品も現れた。
 イントロが始まるまでに陳腐な小芝居が続き、しかもそれが大抵、とてつもなくつまらない。予算自体はそれなりにあるけど、映画界にコンプレックスを持つスタッフが多かったせいもあって、変な芸術性や作家性が前面に出ちゃってるケースもあった。なので、テーマとは乖離した映像が延々と続き、本来の目的である楽曲がただのBGMになってしまったことも多かった。
 ヘヴィメタ/ハード・ロック系によく見られる傾向として、やたらパツキンの女性がビキニ姿で大勢現れる、それに囲まれてロックン・ロール・ライフを満喫するアーティスト、そんな女性らに振り回されて最後はフラれてしまう、というまぁよくあるロマンティック・コメディ的なプロットは定番だった。
 ワン・アイディアながら、「そうきたか」的に秀逸だったa-ha ”Take on Me”のような作品も稀にはあったけど、その多くは映画の延長線上の映像であり、肝心の音楽を蔑ろにしている粗製乱造の作品が多かった。

 そんな中、彼ら2人がディレクションした作品はアーティストからの評判も良く、今でも充分鑑賞に堪えうるクオリティをキープしている。これは基本、職業的映像作家ではなく、自らが現役アーティストという立場からの目線で、音楽をメインに据えた映像制作を心掛けているのが大きい。
 映像畑出身のディレクターだと中途半端な作家性が抑えきれず、それが楽曲コンセプトとのズレとなってしまうのだけど、彼らにとってサウンドをメインに据えるのは当たり前のことである。なので、彼らの制作したPVはどれもオーディオ・ビジュアルとのシンクロ率が高く、評判が評判を呼んで、アーティストから直接のオファーも多かった。
 なので、自分たちのメインの活動にまで手が回らなくなってゆき、音楽制作は次第に疎かになっていった。80年代はむしろ、映像面での評価の方が高い。

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 で、肝心の音楽作品。最初に書いたように、かなり趣味性に走った実験的ポップ志向が多い。ていうか、はっきり言ってしまうとスタジオ遊びの延長線上の作品が多い。彼らの音楽の形容として、よく「おもちゃ箱をひっくり返したようなサウンド」という表現が用いられるけど、正確に言えば「箱」ではなく、「おもちゃ」そのものを分解して組み立てて、それを繰り返した末、何だか正体不明のモノができちゃった的な、好奇心と探求心の塊のようなサウンドである。
 「ここのコーラス、ギターとユニゾンさせてみよう」「このフレーズ無限ループしてみよう」「もう原形わかんないくらいエフェクトかけてみよう」「このリズム・ボックスの電圧いじったらどうなるんだろう?」ってな具合。
 要はスタジオに籠ってチマチマ機材をいじってるのが好きなだけなのだ。何しろ、あの”I’m Not In Love”をほぼ人力で創り上げてしまった2人である。
 考えてみれば、この人たちのライブって聴いたことがない。昔からブートでも流出した話を聴かないので、多分ほとんどやったことがないのだろう。素材がオーディオかビジュアルかの違いだけで、スタジオでやってることはほとんど変わらない。

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 で、キャリアの一旦ひと区切りといった感じだったのか、久し振りにスタジオ・ワークに本腰を入れて作ったのがこれ。A面がこれまでリリースした曲のリミックス・メドレー、B面がシングル・コレクションという構成なので、まぁ今で言うところのリミックス・ベスト・アルバム(そのまんまか)。
 純粋な新曲が入ってないのは、多分スケジュールの都合も考えられるけど、そのほとんどの時間はこのA面リミックス・メドレーで費やされたんじゃないかと思われる。MIDI黎明期だった当時でも、すでにフェアライトなどのサンプリング機材は普及しており、特に彼らのようなスタジオ・ワーク・メインのアーティストならその辺も熟知していたはずなのに、相変わらずの人力作業、昔ながらのテープの切り貼り作業で作られている。当時の機材の進化は飛躍的だったはずで、初リリース当時よりも効率良く高クオリティの作品が作れるはずなのに、相変わらずのチマチマ振りは変わっていない。
 乱暴な言い方をすると、メイン・コンテンツであるリミックスと、既存のシングルの寄せ集めであり、アルバム至上主義の人間からすれば邪道なのだけれど、考えてみればハズレ曲なしのお買い得盤という見方もできる。


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1. Wet Rubber Soup / Cry 
 10ccを含む全キャリアを俯瞰したベスト盤的メドレー。"Rubber Bullets"、” Life is a Minestrone”、”I’m Not in Love”を軸として、当時のトレンドだったヒップホップ「的」(あくまで「的」、一生懸命勉強しましたよ的な理系的グルーヴは感じられる)リズムを各曲を繋ぐブリッジとして使用している。クレジットはされていないのだけど、冒頭のナレーションやエフェクトなど、細かな素材をデビュー・アルバム『Consequences』他、ほぼすべてのアルバムからちょっとずつ借用している。
 大量のマテリアルを凝縮し構成するため、この曲だけで当時の売れっ子プロデューサーを3名も贅沢に使用(Trevor Horn、Nigel Gray、J. J. Jeczalik)、3週間かけてサンプリングやらテープの切り貼りやら時たま実験などを駆使して、そこにさらに”Cry”を無理やり合体させて、18分の大作が出来上がった。
 ここまで作り込まれたトラックだと、もはや出来不出来をとやかく言うのは無粋で、「よくやったよねぇ」と引きつり顔でねぎらうしかない問答無用の力作である。DTM機材が格安で揃う現代において、これらを模倣することは技術的にた易いけど、それでもここまで偏執狂的なセンスでまとめ上げることは至難の業だ。
 これと同じコンセプトで、日本ではムーンライダーズが結成10周年記念シングルで挑戦しているのだけど(”夏の日のオーガズム“)、彼らの場合、ニュー・ウェイブを通過しているだけあって、アイディアは光っているのだけど、トラックの繋ぎなど、細かな点においてはやや粗雑さが見え隠れする。ただこれだけの複雑なトラックをライブで披露しているのは(一部テープ使用)意地だったのだろう。

Godley++Creme+Cry+-+PS+94048

 "Cry"の有名なPVの衝撃は、同年代ならきっと誰もが記憶に残っているはず。世界中の人々が歌いながら徐々に表情が変わり骨格が変わり年齢が変わり性別が変わってゆくという、こうやって書いてしまうと単純なアイディアなのだけれど、それをワンショット固定カメラで実際に映像にしてしまったのは、やはり彼らの最大の功績である。「どうやって作ってるんだ、これ?」と言って欲しいがために作ってしまった、まさしく理系型アーティストの究極の到達点でもある。
 そんな風に思った人が多かったのか、彼らGodley & Cremeの代表曲であり、最大のヒット曲でもある(UK19位US16位)。
 ちなみに、このスタイルをもっとアクティヴにして、もっと物量と予算をかけて作り上げたのが、かのMichael Jackson “Black & White”である。
 


2. Light Me Up
 このアルバム中、唯一書き下ろされた新曲。彼らの場合、どのトラックにおいてもそうなのだけど、録音がとてもうまいというのか、どのパートの楽器も音量にかかわらずしっかり明瞭に聴こえるのが特徴。
 悪い例を挙げるとTodd Rundgren、この人なんかはとにかくアイディアを全部詰め込みたいがため、すべてのトラックに音を入れたくて仕方なく、しかもアナログ・レコードの収録時間ギリギリになるほどの長尺になることが多く、結果すべての音はコンプかけまくり、レコード内周に近い後半の曲など音が潰れまくりである。
 それに引き替えエンジニア的な側面も持つこの2人、そういった音質面にはとてもデリケートである。勢い一発で録りまくるアメリカ人と、細部をネチネチ作り込みたがるイギリス人との国民性の違いなのだろうか。

3. An Englishman in New York
 同名異曲で有名なStingのヴァージョンがシリアスなスタンスだったのに対し、こちらはもっとウィットに富んだ世界観。Monty Python的なコーラス、ピンク・パンサーのフレーズも飛び出してくるので、”Cry”の次に人気の高い曲である。
 1978年リリース『Freeze Frame』に収録され、後にシングル・カットされたのだけど、初期~中期Beatlesとの一連の仕事で名を挙げたエンジニアNorman Smithが参加している。彼らにとっては伝説の職人との仕事で浮き足立ったことだろうと思われる。浮き足立った勢いだったのか、この曲で初めてPV作りを体験、記念すべき監督デビューとなっている。
 


4. Save a Mountain For Me
 テクノ・ポップ調の小品は、1983年リリース『Birds of Prey』の先行シングルとしてが初出。ここでは彼らの特徴である多重コーラスが特に炸裂、インドのボリウッド的サウンドの先駆けというのか、Beatles ”Tomorrow Never Knows”をもっと冗談っぽくしたコーラス・アレンジが、意外に現代にもマッチしている。

5. Golden Boy
 1984年シングルのみのリリース。こちらも基本4.と同じサウンド・デザインなのだけど、やはり面白いのがPV。彼らの秀逸なPVがほぼそうであるように、こちらもオープン・リールを効果的に使ったワン・アイディアもの。非常にシンプルな作りなのだけど、見てるとクセになってずっと見入ってしまう種類の映像である。ぜひPVで見てほしい。
 





 世界中でそこそこ売れたのと、やはり”Cry”効果なのかセールスの息が長く、リマスター・再発の繰り返しによって様々なヴァージョンが存在するこのアルバム。今回は俺が一番最初に駅前の貸しレコード店でレンタルしたアナログ輸入盤をベースに書いてみた。追加収録曲やエクストラ・トラックも存在する盤もあるけど、やはり最初に聴いたヴァージョンが一番しっくり来る。

 この後、彼らはレイド・バックしたアルバムを1枚リリースした後、コンビ自然消滅の流れになるのだけど、それはもうちょっとだけ後の話になる。それはまた後日。



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北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
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