1995年リリース、コステロ2枚目のカバー・アルバム。もともと雑食の音楽ユーザーだったコステロ、デビュー間もなくからジャンルにこだわらないカバー曲を多数発表していた人である。カバー曲集といえば、カントリー曲をまとめた『Almost Blue』があったけど、ここではジャンルに制限を設けず、ロックからブルース、ソウルなど、影響を受けた曲、またバンドでプレイしたい楽曲でまとめている。
リリース時のインフォメーションではこのアルバム、「Vol.1」と称されていた。「近い将来、Vol.2も製作予定」ということになっていたのだったけど、いつの間に立ち消えとなったっぽい。
アーティストの言葉って、あんまり鵜呑みにしちゃいけないよね。大滝詠一はその辺、常習犯、ていうか、確信犯だったし。
後になって、ライノからリリースされた2枚組デラックス・エディションにおいて、未発表・既発表曲が大量に追加されたので、実質、これで落とし前はつけた、と強引に解釈していいんじゃないだろうか。今後、カバー曲集をリリースしたとしても、今さら「これがVol.2だ」って言われても、なんか興醒めだし。
ちなみにコステロ、レコーディング音源はどうにかアーカイブ化されてはいるのだけれど、ライブのみでカバーしてる楽曲も大量にあり、そこまで網羅すると、さらに膨大な数になる。権利がややこしそうでリリースは難しい、プリンスの「Pop Life」カバーなんて珍品も、いまはYouTube に転がっていたりする。興味のある人はググってみて。
ワーナーとのワールド契約一発目ということもあって、『Spike』は丁寧なディレクションで制作された。これまでのように、勢いで一気呵成でレコーディングするのではなく、時期と場所を変え、複数のセッションを組み合わせる手法を取った。
当時、US19位と好成績を収め、後に「とくダネ!」オープニングに使用されて、日本でも知名度爆上げとなった「Veronica」のようなパワーポップ・タイプもあれば、エモーショナルなディープ・ソウル「Deep Dark Truthful the Mirror」など、収録曲は幅広いジャンルに及んでいた。ビギナー向けに敷居の低い大衆性と、コア・ユーザーも満足させるクオリティの高さは、中期の名盤として、今も評価は高い。
『Spike』大ヒット御礼に浮かれる間もなく、1990年のコステロは、次作に向けての準備を進めていた。ライブやプロモーション活動など、表立った活動も最小限に抑え、次作『Mighty Like a Rose』の構想を練っていた。
当初、『Mighty Like a Rose』は、解散状態だったアトラクションズとのレコーディングを軸にする予定だった。気まずい沈黙と、絶え間ない舌打ちとが飛び交った『Blood & Chocolate』のセッションを最後に、バンドは空中分解していた。
10年以上も活動を共にしたこともあって、演奏面やアンサンブルの組み立ては問題なかったけど、それ以上にマンネリ化による対人関係の悪化が深刻となっていた。なので、あの時点で一旦リセットとなったのは、避けられない事態だった。
あれから数年経ち、他メンバーもそれぞれ、音楽業界で別のキャリアを築いていた。ほど良い冷却期間を経たことによって、再結成にはいい頃合いだった。
音楽的にも人間の器的にも、互いに成長したこともあって、レベルの上がったアトラクションズとのプレイができるはずだった。そんな確信を持っていたのが、1990年のコステロだった。
その段取りと並行して、ここ数年、活動を共にしていたバック・バンドRude 5とのラフなセッションをまとめたのが、『Kojack Variety』である。なので、書き下ろし曲をまとめたオリジナル・アルバムとは違い、選曲も段取りも思いつき、気心知れた仲間とのユルい演奏が主体となっている。
『Spike』セッションを終え、メンバーそれぞれが次の仕事が決まっていたため、Rude 5は解散することになった。自ら飛び込んだRCAの売れ筋パワー・ポップ路線で玉砕し、身も心も打ちひしがれて単身アメリカに渡ったコステロにとって、彼らと過ごした日々は、特別の想いがあった。
遡ること5年前、『King of America』のレコーディング・メンバーを中心に、Rude 5は結成された。70年代のプレスリーのバッキングを務めたジェリー・シェフを筆頭に、演奏力・実績とも申し分ないメンツが、アトラクションズ以降のコステロを支えていた。
彼らとのコンビネーションは申し分ないものではあったけれど、コステロ自身、同じメンツで似た内容のアルバムを続けて作る気もなかった。メンバーのほとんどがコステロより世代が上だったこともあって、バンド内の衝突もほとんどなく、解散についての話し合いは紳士的に行なわれた。
「ちょっと念入りなサウンド・チェック」とも言える、ラフな設定で行なわれたセッションだけど、参加メンバーがどれもレジェンド級、または百戦錬磨の手練ればかりのため、演奏は安定している。コード進行だけ決めて通しでリハーサル、ソロ・パートや長さなどを微調整して、基本のアンサンブルは完成、あとはテープを回すだけ、って感じで進められたのだろう。
選曲の多くはコステロの好みが反映されているのだけれど、これがまた通好みの渋い曲、要は、ほとんど知られていない曲ばかりで埋められている。有名曲が多く、ヒネりのないポール・ウェラーのカバーと比べると、マニア好みの凝った選曲になっている。
逆に言えば、ほとんどの人は元ネタを知らないので、単に書き下ろしのスタジオ・ライブとして聴けてしまう。ていうか、原曲をすべて知ってる人っているのかね。あ、コステロ自身がいたか。
いわば仲間内の記念セッションだったため、オーバーサブもエフェクトも最小限に抑えられている。きちんとしたアルバムにまとめる考えが「ない」時点からスタートしているため、曲順も気分で並べてる、ていうか適当っぽい。
ヒットすることを前提に、コンテンポラリー寄りにパッケージされた『Spike』の反動として、いわゆるネイキッドのスタジオ・ライブ・セッションで得られたサウンドは、コステロの二極性をうまく象徴している。トップ40を意識したヒット・チューンと、オタク趣味全開のマニアックなカバー曲とが二律背反せずにうまく収まっちゃうところが、アーティスト:エルヴィス・コステロのポテンシャルの高さである。
Rude 5とのセッションも無事終わり、次はいよいよアトラクションズ始動ということになるはずだった。彼らとのコラボを想定して、コステロは楽曲制作に勤しんでいた。
デビュー時から気心知れているだけあって、リユニオンはスムーズに進むはずだった。当時、スティーブ・ニーヴ(P)とピート・トーマス(D)は、他のプロジェクトに携わっていたのだけど、快諾してくれた。この2人とは、いま現在もImpostersとして活動を共にしているので、盟友もしくは戦友の絆で結ばれている。
問題はブルース・トーマス(B)だった。この人、コステロとはほんと相性が悪い。とにかく顔を合わせると、ひと悶着なしで終わることがない。
仲良しグループだから、人間関係が良好だからといって、すなわち良いモノを生み出せる、というわけではない。むしろ、意見の衝突による化学反応が、作品クオリティの向上に寄与するのは、音楽に限らずよくあること。ただこの2人の場合、クオリティ面と関係ないところでぶつかり合うものだから、タチが悪い。
ブルースのベース・プレイにケチをつもりではないけど、正直、クリエイティブ面での貢献度は、そんなに高くない。初期のパワー・ポップ/パンク路線ならともかく、中期以降の多様な音楽性、それに伴うアンサンブルのハイ・レベル化に対応しているかといえば、ちょっと一本調子過ぎる。
他のメンバーと比べて、コステロの成長に即したアップデートができず、頑なに自身のスタイルにこだわっていたのが、ブルースだった。それはコステロもわかっていたはずなのだけど。
そんなブルースとの溝を埋めることができず、リユニオン計画は決裂する。同時に、アトラクションズ前提で進んでいたレコーディングやツアーも白紙となった。
1990年のコステロは、「肩慣らしの小規模ツアー」→「サウンドを固めてレコーディング」→「アルバムを引っ提げてワールド・ツアー」というスケジュールを描き、ざっくりその流れで動くはずだった。それが全部チャラになってしまい、再度、ブッキングから仕切り直しとなった。
そんな事情もあってコステロ、1990年はほぼ表舞台に出ることはなかった。構想段階だった『Mighty Like a Rose』は、Rude 5を再招集して作ることにはしたけど、多くのメンバーは、『Spike』以降のプロジェクトにかかり切りで、すぐに動ける状態ではなかった。なのでコステロ、彼らのスケジュールが空くまでは、待つほかなかった。
そんなゴタゴタもあって、コステロの中で『Kojack Variety』のセッションは忘れられていった。キャッチーなヒット性を持つ楽曲が収録されているわけではないので、可及的速やかにリリースする必要がないのが、理由と言えば理由だった。
Kojak Variety
posted with amazlet at 19.12.24
Elvis Costello
Warner Bros UK (1995-05-09)
売り上げランキング: 80,593
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1. Strange
「I Put A Spell On You」の大ヒットで有名なブルースマン:スクリーミン・ジェイ・ホーキンスのナンバー。当時の映像を見ると、ミュージシャンというよりは大道芸人的なパフォーマンスで、完全な色モノ扱いだけど、後のアリス・クーパーらに大きな影響を与えた、というのも納得してしまう。
ホーン・セクション以外のバッキングはほぼ完コピで、コステロもまた、彼の淫靡な妖しさが憑依して独自の世界観を創り上げている。
2. Hidden Charms
戦後シカゴ・ブルースの顔役:ウィリー・ディクソンのカバー。あまりブルースには詳しくない俺だけど、マーク・リボーのギター・ソロの手堅いプレイは案外好感が持てる。肩までドップリ浸かったブルース・マンより、いい意味でのフェイクさが聴きやすい。そもそもコステロ自身が、自分のスタイルを崩さず我流で歌い上げているので、コレはコレでよい。
3. Remove This Doubt
オリジナルはダイアナ・ロス&シュープリームス:1966年のナンバー。なんと、「You Keep Me Hangin' On」のB面としてリリースされた、とのこと。よくこんなの探し出してきたな。
60年代モータウン特有のポップ・ソウルとは違う路線で、ムーディなポピュラー・スタンダードなテイストが濃い原曲に沿って、ここでもしっとり落ち着いたアレンジで構成されている。記名性の強いヴォーカル・スタイルゆえ、ここではエモーションが先行しがちだけど、こういったスタンダード調の楽曲をうまく取り込んだ結果が、バート・バカラックとのデュオ作『Painted From Memory』として結実する。
4. I Threw It All Away
オリジナルはディラン1969年作『Nashville Skyline』からの一曲。ジョニー・キャッシュとの共作によるカントリー・ナンバーのため、当然、Rude 5との相性は良い。ディランを通過してきたコステロ自身も、ここではオリジナルを凌駕するヴォーカルを披露している。まぁディランの場合、ヴォーカル・テクニックを論ずるアーティストじゃないのは確かだけど。『King of America』のアウトテイクと言われたら、信じる人も多いんじゃないかと思われる。
5. Leave My Kitten Alone
リトル・ウィリー・ジョンのオリジナルより、ビートルズのカバー(当時は未発表)の方が有名になってしまった、古き良きロックンロール・スタイルのナンバー。ポップ・ソウル調のオリジナル、ガチャガチャした印象のビートルズに対し、ここでは優雅な大人のロックンロール、といった印象。ちなみにコステロ、この曲には昔から思い入れがあるらしく、アトラクションズともレコーディングしたヴァージョンがあるのだけど、こちらはビートルズ・ヴァージョンに近いアレンジ。
6. Everybody's Crying Mercy
俺はあんまりよく知らないジャズの人、モーズ・アリソン:1968年のブルース調バラード。ボニー・レイットもカバーしてたので、ついでに聴いてみると、こっちの方がより力強くブルースっぽかった。コステロのヴァージョンはもっとムーディで、マーク・リボーがねちっこいソロを弾いている。オルガンのラリー・ネクテルも一役買っている。
7. I've Been Wrong Before
なぜか欧米では根強い人気のランディ・ニューマン。今ではすっかりディズニー御用達のサントラ職人で、日本ではほぼ人気はないけど、アングロサクソンのDNAに訴えかける魅力があるんだろうか。アジア系の俺にはさっぱりわからん。
パワー・ポップからコンテンポラリーを指向しつつあった『Imperial Bedroom』のテイストに似てるんだよな、曲調が。昔からミュージシャンズ・ミュージシャンって、あんまり有り難くない称され方をされている人なので、コステロ的には心の師匠とも言うべき人なのだろう。
8. Bama Lama Bama Loo
ロックンロールのオリジネイター:リトル・リチャード1966年のナンバー。オリジナルは直球どストレートのロックンロールで、とにかく圧がすごい。最初から最後まで、ずっとメーター振り切れっぱなしのハイテンション。これをティーンエイジャーの時に聴いてるコステロ。やられるわ、こりゃ。
ラフなセッションなので、ここではややテンポを落とし、もっと楽なアンサンブル。楽しんでやってる感が伝わってくる。アトラクションズだったら、もっと殺伐としてたんだろうな、きっと。
9. Must You Throw Dirt in My Face?
カントリー/ブルーグラスで活躍するシンガー・ソングライター:ビル・アンダーソン、1962年のナンバー。まんま『King of America』の世界なので、ディープなコステロ・ファンなら、何の抵抗もなくスッと入れる世界。ちょっぴりウェットで、ベタなエモーショナル。でも、音楽表現に向かう動機って、みんなそんなものなのかもしれない。
10. Pouring Water on a Drowning Man
レココレのソウル部門のオールタイム・ベストでは必ず顔を出す、だからこそ一般的には誰も知らないアーティスト、それがジェイムス・カー。コッテリした純度100%のサザン・ソウルを、ここではほぼまんまのアレンジで、まぁ結局はいつものコステロ節。
何をやっても自分の色に染めてしまう、そんなキャラの強さとパーソナリティ。せっかくなら豪勢にホーン・セクション厚めで聴きたいところだけど、まぁ軽めのセッションだしね。
11. The Very Thought of You
オリジナルは1934年のレイ・ノーブル・オーケストラだけど、その後、ビリー・ホリディやナット・キング・コールなどなど、古今東西多くのアーティストがカバーし、あらゆる解釈が成された鉄板スタンダード。のちの『North』や『Painted From Memory』とも地続きな、ディナー・ショー・スタイルのカクテル・ジャズ。いやそういった嗜好はいいんだけど、別にRude 5でやることなかったんじゃね?という場違い感。
コステロ自身もそう自覚したのか、その後、ピアニスト:Marian McPartlandとのデュオ・アルバムにて、再アレンジしてリメイクしている。
12. Payday
トッド・ラングレンで有名なベアズヴィルに長らく所属し、何枚かのソロ・アルバムをリリースしたジェシ・ウィンチェスター1970年のデビュー・アルバムから。ロビー・ロバートソンがプロデュースを請け負ったくらいなので、当時はそれなりの期待株だったはずなのだけど、見た目と楽曲自体の華のなさと薄さが災いして、いつの間にかフェードアウトしてしまった人でもある。10.同様、この人も一時、レココレで幻の名盤扱いでよくフィーチャーされていたよな。
ブルース色の濃いロッカバラードは、コステロの十八番のひとつであり、よくハマっている。一本調子にならず、絶妙のタイミングで崩しにかかるコステロの図太さを見習えば、ウィンチェスターさんももっと売れたかもしれない。
13. Please Stay
1961年、ソウル・コーラス・グループ:ドリフターズに提供した、バート・バカラック初期のヒット作。ドゥーワップ調のオリジナルよりもテンポを落とし、ここではセンチメンタルなバラードに仕上げている。ストレートなアプローチよりは、こういった違う解釈でのアレンジこそ、カバーの真髄が問われるのだけど、まぁそこまで肩の力の入ったセッションじゃないし。
14. Running Out of Fools
ソウル・クイーン:アレサ・フランクリン1964年のヒット曲。とはいえ、この時期はまだアトランティック移籍前、CBSでジャズ・スタンダードを歌っていた頃である。そんな時代の楽曲を掘り起こしてくるとは、これまたひねくれてると言ったらもう。
15. Days
コンセプト・アルバム量産期だったキンクス1968年のアルバム『Village Green Preservation Society』に収録され、シングルも発売されたポップ・チューン。オリジナルはのどかなフォーク・ロックだったけど、ここではスケール感をチョット広げたバラードで仕上げている。
もともとヴィム・ヴェンダース監督『夢の涯てまでも』のサウンドトラックとして製作されたこともあって、映像を喚起させるアレンジになっている。なので、このアルバムのコンセプトとはちょっとズレている。そんなだから、ラストに収録したのかね。
Unfaithful Music & Soundtrack Album
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