好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

Aztec Camera

忖度の加減ってむずかしい。 - Aztec Camera 『Dreamland』

folder 1993年にリリースされた5枚目のオリジナル・アルバム。UK最高21位という、何とも微妙なセールスで終わってしまった作品である。まぁ最大の売りが「世界のサカモトがプロデュース!」っていうくらいだもの。多分、どっちのファンにもアピールしなさそうなセールス・ポイントである。地味な作品なので、これくらいしかなかったんだろうな。
 もともと教授のファンだったRoddyからのオファーにより、ちょうどタイミングが合ったことで、コラボレーションが実現した。したのだけれど、2人でデュエットしてるわけでもなく、迫真のインタープレイが火花を散らしたって感じではもちろんない。2人とも、そんなアグレッシブな作風じゃないし。

 この時期の教授は、今となっては伝説のレーベルになってしまった「ヴァージン・ジャパン」に所属していた頃である。わかりやすく言っちゃえば、最もワールドワイドに活動しており、現在の大御所ピアノ・コンチェルト中心のサウンドではなく、グローバルなポップのフィールドに接近していた時期である。
 文科系が無理してクラブデビューするかのごとく、ロジカルに予習したリズム感とノウハウでもって、ハウス・ビートをねじ伏せようと奮起した意欲作「Heartbeat」は、頭でっかちな場違い感が漂ってきて、ユーザーにとっても教授にとっても、ちょっとこそばゆくなってくる作品だった。
 そういった実験作とは対照的に、同時進行でバルセロナ五輪の開会式テーマの作曲と指揮、ある意味黒歴史だったYMO再生という巨大プロジェクトを成し遂げている。さらにさらに、単発的なコラボとして、Arto LindsayやBill LaswellといったNYアンダーグラウンド勢との親交も深めているのだから、支離滅裂な活躍ぶりである。
 「戦メリ」以降、国内での活動が多く、ちょっと鳴りを潜めていた教授のグローバル展開は、「ラスト・エンペラー」でのアカデミー賞受賞によって注目を集めた。世界中の有名無名アーティストからのオファーが殺到し、いわゆる「世界のサカモト」というブランディングが確立された時期である。

Ryuichi&Roddy

 そんな教授が、事前にどれだけRoddyの存在を知っていたかは疑問だし、当時のポジションから見て、もっと大物からのオファーも入っていたと思われる。なのに、それがどうしてUKローカルのポップアーティスト(悪意はないよ、教授と比べると、事実そんなポジションだし)とのコラボを選んだのか。
 思えば過去にも、YMO人気がピークだった頃、なぜか当時インディーズのフリクションやphewのプロデュースに手を出しているくらいなので、そう考えると不思議ではない。恐らく、「メジャーとマイナーとの間を自由に行き来する、カッコいいオレ」が好きなのだろう。多分、『No New York』をプロデュースしたBryan Enoが頭にあったんじゃないかと思われる。
 Enoか。途端に胡散臭く見えてきちゃったな。

 レコーディング作業における、教授からの具体的なアドバイスがどれだけあったのかは不明だけど、Roddyからすれば、憧れのサカモトがブースにいるだけで充分満足しちゃっていただろうし、リスペクト感の方が勝ってしまい、かしこまった感じになってしまうのは致し方ない。
 そんな「ちゃんとしなくちゃ」感が強く出て、『Dreamland』は大人の90年代AORサウンドで統一されている。「バラエティに富んだ」というより、「とっ散らかった」印象の強い前作『Stray』から一転して、アルバムとしてのトータリティは強固となった。
 センチメンタルな淡い色彩を思わせるRoddyのメロディとヴォーカルを、最も素直な形で表現するメソッドとして、ここに収められた楽曲はマイルドに、仕事帰りのビジネスマンがカーステレオで流しても違和感のないサウンド・プロダクションで統一された。結果、ピークレベルを超えるディストーションや、偶発性を含んだニューウェイヴ要素は一掃された。
 きちんと整えられたサウンドは、隙がない。アラが見えない分、引っかかりもない。右から左へ流れてしまっても気づかないので、言葉も残らない。
 サウンドは落ち着いたトーンで統一され、しっかりまとまっている。
 でも、この時Roddy29歳。老成するには、まだ早すぎる。

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 経歴の浅い新人アーティストでもないので、教授自身があれこれ手を焼く必要もなく、『Dreamland』はほぼRoddy主導でレコーディングされている。UKバークシャーにある、18世紀に建てられた赤レンガ造りのスタジオで、Roddyはデモテープを作製、その後、ニューヨークのスタジオで教授と合流した。
 本レコーディングは4週間かけられたけど、下準備に充分時間をかけられた分、骨格は練り上げられており、教授が手を貸す余地はあまり残されてなかった。なので、教授のパーソナリティが強く出ているわけではない。
 「教授とコラボしたら、こんな感じになるんだろうな」というRoddyのシミュレーションのもと、できあがったのは大人びた、ていうか不必要に背伸びしすぎたサウンドだった。
 破綻はない。でも、教授ならではのプラスアルファがあるかと言えば、そんなんでもない。
 「お手を煩わせないように」といった忖度のもと、きちんと整えた楽曲を書いてデモを作り、万全の態勢でスタジオに来ていただく。多忙だった教授もまた、ザッとデモテイクを聴いてみる。
 「うん、まぁこれでイイんじゃない?好きにやるのが一番だよ」とか言いながら。
 時々、思いもよらぬ突拍子もないアイディアを、思いつきでつぶやく。「ここでスパニッシュっぽいギター入れたら?きみ弾ける?」てな感じで。
 金言をいただいて、さらに張り切るRoddy 。アーティストを奮起させたのだから、プロデューサーとしての責務は果たしている。アーティストにとって、一番の理解者でなkればならない。
 でも、極端なダメ出しやリテイクを命じることはない。だって、そこまで彼の音楽に関心がないんだもの。

Aztec+Camera+Spanish+Horses+-+Part+1-49106

 教授とRoddyとでは、ジャンルがまったく違うので、音楽的センスの優劣は計れないけど、少なくともこれまでの実績を比較すれば、その差は歴然としている。このポジションの差異が、良い方向へ向けば有機的な化学反応として結実するのだけど、ここでRoddyが教授に忖度し過ぎたことによって、目に見えた結果は残せなかった。できあがったのは、「肩ひじ張った自然体」のAORサウンドだった。
 そこに教授のオリジナリティが表れているかといえば、全然そんなこともない。「あぁRoddyも大人になって、落ち着いたサウンドを指向するようになったんだねぇ」といった程度の印象だ。
 有能なアーティスト同士がコラボしても、そこに腹を割った意思の疎通と衝突がなければ、どっちつかずの無難な結果に落ち着いてしまう。1+1が必ずしも2にはなるとは限らないのだ。変に譲りあって、2にも及ばない場合の方がずっと多い。

 別の見方をすれば、もし教授じゃなかったとしても、Aztec Cameraのコンテンポラリー・サウンド化への傾倒は、避けられなかったんじゃないかと思われる。『Dreamland』には、いわゆるロック・アレンジの楽曲は収められておらず、その後も激しいディストーションや、強いバスドラの響きを聴くことはなくなった。
 これ以降の彼が書く楽曲から、青年期の迷いは見られなくなる。あるのは中年に差し掛かった、「かつて熱き想いを秘めた青年だった」一人の男の日常である。
 そんな日常に、非日常な歪みは必要ない。もっと身の丈に合った落ち着いた音、耳に馴染みやすく、しっとり手頃なアコースティックの響きを、メロディは希求した。
 そんな経緯をたどって、Roddyの迷走期は終わる。ここにたどり着くまで、いろいろ寄り道はしたけれど、教授という触媒を契機として、どうにか自分のスタイルを手に入れることはできた。
 キャリアを通して、一生自分のスタイルを手に入れられずに終わるアーティストも多い中、彼はまだ幸せだ。

 いまだ「ネオアコ」という括りでしか語られることのないAztec Cameraという制約を捨てて、Roddy Frameというただの一個人として、時々自分の身の丈に合った歌を、ごく親しい友人たちへ語りかけるかのように歌う。
 それはひどくこじんまりとした空間ではあるけれど、でもそれが彼の選択だったのだ。そんな彼を、誰もとやかく言うことはできない。
 焦らずじっくり、マイペースに。美味いコーヒーを落とすかのように。



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1. Birds
 3枚目のシングルとしてリリースされ、チャートインはせず。1年以上経ってからのシングル・カットだから、それもまぁ当たり前か。
 教授からインスピレーションを得て作られた打ち込みのバッキングは、ずっと聴いてても気持ちいい。案外複雑に練られたリズムをベースに、効果的に絡むRoddyのソフトなギターソロ。ここでのRoddyの声に迷いは見られない。シンセ主体ではあるけれど、どんな可能性をも受け止めるサウンドに支えられ、しっかり足を据えたヴォーカルを聴かせている。

2. Safe in Sorrow
 これまでだったら、もっとテンポを速くしたパワー・ポップ的なアレンジでまとめたのだろうけど、ここでは立ち上がらずに腰を落ち着け、ゆったりしたポップ・バラードに仕上げている。でも足ではせわしなくリズムを刻んでいる。そんな感じの若さが垣間見える歌。後半の女性コーラスは『Love』っぽい。そっちに入ってても違和感ないな。

3. Black Lucia
 ライブで取り上げられることも多い、日本のファンの間でも人気の高いロッカバラード。でもシングルにはなってなんだよな。今回調べてみて、初めて知った事実。
 Roddyのギター・プレイは定評のあるところだけど、その魅力のひとつに「弾きすぎない」点が大きなウェイトを占めている。これ以上長いとしつこ過ぎるところまで行かず、ちょっと長めのオブリガード程度のサイズに効果的に収めてしまうところが、センスの良さを思わせる。ここでもそのセンスは発揮されている。



4. Let Your Love Decide
 眠くなるほど心地よいバラード。ほんとに眠っちゃうわけじゃないけど、ゆったりした16ビートをベースとして、アダルティなホーンと軽くサスティンのかかったギターで彩られると、そこにあるのは微睡みの世界。終盤のストリングスがとどめを刺す
 
5. Spanish Horses
 第1弾シングルというより、ここから教授とのコラボが始まった記念すべき楽曲。まだ『Dreamland』のコンセプトが固まる前にレコーディングされているので、まったり感は少ない。4.でかなり微睡んでしまうので、アタック音の強いスパニッシュ・ギターは効果的である。こういったプレイもできるんだ、ということでリリース当時、ちょっと話題になった。UK最高52位。



6. Dream Sweet Dreams
 あまり教授の影響を感じさせないパワー・ポップ・チューン。アルバム・リリースとほぼ同時にシングル・カットされ、UK最高67位。あれ、「Spanish Horses」よりランク低かったんだな。リード・トラックとしてはパンチが弱かったのか。間奏では、ロック寄りのギターソロが聴けるけど、こういったのはこれが最後になる。

7. Pianos and Clocks
 タイトル通り、ピアノと時計の秒針の響き、それにアコギ。このアレンジは教授へのリスペクトが窺える。多分、教授ならここまでベタなアレンジを提案しないだろう。マイナーで統一されたメロディは、過剰にならない程度のセンチメンタルを喚起させる。もうちょっと楽器を増やせば彩りが華やかになるけど、そうするとメロディの良さが薄まってしまう。さじ加減の微妙なところだな。

8. Sister Ann
 そのさじ加減がうまく行ってるのが、この曲。単調なAメロによって、サビの「Sister Ann」が引き立っている。ピアノのユニゾンと女性コーラスがサウンドを引き締めており、きちんとまとまったポップ・ソングになっている。こっちをシングルにしてもよかったのに。

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9. Vertigo
 多くの洋楽リスナーがこのタイトルで真っ先に思い浮かべるのがU2だと思うけど、俺もそう。まぁタイプはまったく違うけど。
リズム・エフェクトに教授の影がちらほら。後半に進むにつれての盛り上がりは、迷走期を思わせる。でもヴォーカルはそこまで浮かれていない。あくまで枠の中に収めようとしている。

10. Valium Summer
 「バリウムの夏」というタイトルが何を暗示しているのか、いろいろ調べてみたけど結局わからなかった。ただ単に「V・A・L・I・U・M」って語呂が良くて歌いたかっただけなのか。教えて英語に詳しい人。
 アレンジは相当に凝っており、特に中盤のピアノ・ソロは、ポップのフィールドにいるだけでは思いつかないフレーズが頻発している。ちょっとネオアコ期を彷彿させるギターの音色も効果的。

11. The Belle of the Ball
 恐らく35歳以上には、最も知名度の高いAztec Cameraナンバー。TBSで放送していた「ガチンコ」内コーナー「ガチンコ・ファイトクラブ」で使用されていたことによって、曲名は知らないけど聴いたことがある人は多い。
 ストレート直球勝負のアレンジと、徐々に熱を帯びるRoddyのヴォーカル、ほどよく抑制されたバンド・アンサンブルは、悩み苦しみ葛藤する若者の背中越しを経て、効果的にシーンを「演出」した。楽曲自体に罪はないけど、いい意味でも悪い意味でも、「感動」を盛り立て過ぎちゃったことは事実である。





 
 ほんとはここで終わるはずだったのだけど、Roddyの近況についても書いたので、次回へ続く。




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扱いの軽さはフットワークの軽さ - Aztec Camera 『Frestonia』

folder 2014年、8年振りにリリースされたRoddy Frameのソロ・アルバム『Seven Dials』。ほぼテレキャスのセミアコ1本でレコーディングされた佳曲たちは、そのシンプルなサウンドゆえ、地味ではあったけれど長く聴き続けられるクオリティを維持していた。決して多くの人に届くことはないけれど、少なくとも長年のファンを充分満足させることができた。
 アルバム・ポートレートで披露されたそこでの風貌は、「Walk Out to Winter」と口ずさんでいた頃の溌剌した面影は薄れ、ポップ・シーンから脱落して久しい、旬を過ぎたアーティストの残酷な加齢ぶりをさらけ出していた。シーンの最前線とは言えなくとも、それでもまだ毅然とした表情を見せていた前作『Western Skies』との落差は歴然としており、「Roddyに何があった?」と世界中のファンの間では一時あれやこれやと論議に沸いたけれど、そんな騒ぎもすぐに終息した。
 そう、Roddyと同じように、我々も歳を取ったのだろう。人間、50を越えればいろいろ出てくる。良い知らせよりもむしろ、悪い知らせの方が多くなってくる。何もない方が不思議なのだ。
 歳を重ねることによって無駄なアレンジは後退し、骨格となるメロディと言葉は熟成された。かつてのような『Knife』の切れ味はなくなったけど、数年に一度、ふと思い出して聴き続けられる、使い捨てじゃない歌を奏でる50代のRoddy。多分、今後もゆっくりかつじっくりと、コップに水滴を溜めるペースで歩み続けるのだろう。
 『Seven Dials』リリース後に行なわれた一連のプロモーション・ツアーを2015年8月に終え、その後、彼の足取りはパッタリ途絶えてしまう。オフィシャル・サイトもtwitterも更新が止まったまま、YouTubeチャンネルも持ってなさそうなので、再び新たなコップを用意しているらしい。いやコップすら用意してるかどうだか。
 『Seven Dials』リリース前も、音楽活動から離れて別の仕事についていた、とのこと。彼クラスのアーティストでさえ、音楽一本で食ってゆくには厳しい世の中なのだろう。

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 そんなRoddyが所属していた、ていうか後期はほぼ彼のソロ・プロジェクトと化していたAztec Camera、その最終作となったのがこの『Frestonia』。特別、「これでプロジェクト終了」と銘打ってリリースされたわけではなく、何となく自然消滅的にバンド契約が終了、それから何となくソロへ移行して行ったため、いわゆるフェアウェル的なムードはまったくない。本人の意向だったのかリプリーズ的にやる気がなかったのか、何とも寂しい幕引きである。プロデュースをClive Langer & Alan Winstanley という、MadnessやElvis Costelloを手掛けたヒットメイカーに委ねているのだけれど、正直、彼らのピークは80年代だったので、なんで今さらといった感は抜けない。この辺にもレーベルとの齟齬があったんじゃないかと思われる。
 Aztec Cameraのセールスのピークはとうに過ぎてしまっていたのと、そもそもRoddy自身がバンドのブランド・イメージを背負っていくことに興味を失ってしまっていたこともあって、ネガティヴな話題しか出てこない作品ではある。1995年といえば、OasisやBlur、Pulpらブリットポップ勢がチャートインしてきた頃だったし、何でわざわざロートルの作品を聴かなきゃならないのか。
 でも、同じ釜の飯を食ってたEdwin Collinsはがんばってたんだよな。スタートはさして変わらなかったはずなのに、どこでどう枝分かれしてしまったのか。やっぱ積極的に外部でコラボしたり顔出ししたりする営業力だよな、アーティストも。90年代初頭はあれこれやっていたはずなのに、どこで心が折れちゃったんだろうか。

 契約消化・敗戦処理的なモチベーションで作られたアルバムゆえ、レーベル側もそれほど積極的にプロモーションしなかったのか、前作『Dreamland』が最高21位だったにもかかわらず、『Frestonia』は100位ギリギリという結果に終わっている。来日公演も多かったおかげもあって、日本でのメディアの反応は比較的好意的だったけれど、やはりブリットポップの勢いにかき消されてしまい、売り上げには結びつかなかった。
 以前のようなシングル・ヒット狙い、キャッチーなキラー・チューンと言える楽曲は見当たらない。バンド・ヴァージョンの『Seven Dials』的な、当時のUKポップのトレンドとは逆行した、スタジオ・ポップな楽曲で占められている。
 これでもう少しチャートへの色気があって若手バンドと組んでいれば、Edwinと同等のポジションは狙えていたはずなのに。ていうかプロデューサー、その辺のサウンドは得意なはずだろ、もっと仕事しろよ。

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 ポストカード時代を含めれば、すでに40年近いキャリアがあるはずなのに、UKポップ史におけるRoddy の扱いの軽さは変わらない。そりゃチャート・アクションだけで見れば「Somewhere in My Heart」の一発屋だけど、ネオアコ/インディー・ポップの成り立ちを辿ってゆけば、フロンティアとして誇れるほどの爪痕は残しているはずなのに。
 不当な扱いを受けている、と言いたいのではない。ネオアコ時代の原理主義者はともかくとして、この人の場合、アルバムごとに音楽性がコロコロ変わってしまうので、レーベル的にも購買ターゲットを絞り切れず、よってファンの定着が難しいのだ。ネオアコ~アーバンR&B~ギター・ポップ~AOR~アコースティックと、短期間で変遷が著しい。ここに加えて、Cindi Lauper「True Colors」からVan Halen「Jump」に至る節操極まりないカバーや、「Spanish Horses」のようなイレギュラー的な楽曲が加わるのだから、全方位外交的な守備範囲の広さである。ファンからすれば、多岐に渡るジャンルのRoddy的解釈に嬉々するのだけど、ライト・ユーザーから見れば「何をしたいのかよくわからない」という声がほとんどだろう。

 Roddyの政策スタイルとして、メジャー・デビューから一貫しているのだけど、良い楽曲を手間をかけて誠実に作るスタンス、これは変わらない。前述した、コップに水滴を満たすが如く、数年に一度のリリース・ペースではあるけれど、『Love』でのブレイク以降の固定ファンは急かすこともなく、律儀に彼の帰還を待っている。
 その輪はもう、決して大きく広がることはないけれど、でも、消え去ることもない。その円環は緩やかに閉じられているのだ。多くの大衆を巻き込む吸引力には欠けている。でも、今後も彼の音楽を求めるユーザーは確実に存在し続ける。

 扱いの軽さと関連するけど、Aztec Camera / Roddy Frameからの影響をあらわにしたフォロワーがあまり見当たらないところにも、彼の音楽の閉鎖性が窺える。90年代日本の渋谷系、初期のフリッパーズ・ギターが彼のメソッドを移植していたこともあったけど、それも一時の流行に終わってしまった。ネオアコというムーヴメント自体が刹那的なものであって、長く深く掘り起こしてゆく類のジャンルではないのだろう。
 『Love』以降のRoddyの音楽性は、ジャンルの違いはあれど基本、コンテンポラリー路線に移行してしまったため、純粋な楽曲クオリティ以外の特異点が薄れてしまい、差別化が図りにくくなってしまったことも、リスペクトの弱さに起因する。そんな事情もあって、ベテラン・アーティストにありがちなトリビュート・アルバムや企画・イベントも行なわれた形跡がない。どこか軽く見られがちである。
 大御所なのに軽く見られる存在として、以前取り上げたのがDavid Byrne。彼もTalking Heads解散以降、メジャー/インディーを問わず、あらゆるジャンルのアーティストとコラボしているけど、Roddyのように「音楽性が定まらない」という風には受け取られない。ベテランであるにもかかわらず、常にビギナーと同じ目線で新たなジャンルの開拓に余念がなく、フットワークだって軽い。アーティストに限らず、自分のフィールド以外にもアンテナを張ってる人は、いつだって若いのだろう。去年、ニューヨークで大々的にトリビュート・ライブやってるしね。

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 もしかしてRoddyもまた、Byrne同様、近所のパブやライブハウスなんかで時々、少数の客相手に弾き語りでもやっているのかもしれないけど、遥か極東の島国では、そんな情報も届かない。やって欲しいよな、まだ50代だし。老成するにはまだ早すぎる。

 で、『Frestonia』。老成というよりは熟成といえる、静謐なトーンで統一されたAztec Camera謹製ポップの完成形となる楽曲が並んでいる。いや、もうバンド名義にこだわって書いてないな。そういった過去の栄光やネーム・バリューを取り払った、Roddy Frame個人のパーソナルな部分を反映した歌たちで占められている。
 以前は元ClashのMick Jonesや前述のEdwin、『Dreamland』では世界のサカモトとコラボなど、錚々たるメンツが参加していたというのに、ここではそういった目玉ゲストもなし。基本はほぼライブと同じ、小編成でのバンドでのレコーディングとなっている。
 自らそういったシュリンクしてゆく方向性を望んだのか、丹念に磨きをかけた楽曲のレベルは高い。レイドバックしたかのような、シーンにおいての現役感の薄れた響きは、マスへと届くことはない。その音は小さなコミュニティの中で、時代を超えて古びることもなく鳴り続けている。


Frestonia
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1. Rainy Season
 Roddyにしては珍しく、泥臭いアメリカン・テイストの大味なバラード。ヴォーカルもリキが入っており、ディストーションのかかったギターも大サビでの男性コーラスとのユニゾンも、これまでになかったパターン。終盤ブレイク後のドラムも力強い。
 シングルとして切るなら、こっちの方が良かったんじゃないかと思われるし、Roddy的にもその心づもりだったはずだけど、完パケしてしまうと、そこまで積極的に意見する気力も失せてしまったのだろう。リプリーズ的には2枚目のシングルとしてストックしていたのだろうけど、あいにくファースト・シングルがチャートインしなかったため、その構想はボツとなった。



2. Sun
 で、そのファースト・シングルがこれ。1曲のみ収録のCDシングルは市場ではほぼ相手にされなかった。当時はメイン・トラック以外の収録曲違いでのリリース・パターンが流行しており、どのバンドも最低2~3種類の同名シングルをリリースしていた。そんな中での簡素な形態でのリリースは、悪い意味で目立ってしまっていた。
 オルタナ系のポップ・バラードを整理してまとめたような感触のナンバーは、Roddyとの相性は決して良くない。曲が悪いというのではなく、「合わない」。この人の場合、もっとリズムをベースに組み立てた曲の方が、メロディが引き立つ特性を持っているので、バンド・スタイルにこだわらないアレンジの方が良かったんじゃないかと思われる。あ、だからバンド最終作なのか。

3. Crazy
 なので、同じレイドバックでも、メジャー感を抑えたシンプルなバラードの方が、メロディの妙が引き立っている。このアルバムではほぼRoddyが全編に渡ってギターを弾いているのだけど、バンド・サウンドに負けぬようエフェクトを効かせた音色はなかなかレア。ロックのフォーマットを使っているけれど、う~ん何だ、例えはちょっと古いけど、安全地帯をロック・バンドと言い切っちゃう雰囲気に近い。

4. On the Avenue
 彼にロック的なイズムを求めていない長年のファンからすれば、こういったアコースティックな楽曲の方に食指が動いてしまうのは、まぁ致し方ないこと。だって良いんだもの、普通に。ピアノとアコギ、それにRoddyの歌。たっだそれだけ。それだけなのに懐かしくも愛おしい、シンプルな良い曲。でも、地味だよな。

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5. Imperfectly
『Love』を思わせるリズムライクなオープニングから始まる、それでいてポップで蒼いエモーショナルを感じさせるナンバー。テンポも良いので、冒頭2曲のようなレイドバック感も少なく、疾走感が心地よい。間奏後のBメロコーラスがベタだけど、バンドらしさが出てカッコいい。この感じの楽曲がもう1、2曲あれば、ポップ・サイド/スロー・サイドのバランスが取れていたのだけど。

6. Debutante
 そうか、ドラムが大味なんだな、このアルバム。今頃になってやっと気づいた。リズム・パターンが単調なので、メロディが活かしきれていないのが。いまいち噛み合わない要因だったのかも。そうするとやっぱプロデュースか。楽曲には何の罪もない。デコレーションの仕方がバンド・イメージ前提なんだもの。普通に歌を聴かせてくれればよかったのに。

7. Beautiful Girl
 オープニングのアレンジはLanger & Winstanley得意のポップ・バラードにありがちな展開なのだけど、Roddyの色が強く出たことが良い方向に作用して、大味加減を抑えた仕上がりになっている。なのでいい意味で聴きやすい。長いファンも納得してくれるよな、これだと。抑制を効かせたアレンジがしっくり来ている。
 アウトロのギター・ソロが案外長く、彼のギター・プレイが好きな人にもオススメ。

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8. Phenomenal World
 「Good Morning Britain」を思わせるロック・アレンジ。サウンド的にはラウドなのだけど、やはり彼の声質とはどこかミスマッチ。やっぱりMick Jonesに比肩する個性的なキャラクターが必要なのだ。お行儀の良さによるミスマッチ感が逆に良い、という人もいるのだけど。

9. Method of Love
 でも考えてみると、Roddy本人はともかくとして、プロデューサー・サイドは当時のトレンドもちょっとは意識していたのか。猫も杓子もブリット・ポップ全盛のご時勢で、できるだけ彼の歌を世に知らしめるためには、バンド・スタイルのアレンジを施さない限りは太刀打ちできない、と判断したのだろう。バラード一本でもよかったはず、と本人は思っていたのだろうけど、その辺がどこかポップ・スターへの色気を捨てきれなかったんじゃないかと思われる。

10. Sunset
 というわけでラストにぶち込んできたのが、2.のアコースティック・ヴァージョン。これまでの愚痴やらツッコミやらが、すべてチャラになってしまう仕上がりとなっている。決してヒット性があるわけではない。みんながつい聞き耳を立ててしまう派手さもない。でも、これはやはりRoddyしか作れない歌だ。その歌がもっとも引き立つスタイルとなると、やはりこれになる。

 


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やっぱりチャラ男路線は合わなかった。 - Aztec camera 『Stray』

aztec-camera---stray 1990年リリース、Aztec Camera4枚目のアルバム。文化系男子の中性的フェロモンを発していたネオ・アコ・サウンドから一転、大幅にメジャー・サウンドを意識したアーバン・ソウル的な秀作『Love』からは3年のブランクが空いている。
 前作に引き続き、唯一のメンバーRoddy Frame以外のミュージシャンはすべて外部起用、すっかり彼のソロ・プロジェクトとして定着したAztec Cameraだけど、このアルバムはUK最高22位と、緩やかにセールスのピークを過ぎていた頃である。
 時代はマッドチェスター・ムーヴメントの真っ只中、イキのいい若手(とは言っても、実際はそれほど若くなかったけど)のStone RosesやHappy Mondaysやらが台頭してきて、ハウス・ビートとオルタナ系ロックとのハイブリッドが幅を利かせつつあった頃である。
 Roddyもまた、『Love』でアメリカのブラコン・サウンドを移植した横揺れビートを導入していたけど、終末感を漂わせた暴力的なリズムの前では太刀打ちできず、この『Love』をピークとして、チャート・アクション的には次第に地味になってゆく。

 ニュー・ウェイヴ・ムーヴメント終了後の80年代初頭からインディー・シーンで活動していたギター・メインのバンドということで、どうしてもネオアコの範疇で語られることの多いAztec Camera、ていうかRoddy。
 とは言っても、ほんとにステレオタイプなネオ・アコ・サウンドを展開していたのは、初期の2枚しかない。なぜかMark Knopflerをプロデューサーに迎えた初期の傑作『Knife』が、そのネオ・アコ的サウンドの集大成とも総決算とも言える出来栄えだったため、もうこの路線においてはやり尽くしてしまった感が強い。
 そういった経緯もあって、3枚目の『Love』では新機軸として、80年代ブラコンのメロウ&エモーショナルなMOR的サウンドを導入、セールス的にもキャリア最高の売り上げ計上に至った。最初は戸惑いもあったファンからも次第に理解を得、しばらくはこの路線で行くのだろう、と誰もが思っていた。いたはずなのだけど、変わりゆく音楽シーンの傾向に合わせようとしたのか、それともミスマッチ感の強いダンサブルなサウンドに違和感を覚えたのか、その後は音楽性が定まらず、遂にAztec Camera終了まで迷走状態に陥ってしまう。

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 なので、この『Stray』にも言えることだけど、よく言えばバラエティに富んだ音作り、意地悪く言ってしまえば、まとまりなくとっ散らかった印象が強い。
 Roddyの人間性として、今で言う「意識高い系」というのか、もう50歳を過ぎているにもかかわらず、いまだ「永遠のアダルト・チルドレン」的要素が強い。どうやっても現状に満足せず、ひとつところに落ち着かず、すぐに自分探し/自分磨きの旅に出てしまうのが、当時のRoddyに見られる特徴である。日常では役に立ちそうもない資格の勉強をしたり、Facebookに雲やラテアートの写真をアップしてしまうアラフォー女子の如く、傍から見るとちょっとイタイ人でもある。
 まぁそんなスキだらけなところが母性本能をくすぐるため、昔から女性ファンが多い証でもある。

 反面、レーベル側としてはイメージが定着しないため、積極的にプロモートしづらくなる。特にこの『Stray』では、ひとつのアルバムの中でもコロコロ曲調が変わるので、セールス・ポイントが絞りきれず、結局はいつも通り、「ネオアコの旗手による意欲作」など、どうにもフワッとしたキャッチ・フレーズでお茶を濁してしまうことになる。
ダウンロード販売が主流となって、アルバムというフォーマットの意味自体が薄れかけている現在なら、それはそれで良いのだろうけど、当時はまだアルバム・コンセプトが重視されていた時代である。国内盤発売の担当者や輸入盤のショップ店員も、さぞかしPOP作成に苦労したんじゃないかと思われる。
 
 メジャー・レーベルへの移籍によって、レコーディング環境や販促体制の充実というメリットを手に入れたはいいけど、そこから方向性に行き詰まってしまったのが、90年代のAztec Cameraである。
レーベル側としては、ネオアコ界のトレンド・リーダーとしての才能と可能性を見出だし、でもそれだけじゃ世界戦略的にはちょっと弱いので、時流に合わせたブラコン・サウンドの意匠を嵌め込んで、キャッチーさを演出してみた。結果としてはキャリア最高のセールスを叩き出し、みんながwin-winで収まるはずだったのだけど、そこで今で言う中二病をこじらせてしまったのが、肝心のRoddy。これまでの「悩める思春期モラトリアム」から一転、リア充よろしく精いっぱいチャラくしてみたつもりだったけど、どこか居心地の悪さ、無理やり感は拭えなかった。所詮は、「どこかヘタレ感の漂う文系男子」である自分を客観視してしまったんじゃないかと思われる。

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 どこかにあるはず、もしかすると、自分のすぐ足元にあるかもしれない、自分にしっくり来る理想のサウンドを追い求める、そんなRoddyの試行錯誤が如実に記録されているのが、このアルバムである。
 拳を振り上げたくなるストレートなロック・ナンバーから、しんみり聴き入ってしまうバラードまで、サウンドはバラエテイに富んでいる。前作のようなブラコン要素は薄く、むしろ『Knife』のビルド・アップ・ヴァージョン、叙情性をベースにサウンドをゴージャスにした感が強い。まぁ曲調によってヴォーカル・スタイルを切り替えられるほど器用な人ではないので、どれを聴いてもRoddyのカラーが色濃く現れている。

 逆に言えば、どんなサウンドだったとしてもRoddyのパーソナリティは微動だにせず、正しくAztec CameraというバンドがイコールRoddyそのものである、と証明しているのが、この『Stray』である。
 この頃からRoddyのライブ・パフォーマンスはバンドを引き連れないソロ・スタイルのセットが多くなり、初期のアコースティック・ナンバーはもちろんだけど、メジャー移籍以降のナンバーから最新曲まで、そのほとんどを自身によるギター弾き語りだけで表現している。「僕がAztec Cameraそのものなんだっ」という自信の顕れでもあるし、まぁ予算の何やかやもあったんじゃないかとは思うけど。
 
 時間と予算をかけて作り上げたサウンドを一旦チャラにして、ライブで披露される素顔のRoddyの歌は、昔と同じ、技巧にあふれた素直なメロディ・ラインを奏でている。どれだけ新奇なアレンジを施そうとも、Roddyの歌が揺るがないのは、曲自体がしっかり作り込まれているから、と言わざるを得ない。それがしっかり伝わってるからこそ、彼のファンは年季の入った人が多い。

 多いのだけど、そんな魅力が外部にきちんと発信されているのかと言えば、残念ながら充分とは言い難い。イメージが定まらない、またはネオアコの先入観が強すぎるのも考えものである。
 これがDavid Bowieなら、変化してゆくこと自体がコンセプトになるのだろうけど、あいにくそこまでのエゴは少ない人である。結局は良い曲を愚直に演奏してゆくことが一番性に合ってるという、極めて当たり前の結論に落ち着くことになるのだけど、そこに至るまでの若気の至りが、この『Stray』から解散まで、しばらく続くことになる。


Stray
Stray
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1. Stray
 何のごまかしもない、正統派王道バラードからスタート。ギターとピアノによるシンプルなバッキングで、前作のようなオーバー・プロデュース気味だったサウンドとは一線を画している。
 これだけ聴いてると、正々堂々としたアコースティックなテイストで統一されてるかと思いきや、実はバラバラであることを思い知らされることになる。

2. The Crying Scene
 エフ クトを効かせたギターを抱えたRoddyが歌うポップ・ロック・ナンバー。ややアメリカン・ロック調なところがあって、時々Bryan Adamsっぽく聴こえる瞬間もあり。甘いマスクは彼と共通するところもあり、もう少し色気づいていれば、彼と同じポジションくらいまではいけたかもしれないけど、まぁ無理か、所詮文科系だし。
 シングルとして、UK最高70位。



3. Get Outta London
 その細い声質からは想像できないけど、多分Stones辺りをモチーフとして作られたんじゃないかと思われる、Roddyなりのブルース・ナンバー。時々ラウドなギターを弾く瞬間があるのだけど、まぁほどほどの感じで収めているのが、やはりRoddy。この辺が真面目といえば真面目。
”Jump”に近いアプローチだけど、時々こういったのがやりたくなるのだろう。

4. Over My Head
 本人曰く、Wes Montgomeryも意識したジャジーなナンバー。1分ほど「らしい」ストロークが続き、なんかこのまま終わっちゃうんじゃないかと思ってしまうほど、イントロだけで十分完結している。
 
5. Good Morning Britain
 このアルバムで一番といえば、やはりこれ。一緒に歌うは元ClashのMick Jones。当時のMickはBig Audio Dynamiteで第2のピークを迎えていた頃で、ロートルにもかかわらず勢いが有り余っていた時代である。
 Roddyのポップ性とMickのエモーショナルなロック成分、それにほんのちょっぴりモダン風味のデジ・ロック・サウンド。Roddyとしても憧れだったはずだし、Mickもまたイケイケ状態だったため、若手に胸を貸す心づもりだったのが、案外ウマが合って意気投合し、できあがったのがこのサウンド。
どの場面を切り取ってもいちいちサマになる、80年代ロックの完成形のひとつがここにある。どんな理屈をこねようと、拳を振り上げたくなるような音楽には、誰もかなわない。
US19位は近年を比べても妥当な位置。だけど、もっと売れてほしかったな。



6. How It Is
 もろ”Honky Tonk Woman”っぽいギター・リフから始まり、最後までストレートなハイパー・ブルース・ロックを奏でている。こうして最初から聴いてみると、声とサウンドとのミスマッチ感が逆に良い方向へ作用しているのがわかる。

7. The Gentle Kind
 ここでやっと、ネオ・アコ登場。この辺は初期っぽいサウンドだな。
 バラードでもなく、かといって入念に作り込まれたポップでもない。メロディ・ラインも流麗で、ギターの音色もちょうど良い。『Knife』サウンドの完成形と言っても褒めすぎではないくらい、しっかりした構造なのだけど。
 だけど、こんな曲ならRoddy、ササッと作れてしまうのだろう。ネオ・アコの文脈で書かれた曲は、所詮ネオ・アコ村の中でしか通用しない。彼が求めるのは、今までに演じたことのないサウンドなのだ。
 
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8. Notting Hill Blues
 ラスト2曲はシンプルなバラードで。あまりに正統派過ぎて、メロディがあまりキャッチーではないのが気になるところ。こういったサビ、日本でも結構パクられてた記憶があるけど、すぐは思い出せない。

9. Song For A Friend
 8.よりもう少しギターを前面に出した曲。サウンドはまんまフォークなのだけど、メロディのポップさによって、どこかミスマッチ感が漂っている。いるのだけど、長年のファンなら恐らく気に入ってしまう世界観をを、余すところなく表現している。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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