好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

Teo、こっちもちょっとまとめといて - Miles Davis 『In a Silent Way』

folder 従来のアコースティック楽器に限界を感じつつあったMiles がエレクトリック楽器に手を出したことによって、いわゆる「電化マイルス」の時代が始まり、そこから派生してクロスオーバー/フュージョンというジャンルが誕生、ジャズ・シーンが一変した、というのがジャズ史の定説となっている。
 じゃあ、その一変する前のジャズの現状はどうだったのか、1967~68年頃のジャズについて、興味本位でググってみた。

 主流がスタンダードなモード・ジャズであることは現在も大きく変わらないのだけど、別の潮流としてアンダーグラウンドで活況を呈していたのが、フリー・ジャズ、アバンギャルド・ジャズの類いである。もちろんBill EvansやDave Brubeckなど、従来のモダン・ジャズは根強い人気を誇っており、それはそれで連綿と受け継がれていたのだけれど、メイン・ストリームからはちょっと外れた位置で、Don CherryやRoland Kirk など、メインストリームのジャズにはイマイチ馴染めないアーティストらが、イレギュラーなサウンドを展開していた。
 他にもフリー・ジャズの立役者であるOrnette Coleman、この時点では既に故人となっていたJohn Coltrane一派の残党Farrell Sandersらも、混沌を混沌のまま投げ出したような、ごく限られた範囲の音楽を創造していた。
 でも、ただそれだけ。
 彼らの混沌とは結局のところ、コップの中の嵐に過ぎず、肝心の音楽はジャズのカテゴライズの中に収まったものであり、ジャズ自体を否定し破壊するものではなかった。多分、内輪のコミュニティの中では革新的な音楽とされていたのだろうけど、まったく別の村、ポピュラー音楽のリスナーから見れば、ジャズとは古色蒼然としたもの、そこに目新しいアバンギャルド風味をちょっぴり加えただけのものに過ぎなかった。

20130929112852

 そういった点が、ジャズ界で長く生きながらえてきた者たちの限界だった。ジャズの先鋭性とは、マスを取り込むポピュラー音楽の求心力とは相性が悪すぎた。60年代半ばから台頭し始めていたロックやポップスのリスナーを取り込むほどの力はなかったのだ。

 今でこそ音楽ジャンルはボーダーレスの時代になり、別ジャンルとのコラボレーションもごく普通に行なわれているのだけど、当時はジャンルによっての棲み分けがキッチリ行われていたおかげで、ほぼ異ジャンルとの交流はなかった。ジャズ・マンは一生、ジャズのフィールドで活動するしかなかった時代の話だ。
 ライブを行なうにも、既存のジャズ・クラブしか選択肢がなかったし、世の中ではヒッピー・ムーヴメントから派生したサイケデリック文化が花開いていたのに、彼らは相変わらず堅苦しいスーツ姿で演奏していた。
 後にMilesと合流することになるChick CoreaやHerbie Hancockらがロック/ポップスに接近したサウンドを模索してはいたけれど、それも結局は単発の企画モノでしかなく、継続されたものではなかった。彼らにもまだノウハウがなかったのだ。

 ジャズが真に革新的だったのは、50年代のハード・バップ全盛期だと言われている。そして60年代に入ると急速に勢いは終息する。それ以降は長い長い停滞期、黄金時代の拡大再生産を繰り返していったおかげでジャンル全体が自家中毒を起こし、袋小路に行き詰まっていた。もはや目先のアバンギャルドではシーン自体が崩壊寸前、ただのBGMに落ちぶれる間際だった。フュージョン・ブーム到来までは、そういった時代が長く続くことになる。

ダウンロード

 電化Milesの功罪としては、従来の行き詰まったジャズ・シーンに新たな活路を開き、それがフュージョン・ブームの叩き台となったわけだが、同時にすぐにその革新性は失われ、Miles の一時引退と同時に、劣化型のフォロワーやエピゴーネンらが跋扈する状況が続くことになる。

 このアルバムにおいてのMilesは、初めてエレクトリック楽器を導入した『Miles in the Sky』で手応えをつかんだ後、徐々にメンバーのリストラを開始、この時点ではほぼ無名ではあるけれど、後にシーンを牽引することになる実力派の若手プレイヤーに、次々と首をすげ替えている。いずれも、従来のモダン・ジャズの垢がついていない、または従来のジャズに満足しきれない若手ばかりである。
 Miles Davisという磁場が彼らを引きつけたのか、それともMiles自ら小まめに若手のライブ・シーンをチェックしていたのか?まぁ後者は考えづらい。何しろこの頃のジャズ界はドラッグの蔓延が深刻な問題となっており、Milesもまた例外ではなかった。特に他のミュージシャンよりは確実に収入のある彼のことなので、酒と女とコカインで内臓がボロボロになっていたはずである。そんな中、若手が狭い穴倉でチマチマ演奏している様をわざわざ見学に行くはずがない。やはり強烈な音楽的磁場が引き寄せたこと、そしてギャラが良かったから、と考える方がスッキリする。

「人生観が変わるアルバム」と表現したのはPeter Barakanだったけど、俺を含め、リアル・タイムで聴いてない多くの人にとっては、かなり大げさな表現ではある。確かに、それまでのジャズの流れの中では、かなり異彩を放つアルバムだということはわかる。
 ただ、音楽スタイルの格段の進歩によって、過去の音楽ほど古臭く聴こえてしまうのは、致し方ない状況ではある。現代の耳にとって、Elvis Presleyの初期のシングル群は音圧も低くショボイ音だし、Charles Parkerの音源だってブートレグ並みの音質が多いので、その魅力にとらわれる以前に、関心すら持てないことの方が多いのだ。
 電化Milesもまた、今のクラブ/エレクトロ系サウンドのルーツという前提で聴けば、まだスムーズに入り込めるのだろうけど、大多数のリスナーにとっては敷居が高く、難解な印象の方が強いはずだ。聴く者を選ぶ音楽というのは、いつの時代でもある。

bd345d69a2071c6b123b5ecb08e7947a

 タイトルにあるように、基本的には静寂をテーマとした音楽なので、それほど派手な意匠を凝らしているわけではない。むしろ大きなピークもなく、盛り上がりの少ない楽曲が2曲のみなので、流して聴いていると、いつの間にか終わってしまうアルバムでもある。
 ただ、ここが Miles の狙い、というかプロデューサーTeo Maceroの戦略だったのでは、と思ってしまうのは考え過ぎだろうか。一聴すると耳触りの良い、ムーディーなベーシック・トラックが続く中、時々不意に現れるギター、ミュート・トランペットの不協和音。何の変哲もなさそうだけど、でもどこか引っかかりの残る音楽。そして、それは深く刻み込まれる。
 楽しい音楽ではない。Milesの音楽はいつだってそうだ。深層心理の表面に微かな傷跡を残す音楽。

 最初に手にしてから20年近く、盤は変われど手放さずにいるアルバム。
 電化マイルスにはそういったアルバムが多い。


In A Silent Way
In A Silent Way
posted with amazlet at 16.02.06
Miles Davis
Colum (2010-01-22)
売り上げランキング: 92,330



1. "Shhh"/"Peaceful" 
 ほぼ全編ずっと、16ビートのハイハットを叩かせられるTony Williams(Dr)。多分Milesに「俺がいいと言うまでずっと叩いてろ」と脅されたのだろう。ずっとこの調子でセッションを行なっていたと思われる。
 John McLaughlin(G)は『Jack Johnson』で披露したロックっぽい稚拙なソロより、ミニマルなアルペジオが微妙に変化してゆく加減を楽しめる、このテイクの方がずっと合っている。
 どっちがChick Corea(El-P)でどっちがHerbie Hancock(El-P)なのか、実は俺、よく知らない。ただ二人の名前がクレジットされており、明らかにフレーズの感じが違うことはわかるのだが、どっちがどっちだかは、やっぱりわからない。ま、別にこれから深く知ろうとも思ってないけど。
 多分、Milesが吹いているのは、全編通してほんのごくわずか、多分トータル18分のうち5分くらいじゃないかと思われる。セッションを通してではそれなりにプレイしてはいたのだろうけど、明らかに編集の時点でばっさり切り捨てられてしまっている。これがMilesの意向なのか、それともTeoの総合的判断に基づいたものなのか、それはわかりかねるけど、結果的に「Milesを中心としたMusic」がここに誕生している。
 


2. "In a Silent Way"/"It's About That Time" 
 1.同様、Joe Zawinulが書いた美しいナンバーがサンドイッチするように、Miles作”It’s About That Time”を挟み込んだ作品。
 序盤はほとんどMcLaughlinの美しい分散コードとZawinulによる雰囲気オルガンとで構成されており、2分ほど経過してから荘厳としたMilesのトランペット、ミュートもかけてない、緊張感あふれるソロが展開される。
 ガラリと曲調が変わり、Miles主導による”It’s About That Time”、しかしセッション・メンバーはそのままなので、曲の質感はほぼ変わらない。ややアップテンポになった程度の変化だ。
 それぞれのメンバーの見せ場を作るかのように、ほぼ持ち回りでソロが展開されるので、意外と飽きない。電化Milesには拒否反応を示す人も多いが、この曲なら比較的すんなり入っていけるんじゃないかと思う。
 最後はエピローグのように、タイトル・ナンバーで締める。



ちなみに発売時のビルボード・チャート、総合134位ジャズ・チャート3位という成績。これが1969年当時のジャズ・シーンの状況である。ジャズ界においてはトップ・ランナーであったはずのMilesでさえ、ポピュラー・チャートの厚い壁は切り崩せなかったのだ。

 時代の動きに目ざといMilesのこと、やはりチャートやセールスに対しての色気はあったのだろう。ワイト島フェスやフィルモアなど、ロック畑のフィールドに進出することも多くなり、また音楽性もめぐるましく変化、アフロ・ビートの積極的導入によって翌年『Bitches Brew』をリリースすることになるのだけど、それはまた後の話。


Complete in a Silent Way Sessions
Miles Davis
Sony (2004-05-11)
売り上げランキング: 279,650
Perfect Miles Davis Collection (20 Albums)
Miles Davis
Sony Import (2011-09-30)
売り上げランキング: 7,317

完璧すぎてとっつきづらい、クセのある傑作 - Steely Dan『Gaucho』

folder 『Aja』リリース後の Steely Dan、Donald FagenとWalter Beckerはしばしの休養期間に入るはずだったのだけど、アメリカ人にしては珍しく享楽的ではない彼ら、結局のところはせっかくのバカンスも持て余し、これまでと変わらない日常が流れるだけなのだった。
 ライブ活動から長く遠ざかっていたせいもあって、今さらツアーに出ろと強制する者はいなかった。プロモーション活動と言っても、むさ苦しいヒゲ面の二人組では、TVショーでも絵面が持たないだろうし、またそれほど気の利いたことが言えるキャラクターでもない。せいぜい『Rolling Stone』など、有名雑誌のインタビューをいくつか受けて、それで終わり。あとはダラダラとバカンスが終わるのを待ち、手持無沙汰にレコーディング準備に入るくらいしか、やることがなかった。

 前作同様、世界的にも好セールスを記録したアルバムではあったけど、ほぼレコーディング・スタジオに入りびたりの毎日だった当の本人たちにしてみれば、大して実感は湧かなかったはずである。
 ビルボード最高9位と、地味なサウンドの割にはなかなか健闘していたし、タイムラグはあれど、次第にまとまった額の印税も入ってくる。ラジオをつければ、自分たちの曲が流れてくることも度々ある。でも、直接生の反応を聞いていないので、何だか別世界の出来事に思えてしまうのだ。
 確かに雑誌などでは好意的に書かれているし、実際、レコード・ショップの店頭を覗いてみれば、目立つ所にディスプレイされており、それで何となくではあるけれど、自分たちの周りで大きな力が働いているのが実感できる。
 でも、レコーディングを中心とした自分たちの生活は、以前となんら変わりがない。

 デビューして間もない頃は、とにかく自分たち名義のアルバムが出るだけで狂喜乱舞した。サウンドや曲のディテールなんて二の次だ。まずはリリースできることだけで大成功。
 キャリアを積み上げリリース・アイテムも増えてくると、それに比例して売り上げも増えてゆく。レコーディングにも慣れてくると、試してみたくなるアイディアやサウンドの理想形が、漠然とではあるけど描けるようになる。すると、ルーティンな作業では飽き足らず、アーティスティックな方向転換を図るようになる。これまで触れようとしなかったミキサー卓にも興味を抱き、理想の音を出してくれるミュージシャンを招聘する。
 それでも最初は妥協の連続だ。限られた時間と予算の中で、最良のものを作り上げようと、スタッフも含めて頭を寄せ合い、知恵をしぼり出し、完成形へ向かって努力する。さらに倍々ゲームでセールスが伸びてゆくに従って、主従関係の立場だったレコード会社とアーティストとの均衡が崩れ始める。微妙なバランスが一度崩れると、もう止まらない。膨大な売り上げ貢献によって発言権が増し、次第にアーティスト側が優位になってゆく。そしてアーティストは理想のサウンド実現のため、恐怖政治の王と化す。完璧なサウンドを具現化するため、ありとあらゆる暴挙を繰り返し、膨大な時間と予算を浪費する。

tumblr_n9n6s3d7Jj1qz8wnlo1_500

 そうやって仕上がったアルバムに対して抱くのは、達成感や愛情ではなく、むしろ解放感だ。何やかや試行錯誤の末、やっとの思いで仕上げたアルバムだ。愛憎半ば、愛着はもちろんあるが、もはや顔も見たくなるくらい、彼らは疲弊してしまうのだ。
 ただ、休む時間はない。既に次のレコーディング予定が控えているのだ。

 思えばこのグループ、メイン・ソングライターを押しのけて、実質的に支配していたのはプロデューサーGary Katzであったことは、周知の事実である。
『Aja』から『Gaucho』 までのブランクが約3年、その間FagenとBekkerの確執、イージー・ミスによる完成マスター・テープの紛失、レーベル移籍のトラブルなど、様々な要素が複雑に絡み合って完成が遅れた、というのが定説だけど、そもそも引っかき回してるのはこの男に他ならない。
 
 70年代アメリカで活動するバンドの宿命として、初期のSteely Danも例外でなく、延々と続く長期ツアーを廻っていた。直接観客に晒されることによって鍛えられ、バンドのHPと結束力は日増しに強くなっていった。
 ただし、彼ら同様、理想のサウンドの確立と実現を目論んでいるKatzにとって、そんなウェットな感性には何の興味もなかった。彼にとって重要なのは、理想とするサウンドを具現化することであり、そのためには大してサウンドに貢献できないメンバーはむしろ排除すべきだ、と考えていた。。実際、彼はゆっくり時間と手間をかけてFagenとBekkerを巧みに誘導、次第にSteely Danというバンドを解体、理想のサウンドを実現するためのプロジェクト・チームへと造り替えていった。

 一流のセッション・ミュージシャンに同じフレーズを何度も弾かせ、ダメ出しとリテイクの連発(それでかなりヘコんでしまったのがMark Knopfler)、最終的に何十ものテイクの中から、ほんのちょっぴりのリフやフレーズを抜き出し、パズルのように当てはめてゆく作業。ひどい場合には、まったく使用されない場合もある。
 英米のミュージシャン組合はミュージシャンの権利システムがしっかりしているので、没テイクであったとしてもギャラはきちんと発生し、金銭的な面では問題ないのだけど、それでも傷つけられたプライドの問題は大きい。
 基本、彼らが指名するのは名うてのミュージシャンばかりなので、ボツやリテイクには不慣れな連中ばかりである。そういった感情的なケアを行なうのもプロデューサーの仕事の一つなのだけど、まぁKatzは多分うまくやっていたんじゃないかと思いたい。やってはいたのだけれど、そうはうまく割り切れないのも人間である。演奏クオリティに対する要求のインフレがひどすぎて、次第に参加ミュージシャンの確保が難しくなったことも、Steely Dan活動休止の要因の一つである。

MUSIC-STEELY-DAN

 そういっためんどくさい経緯を踏まえた上で、『Aja』『Gaucho』の2枚は制作された。死屍累々となった数多のミュージシャンたちの、もはや徒労とも言える犠牲のもと、完璧に磨き上げられたサウンドがパッケージングされた。あまりにも無駄を削ぎ落としたそのサウンドは、一部の隙もない分だけ、中途半端な感情移入すら寄せ付けない神々しさがある。
 同じ経緯を辿ったはずの2枚のアルバムだけど、アナログ・レコーディングの技術の粋を結集したのが『Aja』、そしてその最終進化型としての『Gaucho』がある、という位置付けである。
『Aja』と比較して地味に映る『Gaucho』のサウンドは、一聴してすぐ虜になる類のものではないのだけれど、繰り返し聴き込んでゆけば、ジワジワと魅力が伝わってくる作品である。俺自身も常時聴くわけではないけど、年に一、二度は聴きたくなってしまうため、どうしても手放せずにいるアルバムである。あるのだけれど、もっぱら聴くのはやはり『Aja』であり、『Gaucho』はそのついで、単体で聴くことはほとんどない。

 せっかく完璧を目指して作ったはずだったのに、支持されるのは、やや不出来な長男の方。
 音楽に限らず、ここが創作物全般の面白いところである。


Gaucho
Gaucho
posted with amazlet at 16.02.06
Steely Dan
Mca (2000-10-10)
売り上げランキング: 5,641


 
1. Babylon Sisters
 Chuck Rainey(B)とBernard Purdie(Dr)の最強タッグによるリズム・セクション。Tom Scott(T.Sax)とRandy Brecker(Tr)を中心としたブラス・アンサンブル。もうこれだけで名曲と保証されたようなものである。マニア/ビギナーを問わず、一般的に抱くSteely Dan的サウンドをそのまま具現化したナンバー。ジャズ・テイストとNYシンガー・ソングライター的抒情の融合としては、この時点においての到達点だったと思う。
 


2. Hey Nineteen
  Hugh McCracken (G)の印象的なチョーキングから始まる、彼らにしてはややロック寄りのナンバー。Rick Marotta(Dr)のスティックの跳ね具合が、全体的にサウンドの躍動感を与えている。
 エレピは全編Fagenによるもの。このメンツの中では拙いプレイだけど、曲のテーマに合った演奏が味わい深い。
 


3. Glamour Profession
 ここでのドラムはSteve Gadd。シンプルだけど、はっきりGaddとわかるようなプレイ。
 ここでもFagenはシンセをプレイ。まぁほとんどエフェクト的な扱いだけれど。
 前半は、やや硬質のAORといった感じのサウンドで、Fagenもヴォーカルに力を入れている。当時、ライブでやったら盛り上がったんじゃないかと思う。
 中盤のTom Scottによるホーン・セクションもなかなか。7分超の長い曲なので、飽きさせないよう聴きどころは多い。

4. Gaucho
 リゾート系のAORといった趣きの、ミディアム・テンポのタイトル・ナンバー。ここまでのサウンドに比べると、ヴォーカルを中心に据えている。
 ここでもTomが大活躍、全編に渡って流暢なソロを聴かせている。それほどテンポは速くないはずなのだけど、Jeff Porcaro(Dr)が叩くとやはり躍動感が出て、曲自体が跳ねる印象。
 ちなみにタイトルのGauchoとは、南米在住の先住民とスペイン人とのハーフを指す、とのこと。地元では、「他人のために自己犠牲を惜しまない人、人のために尽くす人」と捉えられており、かなりの人格者の総称であるらしい。それがこのSteely Danの音楽とどう関係があるのか、といえば、よくわからない。歌詞だってそんな感じでもないし。
 
5. Time Out of Mind
 ステレオタイプのSteely Danサウンドと言える、ファンやリスナーのニーズをリサーチして、そのまま作っちゃいました、という感じのサウンド。悪い意味ではない。スリルはないけど、安心できるサウンドである。
 Rickのドラムは良く跳ね、Michael BreckerのT.Saxもいい感じでブロウしているのだけど、やはりこの曲で一番注目されるのは、散々リテイクを繰り返された挙句、ほんのちょっぴり間奏で地味に採用されただけの、Mark Knopflerのギターだろう。
 
img_0

6. My Rival
 古色蒼然としたハモンドっぽい響きと、Steely Danにしては珍しく、ロック的な響きのディストーションを効かせたギター。メロディ自体は相変わらず不安定なSteely Danそのものだけど、サウンド自体にやや練りが足りない印象。もうちょっと別なアプローチでも行けたんじゃないかと思う。
 で、何の気なしにクレジットを見ると、Rick Derringer(G)が参加していた。なるほど、フュージョン系の響きとは違うはずだ。

7. Third World Man
 不思議な響きの続く、何となく始まって、何となく終わる感じの曲。これも悪い意味ではない。これこそが彼らの追い求めていたサウンド、この時点での最終到達点だったと思う。
 ラジオを点けてみて、何となく流れている曲、何て曲だっけ?そう思うころには、曲はもうアウトロに入っている。
 夜の帳が降りる頃、枕元のラジオを点けてみる、またあの曲だ、何て曲だっけ?…いつの間にか寝入ってしまい、朝になっている。
 そして、あの曲はまだ続いている…。
 Joe Sample(P) 、Steve Khan(G)、 Chuck Rainey、Steve Gaddによる鉄壁のリズム・セクションに、Larry Carlton(G)がしつっこく情緒たっぷりなソロを聴かせる。一流ミュージシャンらの技術を極限まで結集した、地味ながらもこの時点での最高作。
 





 この後、彼らは明確な解散宣言を行なわず、長い長い休養、そしてソロ活動に入る。残されたKatzはといえば、その後もSteely Danの夢よもう一度、といった体で、フォロワー的ミュージシャンのプロデュースなど、いろいろ頑張ってはみたようだけれど、思うようにはいかなかったようだ。やはりあの時代、あの場所で、あの二人と出会ったことがむしろ奇跡であり、いくら敏腕とはいえ、同じフォーマット・同じシステムを使用したとしても、再現は難しいのだろう。
 その後、Fagenは名作『Nightfly』リリース後、超絶スランプに陥って、10年に渡る音信不通状態。
 Beckerはというと、音楽性はともかくとして、風貌の宮崎駿化がますます進行し、プロデュース業の傍ら、ハワイでドラッグ漬けの日々。
 二人とも、現場復帰を果たすまでには、長い長い休養が必要だったのだ。

 そして二人は再会し、今でも時々、アメリカ国内限定で短期のツアーを行なっている。ほぼ懐メロ・ツアーといった風情のため、全体的にユルい感じのステージ内容を、これまたダラダラと行なっている。
 復活後もオリジナル・アルバムを2枚リリースしており、それなりのアベレージはクリアしているのだけど、当然、『Aja』『Gaucho』ほどの求心力を持つ作品は、今のところない。



Very Best of Steely Dan
Very Best of Steely Dan
posted with amazlet at 16.02.06
Steely Dan
Mca (2009-07-21)
売り上げランキング: 17,684
Citizen Steely Dan: 1972-1980
Citizen Steely Dan: 1972-1980
posted with amazlet at 16.02.19
Steely Dan
Mca (1993-12-14)
売り上げランキング: 9,168

もっと偉ぶってもいいのに軽く見られちゃう人たち – Talking Heads 『True Stories』

folder 1985年発表のアルバム『Little Creatures』 は、これまでのヴァーチャル・エスノ・ファンク路線から一転、シンプルなポップ・ロック・サウンドに原点回帰することによって、いわゆる意識高い系が多かったファン層が一気に一般ユーザーへと拡大し、チャート的にも健闘、特にアメリカ以外での売り上げが好調だった。
 当時のアメリカ・オルタナ系としては珍しく、シングル・チャートでも存在感をアピールできたTalking Heads、これまでは評論家ウケの良いサウンドや、映像的に高い評価を受けた映画(『Stop Making Sense』)によってスノッブなイメージが先行しており、レビューでの点数は高かったけど、肝心のセールスにはなかなか結びつかなかった。で、ようやく安定したポジションを獲得することができたのが、このアルバムである。

 特に日本では、ミュージック・マガジンを始めとする選民的なメディアでの取り上げ方によって、長い間、『通好みのバンド』として認識されていた。情報源と言えば、雑誌かラジオくらいしか手段のなかった時代である。
 特に話題となったのが『Remain in Light』、あまりにサウンド至上主義にこだわりすぎたあまり、バンドの存在感が希薄となり、これが純粋なバンド・サウンドと言えるのかどうか、今野雄二と渋谷陽一が雑誌上で熱いバトルを繰り広げていた、というのは、後になってから知った話。

 そういうわけでTalking Heads、日本ではそういった評論家たちの机上の空論に振り回されるがあまり、「わかる奴にしかわからない」「で、わかってると思い込んでる奴は、わかってるつもりなだけ」という、にわかな洋楽ファンにとっては敷居の高い存在になってしまっていた。
 80年代ロックの名盤として、ほぼ必ずといっていいほど『Remain in Light』がノミネートされていた時期があり、よって、名が示すような「頭で聴くバンド」としてのイメージが強く残ったことは、バンドとしても不幸だった。ロックを「勉強」「理解」するための必聴アイテムとして取り上げられることは、まぁレーベル側としては宣伝となって良かっただろうけど、そういった聴かれ方はByrneを始め、バンドの誰もが望んでいなかったはず。

true 2

 内向きのムラ社会のみで評価されることから一歩先へ進み、もっと開かれた世界で受け入れられることを望み、それが最も良い形で叶えられた傑作『Little Creatures』で、その路線を推し進めて、更なる大衆性を獲得しようとしたのが、この『True Stories』。
 実はこのアルバム、一般的に思われてるようなサウンドトラックではなく、正確には「監督David Byrneが制作した映画をモチーフとしたオリジナル楽曲集」である。こうしたスタイルのアルバムで代表的なのが、The Who製作による『Tommy』。これも当初製作されたバンド4人でのオリジナル・アルバムが大ヒットを記録、そこから派生した映画なのだけれど、劇中ではWhoの曲を各演者が歌っており、なのでサントラは別にある。
 そういえばPrinceの『Batman』も、厳密な意味ではサントラではない。こちらの経緯はちょっとめんどくさくなるので、こちらのレビューをご参照の上。

 前作『Little Creatures』でメンバー4人の結束力をテーマとした結果、積極的なカントリーの導入など、純粋なアメリカ白人音楽のルーツへと回帰したTalking Heads、今作『True Stories』では、さらにその傾向が強くなっている。
 ごく普通の人々が営む、ごく普通の生活の中のちょっとしたズレ、ささやかなエピソードを丹念に拾い上げて映像化した作品なので、それにはまる音楽というのは必然的に最大公約数、普通のアメリカ人が日常的に聴いているジャンルということになる。みんながみんな、One Directionや Rihannaばかり聴いてるわけではないのだ。
 日本においても、誰もが口ずさめるヒット曲と最新のオリコン・シングル・チャートでは、その様相がまるで違っているように、アメリカの場合も同様である。メインの総合チャート以外にも、カントリー&ウエスタン・チャートもあれば、クリスチャン・ミュージック専用のチャートだってある。特に一般的なWASPが日常的に聴いているのは、こうした人畜無害、脱臭済みの音楽がほとんどなのだ。それは大きな刺激はないけど、日々の癒しや郷愁を掻き立てる要素が詰まっている。

 様々な音楽的変遷を経た末、最終的には自分たちの血肉となっている物から自然に湧き出て来たものを、ストレートに形にしたTalking Heads、特にフロントマンである Byrne にとって、こういった音楽スタイルに帰結したことは、必然のように思える。 
 NYのアート系ガレージ・バンドからスタートして、偉大なる詐欺師Bryan Eno との出会い、そこから始まったアフロ~ファンク・リズムの追求、バンド側の意思とは違うベクトルでの肥大化、もはや誰も制御不能のカオスに陥った末、バンドは空中分解、そこで一旦踏みとどまり、各々ソロ・プロジェクトにてリフレッシュ―。そういった経緯を踏まえてようやく辿り着いたのが、この等身大のサウンドである。
 以前のように、斜め上のロック・ファンをアッと驚かせるような仕掛けはないけど、メンバー4人それぞれが対等の立場のバンドとして、DIY精神に則ったかのように、自分達で賄えることは自分たちで行なっている。極めてオーソドックスなサウンドながらも、初心に戻ることによってガレージ・バンド的な要素がよみがえり、それでいて熟練も加わることによって、ソリッドにまとまった。外部プロデューサーやサポート・ミュージシャンらに丸投げするのではなく、あくまで自分たちで鳴らすことのできる音を素直に出すことによって、冗長気味になりつつあったサウンドはコンパクトになった。音のインパクトは薄れたけど、余計なデコレーションがなくなった分、そのメッセージはダイレクトに、多くのリスナーの耳に、また心に届いた。
 
 と、誰もが思っていたはず。そう、Byrne 以外は。
 
Talking-Heads-Love-For-Sale-389700

 せっかくの力作・話題作にもかかわらず、大々的なツアーは行なわれなかった。Byrne の体調的な問題もあったらしいけど、まぁ他にもバンド内での衝突もあったんじゃないかと思われる。せっかくバンドの結束力が高まった頃だったというのに、ほんと惜しい。
 この路線を継続して行なってゆけば、 まぁ音楽性からしてビッグ・セールスは無理にしても、小さくまとまったR.E.M.くらいのポジションまでは行けたんじゃないかと思う。
 でもそれよりもByrne、これ以降も音楽的な変遷は続き、次回は享楽的かつ刹那的なラテンのリズムへ向かうことになる。


True Stories
True Stories
posted with amazlet at 16.02.06
Talking Heads
EMI Europe Generic (2009-08-31)
売り上げランキング: 60,156



1. Love For Sale
 ポップなガレージ・ロックといった感じの、彼らにしては非常にキャッチーなメロディのナンバー。ある意味、Talking Headというバンドとしての到達点のサウンド。オルタナティヴとポップ・サウンドの奇跡的な融合、とは言い過ぎかな。それくらい、俺的には好きな曲。
 当時はMTVでもヘビロテされており、このPVを見てファンになった人も多いはず。人気投票では必ず上位に入っているというのに、なぜか当時のチャート記録がない。そんなに売れなかったっけ?
 


2. Puzzlin' Evidence
 で、何故か3枚目のシングル・カットとしてリリースされたのが、この曲。USメインストリーム・チャートで19位と、これまた微妙な成績。ここではメロディよりもリズム隊がメイン、つまりはByrneのヴォーカルもサウンドのパーツの一部、リズム・セクションとややゴスペルがかった女性コーラスが際立っている。ホワイト・ゴスペルとでも言えばわかりやすいかもしれない。
 でも、どうしてこれがシングル・カット?

3. Hey Now
 『Little Creatures』に入ってても違和感がない、ポップでリズムが立っててキュートな曲。アフロ・ビートがエッセンスとして使われており、それでいてWASPのテイストが基調なので、これまでのTalking Headsサウンドの進化形とも言える。
 なぜかオーストラリアとニュージーランドでシングル・カットされており、65位・45位と、こちらも微妙なチャート・アクション。

p886716183-3

4. Papa Legba
 同じくアフロ・ビート使用だけど、こちらもはもっとディープに、祝祭的な雰囲気漂う、やや怪しげなムードの曲。中盤でオフ気味で遠くから鳴っているByrneの雄叫びがニュー・ウェーヴ的。こうやって書いていると『Remain in Light』的な楽曲のように思われてしまうけど、一聴してまったくの別物であることは理解できるはず。
 Enoプロデュース時代の暴力的とも言えるリズムが、Byrneにとっては自由奔放すぎて制御不能だったことに対し、ここでのリズムはあくまでByrne主導で統率され、バンド本体の演奏との親和力が強い。強いリズムに振り回されることのない、バンドの強靭な基礎体力こそが成長の証だろう。

5. Wild Wild Life
 ファースト・シングルで、US25位UK43位と大健闘。PVの鮮烈さが最初にインパクトを与え、そして純粋に曲の良さが評価されて後年までファンに愛された、非常に幸せな曲。
 ニュー・ウェイヴ出身者の場合、チャート・アクションが好調だと古株ファンからの不興を買う場合が多いのだけれど、彼らについては何となく許してしまう、微笑ましい雰囲気が漂っている。
 


6. Radio Head
 「あのThom Yorkeに影響を与えた」、ただこの一点だけで広く世に知られている曲。ただ同時に、肝心の曲の内容はあまり知られていないという、逆に不幸な境遇の曲でもある。『Little Creatures』フォーマットを使用した、カントリー風味の強いポップ・ロックだけど、これがどうしてこうしてどうなったらRadioheadのサウンドになるのかは、いまいち不明。
 なぜかUKではシングル・カットされ、最高52位にチャートインしている。

7. Dream Operator
 ピアノとリズムによる、ミニマル要素の非常に強い曲。前奏が長く、なかなか歌が始まらないのだけど、1分20秒ほどすると、いつものようにタイトでエモーショナルなByrneのヴォーカルが入る。
 ややニュー・ウェイヴ要素が強いが、やはり『Little Crearures』効果なのか、カントリー・テイストの強いポップ・ロックに仕上がっている。

T00003586

8. People Like Us
 やや”Road to Nowhere”に間奏のギターなどが似ているけど、まぁそれはあまり大きな問題ではない。今作の特徴として、「カントリー&ウェスタンを吸収したニュー・ウェイヴ・サウンド」というのが大きなテーマの一つとなっており、実際『Little Creatures』との親和性が高い曲が多くを占めている。スティール・ギターやフィドルの入ったナンバーなんて、以前の彼らからは想像もつかない。それでも日和ったように聴こえないのが、Byrneのしゃくり上げるようなヴォーカルの力。

9. City Of Dreams
 最後はもう少し80年代ロック・テイストに。ラストに相応しい美しい旋律と堂々と風格のあるサウンドに仕上がっている。これまでよりもリズムが立っているし、Byrneのヴォーカルも程よく抑制されてサウンド、メロディを聴かせるようになっている。






 アルバム・リリース後、やはりByrneが拒否権を発動し、ツアーは行なわれなかった。もちろん他のメンバーらは不満を表明したが、もはや誰もその流れを止めることはできなかった。既にバンド自体が賞味期限を迎え、あとは終焉のタイミングを待つばかり、ということを理解していたのだろう。

 最後まで自らのサウンド追求に熱心だったByrne率いるTalking Heads、次に彼らが飛び立ったのはパリ、そこでなぜか純粋なラテン・ミュージックをテーマとして選び、最後のアルバム『Naked』を制作することになる。


Best of the Talking Heads
Best of the Talking Heads
posted with amazlet at 16.02.06
Talking Heads
Rhino / Wea (2004-08-30)
売り上げランキング: 158,912
Talking Heads Dualdisc Brick
Talking Heads Dualdisc Brick
posted with amazlet at 16.02.06
Talking Heads
Rhino / Wea (2005-10-04)
売り上げランキング: 509,454

カテゴリ
北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
QRコード
QRコード
最新コメント

音楽 ブログランキングへ


にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村




アクセス
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: