好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

ロスト・テクノロジー化しつつある、趣味人のスタジオ・ワーク - 大滝詠一『A Long Vacation』

folder 早いもので、大滝詠一が亡くなってから、もうすぐ2年が経とうとしている。晩年は体調を崩し、ほぼ隠遁状態に近かったため、動向も途切れ途切れにしか入ってこなかったけど、没後間もなくより、親交のあったアーティストなどから、生前のエピソードがいくつか披露されており、その特異な人物像が明らかになってきている。
 ちなみに、俗に称される「ナイアガラー」と呼ばれる人たち、この辺の発言は変な感情移入もあってバイアスがかかってる場合が多く、主観が多く入り過ぎている、ていうかどこか胡散臭いので信用できずにいる。これもまた、俺の偏見なのだけど。
 
 はっぴいえんど解散後、それぞれ別の道を歩いていたメンバーが久し振りに顔を合わせ、背水の陣にあった大滝に力を貸して作り上げたのが『A Long Vacation』である。厳密に言うと、松本隆は既にドラマーは廃業して作詞家専業となっていたため、4人でせーので音を出した曲はないのだけれど、まぁ気持ち的には4人のセッションが中心となったようなもの。
 当時、松本は作詞家として、また総合プロデューサーとして松田聖子を手掛け、業界でも盤石の地位を確立していた。細野晴臣はYMOブームによってキャリアの絶頂期、鈴木茂もまた、表舞台では目立たなかったけど、アレンジャーやスタジオ・ミュージシャンとして、業界内では重宝されていた。
 かつての盟友が着々と足元を固めている中、あの感じで常に飄々としていた大滝だけど、内心は気が気じゃなかったんじゃないかと思われる。気にならない、と言ったら嘘になるよな。

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 近年もレココレの「日本のロック/ポップス・アルバム」の歴代1位にランク・インされて話題となり、またそれ以前からも、日本のロック/ポップス史において、外せない定番・必聴アイテムとして紹介されているので、なかなか先入観なしで接することは難しい。ただ、ほんと耳をまっさらにして、可能な限り客観的な視点に立って聴いてみると、かなりの細部まで計算され尽くされた優秀なポップス・アルバムであることがわかる。
 過去の楽曲からの引用やオマージュ、譜割りの制約から解き放たれて自由律な歌詞など、細部を聴き込んでいけばひどくマニアックなのだけど、癖のないクルーナー・ヴォイスから発せられる心地の良いメロディ、日常より数センチ遊離した、シャレオツな世界観を含むその歌詞は、確実に軽薄短小な80年代の空気感を象徴しており、多くのリスナーの心を掴んだと思われる。単純にリゾートやドライブ時のムードBGMとして聞き流すことも可能だし、もう少し掘り下げて聴きこんでゆけば、そこにはさらなるオールディーズや歌謡曲への熱いオマージュの金鉱が待っている。そういった間口の広さが、一見地味ながらも多くの人の心に残り、またマニアックなリスナーらが、後の「ナイアガラー」へと進化していったのだろう。

 大滝のレコーディング・スタイルは、当時でも特異なものだった。ベーシック・トラックはほぼ一発録り、しかも参加ミュージシャンを一同に集め、一斉に演奏させる。大人数で合奏することによって、ユニゾンが大きなうねりを作り、音の壁には壮大なグルーヴ感が生まれる。盤石な基礎部分を構築してから、次に細部の作り込み、自身のヴォーカル録りを行なうのだけど、実はここからが佳境である。ほんの1フレーズのピーク・レベルの細かな上げ下げ、テイクの切り貼りなど、それはもう偏執狂的なこだわり振りだった、とのこと。なにしろ録音するマルチ・テープのメーカーや種類、製造時期にまでこだわる男である。そりゃ付き合わされるエンジニアも大変だ。
 80年代前半と言えば、すでにマルチ・トラック・レコーディング全盛の頃、ミュージシャン個別でのトラック録りはごく当たり前になっており、全員揃ってせーのの音出しはかなり少数派となっていたはず。音合わせに時間がかかるため、コスト面として見ればデメリットなのだけど、数値上のスペックだけでは表現しきれない音の厚み、また相乗効果によるグルーヴ感など、得られるメリットは計り知れないものがある。
 
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 これらは蓄音機時代をルーツとする、レコーディング創生期においては当たり前のスタイルだったのだけど、それをよりシステマティックに、そして当時の最先端テクノロジーを使ってダイナミズムを付与したのが、かの有名なPhil Spectorである。スタジオ内では唯一無比の独裁者として、もはや暴君とも形容すべき権力を振りかざしてミュージシャンらを統制下に置き、大滝同様、彼らをタコ部屋まがいのスタジオに詰め込んで、ひたすら同じフレーズを合奏させた。自らが思い描く理想のサウンドを具象化するためには、手段を選ばなかった。
 そんな有象無象のミュージシャンらの屍の上に成り立った彼のサウンドは、のちに「Wall of Sound」と呼ばれるようになり、それは多くのミュージシャン、エンジニアらの礎となった。

 既に今の時代、彼の手法・テクニックはロスト・テクノロジーと化してしまっている。どの産業でも言えることだけど、効率化の極端な推し進めによって、失われた技術は多い。悲しいことではあるけれど、それは経済の論理としては当然であり、淘汰されてゆくのは自然の摂理でもある。
 しかし、芸術というのは効率化とは相反するものである。
 手間を省いてもいい工程もあるかもしれないけど、何でもかんでも型にはめてしまうと、そこからこぼれ落ちたものは廃棄されてしまう。ムダの中にも原石はあるかもしれないのだ。
 大滝の言葉の中に、「10知るためには、12やらなければわからない」という名言がある。凝り性の大滝らしい発言だけど、とことん自分が納得行くまで追求していかないと、先には進めないのだ。時間や効率の問題ではない。自分がどう思ったか、どこまでやれば納得できるかが重要なのだ。
 そういった手間のかかる贅沢なプロセスを経た結果が、ソニー時代の膨大な作品群であり、逆に時間的な制約や予算の枯渇によって、クオリティの追求に集中できなかったコロンビア時代は、習作の量産時代であったと言える。

A LONG VACATION
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大滝詠一
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1. 君は天然色
 リハーサルの音合わせからスタート。エレピの音合わせの後ろでざわつくミュージシャンたち。突然の静寂の後、間髪入れずにドラム・カウント、そして一斉にすべての音が中央に収束し、洪水となって溢れ出る。
 何回聴いても、スリリングなオープニング。
 アコギ・プレイヤーを3,4人ズラリと並べ、一斉にストロークをかき鳴らすことによって、単純な個別マルチ録音では成しえない音の塊が、スピーカーの向こうのユーザーを圧倒させる。マルチ・トラックの分離の良さを敢えて捨て、モノラル的思考によって音をひとつの塊としてぶつけることで、ポップスながらもダイナミックなサウンドを展開している。
 ちなみにアルバム・リリースと同時にシングル・カットされたのだけど、オリコン最高36位とチャート的には振るわなかった。ただ、時代性を超越して普遍性のあるサウンドが功を奏したのか、これまでに5回もCMソングとして起用されている、タイトルは知らないけど、意外に誰もが耳にしている曲おひとつ。

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2. Velvet Motel
 夏の夜のリゾート地を思わせる、思えばジャケットの世界観に最も近いと思われるナンバー。熱くさわやかな南風、青く澄み渡るプール、真っ白なデッキチェア。永井博によってデザインされた小物のひとつひとつ、どれもスタイリッシュに洗練されており、その世界に憧れた。
 ただ、80年代の初頭とは、やはり70年代の続きである。そこに描かれた青空は突き抜けるほどではなく、遠い空は暗く黒ずんでいる。

3. カナリア諸島にて
 1.のB面としてシングル・カットされた、リリース当時から人気の高い曲。
 「なんとなく語感が気に入ったから」という松本隆が述懐しているように、ほんとイメージ先行で作られ、そして気に入られた曲である。なので、実際wikiで調べてみて、え、こんな感じなの?と微妙な反応をしてしまったのは、多分、俺だけじゃないはず。
 もともとこのアルバム、最初は大滝詠一原作、永井博イラストの絵本としての出版がプロジェクトの発端であり、その音楽版として企画されたのが、この『Long Vacation』である。絵本の方は企画が途中で頓挫してしまったのだけど、アルバム・ジャケットだけが名残りとして残っている。
 
4. Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語
 この曲だけ、大滝作詞。オールディーズのタイトルやフレーズを散りばめ、言葉遊びを折々に混ぜ合わせた、まぁいつもの「ユーモア感覚あふれる」ノベルティ・ソング。なので、それほど真剣に聴きこむほどのものでもないのだけど、プロデューサー的視点から、こういった息抜き的な曲もアルバム構成的に必要だと判断したのだろう。
 当時でも既に古臭かったSE的なシンセの使い方が逆に新鮮であるのと、鈴木茂のギャロップ気味のギター・ソロが聴きどころ。芸の広い人だからこそできる業だけど、こういったフレーズをリクエストする大滝も大滝である。

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5. 我が心のピンボール
 再び鈴木茂が大活躍。ここでは大滝もソフトなクルーナー・ヴォイスを一旦横に置き、ちょっとワイルドなヴォーカルを披露している。はっぴいえんど時代にもハードなナンバーを歌ったことはあるのだけど、それよりももう少し丸みを帯びた、ファルセットを織り交ぜた多様な彩りを見せている。やりゃできるのに。

6. 雨のウェンズデイ
 ここからB面。まずは2ndシングル”恋するカレン”のB面としてシングル・カットされ、そのまた翌年、A面としてシングル・カットされた、謎の経緯の曲。
 ベーシック・トラックはキャラメル・ママの面々、旧知の仲なので和気あいあいだった、と思われるけど、実際は顔合わせ自体が久し振りだったため、かなり緊張感の張りつめるセッションだったらしい。この頃の松任谷正隆、色々なセッションに顔出ししており、ここでもシンプルながら才気あふれるプレイを披露している。ほんと、やりゃできるのに。
 ちなみにこのシングル、初回プレスがクリア・カラーで、眺めているだけでもマニア心をくすぐられる逸品である。俺も昔、リリースされてしばらくしてからレコード屋で普通に置いてあるのを見つけ、即座に購入した。金欠の際、泣く泣く手放してしまったのが、今では悔やまれる。



7. スピーチ・バルーン
 リリースされてからしばらくは地味な扱いで、それほど注目を浴びる曲ではなかったのだけど、SONY「ハンディカム」のCMソングに起用されてから、俄然注目を浴びるようになった、大器晩成のナンバー。ほのぼのとした作風は、はっぴいえんど時代の”外はいい天気だよ"を連想させる。
 松本隆にしては結構ストレートにセンチメンタルな歌詞のため、歌うのにあまり気が進まなかった、とのエピソードあり。「君の人生 運び去る」というフレーズがどうしても照れくさかった、というのは、やはり「恥」を知っている年代なのだろう。

8. 恋するカレン
 大滝詠一=スペクター・サウンドの申し子、という形容が最もフィットしているナンバー。ウォール・オブ・サウンドそのままに、アコギやピアノ、パーカッションなどの鳴り物類を一斉に録音、また、コーラスにも多くの録音トラックを割いている。後にシリーズ化される、『Niagara Songbook』の伏線とも言える豪華なストリングスが、さらにサウンドをゴージャスに演出している。もうなんていうか、「これでもかっ」ていうくらい、力の入ったレコーディングである。
 サウンドだけでなく、歌詞もほろ苦い失恋、または恋にもなっていない、淡い想いを描いたネガティヴな歌詞が、後の『Each Time』を連想させる。
 ロンバケの代名詞的な曲のため、比較的知名度も高く、カバーも多いのだけど、この音の壁の前では、どんなアプローチも所詮変化球であり、ど真ん中ストレートのオリジナルには到底かなわない。

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9. FUN×4
 一応、この曲でアルバムはラスト。大団円といったムードで軽いポップなナンバー。オールディーズを下敷きにした、肩ひじ張らずに聴けるパーティ・ソングである。あまり意味なんか追求しちゃいけないんだろうな、きっと。
 ちなみに女性のセリフ(「散歩しない?」)は太田裕美、ラス前の狼の雄叫びで五十嵐浩晃が起用されたのは、単に同じソニーだったから。まぁ太田裕美は10.のカバーもしているから接点はあるにして、五十嵐についてはほんとたまたまだったんじゃないかと思われる。
 さらに補足、五十嵐は北海道出身、音楽的には”ペガサスの朝"一発で終わったのだけど、地元ベースでの芸能活動を継続中である。しかし、そのメインの仕事が深夜のすすきの紹介番組というのはいかがなものか。
 諸行無常である。

10. さらばシベリア鉄道
 9.のラス前、ミュージシャン・スタッフらによるアンコールの声援に応えて演奏される、ほんとに最後のシリアスなナンバー。タイトル通り冬の歌なので、『Long Vacation』の本流のコンセプトとは外れているため、あくまで別枠扱いとなっている。後年再発されたヴァージョンによっては、この曲のみオミットされている盤もある。
 この曲のみJoe Meekへのオマージュという形を取っている、とのことだけど、確かにドラムの軽さ、北欧を連想させるギターの響きなどは、スペクター・サウンドとは異質である。
 歌詞はほんと松本隆の歌謡曲的世界観、シベリアを舞台としながら、どこか異世界の異質な時間で展開されるドラマ仕立てとなっている。これまでのどの曲よりも現実感が薄く、彼のロマンチシズムが濃厚に描かれている。
 ドラマティックな歌詞、壮大な雪原を連想させるサウンドなど、凝りに凝った舞台装置の中、大滝のヴォーカルは絶好調である。この人、どちらかと言えば声質に癖がないため、気合を入れて歌ってもあまりダイナミックさは伝わらないのだけど、この曲においては、すべてがドンピシャにはまっている。
 
 
 


 コロンビア時代に徹底して追及していた趣味趣味音楽、どちらかといえばノベルティ・タイプ、リズム優先の曲が中心だったのだけど、ソニー時代に入ると一転してメロディ、ヴォーカルを聴かせるサウンドへと方向転換した。そのためにはどうしても、世界観を共有できるパートナー=共同制作者、松本隆の力が必要だった。さらにドラマティックに演出するため、泣きのギターを響かせる鈴木茂が必要だったし、細野は…、よくわからないけど、あの存在感は必要だったのだろう。

 必勝のサウンド・フォーマットを確立したことによって、このアルバムを起点として、日本のポップスの流れが大きく変わることになる。当時隆盛だった歌謡曲のフィールドにおいても、彼のサウンドは受け入れられ、様々な作曲・プロデュース依頼が舞い込むことになる。
 シンガー、作曲家としてのステイタスはかなり盤石のものとなったけど、彼が最も重要視するレーベル・オーナーとしての自己評価は、まだ水準に達していなかった。
「ナイアガラ・レーベルは、大滝個人のレーベルではないのです」
 ということで、アーティスト・ラインナップの充実を目指すため、ナイアガラ・トライアングルの復活に向けて、暗躍や段取りに動くのだけど、それはまた後の話で。



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世界のジャズ・ファンク・バンド巡り:オランダ編 - Lefties Soul Connection 『One Punch Pete』

51FcdAB0O6L いつの間にLeftiesが去年の秋に来日しており、たった3つだけどライブを行なっていたことを今年になってから知り、いまさらだけどご紹介。
 来日記念のベスト・アルバムまで出ていたというのに知らなかったってことは、俺の注意不足だったのか、それとも来日自体、あんまり盛り上がらなかったってこと?
 だって、札幌来ねぇんだもん。

 ネット社会に発達によって、国境や言語などの壁が低くなり、最低限の通信環境さえ整っていれば、どんな辺境でだって世界中の音楽が入手できるようになった。ラジオや雑誌くらいしか情報収集の手段がなかった昔から見れば、それはもう便利な世の中にはなったのだけれど、逆に情報量が膨大になったおかげで、すべての情報を把握することはほぼ不可能、常にアンテナを張り巡らせておかないと、迷宮の中を永遠に彷徨わなければならない。
 特定の音楽だけなら小まめなチェックも可能だけど、俺のように日々新しい音・興味のある音を探し求めている者にとっては、どうしてもこぼれてしまう部分が出てくる。チャンスの神様は前髪しかない。通り過ぎてしまうと、後ろはハゲているため、掴むことができないのだ。
 
 で、Lefties 、オランダ国内の評判は良く知らないけど、まぁこういったバンドの特性上、チャートの常連というわけでもなさそう。オランダ発のバンドということで、オランダの地域性・風土性が音楽性に表れているのかといえば、多分そんなことはないはず。そりゃそうだ、日本のバンドで雅楽を嗜んでいるのがどれだけいるのかと言えば、ほとんど皆無に等しいはずだし。
 ちなみにオランダ出身のアーティストで有名なのが誰なのか、まったく思いつかなかったためググってみたのだけど、ゴシック・メタル系のWithin Temptationがオランダ出身だということ。うん、名前くらいは聴いたことがある。でも、その程度だ。

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 メンバーはOnno Smit (G)、Pieter Bakker (B)、Cody Vogel (Dr)の基本リズム・セクションに、Alviz (Hammond Organ)がリード楽器として入り、曲によってヴォーカルが必要な場合はサブ・メンバーとしてMichelle David (Vo)という女性が入るといった布陣。特別オランダだからというわけでなく、基本フォーマット通りのジャズ・ファンク・バンド・スタイルである。
 ちなみにバンド名の由来は、結成当時のメンバー4名のうち、3名が左利きだったから、という、なんかどうでもいい理由。まぁ何となくゴロも良かったから、取りあえずこれでいいんじゃね?といった軽い感じで命名して、また何となく活動を続けてたら、改名する機会も失ってしまった、とのこと。あまりにもどうでもいい理由なので、まぁそれがほんとなのかどうか知る由もない。インタビューで適当に答えてしまったことが、いつの間にか既成事実となってしまったのかもしれないし。

 特別大きなセールス・ポイントもない、悪く言えばステレオ・タイプのバンドなのだけれど、実はこれ、Leftiesに限らず、どのジャズ・ファンク・バンドにも言えること。この手のバンドは基本、どれも同じようなコンセプト・同じメンバー編成のため、大きく差別化を図るのが難しい。ざっくり言えばLefties、Metersをルーツとするファンク寄りのサウンド志向なのだけど、まぁこういったバンドも世界中にいっぱいいる。しかも、ほとんどのバンドがインスト主体のため、どれも同じように聴こえてしまい、大きく差別化を図るのが難しい。
 なので、何曲かはゲスト・ヴォーカルを入れて曲調にヴァリエーションを持たせる、というのが多くのバンドでは一般的である。こういったバンドの場合、大体どれも演奏スキルが高いので、結果サウンドの音圧が強くなり、そのためバンドのパワーに負けない声量を持ったヴォーカリストが必要になる。すると、どうしてもソウルフルなシャウター型のヴォーカリストが起用されることが多くなり、結局テイストが似通ってしまう。どうしたものか。

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 で、「人と同じで何が悪い?」というのが、実は本題である。
 どの時代にも最先端を走る音楽というのがあり、ちょっとしたアイディアや発想の転換などが、業界全体をリードしてきたのだけど、この「ちょっと」というのが重要であり、この加減を間違えてしまうと、マスに受け入れられない場合が多い。あまりにも突出してしまうと、万人の人知を超えて理解不能の域にまで達してしまい、ほんとごく少数の好事家の間で語られるのみとなってしまう。

 で、巷に溢れかえる世界中のジャズ・ファンク・バンド、いやそれに拘らなくてもいいや、まだ音楽のみで食っていくには微妙なラインの、ライブ活動中心のバンドにとっては、とにかく演奏出来る機会があること、そういった場があることだけで満足なのだ。わざわざ勝手の違う地域を廻って延々続くツアーを行なうより、地元周辺のクラブで馴染み客中心のオーディエンス相手に、定期的にプレイできれば、それで万々歳、わざわざ高いリスクを払ってまで、CDリリースや海外公演を行なうことは、今の時代、あまりにリターンが少なすぎる。

 今回のLeftiesのライブ・ツアーにMichelleは参加しなかった。ヴォーカルなしのインスト・バンドだけでは、ライブハウスとはいえ、言葉の通じないオーディエンスを引き付けるのは至難の業だったことだろう。サイド・ワークである演劇の仕事が入っていたことも来日できなかった理由のひとつだけど、多分予算の都合も含まれていたと思われる。
 それにLefties、まだまだバンド全員が音楽一本で食っていけるほどの状況ではない。本来なら、来日ツアーだって青天の霹靂みたいなものだったろうと察する。
 それでも彼らは、そこにステージが、オーディエンスがいれば、楽器を担いでステージに赴き、日々演奏に励むのだ。少数ではあるが、彼らの音を求める聴衆のために、そして自分たちの楽しみのために。


One Punch Pete
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1. Shake It Up, Burn It Loose Ft. Michelle David 
 いきなりアッパー系のファンキーなナンバーからスタート。1分前後の唐突なブレイクで一旦クール・ダウン。そしてまた一気に急展開。ジャズっぽさは欠片もなく、Meters直系のアメリカン臭プンプンとしたナンバー。Micheleがグルーヴを産み出し、バンドが引きずられてる印象。ほんと、バンドとヴォーカルとの一騎打ち。
 


2. She's Not Answering Ft. Michelle David 
 まるでスパイ映画のサウンドトラックっぽい仕上がり、007、しかもゴールドフィンガーっぽい。実際、映像を感じさせるスリリングな演奏。叩きつけるようなMichelleのヴォーカルも、抑えながらもファンキーさは絶品。1.とセットで、「静と動」「陰と陽」といった印象。

3. Code 99 
 同じく60年代スパイ映画のサウンドトラックっぽいインスト・ナンバー。やはりハモンドがこれだけ軽快に鳴っていると、一気に時代が逆行した印象。まぁそれを狙っているのだろうけど。

4. The Hump 
  続いて、怪しげなベース・ラインから始まるスパイ映画第3章。これだけ続くと、ほんとにこういったのが好きなのか、それともオランダのライブ・シーンではこれがメッチャ受けてるのか、さぁどっちだろう?
 ただ、これだけ同じ曲調の物が続くと、ちょっと飽きてきてしまうのも事実。

Lefties Soul Connection

5. U Got Me Ft. Michelle David 
 で、ここら辺でちょっと曲調を変えている。リズムが思いっきりセカンド・ラインで立っており、ここはセッション・バンドの意地を見せる。ハモンドが大活躍。アルバムの中でも土臭さは一番。もともと俺的にはアメリカっぽさ、特にブルース臭が苦手なのだけれど、これは結構好き。

6. Have Love Will Travel Ft. Flo Mega 
 さらに土臭さ男くささが全開。二人目のゲスト・ヴォーカリストは男性。ググって写真を見たら、ややゴツ目の普通の白人だった。まぁオランダだから当たり前か。テクニックはそれほどないが、押しの強さがバンドと拮抗している。
 


7. Cover My Eyes Ft. Corrina Greyson 
 オールド・スタイルのスロウなソウル・ナンバー。Otisあたりが歌ってもしっくり、何の違和感もなさそう。コード進行のせいなのか、Leon Russellっぽい瞬間も時々ある。サザン・ソウルが好きな人なら聴いて間違いない。

8. You Don't Know Ft. Corrina Greyson 
 7.に続いてヴォーカリスト3人目。New Mastersoundsでもゲスト・ヴォーカルで参加しており、この周辺のバンドには重宝がられているのか?
 シングル・カットされただけあって、ファンキーでポップ、それでいて覚えやすいナンバー。ちょっと泥臭いモータウン・ナンバーといった風情。本場モータウンよりリズムが立っているのが、この曲のポイントか。
 


9. Rimfire 
 サーフ・ロックとサイケデリック・ファンクの合体みたいなインスト。こういった引き出しもあるのかと、懐の深さに感心。VenturesとJefferson Airplaneが交互に演奏しているかのような、そこはもう60年代。

10. Buckaloose 
 レコードで言えばA面を「スパイ映画サントラ風」、B面を「60年代サイケ・ファンク」といった風に分けているのか、ここも時代はサイケデリック。2分辺りのブレイク、その後のギター・ソロがカッコイイ。
 本人たちとしてはどっちもやりたいのか、それともウケる方も戦略的に半分行なっているのか。まぁいろいろやりたいんだろうな。

11. Ridin' On Candy 
 あまりファンクっぽさを感じさせない、どちらかといえばロック寄りのナンバー。ユルいセッションの中で生まれたような、リラックスしたムードで行なわれたかのような、それぞれのソロをフィーチャーしつつ、大きなグルーヴに発展する、プレイしている側も楽しいナンバー。
 
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12. One Punch Pete 
 タイトル・ナンバーもインスト。ややサザン・ロック調。アメリカのジャム・バンドあたりをイメージしてもらえば分かりやすい。疾走感があり、これまでのどのトラックよりもロック寄りになっているため、馴染みのない人でも聴きやすいと思う。あ、だからタイトル・ナンバーなのか。

13. Baby Come Back Ft. Michelle David
 最後を締めるのはやはりMichelle。ちょっとドラマティックなスウィート・ソウル。泣きのメロディ、泣きのギターが揃い、ステージ映えするんだろうな、きっと。Michelleのヴォーカルもこのアルバムでは一番の情感がこもっており、それでいて終始クレヴァーにプレイするバンド・メンバー。こういった曲はどっちも熱くなると、まとまりがなくなりがちなので、このくらいのバランスの方がうまくいく。
 



Doin' The Thing : The Best Of LeftiesSoul Connection
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とにかく俺、俺俺俺の大洪水 - John Coltrane 『Giant Steps』

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 1960年代末のMiles Davisは、既存のジャズの枠組みの中で自分のヴィジョンを表現することに限界を感じ始め、エレクトリック楽器の導入に至った。Miles以前にも、ピアノや弦楽器をアンプ増幅させることによって、目新しさを演出したミュージシャンはいたのだけれど、彼らのどれもがジャズの話法、コード進行はそのままに音色を置き換えただけで、新たな価値の創造とまでは行かなかった。
 Milesの場合、Stockhausenに代表される現代音楽に始まり、ファンクのリズムやミニマルなアフロ・ビート、そして晩年にはヒップホップまでも取り込むことによって、「Miles Davis」 としか形容のしようがないオンリーワンの音楽ジャンルを創り上げた。
 それに対し、あくまで「ジャズという枠組み」の中において、様々な創造と変革を行なっていたのが、John Coltraneである。

 1955年にMilesのバンドに加入したことを起点として、1967年肝臓ガンで亡くなるまでをキャリアとすると、実質の活動期間はほぼ10年強と、あまりにも短い。ただ、まるでそんな短命を予知していたかのように、彼は膨大な量の演奏活動を行なっている。死後間もない頃から、その発掘プロジェクトはスタートし、今でも絶賛進行中である。

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 近年ではロックもその傾向が強いのだけど、ジャズの世界ではCharlie Perkerの昔から、過去の発掘作業が盛んである。特に1950年代から60年代、ジャズとしては黄金時代のアーカイヴは今でも需要が多く、レコード会社としても力の入れ方が強い。ていうか、現役のアーティストよりも往年のジャズ・レジェンドたちのニーズが多く、純粋な新譜よりも、過去の再発の方がアイテムが多いという状況が長年続いている。
 で、その発掘作業、世界中のレコード会社はもちろんのこと、一般的なファンの間でも精力的に行なわれている。金銭授受を目的としないファン有志らによって、ラジオ・TVの私的録音物など、ほんと「ここまでやるか」的な物まで探し当てられ、きれいにリマスタリング・リミックスされたりして、高いクオリティの物ならCDとして発売、また録音レベルが低い物は、ネットで無料で公開されたりなどしている。
 生前の発表物より、死後のアーカイヴの方が物量的に勝っているのは、モダン・ジャズのアーティストなら有りがちなことである。ただ本人としては不本意な出来のモノも白日の下に晒され、正規盤なのにブート並みのクオリティの商品も、決して少なくない。ファンにとっては、そういった不出来なモノも含めてのリスペクトなのだろうけど、もはや口出しできない本人としては、雲の上で何とボヤいているのだろうか。
 
 俺自身、Coltraneのアルバムは何枚か持っていたり音源で持っていたりしてはいるけど、そこまで熱心なファンではない。よって、別テイクや未発表テイクなど、そういった余りモノに食指は動かないのだけれど、まぁ雑誌やネットの煽り広告を見ていると、それだけでも楽しくなってしまう気持ちはわかる。
 「あの伝説的セッションの未発表ヴァージョン!!」「3テイク録られたうちのボツテイク2曲収録!!」なんて惹句を見ると、なんかそれだけでもワクワクしてしまう。とは言っても、別にわざわざ買ってまで聴こうとは思ってない。ロック/ポップスの場合にも当てはまるのだけれど、よほどの熱狂的ファンでもない限り、このような追加収録の類は、ほぼ2、3回聴いちゃうと満足して、もうそれっきりという場合がほとんどである。

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 『Giant Steps』はアトランティック移籍第一弾、シーツ・オヴ・サウンド奏法を確立した最初のアルバムと言われている。
 『My Favourite Things』のレビューでもチラッと書いたのだけど、理論的なことはよくわからない。ただ色々な文献を読んで聴いてみて、最終的に至った結論は、「ひとつのコードをすごく細かく切り刻み、テンポはめちゃくちゃ早く、切れ目なく続く音の洪水」ということである。あくまで俺的に、ということなので、間違ってたらごめん。

 これも誤解を恐れずに言うと、この時点ではまだシーツ・オヴ・サウンドに着手したばかり、まだ最終形態には達していない。バンド・メンバーらも、どこまでColtraneの真意を理解していたのかは怪しく、Coltrane本人にも迷いというのか、自分が理想とするヴィジョンと実際に出てくる音との間に、かなりのギャップを感じていたんじゃないかと思える。
 Coltraneが独走状態で空間を音で埋め尽くしているのに対し、他のメンバーはまだ従来のモダン・ジャズの延長線上で音を鳴らしている印象。Coltraneのプレイがあまりにも暴走気味なため、バンドが必死になって追いつこうとしている状況である。
 それだからなのか、決して完璧な演奏ではないのだけれど、そのギャップという違和感、迷走具合によって、まだ完全にシンクロしていない演奏には独自の緊張感がみなぎり、それゆえ結果的に白熱したセッションに仕上がっている。

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 技術を極めた一流の野球選手が、その現役時代のピークを表現する際、「ピッチャーの球が止まって見える」と口にすることがあるけど、モード奏法確立時のColtraneがまさにその状態だったんじゃないだろうか。
 彼にとって理想のヴィジョン、脳内で日々紡ぎ出される理想の音楽とは、決してフル・スロットルではなく、ナチュラルな状態で演奏して、ちょうどこんな感じだったのでは。もしかすると、もっとテンポは速く、音符で書き表すこともできなかったのかもしれない。ただ、それを表現するためのテクニカルな問題が立ちはだかったと共に、バンド・メンバーにそのコンセプトを伝えるための言葉や手段が想いつかなかった―、その結果がタイトル曲に結実してるんじゃないんだろうかと思う。

 完璧な音楽など、この世にはない。
 優秀なミュージシャンなら、誰もがそう思うだろう。この『Giant Steps』も彼にとっては理想のシーツ・オヴ・サウンドの通過点、せいぜい甘く見て80パーセント程度の仕上がりだったかもしれない。


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1. Giant Steps
 最初のテーマに騙されてはいけない。軽快なモダン・ジャズ・マナーの冒頭ソロから30秒もすると、音の洪水。よくこれだけ吹き切れるものだと、多分当時のリスナーも感心したんじゃないかと思われる。Art Taylor(Dr)、Paul Chambers(B)による安定したリズム・セクションに乗せて、Coltraneが縦横無尽に、そりゃもう吹きまくっている。
 こうして聴いてみると、『Giant Steps』の魅力とは、鉄壁のリズム・セクションに支えられてのものだと、改めて気づかされる。この後、Coltraneはシーツ・オヴ・サウンドをとことん追求してゆき、次第にフリー/アバンギャルドの方面へ向かってゆくのだけど、言ってしまえば、まぁ聴く人を選ぶ音楽である。このアルバム以降は、メンバー全員がフリーの演奏言語を駆使することによって、既存のジャズの物差しで測ると、まとまりがなく、とっ散らかった印象のサウンドが量産されることになる。みんながみんな、好き放題にやってしまうと、焦点がブレてポイントがわかりづらい。しっかりした土台の上でないと、それはただの不協和音になってしまう。
 ちなみにリズム・セクションがクレバーに、Coltraneがマイペースであるにもかかわらず、勝手の違う音楽に振り回されている一般人という印象が、Tommy Flanagan(P)。才能の問題ではなく、ここでの彼はひどく凡庸で、演奏にやっと着いていっている、といった印象。
 


2. Cousin Mary
 ほぼ1.と同じ構造、コード進行の曲。やはり30秒くらい経過すると、再びシーツ・オブ・サウンドが展開されるのだけれど、ここではもう少しテンポは緩めに、Coltraneのソロもマイルドになっている。ボスがお手柔らかにしてくれたおかげで、Flanaganのバッキングも堅実で、ソロも及第点。
 他のCDでは不明だけど、このアルバム、鍵盤のヴォリュームが小さくミックスされているため、Flanaganにとってはやや不利な状況である。リズム・セクションは相変わらず安定、Chambersも安心して聴いていられる。

3. Countdown
 ここはドラム・ソロよりスタート、すぐにColtraneの攻撃的なソロに代わり、しばらくはひたすらハイハットを叩かされるTaylor。録音の合間の肩慣らし的な、怒涛のような2分間。
 
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4. Spiral
 基本、Coltraneはソロイストである。Milesとの違いがここ。
 Milesの場合、あまり自分のソロに固執するタイプではない。どちらかといえば、トータルな音像・コンセプトで自己表現するタイプなので、自分以外のソロも積極的に対等に扱っている。逆にColtraneの場合、どうしても自分メインとなってしまうため、下手するとどの曲も一本調子となり、同じように聴こえてしまう危険性を孕んでいる。
 この曲がそういった見本。Coltrane的なアベレージは充分クリアしているのだけれど、続けて聴いていると飽きが来てしまう。こんなこと本人にはとても言えないけど、もう少しバリエーションを考えても良かったんじゃね?とさえ思ってしまう。

5. Syeeda's Song Flute
 有名なリフから始まる、このアルバムの中では比較的キャッチーでポップな曲。この時期のColtraneとしてはモード・ジャズっぽい感じで、ブルー・ノート時代のアルバムに入ってても違和感がない。悪い意味ではなく、安心して聴ける曲。
 


6. Naima
 当時のColtrane夫人に捧げた、ナイーヴでセンチメンタルなバラード。俺的にこのアルバムの中では、タイトル・ナンバーと並んでベスト・テイク。中盤のWynton Kelly(P)のソロはBill Evansそっくりだけど、彼よりもっとアタック音が弱く、ソフトな印象。Coltraneのソロも充分なタメを使い、情緒たっぷりにプレイしている。ちなみにこの曲のみ、ドラムもJimmy Cobbに交代。
 


7. Mr. P.C.
 そう、これがあったんだ。
 これはモードとシーツ・オブ・サウンドの良質な融合といった印象の、プログレッシヴとスタンダードとの奇跡的な出会い。めでたく全テイク、フル出場となったChambersの名前を冠しているが、それほど全面的にフィーチャーしているわけでもない、まぁセッション時に適当につけた仮タイトルが、そのまま正式名称に昇格したと思われる。
 この曲は後半5分くらいから始まる、ColtraneとTaylorとの掛け合いがポイント。音で埋め尽くそうとするColtraneと、雷鳴のように鳴り響くバスドラとのガチンコ・バトルが面白い。どちらもパワー全開の大勝負。




 ちなみにリリースが1960年、没年まであと7年を残すばかりとなっている。もちろんこの時点では、死ぬことなど微塵も考えてなかっただろうけど、この後の怒涛の変幻自在振りは凄まじく、最終的には万人の理解を得るには難しい世界に行ってしまうのだけれど、アトランティック時代、少なくともインパルスの初期くらいまでは、まだモダン・ジャズの領域に片足を残していた頃であり、ジャズ初心者でもまだ理解しやすいはず。

 体調が良い時でないと、なかなか最後まで聴きとおすことができないアルバムである。聴き手にもそれなりの努力を要求する、敷居の高いアルバムだけれど、聴きやすい曲、例えば1.5.6.7.あたりから試しに聴いてみるのがオススメ。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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