好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

モテたくてモテたくって…、イヤつまりその、君のコト好きなんだ - 岡村靖幸『家庭教師』

kateikyoshi  1990年発売、岡村ちゃんにとっては、4枚目のオリジナル・アルバム。オリコン・アルバム・チャート最高7位…、って、えっ、こんなにチャート低かったのっ?、ていうのが正直なところ。
 1990年といえば、空前絶後のバンド・ブームもちょっと落ち着いてきて、ユーミン、サザンなど、ベテラン・ミュージシャンらが息を吹き返し、ビッグ・セールスを叩きだしていた頃である。TVドラマやCMの主題歌が幅を利かせ、アニメ『シティー・ハンター』以外、強力なタイアップのなかった岡村ちゃんにとっては、分が悪かった時代でもある。
 というわけで、シングルはまぁ仕方ないとしても、アルバムはもう少しチャート的に健闘していると思っていた。

 もう少し詳しく調べてみると、発売月が11月、各レコード会社は年末商戦に差し掛かる頃である。よほどの知名度がない限り、それほど話題性のない、ましてや若手アーティストを、力を入れてプロモーションするはずもない。強力なヒット・シングルが入ってるわけでもなく、ましてや夜ヒットやMステに出たわけでもないので、宣伝する方もセールス・ポイントが定まらなかったのだろう。

 当時の所属レコード会社であるソニーは、岡村ちゃんに限らず、そういったクセのあるアーティストを多数抱えていた。従来なら、そういった彼らを世に広く知らしめるためには、地道なラジオ局廻りか音楽雑誌媒体しかなかったのだけど、手軽にPV製作ができるようになってからは、映像によるプロモーション展開が可能になった。ただ、日本ではまだスペースシャワーもなかった頃、なのでソニー、自社制作によるPV紹介番組『ez』を深夜帯にオンエアしていた。ゴールデン・タイムではお呼びのかかりづらいソニー系アーティストは、ここを踏み台にして知名度を上げてゆくのが定石だった。岡村ちゃんもデビューしてからしばらくは、そのローテーションの中に組み込まれていた。"だいすき"や"Peach Time"なんて、ここで何度か見たかわからないくらいである。
 よって、当時岡村ちゃんの姿を拝めるメディアは限られており、昼間やゴールデン・タイムに動く姿を見ることは、ほんと稀だった。

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 最初に岡村ちゃんの名前を知ったのは、アーティストとしてではなく、渡辺美里のアルバムで作曲家デビューしてのこと。シングルにもなった"Long Night"、今もライブでは重要曲である"Lovin’ You"など、気になった曲のクレジットを見てみると、すべて岡村ちゃん作曲のナンバーだった。
 当時TMネットワークがボチボチ知られつつあった小室哲哉も、主要ブレーンとして深く関わっていたけど、俺としては、まだデビューもしていない、無名の岡村ちゃんの楽曲の方に強く惹かれていた。

 その後、『シティー・ハンター』のエンディングでちょっと名が売れたりもしたけど、これについてはTMの"Get Wild"の方が圧倒的にネーム・バリューが強く、そして後世に伝えられる名曲となった。

 俺が再び興味を抱いたのはもう少し後、セルフ・タイトル『靖幸』、ベスト『早熟』とが続けざまにリリースされた頃だ。"聖書"、"だいすき"と、今でもファンの間では人気の高いキラー・チューンがシングルでも発売され、一般層にも少し知名度が上がってきた頃である。
 この辺で、確か主演映画も撮っていたはず。大してヒットはしなかったけど、「ちょっと変態チックな歌を歌う、ダンスの上手いPrinceフォロワーがいるらしい」という風評は広まった。形はどうあれ、岡村ちゃんのパフォーマンスは人々の記憶に残り、ある者は拒絶反応を示し、そしてある者は熱狂的に虜になった。

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 そして、この『家庭教師』である。
 "どぉなっちゃってんだよ"がリード・シングルとして先行発売され、ラジオで一発目に聴いたとき、マジで衝撃が走ったのを覚えている。車のCMソングにもなった"だいすき"からほんの2年弱、それが"どぉなっちゃってんだよ"になってしまったのである。
 この人はこれからどこへ行こうとしているんだろう、と思いつつ、日本ではまだ馴染みの薄かったファンク・ミュージックを自分流に消化して、「スター」岡村ちゃんへと昇華してゆく様は、20歳前後の男にとっては、暑苦しくってもどかしくってイカ臭くってちょっと女々しい、リアルなメッセージだった。


家庭教師
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1. どぉなっちゃってんだよ
 初っぱなを飾る、これ以上はないというくらい、理想的なオープニング。岡村ちゃんの場合、セルフ・レコーディングが基本であり、ほぼすべての楽器を自分で演奏しているのだけど、どれもプロ顔負けの音を出している。いやもちろん、いわゆるハイ・テクニックなプレイではない。技術的にはアレなのだけど、スタジオ・ミュージシャンがお仕事でやってるような、無表情な音ではない。聴けば一発で、岡村ちゃんだとわかる、非常に記名性の高いサウンドなのだ。特にギター、アコギのカッティング・センスはスゴイ。

「俺なんかもっと頑張ればキット 女なんかジャンジャンモテまくり」

 とにかく、この詞のインパクトが強い。これだけむき出しの欲望を、エロく切実に、しかもポップに表現するアーティストなんて、これ以前も以降もいなかった。エロとポップの微妙なバランスがピタリとかみ合った瞬間、それが『家庭教師』というアルバムの形で残された。
 こうやって詞だけ抜き出して書いてみると、何だかとても間が抜けているのだけど、これが岡村ちゃんのヴォーカルで歌われると、切実な思いが胸に刺さる。
 『モテキ』の挿入歌として、または桜塚やっくんのカバーによって、発表当時よりはも少し知られている曲。



2. カルアミルク
 岡村ちゃんのバラードの中では3本の指に入る名曲。どのカラオケにも必ず入ってるし、岡村ちゃんビギナーにもとっつきやすく、しかも長年のファンの間でも人気のある、幸せな楽曲。
 「ファミコン」「ディスコ」「レンタルのビデオ」「六本木」など、1980年代後半の若者風俗がリアルに窺える、しかしそれでも古く聴こえない、不思議な曲。



3. (E)na
 モロPrince『Parade』『Lovesexy』期のサウンド引用によって作られた曲。イヤ、オマージュ、リスペクトというべきか。
 過去・現在を通して、Princeサウンドのフォロワーは、古今東西数多く出現しているのだけど、この頃の岡村ちゃんはサウンドだけでなく、存在意義・概念までをも体得し、しかもほんの一瞬ではあったけど、オリジナルを凌駕するまでに至った、数少ない一人だったと思う。
 岡村ちゃんのPVの中では、最も好きな曲。やはりPrinceを強く意識したダンスがタップリ見られる。



4. 家庭教師
 全編岡村ちゃん自身によるアコギの弾き語りによる、めっちゃファンキーなナンバー。タイトル・ナンバーながら、アルバムの中では異色の出来という、何だかよくわからない曲なのだけど、岡村ちゃんの暗黒面を露わにした曲と言えばいいのか。
 後半の長い長いモノローグ、感情をむき出しにしたギター・ソロなど、Prince"Crystal Ball"の世界に近いものがある。

5. あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう
 アコギのストロークによるオープニングが、とても気持ちいい。いつもよりレベルの大きい、ノン・エコーのヴォーカル、人工的な少年少女合唱団(風)のコーラスなど、結構遊びの多い曲。展開もめぐるましく、珍しくエフェクターを利かせたギター・ソロ、中盤にマーチング・バンドが入り、またアウトロが妙に長く、ファンクというよりはむしろ、プログレ的展開さえ窺える。
 アルバム・リリース直前に先行発売された当時、ライト・ユーザー対象のメディアでは、タイトルの長さばかりがよく取沙汰されていたけど、もう少しシリアスなメディア(といってもロキノン周辺くらいしかチェックしていなかったが)では、手放しで称賛し、色めき立っていたのを覚えている。それまではむしろ、暑苦しくってもどかしくってイカ臭くってちょっと女々しい、リアルなメッセージの歌詞ばかりが注目されていたのだけど、このアルバム・リリースの前後辺りから、その作り込まれた密室ファンク・サウンドにも注目が集まった。
 やはり『モテキ』で再び注目を浴びた。



6. 祈りの季節
 なんか古臭いサウンドだな、とずっと思ってて、改めて聴き直してみたら、ドラムのエコーがちょっと違和感があった。間奏のMilesっぽいトランペット・ソロはカッコイイと思うのだけど、そこがちょっと惜しい。
 日本の少子高齢化社会を先取りした歌詞はメッセージ性が強いと思われがちだけど、要するにヤリたいだけである。目的を成就するためには、それなりの設定、舞台装置が必要なのだ。

7. ビスケット Love
 再びPrinceテイスト、スカスカなビートボックスから始まるスロウ・ファンク。日本ではまだ一般的でなかった、テンポのゆったりしたネチッこいファンク・サウンドに、これまたネチっこく絡みつくヴォーカルで、ダブル・ミーニング入れまくりの歌詞が乗る。
 イチャイチャするのが好きなんだ好きなのはSEXだけじゃないんだけど君のことがとっても大事でもちろん体だけじゃないんだけどでも…、
でもやっぱり君とSEXがしたいんだ!
 っていうことをエロく、けれど真剣に歌い上げる岡村ちゃん。まさしく岡村ちゃんワールドである。
 実は、この曲の最大の聴きどころは歌が終わってから、終盤アウトロでネチネチと続く、先輩の彼女へのピロー・トーク(?)である。

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8. ステップUP↑
 今度は同じファンクでも正統派、JB風ブラス・バンド入りファンク。「倫社と現国学びたい」というサビがクセになる。さすがに管楽器は岡村ちゃんの手に負えるるものではなく、外部ミュージシャンの起用によって、スタジオ・セッション風の音作りになっているけど、前曲の密室感から一転、開放感に溢れている。

9. ペンション
 ベッタベタなピアノ・バラード。でも日本人でこういったメロディが嫌いな人は、よほどの偏屈者か才能に妬む同業者のどっちかしかいないはず。

 「あだ名から 「さん」づけ呼びへの 距離を測れないだなんて
  ちょっぴり僕より 大人だね ねぇリボン」


 プライドの高い童貞っぽさがプンプン臭う歌詞を書く岡村ちゃんは、とても清々しいのだけど、この曲、その岡村ちゃんエキスがかなり濃く、静かなバラードなのに、最後のアドリブでは絶叫にも近いフェイクを入れている。
 女性シンガーが歌ったら、曲自体の良さはもっと引き立つはず。



 このアルバム・リリース後、それまでの蓄積を出しきったのか、岡村ちゃんはスランプに陥り、次のアルバム『禁じられた生きがい』リリースまで、なんと5年を要することになる。さらにこの後は、アレがこうしてあぁしてと開店休業状態、ここ数年でようやく復活の目途がついた感じとなっている。

 もちろん、現在の岡村ちゃんには、当時ほどキレッキレのイメージはない。才能と人格と感性とを削るような、あの切羽詰まった感覚は、もともと長く持つ類のテンションではないのだ。

 Princeと松田聖子をリスペクトし続けて、ここまでやって来た岡村ちゃん自身にも数多くのフォロワーが生まれ、彼らに助けられたりしながら、少しずつではあるが創作活動を再開している。

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 近作"愛はおしゃれじゃない"のように、積極的に若手フォロワーとコラボしていった方が、良い物を作れると思う。
 いくら気持ちの若い岡村ちゃんでも、もうアラフィフである。普通の50代前後のアーティストなら、自分のスタイルを頑固に貫き通すがあまりファンにソッポを向かれるか、若者に迎合しようとして媚びて取り入ったはいいものの、逆に「ウザい親父」認定されてしまって自爆してしまうか、どちらにしろロクなことはない。

「昔の岡村ちゃんもいいけどさ、いまの岡村ちゃんもスンゴイんだぜ?」とリスペクトする若手たちをアゴでこき使い、手弁当でプロデュースさせ、しまいには共作までやってしまったのが、このシングルである。



 50近くになって、こんな歌を歌える岡村ちゃん、そして歌わせた小出君の功績はデカい。
 結果的に、少しずつではあるけれど、すべては良い方向へ向かいつつあるので、
 無理しない程度にがんばってね、岡村ちゃん。



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日本のポップ馬鹿、有終の美を飾る名作 - 大滝詠一 『Each Time』

ent20140124_07  というわけで、ポップ馬鹿日本代表大滝詠一、ソロ・オリジナルとしては最後のアルバム。オリコン・アルバム・チャートにおいても、最初で最後の1位獲得アルバムでもある。

 前作『A Long Vacation』から約3年ぶり、3回に及ぶ発売延期を経て、待ちに待ったリリースということもあって、Michael Jackson『Thriller』全盛の中、年間チャートでも3位と大健闘した。俺としても、リアルタイムで入手したアルバムだったので、これまた思い入れも深い。
 
 このアルバムのリリース後、彼の活動ペースは格段に落ち、ほぼ表舞台からは身を引くようになる。楽曲提供やプロデュースなど裏方作業がメインとなり、表立った活動はといえば、せいぜい山下達郎との年に一度の新春放談くらい。
 そもそも昔からフロントマン・タイプの人ではなく、裏方でちょこちょこやってるのが好きな人だったので、この辺が潮時と判断したのだろう。一応大ヒット・アルバムも出したし、次回作のプレッシャーからも解放されたので、肩の荷が降りたことを機に、一線から身を引いて、マイペースな活動を続ける心づもりだったのだろう。
 一般受けする作品はもう作ってしまったので、これからは何年かに一度、趣味性の高いアルバムを、自分のペースでリリースしてゆこう-。

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 多分、そこからが本人以外には知りえない、苦難の途が始まったのだろう、と思う。
 もともとの創作スタイルが、昔聴き慣れ親しんだオールディーズへのオマージュ/リスペクトを、現代のアレンジによって作品にフィード・バックしてゆくのだから、膨大な専門知識が必要になる。それに伴う作曲レベルの向上も必須だが、専門的に音楽を学んだわけではないので、次第にパターンも決まりきってゆく。それを回避するため、あらゆるコード・メロディ・サウンドを順列組み合わせ/ミックスすることによって、どうにかこうにか仕上げてみるけど、あまりに捏ねくり回すことによって、原石の放つまばゆい輝きは、次第に失われてゆく。
 他人への曲提供なら、まだ良い。
 想定するキャラクターに合わせて、極端な話、ワン・アイディアで押し切ればよいのだから。しかし、自分自身となると、話は別だ。いくら趣味的作品とはいえ、外部へ向けて発表するのだから、それなりのクオリティが求められる。ましてや年月を経るに従って、周囲の期待も高まってゆく。
 
 下手なモノは迂闊に出せない―。
 
 ”幸せな結末“リリース前後、ニュー・アルバムを引っ提げて、本格的に活動再開予定だったことが、後年の関係者/事情通の証言で明らかとなっているが、体調を崩したことによって感性には至らず、半完成品のマテリアルは中途半端に放り出されたまま、大滝は再び沈黙の時期に入る。
 新作の目処が立たなくなったことと入れ替わるように、20周年・30周年ごとのアーカイヴ・シリーズがスタートし、それに伴って、新春放談以外のメディア(主にラジオ)への露出も増えてゆく。もう現役ミュージシャンとしての枷は外してしまったのだから、音楽以外の話も気楽に話すことができる。もともと音楽以外にも、多方面への考察・探究具合はプロ顔負けの場合も多く、特に晩年の映画関係への寄稿、発言は、アマチュア研究家としても特筆に値する。
 
 
「大滝詠一の沈黙は、松本隆の不在である」ことが、よく言われている。
 はっぴいえんど解散後、松本は歌謡曲の世界へ、そして大滝は第1ナイアガラ期にて、趣味趣味音楽探求の途を選んだ。
 既存の歌謡曲の文体より暗喩を多く含んだ松本の詞は、はっぴいえんど時代に培ったフォーマットを記号化、もう少し大衆にわかりやすいスタイルに咀嚼することによって、バンド時代より多くの支持を獲得した。
 そんな松本とは対照的に、この頃大滝が自ら書いた詞は、ほとんどが語呂合わせやパロディに終始し、まったく別のベクトルを向いていたことがわかる。詞の内容にはあまりこだわらず、語感やリズム、サウンドに重点をおいていたように思える。
 言霊に負けない曲を大滝は作り、そして松本は自らの世界観に染めてしまう詞を書いた。
 そして数年が経過、ほぼ同時期に、2人は互いの「不在」に気づくことになる。

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 第2ナイアガラ期を迎えるにあたり、大滝が松本に歌詞を発注するのは、当然のことだった。松本のウェットな詞世界は、既に円熟の域に達していた大滝のクルーナー・ヴォイスを求め、そして、これまでにない多重構造のナイアガラ・サウンドは、同じくダブル(トリプル)・ミーニングを含んだ、松本の世界観を求めた。
 そんな2人が再びタッグを組み、数年間の蜜月の中、数々の傑作を世に送り出した。松田聖子に始まり、薬師丸ひろ子、ラッツ&スター、森進一、小林旭…、挙げれば枚挙に暇がない。

 第2ナイアガラ期が一段落するにあたり、あまりに濃密な数年間を共有した二人は、それ故に再び離れることになる。これ以上タッグを組んだとしても、現状ではアイデアが枯渇しかけているし、もはや無理やり絞り出すしかない。もしそんなやり方でコラボレートを続けたとしても、それはもはやクリエイティヴな作業ではない。
 その前に一度、別れよう。
 違う世界を見て、いろいろと勉強するなり経験を積んで、
 そしてまた、年を取ったら、また一緒にやろう。

 ―そう思っていたはずだったのに、
 2013年12月末、彼は突然逝った。
 もう2人のチーム、そして、はっぴいえんどの4人が揃うことはない。
 
「ぼくの言葉と君の旋律は、こうして毛細血管でつながってると思いました。
だから片方が肉体を失えば、残された方は心臓を素手でもぎ取られた気がします」
(大滝詠一お別れ会 松本隆の弔辞より抜粋)

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EACH TIME 30th Anniversary Edition
大滝詠一
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1. 魔法の瞳
 現行30th Anniversary Editionではかなり曲順が変更されているのだけど、ここは初出オリジナルで。
 当時としては最先端だった、SEてんこ盛りのポップ・ソング。そのため、サウンドだけ聴けば一番風化した印象が強い。歌われている内容は、はっきり言ってほとんど無意味に近いのだけど、逆に歌詞の内容に頼ることなく、音楽の吸引力、または言葉遊びや語感のみでどれだけ聴き手を引き込むことができるのか、という実験だったのではないだろうか。
 実はかなり練り込まれたサウンドとメロディー、ヴォーカルを純粋に堪能できる一曲。
 
2. 夏のペーパーバック
 現行エディションでは1曲目、オープニングも微妙に違っているのだけど、やはりこの位置、初回アレンジが一番シックリ来る。このアルバム制作スタート一発目に録音されたせいか、アルバム全体の空気感、今までよりアダルトな面を強調、ヴォーカルを前面に押し出したスタイルを象徴している。ほぼ全曲を担当した、長岡道夫のベースがよく鳴っている。
 
 「ただの脇役だよ 僕なんてね」
 
 決してリア充タイプではなかった大滝・松本両名、今回のアルバム全体に流れる、ネガティヴさが如実に表れている。
 
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3. 木の葉のスケッチ
 オープニングのクラリネットは、当時日本ジャズ界の重鎮だった北村英治によるもの。荘厳としたストリングスをバックにした、アダルト・ムードのロマンティックな曲。十代の若かりし俺の耳にとって、このサウンドは特に地味に聴こえたので、ほぼ大体飛ばして聴いていた。
 スペクター・サウンドを前面に押し出した『A Long Vacation』と対照的に、比較的地味なサウンドの印象がある『Each Time』だけど、前述したように、ウェットな質感の松本の歌詞と、円熟の域に達した大滝のヴォーカルを堪能するためには、どうしてもこのサウンドが必要となる。
 
 苦い別れ方をした二人が、偶然町で再会する。
 話をしても、昔のようには弾まない。
 食事に誘ってみても、困った横顔。
 引き止めたことを詫び、そして別れる二人。
 風散る二つの木の葉は、もう出会うことはない。
 
4. 恋のナックルボール
 リズムで聴かせる曲。どこかに元ネタがあったはずだけど、忘れた。この人の作曲スタイルとして、古いマイナー曲の一部的な引用が多い構成なので、「この曲がベースだ」と特定できるわけがない。
 1. 同様、SEを多く多用しているため、賑々しい曲ではあるけれど、やはりこのアルバム全体のトーンである、ウェットなヴォーカルが、どこか影を落とす。
 
5. 銀色のジェット
 飛び立つ飛行機のことを歌っているのに、夏の空はいつまでも晴れることがない、ぐずついた雲は今にも雨が降り出しそう。
 サウンドはもろ、同時期に書かれた薬師丸ひろ子“探偵物語”。
 
6. 1969年のドラッグレース
 これまでは敢えて封印していた、はっぴいえんど時代について書かれた曲。松本がこの詞を提示してきたことによって、大滝も思い至るところがあったのだろう。
 再び出会うための別れの詩が、大滝のこれまでにないヴォーカル・スタイルを求め(はっぴいえんど以降、シャウトする大滝なんて初めて聴いた)、それに伴って盟友鈴木茂が呼び出され、思いっきりドライブするギターを弾いた。
 細野晴臣がいれば完璧だったのだけど、多分YMOなんかで忙しかった頃だったはず。

 

7. ガラス壜の中の船
 前作『A Long Vacation』収録”雨のウェンズデイ“と対を成すと思われる歌詞とサウンド。やはりヴォーカルがすごく良い。
 ストリングスとシンプルなリズム・セクション(やはりベースがすごく鳴っている)で構成されており、どうしてもヴォーカルに耳が行くような構造になっている。
 
8. ペパーミント・ブルー
 今アルバム中、一番フックの効いた曲。大滝本人による多重コーラス(何本重ねてる?)が聴きどころ。ドラムも一番軽快に鳴っており、タイトル通り、さわやかな印象。
 リゾートを連想させるタイトルがロンバケを連想させたので、当時シングル・リリースのなかった『Each Time』がメディアに紹介される際、流れる曲は大体これだった。
 “一番きれいな角度から君を見たいため、斜め横の席に座る“なんて、田舎の中学生から見ると、あまりにアダルティー過ぎて実感が湧かなかったけど、実際アダルトな年になると、そんな感情すら失せてしまうこと。大人になるというのは、そういうことだと理解できる。

 
 
9. レイクサイド・ストーリー
 オリジナル・バージョンと、現行フェード・アウト・バージョンとではラストが違うため、解釈によって、それぞれ意見が分かれるらしいけど、はっきり言ってそんなのはマニアの戯言であって、曲本体に大きな影響はない。俺自身、オリジナルに馴染んではいるけど、現行バージョンだって普通に聴くことができる。だって、アウトロの終わり方なんて、正直、どっちだっていい。
 比較的起承転結のはっきりした、映画的な歌詞である。“スケート・ラインで描くハートの絵“なんて、ビジュアルにしたら、それはもう…、かなり恥ずかしい。結構ストレートで情緒的な内容に、大滝本人としても、「これが最後だから」という気持ちもあったのだろう。かなり情感のこもった、力の入ったヴォーカルである。




 晩年はラジオ出演や執筆活動が多く、音楽的な創作活動は次第にフェード・アウトしてゆくのだけれど、自分の興味あるジャンルに出会うと、常に真摯に向き合い、素人ながら深く深~く探求・考察して行けたことは、"Happy End"な人生だったんじゃないかと思う。
 無数のエピゴーネンやしたり顔の関係者やら評論家やらが、自らの思い込みを押し付けてきても基本受け入れていた点は、多分おだてに弱いかお人良しだったのか、まぁ人徳もあったのだろう。



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アメリカ代表ポップ馬鹿の頭の中は、こんな風になっている - Todd Rundgren 『A Wizard, A True Star』

todd rundgren  というわけで、前回レビューXTC『Skylarking』の流れより、Toddの紹介。1973年リリース、ソロとしては4枚目のアルバム。ビルボード最高86位。日本でも発売されたくらいなので、そこそこネーム・バリューはあったのだろうけど、大きく売れたアルバムではない。ただ日本盤オリジナルのジャケット・デザインは語り草となっており、70年代グラム・ロックのデフォルメとして、ネタとしての認知度は高い。

 マルチ・プレイヤーとしての才能がクローズ・アップされるがあまり、理知的な人だと誤解されがちだけど、案外思いつきだけで突っ走ってしまう人である。着想とインスピレーションが先行して、思い立ったら即実行、あらゆる方面に手を出している(Mac、MIDI音源のみ使用のライブ、完全単独レコーディング、音楽配信etc)。いるのだけれど、そのどれもが中途半端に終わってしまうのは、「これやってみたい!」という初期衝動と実際の技術スキルに大きなズレがあり、そのギャップを埋める前に、大抵飽きて放り投げてしまう、といったパターンが多い。
 また別のパターンとして、その先走り感があまりに時代の先を行き過ぎてしまい、当時はエキセントリック過ぎてまともに評価されなかったけど、すっかり本人も忘れた頃になってから再評価の兆しが現われたとしても、本人の興味は別のところへ向いてしまってる、といった次第。

 一般的な洋楽リスナーの認知でいくと、「ポップの魔術師」「全能の人」呼ばわりされているのだけど、まぁ要するに変わり者である。それでも類は友を呼ぶのか、世界中において、特に日本でのサブカル経由からの人気は根強い。これまでそれほどビッグ・セールスを記録したわけでもないのに、日本独自企画でのトリビュート・アルバムが制作されるくらいである。意外にしつこくメジャー・シーンに留まっているし、節目節目ごとに大きなプロジェクトに参加要請(Ringo Starr、New Carsなど)されるのだから、実は人付き合いが良く、扱いやすい、しかもここが重要な所だけど、「ギャラも安い」のだろう。
 結果的に長く音楽業界に携わっているおかげで、いわゆるギョーカイ人的に顔も人脈も広い。今後も多分大きくブレイクすることはないだろうけど、それこそが、細く長く生きてこれた秘訣なのかもしれない。

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 Beatlesフォロワー的なビート・グループNazz解散後、Toddはすぐさまソロ活動に移行するのだけれど、これがまたドラマ張りに波乱万丈である。
 最初の2枚は(『Runt』『Runt. The Ballad of Todd Rundgren』)プロジェクト名義、新進シンガー・ソングライターとして、堅実で地味なスタートだったのだけど、大して実績もないのに、そこからどうやってレコード会社を説得したのか、いきなり2枚組をリリース(『Something/Anything?』)、しかもABC面は完全宅録レコーディング(しかも、ほぼすべての楽器を独りで担当)、そこまではどうにか気合で乗り切ったけど、D面も同じテンションで埋めることはできず、奥の手として、旧知の仲間を寄せ集め、ダラダラしたジャム・セッションを収録して辻褄を合わせた。今作『A Wizard, A True Star』を挟んで、またまた2枚組(『Todd』)、次にプログレに目覚めたのか、それとも単に作る曲作る曲、ことごとく長くなってしまったのか、ハード・プログレ・ポップ・バンドUtopia(『Todd Rundgren's Utopia』)を結成、その後数年はソロとバンドと並行して活動することになる。
 バンドだけにしておけばいいのに、ソロでも次第に曲が長くなり、B面まるまる費やして1曲のアルバム(『Initiation』)を作ったはいいが、当時のアナログ・レコードでは、片面30分以上も収録すれば、当然音質も劣化、しかも変に凝り性のため、やたら音を詰め込んだりコンプレッサーをかけまくったりしたため、さらに音が潰れて聴きづらくなる。
 次はカバー曲集を制作しようと、A面をカバー、B面をオリジナル曲というスタイル(『Faithful』)で構成したのだけど、そのA面がまためんどくさい。普通プロ・ミュージシャンがカバーを収録する場合、独自の解釈を入れるなどして、大胆なアレンジでオリジナリティを出すことが一般的だけど、Toddの場合、独自解釈などは微塵も入れず、あくまでリリース当時のオリジナル・サウンドを緻密に再現する、というコンセプトで挑んだ。無駄に当時の音質にこだわるがあまり、マイクや機材まで当時と同じものを取り寄せて使用するという、ほんと無意味なこだわり振り。
 地道なライブ活動によって、徐々にではあるけれど、プログレ・バンドとして少しずつ評価を得ていたUtopia、なのに今度はまたまたメンドクサイことに曲が短くなってゆき、しかもそれに連れて音も次第にポップ化、しまいにはNazzの野望再び、とでも思ったのか、それとも単なる思いつきの悪フサゲなのか、Beatlesの丸パクリ曲(確信犯的に、タイトルもコード進行もソレっぽく仕上げている)ばかりで埋め尽くした、まるでRuttlesのようなアルバム(『Deface the Music』)をリリース。
 定まらない方向性ゆえ、レコード会社もファンも、そしてTodd自身でさえも、変わり身の多さに振り回され、次第にソロ・バンドともセールスが振るわなくなり(当たり前だ)、どちらの活動もフェード・アウトしてゆく。
 Utopiaは遂に解散、ソロ活動も、時々マグレ当たりなポップ・アルバムをリリースするものの、あまりの紆余曲折振り、方向転換振りが凄まじいため、アーティスト・イメージが定まらず、最後っ屁のようにアカペラ・アルバム(『A Cappella』、これも一筋縄ではいかず、ドラムやベース、ギターなど、楽器音をアカペラで表現するという、ただ面白がってるとしか思えないアルバム)をリリース後、レコード会社との契約終了、フリーター生活中の片手間仕事として、細々としたプロデュース業の最中にXTCと合流、そこで高い評価を得たことに自信を持ち、活動再開、という流れ。
 ふぅ。

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 ちょうど札幌へ所用で行き、五番街ビルの2Fにあったタワーレコードにて、Elvis Costelloのベストと一緒に買ったのが、このアルバム。生まれて初めて買った輸入盤の臭い、ビニール・コーティングの上にシュリンクされたジャケットなど、何気に思い入れは深い。
 キャリア中、1,2を争う、ジャケット・デザインの悪趣味さを、上から目線で楽しむのもまた一興だろう(もちろん、不動のトップは『Something/Anything?』の日本版ジャケット。異論は受け付ける)。

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1. International Feel
 のっけから潰れまくる音の悪さに、まずビックリ。すべての音がコンプされまくって、ダンゴ状になり、それが逆にひとつの混沌を生み出している。「世界的意識」。Toddにとっての世界的意識とは?

2. Never Never Land
 1.からメドレーで、世界的意識の探求は続く。今度はロマンチックな美メロ。ホント、このくらいの曲なら、簡単に書けるはずなのに、ついついいろいろ弄って詰め込んだりして、ピントがボケた作りになってしまうのが、この人のいつものパターン。しかし1分強のこの曲ではあまりひねる暇もなく、いい感じに終わる。

3. "Tic Tic Tic, It Wears Off"
 まだまだ世界的意識は続く。不思議の国アリス?ブリッジ的なインスト曲だが、そこここに仕掛けは見え隠れしている。

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4. You Need Your Head
 いきなり潰れまくったディストーションが響き渡る。これもまた、ひとつの世界。暴力的ですらある。引き出しは少ないけど、Toddのロックなギター・プレイはもっと評価されても良い。

5. Rock & Roll Pussy
 タイトル通り、ロックらしいコール&レスポンス。
 同じく破壊的衝動なのだろうけど、Toddの細い声質からは暴力性はあまり感じられず、むしろ高校デビュー、Nerd的な無理が感じられる。精いっぱいロックを演じているみたい。少なくともこの頃までは。

6. Dogfight Giggle

7. You Don't Have to Camp Around

 SE満載の録音遊びのブリッジ後、シンガー・ソングライター的な、どこか古めかしいポップ・バラード。Paul Williamsあたりが歌えばシックリ来そう。

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8. Flamingo
 シンセ・プリセット単弾き(多分Todd)によるブリッジ。一本指で真剣に演奏しているToddの丸い背中が思い浮かぶ小品。

9. Zen Archer
 フランス印象派映画音楽的で、ファンの間でも人気の高い曲。良質なポップスとしては合格点のベタベタなサビが、このアルバムでは逆に異質に映る。ドラマティックな展開、ラス前のSaxが哀愁を漂わせる。

10. Just Another Onionhead/Da Da Dali
 一転して、Paul McCartneyが片手間に作ってボツにしたような、ほんの数センチほど惜しいポップ・ナンバー。なにしろタイトルが「タマネギ頭」だもの、真面目に聴くような曲ではない。

11. When the Shit Hits The Fan/Sunset Blvd.
 ストレートなアメリカン・ロック・チューン。でも歌うのはToddなので、やっぱりどこか腰の入りの不十分さが感じられる。間奏のどこか間の抜けたシンセ音が,殊更涙なしでは聞けない。 

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12. Le Feel Internacionale
 A面はここまで。世界的意識組曲の締めくくり。あらゆるジャンルの曲調を網羅しているが、果たしてToddの世界は「調和」の方向へ終息したのか?
 続きはB面で。

13. Sometimes I Don't Know What to Feel
 色々つめこみすぎた分裂的小品メドレーと対比して、B面では起承転結がはっきりして、メロディのフックが効いた曲を集めている。ちょうど『Abbey Road』のA・B面を逆にした構成と思ってもらえればよい。 当時流行していたフィリー・ソウルのフィルターを通して、素直なメロディーを、ごく素直に歌い上げた、素直な逸品。

14. Does Anybody Love You?
 ブリッジ的な小品。まぁそれほど意識して聴かなくてもよい。
 次のメドレーが、このB面のハイライト。

15. Medley: I'm So Proud/Ooh Baby Baby/La la Means I Love You/Cool Jerk
 Toddのアイドル的存在だった、ソウル・ミュージックの超有名曲を集めた傑作メドレー。
 David Sanborn(sax)によるオープニングは、質の良いAOR的佇まいさえ感じられる。
 俺自身としては、洋楽に足を踏み入れて間もない頃に『A Wizard, A True Star』を聴いたので、当時、これらが有名な曲だとは全然知らなかった。"Ooh Baby Baby"はTodd→Zapp→Miraclesの順に聴いたし、"La la Means I Love You"もTodd→山下達郎→Prince→Delfonicsという、オリジナルが一番最後だった次第。



16. Hungry For Love
 ブギウギ・ピアノが心地よい、正統派アメリカン・ロック。
 サビの"Gimme So Lovin’"がクセになる、3コード最強と言える曲。やればできる人なのに。

17. I Don't Want To Tie You Down
 どことなく夕暮れ時を思わせる、切ないバラード。ファルセットをうまく使っているが、ブリッジ的な扱いのため、曲が2分弱と短い。もっと膨らませれば、代表曲の一つにもなりえたのに。

18. Is It My Name?
 ラス前、Utopiaの前哨戦ともいうべきハード・プログレ。やや臭みのあるアメリカン風味が、良い意味で大味となっており、ここが小さくまとまり過ぎるブリティッシュ・プログレとの違い。
 音の詰め込み具合、フェーダーの上げ過ぎによって、やはりコンプかかりまくりのサウンド。でも、それがいい感じのハンドメイド・テイストとして作用している。

19. Just One Victory
 大団円を迎えるべく、一番ドラマティックな曲をここに持ってきたところに、やはりこの頃からプロデューサー的視点を持っていたことが窺える。ソウルフルを模したヴォーカルと、カウンターのコーラスがベタで泣ける。ドラムはやはり潰れ、歌もどこかヨタってる部分もあるけど、これでいいのだ。
 世界的意識は、たった一つの勝利に収束される。
 強引なフェード・アウトに埋もれるように弾きまくる、アウトロのギター・ソロも絶品。







 いまだにコンスタントにツアーを行ない、そして声をかけられれば客演として他人のツアーに随行し、そしてまた思い出したように、少しひねりの加えたアルバムを作る。
 もうそれほど革新的な、世間を驚かせるようなアルバムを作ることはないだろうけど、いまだきちんとステージに立ち、現役感覚を楽しんでいる点においては、Andy Partridgeも見習うべきである。


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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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