好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

アメリカ代表ポップ馬鹿、はじめて普通に歌ってみる - Todd Rundgren 『Hermit of Mink Hollow』

folder 1978年発売、ソロ・デビューしてから10年弱だというのに、なんともう8枚目のアルバム。当時はUtopiaの活動も並行して行なっており、しかも小銭稼ぎ(ていうか、むしろこちらが収入源のメインだったのだけど)として、他アーティストのプロデュースも行なっていたのだから、かなりのワーカホリック振りである。

 当時、ToddはAerosmithのSteven Tylorと別れたばかりのファッション・モデルBebe Buellと結婚したばかり、一家の長として稼いでゆく必要があった。そりゃ気合いも入るだろう。
 ちなみにStevenと別れた当時、Bebeは彼の子を身籠っており、生まれたのが後のLiv Tyler。直接血は繋がっていなかったにもかかわらず、実の娘として育てたTodd、かなり懐の深い男振りである。なかなかできることではない。

 そんな青い使命感に燃えていた時期に作ったのがこのアルバムなのだけど、発売当時の邦題が『ミンク・ホロウの世捨て人』。そのまんまの直訳で、ジャケットから漂う幽玄としたムードや世界観をうまく表現したタイトルなのだけど、営業政策的に売る気があるのかといえば、ちょっと疑問。第一、新婚だったのに、どうしてこんなネガティヴなジャケットだったのか。
 日本の担当ディレクターもそうだけど、そもそもTodd自身に、「本気で売る気あるの?」と問い質したくなってしまう。まぁバンド・スタイルだった近作と違って、独りスタジオに篭って作り上げた作品なので、内省的にならざるを得ないのだろうけど。

todd-rundgren-1976

 当時のToddはソロ作品の合間を縫って、リーダーを務めるバンドUtopiaを率いて精力的にツアーを行なっていた頃である。
 アメリカン・ハード・プログレとパワー・ポップのハイブリッド的位置付けの『Ra』と、基本路線はそのままながら、ポップ成分の割り合いを増やした『Woops! Wrong Planet』とを、立て続けにリリースしていたのだけど、この2作のリリース間において、Utopia並びにToddは微妙な軌道修正・路線変更を強いられている。

 70年代末期という時代の趨勢として、相変わらずシーンの中心はディスコ・サウンドが大きな割り合いを占めていたのだけれど、残されたわずかなパイの中で、徐々に頭角を現わしてきたのが、JourneyやStyxに代表される産業ロック勢。バンド・アンサンブルに重点を置いた、ハード・ロック成分の強いサウンドはUtopiaにも共通するところだけど、気の遠くなるほど延々と、全米各地をくまなくツアーで回っていた彼ら、長いロードの中で、ライブでの効果的な演出、観客にウケが良かったフレーズやプレイ・スタイルを徹底的にリサーチし、その結果をレコードにフィード・バックさせた。
 その答えが、ものすごくベタなバラード曲、ギターとバスドラ、シンセが前面に出てベースがほとんど聴こえない、ボトムの薄いサウンド。それまで6分や7分は当たり前、アルバム片面まるまる使い切った組曲などは姿を消し、3分程度で収まるコンパクトな楽曲が大半となった。

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 産業ロックの楽曲が短くなった要因として最も大きいのが、アメリカにおけるラジオの影響力である。
 上記のバンドが次々とゴールドやプラチナ・ディスクを連発していたのに対し、当時のUtopiaはせいぜいTOP100にチャート・インできるかできないかで一喜一憂するレベルのバンドだった。彼らとの大きな違いは、即ちラジオでのエアプレイ頻度に直結している。
 長尺の曲が多くを占めるUtopiaの楽曲は、家でじっくり腰を据えてのアルバム鑑賞としてはピッタリだろうけど、やはりラジオ向きではない。大半のリスナーがドライブや何か作業しながら聴くラジオでは、短い時間でインパクトを与え、起承転結がはっきりしていないと、見向きもされないのだ。

 多分当初のビジョンとして、今後はバンド活動をメインとして、アンサンブル重視のライブ・バンドで幅広い音楽性とキャッチーな商業性との両立、そこからこぼれ落ちた要素をすくい上げる形で、パーソナルな作業としてのソロ活動を並行して行なってゆくはずだったのだろうけど、人間そんなにうまくはいかないものである。
 思ったほどUtopiaのセールスが伸びず、しかもバンドに集中していたため、ソロとしてのスキルも低下してゆくという体たらく。このまま行けば、どちらの活動も共倒れになってしまうことに、さすがのToddも危機感を抱く。何しろ自宅では乳飲み子、未来のLiv Tylerが腹を空かせているのだ。

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 そんな状況下で製作したこのアルバム、これまでのToddなら、やれ2枚組だ、やれ片面全部使った組曲だ、やれ完全再現カバー・アルバムだと、何かしらお題目みたいなのが必ずあったのだけれど、今回は特別なコンセプトや凝った構成もなく、ただ単純に良いメロディの曲を普通に並べた、ごく普通のポップ・ソング集として仕上げている。この時点まででも、相応のキャリアは積んできているはずなのに、これだけまっとうな形のソロ・アルバムはこれが初めてというのも、なんだかToddらしいところ。

 この路線を突き詰めていけば、もしかしてBilly Joelクラスも夢ではなかったのかもしれないけど、そうは行かないのが、この人のいいところでもあり、またブレの多いところ。
 この頃、自身の音楽活動については低迷していたけれど、イモ臭さの極みだったGrand Funkを成功に導いたことに端を発してから、プロデューサーとしてのオファーは依然途切れなく続いていた。特にこの時期はGrand Funkより更に大ヒットを記録したMeat Loaf (『Bat out of Hell』)のプロデュースによって、業界内での信頼度は高まっている。
 アーティストの然るべき方向性や適性、伸びしろに対する嗅覚はハンパないはずなのに、自己プロデュース能力となるとそこが鈍ってしまうことも、この人の弱点の一つ。ソロ、バンドにかかわらず、どのアルバムにも言えることだけど、焦点が定まらず散漫な作品の多いこと多いこと。楽曲単体で見ると、今やロック・クラシックとなっているキラー・チューンも多いのだけど、トータルとしてのまとまりが薄く、全編通して聴くとグタグタになっちゃうアルバム(特に近作)も多いのが、今ひとつ惜しいところ。

 下手の横好きとは言い過ぎかもしれないけど、とにかく自分で何でもやりたがる人である。このアルバムもほとんど全てを自分でプレイしているので、よくマルチ・プレイヤーの元祖的扱いを受けているけど、プレイしたその後のまとめ方は、これも正直グタグタである。
 微妙に揺れるリズムとアタック音のズレ、よたるヴォーカル、これらを思いつくまますべてをマルチ・トラックにぶち込んでダビングを繰り返すため、全体的に音は潰れ、ピーク・レベルを下げざるを得なくなる。レコーディングが終了すると、細かなディテールについてはあまり関心が薄くなることについては、過去・現在を問わず一貫している。

 作り込んでいるわりには、アラも目立つ。アメリカの白人ヤンキーらしく、DIY精神豊かでありながら、「細けぇことはいいんだよっ」と言い切ってしまえるそのキャラクターだからこそ、ファンにとっても感情移入がしやすいのだろう。何から何まで完璧で隙がないと、息苦しくなってしまうのはお互い様だ。
 そんな天然で大らかなキャラクターは同業者からの評判も良く、だからこそ今でも若手や、特に日本人アーティストからのリスペクトが多く、ちょっとしたサポートやコラボのオファーも世界中から途切れずにいる。


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1. All the Children Sing
 こういう言い方はなんだけど、Toddとしては非常に「まともな」スタイルのポップ・ソング。ちょっとリズム走り過ぎじゃね?と思うくらいの性急なテンポだけど、それすら気にならなくなってしまうくらい、極上の3分間ポップスとして仕上げている。
 


2. Can We Still Be Friends
 恐らくToddのナンバーでは最も有名な部類に入る、ビルボード最高29位の傑作ポップ・ソング。独特のメロディの揺れからわかるように、コード進行も定番のヒット・パターンから外れて独特なのだけれど、1.同様、細かなアラすら凌駕してしまう完成度の高さである。ほんの少し未完成な要素を残した分だけ、聴き手にとっても引っかかりが残り、印象が刻まれやすいのだろう。
 そんな不安定な構造こそが逆に新鮮に映り、Rod StewartやRobert Palmerのような手練れのシンガーらにも好評を得、末永くカバーされ続けたのだと思う。
 
僕たちはこれからも友達でいられるかな?
いつかまた 一緒にいられるかな?
 
 こんな切ない歌詞、Toddのヘロヘロの音程で歌われると、逆にそれが郷愁を誘うのだ。



3. Hurting For You
 3連続で「切ない」系のバラードをぶつけてくるTodd。泣きのメロディ、間奏で突然飛び出してくる泣きのギター、どれも琴線を震わせる効果を有している。
 でもこれって、徳永英明と系統そっくりだよね。



4. Too Far Gone
 裏の複雑なリズムがTodd特有の凝りよう。これも一時期ライブで良く取り上げられていた。曲自体はミドル・テンポのバラードなのだけど、時々ボサノヴァっぽくも聴こえる、一見シンプル、実は考え抜かれたナンバーである。
 って、多分思いつきだと思うけど。

5. Onomatopoeia
 シンセによるシャッフルしたリズムのオープニング、『A Wizard, A True Star』に入っててもおかしくない小品。単品で聴くと、なんかエフェクト多様でお遊び的な楽曲に聴こえるけど、4曲連続でしっとりし過ぎたのに緩急をつける役割として、この辺に入ってるとちょうど良く、箸休め的に聴き流すことも可能。

6. Determination
 こちらもUtopia名義でもおかしくないパワー・ポップ。でもバンドよりもソロ指向のベクトルが強いため、メロディ・ラインはこちらの方がキャッチーでコンパクト。バンドとなるとそれぞれの楽器に見せ場を用意しなければならず、それが時に冗長になってしまう場合も多いのだけれど、ここではきれいにコンパクトにまとめている。

7. Bread
 疾走感溢れるストリート・ロック。シングル曲ばかりがフィーチャーされる中、この曲も地味だけど、かなりのキラー・チューン。バンド・スタイルの曲だけど、どこか密室感が漂うのはセルフ・プロデュース、セルフ・プレイの影響が多い。
 普通にJourneyと渡り合えるレベルのハード・ロック。こういった面ももっと取り上げられてもいいのに。



8. Bag Lady
 ベタなバラードだけど、甘くなりすぎる寸前でちょっと外したメロディをぶち込むところは、いかにもToddらしい。
 ノン・クレジットだけど、間奏のテナー・サックスの咽び具合がなかなかイイ感じ。クレジットがない場合はTodd自身のプレイらしいけど、多分違うと思う。だって、こんな上手く吹けるわけないじゃん。

9. You Cried Wolf
 単純でシンプルなコード進行のアップ・テンポ・ナンバー。極甘なバラードを好みながらも、こういったベッタベタなロックン・ロールもこなせること、そして好きでプレイしてしまうのが、典型的なヤンキーの特徴である(日本のヤンキーって意味じゃないよ)。

10. Lucky Guy
 単純なコード、メロディだけど、有名になり過ぎた2.に代わって人気の高い楽曲。ちょっとバグパイプっぽい音色のシンセといい、やはり時々よたるピアノ伴奏といい、手作り感満載の内容(と、ここまで書いててご指摘あり、シンセじゃなくってE-bowというギター・アタッチメントによる音色、とのこと。勉強になりました)。
 この隙だらけで大らかなところが、ファンだけでなく、周囲の女性すらも母性が疼くのだろう。



11. Out Of Control
 ストレートなアメリカン・ハード・ロック。好きなんだろうな、こういったのが。本来細い声質であるToddにバスドラが利いた曲はあまり合わないのだけれど、もう30年近く聴いているため、そんなミスマッチ感も気にならなくなってきた。
 Princeなんかもそうだけど、この人、手癖はそれなりにあれど、ギターは普通にうまい。特に間奏のギター・ソロ。コンパクトにうまくまとめている。もうちょっと評価されてもいいのに、といつも思う俺。

12. Fade Away
 ちょっとフィリー・ソウル風味が入っているのは、Toddなりのリスペクト。これも冒頭3曲同様、柔らかなタッチのポップ・バラード。こういったソウル・テイストの入ったバラードこそ、ちょっとベタ過ぎるけどToddの真骨頂全開である。
 前述したように、音は潰れちゃってるのだけど、この曲については特にドラム、いい感じにコンプ効果が働いて、ドリーミーな響きになっている。




 ごく普通の曲を、独りスタジオに篭ってコツコツ作り上げ、それほど手をかけることもなく、単純に皿に盛りつけただけ。スパイスはほんの少し、味つけもできるだけ素材の持ち味を活かすため、ごくシンプルに。
 一見、味も素っ気もないはずなのに、ゆっくり時間をかけて噛みしめるたび、じんわりと極上のエキスが口中に広がってゆく。
 例えは微妙だけど、そんなアルバムである。
 たまに切れてない野菜や、生焼けの部分があるのは、ご愛嬌ということで。


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日本で有名なのは保毛尾田保毛男ヴァージョン - Prince 『Batman』

folder ここ日本においては、とんねるず石橋貴明によって、かなり高いレベルにまで作り込まれた"Batdance"のフェイクPVが最も知られている、Prince3枚目のサントラ・アルバム。前2作『Purple Rain』『Under the Cherry Moon』は、いずれも本人主演・監督・音楽担当だったけど、今回はアメリカ人なら誰でも知ってる国民的コミックの実写映画、Princeの担当は音楽のみである。

 日本のキャラクターで例えれば、月光仮面やエイトマンが実写化されたものと思えばわかりやすい、と書いたけど、全然わかりやすくねぇな、この例え。ステレオタイプの勧善懲悪正義のヒーローって、今どきあんまりいないので、うまく伝えづらい。
 キッズ向けのTVドラマ版「怪鳥人間バットマン」がシリーズ化されており、日本でもかつては夕方や深夜の再放送の定番ラインナップだったため、いかにもアメコミ感の強いマンガ版より、こちらの方が馴染みがあると思う。「ピンチに合いながらも、正義は必ず勝つ」という単純明快ストーリー、TVドラマ創生期のチャチなセットなどにより、現在の基準で評価するのは、ちょっと辛いものがある。高度経済成長期のアメリカによる、まだ夢と希望があふれていた時代のお子様向けドラマなので、そこはまぁ、しゃあないとして。

 これまでもTVシリーズをベースにしての映画化はあったのだけど、1989年ワーナー・ブラザーズが総力を挙げて製作したニュー・ヴァージョンの『Batman』は、これまでののどかな勧善懲悪モノとは一線を画したものだった。
 まず監督に抜擢されたのが、今では誰もが知ってる巨匠のTim Burton、当時は『Beetlejuice』のスマッシュ・ヒットによって脚光を浴びていた頃、のちにJohnny Deppと組んで、耽美的で自己愛に満ちた映像、過去のトラウマを思いっきり抱えたキャラクターによる、ねじれてこじれて屈折したエンタテインメント作品を連発した人である。これまでの単純明快な巨悪を撃退する痛快ストーリーとは、最も離れた人のはず。

princebatman

 そんな彼が、主役Batmanとしてキャスティングしたのが、『Beetlejuice』から続投のMichael Keaton。この人も出自は純粋な映画俳優ではなく、もともとはスタンダップ・コメディアン。日本で言えば漫談なのだけど、それよりもっと社会風刺やセックス・ジョークがキツく、ほんと話術や演技力が求められるジャンルである。現場から這い上がってきた人なので、臨機応変なアドリブ対応と状況把握力は、特に秀でている。
 ものすごく強引に例えれば、岩井俊二と明石家さんまがエイトマンのリメイクに参加したものと言えば、わかっていただけるだろうか。ワカンねぇよなきっと。

 それと特筆すべきは、敵役のJokerとしてご指名を受けたのが、既にこの時点で大御所アカデミー賞常連俳優だったJack Nicholson。もともとエキセントリックな役柄の多い人だったけど、ここでは水を得た魚のように、あの特殊メイクも完璧に行ない、おどろおどろしいキャラクターに完全に感情移入、狂気じみて、しかもちょっとコミカルな悪役を演じきっている。いるのだけれど、これまでそれなりのキャリアを築いてきたはずなのに、こんなにハッチャけちゃって大丈夫なの?と、見てる方が心配になってしまう。

 これだけクセの強いメンツが勢ぞろいした結果、完成したのは、従来のBatmanのイメージは微塵もない、かなりシリアスでダークな味わいの作品。TVシリーズやオリジナル・コミックでは、狂言回し的ポジションでコミカルさを添えていたRobinの姿もここにはなく、Burton特有の陰鬱でおどろおどろしい映像が続く。
 映画公開当初こそ、従来のBatmanファンの間では賛否両論だったらしいけど、敢えて従来のイメージにこだわらなかったことが幸いしたのか、世界的には大ヒット、おかげで続編も何本も作られて、今ではBatmanと言えば、すっかりBurton版の世界観が定着している。

Prince-1989

 でPrince、世代的にもTVシリーズをリアルタイムで視聴していた世代であるにもかかわらず、Burtonの映像世界・世界観にシンパシーを覚えたのか、シノプシスに合わせたダークなイメージ、それでいてPrinceとしてのパーソナリティもきちんと主張した音作りをしている。で、それが押しつけがましいものではなく、「これがお前らの望んでるPrinceサウンドなんだろ?」とでも言いたげに、近作よりもっとポップで、わかりやすい作品になっていることが、今回の大きな特徴。

 作ってみたはいいけど、ドロドロ・ファンク全開のサウンドがあまりに攻撃的過ぎたため、リリース寸前にオクラ入りさせてしまった『Black Album』、その代わりに制作した、Prince濃厚エキスを120パーセント煮詰めて注入した『Lovesexy』の2作が、本国アメリカでちょっとコケてしまったため、セールス面でややナーバスになっていた部分もあったのだろう。いくら天才と崇められていたとはいえ、Princeだって人の子である。特にこの手のタイプ、世評や他人の反応を過剰に気にするものである。
 実験的サウンドや要素を抑え、ユーザーが望むサウンドをストレートに提示できたのは、「これはサントラだから…」「しかも自分の映画じゃなくって、頼まれたものだし…」というエクスキューズもあったからこそ。
 逆に言えば、そういった言い訳を自分でこしらえないと、ここまでポップにできないのであって、なかなかめんどくさい男である。

 と、ここまで書いてきてだけど、実はこのアルバム、厳密に言うとワーナーが正式に認めたサウンドトラックではない。実際に映画で使用されているのはほんの一部であり、公式サントラは別にある。
 製作配給のワーナー・ブラザーズがサントラ制作にあたって、系列会社ワーナー・ミュージックのアーティストの中から適任者を見つくろったところ、ネーム・バリューも考慮してPrinceに白羽の矢が立った。もちろんPrinceはこのオファーを快諾、ラッシュ映像を見たところ、インスピレーションがボコボコ湧いてきて、あっという間にこのアルバムを完パケしたのだけれど、その仕上がりはワーナーの望む形とは微妙にずれたものだった。
 前述したように、ポップ・ミュージックとしてはかなりのクオリティなのだけど、サウンドトラックという性質上、あくまでメインは映像であり、音楽は添え物でなければならない。Princeとしては、自分なりのBatmanをシミュレートして忠実に仕上げたつもりだったけど、ワーナーとしては、あまりにPrinceメインのそのサウンドを映像とリンクさせることは、全体のバランスを崩してしまうと危惧し、これを拒否した。
 Princeにへそを曲げられるとめんどくさい事になることも考慮して、ワーナーはBurton旧知の仲であるDanny Elfmanに公式のサウンドトラックを依頼、Princeの方は正式に認めるでもなく、かといってまったく拒否するでもない、なんとも大人の対応でウヤムヤにして、この問題を収束させた。

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 こうして見ると、何だか複雑な経緯が絡んだ作品ではあるけれど、考えてみればワーナーだって、Princeにオファーする時点で、こうなることはなんとなくわかっていたはずである。誰も天才の暴走は止められないのだ。
 音楽的なことはほとんどわからないビジネスマンだらけの親会社の気まぐれによって、子会社のコンテンツから、客寄せになりそうなビッグ・ネームを押さえて制作を依頼、一応映画のテーマに沿ってはいるけれど、サントラとしては微妙な仕上がり。「だから言ったのに」と担当者が言ったかどうかは知らないけど、まぁそんなこんなで。

 大人の事情で二転三転させられたけど、結果、Prince自身はこの作品によって、大きなメリットを得ている。ここ数作、右肩下がりだったセールスが急回復したのもそうだけど、サウンドトラックと言う縛りがあったからこそ、逆にそれがオリジナル・アルバムとは違うアプローチによって、ポップ性の強い作品を生み出すことができた。「これは人からの頼まれごとだから…」という言い訳が逆に、ユーザーのニーズを明確に捉えた結果である。

 『Lovesexy』以降の作品の評価は、それまでの「ほぼ諸手を挙げて絶賛」とは打って変わって、賛否両論が明確になってきている。特に『Batman』を契機として、80年代ミュージックのトップランナーPrinceの先鋭性は急速にブレーキがかかる。コンテンポラリーな要素が強くなった、と言う評もあるけど、俺的にはこれ以降も含め、ワーナー時代の作品は言われるほど悪くないと思っている。
 誰だってずっと、先頭ランナーでいられるわけではない。少しくらいは周りのペースに合わせることも必要だ。
 まぁその後は、アレでアレだけど。


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1. The Future
 映画のサウンドトラックっぽく、引用SEから始まる、シンプルなスロー・ファンク。『Lovesexy』同様、音数は少ないのだけど、やはりメジャーを意識しているのか、空間を大きく取った、広がりのある音像になっている。やはり聴きどころは、Princeのリズム・ギター。ほんとスパイス程度の使い方だけど、一聴して個人特定できるサウンドを持つアーティストは強い。

2. Electric Chair
 珍しくギターを弾きまくってるPrince。ファンク・ミュージシャンが好んでプレイする、ロックっぽいナンバーの典型なのだけど、やはりそこは一筋縄では終わらせず、ほぼ同じコード進行で押し通すのは、1コード・ファンクの伝統。
 やっぱソロ、カッコイイな。

3. The Arms Of Orion
 『Sign of the Times』からの続投で、Sheena Eastonとのデュエット。うん、まんま『愛と青春の旅立ち』だな。まぁ映画のラブシーンを想定して、またはラッシュを見てこのサウンドが思い浮かんだのだろうけど、誰もあんたにそんなの、求めてないって。
 それでもアルバムより3枚目のシングル・カット、US36位UK27位まで上がったのは、やはりアーティスト・パワー、映画の勢いによるものだろう。

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4. Partyman
 で、こちらはセカンド・シングル。US18位UK14位の中ヒット。
 ここでやっと、通常フォーマットのPrinceのファンクが登場。基本リズムは完全にロックなのだけど、この人の手にかかると、すぐさま変態ファンクに染まってしまう。疾走感もあるので、「健康的な変態」とでも言えばいいのか。

5. Vicki Waiting
 Vickiとは、ヒロインを演じたKim Basinger。このプロジェクトがきっかけとなって、PrinceとKimは急接近、まぁそういった仲になって共同作業に着手する。Prince全曲プロデュースによるアルバム製作、後に発表される映画『Grafitti Bridge』へのアイディア提供など、互いにビジネス・パートナーとしても貢献し合うに至るのだけど、まぁこれも男女の仲が冷めてしまうとウヤムヤになってしまい、Kimは映画を降板、せっかく完成したソロ・アルバムもオクラ入りしてしまう有様。
 ちょっと軽めのポップ・ファンクなので、非常に聴きやすい。『聴きやすいPrince』とは、かつては反語的表現だったけど、このアルバムから間口の広いPrinceが頻出するようになる。
 
6. Trust
 俺的には”Kiss”をメジャー・コードにした印象の曲。あれよりもうちょっとサウンド的に華があり、疾走感がある。バンド的なサウンドだけど、もちろんオケはほとんどPrinceによるもの。サックスだけはいつものEric Leedsが担当している。
 楽器なら何でもできるはずなのに、ホーン系だけは頑なに手を付けないPrince。そういえば、ハープなんかも絶対やんないよな。
 
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7. Lemon Crush
 多分、これまでのPrinceファンにとっては、このアルバムでのベスト・トラック。俺もそうだけど、これまで長くPrinceを聴いてきた者にとっては、こういった無愛想なファンクの方が馴染みがある。あるのだけれど、「お前らが欲しいのはこれなんだろ?」とPrinceに見透かされてる気がしないでもない。
 他の曲は比較的キャッチーなものばかりで、うるさ型のファンなら欲求不満になるものばかりなのだけど、この曲だけアルバムの中では浮いている。しかし、これまでのディスコグラフィーの中には、逆にスッポリ収まるのだ。
 本人的にも、多分そんな事はわかってるはず。わかった上で1曲だけ入れてくるところが、さすが天才、性格の悪さである。

8. Scandalous
 俺の中では、岡村ちゃんが”Peach X’mas”でまんまバック・トラックを使っていたことで有名。Prince的には典型的な、エモーション溢れるファルセットバリバリ使用のスタンダードなバラードである。
 後にこれをシングル・カットするのだけれど、ただのトラック流用には終わらせず、Crime(罪)Passion(激情)、Rapture(恍惚)Sex(性愛)と4つのテーマを混ぜ込んでぶち込んで、トータル18分の組曲に仕上げている。こういった複雑なテーマを、いとも簡単に形にしてしまうところが、この頃のPrinceの才気煥発な所以である。

9. Batdance
 US1位UK2位と、堂々の大ヒット・ナンバー。『Batman』と言えば、映画でも音楽でもコレ、というくらい、イメージが定着した。
 はっきり言って、音楽的な面で言えば目新しいことはなく、劇中のセリフや断片をうまく繋げた、リミックス的な成果の強い作品である。天才だからして、その編集能力は言わずもがなだけれど、後年にまとめられた自選ベストにも入ってないことから、Prince自身、ほんの余技としか思ってないんじゃないかと思われる。
 冒頭で書いたように、俺的に最もインパクトが強かったのが、とんねるず『みなさんのおかげです』(まだ『でした』じゃない頃)で公開された、石橋貴明によるパロディPV。本物のPVがワイプで隅っこで流れており、それと同時進行で映像が進むのだけど、まぁそのクオリティの高いこと。
 センスはもちろんだけど、やはり金と時間をかけないと、ここまでのモノはできないはず。TVの世界においても充分金が回っていた頃であり、クリエイター達にも熱意が溢れていた、時代が産んだ傑作である。
 最近ではTVの世界も予算削減が叫ばれてるし、また、ちょっとパクってみたいと思わせるほど、パワーのある洋楽アーティストも、少なくなってしまった。






 US・UKアルバム・チャートで共に1位を獲得したことによって、再び自信を得たPrince、今の自分のサウンドがヒット・チャートでも充分通用する確信を得て、再びやる気になり、3度目の主演映画に取り組むことになる。
 …って、また映画かよっ。
 懲りない人である。
 ていうかワーナー、もうちょっとなんか言えよ。



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俺の中での元春は、ここでひと区切り - 佐野元春 『Cafe Bohemia』

folder 『Visitors』をリリースした後の佐野元春の動向に気を揉んでいたのは、これまでのファン、そして新たに獲得したファンだけでなく、同世代の日本人ミュージシャンらもまた、同じ想いだった。
 決してヒット・チャートには馴染みそうもない、荒削りでありながら、しかし理性的に制御されたパッションを内包したそのサウンドは、80年代チャートの中心を担っていた歌謡曲と比較して、明快でもポップでもなかったのだけど、前作『No Damage』の余波も手伝って、オリコン年間チャート22位の好セールスを記録した。
 当時の日本において、ヒップホップというジャンル自体がほぼアンダーグラウンドな存在だったにもかかわらず、それを大々的に取り入れて、しかも商業的にもキッチリ結果を出したのだから、同業者としては強いリスペクトと共に、危機感も大きかったんじゃないかと思う。

 このアルバムがリリースされた1986年前後というのは、元春に限らず、日本のメジャー・シーンにいるアーティストにとって、様々な形はあれど、大きな転機を迎えることが多かった。商業的に肥大化したサザンを一旦休養した桑田佳祐は、原点に立ち返るべくKuwata Bandを結成、ストレートなロックン・ロールを追求することによって、サザン以外の可能性を模索していたし、日本人離れしたファンクネスとずば抜けた歌唱力を持って一躍シーンに躍り出た山下達郎は、これまでの必勝パターンとは真逆のベクトル、内省的な歌詞と箱庭的に作り込んだデジタル・サウンドとの融合に苦悶し、長い袋小路の岐路に佇んでいた。
 「歌謡ロック」と揶揄されることも多かったBOOWYは、コンポーザー布袋のビジョンである、ニュー・ウェイヴ以降のUKアバンギャルドと、一見ドライながらドメスティックな共感を得る歌詞とのハイブリットなサウンド、その完成度の高まりと共に行き詰まり感がメンバー全体に蔓延し、その短いキャリアに自ら潔い終止符を打とうとしていた。
 これまで築き上げてきたキャリアに対して、少しでも真摯なスタンスのアーティストなら、作品クオリティの維持と商業的成功との両立を成し遂げている元春の一挙一動は、注目に値するものだったと思われる。

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 それだけ内外に影響を与えた『Visitors』だったけど、元春自身はそこから更にヒップホップを掘り下げることはしなかった。
 ここ日本において本格的にヒップホップを根づかせるためには、ワン・ショットのインパクトではなく、言い方は悪いけど、二番煎じか三番煎じまで畳みかけていかないと、定着しないはずである。なのに元春、『Visitors 2』的なアルバムを作らなかったのは、もちろん戦略的な面もあるだろうけど、常に進歩することを求められるトップ・アーティストとして、ひとつの色に染まらない、特定のカテゴリに収まりたくない、ある種の反抗心のようなもの、それと使命感もあったのだろう。

 時たま出演するバラエティやインタビューでの発言でも知られるように、基本マジメな人である。ただ、大多数の人より価値基準や行動規範がちょっとズレているだけで、空気を読まず我が道を行く思考回路については、あまり突っ込んじゃいけないところ。一歩間違えれば社会的に孤立してしまいそうなところを、基本ピュアネスにあふれている元春、本人としてはそれがごく普通の事柄であり、何事においても誠実に答えているだけなのだから。

 当時の元春が目指していたのは、洋楽の安易な移植ではないロックを日本に根付かせること、そして、いまだ現時点においても知名度の高いナンバー”Someday”に凝縮されているように、基本ポジティブなメッセージを伝えるため、ロック・ミュージックという手段を使っていた。そりゃ中にはネガティヴなテーマの曲もあるけど、基本はその人柄から窺えるように、真摯でピュアなメッセージである。
 シリアスでリアルなメッセージを伝えるのに、当時のストリート・カルチャーに深く根付いていたヒップホップというサウンドは有効だったけど、サウンドというツールは、あくまで伝達の手段である。そこにこだわりを持つことは決して悪いことではないけど、そこへの執着が強すぎると、本来伝えるべきメッセージがボヤけてしまう。器ばかり磨き上げてもダメなのだ。

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 『Visitors』で糸口を掴んだばかりのヒップホップ・サウンドも、そこを一点集中で突き詰めるのではなく、これまで学び得たノウハウの一つとして、更に貪欲な吸収を行ない、そしてそれらをミックスし練り上げこねくり回した結果として、この『Cafe Bohemia』がある。

 お茶の間レベルで理解できるレベルにまで噛み砕いたアバンギャルド・サウンドとロック的イディオムとの融合を見事結晶化させた『Visitors』に対し、今回の『Cafe Bohemia』、表面上はワールドワイドでジャンルレスな音楽の追求、スタイリッシュなジャケット・デザインから窺えるように、その気だるい居ずまいから、以前のポップ性を擁したロックン・ローラーの姿は想像できない。Style CouncilやStingからインスパイアされた、ジャジーなinterludeは、ロック的衝動やダイナミズムからは最も遠いところで鳴っている。
 ただ同時に、表面的にはロック的サウンドから遠ざかりながらも、ロックの構成要素であるパッションは減じず、抽出されたメッセージ性に最もこだわっていたのは、日本においては元春が第一人者であったことは誰も否定できない。

 ロック的イズムへのこだわりが強くなるあまり、敢えてサウンドの比重を弱め、言葉そのものの持つ力を引き出したのが、この頃から始まるスポークン・ワード(ポエトリー・リーディング)である。もともとは1950年代のビート・ジェネレーション時代に端を発し、その代表的作家Jack KerouacやAllen Ginsbergらによる、ニューヨークのライブハウスでの詩の朗読パフォーマンスなのだけれど、不定期レギュラーとなっている教育テレビ『ザ・ソングライターズ』での1コーナーとして、目にした人も多いはず。
 ロック的演出を一旦剥ぎ取り、言霊本来の力と朗読力のみによって繰り広げられる、言葉のぶつけ合いと受け合い。そこはステージという多人数:1という構図ではなく、見る人によってそれぞれ解釈が違い、結果、1:1という、至極パーソナルな関係性が築かれている。その真剣勝負は互いに極度な緊張状態を誘発し、結果、体力の減少が著しい。安易なジェスチャーやメロディでごまかそうとしない所に、彼の潔さがうかがい知れる。


Cafe Bohemia
Cafe Bohemia
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佐野元春
ソニー・ミュージックダイレクト (2013-02-20)
売り上げランキング: 19,390




1. Cafe Bohemia (Introduction)

2. 冒険者たち Wild Hearts
  ちなみにこのアルバム、これまでの元春のアルバムはすべてソロ名義だったのに対し、ここから何枚かは”with Hertland”と併記されている。レコーディング、ライブ双方を精力的に行なっていた頃であり、バンドとしての一体感が、これまでとは明らかに違っている。
 何というか、百人が百人とも、「これはロックだ」というサウンドではない。ヴォーカルは明らかに元春そのものなのだけれど、ホーン・セクションを前面に出したソウル・テイスト濃いサウンドは、日本人単独では出せなかったグルーヴ感がある。
 でも、これが元春の目指すところの、ロックなのだ。

3. 夏草の誘い Season In The Sun
 肩ひじ張ってない歌詞が、俺は好き。『Someday』以前に頻発していた、ちょっとスカしたシティ・ボーイのシニカルな呟きより、このようなストレートなメッセージを爽やかに歌えるようになった、この時代の元春のファンは今も多い。

 そうさ これが君への想い 何も怖くはない 
 Just One More Weekend いつでも 君のために戦うよ 
 Smile Baby 汚れを知らない 小鳥のように

-G3FHU36I0Ocq

4. カフェ・ボヘミアのテーマ Cafe Bohemia

5. 奇妙な日々 Strange Days
 このアルバムの中では比較的ストレートなロック。ちょっとエスニック入ったピアノなど、そこかしこで正しくストレンジな音が入ったりなどして、普通のサウンドでは済ませようとしない、チャレンジ・スピリットが強く出ている。

6. 月と専制君主 Sidewalk Talk
 ちょっとアフリカン・ポリリズムのエッセンスが入った、ちょっと奇妙な質感の曲。後年、このタイトルでセルフ・カバー・アルバムをリリースするのだけど、何かしら思うところがあったのだろう。地味だけど、なんとなく記憶に残り、妙にクセになる曲である。これまでの、そしてこれ以降の元春にも見当たらない、不思議な浮遊感のある曲である。
 後半のブギウギ・ピアノとホーン・セクションとの掛け合い、ルートを外れそうでいて、きちんと本筋は外さないベース・ラインなど、ほんとバンドの一体感が出ていて、レコーディングも楽しげだったことが想像できる。

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7. ヤングブラッズ Youngbloods
 1985年2月、国際青年年のテーマ曲としてシングル・リリース。年間チャートでも63位と健闘した。やっとまともにトップ10ヒットとして世間に認められたのが、この曲である。確かにNHKなんかでは頻繁に流れていたため、タイアップ効果も大きかったとは思うけど、でも、この曲にはそれを超えたパワーがみなぎっている。
 直訳すれば「若い血潮」と、いきなりダサくなってしまうけど、それを恥ずかしげもなく堂々と歌えるのが、やはり元春である。そのポジティヴなパワーの前では、ちょっとした恥じらいなどは吹き飛んでしまう。
 この頃の元春としては珍しく、カタカナ英語が頻発した歌詞なのだけれど、力強いバンド・サウンドがそのうすら寒ささえ吹き飛ばしてしまう。
 元旦に撮影されたという、この有名なPV、ほんと何度見てもワクワク感が募る。 

 冷たい夜にさよなら
 その乾いた心 窓辺に横たえて
 独りだけの夜にさよなら 木枯らしの時も 月に凍える時も
 いつわりに沈むこの世界で 君だけを固く抱きしめていたい



8. 虹を追いかけて Chasing Rainbow
 ちょっとDylanのフェイクっぽいヴォーカルが時たま気怠くイイ感じなのだけど、もしかしてただ単にキーが高いだけなのかもしれない。

9. インディビジュアリスト Individualists
 暴力的なスカ・ビートに乗せた性急な元春のヴォーカルが、『Visitors』を彷彿とさせる。硬質な言葉を叩きつける元春は、すべてのリスナーへ向けてアジテーションを送っている。バンドのどの音も攻撃的である。ひたすら単調なビートを刻むリズム・セクション、変調したギター・カッティング、地底をうねるベース・ライン、どれも体制へのもがき、抵抗が見え隠れする。

10. 99ブルース 99Blues
 呪術的なアフロ・ビートと、それを切り裂く重苦しいアルト・サックスの調べ。こちらも『Visitors』サウンドの上位互換であり、様々なサウンドとのハイブリットで構成されている。
 この曲での元春はかなり饒舌。どこかトピカル・ソング風にも聴こえる、社会風刺も混ぜ込んではいるが、そこまでシリアスにならないのは、やはり根が性善説な人だからなのか。

 いつも本当に欲しいものが
 手に入れられない
 あいかわらず今夜も
 口ずさむのさ
 99 Blues


 
11. Cafe Bohemia (Interlude)

12. 聖なる夜に口笛吹いて Christmas Time In Blue
 クリスマス・ソングにレゲエ・ビートを組み合わせる発想は、これまでなかったはず。もしかして前例はあったかもしれないけど、ここまでスタンダードに残る歌になったのを、俺は知らない。それだけクオリティが高いのだ。
 クリスマス・イヴのワクワク感とクリスマス当日の「もうすぐ終わっちゃう」感を淡々と、しかもわかりやすく描写したのが、この曲。歌謡曲全盛だった当時、しかも12インチ・シングルでのリリースだったにもかかわらず、そこそこのヒットを記録したのは、純粋に曲の良さと歌詞の良さ、そしてレゲエ・アレンジの勝利だろう。

 愛している人も 愛されている人も
 泣いている人も 笑っている君も
 平和な街も 闘っている街も
 メリー・メリー・クリスマス
 Tonight's gonna be alright



13. Cafe Bohemia (Reprise)




 で、俺にとっての元春というのはここくらいまで。この後の元春はアッパーな時期とダウナーな時期とが交互に訪れている。そのバイオリズムの振り幅が大きすぎて、ちょっと聴くのが辛くなってきたファンというのは、多分俺だけではないはず。
 その後のホーボー・キング・バンドやコヨーテ・バンドとのルーツ・ロック的セッションも味わい深くて良いのだけれど、キャリアのピークを知ってしまっている俺としては、ちょっと物足りなさも感じてしまう。ただ、ここに至るまで経てきた元春の軌跡を鑑みると、もっと気合入れてよ、とも言いづらい。
 困ったものである。


The Essential Cafe Bohemia
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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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