好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

とにかく俺、俺俺俺の大洪水 - John Coltrane 『Giant Steps』

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 1960年代末のMiles Davisは、既存のジャズの枠組みの中で自分のヴィジョンを表現することに限界を感じ始め、エレクトリック楽器の導入に至った。Miles以前にも、ピアノや弦楽器をアンプ増幅させることによって、目新しさを演出したミュージシャンはいたのだけれど、彼らのどれもがジャズの話法、コード進行はそのままに音色を置き換えただけで、新たな価値の創造とまでは行かなかった。
 Milesの場合、Stockhausenに代表される現代音楽に始まり、ファンクのリズムやミニマルなアフロ・ビート、そして晩年にはヒップホップまでも取り込むことによって、「Miles Davis」 としか形容のしようがないオンリーワンの音楽ジャンルを創り上げた。
 それに対し、あくまで「ジャズという枠組み」の中において、様々な創造と変革を行なっていたのが、John Coltraneである。

 1955年にMilesのバンドに加入したことを起点として、1967年肝臓ガンで亡くなるまでをキャリアとすると、実質の活動期間はほぼ10年強と、あまりにも短い。ただ、まるでそんな短命を予知していたかのように、彼は膨大な量の演奏活動を行なっている。死後間もない頃から、その発掘プロジェクトはスタートし、今でも絶賛進行中である。

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 近年ではロックもその傾向が強いのだけど、ジャズの世界ではCharlie Perkerの昔から、過去の発掘作業が盛んである。特に1950年代から60年代、ジャズとしては黄金時代のアーカイヴは今でも需要が多く、レコード会社としても力の入れ方が強い。ていうか、現役のアーティストよりも往年のジャズ・レジェンドたちのニーズが多く、純粋な新譜よりも、過去の再発の方がアイテムが多いという状況が長年続いている。
 で、その発掘作業、世界中のレコード会社はもちろんのこと、一般的なファンの間でも精力的に行なわれている。金銭授受を目的としないファン有志らによって、ラジオ・TVの私的録音物など、ほんと「ここまでやるか」的な物まで探し当てられ、きれいにリマスタリング・リミックスされたりして、高いクオリティの物ならCDとして発売、また録音レベルが低い物は、ネットで無料で公開されたりなどしている。
 生前の発表物より、死後のアーカイヴの方が物量的に勝っているのは、モダン・ジャズのアーティストなら有りがちなことである。ただ本人としては不本意な出来のモノも白日の下に晒され、正規盤なのにブート並みのクオリティの商品も、決して少なくない。ファンにとっては、そういった不出来なモノも含めてのリスペクトなのだろうけど、もはや口出しできない本人としては、雲の上で何とボヤいているのだろうか。
 
 俺自身、Coltraneのアルバムは何枚か持っていたり音源で持っていたりしてはいるけど、そこまで熱心なファンではない。よって、別テイクや未発表テイクなど、そういった余りモノに食指は動かないのだけれど、まぁ雑誌やネットの煽り広告を見ていると、それだけでも楽しくなってしまう気持ちはわかる。
 「あの伝説的セッションの未発表ヴァージョン!!」「3テイク録られたうちのボツテイク2曲収録!!」なんて惹句を見ると、なんかそれだけでもワクワクしてしまう。とは言っても、別にわざわざ買ってまで聴こうとは思ってない。ロック/ポップスの場合にも当てはまるのだけれど、よほどの熱狂的ファンでもない限り、このような追加収録の類は、ほぼ2、3回聴いちゃうと満足して、もうそれっきりという場合がほとんどである。

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 『Giant Steps』はアトランティック移籍第一弾、シーツ・オヴ・サウンド奏法を確立した最初のアルバムと言われている。
 『My Favourite Things』のレビューでもチラッと書いたのだけど、理論的なことはよくわからない。ただ色々な文献を読んで聴いてみて、最終的に至った結論は、「ひとつのコードをすごく細かく切り刻み、テンポはめちゃくちゃ早く、切れ目なく続く音の洪水」ということである。あくまで俺的に、ということなので、間違ってたらごめん。

 これも誤解を恐れずに言うと、この時点ではまだシーツ・オヴ・サウンドに着手したばかり、まだ最終形態には達していない。バンド・メンバーらも、どこまでColtraneの真意を理解していたのかは怪しく、Coltrane本人にも迷いというのか、自分が理想とするヴィジョンと実際に出てくる音との間に、かなりのギャップを感じていたんじゃないかと思える。
 Coltraneが独走状態で空間を音で埋め尽くしているのに対し、他のメンバーはまだ従来のモダン・ジャズの延長線上で音を鳴らしている印象。Coltraneのプレイがあまりにも暴走気味なため、バンドが必死になって追いつこうとしている状況である。
 それだからなのか、決して完璧な演奏ではないのだけれど、そのギャップという違和感、迷走具合によって、まだ完全にシンクロしていない演奏には独自の緊張感がみなぎり、それゆえ結果的に白熱したセッションに仕上がっている。

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 技術を極めた一流の野球選手が、その現役時代のピークを表現する際、「ピッチャーの球が止まって見える」と口にすることがあるけど、モード奏法確立時のColtraneがまさにその状態だったんじゃないだろうか。
 彼にとって理想のヴィジョン、脳内で日々紡ぎ出される理想の音楽とは、決してフル・スロットルではなく、ナチュラルな状態で演奏して、ちょうどこんな感じだったのでは。もしかすると、もっとテンポは速く、音符で書き表すこともできなかったのかもしれない。ただ、それを表現するためのテクニカルな問題が立ちはだかったと共に、バンド・メンバーにそのコンセプトを伝えるための言葉や手段が想いつかなかった―、その結果がタイトル曲に結実してるんじゃないんだろうかと思う。

 完璧な音楽など、この世にはない。
 優秀なミュージシャンなら、誰もがそう思うだろう。この『Giant Steps』も彼にとっては理想のシーツ・オヴ・サウンドの通過点、せいぜい甘く見て80パーセント程度の仕上がりだったかもしれない。


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1. Giant Steps
 最初のテーマに騙されてはいけない。軽快なモダン・ジャズ・マナーの冒頭ソロから30秒もすると、音の洪水。よくこれだけ吹き切れるものだと、多分当時のリスナーも感心したんじゃないかと思われる。Art Taylor(Dr)、Paul Chambers(B)による安定したリズム・セクションに乗せて、Coltraneが縦横無尽に、そりゃもう吹きまくっている。
 こうして聴いてみると、『Giant Steps』の魅力とは、鉄壁のリズム・セクションに支えられてのものだと、改めて気づかされる。この後、Coltraneはシーツ・オヴ・サウンドをとことん追求してゆき、次第にフリー/アバンギャルドの方面へ向かってゆくのだけど、言ってしまえば、まぁ聴く人を選ぶ音楽である。このアルバム以降は、メンバー全員がフリーの演奏言語を駆使することによって、既存のジャズの物差しで測ると、まとまりがなく、とっ散らかった印象のサウンドが量産されることになる。みんながみんな、好き放題にやってしまうと、焦点がブレてポイントがわかりづらい。しっかりした土台の上でないと、それはただの不協和音になってしまう。
 ちなみにリズム・セクションがクレバーに、Coltraneがマイペースであるにもかかわらず、勝手の違う音楽に振り回されている一般人という印象が、Tommy Flanagan(P)。才能の問題ではなく、ここでの彼はひどく凡庸で、演奏にやっと着いていっている、といった印象。
 


2. Cousin Mary
 ほぼ1.と同じ構造、コード進行の曲。やはり30秒くらい経過すると、再びシーツ・オブ・サウンドが展開されるのだけれど、ここではもう少しテンポは緩めに、Coltraneのソロもマイルドになっている。ボスがお手柔らかにしてくれたおかげで、Flanaganのバッキングも堅実で、ソロも及第点。
 他のCDでは不明だけど、このアルバム、鍵盤のヴォリュームが小さくミックスされているため、Flanaganにとってはやや不利な状況である。リズム・セクションは相変わらず安定、Chambersも安心して聴いていられる。

3. Countdown
 ここはドラム・ソロよりスタート、すぐにColtraneの攻撃的なソロに代わり、しばらくはひたすらハイハットを叩かされるTaylor。録音の合間の肩慣らし的な、怒涛のような2分間。
 
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4. Spiral
 基本、Coltraneはソロイストである。Milesとの違いがここ。
 Milesの場合、あまり自分のソロに固執するタイプではない。どちらかといえば、トータルな音像・コンセプトで自己表現するタイプなので、自分以外のソロも積極的に対等に扱っている。逆にColtraneの場合、どうしても自分メインとなってしまうため、下手するとどの曲も一本調子となり、同じように聴こえてしまう危険性を孕んでいる。
 この曲がそういった見本。Coltrane的なアベレージは充分クリアしているのだけれど、続けて聴いていると飽きが来てしまう。こんなこと本人にはとても言えないけど、もう少しバリエーションを考えても良かったんじゃね?とさえ思ってしまう。

5. Syeeda's Song Flute
 有名なリフから始まる、このアルバムの中では比較的キャッチーでポップな曲。この時期のColtraneとしてはモード・ジャズっぽい感じで、ブルー・ノート時代のアルバムに入ってても違和感がない。悪い意味ではなく、安心して聴ける曲。
 


6. Naima
 当時のColtrane夫人に捧げた、ナイーヴでセンチメンタルなバラード。俺的にこのアルバムの中では、タイトル・ナンバーと並んでベスト・テイク。中盤のWynton Kelly(P)のソロはBill Evansそっくりだけど、彼よりもっとアタック音が弱く、ソフトな印象。Coltraneのソロも充分なタメを使い、情緒たっぷりにプレイしている。ちなみにこの曲のみ、ドラムもJimmy Cobbに交代。
 


7. Mr. P.C.
 そう、これがあったんだ。
 これはモードとシーツ・オブ・サウンドの良質な融合といった印象の、プログレッシヴとスタンダードとの奇跡的な出会い。めでたく全テイク、フル出場となったChambersの名前を冠しているが、それほど全面的にフィーチャーしているわけでもない、まぁセッション時に適当につけた仮タイトルが、そのまま正式名称に昇格したと思われる。
 この曲は後半5分くらいから始まる、ColtraneとTaylorとの掛け合いがポイント。音で埋め尽くそうとするColtraneと、雷鳴のように鳴り響くバスドラとのガチンコ・バトルが面白い。どちらもパワー全開の大勝負。




 ちなみにリリースが1960年、没年まであと7年を残すばかりとなっている。もちろんこの時点では、死ぬことなど微塵も考えてなかっただろうけど、この後の怒涛の変幻自在振りは凄まじく、最終的には万人の理解を得るには難しい世界に行ってしまうのだけれど、アトランティック時代、少なくともインパルスの初期くらいまでは、まだモダン・ジャズの領域に片足を残していた頃であり、ジャズ初心者でもまだ理解しやすいはず。

 体調が良い時でないと、なかなか最後まで聴きとおすことができないアルバムである。聴き手にもそれなりの努力を要求する、敷居の高いアルバムだけれど、聴きやすい曲、例えば1.5.6.7.あたりから試しに聴いてみるのがオススメ。



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Teo、こっちもちょっとまとめといて - Miles Davis 『In a Silent Way』

folder 従来のアコースティック楽器に限界を感じつつあったMiles がエレクトリック楽器に手を出したことによって、いわゆる「電化マイルス」の時代が始まり、そこから派生してクロスオーバー/フュージョンというジャンルが誕生、ジャズ・シーンが一変した、というのがジャズ史の定説となっている。
 じゃあ、その一変する前のジャズの現状はどうだったのか、1967~68年頃のジャズについて、興味本位でググってみた。

 主流がスタンダードなモード・ジャズであることは現在も大きく変わらないのだけど、別の潮流としてアンダーグラウンドで活況を呈していたのが、フリー・ジャズ、アバンギャルド・ジャズの類いである。もちろんBill EvansやDave Brubeckなど、従来のモダン・ジャズは根強い人気を誇っており、それはそれで連綿と受け継がれていたのだけれど、メイン・ストリームからはちょっと外れた位置で、Don CherryやRoland Kirk など、メインストリームのジャズにはイマイチ馴染めないアーティストらが、イレギュラーなサウンドを展開していた。
 他にもフリー・ジャズの立役者であるOrnette Coleman、この時点では既に故人となっていたJohn Coltrane一派の残党Farrell Sandersらも、混沌を混沌のまま投げ出したような、ごく限られた範囲の音楽を創造していた。
 でも、ただそれだけ。
 彼らの混沌とは結局のところ、コップの中の嵐に過ぎず、肝心の音楽はジャズのカテゴライズの中に収まったものであり、ジャズ自体を否定し破壊するものではなかった。多分、内輪のコミュニティの中では革新的な音楽とされていたのだろうけど、まったく別の村、ポピュラー音楽のリスナーから見れば、ジャズとは古色蒼然としたもの、そこに目新しいアバンギャルド風味をちょっぴり加えただけのものに過ぎなかった。

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 そういった点が、ジャズ界で長く生きながらえてきた者たちの限界だった。ジャズの先鋭性とは、マスを取り込むポピュラー音楽の求心力とは相性が悪すぎた。60年代半ばから台頭し始めていたロックやポップスのリスナーを取り込むほどの力はなかったのだ。

 今でこそ音楽ジャンルはボーダーレスの時代になり、別ジャンルとのコラボレーションもごく普通に行なわれているのだけど、当時はジャンルによっての棲み分けがキッチリ行われていたおかげで、ほぼ異ジャンルとの交流はなかった。ジャズ・マンは一生、ジャズのフィールドで活動するしかなかった時代の話だ。
 ライブを行なうにも、既存のジャズ・クラブしか選択肢がなかったし、世の中ではヒッピー・ムーヴメントから派生したサイケデリック文化が花開いていたのに、彼らは相変わらず堅苦しいスーツ姿で演奏していた。
 後にMilesと合流することになるChick CoreaやHerbie Hancockらがロック/ポップスに接近したサウンドを模索してはいたけれど、それも結局は単発の企画モノでしかなく、継続されたものではなかった。彼らにもまだノウハウがなかったのだ。

 ジャズが真に革新的だったのは、50年代のハード・バップ全盛期だと言われている。そして60年代に入ると急速に勢いは終息する。それ以降は長い長い停滞期、黄金時代の拡大再生産を繰り返していったおかげでジャンル全体が自家中毒を起こし、袋小路に行き詰まっていた。もはや目先のアバンギャルドではシーン自体が崩壊寸前、ただのBGMに落ちぶれる間際だった。フュージョン・ブーム到来までは、そういった時代が長く続くことになる。

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 電化Milesの功罪としては、従来の行き詰まったジャズ・シーンに新たな活路を開き、それがフュージョン・ブームの叩き台となったわけだが、同時にすぐにその革新性は失われ、Miles の一時引退と同時に、劣化型のフォロワーやエピゴーネンらが跋扈する状況が続くことになる。

 このアルバムにおいてのMilesは、初めてエレクトリック楽器を導入した『Miles in the Sky』で手応えをつかんだ後、徐々にメンバーのリストラを開始、この時点ではほぼ無名ではあるけれど、後にシーンを牽引することになる実力派の若手プレイヤーに、次々と首をすげ替えている。いずれも、従来のモダン・ジャズの垢がついていない、または従来のジャズに満足しきれない若手ばかりである。
 Miles Davisという磁場が彼らを引きつけたのか、それともMiles自ら小まめに若手のライブ・シーンをチェックしていたのか?まぁ後者は考えづらい。何しろこの頃のジャズ界はドラッグの蔓延が深刻な問題となっており、Milesもまた例外ではなかった。特に他のミュージシャンよりは確実に収入のある彼のことなので、酒と女とコカインで内臓がボロボロになっていたはずである。そんな中、若手が狭い穴倉でチマチマ演奏している様をわざわざ見学に行くはずがない。やはり強烈な音楽的磁場が引き寄せたこと、そしてギャラが良かったから、と考える方がスッキリする。

「人生観が変わるアルバム」と表現したのはPeter Barakanだったけど、俺を含め、リアル・タイムで聴いてない多くの人にとっては、かなり大げさな表現ではある。確かに、それまでのジャズの流れの中では、かなり異彩を放つアルバムだということはわかる。
 ただ、音楽スタイルの格段の進歩によって、過去の音楽ほど古臭く聴こえてしまうのは、致し方ない状況ではある。現代の耳にとって、Elvis Presleyの初期のシングル群は音圧も低くショボイ音だし、Charles Parkerの音源だってブートレグ並みの音質が多いので、その魅力にとらわれる以前に、関心すら持てないことの方が多いのだ。
 電化Milesもまた、今のクラブ/エレクトロ系サウンドのルーツという前提で聴けば、まだスムーズに入り込めるのだろうけど、大多数のリスナーにとっては敷居が高く、難解な印象の方が強いはずだ。聴く者を選ぶ音楽というのは、いつの時代でもある。

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 タイトルにあるように、基本的には静寂をテーマとした音楽なので、それほど派手な意匠を凝らしているわけではない。むしろ大きなピークもなく、盛り上がりの少ない楽曲が2曲のみなので、流して聴いていると、いつの間にか終わってしまうアルバムでもある。
 ただ、ここが Miles の狙い、というかプロデューサーTeo Maceroの戦略だったのでは、と思ってしまうのは考え過ぎだろうか。一聴すると耳触りの良い、ムーディーなベーシック・トラックが続く中、時々不意に現れるギター、ミュート・トランペットの不協和音。何の変哲もなさそうだけど、でもどこか引っかかりの残る音楽。そして、それは深く刻み込まれる。
 楽しい音楽ではない。Milesの音楽はいつだってそうだ。深層心理の表面に微かな傷跡を残す音楽。

 最初に手にしてから20年近く、盤は変われど手放さずにいるアルバム。
 電化マイルスにはそういったアルバムが多い。


In A Silent Way
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1. "Shhh"/"Peaceful" 
 ほぼ全編ずっと、16ビートのハイハットを叩かせられるTony Williams(Dr)。多分Milesに「俺がいいと言うまでずっと叩いてろ」と脅されたのだろう。ずっとこの調子でセッションを行なっていたと思われる。
 John McLaughlin(G)は『Jack Johnson』で披露したロックっぽい稚拙なソロより、ミニマルなアルペジオが微妙に変化してゆく加減を楽しめる、このテイクの方がずっと合っている。
 どっちがChick Corea(El-P)でどっちがHerbie Hancock(El-P)なのか、実は俺、よく知らない。ただ二人の名前がクレジットされており、明らかにフレーズの感じが違うことはわかるのだが、どっちがどっちだかは、やっぱりわからない。ま、別にこれから深く知ろうとも思ってないけど。
 多分、Milesが吹いているのは、全編通してほんのごくわずか、多分トータル18分のうち5分くらいじゃないかと思われる。セッションを通してではそれなりにプレイしてはいたのだろうけど、明らかに編集の時点でばっさり切り捨てられてしまっている。これがMilesの意向なのか、それともTeoの総合的判断に基づいたものなのか、それはわかりかねるけど、結果的に「Milesを中心としたMusic」がここに誕生している。
 


2. "In a Silent Way"/"It's About That Time" 
 1.同様、Joe Zawinulが書いた美しいナンバーがサンドイッチするように、Miles作”It’s About That Time”を挟み込んだ作品。
 序盤はほとんどMcLaughlinの美しい分散コードとZawinulによる雰囲気オルガンとで構成されており、2分ほど経過してから荘厳としたMilesのトランペット、ミュートもかけてない、緊張感あふれるソロが展開される。
 ガラリと曲調が変わり、Miles主導による”It’s About That Time”、しかしセッション・メンバーはそのままなので、曲の質感はほぼ変わらない。ややアップテンポになった程度の変化だ。
 それぞれのメンバーの見せ場を作るかのように、ほぼ持ち回りでソロが展開されるので、意外と飽きない。電化Milesには拒否反応を示す人も多いが、この曲なら比較的すんなり入っていけるんじゃないかと思う。
 最後はエピローグのように、タイトル・ナンバーで締める。



ちなみに発売時のビルボード・チャート、総合134位ジャズ・チャート3位という成績。これが1969年当時のジャズ・シーンの状況である。ジャズ界においてはトップ・ランナーであったはずのMilesでさえ、ポピュラー・チャートの厚い壁は切り崩せなかったのだ。

 時代の動きに目ざといMilesのこと、やはりチャートやセールスに対しての色気はあったのだろう。ワイト島フェスやフィルモアなど、ロック畑のフィールドに進出することも多くなり、また音楽性もめぐるましく変化、アフロ・ビートの積極的導入によって翌年『Bitches Brew』をリリースすることになるのだけど、それはまた後の話。


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完璧すぎてとっつきづらい、クセのある傑作 - Steely Dan『Gaucho』

folder 『Aja』リリース後の Steely Dan、Donald FagenとWalter Beckerはしばしの休養期間に入るはずだったのだけど、アメリカ人にしては珍しく享楽的ではない彼ら、結局のところはせっかくのバカンスも持て余し、これまでと変わらない日常が流れるだけなのだった。
 ライブ活動から長く遠ざかっていたせいもあって、今さらツアーに出ろと強制する者はいなかった。プロモーション活動と言っても、むさ苦しいヒゲ面の二人組では、TVショーでも絵面が持たないだろうし、またそれほど気の利いたことが言えるキャラクターでもない。せいぜい『Rolling Stone』など、有名雑誌のインタビューをいくつか受けて、それで終わり。あとはダラダラとバカンスが終わるのを待ち、手持無沙汰にレコーディング準備に入るくらいしか、やることがなかった。

 前作同様、世界的にも好セールスを記録したアルバムではあったけど、ほぼレコーディング・スタジオに入りびたりの毎日だった当の本人たちにしてみれば、大して実感は湧かなかったはずである。
 ビルボード最高9位と、地味なサウンドの割にはなかなか健闘していたし、タイムラグはあれど、次第にまとまった額の印税も入ってくる。ラジオをつければ、自分たちの曲が流れてくることも度々ある。でも、直接生の反応を聞いていないので、何だか別世界の出来事に思えてしまうのだ。
 確かに雑誌などでは好意的に書かれているし、実際、レコード・ショップの店頭を覗いてみれば、目立つ所にディスプレイされており、それで何となくではあるけれど、自分たちの周りで大きな力が働いているのが実感できる。
 でも、レコーディングを中心とした自分たちの生活は、以前となんら変わりがない。

 デビューして間もない頃は、とにかく自分たち名義のアルバムが出るだけで狂喜乱舞した。サウンドや曲のディテールなんて二の次だ。まずはリリースできることだけで大成功。
 キャリアを積み上げリリース・アイテムも増えてくると、それに比例して売り上げも増えてゆく。レコーディングにも慣れてくると、試してみたくなるアイディアやサウンドの理想形が、漠然とではあるけど描けるようになる。すると、ルーティンな作業では飽き足らず、アーティスティックな方向転換を図るようになる。これまで触れようとしなかったミキサー卓にも興味を抱き、理想の音を出してくれるミュージシャンを招聘する。
 それでも最初は妥協の連続だ。限られた時間と予算の中で、最良のものを作り上げようと、スタッフも含めて頭を寄せ合い、知恵をしぼり出し、完成形へ向かって努力する。さらに倍々ゲームでセールスが伸びてゆくに従って、主従関係の立場だったレコード会社とアーティストとの均衡が崩れ始める。微妙なバランスが一度崩れると、もう止まらない。膨大な売り上げ貢献によって発言権が増し、次第にアーティスト側が優位になってゆく。そしてアーティストは理想のサウンド実現のため、恐怖政治の王と化す。完璧なサウンドを具現化するため、ありとあらゆる暴挙を繰り返し、膨大な時間と予算を浪費する。

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 そうやって仕上がったアルバムに対して抱くのは、達成感や愛情ではなく、むしろ解放感だ。何やかや試行錯誤の末、やっとの思いで仕上げたアルバムだ。愛憎半ば、愛着はもちろんあるが、もはや顔も見たくなるくらい、彼らは疲弊してしまうのだ。
 ただ、休む時間はない。既に次のレコーディング予定が控えているのだ。

 思えばこのグループ、メイン・ソングライターを押しのけて、実質的に支配していたのはプロデューサーGary Katzであったことは、周知の事実である。
『Aja』から『Gaucho』 までのブランクが約3年、その間FagenとBekkerの確執、イージー・ミスによる完成マスター・テープの紛失、レーベル移籍のトラブルなど、様々な要素が複雑に絡み合って完成が遅れた、というのが定説だけど、そもそも引っかき回してるのはこの男に他ならない。
 
 70年代アメリカで活動するバンドの宿命として、初期のSteely Danも例外でなく、延々と続く長期ツアーを廻っていた。直接観客に晒されることによって鍛えられ、バンドのHPと結束力は日増しに強くなっていった。
 ただし、彼ら同様、理想のサウンドの確立と実現を目論んでいるKatzにとって、そんなウェットな感性には何の興味もなかった。彼にとって重要なのは、理想とするサウンドを具現化することであり、そのためには大してサウンドに貢献できないメンバーはむしろ排除すべきだ、と考えていた。。実際、彼はゆっくり時間と手間をかけてFagenとBekkerを巧みに誘導、次第にSteely Danというバンドを解体、理想のサウンドを実現するためのプロジェクト・チームへと造り替えていった。

 一流のセッション・ミュージシャンに同じフレーズを何度も弾かせ、ダメ出しとリテイクの連発(それでかなりヘコんでしまったのがMark Knopfler)、最終的に何十ものテイクの中から、ほんのちょっぴりのリフやフレーズを抜き出し、パズルのように当てはめてゆく作業。ひどい場合には、まったく使用されない場合もある。
 英米のミュージシャン組合はミュージシャンの権利システムがしっかりしているので、没テイクであったとしてもギャラはきちんと発生し、金銭的な面では問題ないのだけど、それでも傷つけられたプライドの問題は大きい。
 基本、彼らが指名するのは名うてのミュージシャンばかりなので、ボツやリテイクには不慣れな連中ばかりである。そういった感情的なケアを行なうのもプロデューサーの仕事の一つなのだけど、まぁKatzは多分うまくやっていたんじゃないかと思いたい。やってはいたのだけれど、そうはうまく割り切れないのも人間である。演奏クオリティに対する要求のインフレがひどすぎて、次第に参加ミュージシャンの確保が難しくなったことも、Steely Dan活動休止の要因の一つである。

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 そういっためんどくさい経緯を踏まえた上で、『Aja』『Gaucho』の2枚は制作された。死屍累々となった数多のミュージシャンたちの、もはや徒労とも言える犠牲のもと、完璧に磨き上げられたサウンドがパッケージングされた。あまりにも無駄を削ぎ落としたそのサウンドは、一部の隙もない分だけ、中途半端な感情移入すら寄せ付けない神々しさがある。
 同じ経緯を辿ったはずの2枚のアルバムだけど、アナログ・レコーディングの技術の粋を結集したのが『Aja』、そしてその最終進化型としての『Gaucho』がある、という位置付けである。
『Aja』と比較して地味に映る『Gaucho』のサウンドは、一聴してすぐ虜になる類のものではないのだけれど、繰り返し聴き込んでゆけば、ジワジワと魅力が伝わってくる作品である。俺自身も常時聴くわけではないけど、年に一、二度は聴きたくなってしまうため、どうしても手放せずにいるアルバムである。あるのだけれど、もっぱら聴くのはやはり『Aja』であり、『Gaucho』はそのついで、単体で聴くことはほとんどない。

 せっかく完璧を目指して作ったはずだったのに、支持されるのは、やや不出来な長男の方。
 音楽に限らず、ここが創作物全般の面白いところである。


Gaucho
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1. Babylon Sisters
 Chuck Rainey(B)とBernard Purdie(Dr)の最強タッグによるリズム・セクション。Tom Scott(T.Sax)とRandy Brecker(Tr)を中心としたブラス・アンサンブル。もうこれだけで名曲と保証されたようなものである。マニア/ビギナーを問わず、一般的に抱くSteely Dan的サウンドをそのまま具現化したナンバー。ジャズ・テイストとNYシンガー・ソングライター的抒情の融合としては、この時点においての到達点だったと思う。
 


2. Hey Nineteen
  Hugh McCracken (G)の印象的なチョーキングから始まる、彼らにしてはややロック寄りのナンバー。Rick Marotta(Dr)のスティックの跳ね具合が、全体的にサウンドの躍動感を与えている。
 エレピは全編Fagenによるもの。このメンツの中では拙いプレイだけど、曲のテーマに合った演奏が味わい深い。
 


3. Glamour Profession
 ここでのドラムはSteve Gadd。シンプルだけど、はっきりGaddとわかるようなプレイ。
 ここでもFagenはシンセをプレイ。まぁほとんどエフェクト的な扱いだけれど。
 前半は、やや硬質のAORといった感じのサウンドで、Fagenもヴォーカルに力を入れている。当時、ライブでやったら盛り上がったんじゃないかと思う。
 中盤のTom Scottによるホーン・セクションもなかなか。7分超の長い曲なので、飽きさせないよう聴きどころは多い。

4. Gaucho
 リゾート系のAORといった趣きの、ミディアム・テンポのタイトル・ナンバー。ここまでのサウンドに比べると、ヴォーカルを中心に据えている。
 ここでもTomが大活躍、全編に渡って流暢なソロを聴かせている。それほどテンポは速くないはずなのだけど、Jeff Porcaro(Dr)が叩くとやはり躍動感が出て、曲自体が跳ねる印象。
 ちなみにタイトルのGauchoとは、南米在住の先住民とスペイン人とのハーフを指す、とのこと。地元では、「他人のために自己犠牲を惜しまない人、人のために尽くす人」と捉えられており、かなりの人格者の総称であるらしい。それがこのSteely Danの音楽とどう関係があるのか、といえば、よくわからない。歌詞だってそんな感じでもないし。
 
5. Time Out of Mind
 ステレオタイプのSteely Danサウンドと言える、ファンやリスナーのニーズをリサーチして、そのまま作っちゃいました、という感じのサウンド。悪い意味ではない。スリルはないけど、安心できるサウンドである。
 Rickのドラムは良く跳ね、Michael BreckerのT.Saxもいい感じでブロウしているのだけど、やはりこの曲で一番注目されるのは、散々リテイクを繰り返された挙句、ほんのちょっぴり間奏で地味に採用されただけの、Mark Knopflerのギターだろう。
 
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6. My Rival
 古色蒼然としたハモンドっぽい響きと、Steely Danにしては珍しく、ロック的な響きのディストーションを効かせたギター。メロディ自体は相変わらず不安定なSteely Danそのものだけど、サウンド自体にやや練りが足りない印象。もうちょっと別なアプローチでも行けたんじゃないかと思う。
 で、何の気なしにクレジットを見ると、Rick Derringer(G)が参加していた。なるほど、フュージョン系の響きとは違うはずだ。

7. Third World Man
 不思議な響きの続く、何となく始まって、何となく終わる感じの曲。これも悪い意味ではない。これこそが彼らの追い求めていたサウンド、この時点での最終到達点だったと思う。
 ラジオを点けてみて、何となく流れている曲、何て曲だっけ?そう思うころには、曲はもうアウトロに入っている。
 夜の帳が降りる頃、枕元のラジオを点けてみる、またあの曲だ、何て曲だっけ?…いつの間にか寝入ってしまい、朝になっている。
 そして、あの曲はまだ続いている…。
 Joe Sample(P) 、Steve Khan(G)、 Chuck Rainey、Steve Gaddによる鉄壁のリズム・セクションに、Larry Carlton(G)がしつっこく情緒たっぷりなソロを聴かせる。一流ミュージシャンらの技術を極限まで結集した、地味ながらもこの時点での最高作。
 





 この後、彼らは明確な解散宣言を行なわず、長い長い休養、そしてソロ活動に入る。残されたKatzはといえば、その後もSteely Danの夢よもう一度、といった体で、フォロワー的ミュージシャンのプロデュースなど、いろいろ頑張ってはみたようだけれど、思うようにはいかなかったようだ。やはりあの時代、あの場所で、あの二人と出会ったことがむしろ奇跡であり、いくら敏腕とはいえ、同じフォーマット・同じシステムを使用したとしても、再現は難しいのだろう。
 その後、Fagenは名作『Nightfly』リリース後、超絶スランプに陥って、10年に渡る音信不通状態。
 Beckerはというと、音楽性はともかくとして、風貌の宮崎駿化がますます進行し、プロデュース業の傍ら、ハワイでドラッグ漬けの日々。
 二人とも、現場復帰を果たすまでには、長い長い休養が必要だったのだ。

 そして二人は再会し、今でも時々、アメリカ国内限定で短期のツアーを行なっている。ほぼ懐メロ・ツアーといった風情のため、全体的にユルい感じのステージ内容を、これまたダラダラと行なっている。
 復活後もオリジナル・アルバムを2枚リリースしており、それなりのアベレージはクリアしているのだけど、当然、『Aja』『Gaucho』ほどの求心力を持つ作品は、今のところない。



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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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