好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

80年代ソニー・アーティスト列伝 その6 - 米米クラブ 『K2C』

a7ce5a9bbcd2f8d023e0c49baf847fa94aa94762_l ある意味、ソニーというレーベル・カラーを一番象徴したアーティストが、この米米なんじゃないかと、最近になって気づいた。

 基本、おちゃらけたパーティ・バンドとしての側面が強く、特にメガ・ヒットした『君がいるだけで』以前においては、エキセントリックなパフォーマンスやステージ演出が取り上げられることが多く、肝心の音楽面はあまり触れられずじまいである。
 もちろん、そういった総体もろもろを含めて評価されなければならないバンドであり、音楽だけ単体で評価するのはちょっと違ってくるのだけれど、強引にそこだけ切り離してみると、純日本的なメロディ・ラインを自在に操るカールスモーキー石井の作曲センスは、同世代のアーティストと比べて断然抜きん出ている。なにしろ生まれて初めて作った曲が”Shake Hip!”だし、また”浪漫飛行”が作られたのも、デビュー間もない頃である。
 一般的なロック・バンドのヴォーカルとは明らかに違う、類い稀に恵まれた声質とヴォーカル・テクニックを併せ持つ石井、正規の音楽教育を受けているわけではないので、彼の作る曲は、既存のロック・フォーマットのコード進行に捉われないものになっている。言ってしまえば、単に自分の歌いやすいキーとリズムで歌っているだけなのだけど、それがすべてドンピシャにはまる世界観を形成しているのは、プロフェッショナルな演奏陣の力量に依るものが大きい。

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 もともとは内輪受けの宴会芸バンドからスタートした米米クラブ、当初はウケ狙いのパロディ要素が強いステージを展開していた。それが次第に場数を踏むに連れて、現代アートの世界で活躍していたフロントマン石井の芸術センスや、前衛演劇からインスパイアされたハプニング性も取り込んでゆき、デビュー前はおふざけとアバンギャルドの交叉した、何だかよくわからないけどわからないままで終わってしまって、結局意味不明の熱気だけが残るライブが地味に好評を呼んでいた。
 メジャー・デビューするにあたっては米米、一般ユーザー向けに間口を広げるため、その辺の方針をちょっとわかりやすいスタイルに組み替えている。典型的な二枚目である石井がメロディアス担当、全身をキャンバスに見立てて演劇要素を前面に押し出したジェームス小野田がファンキー担当、かなり高度な演奏スキルによって構築されたバンド・サウンドをバックにして、その2人が縦横無尽におちゃらけるという、他のバンドではあまり類を見ないスタイルだった。
 前例がないイコール差別化が図れるということで、この方向性は間違ってはいなかったのだけど、その「おちゃらけ」という面ばかりが取り沙汰されたため、肝心の音楽面においてはどうにも中途半端さは否めなかった。

 当時のインタビューでは、「ステージとレコーディングとは別物として、スタイルをはっきり使い分ける戦略を取っている」と発言しているのだけど、まぁセールス面ではなかなか大きくブレイクできなかったことに対する自虐的発言とも取れる。ステージでのハチャメチャなグルーヴ感をレコードで再現することは、結構どのバンドでも共通の課題なのだけれど、特に米米の場合、バンドの性格上、そこら辺の擦り合わせで苦労している。
 なので、デビューしてしばらくは、そういった開き直りとも取れる発言が頻発している。のちにその方向性が正しかったことは歴史が証明しているのだけど、試行錯誤が如実に表われてセールス的にも不安定なのが、この時期である。

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 ディスコ・ファンク・バンドとしてのグルーヴ感を前面に押し出した”Shake Hip!”と、ある意味石井の本質である二の線を強調した”浪漫飛行”タイプの曲との双頭体制と言えば聞こえは良いけど、どこかフォーカスがボヤけていた点は否定できない。ファンの全部が全部、ライブに足を運べるわけではないのだ。
 ステージに足を運んでもらえれば、たちまち誰もを虜にできるくらいのパワーはある。でも、そのためにはきっかけとして、もっと求心力のあるパッケージが必要になる。

 で、ステージでのエンタメ性・カリスマ性を強く打ち出すため、ファンクを柱としたサウンド作りを行なったのが”Kome Kome War”であり”Funk Fujiyama”だったのだけど、当時としては衝撃的な構成だったPVばかりが話題となって、肝心の音楽的評価はチョット弱かった記憶がある。音楽雑誌では大絶賛に近く、実際セールス的にも確実にステップ・アップはしたのだけど、どこかオーバー・プロデュース気味で窮屈な印象があったことは否めない。

 で、石井の別の一面であるメロディ路線の方だけど、こちらは年を経るごとに磨きがかかっており、数々の美メロを輩出している。「カールスモーキー」という別人格を演ずることに吹っ切れたのか、ムーディでありながら時にエロい、ジゴロ顔負けの一面を披露している。
 でも、それだけじゃダメなのだ。その対極であるはずの「おちゃらけ」ナンバー、ファンクやら歌謡曲やらシャンソンやら音頭やらをグッチャグチャに混ぜてごった煮にした、米米言うところの「ウンコ曲」が精彩を欠いている。ていうか存在感がない。カールスモーキー石井の二の線は、最後の壮大なオチのためのネタ振り、長く引っ張った伏線であって、ここをきちんと押さえておかないと、ただのナルシストになってしまう。大きなカタルシスを得るためには、きちんとした舞台設定が必要なのだ。
 ステージではシアトリカルな構成の妙によって、その辺が違和感なくキレイに収まるのだけど、パッケージにまとめてしまうと、どうにもチグハグな形になってしまう。
 さて、どうしたものか。

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 その辺を踏まえて開き直ったのか、彼らの特色である二面性を、無理やりひとつにまとめるのではなく、だったら2枚に分けちゃえばいいんじゃね?という発想の転換の結果が、このアルバム。ほぼ同時期に『米米クラブ』という、「おちゃらけ」ソングばかりを集めたアルバムをリリースすることによって、うまく折り合いをつけた。ステージの流れを中途半端に再現するのではなく、レコードはレコードとキッパリ割り切ったことが上手く作用して、アルバムとしての統一感が出た。

 このアルバムには、彼ら初期の代表作である”浪漫飛行”も”Shake Hip!”も収録されていない。この時点においても既に独り立ちしてしまった曲なので、はめ込むのが難しかったのだろう。
 ダンサブルな曲とメロディアスな曲とがランダムに配置されているのだけれど、それらがほとんど違和感なく、統一したテイストにコーディネートされている。
 以前のように強引にまとめるのではなく、レコーディングで映える曲をセレクトしたおかげでビギナーでもスンナリ聴くことができる。

 ここでオミットされているのは、ステージ向けのナンバー、「おちゃらけ」要素が強く、享楽的で内容のない、まぁ適当な曲が多い。時代に埋もれてしまうような時事ネタを取り扱ったモノも多く、その大部分は一度聴いたらサッパリ忘れられてしまうような曲ばかりである。
 それらは彼らにとっての「恥」という感情の裏返し、いわゆる情念やコンプレックスなど、マイナス要素の強いものである。
 マイナスの裏返しはプラスではなく、どこまで行ってもマイナスだ。こういった要素を完全に排除するのではなく、表裏一体であることを表明できるようになったことが、バンドとして、そしてメンバー個々の成長と言えるのだろう。


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1. I・CAN・BE
 デビュー・アルバム『シャリシャリズム』と同時にシングル・カットされた、彼らのデビュー・シングル。久しぶりに聴いてみると、こんなにファンキーなアレンジだったっけ?ということに驚かされる。ホーン・セクションの音色がAORっぽくて好き。間奏のギターソロもかなり攻めたフレーズをぶち込んでいる。
 こういったナンバーを聴いてると、石井というのはあくまでフロントマンというバンドの役割を演じていただけであり、よく言われているような石井のワンマン・バンドじゃないことが窺える。

2. Peeping Tom
 多分、このアルバムが初出、でいいのかな?唯一の新曲で、リード・トラックとして、このPVがやたら流されていた記憶がある。なので、どうしてもビジュアルのイメージと被ってしまうのだけど、純粋に音楽だけ聴いていると、いやこれって、なんかめちゃくちゃ破綻してる。普通のロックやポップスの構造とはかなり違っており、いろいろなサウンドが混在している。すごくポップな感触で作ってるけど、曲調としてはかなりアバンギャルド。
 ちなみにPeeping Tomとは、「のぞき見する男」の意味。そうした妖しげなムードを醸し出す男として、石井は最適だった。



3. FUNKY STAR
 ファンキーと名乗ってはいるけど、それほどファンキーじゃないのは、石井がメインで歌ってるから。バックのサウンドは思いっきり黒いグルーヴ全開なのだけど、どこか歌謡テイストが残ってしまうのは、やはり石井自身が作るメロディのせいなのか。でも、このくらいベタじゃないと、日本という風土には溶け込むのは難しい。

4. En mi Corazon
 「おちゃらけ」モノは排除したはずだったのだけど、プロデューサー判断で、アクセントとして収録したのか、それともバンド側が強硬に押し通したのか。多分両方だと思うけど、まぁどっちだってよい。
 昔のラテン・ムード歌謡をイメージしたホーンでスタートしているのだけど、本編に入ってしまえば、至極真っ当なバラード。リズムは相変わらずのラテン歌謡チックで押し通しているのだけれど、ここは石井の熱演ヴォーカルによって、紙一重のところでシリアスをまとったパッションが爆発している。

5. Troubled Fish
 まぁ言ってしまえば、もろBlow Monkeys 『Digging Your Scene』なのだけど、元ネタを知らなくても充分その世界に堪能できる名曲。もともとはセカンド・アルバム『EBIS』に収録されていた隠れ名曲で、シングル・カットされていないにもかかわらず、結構知られていた曲でもある。俺もリリース当時から何となく知っていて、米米に興味を持ち始めたきっかけになった。
 オリジナルよりリズムを強調したアレンジになっている以外は、あまり変化はない。それだけ完成された曲でもあるので、あまりいじれなかったんじゃないかと思われる。



6. KOME KOME WAR
 ある意味、米米を一躍スターダムに押し上げ、音楽誌以外のメディアでも大絶賛の嵐だった、これもPVが特に印象的だった作品。本場MTVの海外部門で受賞を果たしたことで箔がつき、映像作家カールスモーキー石井の名を轟かせることになった。
 で、肝心の音楽と言えば、これがなんともファンクをベースとした内容のない歌。
 だけど、ここがいい。ファンクにメッセージを求めるのは筋違いであり、「踊る」という機能性を重視した音楽にとって、メッセージはむしろジャマになるだけだ。

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7. Paradise
 4枚目のシングルとしてリリース。オリジナルとはちょっとアレンジと歌詞を変えて、世界を股にかけるジゴロをテーマに改変されてたけど、俺的にはオーソドックスなオリジナル・ヴァージョンの方が好み。PVのテイストといい、バンド的には迷走期、ソニーの言いなりにポップスを演じ切ろうとした挙句、どこかボンヤリした仕上がりに悲哀を感じてしまう。
 オリジナルはオリコン最高19位。そこそこは売れたのだ。

8. Simple Mind
 もともとステージのみで披露されていた曲で、スタジオ・ヴァージョンとしてはここが初収録。米米版MORといったテイストのミドル・テンポのバラード。ライブの中盤あたりでのクール・ダウンに最適だと思うけど、癖の強いこのアルバムの中では、イマイチ印象が薄い。でも、ソニー的にはこういった曲を量産してくれてた方が理想だったんじゃないかと思う。
 まぁどっちにしろ、後期はこの路線に傾倒してゆくわけだけど。

9. Sûre Danse
 5枚目のシングルとしてリリース。”浪漫飛行”と”Shake Hip!”との奇跡的なハイブリッド的融合がこの曲。メロディライクな部分とミドル・ファンクとがバランスよくアレンジされており、ある意味ここが到達点だったんじゃないかと思われる。



10. Transfer
 9.とほぼ同じコード進行で、ファンキー成分を抜いてAORテイストを強めた、ミドル・バラード。米米のすべての音源を網羅したわけではないのだけど、俺が知る限り、米米はこの手のメロディ・ラインの曲が多い。石井のヴォーカルが最も映えるキーがこのラインなので、どうしても似通ってしまうのは仕方ないこと。
 聴いてる方も安心して聴ける、米米流MORサウンドの結晶。

11. STAY
 『EBIS』が初出の、初期米米の名バラード。ベッタベタのコード進行、黄金のメロディ、直球ストレートのナンバー。やればできるのに、ここら辺はあまり照れて出さないのが、この人たちの信用できるところ。もっとゴージャスなアレンジなら映えるのかもしれないけど、サラッとしたジャジーなアレンジが、胃にもたれず軽く聴き流すことができる。

12. Just U
 一応、初期の米米のアルバムはひと通り聴いているのだけれど、ライブを見てるわけではないので、俺はライト・ユーザーに分類されるのだけれど、そんな俺でも、そして年季の入ったへヴィ・ユーザーの間でも人気の高い、多分人気投票を行なえば、確実に5本の指に入るんじゃないかと思われる名作。

 Do You Remember まるで夢のような
 Don’t Forget to do 愛し合った日のすべてを

 ポップスの歌詞としてはすっごくベタでシンプルだけど、これがすごくいいのだ。こうしたストレートな楽曲をストレートにやらず、どこかアレンジやらキャラクターやら小芝居やらでおちゃらけて、何かしらフィルターを通してからでないと真面目な曲を歌えなかった彼らが、ここでは普通の楽曲をほんと普通に、しかもちゃんとしたメッセージとしてファンに届けている。やればできるのだ。
 ここで言うのもなんだけど、この曲はほかのベスト『米~Best of Best~』に収録されているライブ・ヴァージョンの方が良い。解散コンサートのラストに歌われており、感極まった様相の石井が必死に笑顔を取り繕いながら最後のメンバー紹介を行なっている。そのエンディングに至るまでのカタルシスが刻銘に記録されている。






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80年代ソニー・アーティスト列伝 その5 - 尾崎豊『回帰線』

folder 1985年リリース、尾崎豊2枚目のオリジナル・アルバム。デビュー・アルバム『17歳の地図』の初回プレスは3千枚に過ぎなかったが、このアルバムはオリコン初登場1位と、大きくジャンプ・アップしたチャート・アクションを残した。さして注目もされなかったポッと出の新人アーティストがいきなりビッグ・セールスを記録したのは、特別大きなタイアップがあったわけでもなく、先行リリースされた12インチ・シングル”卒業”のヒットが大きく作用している。

 ちょうどこの年は未曾有の卒業ソング・ブーム、尾崎を始めとして、あらゆるアイドル・アーティストらが揃って卒業をテーマとした曲をリリースしている。何の因縁か、後日すったもんだでゴタゴタあった斉藤由貴を筆頭に、菊池桃子や倉沢淳美(欽どこのわらべ出身のあの娘)が代表的なところ。
 なぜこの時期に集中したのかは不明。

 個人的な話、”卒業”リリース当時、俺はちょうど中3、卒業を間近に控えていたため、どうしても思い入れが深くならざるを得ない。
 尾崎との初めての出会いはラジオ、何の番組かは忘れたが、FM北海道(後のAir-G)で流れてきた”17歳の地図”だった。もし30年遅れてこの曲に出会っていたら、「Springsteenをルーツとした、浜田省吾のオマージュ的サウンド」だと冷静に受け止め、それほど魅かれることもなかったはず。ただ、2週に一度発売されるFM雑誌を隅から隅まで丹念に読み込んでいた北海道の中学生にとって、魂を叩きつけるような尾崎のヴォーカルは、たちまち心を捉え鷲掴みするほどのインパクトがあった。
 多分、同じ体験をした同世代は少なくはないはず。ほぼ無名ながら、デビュー間もない頃から既にカリスマ性を備えており、それが草の根的に徐々に伝播してゆき、そして絶好のタイミングで爆発したのだ。

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 当時の日本のロック/ポップス・シーンにおいて、最も語られる存在・対象として、強烈なカリスマ性を有していたのが、尾崎である。その求心力は生み出された詞曲だけでなく、インタビューや語録という形でもファンに伝えられ、そこからにじみ出る人間性や生き様までが魅力として捉えられ、そして批評の対象となった。
 尾崎以前、同等のカリスマ性を発信していたのが吉田拓郎や矢沢永吉だったのだけど、俺の世代が彼らに対して感情移入するには、ちょっと違和感があった。俺世代が物心つく頃、彼らは既にスターだった。彼らの視点は分別のついた大人のものであって、十代の俺たちが共感を抱くには、世代的な壁が大きく立ちはだかっていた。

 “卒業”と『回帰線』のヒットを受け、泥縄的なコンセプトとして、「10代のうちにアルバムを3枚リリースし、ティーンエイジ3部作を完結させる」ことが目標となる尾崎プロジェクト・チーム、この頃はプロデューサー須藤晃とのデモテープ制作→ボツの無限ループの連鎖との戦いだった。その間にも、ライブハウス規模の短期ツアーやイベントをはさんだり、突発的なアクシデントとして、伝説のアトミック・カフェ・ライブでの骨折事故(これはちょっとはっちゃけ過ぎたため)、不本意な停学処分が発端となった高校中退などなど、公私ともども慌ただしかったおかげもあって、なかなかまとまった時間が取れず、レコーディングは断続的に行なわれたようである。

 で、このアルバム、楽曲レベルとしてはとてもデビュー作とは思えないほど高水準の『17歳の地図』が、サウンド的・アレンジ的には若干装飾過多で、オーバー・プロデュース気味だったという反省を踏まえ、今回はシティ・ポップス風のソフト・サウンドは鳴りを潜め、ある程度固定したバンドの一体感を前面に打ち出した、ヴォーカルもややラウド気味の響き方をしている。ニュー・ミュージック系のオーソドックスなアレンジを無理やり型にはめるのではなく、ちゃんと歌のテーマに沿って、限られた時間でありながらも丁寧に、作者尾崎の意向を最大限尊重した作りになっている。

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 デビュー作については仕方ない面もある。そりゃどこの馬の骨ともわからないアーティストだ、制作サイドもまだ適性がつかめず、取り敢えずオーソドックスで耳触りの良いサウンド作りを選択するだろう。なるべくリスクを負わず、全方位的なサウンドを展開することによって、無難な線を押さえてゆくのは、経済の論理としてみれば当然だ。
 まな板の鯉的な扱いの尾崎もまた、本格的なレコーディングなどもちろん初体験、勝手がわからず、何をどう発言してよいのやらわからなかった部分も大きかったはず。
 で、ライブの場数を踏むことによって次第にサウンドが固まり、制作サイドも何となく方向性が定まってゆく。尾崎の発するメッセージをできる限り効率よくリスナーへ伝えるサウンドとは-。
 で、この時期に尾崎と制作サイドとの利害が一致、出来上がったのは、Springsteenや佐野元春、浜田省吾のスタイルをモチーフとした、ヴォーカル&インストゥルメンツそれぞれを明確に打ち出したサウンドである。
 基本、デビュー前から書き溜めていた曲と、レコーディング前に書いた曲とがほぼ半々の割合なのだけど、どの曲も無理がなく、取ってつけたようなアレンジのナンバーはない。グルーヴ感冴えわたるラウドなバンド・サウンドと、10代にしては卓越過ぎるヴォーカルを前面に出した、ドラマティックなバラードとがうまく混在している。

 俺個人の印象として、同世代の尾崎ファンは意外なほど多い。もちろん”I Love You”や”卒業”をカラオケでたしなむ程度のライトなファンが圧倒的に多いのだけれど、特に初期3部作を隅から隅まで嘗め尽くすように聴きこんでいた人も、同じくらい多い。
 彼の活動時期はちょうどCDとレコードの切り替え時期と被っており、ましてや時代はアイドル全盛期、なので大きなセールスは記録していないのだけど、「OZAKI現象」とまで称されたムーヴメントは、静かながらも、当時の多感な10代の多くに深く浸透していた。そのメッセージの受け止め方は人それぞれだけど、当時中高校生だった者なら、まったくの無関心よりはむしろ、何かしら思い入れを持っていた者の方が多かったはず。
 尾崎という存在は時代を象徴するイコンであったため、強烈に惹きつけられるか、または強烈な嫌悪感を持つかであり、まったく無視することはできなかったのだ。

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 「昔、尾崎が好きでしたっ」「今でも聴いてますっ」。人それぞれだけど、意外にヤンチャしてた人の中に尾崎のファンは多い。車に乗せてもらった時、カラオケで一緒になる時、飲み屋で同世代トークを繰り広げる時、「好きな音楽って何?」「今でも尾崎」「昔は尾崎ばっか聴いてた」と言う人は、思いのほか多い。
 そういった彼らも俺同様、大抵はオジサンやオバサンなのだけど、尾崎の話をする時は、ちょっと恥ずかしげながらも、若干誇らしげな表情をする。
 自分たちの時代には、こういったカリスマ性のあるスターが存在していたこと、そういったカリスマと同時代を生きていたことに対し、すごく自分に自信が持てるのだ。


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1. Scrambling Rock’n’Roll
 Springsteen & E Street Bandの疾走感とエッセンスとを上手い感じに抽出し濃縮し、それでいてただの真似ごとに聴こえないのは、やはり尾崎の存在感か。ハード・スケジュールの中、どれだけサウンドを練り上げることができたのかは不明だけど、多分それほどテイクは重ねていないのだろう。ヴォーカルは時々ピッチがズレたり裏返ったりする箇所もある。
 勢いが重要なナンバーなので、それほど歌い直しもしてなさげ。エコーの効いたドラム、要所要所で突っ込まれるスラップ・ベース、泣きまくるギターの音色が80年代ソニー系のサウンドなのだけど、そこにうまく嵌まる尾崎のヴォーカルがやはり良い。
 2番終わりのBメロ、「寂しがり屋の君の名前すら 誰も知りはしない♫」あたりからの下り、初っ端から飛ばしまくって疲れ切っているはずなのに、ここで立ち直り、凛と立ち尽くす尾崎の姿が美しい。

2. Bow!
 尾崎自身によるオープニングのハーモニカが印象的。拝金主義への批判的な歌詞、サウンドのテイストなど、浜田省吾”Money”との相似点が多いのだけれど、まぁ似たようなことを考えていたのだろうと思いたい。
 
“鉄を喰え 飢えた狼よ
死んでもブタには 喰いつくな“
 
 印象に残るこの歌詞、実は石原慎太郎の戯曲『狼は生きろ、豚は死ね』からインスパイアされたもの。後年の松田優作主演『白昼の死角』のキャッチ・コピーの方が有名だけど、元ネタはこちら。
 
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3. Scrap Alley
 子供が生まれた友人へ捧げた、きっかけはパーソナルながら、若くして親になった者なら迫りくるものがある。チンピラでもロック・バンドを組んだわけでもないが、誰もがこの熱く真摯に迫った激励を好ましく思えるはず。
 ちなみに俺は30過ぎての結婚だったため、この曲に強い思い入れはない。ただの楽曲として聴いてただけ。

4. ダンスホール
 デビューのきっかけとなったソニーのオーディションで初めて歌った曲であり、同時に生前最後のライブでラストに歌った曲として、ファンの間では特別な思い入れの強い曲。もちろん音源化される前までには、須藤晃より恒例のダメ出し攻撃を掻い潜らなければならなかったはずだけど、基本形はほぼ完成していた、とのこと。曲も歌詞もこれだけのクオリティの物を提示できた10代が、歴史上どれだけいただろう?
 前作にはないヴォーカル・スタイルである。叩きつけるシャウトと情感たっぷりのバラードの2種類のヴォーカルで構成されたのが『17歳の地図』だったけど、ここでは特定の「誰か」に語りかけるような、優しげな表情を見せている。同じバラードでも、思いのたけを押しつけるのではなく、相手への思いやり・気配りが垣間見える、きちんと理解を求めようとする尾崎のスタンスがある。その「誰か」とは、ほんとに身近な「誰か」だったかもしれないし、またスピーカーの向こうの不特定多数の「誰か」かもしれない。
 そう思わせてしまう説得力が、この頃の尾崎には既にある。
 


5. 卒業
 多分、リアルタイムでの尾崎ブレイクのきっかけとなった曲。これで一気に認知度が高まった。と思ってたのだけど、オリコンでは最高20位。12インチ・シングルという価格的な条件を考慮したとしても、思いのほかチャート・アクションは地味だった。音楽好きな誰もが、多かれ少なかれ尾崎の話題を口にしていたにもかかわらず、大きなセールスではなかったのだ。
 ただ前述したように、全世代へアピールするようなアクションはなかったけど、ピン・ポイントで確実に、当時の10代への影響力は絶大だった。誰もが尾崎に共感し、嫌悪し、憧れ、そして拒絶した。まったくの無反応な人間はいなかった。
 トータル6分の大作だけど、不思議なくらい冗長さは感じない。曲自体はミディアム・テンポでゆったり、後半でドラマティックなオーケストレーションが入ってくる構造なのだけど、歌詞の情報量がハンパない。優に2~3曲分くらいに相当する言葉を、これでもかというくらいパンパンに詰め込んでいる。しかも、その言葉のどれもが削れない、いや多分遂行しまくった結果がこの分量、このサイズなのだろう。そのため、メロディに無理やりはめ込んだり字余りの箇所も多いのだけれど、それが自然に聴こえるよう構成したのは、制作チームの努力の賜物である。
 歌詞については色々な所で散々書かれているので、今さら感もあるし、今の若い人たちには実感が湧かない内容も多い。今や学校は窓ガラスを壊す場所ではないし、教師はか弱き大人の代弁者でもない。学校とはただの通過点であり、そこでわざわざトラブルを起こすことなど、愚の骨頂なのだ。
 後追いで聴く者にとって、当時の焦燥感と無力さ歯がゆさに満ちたこの歌詞をリアルに受け止めることは不可能である。ただメロディは現在の水準としても十分高いので、難しいことを考えずに聴き継がれてほしい楽曲でもある。
 


6. 存在
 ここからレコードではB面。ライブ映えする曲が多かったA面に対し、こちらはもう少し軽やかなポップ・ソングを多く収録している。アップ・テンポで軽快な曲で、シンセの含有量が多い分だけ、サウンド自体はポップで、ソフトな内容っぽく聴こえるのだけど、歌詞カードを読んでみると、横文字カタカナどちらもきれいさっぱり排除されていた。
 当時から囁かれていたこと、Springsteen ”Badlands”にあまりに似過ぎているのだけれど、まぁそこはスルーで。

7. 坂の下に見えたあの街に
 ブギウギ・ピアノから始まる、こちらもポップ・ソングでありながら、2.と同じ世界観を歌っている。あそこまで悲観的になるわけではなく、視点はもっと前向き、金を稼ぎ、実家を出て一人立ちし、いつかは親父同様、新しい家族を作ることを夢見る19歳の普遍的な視点を見事に活写している。

8. 群衆の中の猫
 仰々しいシンセのイントロがミスマッチだけど、それを抜けば隠れ名曲とも言える、地味に良いバラード。往年のニュー・ミュージックの香りがまた、郷愁を誘う。
 もともとさだまさしなどを愛聴していた尾崎、連綿と続く日本フォークの伝統に則った、半径5mの小宇宙をみずみずしく描写している。

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9. Teenage Blue
 再び、隠れ名曲的バラードが続く。『17歳の地図』はもうほぼ全曲、何かしらのタイアップがついており、誤解を恐れずに言えば今さら感が強い曲も多いのだけど、『回帰線』はまだ手垢にまみれていない曲が数多くある。
 この曲もリアルタイムの尾崎ファンや、またはほんとここ数年でファンになった、予備知識のない若い人たちには、純粋にメロディの良さで地味に人気が高い。

「抱きしめてよ 震える心
愛を捜して さまよってるから
変わらないもの 街にはないけど
それでもいいよ 抱きしめてほしい」

 ティーンエイジの、そして晩年になっても尾崎が追い続けていたテーマが、この詩に見事に集約されている。

10. シェリー
 「後楽園の近くの川を見て作った曲」と本人談の、アルバム・ラストを飾る名曲。確かリリース当時から名曲扱いされていたため、もうさんざん語り尽くされており、世間的には「もういいよ」と思われてしまう、哀しい曲でもある。
 オープニングのエレピ、シェリーに語りかけるように、そしてボロボロに疲れ切ったかのような尾崎。徐々に厚みを増してゆくバンド・サウンド。どれを取っても名曲の風格あり、である。
 尾崎が永遠に追い求めて来たもの、それをサラリと表現したのが9.なら、もっと赤裸々に生々しく表現したのが、この”シェリー”である。ここには、世間一般で語られる『尾崎豊のパブリックなイメージ』がほぼそのまま体現されている。こういったテイストの曲が形として残されることによって、尾崎は大きな成功を勝ち得たと共に、後年に渡って長く、そのパブリック・イメージに自ら縛られて苦しむことになる。
 





 正直、年に何回も聴いているわけではない。今回もちゃんと通して聴くのはほんと久しぶり、もう思い出せないくらい昔のことだ。
 ただ、最初に聴いた時の空気感、”卒業"のシングルを今か今かと発売日まで待ち焦がれて、やっとの思いで手に入れた時の喜びや躍動感、レコードに針を落とすまでの期待感など、そういったことは肌で匂いで覚えているものなのだ。

 そういえば、”卒業”がリリースされたのは30年前、ちょうどこの時期だった。
 30年前の俺は、今の俺をどう思うだろうか―。
 尾崎を通過してきた同世代なら、こういった想いをわかってくれるだろう。



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やっぱりチャラ男路線は合わなかった。 - Aztec camera 『Stray』

aztec-camera---stray 1990年リリース、Aztec Camera4枚目のアルバム。文化系男子の中性的フェロモンを発していたネオ・アコ・サウンドから一転、大幅にメジャー・サウンドを意識したアーバン・ソウル的な秀作『Love』からは3年のブランクが空いている。
 前作に引き続き、唯一のメンバーRoddy Frame以外のミュージシャンはすべて外部起用、すっかり彼のソロ・プロジェクトとして定着したAztec Cameraだけど、このアルバムはUK最高22位と、緩やかにセールスのピークを過ぎていた頃である。
 時代はマッドチェスター・ムーヴメントの真っ只中、イキのいい若手(とは言っても、実際はそれほど若くなかったけど)のStone RosesやHappy Mondaysやらが台頭してきて、ハウス・ビートとオルタナ系ロックとのハイブリッドが幅を利かせつつあった頃である。
 Roddyもまた、『Love』でアメリカのブラコン・サウンドを移植した横揺れビートを導入していたけど、終末感を漂わせた暴力的なリズムの前では太刀打ちできず、この『Love』をピークとして、チャート・アクション的には次第に地味になってゆく。

 ニュー・ウェイヴ・ムーヴメント終了後の80年代初頭からインディー・シーンで活動していたギター・メインのバンドということで、どうしてもネオアコの範疇で語られることの多いAztec Camera、ていうかRoddy。
 とは言っても、ほんとにステレオタイプなネオ・アコ・サウンドを展開していたのは、初期の2枚しかない。なぜかMark Knopflerをプロデューサーに迎えた初期の傑作『Knife』が、そのネオ・アコ的サウンドの集大成とも総決算とも言える出来栄えだったため、もうこの路線においてはやり尽くしてしまった感が強い。
 そういった経緯もあって、3枚目の『Love』では新機軸として、80年代ブラコンのメロウ&エモーショナルなMOR的サウンドを導入、セールス的にもキャリア最高の売り上げ計上に至った。最初は戸惑いもあったファンからも次第に理解を得、しばらくはこの路線で行くのだろう、と誰もが思っていた。いたはずなのだけど、変わりゆく音楽シーンの傾向に合わせようとしたのか、それともミスマッチ感の強いダンサブルなサウンドに違和感を覚えたのか、その後は音楽性が定まらず、遂にAztec Camera終了まで迷走状態に陥ってしまう。

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 なので、この『Stray』にも言えることだけど、よく言えばバラエティに富んだ音作り、意地悪く言ってしまえば、まとまりなくとっ散らかった印象が強い。
 Roddyの人間性として、今で言う「意識高い系」というのか、もう50歳を過ぎているにもかかわらず、いまだ「永遠のアダルト・チルドレン」的要素が強い。どうやっても現状に満足せず、ひとつところに落ち着かず、すぐに自分探し/自分磨きの旅に出てしまうのが、当時のRoddyに見られる特徴である。日常では役に立ちそうもない資格の勉強をしたり、Facebookに雲やラテアートの写真をアップしてしまうアラフォー女子の如く、傍から見るとちょっとイタイ人でもある。
 まぁそんなスキだらけなところが母性本能をくすぐるため、昔から女性ファンが多い証でもある。

 反面、レーベル側としてはイメージが定着しないため、積極的にプロモートしづらくなる。特にこの『Stray』では、ひとつのアルバムの中でもコロコロ曲調が変わるので、セールス・ポイントが絞りきれず、結局はいつも通り、「ネオアコの旗手による意欲作」など、どうにもフワッとしたキャッチ・フレーズでお茶を濁してしまうことになる。
ダウンロード販売が主流となって、アルバムというフォーマットの意味自体が薄れかけている現在なら、それはそれで良いのだろうけど、当時はまだアルバム・コンセプトが重視されていた時代である。国内盤発売の担当者や輸入盤のショップ店員も、さぞかしPOP作成に苦労したんじゃないかと思われる。
 
 メジャー・レーベルへの移籍によって、レコーディング環境や販促体制の充実というメリットを手に入れたはいいけど、そこから方向性に行き詰まってしまったのが、90年代のAztec Cameraである。
レーベル側としては、ネオアコ界のトレンド・リーダーとしての才能と可能性を見出だし、でもそれだけじゃ世界戦略的にはちょっと弱いので、時流に合わせたブラコン・サウンドの意匠を嵌め込んで、キャッチーさを演出してみた。結果としてはキャリア最高のセールスを叩き出し、みんながwin-winで収まるはずだったのだけど、そこで今で言う中二病をこじらせてしまったのが、肝心のRoddy。これまでの「悩める思春期モラトリアム」から一転、リア充よろしく精いっぱいチャラくしてみたつもりだったけど、どこか居心地の悪さ、無理やり感は拭えなかった。所詮は、「どこかヘタレ感の漂う文系男子」である自分を客観視してしまったんじゃないかと思われる。

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 どこかにあるはず、もしかすると、自分のすぐ足元にあるかもしれない、自分にしっくり来る理想のサウンドを追い求める、そんなRoddyの試行錯誤が如実に記録されているのが、このアルバムである。
 拳を振り上げたくなるストレートなロック・ナンバーから、しんみり聴き入ってしまうバラードまで、サウンドはバラエテイに富んでいる。前作のようなブラコン要素は薄く、むしろ『Knife』のビルド・アップ・ヴァージョン、叙情性をベースにサウンドをゴージャスにした感が強い。まぁ曲調によってヴォーカル・スタイルを切り替えられるほど器用な人ではないので、どれを聴いてもRoddyのカラーが色濃く現れている。

 逆に言えば、どんなサウンドだったとしてもRoddyのパーソナリティは微動だにせず、正しくAztec CameraというバンドがイコールRoddyそのものである、と証明しているのが、この『Stray』である。
 この頃からRoddyのライブ・パフォーマンスはバンドを引き連れないソロ・スタイルのセットが多くなり、初期のアコースティック・ナンバーはもちろんだけど、メジャー移籍以降のナンバーから最新曲まで、そのほとんどを自身によるギター弾き語りだけで表現している。「僕がAztec Cameraそのものなんだっ」という自信の顕れでもあるし、まぁ予算の何やかやもあったんじゃないかとは思うけど。
 
 時間と予算をかけて作り上げたサウンドを一旦チャラにして、ライブで披露される素顔のRoddyの歌は、昔と同じ、技巧にあふれた素直なメロディ・ラインを奏でている。どれだけ新奇なアレンジを施そうとも、Roddyの歌が揺るがないのは、曲自体がしっかり作り込まれているから、と言わざるを得ない。それがしっかり伝わってるからこそ、彼のファンは年季の入った人が多い。

 多いのだけど、そんな魅力が外部にきちんと発信されているのかと言えば、残念ながら充分とは言い難い。イメージが定まらない、またはネオアコの先入観が強すぎるのも考えものである。
 これがDavid Bowieなら、変化してゆくこと自体がコンセプトになるのだろうけど、あいにくそこまでのエゴは少ない人である。結局は良い曲を愚直に演奏してゆくことが一番性に合ってるという、極めて当たり前の結論に落ち着くことになるのだけど、そこに至るまでの若気の至りが、この『Stray』から解散まで、しばらく続くことになる。


Stray
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1. Stray
 何のごまかしもない、正統派王道バラードからスタート。ギターとピアノによるシンプルなバッキングで、前作のようなオーバー・プロデュース気味だったサウンドとは一線を画している。
 これだけ聴いてると、正々堂々としたアコースティックなテイストで統一されてるかと思いきや、実はバラバラであることを思い知らされることになる。

2. The Crying Scene
 エフ クトを効かせたギターを抱えたRoddyが歌うポップ・ロック・ナンバー。ややアメリカン・ロック調なところがあって、時々Bryan Adamsっぽく聴こえる瞬間もあり。甘いマスクは彼と共通するところもあり、もう少し色気づいていれば、彼と同じポジションくらいまではいけたかもしれないけど、まぁ無理か、所詮文科系だし。
 シングルとして、UK最高70位。



3. Get Outta London
 その細い声質からは想像できないけど、多分Stones辺りをモチーフとして作られたんじゃないかと思われる、Roddyなりのブルース・ナンバー。時々ラウドなギターを弾く瞬間があるのだけど、まぁほどほどの感じで収めているのが、やはりRoddy。この辺が真面目といえば真面目。
”Jump”に近いアプローチだけど、時々こういったのがやりたくなるのだろう。

4. Over My Head
 本人曰く、Wes Montgomeryも意識したジャジーなナンバー。1分ほど「らしい」ストロークが続き、なんかこのまま終わっちゃうんじゃないかと思ってしまうほど、イントロだけで十分完結している。
 
5. Good Morning Britain
 このアルバムで一番といえば、やはりこれ。一緒に歌うは元ClashのMick Jones。当時のMickはBig Audio Dynamiteで第2のピークを迎えていた頃で、ロートルにもかかわらず勢いが有り余っていた時代である。
 Roddyのポップ性とMickのエモーショナルなロック成分、それにほんのちょっぴりモダン風味のデジ・ロック・サウンド。Roddyとしても憧れだったはずだし、Mickもまたイケイケ状態だったため、若手に胸を貸す心づもりだったのが、案外ウマが合って意気投合し、できあがったのがこのサウンド。
どの場面を切り取ってもいちいちサマになる、80年代ロックの完成形のひとつがここにある。どんな理屈をこねようと、拳を振り上げたくなるような音楽には、誰もかなわない。
US19位は近年を比べても妥当な位置。だけど、もっと売れてほしかったな。



6. How It Is
 もろ”Honky Tonk Woman”っぽいギター・リフから始まり、最後までストレートなハイパー・ブルース・ロックを奏でている。こうして最初から聴いてみると、声とサウンドとのミスマッチ感が逆に良い方向へ作用しているのがわかる。

7. The Gentle Kind
 ここでやっと、ネオ・アコ登場。この辺は初期っぽいサウンドだな。
 バラードでもなく、かといって入念に作り込まれたポップでもない。メロディ・ラインも流麗で、ギターの音色もちょうど良い。『Knife』サウンドの完成形と言っても褒めすぎではないくらい、しっかりした構造なのだけど。
 だけど、こんな曲ならRoddy、ササッと作れてしまうのだろう。ネオ・アコの文脈で書かれた曲は、所詮ネオ・アコ村の中でしか通用しない。彼が求めるのは、今までに演じたことのないサウンドなのだ。
 
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8. Notting Hill Blues
 ラスト2曲はシンプルなバラードで。あまりに正統派過ぎて、メロディがあまりキャッチーではないのが気になるところ。こういったサビ、日本でも結構パクられてた記憶があるけど、すぐは思い出せない。

9. Song For A Friend
 8.よりもう少しギターを前面に出した曲。サウンドはまんまフォークなのだけど、メロディのポップさによって、どこかミスマッチ感が漂っている。いるのだけど、長年のファンなら恐らく気に入ってしまう世界観をを、余すところなく表現している。




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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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