好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そういったゆるいコンセプトのブログです。

相反する2つの意味を持つアルバム - Prefab Sprout 『Protest Songs』

folder -プロテスト・ソング(Protest Song)とは、政治的抗議のメッセージを含む歌の総称である。
 政治的な主張やスタンスからは最も遠く、むしろ抽象的な言い回しや婉曲的な表現の多いPaddy McAloonが、なんでこんなアルバム・タイトルをつけたのか。
 同名タイトル曲が入っているわけではないし、基本、日々の感情の機微やうつろい、物憂げなラブソングを歌ってる人なので、もともと過激なテーマを取り上げる人ではない。日本で言えば来生たかおや稲垣純一など、ニューミュージック寄りのポジションのアーティストであり、営業戦略的にはあまりふさわしいタイトルではない。エピックもよく、こんなミスマッチなタイトルでゴーサインを出したものだ、と思ってしまう。

 マニアックなコード進行を使ったメロディに、曖昧で意味深げなボキャブラリーを乗せたデビュー作『Swoon』でニューウェイヴ以降のネオアコ・ムーヴメントの筆頭格としてシーンに躍り出たPrefab、UK最高22位というチャート・アクションは新人としてはなかなかの実績だったけど、あくまで国内のみで知られる存在に過ぎなかった。当時はAztec CameraやOrange Juice、Housemartinsの方が人気があったのだ。
 明快なメロディを口ずさみながらアコギをメインとした演奏を繰り広げるバンドが多かったネオアコ勢の中、変に意味ありげで抽象的な言葉を無愛想なサウンドで無造作に投げ出す彼らのサウンドは、明らかに異質だった。配給元ののレーベルKitchenware自体がクセのあるアーティストを多く抱えていたこともあって、バンドの自主性を重んじることは良かれと思うけど、積極的に売り込むノウハウには欠けていたせいもある。

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 そんな彼らが一躍スターダムへと駆け上がるきっかけとなったのが、2枚目のアルバム『Steve McQueen』。ロング・セールスを記録し、USでも最高180位と下位ながら、唯一ビルボードでチャートインした、彼らの代表作である。以前のレビューでも書いたけど、ここからポップ・プロジェクトPrefab Sproutの本当の意味でのスタートとなる。
 タイトルからわかるように、アメリカでのリリースの際、遺族からクレームがつき、『Two Wheels Good』という、何とも中途半端なタイトルに変更させられた、という経緯がある。何かしら横やりが入るのもわかりそうなものなのに、アーティスト側はともかくとして、当時のエピックの担当者は何を考えていたのか。多分、たいして考えてなかったんだろうな。いきなり大ヒットするような類のジャンルじゃないし。

 世界的に見ても名盤扱いされているこのアルバム、当時「彼女はサイエンス」などの世界的ヒットで若手クリエイターとして注目されていたミュージシャン兼プロデューサーのThomas Dolbyとがっぷり四つに組んで作り込まれたポップの芸術品である。この時のレコーディング体験によってPaddyのポップ・センスが開眼、以後、長きに渡るタッグを組むことになるのだけど、それはまた別の話。

 で、ほぼDolbyとPaddyとの濃密な2人作業で練り込まれ組み上げられた『Steve McQueen』のレコーディングが終了、ミックスも何もかも終わって2週間後、ほぼ休む間もなく開始されたのが、この『Protest Songs』のレコーディング。普通ならフル・アルバム分のストックなんてなさそうだけど、もともと『Steve McQueen』用に用意された曲が相当数あり、クオリティの問題でボツになった以外にも、コンセプトが合わずに収録されなかった曲も多かったため、その辺は無問題だった。

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 目新しいエフェクトやMIDI機材に囲まれた中、主にスタジオ・ブースでシミュレートしながら創り上げてゆくサウンドは、もともとバンド・マジック的な連帯感とは無縁で、むしろソングライター的な気質を持つPaddyにとって、その孤独な作業は苦ではなかった。
 彼にとって音楽=作曲という作業は、勢い余った初期衝動の産物ではなく、むしろ精密に組み立てられた工芸品的なニュアンスの方が強い。ハプニングや偶然性をコンセプトとした現代美術ではなく、長い年月をかけて培われた技術によって生み出された職人の作品こそが、Paddyの志向するところなのだ。
 青年期の一時的な衝動を経て、華麗な円熟期へのベクトルが示されたのがこの時期だったと言える。

 ただ、人間はそうすぐには変われない。
 きらびやかな密室ポップへの方向性を見出したPaddy McAloonではあるけれど、ヒリヒリ叩きつけるような冬のつむじ風の如く、円熟を拒む規格外のサウンドを創り出すPaddyも、そこには同時に存在する。何しろ、この時のPrefabには彼以外、3人のメンバーがいたのだ。
 実弟Martin McAloon (b)、Neil Conti (dr)、そして紅一点、恋仲でありながら、ついにPaddyと結ばれることのなかったWendy Smith (key)。実質的にプロのミュージシャンと言えるのはNeilくらいであったため、当初からPaddyのワンマン・バンドとしての認識が強かったけど、それでも当時のPaddyはバンドという組織への理想像、運命共同体としてのあり方など持っていた。少なくともこの時期は。

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 精緻に作り込まれたサウンドの対極、または同列として、シンプルなバンド・サウンドへの憧憬というものも残っていたPaddyがここにいる。
 ギターの音色ひとつ、またはドラムのリバーヴ加減ひとつにもいちいちこだわり、あれこれ違うエフェクトを試しながら理想の音を探る、という作業も、それはそれでひとつのやり方である。だけど、そんなモダンなやり方、機材のセッティングに何時間もかけるようなやり方じゃなく、もっと段取りを端折ったっていいんじゃね?的な。メンバー全員でスタジオに入り、アンプの電源を入れたら軽いサウンド・チェックと雑なコード進行の打ち合わせ、それだけ決めてあとは「せーの」で音を出す。間違ったっていい。まずは探り探り完奏してみよう。終わったら一度テープ・チェック。あそこをこうやって俺はここで入るからお前はあのパートをこんな感じで云々。雑談交じりの打ち合わせは休憩時間の方が長い。でも、そんな無駄な時間も含めてのバンド・レコーディングなのだ。タバコの切れのいいところでリテイク。さっきの修正点も含め別なアプローチも交えつつ、もう一度演奏してみる。さっきよりまとまりは良い。でも、ファースト・テイクほどの緊張感や勢いはちょっと薄くなる。結局、全員一致で最初のテイクが採用となる。まぁこんなもんだよね。
 -そんな風にPaddyが思ったのかどうかは不明だけど、まだ辛うじてバンドとしての形が保たれていた、そんな危うげな状態だったPrefabの瞬間をパッケージングしたのがこのアルバムである。

 で、「プロテスト・ソングス」。「プロテスト」単体の語義はそもそも「反抗」という意味合いだけど、Prefabファンなら知ってのとおり、このアルバムに限らずどの時期においても、強い負の感情を表すサウンドは存在しない。一体、何に対してアンチを表明しているのか。
 『Steve McQueen』完パケ後、ほぼ時を置かずしてレコーディングは再開された。間口の広い「陽」に対し「陰」を司る象徴として、『Protest Songs』は制作された。そして陰陽のコントラストをより鮮明に印象付けるため、あまりブランクを置かずリリースすることが、バンドとしての意向だった。
 だがしかし。シングル「When Loves Break Down」が思いのほか売れてしまったため、状況は一変する。この勢いに乗せて収録アルバムをプッシュしてゆきたいエピックの思惑の方が重視され、リリースは一旦ペンディング、近い将来に改めて仕切り直し、という事態となった。
 そうなると面白くないのがバンド側である。当初から間髪置かず、連続リリースすることに意味があったのに、ブランクを置くことは意味合いがまったく違ってくる。あれだけ入れ込んで創り上げたにもかかわらず、Paddyは一気に興味を失ってしまう。もうどうだっていいや。
 で、実際にリリースされたのはその4年後。さらにレコーディング・テクニックにこだわりまくったおかげでスケジュールが押しまくった『Jordan the Comeback』リリース遅延のつなぎとして、このアルバムはようやくリリースされた。

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 そんな曰くや逸話の多い『Protest Songs』。「付帯情報ばかりが多いわりには地味なアルバム」と思われがちだけど、先入観を一旦取り払って聴いてみると、また違った側面が見えてくる。
 特に具象化がちょっとだけ進んだ歌詞。基本は、あまり救いのないラブ・ソングが中心なのだけど、主人公であるPaddyの視点の先、または背後のバックボーンに存在しているのは、絶対的な神の視点である。「教会」や「祈り」など、80年代のチャラいほとんどのポップソングと比べると、明らかに異色である。冷笑に満ちた皮肉な英国人にとって、宗教を中心とした世界観は至って普通のことであり、日々の生活に根差したものである。いくら性格が悪い英国人と言ったって、ほとんどは素朴で敬虔な一般人である。ただちょっと他人の不幸に目ざといだけであって。

 俺の家系は代々無宗教なので、その辺は詳しくわからないのだけど、ローマ=バチカンを主軸としたカトリック正教に対し、ヘンリー8世の独断によって誕生したのが、英国国教会を中心としたプロテスタントである。門外漢から見れば、どっちも同じキリスト教なんじゃね?と思ってしまうけど、彼らの中では新・旧ときっぱり別れている。同じ神を奉りながら、その姿勢はまったく別物なのだ。
 レーベルに対する反逆精神と対を成す、個人的な恋愛観の隙間から見え隠れする宗教観。
 これらのダブル・ミーニングを交えたタイトル=コンセプトを持つのが『Protest Songs』だとしたら、納得が行く。彼の中ではどちらも等価なのだ。


Protest Songs
Protest Songs
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Prefab Sprout
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1. The World Awake
 低音でつぶやくような「Oh, Yeah」というコーラスが耳に残る、気だるい世界の目覚めを象徴するナンバー。ベーシック・トラックもシンセのエフェクトも、あまり練られた感じではないけど、バンド・グルーヴが心地よいので最後まで飽きずに聴くことができる。
 アウトロ近くのフィル・インなど、Neilの技が光っている。やっぱ生粋のミュージシャンだな、この人は。

2. Life of Surprises
 後にリリースされたベスト・アルバムのタイトルにもなった、地味だ地味だと言われている『Protest Songs』の中では1.と並んでキャッチーなアップテンポ・ナンバー。ファンの間でも昔から人気が高い。そのベストに合わせてシングル・カットされ、UK24位という、彼らの歴史の中でも比較的高いセールスを記録した。
 ほぼ音色をいじっていないシンセのリフが気持ちいい。1.同様、ポップ・バンドにしてはグルーヴ感が強く出ている。ほんと、この路線もあったんじゃね?と改めて思ってしまう。

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3. Horse Chimes
 アップテンポがつづいたので、ここでペースダウン。軽やかで洒脱なアコースティック・チューン。あまり加工されていないPaddyのヴォーカルが瑞々しい。これ以降はもっとエコーも深めでフェイザーをかけ過ぎて、時に過剰になってしまう場合もあるのだけれど、ここでは曲調とマッチしたラフな仕上がりが良い方向に出ている。
 不思議なコード進行のため、Paddy以外が歌ったら支離滅裂になってしまいそうだけど、危うさを見せながらもきちんとまとまった小品に仕上げている。

4. Wicked Things
 リズム・セクションが思いのほか健闘ぶりを発揮している、ややホワイト・ソウルっぽさも感じさせるナンバー。Paddyにしては珍しく、ダルなロックンロールっぽいギター・プレイ。曲調としてはシンプルなので、逆にバンドの一体感がクローズアップされている。

5. Dublin
 A面ラストはさらにシンプルに、Paddyのアコギ弾き語りバラード。朗々と紡がれるダブリンの寓話は古色蒼然としており、80年代ポップへの反旗とも取れる。そう、チャラさばかりが強調されるネオアコ勢も、元をたどればみなパンクを通過しているのだ。

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6. Tiffanys
 チャールストンっぽく古き良きアメリカを軽やかに歌い上げる、いつもの人名シリーズ。ロカビリーを連想させるギター・プレイは、Paddy自身が楽しんでいる姿が想像できる。
 そう言えば大滝詠一も晩年はプレスリーのカバーやってたよな。洋の東西問わず、突き抜けたポップ馬鹿の背骨には、シンプルなロックンロールが宿っている。

7. Diana
 シングル「When Love Breaks Down」のB面としてリリースされたのが初出で、ここで再レコーディング。シングル・ヴァージョンが『Swoon』の面影を残したアップテンポだったのに対し、ここでは『Steve McQueen』を通過した後のアダルトなポップ・チューンに仕上がっている。
 オリジナルのギクシャクした変調ポップはニューウェイヴっぽさが強く出ていて、若気の至りとして聴くにはいいのだろうけど、やはりストレートなポップに仕上げた子のヴァージョンの方が俺的には好み。

8. Talkin' Scarlet
 当時、ネオアコ界でのヒロインの座を独占していたWendyのヴォーカルがフィーチャーされた、ジャジーな雰囲気のアコースティック・チューン。取り立てて起伏もなく淡々とした曲だけど、しみじみした味わいはファンの間でも人気が高い。ここでのPaddyのヴォーカルも、青臭い童貞が初彼女の前ではっちゃけてる感じでテンションが高い。そういった時期もあったのだな。

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9. Till the Cows Come Home
 産業革命時代の工場地帯を思わせるSEの後、もはやプレ『Jordan the Comeback』とも形容できる作り込まれたサウンド。すでに骨格は完成されている。
 あと必要だったのは、全体を包括するコンセプト、そしてPaddyの心の中にのみ存在する、「あるはずもない良き時代のアメリカ」という世界観。

10. Pearly Gates
 ラストは天国の門をテーマとした、荘厳とした正統バラード。メロディもコード的にもほとんど小細工もなく、ただただ神への無垢な信仰。あまりに無防備なヴォーカルは癒しとか安らぎをも通り越して、単にPaddy自身の祈りとして昇華する。もはや誰が聴いていようが、大きな問題ではないのだ。それはPaddy自身のための旋律である。
 目立たず寄り添うようにハーモニーを重ねるWendyと共に、このアルバムはきれいに完結する。
 その円環構造に出口はない。いつまでも愚直に、ただ延々と回り続ける。



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プロデュース次第で音はこんなに違う - Temptations 『Cloud Nine』

folder 1969年リリース、モータウンでは9枚目のオリジナル・アルバム。セールスとしてはUS最高4位UK最高32位となっているけど、当時のモータウンはまだシングル至上主義の勢力が強く、アルバムについてあぁだこうだと論じるのは、ちょっと難しい。だって、営業的にアルバム・プロモーションは二の次だったし。
 明るく楽しく元気なポップ・ソウルの量産体制によってチャート上位を独占していられた初期と違って、不穏な社会情勢とリンクするかのように、その強固な牙城は次第に綻びを見せてゆく。レコード販売の主力がシングルからアルバムへシフトしつつあったのと、ヒット曲を生み出す嗅覚に長けていたBerry Gordieのカリスマ性が逆に災いしたのも、時代に即応できなかった要因である。なんだ、今でも親族経営のブラック企業ならよくある話じゃん。
 前回のStevieのレビューでもちょっと触れたけど、そんな後期モータウン内の革新勢力の筆頭と言えるのがプロデューサーNorman Whitefieldだった。実際、その後期と称される60年代末から70年代初期、ほぼセルフ・プロデュース体制だったStevieとMarvin Gayeは別として、同時代性とうまくリンクさせたサウンドを構築していたのがNorman、そして彼がプロデュースに関わったアーティストらだった。

 Berry Gordieの右腕的存在として多くの曲を書き、また自らもMiraclesを率いて初期モータウンのプロトタイプを創り上げたのが、マルチ・クリエイターの先駆けSmokey Robinsonである。Bob Dylan をして「アメリカ最高の詩人」と言わしめるほどのソングライティング・スキルは、そのクオリティと量産性によって磨き上げられた。泥臭いブルースかゴスペルくらいしか選択肢がなかった黒人エンタメ業界に、白人ポップスと肩を並べるほどの洗練されたサウンドを創出したことで、モータウンの歴史的功績は大きい。
 で、ほぼSmokeyとGordieで作り上げた土台を基に、そらなるモータウンの飛躍に貢献したのが、Brian & Eddie Holland、Lamont Dozierから成るソングライター・チームH=D=Hである。全盛期のSupremesやFour Topsらの楽曲制作の大半を担い、Smokeyとの双頭体制によってレーベルの発展に貢献した。Beatlesを始めとした第1次ブリティッシュ・インヴェイジョンの攻勢に対抗できる唯一の存在として、Supremesを筆頭としたモータウン勢は当時、アメリカ国内では無敵の存在だった。

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 ただ、そんなのぼり調子もいつまでも続かない。モータウンの象徴とされていたSmokeyの制作ペースの衰えとクオリティのムラが目立ってきた頃と相まって、印税配分のトラブルその他もろもろによってH=D=Hが退社・独立する。制作部門の2トップが一時不在となったことにより、モータウンは深刻な人材不足にあえぐことになる。
 会社の成長に伴って、正当な利益配分を主張するのは当然の権利であり、流れとしては予測できる範囲なのだけど、単純な製造・販売業と違ってモータウンはレコード会社、制作部門においても利潤だけではなく、採算ベースに収まる範囲での芸術性が問われる。
 H=D=H側の主張としては、レーベルの方針通り、JIS規格的に特色のないポップ・ソウルばかりを作ることに辟易していた頃だった。キャリアを重ねるに連れ、判で押したような類似曲ばかりを量産することに飽きてきた彼らは、次第に創作上の自由を欲するようになる。
 ルーティンからの脱却という目的もあったけど、彼らがそんな志向へ至るには外的な要因、政治・社会的に激動しまくっていた60年代末という時代の要請も大きかった。
 「サイケ」「ラブ&ピース」がキーワードのフラワー・ムーヴメントの波が押し寄せてきており、それまでティーンエイジャー限定の通過儀礼と思われていたロックが、またロックに限らず音楽産業全体が成熟しつつあり、強固なイデオロギーを内包したメッセージ性の強いアーティストが台頭し始めていた。「明るくハッピーな60年代」は過ぎ去りつつあり、「不穏な70年代」の予兆がすぐそこまで迫っていることは、特別政治に関心がない者にでも身近な話題となっていた。

 そんな状況なので、その「明るい」象徴であるモータウンのサウンドは、すでに時代に取り残されたものだった。モータウン以外の黒人アーティスト、例えばJBはこの時期、アンチ・ポップとしてのファンキー・チューンを量産、その完成型である「Sex Machine」製作に向けて研鑽を重ねていた。モータウンが白人マーケットへ進出する際、ソフィスティケートするため削ぎ落としていた泥臭い要素、語義通りのリズム&ブルースを純化させたスタックスは、Otis ReddingやSam & Dave、Wilson Pickettらを擁してモータウン一択のダンス・シーンを着々と浸食していった。
 JBやスタックスが支持されたのは、どちらもモータウンと違って、作り物っぽくない生のソウルをあまり加工せず、素材の味を前面に出して市場に送り出したことによる。工場で厳密に品質管理されたポップ・ソウルより、生搾り大吟醸のごとく、未加工で荒削りなソウルが支持されるようになったのは、何も彼らが飽きられただけではない。公民権問題で自分たちの地位向上に意識的になった黒人層の増大が、時代がそう要請したのだ。

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 そんな外部環境の変化と社内でのパワー・バランスの変化、依然家族経営的なアバウトな運営に危機感を覚えたのが、社内では傍流に属していたNormanら若手クリエイターである。
 景気の波にうまく乗っている時はいいけど、一旦経営が不安定になるとかつての成功体験・必勝パターンにしがみつき、フットワークが重くなる。気分次第で作りまくった役職の多さが祟って命令系統がガタガタになり、何をするにも冗長な会議が必要となり、承認が下りた頃には、そのアイディアは時代遅れになっている。どこの会社も一緒だな。
 ヒットのお手本のような前任者2組はおらず、現場は若手ばかりである。上層部は混乱するばかりだ。何しろ制作チームが機能不全となっており、しかもリリース・スケジュールだけは決まっている。何かしらアイテムはリリースしなければならないけど、何しろタマが少ない。とにかく制作陣が物理的に足りないのだ。外部から引っ張ってきたりカバー曲で埋めたとしても、キラー・チューンはやはり自前で押さえておきたい。印税額が全然違うのだ。
 取りあえず、今いるチームで回してゆくしかない。少しでも実務経験がある若手なら、どんどんチャンスを与えてやった方がいい。骨格さえできてしまえば、あとは演奏陣Funk Brothersがどうにか形にしてくれる。ていうか、曲の体裁さえ整っていれば何でもいい。無音のシングルをリリースするわけにもいかない。何でもいいからサウンドが必要なのだ。例えそれが従来モータウンのサウンドっぽくなかったとしても。

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 そんな社内事情を逆手に取ったのか、この時期のNormanのプロデュース/サウンド・デザインはかなりはっちゃけたクオリティに仕上がっている。従来の親しみやすいメロディや軽快なビート、ひたすらポジティヴな歌詞はとことん無視され、ほぼ逆のベクトルを持つ楽曲が採用されることが多くなる。
 ラジオ・オンエアを無視した10分を超える長尺曲、ファンクイズムに基づいたシンコペーション主体のバック・トラック、住所不定のオヤジを嘆く歌詞など、後年のニュー・ソウルに通ずる構成パーツばかりなのだけど、いずれも否モータウンを表明するものばかりだった。従来ならほぼ100%が不採用となる案件ばかりだったけど、この時期は新曲コンペに出品できる作品自体が少なかったため、Normanの楽曲が採用されることも多くなる。それに比例して、彼の社内的ポジションも次第に有利なものとなってゆく。

 で、Temps。
 華麗なステージ・アクションと寸分違わずそろったダンス・ステップ。洗練されたルックスと小ぎれいなスーツの着こなしは、他モータウン・アーティストの範となるものであり、本流を歩んできたグループとしての佇まいは随一の人気を保っていた。しなやかなファルセットで女性ファンを魅了するEddie Kendricks、野太い男性的なテナーで全体を司るDavid Ruffinの2トップ体制は、永遠のスタンダード「My Girl」から始まる連続ヒットを生み出す原動力となった。
 正統派男性コーラス・グループとしてメロウ・チューンをメインとしていた彼らの転機となったのが、Ruffinをメインとしたヴォーカル構成、マッチョイズムを前面に押し出したパワフルなサウンドだった。特に「Ain't Too Proud to Beg」のスマッシュ・ヒットは彼らの脱・モータウン化をさらに助長させた。
 作曲とサウンド・プロデュースを行なったNormanもまた、スタジオ内で起こったマジックに興奮を覚えた一人だった。ハーモナイズを重視したこれまでのコーラス・グループという発想ではなく、5人のソロ・シンガーの集合体として、彼らそれぞれの見せ場を作るためには、既存のモータウン・システムではどうしても収まりきれない。新たなフォーマットが必要となる。ただ順繰りにメインを替えるのではなく、サウンド自体にストーリーを持たせることによって、そのシフト・チェンジはさらに効果的となる。

Temptations

 グループ自体のシフト・チェンジにあたるのが、この時代のTempsであり、モータウン・ファン的には「サイケデリック・ソウル」として位置づけられている。このサイケ・ソウル期終焉後、彼らはほんの一瞬だけディスコに走り、60年代サウンドをMIDI機材によってアップデートしたサウンドを提示した80年代を経、その後は緩やかなスロー・リタイアに至るわけだけど、やはり初期から70年代初頭までのこの時期に人気が集中しており、実際アルバム制作を中心とした音作り、イメージ戦略が行なわれている。

 これって中島みゆきでいうところの80年代、いわゆるご乱心期に当たるのだけど、そのみゆきご乱心期はファン的に「姫のお戯れ」、「夜会へ向かうまでの過渡期」として位置付けられている。サウンド的・コンセプト的にも時代とリンクしようと抗うみゆきの葛藤が色濃く刻まれているのだけれど、どこか傍流として扱われ、正当な評価がきちんと成されていない。
 それに対してTempsの場合、優等生的な初期と並んでサイケ・ソウル期もまたキッチュさが好評を得ており、古参のファンからも同列で支持されている。考えてみれば、これまで無数にリリースされてきた彼らのベスト盤にはどれも、「My Girl」と「Papa was a Rolling Stone」が収録されており、しかも違和感なく受け入れられている。
 冷静に考えればすごいことだよな、これって。ヴォーカリストは同じだけど、サウンド的にはまったく別物だもの。

 で、そんな彼らのサイケ・ソウル期の本格的なスタートとされているのが、この『Cloud Nine』。10分弱もある1曲を除き、他9曲はだいたい2~3分程度のサイズに収まっているけど、タイトル曲を含め、従来モータウンではほぼ使われることのないファズ・ギターや不穏なベース・ソロなど、プレイヤビリティあふれる演奏が収録されている。こういったところ、やはりNormanの持ち味全開である。下手すると、ヴォーカル抜きでも十分成立してしまうくらい、インスト・パートの完成度がハンパない。
 もうひとつの特色として挙げられるのが、David Ruffin の脱退劇。Buddy Holy並みにインパクトの強いセルフレームを着用していたDavid、外部にそそのかされたのか、それともNormanとソリが合わなかったのかどうかは不明だけど、代わりに入ってきたのが、力強いテナー・ヴォイスを持ち味としたDenis Edwards。力強さはあったけれど、どこか品の良さが窺えたRuffinに対し、パワフルさに加えて泥臭さを備えたEdwardsの声質は、原音を変調させた音色を好むNormanのコンセプトにうまく合致していた。
 ここから数年、従来モータウンの内部崩壊をよそに、新生Tempsの果敢なサウンドへの挑戦の日々が続く。いやもっぱらNormanの苦闘だけど。


Cloud Nine
Cloud Nine
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Temptations
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1. Cloud Nine
 ハイハットが大きめにミックスされたリズム・トラックにファズ・ギターがからむ、これまでのモータウン・サウンドとの違いを明確にした決意表明。よく聴くとギター自体は決して突飛なプレイではなく、あくまでモータウン・マナーに則った範囲のものであり、これはやはりNormanのプロダクションの成せる業と言える。ちなみに弾いてるのは若き日のDennis Coffey。US6位UK15位まで上昇した、サイケ・ソウル期の幕開けを飾るグルーヴィー・ファンク。



2. I Heard It Through the Grapevine
 わかりやすく邦題に直すと「悲しいうわさ」。ちょっぴりアーシーな泥臭い仕上がりは、ファンクとはまた別のベクトル、当時のアトランティック系ソウルへのオマージュとして受け止めればスッキリする。
 もっとも有名なMarvinのヴァージョンはもっと軽やかなポップ・チューンだったけど、作者であるNormanからすれば、これが本来の理想形である、と言わんばかりに別の仕上がり具合になっている。あまりにMarvinヴァージョンが定番となっているので、やっぱりパンチとしては弱い。いい仕上がりなんだけどね。

3. Run Away Child, Running Wild
 約10分に渡る壮大なファンク・シンフォニー。ここまでNormanがおぼろげに描いていたビジョンが一気に具現化された、この時点での彼の到達点。シンプルなリズム・トラックながら複雑なコーラス・アレンジが絡む構成は、到底単一のヴォーカリストで実現できるはずもなく、多彩なキャラクターの集合体であるTempsでなければ実現しなかった。
 長尺のナンバーのため、プログレと比較されることも多いけど、あそこまで理屈やプレイヤビリティが重視されているわけではなく、スタイル的にはあくまでヴォーカル & インストゥルメンタル、不可分のスタンスとなっている。

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4. Love is a Hurtin' Thing
 で、主役Tempsを一素材として扱うといった、贅沢な実験としてのA面が終わり、ここからはアナログB面。後期は実験的ファンク路線をさらに推し進めていったNormanだけど、この頃はまだ社内バランスを考慮しており、オーソドックスな従来モータウン・ナンバーが軒を連ねている。
 甘くゆったりしたバラード。これはこれで良い。同時進行でもう一枚作っちゃえばよかったのに、と思ってしまうほどのクオリティ。

5. Hey Girl
 野太いバリトンを受け持つPaul Williamsがリードを取る、まるで『ジェット・ストリーム』のようなストリングスをバックに力強く歌い上げるミディアム・バラード。メンバーそれぞれがピンを張れる力量を持っているため、これだけバラエティに富んだサウンドが散りばめられている。

6. Why Did She Have to Leave Me (Why Did She Have to Go) 
 しかしA面3曲/B面7曲という構成は、かなりいびつなものである。3.以外のナンバーはほぼ3分弱、これまでとまるで変わらないポップ・ソウルで占められている。
 時代的にどの歌声にもやや泥臭さが窺えるけど、これこそがTempsの得難いパーソナリティでもある。このような凡庸な曲でも最後まで聴かせてしまう、良い意味での力技が存分に発揮されている。

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7. I Need Your Lovin
 Eddieのファルセットが冴える、後のStylisticsにも通ずる軽いメロウ・サウンドが映えるミディアム・チューン。よく聴くと走るベース・ラインが耳を引く。何気ないポップ・サウンドでも小技を利かせているのは、若いながらも目端の利くプロデューサーNormanの力量による。これまでならベタなホーンで埋めてしまうところを、シンプルなバッキングで歌を引き立てている。

8. Don't Let Him Take Your Love From Me
 これまでの初期Tempsを愛するファンにも受けの良い、サザン・ソウルのフェイク的なアレンジが光るナンバー。「~風で」というオーダーに乗ったFunk Brothers勢のグルーヴ感が真空パックされている。
 やっぱすごいグループだよな、Tempsって。ヴォーカリストによってまるっきり別のグループに聴こえてしまうほど、個々のスキルが高すぎる。ここまで別の側面を見せられるグループを、俺はThe ALFEE以外に知らない。ちゃんと聴いたことないけど。

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9. I Gotta Find a Way (To Get You Back) 
 ビート感は完全に従来モータウン。ホーンの配置、シンコペートするリズムといい、この時代ではすでに時代遅れ。ユニゾンするストリングスの使い方もちょっとダサめだし。これなら初期チューンを聴いた方がいいや、とまで思ってしまう。出来はいいんだけどね。

10. Gonna Keep on Tryin' till I Win Your Love
 ランニング・ベースがリードを取る、従来モータウンのホーンとコーラスとを奥に引っ込めたナンバーがラスト。むせ返るほどの男臭さが特徴のEdwardsのヴォーカルは、一聴するとFour Topsの方がしっくり来るんじゃね?と思ってしまいがちだけど、ユニゾン志向のTopsよりは、個性を尊重したハーモニー志向のTempsの方がずっとパーソナリティを活かしきっている。適材適所というのがあるんだな、どの世界にも。



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邦題『愛のペガサス』。…まぁその通りだけど。 - Prince 『Prince』

folder 1979年にリリースされた2枚目のアルバム。デビュー作からはほぼ1年半のブランクを置いての作品である。
 すべての楽曲の作詞・作曲・プロデュース・演奏をほぼ独りで行なったデビュー作『For You』は、レコード会社お得意の「早熟の天才!」という定番フレーズがほんのちょっと話題になったくらいで、実際のセールスにはほとんど結びつかなかった。US最高138位UK最高156位というチャート・アクションは、これといってセールス・ポイントもないポッと出の新人なら及第点、今後の成長株としてはまずまずの成績だったけど、その後の快進撃を知っている今となっては、「あれ、こんな程度だったの?」と思ってしまっても不思議ではない。

 大メジャーレーベルのワーナーから、破格の契約金と3枚のアルバム制作契約を勝ち取ったのは、主に当時のマネージャーだったOwen Husneyの手腕によるものが大きい。何の実績もないド新人をいかにして売り込んだのか、はたまたそれほど首脳陣を即決させてしまうほどの才能の萌芽が生えまくっていたのか。まぁ多分どっちもだとは思う。
 冷静に考えれば、それまで故郷のミネアポリスを中心に活動していたため、全米をくまなくツアーで回っていたはずもないので、当然知名度はない。デビュー間もないため方向性が定まっていなかったのか、ジャケットの横顔もどこか自信なさげ、華があるとは決して言えない。アーティストと言えば自己顕示欲が強いはずなのに、作品の上では自信家だけど、元来の人見知りが祟って、まともなインタビューさえできやしない。
 新人なら新人らしく、もっと自己アピールしろよ、と口出ししたくなってしまうけど、考えてみれば彼はPrinceだった。昔から変わんなかったんだな、こいつ。

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 とは言ってもやっぱりデビュー作、周囲に大見得切ってしまったおかげもあって、初レコーディングにはかなり気合が入っている。27種類もの楽器を独りで操り、納得行くまで繰り返されるリテイクやオーバーダヴは半年に及び、レコーディング予算は最終的に2万ドル以上オーバーした。
 彼に限らないけど、デビュー・アルバムは誰でも肩の力が入るものなのだ。実際、ここでのPrinceはそれまで培った19年分の蓄積をすべて吐き出している。ほぼここでしか聴くことのできないカノン風の多重コーラスを筆頭に、ロック風、バラード、ハード・ロック、ライト・ファンクなど、ありとあらゆるジャンルの音楽が詰め込まれている。確かにすごい。何の実績もない19歳の男が、ここまで作り込んだ完全パッケージの作品を提示してきたのだから。そりゃすごい。

 でも、ただそれだけ。
 「よくできてるねぇ」以上の賛辞はほとんどなく、むしろマーケットからはほぼ無視の状態のまま、その後を思えば信じられぬくらい地味なデビューとなった。
 思えば時代はディスコ全盛期の真っただ中で、当時、ブラック系アーティストに求められている音楽は、ほぼディスコの一択しかなかった。Isleyに端を発する、ブラコン系のムーディなバラードが辛うじて息をつないでいたけど、Princeはそのどちらにも属していなかった。
 もともと生まれ育った環境が黒人オンリーというわけではなく、あらゆる人種が混在していたため、インプットがファンクやゴスペルだけではなかったことが、その後のPrinceの音楽性を決定づけている。それらと同様、ロックやフォークもまた、彼の中では同列だったのだ。
 そういった影響もあってこのデビュー作、どちらかと言えば白人テイストの強い楽曲が多い。黒人が器用にロックのマネをしているところは何ていうか、「ようできてまんなぁ」という皮肉交じりの賞賛しか出てこない。最初だからとテンパっちゃったのか、『あれも出ますこれもできます』的に幕の内弁当になってしまったことが、逆に主要ターゲットであるはずの黒人層からソッポを向かれてしまった、というのが初動ミス。

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 ワーナーからすれば、まぁ若気の至りということもわかっていたはずだし、取りあえずセールスは別として、意気込みは感じられる成長株的な見方はしてたんじゃないかと思われる。いまと違って当時のレコード会社は、まだ売り上げには貢献できていないけど、有望な新人をじっくり育てる気概と環境とを整えていた。Led ZeppelinやPaul Simonなどの大物を擁していたワーナーにとって、新人アーティストの面倒を見ることは先行投資的に余裕だったので、「まぁそんあ焦らなくても、じっくりオリジナリティー育ててけばいいんじゃね?」くらいにしか思っていなかった。懐の深い企業だったんだな、ワーナーも昔は。

 ただ、そんな生暖かい庇護を良しとせず、逆にプライドを傷つけられたとでも言いたげに、面白く思わないのがこの男、Princeである。そりゃ最初だからして、プロ仕様のレコーディング機材やスタジオ環境に慣れていなかったせいもある。ワーナーからのアドバイスも適当に聞き流してセルフ・プロデュースを押し通してしまったが挙句、セールス・ポイントがぼやけた仕上がりのアルバムを作ってしまったことは、後のインタビューでも反省点として明らかになっている。
 ただ、当時から選ばれし者と勝手に思っていたPrinceであるからして、精魂込めた作品に大きな自信を持っていたことは否定できない。これまで培ってきた自分の美学に基づいて作ってみたはいいものの、世間の理解を得るには至らず、そこがちょっと不満に思っていたのは殿下らしいところ。多分、ずいぶん前から自分が主人公のサクセス・ストーリーなんかを夢想していたんだろうな。なのに結果は成功とも失敗とも言えない中途半端なセールス。そりゃプライドも打ち砕かれる。
 「何でみんな、この良さをわからないんだっ」と声高に叫ばず、ブツブツ小声で呟くチュッパチャップス片手の彼の姿が思い浮かぶ。

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 散漫な仕上がりだった『For You』の反省を踏まえ、ソウル系のラジオでオンエアされやすいディスコ/ファンク系のリズムを強調していったのが、この『Prince』である。セルフ・プロデュースで作り込んでゆくサウンドのスタイルは変わらないけど、ビジュアル面においてもPrinceというアーティスト・イメージを細部まで作り込んでいる。そのディテールまでこだわったキャラクター設定の結果が「エロ」だったのは、結果的に的を得ていたのだけれど、まぁそこまでやるか、といった印象。キモカワという言葉がまだなかった時代、「キモい」という定冠詞は正しくPrinceのためにあるようなものだった。

 セクシャリティとは無縁の、ある種の猥雑さを内包したエロティシズムをコンセプトとして掲げ、次第に言行一致のキャラクターを作り上げた黒人アーティストの先駆けがPrinceである。
 ファンクの純化と並行してマッチョイズムを強めていった60年代のJBは、ステージ上ではむしろストイック、純音楽主義的なパフォーマンスを展開していた。『Stand!』以降、一時的な引退状態にあったSly Stoneは、『暴動』以降はアブストラクトなファンクの探求に明け暮れ、そのサウンドや出で立ちからは、暴発寸前の狂気が内包されていた。猥雑さという点においては、P-FunkがPrinceに近い路線を先行していたけど、その「エロ」は社会風刺や誇大妄想にかき消されており、総帥George Clintonの山師的カンに左右されることが多かった。
 なので、男性特有のイカ臭くパーソナルなエロを放つアーティストとして、Princeのスタンスは隙間にすっぽり収まる。無理やりこじつければRick Jamesが同じベクトルで重なり合うのだけれど、彼の場合、ほぼパターン化された下品なディスコが中心であり、Princeほどの幅の広さがなかった。肝心のサウンドがビジュアルに追いつかず、ディスコの終焉と共に存在自体がフェードアウトしていったのが悔やまれる。

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 のちにChaka Khanカバーによって注目を浴びることになる「I Feel for You」を始めとして、『For You』よりヒット要素の強い楽曲が多く収録されており、結果、「エロでありながらキャッチー」「キャッチーでありながらエロい」という評が高まり、セールス的にも一躍US22位という結果を残すことになる。当時のUKチャートではランクインしていないのだけれど、最終的にシルバー・ディスクを獲得しているので、息の長い売れ方をしていたことがわかる。
 前述のRick Jamesサウンドのフォーマットを借りて作られたサウンドもあるけど、単調な2流のディスコに終わっておらず、彼自身のパーソナリティをふんだんに盛り込んだ楽曲は密度が高い。次々流れ作業で量産されてゆく他のディスコ・ミュージックと違って、かなりの計算打算を盛り込んで練り上げられた作品のため、単純で刹那的なダンス・ミュージックとは一線を引いている。一時の流行ものとして消費されてしまう類のサウンドではないのだ。

 すでにこの時点でオリジナリティあふれるサウンドを提示することによって、Princeは短期間で消費されてしまうダンス・ミュージックの呪縛から逃れることができた。それは単純なファンク・ビートだけじゃなく、一度は引っ込めたけど『Purple Rain』で開花するロック・テイストの素養も持ち合わせていたからに他ならない。
 その独自性・他アーティストとの差別化として明快だったのが「エロ」路線であり、ビジュアル面においてもその点を貫いていたのは、ビジネス戦略だったのか、はたまた単なる天然だったのか。


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1. I Wanna Be Your Love
 ベストに入ってることも多い、初期Princeの代表曲。同時代のディスコ・サウンドに倣いながら、最もサウンドとフィットしたファルセットで全編通すことによってファンクネスが生まれているサウンドの構成的にはほぼロック的にシンプルなセッティングなのだけど、ここが良い意味での手癖なんだと思う。カッティング主体のギターはちょっと大人しめ。この塩梅の良さがR&Bチャート1位という好評を得たのだろう。
 アルバム・ヴァージョンはアウトロが2分と長く、マルチ・プレイヤー振りのアピール全開。



2. Why You Wanna Treat Me So Bad?
 で、ここではそのギターを弾き倒している。ユニゾンするチープ・シンセの音色も来たるべき80’sサウンドの萌芽が見られる。こちらもアメリカR&Bチャート最高13位。『Purple Rain』に入ってても違和感ないロック・テイストは、どっちつかずだった『For You』より強い音圧によってアップグレードされている。
 売れ線狙いのキャッチーな曲ではあるけれど、きちんとヒットさせちゃってるんだから、そこはさすが殿下ならでは。

3. Sexy Dancer
 ヒット狙いのアルバムのセオリーに則って、A面3曲までアップテンポ系、ノリのよい曲が続く。ここでディスコ寄りのファンキー・チューンをぶち込んでくるのは、単なるソウル/ファンク・アーティストに収まるつもりではないことが、しっかり証明されている。ふつうなら、これがリード・トラックだもんね。
 主にシンプルなギター・カッティングと四つ打ちビートで構成されているけど、時々ピアノ・ソロを挿入してきたりなど、独自の美意識が窺える。

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4. When We're Dancing Close and Slow
 ここでシフト・チェンジ、彼のもう一つの特性であるロマンティックな一面、あまり特筆されることはないけれど、稀代のメロディ・メーカー振りをここで発揮している。軽くサスティンを効かせたアルペジオがメロウさを強めている。後の「Sometimes It Snows in April」にも通ずるバラードは、意図不明のシンセ・エフェクトと共にフェードアウト。

5. With You
 B面トップは4.に続くようにシットリしたバラード。よく言われてるけど、ここでのPrinceはかなり女性的。ていうか女性ヴォーカルを想定して作られたかのようなサウンド、メロディである。Natalie Coleあたりに提供していたら、もっと売れたかもしれない。

6. Bambi
 こちらも初期Princeの代表曲とされる、ロック要素の強いアッパー・チューン。ここでもヴォーカルはファルセットで通しているので、ファンクの要素もちょっぴり添加。
 80年代以降のNWOBHMにも通ずるハードなギター・プレイは、単純に聴いてて気持ちがよく、コンパクトに4分程度にまとめているのもファンからの人気の高さの要因でもある。
 好きになってしまったレズビアンの女性をどうにか振り向かせたい男の心情を描いた歌詞もまた、当時としては画期的だったはず。

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7. Still Waiting
 いきなりカントリー・タッチのイントロで始まる、こちらはちょっとほのぼのしてしまうミディアム・バラード。彼のカントリー・ホンク的な楽曲はキャリアの中でも数えるほどなので、ある意味貴重。これも女性ヴォーカルを想定して作られたっぽい楽曲なので、これも誰かカバーしてくれたらイイ味出してくれるんじゃないかと思われる。
 後年、そういった曲が溜まったせいもあるのか、楽曲提供だけじゃもう追いつかず、ついにはイコライザーで変調させまくった疑似女性ヴォーカル・アルバム『Camille』を制作するに至るのだけど。

8. I Feel for You
 で、これはそんな需要側と供給側の思惑が一致した楽曲。正直、ここでのヴァージョンはPriceとしては佳曲程度の印象しかないけど、思いっきりグレードアップしたChaka Khanヴァージョンは壮観。
 プロデューサーArif Mardinはこのシンプルな楽曲を思いっきり80年代テイスト満載のシンセで埋め尽くしたのだけど、やはり強烈なインパクトだったのは冒頭のサンプリング・ヴォイス。Grandmaster Flashを引っ張り出してきて、畳み掛けるような「チャカカーン」攻撃。この力技だけでChakaに関心がなかった層をも強引に振り向かせ、US3位UK1位をもぎ取った。
 あぁもう、Chakaの顔しか思い浮かばない。言葉通りの本歌取りとなった楽曲。



9. It's Gonna Be Lonely
 で、最後はクールダウン的にあっさりした味付けのバラード。ウェットになり過ぎず、変に余韻を残さないスロー・チューン。普通なら流し聴きしてしまいそうなものだけど、案外リズムにメリハリがあり、最後まで飽きずに聴くことができる。



 ジャケット表での、上半身裸でこちらをキッと見据えるPrince。その表情に迷いはない。
 そしてジャケット裏。ペガサスに見立てるため、無理やり翼をくっつけられて不快感丸出しの白馬。そして彼の上に跨るのは全裸のPrince。
 馬にとっちゃ、迷惑な話だっただろう。

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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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