好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

女性シンガーにとっては、罰ゲームか羞恥プレイ。 - Beautiful South 『Blue is the Colour』

MI0001805058 1996年リリース、90年代UKでの大衆バンド路線を確立した5枚目のオリジナル・アルバム。80年代ネオアコ=ポップの潮流として位置付けられていた前作『Miaow』は、叙情性とペシミズムのカクテル・シェイクがライト・ユーザー層も取り込んで、ダブル・プラチナム獲得に至ったけれど、キャリアの中ではまだ序章。一家に一枚に行き渡るまで裾野を広げたのは、その次の初期シングル・コンピ『Carry On up the Charts』から。予期せぬお茶の間路線へのシフトチェンジによって、その後はサウンドもよりポップ性を強め、なんと5枚のプラチナム獲得となったのが、このアルバム。
 UKでは、売り上げ30万枚でプラチナム認定となるので、単純計算で言えば「かける」5で150万枚、これを日本に置き換えると、人口比率では日本がほぼ倍となるので、ざっくり300万枚のセールス効果、といった具合。同時代のGLAYやglobeに匹敵する、と言えばわかりやすいのかな。いや、伝わりづらいよな。

 だからと言って、そんな英国での持てはやされ振りが日本で紹介されたわけではなく、せいぜいロキノンやクロスビートあたりに、インタビューやディスク・レビューが掲載される程度だった、というのが、リアルタイムで追っかけてた俺の印象である。
 扱いとしても、せいぜい半ページか4分の1ページくらいで、極東のファンは不遇を囲っていたのだった。まぁでも考えてみりゃ、サエないオッさんバンドより、ブリットポップやTake Thatあたりに力を入れちゃうのは、商売的に仕方のないことで。
 これは日本のメディアの取り上げ方が大きく影響しているのだけれど、Beautiful South といえば、前身のHousemartins繋がりで語られることが多く、いまだにネオアコの範疇にカテゴライズされたままでいる。いや確かに間違ってないし、実際、来日したのも2枚目の『Choke』リリースの頃なので、アーティスト・イメージがその時代のままで止まっちゃってるのは致し方ないのだけど、も少し中期以降に目を向けてもいいんじゃない?と俺は言いたいのだ。
 再発されるアイテムといえば、ネオアコのくくりでのデビュー・アルバム、またはせいぜい『Choke』までだし、それ以降のアルバムは置き去りにされている。どのアルバムも、ほぼ初回リリース以降、国内盤は流通していないはずである。UKではむしろ、圧倒的な支持を集めているのは中期以降なのに。なんだこの温度差は。
 お茶の間路線を「迎合」と受け止めて黙殺する、日本の洋楽メディアのスノッブ路線って、昔から変わらないよな。
 ま、UKも似たようなもんだけど。

beautifulsouth

 大ブレイクのきっかけとなった『Carry On up the Charts』がリリースされた経緯というのは、よくあるレーベル・サイドの営業的要請ももちろんあるけど、それよりもむしろ、女性ヴォーカルの変更という、言ってしまえば社内人事に依るところが大きい。
 デビュー当初から在籍していたBriana Corriganがバンドを去ることになり、キャリアの区切りとして、ベスト・アルバムの企画が立ち上げられた。もともとは真っ当なポップ・シンガーを目指していたBriana、メジャーで活動できることに不満はなかったけど、自身とバンドが目指していた方向性のズレが広がってしまったため、友好的なパートナーシップ解消となる。
 ただ実際のところは、「こんなエログロな歌詞もう歌いたくないわ」とバックレちゃったのが真相らしい。そりゃ、メロディは流暢なポップなのに、猟奇殺人や資本主義を皮肉った内容ばかり歌わされてりゃ、次第に病んでくるのも仕方がないわけで。

 で、2代目ヴォーカルとして加入したのが、その後の全盛期を支えることになるJacqui Abbott。「クラブで歌っていたのを耳にしたPaul Heaton がその声に惚れ込んだ」という、何だか真っ当すぎて逆に怪しく感じられる経緯だけど、取り敢えず当初はお試し期間として、加入するに至る。
 どちらかと言えば、見た目も中身も骨太なJacquiであったため、ビジュアル的な貢献度は薄かったけれど、まぁそれでも紅一点ではある。むさ苦しい労働者階級然とした中年オッさんバンドとしては、加入してくれるだけ、そして「若い」というだけで充分だった。
 当時のトレンドであった、OasisやBlurを始めとするブリット・ポップ勢と比べ、相当ねじれた世界観を持つ彼らの歌詞を受け入れてくれる女性シンガーは限られていた。もう歌ってくれるだけで充分なはずなのに、基本もしっかりしているし多彩な表現力も持ち合わせている。
 一体これ以上、何を求めろというのか?フェミニンなルックスやファッションまで求めるのは、それこそ虫が良すぎるというもので。

10128675_h_zap

 取り敢えず、互いの適性・力量を探るため、ちょっと毒を抑えて制作されたのが『Miaow』だったとすると、そのリミッターを外しちゃったのが『Blue is the Colour』である。ミーティングを重ねてお互い手の内も見えてきて、「NGワードはなさそうだな」というソングライター・チームの判断のもと、一時抑えていた皮肉も自虐もエログロも、一気に放出した。だって、冒頭からいきなり近親相姦がテーマだもの。よくオッケーしたよな、Jacquiもレコード会社も。

 どんなエグいテーマでも易々と歌いこなしてしまうJacquiのヴォーカル・スタイルを受け、調子に乗ったソングライター・チームはさらに歌詞の過激さ・エキセントリックさをエスカレートさせてゆく。それに伴って、彼らのサウンド・コンセプトもまた微妙に変化してゆく。
 過激なテーマを過激なサウンドで飾るのではなく、様々な悪意を濃縮還元した言葉・ストーリーを、幅広い年齢層に対応したコンテンポラリー・サウンドでコーティングする。考え方としては、ハードコア・パンクとの対局にあったネオアコと同じロジックである。
 初期のBriana在籍時は、Housemartinsという前置きがあったため、その延長線上で「ちょっとポップなネオアコ・サウンド」というコンセプトだったのが、キャリアを重ねるにつれ、ネオアコ色は後退していった。そしてJacqui加入を機に、バンド・サウンドにこだわらないサウンド・アプローチを志向するようになる。曲によってはほぼストリングスだけで構成された曲もあったりして、バンドのアイデンティティが問われたりもする。

maxresdefault

 普通そうなると、バンドの存在意義が薄くなりがちだけど、実際のところはBeautiful South、もともとそういった特性を持つバンドである。一般的なロック/ポップ・バンドと比べると、アーティスティックなエゴがほとんどない人たちの集まりである。
 デビュー当初から、Paul Heaton & Dave Hemingwayのソングライター・チームがイニシアチヴを握っており、その彼らプラス歴代女性ヴォーカルとのアンサンブルがセールス・ポイントとなっている。なので、バンドの存在感はあんまりない。最初から存在感は薄かったし、それは解散に至るまで変わることはなかった。
 よほどのコアなファンであっても、演奏陣のフルネームを言える者がほぼ皆無であることも、このバンドの特殊性を象徴している。それならいっそ、ユニット形態にしちゃってスタジオ・ミュージシャンを使った方が仕上がりも良いし効率も良さそうだけど、誰もそんなことは思わなかったようである。ライブが好きな人たちなので、演奏陣がいなきゃいないで困ってしまうのだ。まぁみんな気が合うんだな。
 いわゆる名プレイヤーがいるわけでもなければ、「白熱のギターソロ」なんてクライマックスがあるわけでもない。「盤石のリズム・セクション」やら「ツボを押さえたインタープレイ」やら、そういったバンド・マジック的なストーリーにも、あんまり興味はなさそうである。彼らは常に淡々と、自身のパートを確実に演奏するだけだ。


Blue Is the Colour
Blue Is the Colour
posted with amazlet at 17.08.16
Beautiful South
Ark 21 (2000-03-07)
売り上げランキング: 1,007,194



1. Don't Marry Her
 本文でも書いた、おそらく彼らの作品の中で最も過激なテーマであり、そして同時に最も抒情的かつポップ性の強いナンバー。前途有望な、加入したばかりの女性シンガーに「Fuck Me」と歌わせてしまうHeaton。それは屈折した愛情表現だったのか、それとも純粋にアーティスティックな発露に基づく結果だったのか。
 もちろん英国人のことだから、そんなギャップを平然と受け止め、2枚目のシングルとしてUK最高8位。やっぱ英国人、こんな人ばっかり。



2. Little Blue
 こちらも抒情的かつ爽やかなアコースティック・ポップだけど、Google 翻訳で「Striding Snail = ストライドカタツムリ」という言葉が出てきたので、これまた画像検索で調べてみると…、見たことを後悔してしまう、グロい巨大カタツムリの画像だった。あまりにサウンドとそぐわぬ言葉の選び方こそ、彼ら英国人の特性なのだろう。

beautiful-south-dont-marry-her

3. Mirror
 Jacquiによるソロ・ナンバー。ソフトな発音の彼女が歌うと英語特有の角が取れて、時にフランス語っぽく聴こえてしまう瞬間がある。ラス前にHeatonがボソボソモノローグを付け加えているのは、保護者的な役回りか。

4. Blackbird on the Wire
 アルバムから3枚目のシングルカット、UK最高23位。以前にもどこかで書いたけど、彼らのバラードの中では3本の指に入る名作だと思うのだけど、それほど人気が集中しているわけでもない。やっぱ初期楽曲に集中しちゃうんだよな、こういうのって。
 Paul McCartneyが歌ったBlackbirdは前向きの姿勢だったけど、ここでのBlackbirdは陰鬱と自虐が交差している。でもそれが英国人のひとつの側面なんだよな。同じイギリスなのに、どうしてこんなに違うのか。



5. The Sound of North America
 Elvis PresleyやFrank Sinatraなど、かつての黄金時代アメリカのポップ・イコンを思いつく限り書き連ね、そこに英国人視点を継ぎ足したポップ・バラード。もちろん彼らのことなので、聴く限りでは全然アメリカっぽくない。
 Paddy McAloonはこの時代のアメリカへの憧憬を包み隠さず賛美して、珠玉の楽曲を作った。そこにあるのは無為の姿勢であり、皮肉や憐憫なんてものはない。彼らとPaddyの違い、それは神への向き合い方、リスペクトの姿勢だ。

6. Have Fun
 こちらもまったり緩やかなポップ・バラード。なぜか時々DylanっぽくなるHeatonと、堅実なスタイルを崩さないJacquiとのデュエットで構成されてる。決して大ヒットする性質のサウンドではないけれど、ちょっと疲れた時なんかに聴くのもおすすめ。

7. Liars' Bar
 ブルース・タッチにまとめられた飲んだくれの歌。ブルース・スケールを使っているのに、ヴォーカルだってまるでTom Waitsそっくりだというのに、全然黒っぽさを感じさせない。そこがまた、このバンドの特性をくっきりと浮かび上がらせている。

jpeg

8. Rotterdam (or Anywhere)
 ギターのリフが印象的な、Jasquiによる軽快なポップ・バラード。先行シングルとしてもリリースされ、UK最高5位をマーク。ストリングスと小技としてのメロトロンが郷愁を誘う演出。「あなたの中のロッテルダムはどこにでもある」という、何だかよくわからない内容だけど、下手なツッコミも霞んでしまうほど、メロディ・ラインが流麗。



9. Foundations
 この時期の彼らにしては珍しく、ホーン・セクションをフィーチャーしたグル―ヴィ・チューン。徹底的に漂白したモータウン・ナンバーといった趣きで、まぁこういったのもアリか、といった仕上がり。

10. Artificial Flowers
 彼らにしては皮肉も自己憐憫もないナンバーなので、逆に同化しちゃったのかと思ってたら、古いカバー曲だった。1952年Bobby Darrinによるベタなバラード。オールディーズの人なので、俺も名前くらいしか聞いたことないしYouTubeにも転がってないしで、比較できなかった。まぁこういった直球のメロウもアリか。

the-beautiful-south-rotterdam-single

11. One God
 各方面でアンモラルをまき散らしている彼らがストレートに神を題材として取り上げるなんて、と思ってたら「2人いるかもしれない、いやもしかしたら3人かな?」って、やっぱりいつもの彼らだった。たまには「君こそ僕の神よ」とか、クサく歌い上げてみろよとまで思ってしまう。

12. Alone
 ラストは彼らに不似合いなブルース。もしかしてこの時期、アメリカ進出でも狙っていたのかな。いやないか、彼らの言葉のニュアンスを、アメリカ人が理解できるとは思えないし。




Carry On Up The Charts: The Best Of The Beautiful South
Beautiful South
Fontana Island (1995-10-09)
売り上げランキング: 394,862
THE BBC SESSIONS
THE BBC SESSIONS
posted with amazlet at 17.08.16
BEAUTIFUL SOUTH
MERCU (2007-06-19)
売り上げランキング: 452,634

80年代ポールの黒歴史(?) - Paul McCartney 『ヤァ!ブロード・ストリート』

folder 1984年リリース、Paul主演による同名映画のサウンドトラック。UKではチャート1位、日本でもオリコン6位にチャートインしている。本人による脚本・シノプシス制作、長らく封印状態だったBeatles ナンバーのリメイクなど、何かと話題性が高かったこともあって、EUを含む他国のチャートでも健闘している。
 ただ、アメリカではビルボード最高21位と大きくはずしてしまい、Paulファンの間では、「この辺から凋落が始まった」とされている。

 今でこそ、80年代作品のデラックス・エディションがリリースされて、やっと再評価が始まったかな?という空気になっているけど、今のところ『Pipes of Peace』で止まっており、その後の計画はどうやら未定っぽい。ファンもそうだけど、Paul自身やその周辺も、その辺についてはあまり触れたがらない雰囲気になっている。やっぱ黒歴史認定なのかな。
 俺はPaul の熱狂的なファンではないので、細かいところまでは詳しくはない。ないのだけれど、金がなくてヒマはあった学生時代、80年代ロキノンやレココレを、それこそ舐めるように熟読していたため、大よそのエピソードは印象に残っている。

img_1

 まったく下調べしないで、Paulの80年代を思いつく限りで書いてみると、
 -Wingsでの初来日公演を行なうはずが、まさかの麻薬所持による逮捕拘留からスタート。裁判やら手続きやらで活動停滞中、盟友John Lennonが暗殺されて、さらに気持ちはトーンダウン。何もやる気が起きず、無為に引きこもってる間にWingsは自然消滅してしまう。「こうしてちゃダメだ」と思ったのか、第一線に復帰すべく、久々のソロ・アルバム制作をスタート、取り敢えず景気づけにStevie WonderやMichael Jacksonなど著名アーティストとコラボ、どちらも大ヒットする。ただしMichael とは、Beatlesの楽曲著作権を横取りされてしまい、以来没交渉になってしまうオマケ付き。この辺から何かとケチがつき始め、原作・脚本を手がけた主演映画(このアルバムのこと)を制作するも、こっぴどくメディアに酷評された上、興行的にも大失敗してしまう。全世界生中継のライブ・エイドでは、大御所としてトリを務めたはいいけど、「みんな知ってる有名な曲がいいだろう」と思って選曲した「Let It Be」(なるようにしかならない)、「イベントの趣旨を理解していない」と、これまた英国マスコミにボロクソに叩かれる。それまでは「あのBeatlesのオリメンだから」と、そこそこ敬意を払っていたマスコミも掌を返し、露骨に「Paulは終わった」などと酷評するようになる。テクノは辛うじて齧ったけど、ニューロマやポスト・パンクの波には到底着いてゆけず、次第に地味なポジションに追いやられてゆく。ただ、当時のPaulはまだ40代半ば、隠遁するには早すぎる年代である。再度第一線に立つことを目論むが、Johnの不在以降、書かれた曲はどうにも小さくまとまった作風で、いまいちキレが足りない。なのでBeatles時代のメソッドの再履修、他のアーティストとの共作を思いつく。そこで選ばれたのが、元10ccのEric Stewart 。「ちょっと凝ったコード進行とメロディを書く」という特性を見込んで抜擢したのだけど、あまりに似た音楽性と、「あのPaulとコラボできるなんて」とEricが必要以上にリスペクトしてしまったため、コラボ・マジックは産まれず、さらにこじんまりとした出来になっちゃったのが『Press to Pray』。言ってしまえば、似た者同士が組むわけだから、最小公倍数的な箱庭ポップになってしまうのは致し方ないことで。しかもBeatles時代の「対等のパートナーシップ」という設定が、のっけから崩れてるわけだし。そうか、僕と同じようなタイプじゃダメなんだ、全然正反対のソングライターじゃないと。Johnとの作業はいつも真剣勝負だったし。で、次にタッグを組んだのがElvis Costello。彼がJohnタイプだったのかどうかはともかく、確固たる自身の世界観を持ってることは周知の事実だった。一応、最低限の敬意は払ってくれるけど、実際の作業に入ると、「あれはダメ」「これはイケてない」とはっきり言い、時にはボロクソにけなしたりもした。この時点ですでにレジェンドとなっていたPaul に対し、ここまで辛辣な、よく言えば対等の立場で物言いできる者はいなかったため、それが逆に創作面での刺激となった。『Flowers in the Dirt』の好セールスと旧ソ連でのライブの成功が弾みとなって、久し振りにワールド・ツアーをやろうと思い立つ。いろいろ吹っ切れたこともあって、これまで頑なに封印していたBeatles ナンバーを、これでもかとたっぷりセット・リストに組み込む。ライブ活動引退後の後期のナンバーも入っていたこともあって、そりゃもう大盛況、すっかり自信を回復するに至る―。
 多分、こんな感じだな。

03_big

 Wings時代のライブでも、ファンサービス的にいくつかのBeatlesナンバーはプレイしていたのだけど、あくまで添え物的なポジションであって、本格的にリメイクするのは初めてだった。何しろミュージシャンが主演、しかもガチなドラマじゃなくて半分ミュージカル仕立ての映画なので、サウンドトラックを自身で担当するのは、まぁこれは自然の流れ。ある程度、集客を見込むためには、全曲オリジナルにこだわらず、過去のヒット・ナンバーも交えて、というのも契約のひとつだったのだろう。
 この頃のBeatles著作権はすでにMichael の手に渡っており、いくらかの金が彼のもとに自動的に流れることは、ちょっとシャクだったかもしれないけど、まぁそれも仕方のないこと。Beatlesの楽曲をフィーチャーさせるかどうか、それだけでスポンサーの出資具合が全然違ってくるのは、素人の俺でも想像がつく。音楽アルバム制作と違って、映画制作には多くの人間が絡んでくるし。
 Paul的には、過去の栄光を利用することを素直に受け入れられなかったかもしれないけど、何をやってもケチがつき始めていた時期だったため、そんなことも言ってられない。ここらで一発、デカい花火でもぶち上げないと。

 自分で書いた曲を自分でやるわけだから、普通に考えれば、二流のカバー曲よりも出来は良くなるはずである。だって、本人だもの。
 セルフ・カバーの場合、ちょっと難しいのが原曲アレンジとの距離感である。ほんとそのまんまのアレンジでやってしまうと、「見事な再現」という好評より、「前より良くないね」という悪評の方が、往々にして多くなる。これも当たり前の話で、初演の時とはテンションも違ってるし、声質だって確実に変わっている。完璧な再現というのは、あり得ないのだ。
 そういった批判を回避するため、またプレイし飽きた楽曲に新味を付け加えるため、まったく毛色を変えたアレンジを試すケースもある。8ビートをスロー・バラードに変えたり、アコギやストリングス・ヴァージョンにいじってみたり。でも、そういうのって大抵、オリジナルを超えるレベルになることは稀で、あんまり良い評価は聞かない。初体験に勝る衝撃を再現するのは、それだけ至難の業なのだ。
 とにかく批判されるのがイヤ、でもニーズに応えなきゃ、という経緯でもって、非常に消去法的な選択となるのが、ライブ・ヴァージョン。生演奏による再現というエクスキューズがあるため、スタジオ・ヴァージョンほどの完成度は求められないし、観客の状態やアーティストのコンディションによっては、大化けする可能性もある。多少ミスったり奇抜なアレンジにしたとしても、あくまで一過性のものなので、正直「やっちゃったモン勝ち」である。

41Y0CCXAGKL

 で、『ヤァ!ブロード・ストリート』。原題も大体こんな意味だけど、リアルタイムで聴いていた身としては、こっちの方がしっくり来る。もちろん、Beatles映画との強引なドッキングによる邦訳だけど、ちゃんと意味が通じてるのはさすが老舗東芝EMI。この頃までは、詩情あふれるタイトル付けが、名人芸の域に達していた。これも広い意味で言えば、ロスト・テクノロジーだよな。
 今もライブでは、Beatlesナンバーを積極的に取り上げているPaulだけれど、このアルバム以降、スタジオ・ヴァージョンのリメイクは行なわれていない。80年代特有の平板でフラットな音場は、流麗なメロディばかりを引き立たせたため、「歌のあるイージー・リスング」的なサウンドになってしまったのも、不評要因のひとつである。何やってたんだよ、George Martin。
 映画製作については、Paulにとっては「永遠の弟分」であったGeorge Harrisonがそこそこ成功していたので、「じゃあ僕も」と安易に手を出したんじゃないかと思われる。ただ、スタッフや同業ミュージシャンからも人望の厚いGeorgeと比べ、何かと「俺が俺が」と前に出たがるPaulとでは、性質がまったく違っちゃってるわけで。
 ひとりのカリスマがプロジェクトを引っ張ってゆくのは、音楽業界ではよくあるケースだけど、確立された分業体制が敷かれた映画製作においては、そのメソッドも通用しない。いくら脚本執筆兼主演俳優だったとしても、独断による進行は許されないのだ。
 畑違いというのを思い知らされたのか、その後のPaul、映画業界とはしばらく距離を置いている。久々に「パイレーツ・オブ・カリビアン」でカメオ出演を果たしたけど、あれってKeith Richardsへの対抗意識なのかな。

 色々とけなされることが多いアルバムだけど、ひとつだけ。
 ある意味、アルバムの主題となっている「ひとりぼっちのロンリー・ナイト」、これだけは別格。どれだけアルバムや映画がけなされようと、この曲を悪く言う人は、ほぼ皆無。いるのかな。いたとしても、ごく少数のひねくれ者だ。


ヤァ!ブロード・ストリート
ポール・マッカートニー
EMIミュージック・ジャパン (1995-11-08)
売り上げランキング: 47,041



1. No More Lonely Nights (ballad) 
 UK2位、USでも最高6位を記録した、Paulソロでは屈指の出来となった名作バラード。映画の主題を飾る楽曲として、敢えてベタなコードで書いたと思われるけど、それがうまくハマったのは、ある種の開き直りもあったのだろう。やればできる人なのだ。
 ライブではほぼプレイされることはないけど、80年代ソングのスタンダードとしては定番となっており、どのレビューでもこの曲の悪評は聞かない。映画本編やBeatlesナンバーについては、みんなボロクソに言ってるのに。
 Pink Floyd解散して間もなかったDave Gilmourがギターを弾いているのだけど、Floyd時代より生き生きと、ベッタベタに情緒あふれるソロを奏でている。正直、全キャリアを含めて彼のベスト・アクトと言ってもよいくらい。リマスター盤では他のヴァージョンも収録されているけど、Gilmourの音があるかないかで、テイストがまったく違っている。ダンス・ミックスなんて、どうにも気が抜けちゃってるし。



2. Good Day Sunshine
 サントラなので、劇中モノローグからスタート。中期『Revolver』からのセルフ・カバー。ちょっぴりテンポとキーを落としたのは、映像のテイストに合わせたんじゃないかと思われるけど、気が抜けちゃってるんだよな。ドラムが少し大きめにミックスされてる以外、アレンジはほぼ変わらないはずなのに。あ、変わってないからつまんないのか。

3. Yesterday
 世界で最もカバーされた曲として、Beatlesナンバーの中でも広く知られており、それを自身でキッチリ歌い直すわけだから、それなりに気合も入れてたはずなのに、何これ。単に昔の自分をなぞっただけじゃん。お子様向けのビート・バンドとして天下を獲りつつあったBeatlesが、一種のチェンジアップとして投げた変化球を、20年近く経ってから同じ球筋で投げたって、通用するわけないじゃないの。

4. Here, There and Everywhere
 『Revolver』というアルバムは、Beatlesにとって、またPaulにとっても大きなターニング・ポイントであったこと、そこまでのインシアティヴをJohnが握っていたこともまた、周知の事実である。その『Revolver』でやり切れなかったこと、ビート・バンドとして活動していたBeatles的なサウンドを一旦チャラにして、スタンダード・ナンバーとして蘇生させたかった、というのが、Paulの真意のひとつである。普通なら全アルバムからもっとバランス良く選曲するところを、『Revolver』から4曲もセレクトしているのだから、当時からどこか煮え切らない想いがあったのだろう。
 シンプルなアコギのアルペジオ、添えもの的なクラシカルなホーン・セクションなど、オリジナルと構造は変わらないけど、ここではその普遍性が良い方向に作用している。

220px-Give_My_Regards_to_Broad_Street_(poster)


5. Wanderlust
 2年前にリリースした『Tag of War』収録曲のリメイク。大したインターバルじゃないし、アレンジも大筋では変わらないのだけど、劇場での響きを意識したのか、奥行きのあるミックスが功を奏し、最後はドラマティックに締めている。地味な小品だけど、メロディ・メーカーとしてのPaulの面目躍如。

6. Ballroom Dancing
 「そうだ、僕はもともとロックンローラーだったんだ」と急遽思い立ち、チャチャッと作ってしまったロックンロール。Jerry Lee Lewisオマージュのピアノをメインとした8ビートに、シンセの上モノを乗っけてビルドアップさせ、何も考えず楽しそうに歌うPaul。ほんとこういったのが好きなんだな、というのはわかるけど、どこかフヌけたムードがいただけない。優しすぎるんだよな、ちょっと。原初の荒削りなロックンロール回帰へは、もう少し時間が必要だった。

7. Silly Love Songs
 1976年リリース、Wingsとしては最大のヒット・ナンバー。UK2位・US1位獲得によって、完全にBeatlesの影を払底した、と絶賛された。簡単なコード進行なのに、展開が目まぐるしく変わって、しかもそれが違和感なく進行してるという、ポップ職人Paulの技がそこここで光っている。よく言われていることだけど、リード楽器としてフィーチャーされたベース・ラインもまた絶品。
 あまりに完成されているため、この曲もアレンジはほとんどおんなじ。でも、楽曲に秘められた疾走感は見事に再現されている。

127805_full

8. Not Such a Bad Boy
 ちょっとマイナー調のロックンロール。このアルバムの中では数少ない書き下ろし曲で、多分、こんなのだったらいくらでも書けるんだろうけど、変に腰のすわってないポップ・チューンよりはグルーヴ感てんこ盛り。スタジオ・ライブ的なラフな感じは、90年代以降のアルバムに引き継がれる。

9. So Bad
 前作『Pipes of Piece』からのリメイク。シングルとしてUS23位にチャートインしている。まぁこれもほぼ原曲通り、Curtis Mayfield的フィリー・バラードをリスペクト下、全編ファルセットによるバラード。きっちり破綻なく作られた小品として、このアルバムももっと評価されるべきなんだけど、地味なんだよなやっぱり。俺的には気に入ってるんだけど。



10. No Values 
 大味なアメリカン・ロックなテイストのロック・チューン。野太い男性コーラスなんて、まさにハード・ロック。一応、このアルバムが初出ではあるけれど、もともとWings時代に書かれた曲で、当時のデモ・ヴァージョンがYouTubeで聴くことができる。当然、ラフな仕上がりのWingsヴァージョンより、しっかり練られたこっちのヴァージョンの方がサウンド的にまとまっており、バンド・アンサンブルも安定しているおかげで、Paulのテンションも高い。

11. For No One
 「Paulが書いた曲の中で好きな曲のひとつ」とJohnも絶賛した、『Revolver 』収録曲。『Help!』の中の「Yesterday」は、あくまでサプライズ的なポジションだったけど、ソングライターとして飛躍的に伸びつつあった時代のPaulの傑作。構造としては「So Bad」と変わらないのだけど、考えてみれば20年も前からすでに完成の域に達していたということ、そしてまた、技巧的な意味合いで言えばそこからほとんど変化していない、ということに気づかされる。
 成長が止まった、って意味じゃないよ。テクニカルなんて、ひとつの側面に過ぎないんだし。

12. Eleanor Rigby - Eleanor's Dream
 「あの名曲に続きがあった」or「オリジナルを発展させた完全版」といったコンセプトで作ったと思われる、9分に及ぶ大作。オリジナル3分追加パート6分といった構成。映画のプロットとシンクロさせたポケット・シンフォニーは、映像と組み合わせることによって完結するのだろうけど、正直、ハズしちゃった感が強い。まだクラシックに色目使うのは早かったでしょ。

303129_full

13. The Long and Winding Road
 ここまでほぼ原曲通りのアレンジだったけど、ここに来てサックス・ソロによるオープニングで新たなテイストを付け加えている。もともとムーディなバラードにウェットなホーンを入れることによって、AOR感が増している。バラードはとことん感傷的に仕上げたがる、Paulの性格がよく出ている。

14. No More Lonely Nights (playout version) 
 1.の解説にも書いたけど、別アレンジによるアップテンポ・ヴァージョン。あぁこういったアングルもあるんだね、といった印象。ただそれだけ。「こういった切り口もあるんですよ」とでも言いたかったんだろうか。

15. Goodnight Princess
 初リリース当時はLP・カセットとも未収録、CDのみのいわばボーナス・トラック。ラウンジ・ミュージック的なインストなので、取り立てて書くこともない。器用過ぎるんだよな、この人。


PURE MCCARTNEY
PURE MCCARTNEY
posted with amazlet at 17.08.08
PAUL MCCARTNEY
CONCO (2016-06-10)
売り上げランキング: 51,756

長い青春期の終わり - 『Roberta Flack Featuring Donny Hathaway』

Folder 1980年リリース、旧友Donny Hathaway との2枚目、前回より7年ぶりのデュエット・アルバム。前年のDonnyの急逝を受けた追悼盤として、ビルボード総合で最高25位、ゴールド・ディスクを獲得している。
 Roberta といえば、なんと言っても1973〜74年にリリースされた大ヒット・シングル「Killing Me Softly」「Feel Like Making Love」が広く知られており、他の曲はあまり知られていない。ていうか俺もそんなに知らない。もともとDonnyつながりで入手したアルバムだし。
 その時期をピークとして、チャート的には緩やかに下降線をたどり、70年代末になると、アルバム・トップ40も危ういポジションにまで落ち込んでいる。とはいえ、もともと人目を派手に惹くルックスや作風ではないことから、「落ち目になった」というよりむしろ、「然るべき場所に収まった」という印象の方が強い。
 ソウルのディーヴァといえば、関西のおばちゃんみたいに「どやさどやさ」と前に出て行きたがる印象が強いけど、彼女の場合、そこまでエゴをむき出しにした印象はない。あまり黒さを前面に出さず、白人ポピュラー層へのウケの良さなど、表層的な部分だけ見ると、Diana Rossとの共通点が多い。あの人はもっと野心家だけどね。
 表立った活動からはしばらく身を引いていたけど、70年代初頭のニュー・ソウル・ムーヴメントにおいて、大きな役割を担ったDonnyの死によって、Robertaはどこにもぶつけようのない怒りと悲しみ、そして無常観に苛まれた。再び立ち上がるには、相応の期間を要した。

hqdefault

 以前、Leroy Hutsonのレビューで、大学の同窓としてDonnyとRobertaがおり、メジャー・デビュー以前はキャンバスで共作したり、日毎セッションを行なっていた、と書いた。
 3人に共通しているのは、いわゆる労働者階級からの叩き上げではなく、大学というアカデミックな教育機関で音楽理論を学んでいること、泥くささの拭えなかった既存のソウル・ミュージックとは別のベクトルの、都会風にソフィスティケイトされた音楽性にある。いくら才能ある若者たちとはいえ、人種差別や公民権問題で騒がしかった60年代末のアメリカにおいて、彼らの肩身が狭かったことは、想像に難くない。どうしたって少数派なため、一緒にいることが多くなる。

 DonnyとLeroy は共に1945年生まれ、同じ年にハワード大学に入っている。一時はシェアハウスしていたくらい親密な仲であり、その時期に共作もよく行なっていた。そのうちのひとつが名曲「The Ghetto」だったというのは、ファンの間ではよく知られた話。
 当然、Robertaも同年代くらいかと思いきや、wikiを見ると1939年生まれ、なんと6歳差である。学生と社会人が友達付き合いするようなもので、世代間の開きはわりと大きい。音楽という共通項がなかったら、話題にも事欠くくらいである。
 結構な年齢まで大学に居残っていたくらいだから、よほどの苦学生か、それとも院でモラトリアム期間を満喫しているだけかと思ってたら…。
 いやいや、全然思い違いでした。

 幼少期からクラシック英才教育を受け、当時の黒人層としてはかなり恵まれた環境で育ったRoberta 、なんと15歳でスカラシップを獲得、大幅な飛び級でハワード大学に入学している。スタートから並みの才能ではなかったということだ。もちろん、「努力し続ける才能」というのも併せて。
 もともとピアノ専攻で入学したRoberta、その後も貪欲な向学心と好奇心が後押しして、声楽も本格的にマスター、後のポピュラー・シンガーとしての基盤がここで培われた。卒業後は黒人女性としては初めて、白人主体の学校で教鞭を取り、後進への指導もしっかr行なっている。

4f59e01ece2244edc4362a678a3d445a

 メロウな作風とは対照的に、音楽に関しては貪欲で唯我独尊なRobertaの周りには、才能あるニュー・ソウル世代のアーティストが集まっていた。彼らよりひと世代上に属する彼女は、そんな中では面倒見の良い姉御肌的存在だった。Roberta からすれば、Donny もLeroy も小生意気な弟程度にしか見えなかったのだろう。
 同世代アーティストの中では芸歴も長く、自主レーベル・カートムを設立するなど、親分風をブイブイ吹かせていたCurtis Mayfieldでさえ、彼女より2歳年下だったため、逆らえるはずもなかった。デビューして間もなく、野郎3人をスタジオに呼びつけてレコーディングを手伝わせるくらいだから、彼女の手綱さばき具合が窺える。
 ま、何にせよ、女が強い方が集団はうまく回るもので。

 そんなRobertaを中心としたコミュニティの中で、最も彼女と親交が深く、寵愛を受けたのがDonny だった。男女の関係があったかどうかは不明だけど、純粋に音楽性がフィットしていたのだろう。
 1973年、彼女はDonny と組んで、珠玉のバラードを揃えたアルバムを作った。当時の彼らの作風である、Carole King的にシンプルかつシュアなバッキング、あまり黒さを感じさせないシンガー・ソングライター的サウンドは、後のR&Bのルーツとなった。それぞれ単体でも素晴らしい楽曲を創り上げてはいたけど、2人揃ってピアノの前に座り、いくつかコードを押さえるだけで、独特のマジックが生まれた。
 そのマジックの結晶として、もっとも純度の高い「You've Got a Friend」は、永遠のスタンダードになった。

740full-roberta-flack

 その後間もなくして、Hathawayは体調を崩し、表舞台から身を引くことになる。彼が抱く心の闇は想像以上に深く重く、強い自己嫌悪と厭世観とが歩みを妨げた。光の見えぬ深淵を克服するには、とてつもなく長い時間と周囲の手厚いケアを必要とした。
 家族以外では、公私ともに彼の支えとなったのが、Robertaだった。シングル「The Closer I Get to You」のパートナーとして、RobertaはDonnyの声を欲した。しばらく人前に出なくなってから久しく、腰を上げるまでには躊躇したけれど、彼女の細やかな気遣いやパワーに触発され、どうにか力を振り絞って相手を務めた。
 ビルボード総合2位という好成績をマークできたのは、それだけ彼の復活を待ち望むファンが多かったこと、皆が彼の声を欲していたということだ。
 そして、その成功を誰よりも喜んでいたのがRoberta だった、ということも併せて。

 エキシビジョン的な復活ではあったけれど、取り敢えず健在ぶりはアピールしたDonny、これを機に本格的な復活を果たすはずだった。何よりも、彼自身がそう思っていたはずだから。
 全盛期のテンションはまだ完全に取り戻せていないけど、ゆっくりと慎重に、徐々にギアを上げて、再度ファンの前に姿を現わすはずだった。幸い、Roberta がまた一緒にアルバムを作ろう、と呼びかけてくれていた。
 急ぐことはない。ゆっくりと、慎重に。

 前回のアルバムは、荘厳なムードの漂うバラード中心の選曲だったが、この2枚目は比較的アップテンポ、前向きな未来を予想させる同時代的なアレンジが多い。シリアスなニュー・ソウル真っ只中で製作された72年とは時代が変わり、もっとライトな感触のアーバン・ソウル風の楽曲が多くなった。70年代は終わろうとしていたのだ。
 70年代末のアップテンポなソウルといえば、大抵は下世話なファンクかディスコのどちらかだけど、そこは才女であるRoberta、安易なシーケンスは用いずバカテク・プレイヤーをズラリと並べ、生音主体のサウンド・デザインで統一している。
 強靭なメロディがビートを支配し、伸びの良いヴォーカルを前面に出したミックスも、アナログ・レコーディングの最終進化形の特徴である。リズムを抑えることによって、凡庸なダンス・チューンとして消費されてしまうのを回避したのだろう。

donny-hathaway_roberta-flack

 社会批判や内的自己の深化を主題としたニュー・ソウルは、一時の刹那的なムーヴメントで終わったが、既存ソウルに捉われぬ音楽性の間口の広さは、ジャズ〜フュージョンの要素も貪欲に取り込み、その後の80年代R&Bの礎となった。
 安定したサウンドとメソッドを創り上げたことによって、Robertaの音楽性もまた安定期に入る。根幹のメロディや言葉こそ大きく変わらないけど、時代のトレンドに応じてアップデートしてきたアレンジは、成長することをやめて、普遍的なものに変化していった。

 じゃあ、Donny はどこへ行こうとしていたのか?
 その中間報告となったのが、ここに収録されている2曲であり、それはRobertaにとってもひとつのマイルストーンになるはずだった。
 でも、その先が示されることはなく、Donnyの死によって中途半端な形で終わってしまった。まるで自ら成長するのを放棄したかのように。
 2人のハーモニー、2人の成長はこれが最期となった。

Roberta Flack Featuring Donny Hathaway
Roberta Flack Donny Hathaway
Atlantic / Wea (1996-06-06)
売り上げランキング: 243,814



1. Only Heaven Can Wait (For Love) 
 今日共作者としてクレジットされているEric Mercuryとのデュエットというかたちになっているけど、ほぼRobertaの独壇場。このアルバムでほぼ出ずっぱりで女性コーラスを担当しているのがGwen Guthrieだけど、Roberta以外にもAretha FranklinやMadonnaまで、あらゆるヴォーカリストから絶大な信頼を得ている、いわば「プロのバック・コーラス」。Ericの出番は後半になってからほんの少しだけである。
 一聴する限りでは、オーソドックスなバラードなのだけど、やたらリズム・セクションの音が深い。特にベース。「え、ここで?」といった場面でスラップを入れてきたりで、メリハリのあるサウンドを演出している。

2. God Don't Like Ugly
 Gwen作によるボトムの効いたディスコ・チューン。後に本人によってセルフ・カバーされている。もともとアップテンポ・ナンバーではいまいち印象の薄いRobertaなので、ここでは比較的無難に歌いこなしている。ちょっと洗練され過ぎてアクが少ないのも、彼女の場合は欠点でもあるけれど、大きな利点でもある。
 対してGwenヴァージョンも聴いてみたけど、こちらはテンポを落としたバラード調のアレンジ。俺個人としては、Gwenヴァージョンの方が、ベタな感情移入が強くて好み。このわかりやすいセンチさが好きなのだけど、でもこれってライト・ユーザーにはアクが強いんだろうな。
 多少、薄めた方が万人受けするという好例。

3. You Are My Heaven
 やっとここでDonny登場。そして、なんとStevie Wonder作曲。この時期のStevieは『Songs in the Key of Life』リリース後の虚脱感によって、いわば自作の方向性ン迷っていた時期。デビューから付き合いの深かったMinnie Ripertonにも手を貸したりしている。
 実際に彼が演奏しているわけではないのだけど、イントロから歌い出しから、まんまStevieの色が濃く出ている。ただ彼の曲って、メロディがポピュラーのセオリーから大きく外れて歌いこなすのが難しいはずなのだけど、そこは2人とも音楽理論がしっかりしているだけあって、きちんと世間に流通するポップスとして消化している。
 ビルボード最高47位まで上昇。



4. Disguises
 60年代のソフト・ロック・グループSpanky And Our Gangのプロデュースを手掛けたギタリスト、Stuart Scharf唯一のアルバムの収録曲。まんまDiana Rossなんだよな、俺からすれば。もしかして向こうが真似たのかもしれないけど。流麗ではあるけれど、俺的にはただそれだけ。ムーディだけど引っかかりがない。ライト・ユーザー向けだな。

5. Don't Make Me Wait Too Long
 なので、作曲だけにとどまらず、演奏にも全面的に参加しているStevie作のこの曲が、ひどく良く聴こえてしまう。80年代のバラード時代を予感させる、通り過ぎてしまいそうなメロディ・ラインは、それでも十分4.の凡庸さを凌駕している。ドラムも叩いているだけあって、リズム・パターンはすでに『In Square Circle』の音になっている。
 実は7分超という長尺で、中盤はRobertaによるラップ(ていうかモノローグ)が延々と展開されている。普通ならダレてしまうところを、構成がしっかりしているおかげで飽きさせない展開となっているのは、やはりStevieだからこそ。どうせなら、シャッフルしてこれをトップに持ってゆくのも、ひとつの聴き方である。

6. Back Together Again
 再度、Donny登場。これまでにないファンキーなエフェクトとシーケンスによる、地味なサウンドが多い2人にとっては、これまであまり縁のなかったサウンドである。楽曲製作チームのReggie Lucas & James Mtumeに乗せられたんだろうけど、Robertaは器用な人なので、それなりにアップテンポにも対応できるスキルはある。Donnyもどうにかゴージャス・サウンドに着いてきてはいるけれど、これが生前最後の録音だった、という事実を耳にしてしまうと、何だか複雑である。
 ちなみに、俺がこのアルバムに引き込まれたのはこの曲がきっかけだけど、聴いたのは彼らのヴァージョンではない。何年か前、Soundcloudを使ってレアグルーヴ系のDJミックスを漁ることに夢中になった。その中のラヴァーズ・ロック・ミックスの中に、この曲のレゲエ・ヴァージョンが収録されていた。若い女性ヴォーカリストが歌うこの曲に取りつかれ、オリジナルを探し求めたところ、ここにぶち当たった次第。答えは案外、近いところにあったのだ。



7. Stay with Me
 なんと作詞がGerry Goffin書き下ろし。この時代でもまだ現役でやってたんだ、と思ってから、そういえばCarole Kingは現役バリバリだったんだよな、と思い直した。作曲はDiana Ross 「Touch Me in the Morning」Whitney Houston「Saving All My Love for You」を手掛けたMichael Masserと来てる。プロのソングライターが気合を入れて書いているだけあって、詞曲・アレンジ・ヴォーカルとも完璧な仕上がり。無難なバラードでは収まらないスケール感を思わせるのは、やはりDonnyへのはなむけのためだったのか。


The Very Best of Roberta Flack
Roberta Flack
Atlantic / Wea (2006-02-06)
売り上げランキング: 8,144
ベスト・コレクション<ヨウガクベスト1300 SHM-CD>
ダニー・ハサウェイ
ワーナーミュージック・ジャパン (2017-05-31)
売り上げランキング: 69,388

カテゴリ
北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
QRコード
QRコード
最新コメント

音楽 ブログランキングへ


にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村




アクセス
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: