好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

レビュー300回記念企画その1:昭和歌謡のディープな洋楽カバー曲

rrr 先日書いたMinnie Riperton レビューの紹介文で、「北島三郎が「Lovin’ You」をカバーしているらしい。情報求む」と書いたのだけど、その後も反応はなかった。単なるネタだったのか、それとも原型をとどめないほど改変されて、いつものサブちゃんタッチになっちゃったのか。引き続き情報求む。
 そんなこともあって、「じゃあ、そんな原曲と思いっきりかけ離れちゃった洋楽カバーって、他にもあるんだろうか?」と思い立ち、1週間くらいそればっかり調べてた48歳。バカだ俺。

 今回、単なる洋楽カバーといった括りだと広義すぎるので、あくまで基準は俺世代中心、45歳以上が共感できて、それでいて意外性のあるものを選んでみた。なので、「ダイアナ」とか「ハウンド・ドッグ」とか「バケーション」とか、ありがちなオールディーズは除外。グループ・サウンズの時代に入ると、ちょっと不良系のバンドを中心に、ロック系のカバーが多くなるのだけど、いわゆるリスペクト系、ストレートな完コピが多いので、楽曲としては意外性がない。タイガースがStonesのカバーをやっていたことは意外だけど、アレンジがほぼ完コピなので、聴いてて面白いものではない。なので除外。
 荻野目ちゃんによる「ダンシング・ヒーロー」がリバイバル・ヒットした、80年代女性アイドルのユーロビート・カバーや、21世紀に入ってからの猫も杓子もリスペクト系カバー・ブームは、どちらもマーケティングやヒット狙いの臭いが強いので、ミスマッチ感とはかけ離れている。これも除外。

 いろいろ調べてみると、70年代アイドルのコンサートでは、かなりの割合で洋楽カバーが取り上げられていた記録が残っている。CarpentersやCarole King、モータウン系など多岐に渡るのだけど、この辺はアイドルのイメージとマッチングした無難な仕上がりのモノが多かったので、バッサリ切り捨てた。ロック系のヴォーカルを志向していた西城秀樹なんかは、アイドル時代からすでにBlood, Sweat & TearsやStonesを積極的に取り上げているのだけれど、あまりにハマりすぎて意外性は少ない。
 で、最終的に残ったのが、このリスト。300回記念なのに、こんなゲスい企画でいいのかなと正直思うけど、何かやってみたかったんだよな。今よりなんでもアリだった昭和歌謡界のダークサイド、ヒット曲やシングル曲だけでは表現しきれない、シンガーやスタッフの声なき声を代弁していると思うのだよ、と強引にまとめ。






小柳ルミ子 「Shout to the Top」 

hqdefault 多分NHKあたりの特番で歌われたと思われ、音源化はされていない。80年代洋楽マニアの間では密かに話題になっていた、世にも珍しいStyle Councilのカバー。世界的に見てもスタカンのカバー自体が珍しい。しかも小柳ルミ子って。
 それまでいわゆるディナー歌手寄り、「瀬戸の花嫁」や「私の城下町」などに代表される、歌謡曲の王道を歩んできたルミ子だったけど、「お久しぶりね」をリリースした1983年あたりから路線が変化してゆく。初主演映画「白蛇抄」では、大胆な濡れ場をフィーチャーした官能的なヌードを披露しており、これまでの清楚なイメージとは逆行する活動ぶり。何があったんだルミ子。
 労働者階級出身であるPaul Wellerによる、搾取側であるアッパーミドルへの怒りを込めたパッション。そんな熱い想いを受けて空回りしちゃったのか、冒頭から「闇の中 疲れ果てた 打ちのめされ 跪いて 祈る」と、硬い直訳日本語が飛び交う。まぁ本意としては間違っていないのだけど、無理やりなミュージカル・タッチとは明らかに食い合わせが悪い。オリジナルのアートワークがこんなんだから、多分、それをイメージした演出だったんだろうけど、いややっぱ違うわ。
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 ちなみに、時々アップで見切れるのが、あの大澄賢也。さすがダンスのコンビネーションはピッタリだけど、まぁ今となってはそんなのどうでもいいか。その後を思えば感慨深いショットではある。
 賢也と別れてからというもの、しばらくパッとしなかったルミ子だけど、近年になってサッカー・メディア中心に復活するとは、誰も予想していなかったはず。さすが昭和歌謡界の女、いつまでも転んだままではいない。



ザ・ピーナッツ 「エピタフ」

41CBX1A7Y1L ルミ子同様、コンサート収録モノだけど、こちらは当時からしっかり音源化されている。数年前からプログレ周辺では話題になっていたらしいけど、俺が存在を知ったのはつい最近。今回のラインナップで一番ビックリしたのがコレ。
 オリジナルはKing Crimson 、プログレ人なら誰でも知ってる四天王の一角であり、なぜか日本や南米では根強い人気を誇る。デビュー・アルバム「クリムゾン・キングの宮殿」に収録されており、「混沌こそ我が墓碑銘」と切々と歌い上げる、英語ネイティヴでダウナーな人が聴くと、生きることが嫌になってしまう危険な曲である。
 ポピュラーの歌詞に理屈を持ち込んだのがDylan だとすれば、ロックのサウンドに理屈を持ち込んだのが彼ら、と言うのが俺的な解釈。「オリジネイターは他にもいるじゃないか」といった異論もありそうだけど、彼らがBeatles『Abbey Road』をチャート1位から引きずり下ろすことによって、ロックは小難しいモノという時代に突入したのだ。
 とはいえ、変人Robert Frippのエピソードや、Pete Sinfieldの描く世界観に共鳴したわけではもちろんなく、「叙情的で日本人好みのメロディだから」という単純な理由で選曲されたと思われる。どう考えても、ピーナッツ2人がグルジェフの神秘思想に目覚めたから、とは思えないし。
 往年の歌謡ショー・スタイルによる、弦から管楽器までフル装備の豪華なアンサンブルにかかっては、東西冷戦や核の恐怖を暗示した歌詞も換骨奪胎され、流麗なバラードに調理されている。ほぼ直訳による硬い言葉たちも、2人のハーモニーにかかればアラ不思議、耳ざわりの良い歌謡曲として、他のレパートリーに溶け込んでしまう。
 プログレとはいえ抒情的なフォーキーなメロディであるため、ピーナッツ以外にも、西城秀樹やフォーリーブスも「エピタフ」をカバーしている。一応、他2名のヴァージョンも聴いてみたのだけど、どちらもほぼ完コピに近い演奏のため、ピーナッツほどのインパクトはない。ヒデキは確かに上手いけど、普通にロックになっちゃてるし、意外性はあんまりない。なので、オリジナルの抒情性をキープしつつ、「恋のフーガ」や「モスラの歌」というレパートリーの中に入れても突出しないよう、昭和歌謡曲カラーに染め上げてしまう力技、ていうか当時のバンドマンたちのポテンシャルの凄さが窺える。



坂上忍 「Let’s Dance」

hqdefault (1) 昭和の歌じゃないけど、坂上忍自体は昭和の人なので、まぁ俺の中ではギリギリセーフ。まだ記憶に新しい、2014年「FNS歌謡祭」のステージから。ちょうど「バイキング」の司会に就任しての番宣出演で、本人のキャラ的に「あんまり出たくないけど出るんだったら自分の趣味をゴリ押し」した末の選曲だったと思われる。
 80年代にリリースされたBilly Idol のカバーが、本人の意向だったのかどうかは不明だけど、インタビューなどの発言から、洋楽の素養はそこそこあるみたいだし、Bowie 好きなのも伝わってくる。人前で歌うのが久しぶりだったせいもあって、珍しく気合が入ってるのもわかるけど、いやいやこの曲歌いこなすのは難しいって。

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 タイトル・コールのリフの印象は強烈だし、Bowie の曲の中ではかなり知られている「Let’s Dance」だけど、基本のメロディはすごく地味。デモ段階では抑揚のないアシッド・フォークだったのが、プロデューサーNile Rodgers が「これじゃ地味だ」と、ゲート・リヴァーブてんこ盛りのドラムやホモジェニックなコーラスを追加ダビング、原型をとどめないくらいブラッシュ・アップして仕上げたもの。なので、一聴するとキャッチーだけど、カラオケで歌うと自爆率の高い曲としても知られている。
 そんなことは坂上自身もわかっていたはずだし、テレビ映えを考慮するなら「Suffragette City」や「Heroes」の方が良かったんじゃないか、と余計な助言をしたくなってしまう。多分、坂上本人は「Let’s Dance」以外をチョイスしてたんじゃないかと思われるけど、まぁフジテレビだしゴールデン・タイムだし、有名な曲に差し替えられちゃうのは致し方ない。エキシビジョン的な出演なので、そこまで歌唱力を求められてるわけじゃないけど、映像を見ると、ピッチを合わせるだけで精いっぱい、まるで公開処刑の様相。やっぱ無理があるな。
 ちなみにテレサ・テンもこの曲をカバーしているのだけど、そこはさすが本業、無難に歌いこなしている。いるのだけれど、でもロック的な生きざま、もどかしいまでの不器用さといった点では、坂上ヴァージョンに軍配があがる。姿勢としては、パンクそのもの。








大場久美子 「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」

_SY355_ オートチューンやハーモナイザーで強引にピッチを揃えてしまい、歌唱力の優劣が付けづらくなった現代と違って、昭和の歌手はみんな歌がうまかった。ほとんどの歌番組が生放送だったため、そうそうごまかしも効かず、下手な歌手はテレビ出演はおろか、デビューさえできなかったのだ。
 70年代に入り、ビジュアル先行でグラビア映えするアイドルがデビューするようになったけど、それでも相応の歌唱力は最低条件だった。歌手と名乗って表舞台に出る以上、ある程度のアベレージをクリアしていなければならなかった。
 そんな中、突然変異・絶望的に音痴の歌手が出現する。その名は大場久美子。その壊滅的な歌声は、聴く者を不安に陥れる。
 多分本人的に、芸能界というハレの世界に興味はあったけど、歌に自信はないし、そんなに興味もなかったのだろう。デビューが決まって行きがかり上、それなりにレッスンを受けたりはしたけど、そもそも興味が薄いため向上が見られず、早い段階で歌手に見切りをつけてしまう。TVドラマ「コメットさん」の主役に抜擢されたことによって、アイドル女優へ転身できたのは、結果的に良かったんじゃないかと思われる。本人にとってもファンにとっても。
 Beatlesといえば「Yesterday」くらいしか(多分)知らない大場久美子に、よりによってなんでこの曲を選んだんだ当時のスタッフ。軽快なマーチのリズムはアイドル・ポップと相性はいいけど、突き抜けるほどの楽天性は原曲蹂躙も甚だしい。あれ待てよ、オリジナルのコンセプトも似たようなもんか。じゃあ忠実なリスペクトじゃん。
 でも、よく許可したよなPaul 。オノヨーコもなんか一言ツッコまなかったんだろうか。多分、聴いてたら許可しないよな。
 キレのいいラグタイム・ピアノから始まるフュージョン・タッチの導入部は、手抜きのかけらもないアンサンブルで構成されている。Larry Carlton風のギター・ソロもパッションあふれるプレイだし、全体的にハイレベルの演奏。「どうせアイドル仕事だから」と手を抜いた様子は全然ない。むしろ、与えられた環境と予算と条件の中で好き放題に凝りまくった、無記名のミュージシャンたちの声なき主張がきっちり詰め込まれている。
 だからこそ、大場久美子が歌っているのがすごく惜しい。思いっきり「クミコズペパーズロンリーハーツクラブバンド」ってコーラスしちゃってるので、せっかくなら相本久美子に歌ってもらった方が、まだ聴けたんじゃないかと思ったけど、大して変わんねぇか、どっちも。



三遊亭円丈 「恋のホワン・ホワン」

IND2977 もう何度目かの再評価となり、今年に入って7インチ・シングルが再発された、長年に渡って語り継がれている、珍盤中の珍版。10年に一度くらいのペースで話題となり、あまり盛り上がりもなくフェードアウトするけど、忘れた頃にまた誰かがリコメンドして再評価される、という無限ループを繰り返している。内容はともかくとして、何度倒れても立ち上がってくる、破壊力充分のポテンシャルを有している楽曲である。
 落語家とNick Lowe。どこにも接点がない。なんでこんなの企画したんだ?最初から伝説の珍盤狙いだったのか?当時のプロデューサーが、レコーディング時のエピソードをブログで書いているけど、キャスティングの経緯は不明。どこでどうコーディネートしたんだろうか。
 80年代のニューウェイブ落語の旗手として、高座にパソコンを持ち込んだり、パソコン雑誌への寄稿が多かった元新人類も、今ではすっかり関東落語界の重鎮、大名人圓丈の名跡を担うポジションにある。そんな立場もあってか、これも若気の至りと割り切っているのか、彼が「恋のホワン・ホワン」について語ることはない。本人的にはやっぱ黒歴史なのかな。

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 大場久美子に勝るとも劣らない壊滅的な歌唱力は置いといて、たびたび再評価される要因として、かなり忠実なウォール・オブ・サウンドの再現が挙げられる。「大瀧詠一プロデュース」と言われたら信じてしまいそうな、プレ・ロンバケ・サウンドが展開されている。無駄に力入ったオケと、脱力しまくったヴォーカルとのコントラストは、ネタ感満載。
 ちなみに、ジャケット両面でリッケンバッカーを携えてポーズをキメてるけど、これってNick Loweじゃなくて、むしろCostelloだよね。勘違いしてデザインしちゃったんだろうか。



キャンディーズ 「ブラック・ナイト」

img007_convert_20110426004204 和製Supremes というコンセプトで結成されたキャンディーズは、スクールメイツで鍛えられた歌唱力とダンス・パフォーマンスもさる事ながら、バラエティやコント番組にも果敢に出演していた。同じナベプロにドリフターズがいたおかげで、彼らの冠番組でのゲストやセミ・レギュラーで多く起用された。今で言うバーターだな。
 当時、女性アイドルからは敬遠されていたコントの汚れ役もソツなく演じ、のちの女優業としての下地はここで確立された。彼女らがアイドル活動の幅を広げていなければ、のちのSMAPもいなかった、と言ってもいい功績だったのだ。
 歌手活動に目を向けると、基本はアイドルだったため、シングルでリリースされる楽曲は歌謡曲セオリーに則ったものばかり、ここで特筆するモノはない。ただステージでは、シングル以外の楽曲ではあらゆるジャンルに挑戦している。三声ハーモニーを効果的に使った洋楽カバーも多く、当時の定番であるCarpentersやJackson 5、ディスコの定番だったEarth, Wind & Fireや「Play That Funky Music」もレパートリーとなっている。
 そんな中、意外な選曲だったのがDeep Purple。今じゃすっかり懐メロバンド化して、世界を股にかけたドサ回りを続ける彼らだけど、当時の日本ではZEPより人気があった、とのこと。リフ中心で変拍子も多用するZEPと違って、明快なギター・ソロ、リフ、明快なサビを持つパープルの楽曲は、歌謡曲に慣れ親しんだ日本人の嗜好とかなりリンクする。
 有名なギター・リフはそのままに、ホーン・セクションを掛け合わせることによってポップさが増し、しかも一分の狂いもない彼女たちのハーモニーがプラス、良質のブラス・ロックにボトムアップされている。他のレパートリーと違和感なく構成されたアレンジは、のちにスペクトラムとなるMMP(ミュージック・メイツ・プレイヤーズ)によるもの。ロック寄りの専属バックバンドにサポートされていたことによって、キャンディーズはステージ面において、他のアイドルと大きな差をつけた。
 そんな彼女らの意向が強く反映された洋楽カバーは他にもあり、Kool & the Gang、Ike & Tina Turnerなど、結構幅広い。テレビ出演のみのトラックもありそうなので、掘り下げたらキリがなさそう。



狩人 「ホテルカリフォルニア」

100_WM825646056644 「あずさ2号」で衝撃のデビューを飾り、一躍スターダムにのし上がった兄弟デュオ、狩人。ただ、デビューのインパクトが強すぎたのか、その後は何をやってもパッとせず、しばらくムード歌謡界隈をウロウロしていたけど、90年代に入ってから「夜もヒッパレ」で復活した。俺的にはそんなイメージ。大方のイメージも、だいたいそんな感じじゃないかと思われる。
 Wikiを見てみると、そこそこのスマッシュ・ヒットはあったらしいけど、「あずさ2号」以上の成功を収めることはできず、表舞台から身を引いて地方中心の地道なドサ回り、で、「夜もヒッパレ」でプチブレイク、その後は兄弟不仲からコンビ解消、片やボクサー兼業、片や森田公一の抜けたトップギャランに加入など紆余曲折、近年になって再結成、ソロ活動と並行して再び地道にやっている、とのこと。波乱万丈だなこりゃ。
 デビュー時の同期に太川陽介や清水健太郎がいるのだけれど、アイドル的な持てはやされ方をされている2人を横目で見ながら、狩人が不満を持っていたとしても、何ら不思議はない。あっちは華麗な振り付けやコスチュームで、ナウいヤングに向けて歌っているのに対し、こっちのファン層は主に年配者、衣装だって地味な白のスーツだし。いくら仕事と割り切ったって、プライベートは二十歳そこそこの若者、そりゃ若い女の子にキャーキャー言われたいわな。
 「あずさ2号」景気が落ち着いて、そろそろ「ルイ・ルイ」や「失恋レストラン」のような若者ウケする楽曲を歌いたくなるのは、自然の流れだろう。仕事を離れれば、普通の20代男子同様、ロックやポップスを中心に聴いていたはずだし。
 とはいえ、シングル曲では無茶できないのは他の歌手だって同じ。趣味を反映させるのはステージのみだったり、アルバムの中に自作曲やカバーを混ぜ込んだりしている。レコード会社や事務所的にも、無理に抑え込むより、目立たない形でガス抜きさせた方が長持ちするので、昔から使われている手法である。
 なので、そのセオリーに従い、「たまには趣味に走ってもいいじゃん」という懐柔策が、このEaglesナンバー。誰でも知ってるよね。
 狩人的には、「爽快感が疾走するウエストコースト・サウンド」、そんなイメージで選曲したはずなのだけど、実際にアレンジされてできあがったのは、相変わらずの昭和ムード歌謡タッチ。通底音となるレゲエ・ビートはそのまま残され、基本アレンジもそんなに改変されていないのだけど、そこはかとなく漂うニック・ニューサ臭。アメリカンナイズは強力脱臭され、ディナーショーで歌われても遜色ない、演歌イズムの音色がサウンドを支配している。
 -こんなつもりじゃなかったんだけどな。
 そんな風に嘆く2人の悲痛な叫びが、行間に封じ込められている。







 次回も300回記念特集。通常より下世話に寄り過ぎたので、今度はも少しオーソドックスにやる予定。

アメリカ人がプログレをやってみた。 - Todd Rundgren 『Initiation』

folder 1975年リリース、6枚目のソロアルバム。当時のUSチャートでは、なんと最高86位。意外と売れている。もっと売れてないと思っていた。次のアルバムが出せる程度には、そこそこ売れていたのだ。

 ソロとバンド活動を並行して行なっていた70年代、大量のアイテムをリリースしてきたToddだけど、この年の純粋な新作は『Initiation』のみ。前年プロデュースしたGrand Funkが大ヒットして、オファーだってそこそこあったかと思われるけど、そういった形跡もない。表立ったスタジオ・ワークは、あんまりやってなかったようだ。
 この時期のToddの活動は、スタジオ・ワークより、むしろライブの方に重点が置いている。レコード・デビューはしたけど、まだソロ・プロジェクトの色彩が濃かったUtopia が、メンバーの固定化によってコンセプトが決まり、徐々にバンドらしくなっていた頃と一致する。
 その後、サウンド・メイキングの柱となるRoger Powellが加入したことで、Toddのワンマン・バンド色は薄くなってゆく。それは彼自身が望んだことでもあった。
 なので、意思疎通やアンサンブル固めもあって、この年はライブ三昧。70年代のToddといえば、ずっとスタジオに引きこもってレコーディングばっかりやっていた印象が強いけど、その合間を縫って数多くのライブをこなしている。

 オフィシャルでのリリースはなかったけど、デモ制作や後年発掘された『Disco Jets』など、当時は未発表に終わったプロジェクトも数多い。べアズヴィルのエンジニアとして、ちょっとしたスタジオ・ワークや、付き合いのあるアーティストからの依頼もちょくちょくあっただろうし。ソロでもバンドでもツアーをやっていたから、まとまった時間が必要なプロデュースまではできないけど、軽いフットワークで短期の仕事を請け負ったりしている。なんか派遣社員みたいだな。
 ちょっと偏屈なところもあるけど、長年の経験に基づいた仕事の早さと要領の良さは、ベテランならではの得難いスキルである。まぁちょっと雑でアバウトなところはあるけど、納期と予算はきっちり守る。時に散漫になりがちなスタジオ・ワークにおいて、彼のような取りまとめ役は、引く手あまただった。

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 案外エゴを押しつけず、クライアントの意向に沿うToddの仕事ぶりは、おおむね好評だった。ジャンルや音楽性にこだわらず、長年の経験に基づく引き出しの多さから、全方位どのアーティストにも対応できる順応性。それでいて予算管理もしっかり行なうし、アーティストの意向を可能な限り受け止めつつ、実際のポテンシャルよりちょっと背伸びした程度のレベルに導いてしまう印象操作。こう書いちゃうと、なんかすごい人徳者みたいだな。
 実際のところ、彼が手がけたプロデュース・ワークは多岐に及ぶ。Mitch RyderとXTCなんて、そりゃ両極端だもの。それでいて、もちろん全部が全部じゃないけど時々デカいヒットを飛ばしちゃうんだから、評判はさらに高くなる。成果を出すほど、あらゆる方面からさらにオファーが舞い込む。アーティストとしてはイマイチだけど、プロデュース業はずっと緩やかな右肩上がりだった。
 でも時々、「ちょっと場違いじゃね?」って案件も、軽く引き受けちゃったりするのが、この人のお茶目なところ。Beatlesへの長年のリスペクトが実った、Ringo Starr のオールスター・バンド参加はわかるとして、フロントマンRic Ocasekの代わりにNew Cars加入っていうのは、ちょっと節操なさ過ぎ。まぁTodd以外、引き受け手がなかったんだろうな。
 去年だって、なぜかYesと一緒に全米ツアーを回ってたりするし、一体どこに接点があったのか、一般人にはなんとも不明。多分、我々には知る由もない、業界内での繋がりがあるのだろう。

 ソロでは多重録音で作り込んだミニマムなポップ・ソングを、Utopiaではメロディックな特性を生かしつつ、壮大なテーマを掲げたアメリカン・ハード・プログレを。その時の気分によって、表裏一体の活動を並行してゆくのが、当時のトッドの初期構想だった。
 アルバムごとにコンセプトがコロコロ変わるのがこの人の特徴なので、「別に分けなくてもよかったんじゃね?」と後年のファンは思ってしまう。「複数のプロジェクトを難なくこなしてる俺」に憧れたんだろうな。
 アカデミックな楽理を学んだわけではない人なので、いちいち譜面に書き起こすことはなく、大抵はギターやピアノを前にフフンと鼻歌、そこから展開してゆく、といったスタイルの作曲法である。そんなだからして、楽曲の傾向としてはメロディ主体、コードのルーティンをはずした進行になる。
 感性を優先するため、調和やバランスは後回しとなる。なので、後づけとなるコード展開は、どうにも奇妙で不安定なモノになる。だからといって、それが耐え難い不協和音になるわけではなく、むしろそれが突出した個性として、乱調の美を形作ってしまう不思議。

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 なので、いわゆる職業作家のような器用な人ではない。ドンピシャにハマった時の名曲は数あれど、それと同じくらいハズしまくった曲も、また多い。プロデュース依頼は多いけど、思いのほか楽曲提供というのが少ないのも、その辺に由来する。
 自由に、何の制約もなければ、不安定ながら引っ掛かりを残し、琴線に触れるメロディを作れる人である。ただ、これが何かしら縛りを入れたりすると、途端につまらなくなるのも、この人の特徴である。
 たとえば、シンプルな3コードのロックンロール。Toddのルーツのひとつであり、どのアルバムにも必ず1曲くらいは入っているのだけど、これのハズし率は結構高い。先人によって開拓し尽くされた黄金コード進行は、メロディ先行のToddの奔放さとは相反するものだ。本人は演奏してて楽しそうだけど、これがまた、どうにも凡庸な仕上がりになることが多い。

 70年代の英国ミュージック・シーンで勃興したプログレッシブ・ロックは、一時活況を呈したけど、本国でのピークはほんの数年だった。英国では旧世代の遺物として、パンクに一蹴されたプログレだったけど、「何となく知的に見えるロック」というコンセプトは、多くのインテリもどきの共感を呼んだ。その後、世界各国へ拡散されたプログレは、それぞれ独自の変化を遂げる。
 ヨーロッパ諸国では、クラシックを由来としたシンフォニックなサウンドが大きくフィーチャーされ、後に換骨奪胎されて心地よいBGMへと退化、スピリチュアル風味を加えたニューエイジへ昇華してゆく。プログレとも親和性の高いミニマル・ミュージックの下地があったドイツでは、KraftwerkやTangerine Dreamなど、プログレよりもプログレらしいアブストラクトな音楽が続々誕生する。
 日本では当初、バカテクと理屈先行のCrimson人気が高く、ジャズとの融合によってクロスオーバー的な展開を見せた時代もあったけど、次第に毒気が抜けてニューエイジと大差なくなり、理屈の行き先を失った挙句、アニソンへ取り込まれていった。

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 で、海を渡ったアメリカでは。
 ヨーロッパほどクラシックも根付いてないし、小難しい理屈はウケが悪い。Grateful Deadに端を発する、やたら長くて眠くなる曲のニーズはあるけど、それだってドラッグありきの話だし。どっちにしろ、純粋プログレとアメリカ人とは、相性が良くないのだ。
 なので、「人生の意義」や「葛藤」など、そういったしちめんどくさい主張はひとまず置いといて、テクニカル面や組曲志向は残しとこう。そこにわかりやすいハードロックのダイナミズムを持ち込んじゃえば―。
 あっという間にアメリカン・ハード・プログレのできあがり。
 コンセプト?なんかほら、あるじゃん。「太古の謎」とか「宇宙の神秘」とか。適当にデカいスケールのテーマ、でっち上げときゃいいんじゃね?さらにアルバム・ジャケットを幻想的なイラストで飾れば、もう完璧。
 初期のKansas やRush なんかはまだ真面目にやってたけど、次第に大作主義は少数派となり、4分台の曲が多くなる。ラジオでのオンエアを考えると、自然、曲はコンパクトんせざるを得ない。
 それが、俗に言う産業ロック。Journey やStyxなんかが、代表的アーティスト。ここまで来ると、原型がなんだかわからない。

 Toddもまた純正アメリカ人ゆえ、選んだコンセプトは「太陽神」やら「宇宙の神秘」やら、壮大でドラマティック、スケール感の大きい題材を取り上げている。他国プログレとの違いが、ここで大きく浮き彫りとなっている。
 対象を自身以外の「外部」に求めるアメリカに対し、特にヨーロッパ諸国のプログレはインドア志向、深淵たる「内面」へ向かって、深く掘り下げてゆく。ミニマル主体のドイツなんかだと、フレーズの無限反復やドローン音から誘発される不安によって、ゲシュタルト崩壊しちゃってるし。
 「わざわざ掘り下げるほど、内面なんて詰まってない」と開き直っちゃってるのか、それとも「内面なんて知りようがない」と合理的に判断しちゃってるのか。
 「宇宙炎に関する論文」?
 すごくファジーなテーマだよな。



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1. Real Man
 この時期の代表作として、大抵のベストには収録されているスペーシー・ポップ。ソロ名義ではあるけれど、キーボード3名体制だった初期Utopia布陣でレコーディングされている。バンド初期は正統プログレ・スタイルを志向してため、こういったコンパクトでポップな曲は、ソロに振り向けられることになった。ドラムがちょっと大味だけど、響きが80年代っぽくて、それはそれで俺は好き。ヴォーカルへのコンプのかけ方とかを聴いてると、John Lennonっぽく聴こえる瞬間もある。
 シングルとしては、US最高88位。



2. Born to Synthesize
 ちょっとエスニックっぽい演出のアカペラ・チューン。俺的に、「アフリカ奥地に住む現地民族にシンセサイザーをあげたら、こんな感じに仕上がっちゃった」イメージ。
 ヴォーカルにいろいろエフェクトかけまくってサウンドの一部とする発想は、後の『A Cappella』で生きてくる。
 オーソドックスなアカペラ・スタイルではなく、ちょっとエキセントリックなヴォーカライズが下地となっているので、その辺はやはりひと捻りしないと気が済まない性分があらわれている。

3. The Death of Rock and Roll
 Toddのロックンロール・チューンの中では珍しく良質の、それでいて突き抜けたアホらしさ。だから良い。ロックなんて結局、知的要素とは相反するものだ。
 ギタリストのRick Derringerがなぜかベースで参加しており、それがToddのロック魂に火をつけたのか、いい感じのスタジアム・ロックに仕上がってる。
 繊細さのかけらもない、大味なロックンロール。本職のDerringerを押しのけて、ガンガンギターを弾きまくってて楽しそう。

4. Eastern Intrigue
 アメリカ人考えるところのオリエンタル・テイストが充満する、なんともインチキ臭漂うポップ組曲。「Easten」と銘打っておきながら、アジアと言っても中近東や、ずっと飛んでスコットランド民謡っぽさもあり、いろいろとごちゃまぜ。なので、「Todd流無国籍サウンド」と言った方が近いかも。マントラみたいなコーラスも入ってるし、お得感満載の幕の内弁当。
 でも、そんな未整理感こそが、Toddの魅力のひとつであることもまた事実。この人にきっちり整理されたモノを求めるのはお門違い。

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5. Initiation
 ドラムにRick MarottaとBernard Purdieが参加。いわゆるプロの職人肌の人たちで、こういうメンツになると、途端にサウンドがプロっぽくなる。大抵、Toddがリズム刻むと揺れまくって安定しないんだけど、ファンとってはそれもまた「独特の味」となっており、逆にこのように「ちゃんとしている」と違和感を感じてしまう。
 プログレの人たちがシングル・ヒット狙いを余儀なくされ、3分間ポップスに挑んだのがAsiaだけど、あそこまでメロウに寄ってるわけではなく、ここで展開されるサウンドはもっとストイック。ちゃんとそれぞれのパートの見せ場も作り、それでいてメロディはしっかりポップ。いつもはもっとシックなプレイのDavid Sanbornも、血が騒いだのか、ここでは白熱のブロウを披露している。

6. Fair Warning
 Toddお得意のフィリー・ソウルのスケール感を広げ、さらに力強く仕上げたのが、これ。なぜかEdgar Winterがサックスで参加。あんまり聴いたことないけど、Edgar Winterといえば、ギタリストというイメージが強かったのだけど、いやいやここでは本職顔負けのメロウなプレイ。むしろ、こっちの方がSanbornっぽい。
 ラストが「Real Men」のサビへとループしてフェードアウト、構成も言うことなし。
 このA面のコンセプトでB面も統一しちゃってよかったはずなのだけど、むしろこっちは片手間仕事。やりたかったのはB面だったのだ。まぁひねくれてること。

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7. A Treatise on Cosmic Fire
 35分に及ぶ一大絵巻、ほぼToddの多重録音による大作。レコードB面を埋め尽くす全編インストを、きちんと対峙して聴き通すのは、相当の難行。俺もちゃんと聴いたの一回きりだし。
 シンセを主体とした、「シンフォニックかつドラマティックな組曲をやりたい」と思いつきが先立っており、多分コンセプトは後付け。前述したように、何となく壮大なテーマをぶち上げたかったんじゃないかと思われる。そこまで深く思い詰める人じゃないし。
 Utopiaでやってみようと思ってデモ・ヴァージョンを作り、ちょっと足りないところをRoger Powellに手伝ってもらったら、「あれ、これでもう完成じゃね?オレ天才」てな感じだったんじゃないかと思われる。
 大方のアメリカ人同様、プログレという「思想」ではなく「スタイル」から入ったToddであるからして、ここでは彼が思うところの「プログレっぽさ」が、これでもかというぐらいにまで詰め込まれている。「シンセがピャーッと鳴って、時にはハード、時には切なくギターを弾いて、なんとなく高尚なヤツ」。こうして言葉にしちゃうと、なんか身もふたもないな、大味すぎて。
 中盤のドラムン・ベースっぽいサウンドは、久しぶりに再聴してみての新たな発見。終盤のドローン音やSFっぽいエフェクトは、それこそフォーマットとしてのプログレ的展開。
 プログレに限らず、奇想なアイディアがいっぱい詰まっているトラックのため、律儀に通して聴かなくても、好きなパートだけ抜き出して聴くのも、ひとつの方法。何しろ長いしね。
 CDで聴いてるからそれほど気にならないけど、多分これ、レコードで聴いてたら、終盤なんて音質悪かったんだろうな。内周ギリギリまでこんなに詰め込むと、音はもう潰れまくり。






 ちなみに、これでレビュー299回目。
 300回目突入記念で、次回から2回に分けて特別企画を実施します。
 乞うご期待。



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1972年、モータウンのお家事情 その2 - Temptations 『All Directions』

folder 1972年リリース、Temptations(テンプス)にとって16枚目のオリジナルアルバム。LPレコードというメディアの容量制限に合わせ、この時期のアルバムは大抵10〜12曲入りというのが定番だけど、このアルバムは8曲のみ。11分にも及ぶ「Papa was a Rolling Stone」が、3曲分は尺を取っているためである。
 ただ、それでもトータルでは35分程度、がんばればもう2、3曲くらい入りそうなものだけど、その辺はプロデューサーNorman Whitfieldの美学なのかな。コンセプトとしては、これで完璧、これ以上、足すモノも引くモノもない、ってな感じで。
 あともうひとつは、テクニカル面での問題。男臭いド迫力のヴォーカル、そこにアタック音の強いリズムが被さると、たちまちピーク・レベルを食ってしまう。なので、カッティングするとレコードの溝はどうしても太くなってしまい、長時間の収録は難しくなる。無理やり詰め込むと針が飛んでしまうし。

 「初期モータウンの男性コーラス・グループ」といって連想するのは、テンプスとFour Tops(トップス)に異論はないと思う。Miraclesは女性が1人いるし、Spinnersもちょっとメジャーになったら、すぐ移籍しちゃったし。
 あんまり詳しくない人だと、メンバーが4人または5人かの違い、または、「マイ・ガールを歌ってる方」と「そうじゃない方」くらいでしか、区別がつかないと思われる。ちょっと知ってる人なら、「サイケデリック・ソウル」と「そうじゃない方」、こんな風にザックリ分けられる。
 「ちょっと乱暴すぎるだろ「リーチアウト」(Reach Out, I’ll be There)があるじゃないか」という声もあるだろうけど、ゴメン、実はFour Topsあんまり聴いたことないんだ。だって地味だし。
 そのうち、ちゃんと聴いてみる。

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 モータウン内ではこの2つのグループ、一見するとあんまり違いはなさそうだけど、それぞれのデビュー当時まで遡ってみると、微妙な違いがあらわれてくる。
 オーディションを受けてモータウンに入社、その後、創業者Berry Gordy が手塩にかけて育て上げたのがテンプスであり、実際、ブレイクしたのは彼らの方が早い。
 対してトップスは、モータウンに移籍してきた時点で、すでに10年近くのキャリアがあった。まだ大きなシングル・ヒットこそなかったけれど、地元デトロイト界隈では知られた存在だった。絶対的なリーダーLevi Stubbs の力強いバリトン・ヴォイスはグループの牽引力となり、熱くダイナミックなステージ・パフォーマンスには定評があった。
 まだ実績の少ないモータウンに箔をつけるため、Gordy はトップスの獲得に奔走、幾度かのアプローチの末、熱意を受け取ったLeviは移籍に同意する。いわゆるヘッド・ハンティング、最初からポテンシャルを見込まれた、即戦力人材である。ある程度、基礎はできあがっているので、社員教育の手間も大幅に減る。

 モータウン以前のトップスのレパートリーは、男くさいゴスペル・ソウルが中心だった。モータウン入社後はコンセプトを一新、H=D=H(Holland – Dozier – Holland)によるポップ・ソウル路線を柔軟に受け入れている。「剛に入れば剛に従え」的な振る舞いは、やっぱり大人だよなトップス。
 ただ基本、トップスが歌う楽曲は正統派のR&Bが多く、極端にはみ出した作風にチャレンジすることは、ほぼなかった。マッチョな無頼漢を前面に出したヴォーカル・スタイルの前では、こざかしいギミックやアレンジでは陰が薄い。
 なので、テンプスのようなサイケデリック・ソウル路線、またはMarvin Gaye やStevie Wonder のようなニュー・ソウル路線にも、まったく見向きもしていない。一応、Norman の楽曲もいくつか歌ってはいるけど、まだサイケ路線に走る前のばかりで、そこまではっちゃけた作風のモノには手をつけていない。多分、上層部からもサイケ路線の要請があったんだろうけど、そこはLevi、全力で拒否したんじゃないかと思われる。

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 対してテンプス、ほぼ見習い社員的ポジションからスタートしたモータウンの申し子、いわゆるプロパー社員である。経営陣の命令は、基本断らない。気の進まないコラボだってやるし、「ちょっと合わねぇな」って曲にも文句は言わない。
 Gordyの大プッシュのおかげで、モータウンの歌姫として君臨していたDiana Ross との共演だって、文句は言わない。どうしたって彼女の引き立て役になるだけだから、みんなあんまりやりたくないはずなのに、彼らはやる。「よろこんで!」と、元気いっぱいに。仕事選ばんのか?

 モータウンのヒット生産システムの優れた点のひとつとして、「楽曲のリサイクル率の高さ」が挙げられる。
 ソングライター・チームが楽曲を書き上げると、スタジオ・ミュージシャンらによって演奏トラックが作られる。次にプロデューサーは、複数のアーティストでヴォーカル録りを行なう。この時点では、まだ誰のヴァージョンが正規リリースされるのか、まったく決まっていない。
 毎週金曜日に行なわれる本社ミーティングで試聴会が行なわれ、Gordyを始めとした幹部たちのお墨付きを得たものが、シングルとしてリリースされる。基準はただひとつ、「ヒットするかしないか」それだけ。数値であらわすものではない。
 そこまで厳選したとしても、ヒットするかしないかは、運次第。で、運良くそれがヒットすると、コンペ落選のストックからデキの良いものを引っ張り出すか、イキの良い新人に歌わせるかして、二番煎じ・三番煎じと繋いでゆく。まるで日本の演歌みたいなシステムだよな。
 演歌とモータウン、どっちが先なんだろうか。

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 トップスもテンプスも、メンバー内にソングライターはいなかったため、基本、社内ソングライターから降りてきたモノか、スタンダード・ナンバーを歌う立場だった。
 最盛期のモータウンは、「ヒット・ファクトリー」という名が表すように、とにかく作っては出し作っては出し、のベルトコンベア状態だった。レコーディング・スタジオは24時間フル稼働、ミュージシャンもずっと常駐していたくらいだから、とにかく体が空いてて声が出る者だったら、どんどんブースに押し込んで歌わせていた。
 そんなしっちゃかめっちゃか状態の中、テンプスは与えられた楽曲に不満を漏らすこともなく、次々にレコーディングしていった。初期のポップ・ソウルと比べ、Norman時代はカオティックな展開の楽曲が多くなっていたけど、声高に不満を表明する者はいなかった。「なんかイレギュラーな方向へ行ってるよなぁ」くらいは思ってたかもしれないけど、そこは会社への忠誠心が強いテンプス、思ってても口に出せるはずがない。
 対してトップス、ていうかLevi、「イヤなものはイヤ」とはっきり言っちゃうタイプである。あんまり知らないけど、多分きっとそうだ。あの強面を前にすると、無茶な要求なんてできないよな。
 そんなパワー・バランスなので、ちょっと面倒な案件、イレギュラーな楽曲はテンプスに回ってくる。やたらハイテンションな居酒屋店員みたいに「よろこんで!」って言っちゃうんだろうな。目は決して笑わず、顔筋だけの満面の笑みで。

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 金遣いの荒さやドラッグ問題など、何かとお騒がせなトラブルメーカーになっていたDavid Ruffinの脱退は、ほんの一瞬だけ、テンプスの人気に影を落とした。軽やかなダンス・ステップと、「官能的」とも形容された歌声は、グループの人気を独占していた。なので、後任で加入したDenis Edwards は、相当荷が重かったんじゃないかと思われる。
 Ruffin カラー払底のため、モータウンは総力を挙げてテンプスのイメチェンを図る。ちょうど上り調子だったNorman の作風の変化ともシンクロしていたため、また頑ななトップスへの当てつけとして、彼らはサイケデリック・ソウル路線へと、大きく舵を切る。
 もともとRuffin 在籍時から、その兆候はあった。従来のポップ・ソウルをベースに、JBを筆頭に台頭しつつあったファンクの要素、破裂音混じりのシャウト・ヴォーカルをフィーチャーしたのが、この路線の初ヒット「Get Ready」だった。
 当初はエッセンス程度だったのが、Ruffin と入れ替わるようにサウンドは激変する。ラジオ・オンエアを想定して、3分前後でまとめられていた楽曲は、ダンスフロア仕様を重視するかのように、10分前後まで引き伸ばされた。
 延々続くリズム・セクションの洪水は、次第にヴォーカル・パートを侵食してゆく。トラックメイカーNormanの才気煥発ぶりは、ポップ・ソングのセオリーからどんどんはずれ、しまいには、ほぼ3分の2くらいがインストになってしまう曲まであらわれた。
 そこまで行っちゃうと、もはやプログレ状態。

 トラックメイカーによる理想のサウンドと、基礎のしっかりした重心の低いヴォーカル&コーラス・ワーク。丹念に磨き上げられた歯車がうまく噛み合い、最良のギア比を叩き出したのが、この『All Directions』だった。
 テンプスのメンバー自身がサウンド・メイキングに関与したわけではないけど、やっぱトップスには頼みづらいサウンドである。だって、ヴォーカル・トラックを抜いても、充分成立しちゃうんだもの。
 トラディショナルなソウルから遠く離れたサウンドは、ヴォーカル・グループとしてのアイデンティを揺るがす。いくら彼らでも不満が募ったのか、これ以降、サイケデリック・ソウル路線は緩やかに沈静化してゆく。



All Directions
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1. Funky Music Sho Nuff Turns Me On
 熱狂的なライブのMCパフォーマンスを導入部とした、ソリッドなファンク・チューン。もちろん疑似ライブ。だけど、当時のエキサイト振りを忠実に再現している。
 当時、Normanと多く行動を共にしていたBarrett Strongによってシノプシスが描かれ、いつものようにFunk Brothersに委ねられ、ほとんどリズムしか入ってないトラックのいっちょ上がり。ヴォーカル抜いちゃえば、どれも大差ないもんな。
 この後に「Papa」が控えてることを思えば、何ともコンパクトであっさりした仕上がりと錯覚してしまうけど、イヤイヤちゃんとコッテリした味わいに仕上がっている。

2. Run Charlie Run
 トラディショナル・ソウルなホーン・セクションと、やたらキーの高いベース・ラインが印象的な横ノリ・チューン。ややゆったり目のテンポはボトムが低く、その後の大爆発の予感を孕む。ファンクネスはジリジリと、確実にユーザーの快楽中枢を刺激してゆく。

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3. Papa Was a Rollin' Stone
 彼らにとっては4枚目の全米No.1シングル。当然、各国でも軒並み上位チャートインを果たした、テンプスにとっての代表曲のひとつ。ポップ・ソウルなら「My Girl」、バラードなら「Just My Imagination」など、人それぞれ思い浮かべるテンプスは違うけど、「ファンキーなテンプス」として真っ先に挙げなければならないのが、コレ。他にも良い楽曲はあるし、あまりにベタな曲なんで、もう誰もインスパイアされることもなくなったけど、決定打といえば、やっぱり外せない。
 リズム・トラックのループ、ヴォーカルのカットアップ、エフェクトのダビングなど、あらゆるレコーディング・テクニックが駆使され披露されている。考えてみればこういうのって、特別目新しい技ではなかったはず。それがここでは、クリエィティブ的にもセールス的にも最大限の効果を上げている。なぜか?
 粗野で無骨なソウル・ミュージックは、時にクセが強すぎ拒否反応を示す場合がある。ロックの発展とシンクロしたレコーディング機材の進歩に乗じて、彼らはスピリットはそのままに、ソウルを摂取しやすい形に加工した。白人たちによって作られたテクノロジーを借用して。
 -それの何が悪い?そもそもソウル(魂)を収奪したのは、お前らの方じゃないのか?
 そんな叫びと嘲笑を含みながら、延々と曲は続く。



4. Love Woke Me Up This Morning
 ほぼ「Papa」メインのA面を終え、ここからはテンプスの通常営業、いわゆるソフト&メロウ路線。営業政策的には、こうした折衷案を受け入れることも必要である。全編サイケデリックでやりたいのなら、自分のグループ(Undisputed Truth)でやればいいんだし。
 オリジナルは1969年リリース、Marvin Gaye & Tammi Terrell 。基本アレンジはほとんど変わらないのに、オリジナルの甘酸っぱさがなくなり、力強い朝の目覚めを想起させる。マービンとタミーが夜明けのコーヒーなら、テンプス・ヴァージョンはラジオ体操。そんな印象を与える。

5. I Ain't Got Nothin'
 「メロウの極み」とも言えるフィリー・ソウルの表面をなぞって模倣したかのような、まぁ退屈な曲。これも営業政策的に、チーク・タイム的な楽曲が必要だったんだろうけど、誰もそこら辺をテンプスには求めていないのだった。

6. The First Time Ever (I Saw Your Face)
 Roberta Flackがデビュー・アルバムで取り上げたことで有名になった曲だけど、ほんとのオリジナルは1957年、イギリスのフォーク・シンガー作によるもの。Wikiを見ると、プレスリーからローリン・ヒルまで幅広いアーティストがカバーしてるけど、まぁテンプスがやるにはちょっとフックが弱い曲だよな。前曲同様、つい聴き流してしまうバラード。

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7. Mother Nature
 ユルいフィリー・ソウルが2曲続いたところで、やっとメリハリの効いた絶唱。ここはバッキングも、やたら気合が入っている。多分にA面で燃え尽きちゃって、B面はカバーでなんとか埋め尽くし、バラードの中ではデキの良いコレがあったから、どうにかアルバムの体裁は整っているけど、まぁやる気なかったんだろうな、Norman。B面の適当さが際立っており、だからこそ、このナンバーが一層映えて聴こえる。

8. Do Your Thing
 ラストはIsaac Hayes、当時の流行だったブラックスプロイテーション・ムービーの傑作『Shuft』からのシングル・カットのカバー。まるで最後っ屁のように、ドス黒ファンクがラストを飾る。
 テンプス的には多分、映像とシンクロしたトラックを作るHayesとの方が、相性が良かったんじゃないかと思われ。ドラッグ文化を中心に据えたNormanのサウンドはむしろ抽象的、時に散漫さが先行するので、歌の解釈という面ではHayesのサウンドの方が明快。もしNormanの意図を理解して歌い込んだとしても、どうせテープ編集で切り刻まれちゃうんだろうし。
 ヴォーカルとインストの配分を目分量で行なうと、頭でっかちの仕上がりになってしまう。その配分を超えてしまったのが「Papa」だった。まぁ何度もできるものじゃない。メンバーに怒られても当然だ。








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北海道の中途半端な田舎に住む、そろそろアラフィフ男。ほぼ週1のペースで音楽ブログ更新中。節操ない聴き方と思われてるけど、自分の中では一貫してるつもり。 最近は蔵書の整理がてら、古い本を再読中。ジョン・アーヴィングから始まって、フィッツジェラルドやゾラ、モームなど、いわゆる古典の復習中。いつになったら終わることやら。新刊読めねぇや。
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